魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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バカンスと憧憬

 

黒き明日(ディマイン・ノワール)、本拠地。

 

天井を支える長い柱が並ぶ広い通路を、ひとりの若い男が歩いていた。

人間でいうと、18から20歳ぐらいだろうか。肩まで伸びた黒い髪を後ろでひとつにまとめ、顔付きは整ってはいるが若さ故かあどけなさが残っている。多くの黒き明日(ディマイン・ノワール)の構成員がそうであるように、彼もまた黒いローブを身に纏っているが、フードは被らずにそのまま背中に垂らされている。尤も、今日は重要な集会や儀礼が予定されていないため、特に被る必要はなかったのだが。

 

青年は迷いなく歩みを進め、突き当たりにあった目的の部屋の前に立つ。その場で右手をかざすと、扉は青年を迎え入れるようにひとりでに開いた。

 

まるでモニタールームのように数多の映像が空間に浮かび上がるその部屋は、組織のこれまでの活動記録を閲覧出来る記録保管室だった。

 

既に利用している者がいたようで、部屋の奥にはある映像を見つめながら腰掛ける、黒いローブを着た紺色のロングヘアの女性の姿がある。

 

青年はその女性の姿を認めると歩みを進め、後ろから声をかけた。

 

「インヴァス、取り込み中のところ済まない。トルバラン様はまた人間界に行ったのか?」

 

最近姿を見かけないのだが、と続ける青年に、インヴァスと呼ばれた女性は振り向きもせず答える。

 

「あら、シュバルツェ。聞いていなかったの?トルバランならバカンス中よ」

 

「バカンス?」

 

予想外の言葉に、シュバルツェと呼ばれた青年は怪訝な表情を浮かべた。

 

「あのトルバラン様が、か?」

 

「ええ。何でもここ最近人間界でのエナジー回収を阻んでいた魔法少女達を全員倒したとかで、そのご褒美に邪神様から長期休暇をもらったらしいわ」

 

こちらとしては、もっと早くにそうして欲しかったのだけれど、とインヴァスは呆れたようにため息をついた。

 

「ま、これでしばらくは人間界に邪魔者は現れないでしょうから、私たちにとってはありがたい話よね」

 

そう言って、インヴァスは視線を映像に戻す。シュバルツェもインヴァスの隣に並び立ち、同じくホログラムのように空間に浮かび上がる映像を覗き込んだ。

 

「これが、その時の記録か?」

 

映像の中では、年端もいかない10代半ば程度の少女達が、トルバラン相手に必死に抵抗している様子が映し出されていた。恐らく彼女たちが、噂に聞いた魔法少女だろう。オレンジの髪の少女はシュバルツェも記録で見た事があるが、残りの二人は初めて見る顔だ。

 

(一、二、……三人か。……こんな、子供同然の人間の女がエナジー回収を妨害していたとは……)

 

驚きを禁じ得ない様子のシュバルツェを横目に、インヴァスは画面に視線を向けたまま語り出した。

 

「なかなか見どころのある記録でしょ?

 

ひとりが先に倒されて見せしめにされて、残りの仲間達が取り返そうと必死に立ち向かってくるけど……流石に人間の少女が黒き明日(ディマイン・ノワール)の幹部とやり合うのは無理があるって話よね。

 

彼女達の保護者っぽい天界人の男は魔力制限で実力を発揮できず、結局全員ダウン。……ちょっと、気の毒かも」

 

改めて映像に目をやると、確かにオレンジの髪の少女が既にトルバランに倒されたらしく、見せしめのように宙に浮かされている。そしてそれを取り返そうとしていると思わしき他の少女たちも、トルバランの圧倒的な力の前に満身創痍の状態だった。

 

中でもピンク色の魔装ドレスを着たツインテールの少女の有様は、痛々しかった。腹部に大きな青痣を作り、着ているドレスの損傷も目立つ。

 

(あれは……内臓にまでダメージが入っているな)

 

普通の人間ならば、早急に処置を施さないと命に関わるだろう。それなのに彼女は、仲間からの治癒魔法もそこそこに再度立ち上がる。

 

「……この女、」

 

思わず口から漏れた言葉に、隣のインヴァスが反応する。

 

「好みの女の子でもいた?確かにその子、顔立ちは悪くないわよね」

 

揶揄うようなインヴァスの言葉に、シュバルツェは首を横に振る。

 

「別にそういうわけじゃない。ただ─よくここまでの攻撃を受けて、トルバラン様から逃げなかったものだと思ってな」

 

立ち上がれないほどのダメージを受けたにもかかわらず、少量の回復で再び挑みかかっているあたり、相当な根性の持ち主だと言わざるを得ない。

 

それだけではなく、トルバランから攻撃を受けている味方の魔法少女を庇ったり、仲間と声をかけ合って連携を試みたり、決して諦めずに戦っている。

 

仮に自分が彼女の立場だったとして、圧倒的な力量の敵を相手にどこまで立ち向かえるだろう。勝ち目がないと思い知らされたとしても、仲間を救うことを諦めずにいられるだろうか。

 

─自分の命よりも、守りたいものを守ることを躊躇せずにいられるだろうか。

 

「……シュバルツェ、あなたもしかしてこういうタイプに弱い?」

 

「……は?」

 

唐突な質問に、シュバルツェは眉をひそめる。

 

「あなた結構ピュアなところあるし、こういう献身的で自己犠牲を厭わないタイプの子は放っておけないんじゃない?」

 

「何の話だ。俺はただ、この女が何故そこまでして他人のために戦うのか気になっただけだ。トルバラン様に敵わないと分かっているはずなのに、何故こうもしつこく……理解に苦しむ」

 

シュバルツェの言葉に、インヴァスはくすりと笑みを零す。それはどこか、何かを懐かしむような表情にも見えた。

しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの調子に戻る。

 

「まぁ、本当に情を移されたら困るんだけどね。あなたは黒き明日(ディマイン・ノワール)なんだから」

 

当然よね、と言いながらインヴァスは再び映像に視線を戻す。しばらくそのまま眺めていたが、やがて椅子から立ち上がった。

 

「さて、そろそろ仕事に戻るわ。もっと見たいならこのままにしておくけど、終わったらあなたが片付けてちょうだい」

 

満足したのか、インヴァスは踵を返して部屋を出ていった。残されたシュバルツェは、しばらく無言で記録映像を見つめる。

 

どうやら先程のピンクの少女と、その仲間の紫の少女は、短期決戦でトルバランと決着を付けようと画策したらしい。二人は合体魔法でトルバランに向けてありったけの魔力を込めた光線を放つ。

 

(二人がかりとはいえ、ただの人間にしてはかなりの威力だな……だがこの程度では)

 

シュバルツェの予想をそのままなぞる様に、トルバランは少女たちの迫真の攻撃を跳ね退け、返り討ちにした。地面に倒れ伏した二人は、そのまま力尽きてしまったらしい。身に纏っていた魔装ドレスが鈍い光と共にリボン状に解け、変身が解けた二人は元の制服姿へと戻る。

 

(これが、魔法少女の正体か)

 

ピンクの魔装ドレスを身に纏っていたツインテールの少女は、ピンクのニットカーディガンに学校指定らしいグレーのプリーツスカート、白いニーソックスとローファーという出立ちで倒れていた。変身前のダメージがそのまま残ったのか、服のあちこちが破れて傷付いた素肌がのぞいている。

 

(この地域は確かラコルト市……となると、市内の学生……この服は学校の制服か。これだけ特徴がわかれば、データベースでの特定は容易いはず……)

 

そこまで考えたシュバルツェは、ハッとする。

 

自分は一体、何を考えていたのだろうか。管轄でもないくせに、人間界の少女の身元に興味を持ってどうするというのか。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

頭を振って思考を切り替え、シュバルツェは空中に映し出された映像に手を翳して消した。それからすぐ踵を返すと、何事も無かったかのようにその場を後にしたのだった。

 

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