魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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敗走の先に

 

どこまでも続くような暗闇の中で、少女は必死に走っていた。

早く、早く見つけなければ。急がなければ手遅れになってしまうかもしれない。焦燥感に駆られながらひたすら前へ進み続ける。それでも一向に見つからない。

 

「キルシェ!」

 

背後から名前を呼ばれ、振り返る。そこには─少女がまさしく探し求めていた親友の姿があった。 オレンジ色のボブカットに、くりくりとした青い瞳。少し背丈は低いものの、誰よりも優しく勇敢な少女。大切な親友。

 

「シトラス!よかった、無事だったんだ……!」

 

少女は親友に向かって手を伸ばすが─その手は空をきった。まるで、散っていく花弁のように。少女にとって最も大切な友人の姿は、目の前で儚く消えてしまった。

 

「え……、」

 

目の前が真っ暗になったような絶望感が全身を襲う。なんで、どうして。

 

呆然と立ち尽くす少女の足元が、ガラガラと崩れ落ちていく。

 

─いやだ。

─お願い、戻ってきて。

 

─行かないで。

 

闇の中に落ちていく感覚の中、最後に見たものは見慣れた笑顔。

いつも自分を気にかけてくれる、優しいあの子。

 

「─シトラス!!」

 

勢いよく飛び起きたキルシェは、肩で息をしながら辺りを見渡した。心臓の音がうるさい。額には汗が滲んでいて、呼吸も乱れていた。

 

「……ゆ、ゆめ?」

 

ようやく落ち着きを取り戻したところで、自分がベッドの上にいることに気付く。

 

清潔感のある白いシルクのシーツに、ふかふかな枕。まるで高級ホテルの一室にありそうなそれは、キルシェの寝室のベッドとは比べ物にならないほど上質だ。

 

ふと身体を見下ろすと、フリルがふんだんに使われた薄桃色のネグリジェを着ていた。肌触りも良く着心地は抜群だが、やはりこれもキルシェのものではない。

 

部屋をよく見ると、ベッドもサイドテーブルも、室内に置かれている調度品も全て高級そうなものばかり。 少なくとも、自分の家ではないことは確かだ。

 

「ここ、どこだろう……」

 

その時、コンコンとノック音が2回聞こえた。

 

「キルシェちゃん、入るわね」

 

聞き慣れた優しい声とともに、扉が開く。

 

そこに立っていたのは、私服らしいラベンダーカラーのニットワンピースを着たロゼと、その後ろに控えるようにして佇む執事服に身を包んだレオン。

 

ベッドから半身を起こして座っているキルシェを見たロゼは、ホッと安堵したような表情を見せた。

 

「目が覚めたのね。良かったわ」

 

「あの、ここは……?」

 

キルシェが尋ねると、ロゼの代わりにレオンが口を開いた。

 

「アルページュ邸の客室です。ご自宅までお送りすることも考えたのですが……治療が必要だと判断し、勝手ながらこちらで保護させていただきました」

 

「治療……、保護……」

 

そこまで言われて、ようやく思い出す。

 

シトラスを取り返すため、自分はトルバランと名乗る魔族と戦っていたのだ。しかし途中で意識が途切れてしまって、それからの記憶がない。

 

「あたし、負けちゃったんだ……」

 

ぎゅ、とキルシェは自分の服の胸元を掴む。親友を取り返せなかった事実を認識した途端、視界がじわりと滲んでいく。

 

「シトラスのこと、助けられなかった……」

 

俯いて嗚咽を漏らすキルシェの肩を、ロゼはそっと抱き寄せた。

 

「まだ、終わってないわ。わたし達に出来ることは、残ってる」

 

「でも、どうやって……」

 

顔を上げたキルシェの瞳には、不安の色がありありと浮かんでいた。

 

「─落ち着いてからで構いません。シトラスさんのことも含めて、今後について話し合いましょう」

 

いつになく穏やかな口調で、レオンはキルシェを気遣うように言った。その言葉に、少しだけ心が軽くなる。

 

「ありがとうございます」

 

「お礼ならポメリーナに言ってください。治癒魔法をかけた後、なかなか目を覚まさなかったキルシェさんを心配してずっと側に付いていましたから」

 

「え?」

 

言われてふと視線を落とすと、キルシェの枕のすぐ横に黄緑色の仔猫の姿になったポメポメが丸まって眠っているのが見えた。

 

(あたし……あんなにボコボコにされたはずなのに、全然どこも痛くない……)

 

攻撃を受けて強く打ち付けたはずの腹部の痛みも、手足の痣も、綺麗になくなっている。恐らく、彼女が時間をかけて治してくれたのだろう。

 

キルシェは手を伸ばし、小さな頭を撫でる。ふわふわとした温もりが、ほんの少し胸の痛みを癒してくれたような気がした。

 

「ごめんね、ポメポメ。……ありがとう」

 

小さな声で囁くとポメポメは耳をぴくりと動かしたが、それからまた規則正しい寝息をたて始めた。

 

「そういえば……今って何時ですか?」

 

改めて室内を見渡すと、窓にはカーテンがかかっていて外の様子は見えない。話を聞く限り、戦闘の後かなり長い時間眠っていたようだ。

 

「夜の10時を回ったところです」

 

「夜の、10時!?」

 

返ってきた答えに、思わず大声を上げる。とっくに門限を過ぎてしまっているではないか。

 

「あ、あの、エマちゃ……家族に連絡したいんですけど!何にも言わないで帰り遅くなっちゃって、心配してそうだし……」

 

キルシェは慌てて言う。いくら雑誌の締め切りが近い繁忙期といえど、叔母のエマは深夜には出版社から帰宅する。その時にキルシェが家にいなかったら、大騒ぎになるだろう。

 

「ああ、それなら大丈夫よ。さっきレオンの方から連絡を入れておいたから」

 

「えっ!?」

 

事も無げに答えるロゼに、キルシェは驚きの声を上げた。レオンがそれを補足するように説明する。

 

「勝手ながら、本日はこちらに泊まっていただくということでお伝えしました。保護者の方の承諾も得ていますので、今夜は安心してお休みください」

 

「ほ、ほんとですか!?よかった……ありがとうございます!」

 

ひとまずほっと胸を撫で下ろす。これでとりあえず、今晩の心配は無くなった。

 

「ただ、一つだけ問題がございます」

 

不意に、レオンが神妙な面持ちで言った。なんだろう、と思いキルシェは首を傾げる。

 

「当面─厳密には、シトラスさんを取り戻すまで。ご自宅へ帰ることは出来ないとお考えください」

 

「は……、えっ!?ど、どういうことですか?」

 

キルシェは目を見開いて身を乗り出した。急にそんなことを言われても、頭の処理が追いつかない。

 

「そんな、じゃあ学校は……あ、明後日の数学の小テストをバックれられるならラッキーかも……じゃなくて!!ちょっと、帰れないってどういうことなんですか!?」

 

慌てるキルシェとは対照的に、ロゼは落ち着いた態度でレオン、と呼びかける。

 

「もう、いきなりそんな言い方をしたらキルシェちゃんがびっくりしちゃうでしょう。ごめんなさいね」

 

「い、いえロゼ先パイは何も悪くないっていうか………てかあの、ホントにあたし家に帰れないんですか?」

 

改めて確認され、ロゼは申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「そうね、詳しくは……客間でお茶でも飲みながら話しましょうか。レオン、用意してくれる?夜だから、カフェイン少なめのものをお願いね」

 

「かしこまりました」

 

そう言うと、レオンは足早に部屋を出ていった。

 

「そうだキルシェちゃん、これ着替え。タオルも入っているから、良かったら使って」

 

ロゼはそう言って、衣類の入っているらしい紙袋を手渡す。元々、着替えを渡すつもりでこの部屋に来たらしい。

 

「あ、すみません。ありがとうございます」

 

キルシェは受け取って中身を覗き込み、おや、と首を傾げる。放課後に魔獣が出現して変身してからそのまま家に帰っていないので、最後に着ていたのは学校の制服のはずだ。なのに、見覚えのない洋服が入っている。

 

「あの、これ……」

 

「あぁ、ごめんなさいね。制服は洗濯してもらったのだけど、破れが酷かったからメイドに修繕も頼んでいるの。明日の朝までには終わると思うから、代わりにこの服を着ていてくれるかしら」

 

キルシェは紙袋に入っていた洋服を取り出して広げてみる。ベビーピンクの生地に、胸元にリボンのアクセントが付いた上品なデザインのワンピースだった。

 

「かわいい……!こんな素敵なお洋服、お借りしていいんですか?」

 

「もちろん。キルシェちゃんに似合うと思って選んだのよ」

 

そう言って微笑むロゼにキルシェは感極まりそうになるが、ハッと我に返る。

 

(こ、この服ってお店で買おうとしたら一体いくらするんだろう……)

 

多分ロゼはキルシェと違ってそこら辺のショッピングモールにテナントで入っている店ではなく、ハイブランド店にしか足を運ばないだろう。キルシェにとっては普通に生きていたら、着る機会すらないような代物かもしれない。

 

「あの、これってもしかしてお高いものじゃ……」

 

「気にしないで。それはね、私が留学していた頃によく着ていた服なの。気に入っていたのだけど、高校に入ってからサイズが合わなくなってしまって……こうして、キルシェちゃんに着てもらえるなら嬉しいわ」

 

嬉しそうに話すロゼを見て、キルシェはそれ以上何も言えなくなってしまった。ここで遠慮するのは、逆に失礼にあたるだろう。そう思い直し、素直に好意を受け取ることにする。

 

「じゃ、じゃあ大事に着させていただきますね!」

 

「ふふ、そうしてちょうだい」

 

上機嫌な様子で、ロゼはにっこりと微笑んだ。

 

キルシェは改めて、渡されたワンピースをまじまじと見る。生地はとても柔らかく、肌触りも良い。よく着ていたとは言うが、きっとその頃から丁寧に手入れをし、着られなくなった後も大切に保管していたのだろう。

 

「それと、下着なのだけど……流石にわたしのものを貸すわけにはいかないから、失礼だけどサイズを確認させてもらったわ。多分、合っていると思うのだけど……」

 

キルシェはえ?と声を漏らしながらもう一度紙袋の中を覗いてみた。すると、もう一回り小さい紙袋がひとつ。書かれているブランドロゴは、キルシェでも聞いたことがある巷では有名な高級ランジェリーショップのものだ。

 

「し、下着、わざわざ買ってきてくださったんですか?!うわぁああすみません!ホントに何から何まで……!!」

 

キルシェがぺこぺこと頭を下げると、いいのよ、とロゼは品のある微笑みを見せた。

 

「先に行って待っているから、支度が出来たら一階のリビングまで来てね」

 

「わ、わかりました!すぐ着替えて行きます!」

 

キルシェの返事に微笑みを返し、ロゼは部屋を後にする。

パタン、と扉が閉まる音が聞こえて足跡が遠ざかったのを確認し、キルシェは改めて小さい方の紙袋に視線を落とした。

 

「ロゼ先パイ、あたしにどんな下着選んでくれたんだろ……」

 

思えば数ヶ月前まで、自分はただのロゼのファンのひとりに過ぎなかったというのに。不可抗力とはいえ、まさか下着をプレゼントされる仲になるなんて夢にも思わなかった。過去の自分に話しても、絶対に信じてもらえないだろう。

 

逡巡の後、キルシェはゆっくりと息を吐いて小さな紙袋を手に取る。それから思い切って、開け口を塞ぐテープを剥がして袋を開けた。

 

「………お?」

 

真っ先に目に飛び込んできたのは、レースに縁取られた光沢のある黒い布地に、立体的で繊細なローズピンクの薔薇の刺繍が施されたブラジャー。それから、ブラジャーとお揃いの刺繍が施されたサイドストリングタイプのショーツ。そしてやはりお揃いのデザインが施されたガーターベルト。

 

以上、豪華3点セットが小さな紙袋の中身である。

 

「Oh、セクシー………」

 

思わず、そんな言葉が口をついて出た。

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