『─ラス、シトラス!』
「っ!」
暗転しかけた意識の中、自分を呼ぶ声に呼び戻される感覚を覚えてシトラスはハッと目を開く。状況は、変わっていない。自分の身体は暗い色に染め上げられたままで、長く太い影の腕に握りしめられ─ていたはずだった。身体が潰されてしまいそうなほどきつく拘束されていたはずなのに、今は呼吸も問題無くできる程度に緩くなっている。
(これなら、)
シトラスは身を捩り、なんとか両腕を抜き出す。そうして、
「オレンジ・スプラッシュ!」
シトラスがその名を呼ぶと、オレンジ・スプラッシュは流星のようにシトラスの手の中に舞い戻った。それを握りしめ、
》
「『
素早く唱えた呪文と共に、シトラスの身体は魔獣の腕から解き放たれて自由となった。
「やった!」
拘束から逃れたシトラスはそのまま地面に着地し、それから自分の身体を見下ろした。
「身体が……」
先程まで全身を侵食する勢いで広がっていた黒い影が、段々と消えていく。それと同時に、全身を支配していた脱力感も薄れていくのを感じていた。
(エナジーも回復してるみたい……良かった、これなら)
『シトラス、無事!?大丈夫?』
耳に届いたキルシェの声に、シトラスはハッと顔を上げる。先程は魔獣の攻撃のせいか切断されてしまったが、再びロゼの魔法が外の世界とここを繋げてくれたようだ。
「キルシェ!うん、なんとか平気!」
『よかったぁ!急に声聞こえなくなったからびっくりしたよ〜』
「心配かけてごめんね、もう大丈夫だから」
そう言って正面を見据えると、影の魔獣の姿は先程よりも不安定で、端々の方は少しずつ分解されかけていた。
影の色自体も透明性を帯びていて、本来なら覆い守り通すべきである中央のコアの輝きを隠し切れていない。
『聞いてシトラス!あの魔獣、こっちの世界とシトラスの世界にいる奴は繋がってるんだって!今こっちの世界のヤツはだいぶダメージ削ったと思うんだけど……』
「うん、弱ってるよ。コアも見える!」
不安定な姿の魔獣を見ながら、シトラスは確信を持って答える。
しかしそれでもまだ諦めきれないのか、魔獣は霧散していく影を掻き集めて身体を再構築しようと試みているようだ。
『そのコアを壊せば、きっとこの空間も消滅するわ。そうしたらきっと─シトラスちゃんもこちらに戻ってこられるはず!』
それはつまり、シトラスと共にこちらに捕まっている人々もこの空間から解放されるということだ。自分がこの魔獣を確実に浄化出来るか否かに、この魔獣に囚われた人々の運命がかかっている。その事実を認識した瞬間、緊張からか心臓が早鐘を打つような感覚を覚えたものの──不思議とシトラスに恐怖心は無かった。
外の世界からこうして自分を心配し、協力してくれる仲間がいることへの安心感だろうか。それとも─自分の後ろに守るべき人々がいるという責任感がそうさせているのだろうか。
どちらにせよ、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「……やります!!」
決意を固めるように短く呟き、シトラスは武器を構える。彼女の意志に共鳴するかのように、オレンジ・スプラッシュがきらりと輝きを放つ。
「お願いね、オレンジ・スプラッシュ!」
オレンジ・スプラッシュの槌に唇を当てて小さく呟くと、その輝きは一層強くなる。そうして彼女はもう一度前を向くと、影の魔獣のコアに向かって全速力で駆け出した。
現実世界で受けたダメージが大きかったのか、影の魔獣の再生速度は鈍い。それでも、最後の足掻きなのかコアをなんとか覆い隠して守ろうと蠢いているのが見えた。
「させないよ!あなたを浄化して、ここにいる人たちも私も元の世界に帰るんだから!!」
地面を蹴って、高く跳躍する。空中からコアの位置を正確に把握したシトラスは、そこに向かってオレンジ・スプラッシュを振りかぶりながら急降下していく。
「『
白みがかった橙色の温かい光の奔流が、オレンジ・スプラッシュから放たれて影のコアを貫く。
その瞬間、空間の辺り一帯を覆っていた闇は完全に消え去り、代わりに眩いばかりの光が世界を包んだ。