魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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絶対絶命

見上げると、そこには一羽の鳥。

 

しかし、世の中の多くの人の想像する鳥の大きさを遥かに超えていた。数メートルはあるであろう体躯に、鋭い鉤爪。嘴は細長く、目は爛々と輝いている。

 

まるで神話やゲームに登場する怪鳥のようなそれは、見た目に似つかわしくない現代的な都会の上空で翼を広げていた。

 

 

「なに、あれ……?」

 

呆然とするシトラスの口から言葉が漏れる。

 

「わかんない……」

 

キルシェもまた困惑しているようだ。二人はただその場に立ち尽くすことしか出来ない。

 

巨大な鳥はゆっくりと街に向かって降下する。そのまま地面に降り立たずに低空飛行を維持したそれは、猛禽類を思わせる目で地上の人々を見下ろした。

 

そして、立ち尽くして呆けていたひとりの男性に視線を合わせると──目から光を放った。

 

「ひっ……!?」

 

その光は真っ直ぐに男の元へ届き、彼を包み込むように収束していく。すると次の瞬間──男は生気を失くした人形のように脱力し、その場に倒れ伏した。

 

鳥型の魔獣は倒れた男性から視線を外し、次の獲物を探すようにぐるりと地上に視線を巡らせていく。

 

「に、逃げろ!!!」

 

誰かの叫びを皮切りに、人々が悲鳴を上げながら走り出す。巨大な鳥はそれを嘲笑うかのように悠々と空を飛び、逃げる人々を追い立てる。

 

「シトラス、あたしたちも逃げるよ!!」

 

「う、うん……!」

 

呆然と立ち尽くしていたシトラスの手を引っ張るようにして、キルシェは駆け出す。

 

二人は人々が逃げ去る方向に向かって走っていたが、

 

 

─ドサッ、

─バタッ、

 

─バタバタッ、

 

鳥の視線に射抜かれた人々は、次々と力尽きたように倒れていく。

 

「こっち!!」

 

キルシェは人々の逃げる大通りではなく、脇の路地に入っていく。

 

原理は全くわからないが、あの目から発される光に当たってしまうと危険だということだけはわかる。ならば、鳥の視界から外れれば良いと考えたのだ。

 

キルシェの判断は正しかったようで、巨大な鳥は二人の方を見向きもせずに大衆が逃げて行った大通りを通り過ぎていった。

 

「……っ、とりあえず、これで一安心かな……?」

 

建物の影に隠れるようにして、二人は一息つく。

 

 

突然倒れた人々に、空から現れた巨大な鳥。

 

何が何だかわからず混乱するばかりだが、とにかく今は身を守ることが最優先事項だと考えているのは二人とも同じだった。

 

キルシェはポケットからスマホを取り出してロック画面を解除するが、しばらく画面を見つめると諦めたようにポケットに仕舞う。

 

「……電波、通じないみたい」

 

キルシェと同様に、シトラスも自分のスマホを確認してみると、やはり圏外となっていた。あの鳥が現れたことと関係があるのか、人々が一斉に身内に連絡を取ろうとして回線がパンクしてしまったのか。どちらにしても使い物にならない電子の箱を、二人は上着のポケットに放り込むしかなかった。

 

少し離れたところから鳥の鳴き声や破壊音、人の悲鳴が聞こえるが、この辺りはまだ被害が少ないようだ。

 

「キルシェ、大丈夫?さっきまであそこにいた人たち、みんな具合悪そうだったけど……」

 

「全然へーき!なんでかわかんないけど。シトラスは?」

 

「私も、なんともないみたい……」

 

大勢の人があの鳥が姿を現す直前から体調を崩したり倒れたりしていたが、二人の体には全く異変が起きていない。それが何を意味するのかはわからないが、だからこうして難を凌げている。

 

しかし油断できない状況が続いていることに変わりはない。

 

「これからどうしよう?このままここにいても危ないだろうし……」

 

「だね。どっかのタイミングで逃げなきゃ、」

 

顔を上げたキルシェは、固まった。そしてそのまま目を見開いて動かなくなる。その視線を追うようにして振り返ったシトラスもまた、同じように硬直した。

 

そこにいたのは、先程上空を飛んでいた大きな鳥だった。厳密には、先ほど見たものよりも小さい。それでも熊と同じくらいの大きさはあり、鳥としては異常な大きさである。

 

「……っ、逃げよう!!」

 

キルシェとシトラスは鳥のいる反対側から路地を出ようと走り出す。しかし、次の瞬間、

 

「っ、嘘でしょ!?」

 

二人が進もうとした先にも鳥が出現していたのだった。どうやらこの一帯は完全に包囲されているらしい。

 

「か、囲まれちゃった……!」

 

何か、何かこの状況を脱する方法はないのか。

そう考えながら周りを見回したキルシェの目に、さっきスイーツショップで買った品物が詰め込まれた紙袋が飛び込んでくる。

 

一瞬でも隙を作ってここを抜け出せれば。

 

キルシェは紙袋を拾い上げ、鳥の顔面に狙いを定める。

 

「……ええい、なんとかなれー!!」

 

─シュッ!

 

投げつけられた紙袋は鳥の目元に見事に命中し、驚いた鳥は一瞬動きを止めた。

 

「よし!今だよ!!」

 

「う、うん!!」

 

鳥が怯んだ隙にその横をすり抜け、二人は建物の間から広い通りに出る。しかし、二羽の鳥獣はシトラス達を執拗に追いかけてくる。

 

(どうしよう……このままじゃ……!)

 

出てきた通りにはもうほとんど人の姿が見当たらない。このまま走り続けていてもいずれ体力に限界が訪れて追い付かれるだろう。

 

「……っきゃあ!」

 

足元への注意が疎かになっていたせいか、地面の割れ目に躓いて転んでしまう。

 

「シトラス!?」

 

異変に気付いたキルシェは振り返り、慌てて駆け戻る。が、すぐにその表情が変わった。

 

「あぶない!!」

 

「えっ!?」

 

いつの間にかシトラスの背後に忍び寄っていた鳥は、鋭い鉤爪を彼女に向かって振り下ろそうとしていた。

 

キルシェの声で自分の身に起ころうとしていることに気付いたシトラスは、反射的に目を瞑る。

 

鈍い音と、衝撃。身体が横に向かって弾き飛ばされる感覚。

 

硬いコンクリートの上に身体が叩きつけられ、鈍痛が全身を襲う。どうやら自分は突き飛ばされたらしいと気付くまでに数秒かかった。

 

しかし、いつまで経っても鉤爪で鋭く切り裂かれるような痛みは訪れない。

恐る恐る目を開けてみると、

 

「……え……?」

 

目の前に広がる光景を見て、思わず声が漏れ出る。

 

「……っ、いったぁい……」

 

地面に座り込んで呻くキルシェのカーディガンは、右肩から鮮やかな赤にじわじわと染まっていた。

 

「キルシェ!!」

 

シトラスは咄嗟に駆け寄り、彼女の身体を支える。

 

「大丈夫!?」

 

「……うん……ちょっと痛いけど、掠っただけだから……」

 

本人の言う通り幸い傷はそこまで深くは無いようで、意識もはっきりとしている。 しかし一刻も早くこの場を離れて、手当てをしなければ。

 

立ち上がろうとするキルシェの身体を支え、シトラスはその場から逃げようとする。が、

 

「………っ、……ぅっ……」

 

「キルシェ!?」

 

シトラスに支えられて立ち上がったキルシェが、突然その場にずるりと崩れ落ちた。顔は貧血を起こしたかのように真っ青で、手足は小刻みに震えている。

 

「どうしたの、具合悪いの?!」

 

「……あたま……いた、い……っ」

 

そう呟くキルシェの額には脂汗が滲んでおり、明らかに普通ではない様子だ。呼吸も荒くなり始めており、座っているのも辛そうだ。

 

怪我のせいだけではない何かが、キルシェの身に起こっている。

シトラスは直感的にそう感じ取った。

 

「シトラス……にげ、て……あの鳥、やっぱりへん、……きゅうに、……からだにちから、はいんなく、なって……」

 

そこまで言うと、キルシェはシトラスの身体にもたれ掛かるように倒れ込んだ。

 

「キルシェ!ねぇ、キルシェ!!」

 

揺さぶっても反応がない。完全に意識を失っているようだ。

 

「ど、どうしよう……キルシェ!しっかりして……!!」

 

─グェエエエエエ……

 

─グァアアアアア……

 

「っ!!」

 

いつの間にか、鳥の数が増えていた。

二羽から、三羽。三羽から四羽。……五羽。

 

シトラスとキルシェをぐるりと囲むようにして飛んでいるそれらは、まるで獲物を狙う猛禽類のように鋭い目で二人を見つめていた。

 

「……っ、」

 

逃げ道がない。助けを呼ぼうにも、周りに人がいない。

 

この鳥達たちが一斉に襲いかかってきたら、ひとたまりもないことは明白だった。

 

もう、どうすることも出来ないのだろうか。

シトラスはぎゅ、とキルシェを抱き抱える腕に力を込める。

 

こんな事をしても意味など無いのかも知れない。だけど、せめて、自分に出来ることを。

 

これから来るであろう衝撃に備えて、シトラスは強く目を閉じ、キルシェの身体を守るように抱きしめた──その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめポメーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

突然、舌ったらずな幼い少女の声が耳に届いた。

 

それと同時に何かがシトラス達の前に飛び込み、辺り一面が強い光に包まれる。あまりの眩しさに思わず目を瞑り、次に目を開くと鳥達は弾き飛ばされたようにシトラス達から少し離れた場所に転がされていた。

 

「な、何……?!」

 

きょろきょろと辺りを見回すと、自分とキルシェのいる場所が薄い光の膜のようなもので包まれていることに気づく。その光が鳥達を退けてくれたらしい。

 

そして、正面に視線を戻したシトラスは自分の目を疑った。

黄緑色のふわふわな身体。丸っこい頭に三角の耳。

 

「……ポメポメ?」

 

そこにいたのは、紛れもなく自分の飼い猫だった。

本来なら、今頃家で昼寝をしているはずの。




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