魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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決意と旅立ち、アリバイ工作を添えて

「キルシェちゃん、これ」

 

着替えを済ませてリビングへやってきたキルシェに、ロゼは小さな化粧箱を差し出す。手のひらに乗るサイズのそれを受け取ったキルシェは、テーブルにつきながら蓋を開いた。

 

「……目が覚めてすぐに見てしまったらショックかしらと思って、預かっていたの」

 

「………あ、」

 

箱に収められていたのは─大きな裂傷が刻まれ、光沢を失ったキルシェのブローチ。表面を飾るさくらんぼ型の宝石も無惨に砕け、輝きを失っている。

 

「これ……、あたし変身出来ないってことですよね」

 

「………ええ」

 

「やっぱり……そっかぁ……」

 

改めて突きつけられた現実に、キルシェは肩を落とした。魔法少女の力がなければ、自分が何も出来ない非力な少女に過ぎないことは知っている。それでも悔しくて仕方がない。

 

「わたしも同じよ。見て」

 

ロゼはキルシェに自身のブローチを見せる。彼女のブローチもキルシェと同じように深い亀裂が入り、煌めく光は失われていた。

 

「……じゃあ、今変身出来る人って」

 

「いません。魔法を扱えるのは現状、天界人である私とポメリーナのみです」

 

レオンの言葉に、三人は沈黙した。

 

キルシェもロゼも気絶した後の記憶はない。しかしここにシトラスがいないということは、レオンの力を持ってしてもトルバランからシトラスを取り返すことが出来なかったのだ。ポメポメは戦うための魔法を使うことは出来ないし、今の自分たちは魔法少女に変身出来ない。

 

「どうしたらいいの……?」

 

ブローチの入った箱を両手で持ちながら不安そうに呟くキルシェの手に、そっと手が添えられた。見ると、向かいの席に座るロゼが穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「まだ諦めるには早いわ。レオン、説明してくれる?」

 

「はい、お嬢様」

 

レオンは頷くと、静かに語り始めた。

 

「まずロゼお嬢様もキルシェさんも、現在ブローチを損傷しており変身が不可能です。しかし、シトラスさんを奪還する過程を考えると─どうしてもお二人には魔法少女に変身していただく必要があります」

 

そこで、とレオンは一旦言葉を切る。

 

「ブローチの修復のため、お二人には私とポメリーナと共に天界へ来ていただきます」

 

「え、……えぇっ!?天界に!?」

 

突然の提案に、キルシェは素っ頓狂な声を上げた。

 

─天界って、ポメポメやレオンさんが住んでたところだよね?そんなところに行って、何をどうするんだろう……?

 

「突然の話で驚かれたかと思いますが……元々そのブローチは天界の魔法と魔導科学技術を利用して作り出されたものです。なので当然、ブローチを修復する技術もあります」

 

「つ、つまりもう一度魔法少女に変身出来るようになるために、まずは天界へ行ってブローチを直してもらわないとダメってことですか?」

 

「そういうことになります」

 

レオンは頷く。

 

「天界に行く必要がある理由は、もう一点あります」

 

そう言ってレオンが取り出したのは、試験管のようなガラスの容器に入った赤い毛髪。

 

「これは……」

 

「トルバランの髪です」

 

その言葉に、キルシェは顔を上げる。

 

「どうしてそんなものを……?」

 

「トルバランは魔族─それも上級の存在ですから、髪にも微量のエナジーが含まれています。そこから得られる情報もあるので、解析したいのです」

 

「髪にはエナジーだけでなく、その人の生きた時間の記憶も蓄積されているの。だから、髪の持ち主が今までどんなことをしてきたのかとか、何を考えているのかとか、そういうことも解析でわかるかもしれないんですって。トルバランが何を考えて、どんな信念を持って生きているかがわかれば─シトラスちゃんを攫った理由も見えてくるかもしれない」

 

「シトラスを攫った理由……」

 

思えばトルバランは「魔法少女の排除」が目的だと言い、実際にキルシェとロゼを倒してブローチを破壊した。しかし、だとしたらシトラスだけを魔界へと連れ去った動機は何なのだろう。

 

「アイツ……魔法少女になったばかりの時からシトラスに目をつけてたみたいだし、変身してない時も人間のフリして近付いてたし……なんで、そんなにシトラスにこだわってるんだろ?」

 

「わたしもそこが気になっていたの。シトラスちゃんに近付いた理由が彼の言う『魔法少女の排除』なら、わたしやキルシェちゃんにしたことと全く同じことをすればよかったはず。

 

なのに、彼はわざわざシトラスちゃんひとりを誘き出すような真似をして連れ去った。何か、シトラスちゃんじゃなければいけない理由があるのかもしれないわ」

 

ロゼの言葉に、レオンは頷きを返す。

 

「その辺りも含めて、彼の記憶や思想はシトラスさん奪還の重要な手掛かりになるはずです。運が良ければトルバラン本人だけでなく、黒き明日(ディマイン・ノワール)全体の目論見について知ることが出来るかもしれない」

 

そう言うと、レオンはテーブルの上に置いたトルバランの毛髪が入ったガラス瓶を手に取る。

 

「古い知人に、天界での魔導科学のスペシャリストがいます。トルバランの髪の解析も、先ほど言った貴方達のブローチの修理もその者に依頼しています」

 

「どのぐらい、かかるんですか?」

 

キルシェの問いに、レオンは首を横に振る。

 

「わかりません。腕の立つ技術者ではありますから、ブローチの修理自体にはそこまで時間はかからないでしょう。ただ髪の魔力と記憶の解析に関しては、三日程度かかる見込みと言われています」

 

「三日かぁ……」

 

キルシェは肩を落とす。その間、自分達は何も出来ないのだ。それが歯痒くて仕方がない。

 

「もし、その三日間でトルバランの目的やシトラスの安否がわかったら……?」

 

「魔界に乗り込みます」

 

「えぇっ!?」

 

キルシェは思わず大声を上げてしまった。

天界に行くというだけでも驚いていたのに、まさか魔界にまで乗り込むなんて予想もしていなかった。

 

「ふふ、カチコミってやつね」

 

驚くキルシェとは対照的に、ロゼは楽しそうに笑う。

 

「天界と魔界の境い目が消えて行き来出来るようになるのは、月に一度の新月の夜だけです」

 

「次の新月って……」

 

「一週間後ですね」

 

「一週間後!?」

 

キルシェは再び素っ頓狂な声を上げる。

 

そんなに長い間待たなければならないのかと肩を落としたが、すぐに気持ちを切り替えた。

今は落ち込んでいる場合じゃない。どんな手段を使ってでも、一刻も早くシトラスを助けなければ。

 

「あっ、……でも待ってください。まず、天界に行ってブローチを直してもらって一日。トルバランの髪の毛の解析?をやってもらって三日。で、そこから多分作戦立てたり準備したりして魔界にカチコミに行けるのがそこから更に三日後で。

 

最低でもトータル一週間は天界に滞在することになるんですよね?」

 

「恐らくそうなると思います」

 

キルシェは少し考え、それから表情を曇らせた。

 

「エマちゃん、心配するだろうな……」

 

ぽつりと呟くキルシェに、ロゼは安心させるように言った。

 

「大丈夫よ。学校と家の方への説明についてはもう手を打ってあるの。ね、レオン」

 

「はい、お嬢様」

 

二人の会話に、キルシェは驚いて顔を上げた。

 

いつの間にそんなことをしていたのだろう。と、その時。キルシェの着ているワンピースのポケットからスマートフォンの振動音が響いた。

 

「あ、ちょっとごめんなさい。何だろう……」

 

ロック画面を解除して見ると、どうやら来ていたのはメールの通知らしい。

 

「『聖フローラ学園高等部』……?こんな時間に学校から連絡なんて、何かあったのかな」

 

キルシェは首を傾げながらメールを開く。

そこに書かれていた内容を見て、彼女は目を見開いた。

 

「えっ……!?」

 

臨時休校のお知らせ

保護者・生徒の皆様へ

 

平素より聖フローラ学園高等部の教育活動にご理解とご支援をいただき、誠にありがとうございます。

 

この度、本校の校内配電盤に深刻な不具合が発見され、全校舎において電気設備が使用できない事態に至りました。さらに、ショートの影響による火災の危険も伴うことから、生徒および教職員の安全確保を最優先とし、専門業者による修理が完了するまで休校する判断をいたしました。

 

つきましては、1週間程度の臨時休校を実施いたします。なお、復旧の進捗状況および登校再開に関する詳細は……

 

 

「つ、都合良く学校が1週間お休みになるなんて……」

 

驚きながらも、キルシェは安堵の息を吐いた。流石に無断で学校をサボるのは気が引けたので臨時休校になったのは嬉しいことだが、タイミング的に出来すぎているような気がする。まるで誰かが仕組んだかのように思えてならない。

 

「配電盤の老朽化が進んでいたことは事実で、理事長─ロゼお嬢様のお父様も新しいものへの入れ替えを検討していたところでした。なので……ちょうど良いと思い利用させていただいた次第です」

 

「利用したって……え、じゃあこの不具合って、レオンさんが魔法でやったんですか?」

 

キルシェが問うと、レオンは小さく頷いた。

 

(それってアリなの!?)

 

心の中でツッコミを入れつつ、キルシェは恐る恐るロゼの方を見る。しかしロゼは特に疑問を抱いている様子はない。むしろ当たり前といった様子だ。

 

「背に腹は変えられないでしょう?使えるものは何でも使わないとね」

 

(そういえばロゼ先パイって、理事長の娘さんなんだっけ……)

 

それなら確かに、学校を休校にするぐらいのことはできるだろう。

 

自分の住む世界の常識が崩れていくような感覚を覚えながら、キルシェは頭を抱えた。

鬼に金棒。セレブに魔法。そんな言葉が頭を過る。

 

「で、でもいくら学校が休みになっても、あたしが1週間も家に帰らなかったら流石にエマちゃんも気付くんじゃ……」

 

「それについても、対策済みです」

 

その時、またしてもキルシェのスマホが通知を知らせる振動音を立てる。

 

「またメール……今度は何だろ」

 

キルシェは慣れた手つきで画面をスワイプし、新着メールを開く。差出人はやはり、聖フローラ学園高等部だ。

 

件名:自習キャンプ参加申し込み受付のお知らせ

2年C組 キルシェ・シュトロイゼル様

 

この度は、聖フローラ学園高等部の「自習キャンプ」にお申し込みいただき、誠にありがとうございます。以下の内容で参加申し込みを受付いたしましたので、ご確認ください。

 

■自習キャンプ概要

•期間:臨時休校期間の一週間(明日朝9時までに聖フローラ学園高等部校門前までお越しください)

•場所:エルメス青少年科学館

•持ち物:筆記用具、ノート、教科書、宿泊用衣類、洗面用具、健康保険証のコピーなど

 

■注意事項

キャンプ期間中は、集中した学習環境を提供するため、携帯電話およびインターネットの使用が制限されます。

 

ご不明点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

今後とも、生徒の学習支援に努めてまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

聖フローラ学園高等部

理事長 ニコラス・P・アルページュ

 

「いやいやいや!!えっ!?何これ!?」

 

キルシェはメールの内容を二度見─いや、三度見しながら叫んだ。

 

「れ、レオンさん、ロゼ先パイ!!あたしなんか、勝手に学園のキャンプに申し込まれてるんですけど!?しかも開催日時よく見たら明日からじゃないですか!!??急すぎません!??」

 

メールの表示されたスマホの画面を二人に見せつけながら動揺するキルシェに、ロゼは穏やかに声をかける。

 

「それは表向きの処置よ」

 

「表向き?」

 

首を傾げるキルシェに、ロゼはにっこりと微笑んだ。

そんな彼女の言葉に続いて、レオンが口を開く。

 

「キャンプ自体は実際に開催予定ですが、期間中はキルシェさんには我々と共に天界に来てもらいます。あくまでこれは、人間界でキルシェさんが不在となることへのアリバイ工作ですので」

 

「……つまり、エマちゃんにはあたしがこのキャンプに参加するから一週間家に帰れないってことにする……ってことですね?」

 

「その通りです。天界では人間界のスマートフォンの電波は通じないのでどうしても滞在中は音信不通になってしまいますが、案内のメールにもあるようにこのキャンプは学業に専念するためスマートフォンやインターネットの使用を一切禁止としています。連絡が無かったとしても不審に思われることはまず無いでしょう」

 

説明を聞いて、キルシェは一応納得した様子で頷く。それから少し考えた後、再び口を開いた。

 

「でも、そんなうまく誤魔化せるかな……?」

 

不安そうな表情を浮かべるキルシェに対し、レオンは静かに言う。

 

「勝手ながら、キャンプを担当する教員と参加する生徒、そしてキルシェさんの保護者様には認識阻害の魔法を使わせていただく予定です。キルシェさんが実際にキャンプの会場にいなかったとしても、誰かに不審がられることはありません」

 

「えぇ………」

 

用意周到、というレベルではない。ここまでくるともはや恐ろしいとさえ感じるほどだ。

 

(レオンさん、その気になったら魔法で国家転覆とかもできちゃうんじゃないかな……)

 

そんな考えが一瞬頭をよぎったものの、すぐに頭を振って打ち消す。今はそんなことを気にしている場合ではない。それよりも今は目の前の問題に集中しなければ。

 

「ごめんなさいね、勝手に話を進めてしまって」

 

ロゼが申し訳なさそうに言うと、キルシェは慌てて首を横に振った。

 

「い、いえ!全然大丈夫です!むしろ色々気を遣ってくださってありがとうございます。あたし一人じゃ多分、エマちゃんを納得させる言い訳なんて思いつかなかったと思うので」

 

キルシェの脳裏に、エマの顔が浮かぶ。小さい頃から本当の娘のように、キルシェを育ててくれた大切な家族。

 

(心配させるようなことはしたくないけど……)

 

それでも、シトラスを取り戻すためだ。キルシェは覚悟を決めたように大きく深呼吸する。

 

「キルシェさん、私たちと天界まで来ていただけますか?」

 

レオンの問いかけに、キルシェは迷いなく答える。

 

「はい、行きます!─絶対、シトラスを助けなきゃ……!」

 

キルシェの決意に満ちた表情に、レオンとロゼは顔を見合わせると小さく頷いた。

 

「決まりね。それじゃあ……今日はもう遅いから、明日から行動開始しましょう。キルシェちゃんも支度があると思うし、一度帰宅した方がいいわね」

 

「え、いいんですか?」

 

てっきり、このまま明日はまっすぐ天界に行くものだとばかり思っていたキルシェは驚く。

 

「もちろん。明日の早朝、車を出すわ。出発前にご家族のお顔は見たいでしょう?あまり時間は取れないけれど、お話ししていらっしゃい」

 

「ありがとうございます、ロゼ先パイ」

 

キルシェは素直に礼を言い、頭を下げる。キルシェ自身のことだけでなく、家族のことまで気にかけてくれるロゼに胸が温かくなった。

 

「そうでした、キルシェさん」

 

「はい?」

 

思い出したかのようにレオンが声を上げると、キルシェはきょとんとした顔でそちらを見る。

 

「明後日に予定されていた数学の小テストですが、臨時休校に伴って学校再開後に延期すると思われます。天界から帰還後、あなたも受けることになりますのできちんと準備しておいてくださいね」

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