魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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第5話 揺れ動くココロ
期待と疑念


まるで闇そのものから生まれたかのような漆黒の空間の中心には、やはり闇色に染まった玉座があった。

人の姿を持つものが座ることを前提に造られたそこには、人の代わりに陽炎のように揺らめく人魂が浮かんでいる。

 

それはこの城の主であり、同時にこの魔界の王たる存在―邪神の思念体。

 

静寂に包まれていた玉座の間に、乾いた足音が近付く。その足音の主は黒いローブで全身を覆い頭にはフードを被っているが、そこから覗く髪は鮮烈な赤色をしている。琥珀色の瞳の、端正な顔立ちの男だった。

 

邪神のいる空間は一歩足を踏み入れただけでも、息すらまともに出来ない重圧がのしかかる。しかし男はそれを表には出さず、確かな足取りで玉座の前まで歩みを進めた。

 

『トルバラン、来たか……』

 

重厚さを含む低い声が玉座の上から響く。玉座の前に跪いたトルバランは、低く頭を垂れた。

 

「お呼びに応じました、邪神様」

 

『計画は順調に進んでいるか?』

 

前置きもなく、いきなり本題を持ちかける。邪神との会話では珍しい事ではない。トルバランは特に驚くこともなく、その問いに答えた。

 

「ええ。エナジーの回収は予定通り進んでおります。目標数値もほぼ達成出来ている状況です」

 

『ほぼだと?』

 

邪神の声が、ほんの僅かに鋭さを増す。それを感じ取りながらも、トルバランは言葉を選んで続けた。

 

「……魔法少女たちが魔獣を討伐しており、エナジー回収に僅かな遅延が生じているのは事実です。しかし、最終的な目標達成には大きな支障はありません」

 

『魔法少女たちがいる限り、その”遅延”はやがて大きな障害になる。奴らの存在が我が計画にとってどれほど厄介かは、お前も分かっているはずだ』

 

「仰る通りです」

 

邪神の反応はほぼトルバランの想定の範囲内だった。当初の目標通りに計画が進んでいるとはいえ、魔法少女達が妨害して来なければもっと早い段階で目標を上方修正出来ただろう。計画通りよりも計画以上の成果を求める。これもまた、邪神の性分だ。

 

『だから貴様に、新たに特別な任務を与えることにした』

 

蜃気楼のように揺れる邪神の思念体は、更に言葉を続けた。

 

『魔法少女を無力化せよ』

 

「無力化……ですか」

 

顔を上げたトルバランに、邪神は淡々と告げた。

 

『そうだ。完膚なきまでに叩きのめし、二度と魔獣を討伐出来ないようにしろ。なに、連中も所詮は人間界の小娘だ。貴様の腕なら容易く捻じ伏せられるであろう』

 

「……手段は」

 

『一切問わん。その代わり、急げ』

 

つまり、方法はこちらの判断に任せるということだ。トルバランはそう理解した。

 

「承知いたしました、邪神様」

 

深々と一礼すると、トルバランは再び立ち上がった。

 

『期待しているぞ、トルバラン……人間界のエナジーの全てが我が手中に収まる日も、そう遠くあるまい』

 

邪神は満足げな笑いを滲ませた声を上げる。トルバランはもう一度恭しく一礼し、静かに玉座の間を後にした。

 

 

 

 

***

 

「邪神様はあなたを随分信頼しているようね?」

 

黒き明日(ディマイン・ノワール)、魔界の(ゲート)

無数の魔法陣が部屋中に刻まれ、魔界と外の世界とを繋ぐその場所に、インヴァスは待ち構えていた。

 

苛立ちを隠さずに腕を組み、部屋に足を踏み入れたトルバランに冷たい視線を投げかけながら、彼女は言葉を続ける。

 

「魔獣が次々と討伐されて、魔獣召喚部門(こっち)はてんてこ舞いなのよ」

 

「それはご苦労様です」

 

トルバランは軽く肩をすくめながら返す。

 

「しかし、エナジーの回収ノルマは当初の目標を達成出来ているでしょう。これもひとえに貴方がた魔獣召喚部門の功績だと思いますが」

 

「あら、お褒めに預かり光栄でございます、殿下」

 

インヴァスは大げさに頭を下げた後、再び鋭い視線をトルバランに向けた。

 

「でも、あなたの実力なら魔法少女を直接片付ける方が効率的じゃない?エナジー回収はまだしも、魔法少女の相手まで魔獣に任せるなんて、時間稼ぎにしか思えないわ」

 

「一体何が言いたいんです?」

 

挑発的なインヴァスの言葉に、トルバランは眉一つ動かさずに応じる。

 

「……あなた、何か企んでるんじゃないでしょうね」

 

二人の視線が交錯する。鋭いインヴァスの眼差しに対して、トルバランの瞳は何も動じていないように見えたが、その奥までは見通すことが出来ない。まるで、この場で全てを明かすことはないと言わんばかりに。

 

「……随分と私への信頼が無いようですね。不信任案でも出されたら、次に私の席に座るのは貴方でしょうか?」

 

挑発的な笑みと共に投げかけられた言葉を、インヴァスは鼻で笑った。

 

「そうなれば願ったり叶ったりだけど、生憎そんな楽な昇進は望んでないわ。実績を評価されないと意味が無いもの」

 

「そういうところはしっかりしてるんですね」

 

意外そうな表情を浮かべるトルバランに対し、インヴァスは呆れたように言った。

 

「当たり前じゃない。ここでは良くも悪くも実力と結果が全てよ。あなただってそれは身をもって理解していると思ったのだけど」

 

「それは確かに、そうですね」

 

トルバランは肩を竦めてみせる。インヴァスは変わらず怪訝な表情のまま、値踏みするような視線を送り続けていた。

「いずれにせよ、私は命じられた通りに任務を遂行します。何を怪しんでいるのかは分かりかねますが、ご心配無く」

 

トルバランは冷静さを崩さぬままそう言い、部屋の中央の最も大きな魔法陣の中へ歩みを進める。

 

手のひらをかざすと、黒い光が再び彼を包み込み始めた。

その姿を冷ややかに一瞥し、インヴァスは最後に一言付け加える。

 

「……邪神様は結果だけを求めているわ。失敗は許されない。忘れないでちょうだい」

 

黒い光がさらに強く輝き、トルバランは微かに笑みを浮かべたまま、消え去った。今頃は人間界の地に降り立っていることだろう。

 

インヴァスはその場に立ち尽くしながら小さく息を吐く。

 

「……本当、何を考えているのかわからない男ね」

 

 

その表情からはいつもの余裕が消え去り、代わりに不安の色が見え隠れしていた。

 

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