魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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再会と分断

 

「っ!この感じ……」

 

「魔獣ね。しかも……学園の敷地内だわ」

 

ロゼは室内のブラインドカーテンを開けて窓の外を確認し、表情を歪めた。

 

「っ、あれは……!!」

 

シトラスも窓に近付いて外の様子を確認する。

 

相談室からはグラウンドや別棟の校舎が見渡せ、既に倒れている生徒や教師の姿が二人の視界に飛び込む。

 

グラウンドの中央には大きな黒い影が渦を巻き、そこから蟻地獄のように次々と生徒が引きずり込まれて消えていく。

 

「ロゼ先輩、あの魔獣……!」

 

「─魔法で別の空間を作って、そこにみんなを閉じ込めるつもりね……このまま放っておいたらみんなエナジーを抜かれてしまうわ」

 

ロゼは制服のポケットに手を入れ、紫色のハートのブローチを取り出す。

 

「シトラスちゃん、行けるかしら?」

 

「はい!」

 

シトラスは大きく頷くと、自分もポケットからオレンジ色のブローチを取り外して手に取った。

 

「シトラス─」

 

「ロゼ─」

 

「「『変身(コンベルシオン)』!!」」

 

二人の少女の詠唱と共に、相談室は眩い閃光に包まれた。

 

***

 

橙と紫の光が溶け合うように混ざり合った空間は、屋外の夕焼け空を映し出すような美しい色合いに染まっていた。二人の魔法少女の魔力光によって彩られた空間には、彼女達以外が立ち入ることは決して出来ない。

 

外部と完全に切り離された空間の中、シトラスとロゼの着ていた聖フローラ学園の制服は光の粒子となって分解されていく。

 

ほんの一瞬、何も纏わない無防備な姿になったシトラスは、チラリと隣に視線を送る。自分と同じように素肌を晒しているロゼの大人びた肢体が視界に飛び込み、反射的に顔を逸らしてぎゅっと目を瞑った。

 

(キルシェと一緒に変身した時はあんまり気にしてなかったけど、誰かと一緒に変身するとその人も変身空間(ここ)に一緒にいるんだ……)

 

今更そのことに気付き、なんだか気恥ずかしい気持ちになる。別にロゼは同性なのだから、気にする必要はないはずなのだけれど。

 

そんなことを考えているうちに、それぞれのブローチから魔装ドレスの源となるリボン状のエナジーが吹き出し、彼女たちの身を包み込む。

 

シトラスの胴体に重なり合ったリボンはやがて、フリルやリボンのたっぷり飾られた可愛らしい魔装ドレスへと形を変えていく。

 

ロゼの方はワンピースの上に幾重にもスカートが重なり合った、優雅なステージドレスのような魔装が構築されていた。二人が完全に魔装に身を包み、魔法を使うための魔具を手にしたタイミングで、極彩色の万華鏡のような空間は弾けるように消える。

 

すべてが終わり相談室に佇んでいたのは、魔法少女と化したシトラスとロゼだった。

 

 

 

 

「シトラスーーーーっ!!!魔獣ポメーーーーーっっっ!!!!!」

 

 

二人がちょうど変身を終えたその瞬間、タイミングを見計らったかのように相談室の扉が開き、黄緑色のふわふわとした物体が飛び込んでくる。

 

「ポメちゃん……?」

 

「ポメポメ、ひとりでここまで来たの?」

 

腕の中に飛び込んで来たポメポメを、シトラスは落とさぬようにしっかりと抱き留める。ふわふわとした体毛を揺らしながらポメポメは顔を上げた。

 

「キルシェの家、抜け出すの大変だったポメ……じゃなくて!魔獣の気配の範囲がいつもより広いポメ!まるで同時に違う場所で出現しているみたいポメ!!」

 

「分裂……」

 

そばで話を聞いていたロゼが呟くように言う。

 

「シトラスちゃんもさっき見たわよね?あの魔獣は多分影を操り、媒介して移動できる個体よ。影は実態を持たないし、光源があれば必ず発生する。条件さえ揃えば、分裂してそれぞれが独立した行動を取れるかもしれないわ」

 

「ロゼの推測通りでしょう。先程、別の教室でも同じ現象が起きていましたから」

 

ロゼの言葉を拾うように、先程まで相談室にはなかった声が加わる。振り返るとそこには聖獣族の姿に変身したレオンと、既に魔法少女に変身したキルシェが並んで立っていた。

 

「ポメリーナ、あなたも変身なさい」

 

「はいですポメ!」

 

猫の姿でシトラスに抱きかかえられていたポメポメは、彼女の腕から飛び降りくるりと一回転する。次の瞬間にはポメポメは猫の耳と尻尾はそのままに、長いミントグリーンの髪を三つ編みにし、白いワンピースとマントを羽織った聖獣族の少女の姿へと変化していた。

 

「実態を持たないタイプの魔獣は大抵、何かを媒体にしています。シトラスさんとキルシェさんも覚えがあるはずです」

 

校外学習の時に出現した水の魔獣のことか、とシトラスは思い出す。あの時水族館に現れた個体も、水を操り、水の中を自在に移動していた。水という形にとらわれないものを操る魔獣に苦戦を強いられたことは、まだ記憶に新しい。

 

「水は凍らせたり蒸発させたりしてコアを取り出せたけど、」

 

「影はどうやって倒せばいいんだろ?」

 

水と違い影は物理的に触れることが不可能だ。状態を変化させて捕まえるという前回の手段は通用しないだろう。シトラスはキルシェと再び顔を見合わせる。

 

「同じことよ。例え触れられないものを操っていたとしても、どんな魔獣にも必ずコアは存在する。魔獣が操る魔法にも限界はあるし、戦っていれば必ずどこかのタイミングでコアを破壊するチャンスが訪れるはずよ」

 

ロゼの言葉にレオンが頷く。

 

「まずは奴の後を追いましょう。─ポメリーナ」

 

「はいですポメ!魔獣の反応が大きい場所へのポータルを構築しましたポメ!!」

 

シトラス達が振り返ると、ポメポメの前には白みがかった緑色に輝く大きな魔法陣が展開されており、やがてその中央に穴が開き別の空間へと繋がった。その先は─

 

「駅前?アイツもうそんな街中まで移動したの?!」

 

「建物の影を伝って移動したようですね。被害が拡大する前に、急ぎましょう」

 

そう言って、レオンはポメポメの開いたポータルを潜って行く。その後に続くようにロゼ、そしてシトラスが飛び込むようにして中に入って行った。

 

後に続こうとしたキルシェはポータルに足を踏み入れる前に立ち止まると、ポメポメを振り返る。

 

「そういえばポメポメ、シトラスと普通に話してたけど仲直り出来たの?」

 

「ま、まだポメ……」

 

心配そうに尋ねるキルシェに対し、ポメポメは弱々しく答える。その様子を見て何かを察したのか、キルシェは小さく息を吐く。

 

「そっか。終わったら、ちゃんとお話ししなよ」

 

ポメポメの頭を優しく撫でながらそう言うと、キルシェは今度こそポータルの中へと飛び込んだ。

 

「ポメ……」

 

キルシェを見送った後、ポメポメはほんの少しの間その場に立ち尽くしていた。それから意を決したように顔を上げ、小さな足で力強く地面を踏みしめ、ポータルの中へ飛び込んでいった。

 

 

 

***

 

 

 

5人が到着すると街は既にパニック状態に陥っていた。

 

至る所から悲鳴が聞こえ、人々は逃げ惑い混乱を極めている。エナジーを失い力尽きた人々は、スクランブル交差点の中央で大きく渦を巻いた蟻地獄のような影に飲み込まれていく。

 

そうして消えていく人々と入れ替わるように─

 

「あれ、なに……!?」

 

渦巻く影の中から、真っ黒な人型の生物が次々と渦から地上へと這い出てくる。よく見れば人間と同じ輪郭をしているものの、全身はまるで夜闇のように黒く塗りつぶされており、目や鼻といった顔のパーツは一切見当たらない。

 

そうして現れた黒い人影は、逃げ惑っている人々を引き摺り込もうと襲い掛かり始めた。

 

「取り込んだ人間を影で実体化してるポメ!」

 

「じゃあアレ、捕まっちゃった人たちのコピー!?」

 

キルシェの問いに、レオンは黙って頷いた。

 

「囚われた本人ではないので攻撃しても問題ありませんが……数が多すぎる」

 

「っ、とにかく街の人の安全優先で行きましょう!」

 

ロゼの言葉を皮切りに、一行は一斉に散開する。襲い来る黒い人影たちを薙ぎ払いつつ、それぞれ分かれて行動を開始する。

 

(街の人たちを守らなきゃ……!)

 

シトラスもまた、魔槌オレンジ・スプラッシュを握りしめて地面を蹴った。

 

街中に降り立った影人間達は逃げ惑う人々を追いかけ回し、次々に襲いかかる。恐らく、あの渦の中に人々を引き摺り込もうとしているのだろう。

 

「っ!させない!!『流星(エトワール・フィロント)!!」

 

シトラスはすぐ手前で掴み掛かられそうになっていたOL風の女性の腕を引いて間に入り、影人間に向けて魔槌オレンジ・スプラッシュを振るう。槌先から放たれた光の筋は、あっさりと影人間を貫き消滅させた。

 

「大丈夫ですか?早く安全な場所へ!」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

シトラスに救われた女性は戸惑いながらも何度も頷き、その場から走り去る。女性が近場の建物の中に避難したことを確認したところで、今度は背後から影が忍び寄り、シトラスに向かって覆い被さるように襲い掛かってきた。

 

「っ、『極光(オロル)』!!」

 

シトラスが呪文を唱えると同時に、影人間とシトラスの間に光の幕が下りてくる。

 

オーロラのように美しい光を放つその幕をシトラスが一気に引くと、薙ぎ払われた影人間は紙のように軽く吹き飛び、地面の上を滑るようにして消えていった。

 

(一体一体はそんなに強くない……)

 

ふと周りを見回してみても、キルシェやロゼ、レオンも影人間を倒す事自体には苦戦していない。ただ問題は──この数をどうやって減らすかだ。

 

このまま戦い続けていても埒が明かないどころか消耗戦になってしまう。例え弱い攻撃で消える存在だとしても、魔法を使えない普通の人間にとっては脅威であることに変わりはない。

 

「ポメ〜〜〜!!」

 

攻撃手段を持たないポメポメは、無事だった人間たちを影人間から守るために結界を張り、匿った人々の負傷や体調不良を回復魔法で癒している。

 

「早くコアを見つけないと……!」

 

シトラスは立ちはだかる影人間を倒しながら、コアの在処を探る。魔獣の命とも言えるコアは、基本的に剥き出しになっていることはない。大抵、外部からは見えにくいところや体の内部に内包していることがほとんどだ。

 

今回もそれは例外ではないらしく、なかなかそれらしきものは見当たらなかった。

 

(あれ………?)

 

ふと視界の端に、見覚えのある紅い色が映りこ込む。そちらに視線をやると─紅く長い髪を束ねた長身の男性が、半壊した建物のそばで倒れているのが見えた。

 

近くには、特徴的な縁無しの眼鏡がひび入った状態で転がっている

 

もしかして、あの人は─

 

「エリック、さん……?!」

 

反射的に彼に駆け寄ろうとしたシトラスは、その足をピタリと止めた。

 

『なるべく一人きりの時にエリックさんに会わないように気を付けてね』

 

先程、ロゼにそう忠告されたばかりだ。

 

ロゼだけではない。ポメポメもレオンも、シトラスにエリックと関わることをやめるよう警告してきた。それら全てが自分自身を心配し、守ろうとして言ってくれた言葉だということはわかっている。

 

(もし……もし、エリックさんが本当に悪い人で、私に嘘をついてるなら、)

 

その時はもう、自分は魔法少女として正しいことをするしかない。騙されていたことに傷付くだろうし、戦わなくてはならなくなるかもしれない。

 

どちらにしても、シトラスにとって真実を知ることは恐ろしいことだった。

 

(でも、もしエリックさんに今、本当に助けが必要だとしたら……?)

 

彼は今一人で倒れており、しかも周囲に彼を助けられそうな他の人間は見えない。今の状況で助けられるのは、シトラスだけ。

 

もしここで見捨てたら。

 

そして彼が助からなかったら。

 

 

 

─きっと一生後悔することになる。

 

(みんな、ごめんなさい!あとでちゃんと怒られるから……!)

 

シトラスは心の中で謝罪すると、意を決してエリックの元へ駆け寄った。

 

「……エリックさん!大丈夫ですか?!」

 

身体をそっと抱き起こしながら声を掛けるが、瞳は固く閉ざされていて反応がない。呼吸はあるようだが顔色が悪く、額からは血が流れていた。

 

影人間に襲われたのか、それとも倒壊した建物の破片で─どちらにしても危険な状態であることに変わりはない。

 

「待ってて下さい!すぐ治しますから……!」

 

シトラスがエリックの負傷箇所に手を翳し、治癒魔法を発動するために意識を集中させようとした─その時だった。

 

「──え、」

 

突然足元が黒く染まったかと思うと、目の前にいたはずのエリックの姿が忽然と消えてしまったのだ。

 

一瞬の出来事で何が起きたのかわからず混乱していると、足元に出来た影がまるで触手のように伸びてきて、シトラスの手足に絡み付く。

 

「……ッ?!やだっ、何これ!」

 

必死に身を捩り抜け出そうとするが、もがけばもがく程に影はシトラスに絡み付いていく。

 

「いやっ、はなしてっ!誰か、……っ!」

 

叫ぶ声も虚しく、シトラスの身体はどんどん闇の中へと引きずり込まれていく。

 

「っ!シトラス!?」

 

シトラスの悲鳴に気付いたキルシェが慌てて駆け寄ると、既に彼女は身体の半分以上が闇の中に沈んでしまっていた。

 

「シトラスちゃん!『奏鳴曲:解放(ソナチネ・リベレ)』!!」

 

同じく駆け付けたロゼは、すかさず魔弦バイオレット・スコアを奏でる。

 

が、魔法が届くその前に─シトラスの身体は完全に闇に飲み込まれてしまい、その姿を完全に消し去ってしまったのだった。

 

「うそ、シトラス……!」

 

キルシェは呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

「ポメっ、シトラスが!!」

 

「っ、やられた……!」

 

少し離れた場所にいたポメポメ達もシトラスの身に起きた異変に気付き、駆けつける。

 

「ごめんなさい、わたしがもっと早く気付けていれば」

 

ロゼが苦々しい表情で呟き、キルシェは不安げにシトラスの消えた場所を見つめる。それから何かに気が付いたように、キルシェは勢いよく3人の方を振り向いた。

 

「シトラスの気配がする……!消えたんじゃなくて、みんなが連れてかれた場所にいるんだ!!」

 

「ポメっ……!?」

 

ポメポメもキルシェを真似るように意識を集中させる。すると、朧げながらもシトラスのエナジーの流れが感じ取れた。

 

「本当ポメ……!そんなに遠い距離じゃないポメ!早く助けに行くポメ!!」

 

「危険です、ポメリーナ。連れ去られた人間たちは奴らの動力源にされている可能性があります。下手をすればミイラ取りがミイラになりかねません」

 

影の魔獣の領域に乗り込もうとしたポメポメを、レオンは制止する。

 

「じゃあ、シトラスはどうやって助けたら……?!」

 

「……彼女が持ち堪えている内にコアを発見し、破壊するしかありません」

 

レオンの言葉に、その場にいる全員に緊張が走る。

 

「シトラスちゃんは魔法少女。一般の人よりも多くエナジーを蓄えられるわ。すぐに命の問題に直結することはないはず」

 

ロゼの言葉を聞いたポメポメは、意を決し口を開いた。

 

「わかったポメ!街の人を守りながらコアを探して、シトラスも取り込まれた人たちも助けるポメ!」

 

4人は頷き合うと同時に、地面を蹴って駆け出す。

魔獣を倒さなくてはならない理由が、ひとつ増えた。

 

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