魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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感傷よ、こんにちは

 

暗い色調の石壁に覆われた巨大な屋敷は、鋭く尖った柱と無数のアーチの連なりからなる外壁に囲まれ、厳粛で威圧的な空気が漂っている。

 

ここはエインヘリアル邸。黒き明日(ディマイン・ノワール)の幹部にして、魔界でも名を轟かせている上級魔族トルバラン=フォン=エインヘリアルの屋敷だ。一人で暮らすにはあまりにも広すぎるその邸宅の長い廊下に、金属質な音が混じる重厚な足音が響き渡る。

 

トルバランが、シトラスを連れて屋敷に戻ってきたのだ。

急激にエナジーを失ったシトラスはトルバランに横抱きにされ、未だに目を覚ます気配がない。異常な形で変身を解かれたせいで魔装ドレスはリボン化してしまい、何も着ていないシトラスの身体に絡まるように残っているだけだ。変身に必要なブローチも、エナジーが足りないのか、元のきらびやかで鮮やかな輝きを失い、くすんだ色でシトラスの胸元で鈍く光っていた。

 

長い廊下の先にある灯りの灯った部屋の前で立ち止まったトルバランは、ドアを開けるとそのまま中に足を踏み入れる。

 

天蓋付きの大きなベッドと、サイドテーブルだけが置かれた簡素な部屋。寝室にしては殺風景なそこは、かつて来客用の一室だった。長らくその用途で使われることはなかったが、手入れは行き届いており、埃ひとつ見当たらない。まるでここに、誰かが来ることを想定して整えられたかのように。

 

トルバランは、ベッドを覆う天蓋の薄布を片手でゆっくりと避けると、柔らかな掛布団の上にシトラスの体を慎重に横たえる。

 

それから自分もベッドの縁に腰を下ろすと、両手をシトラスの顔の両側にそっと置き、ゆっくりと身を乗り出した。

 

シトラスは、相変わらず目を覚まさない。

 

オレンジ色のリボンが巻き付いただけで何も纏っていない身体は薄く華奢で、その肌は透き通るように白く滑らかだった。しかし、あちこちに青痣が残り、腕や脚には擦り傷と打撲痕がある。

 

彼女の戦意を損ねさせるために止むを得ず応戦したが、手加減はしたつもりだった。実際深刻な負傷は見当たらないが、それでも無防備な姿と相まって傷跡が痛々しい。

 

「治療が必要ですね。衣服の復元は……このエナジー量で実行するのは危険でしょうか」

 

回復してからの方が良さそうですね、と独り言を呟くと、トルバランはシトラスの頬をそっと撫でながらその寝顔を見つめた。

 

「さて……これからどうしましょうか」

 

柔らかく弾力のある頬を指で撫でながら、トルバランは思案する。

 

キルシェとロゼを倒し、シトラスのエナジーを奪い取ったその後。

トルバランは邪神に任務の遂行を報告した。魔法少女3人全員の変身能力を封じ、且つその内のひとりのエナジーを強奪したという功績は、邪神を満足させるには充分であった。

 

報酬を問われたトルバランは一週間の休暇を願い出、これは承諾された。

魔法少女たちが倒されたことで、当面人間界での組織の活動を妨害する者が現れないと判断されたらしい。

 

久しく長期の休暇を得ていなかったトルバランだが、休暇の意味など今の彼にとってはさほど重要ではなかった。彼の意識は、ただ目の前の少女へと向けられている。

 

トルバランはしばらくそのままシトラスの顔をまじまじ見つめていたが、不意にその琥珀色の瞳が微かに揺らいだ。

 

「………いけませんね。もう三百年も経っているのに、何故今更感傷的になどなるのでしょう」

 

自嘲気味に呟いた言葉は、わずかに掠れていた。

 

「いくら生き写しとはいえ、貴方があの人そのものであるはずはないというのに……我ながら女々しいものです」

 

苦々しく顔を歪め、纏わり付いたリボンが解け落ちるのも構わずにシトラスを抱き寄せる。口元から規則正しい寝息が聞こえ、その度に柔らかな胸が上下する。

 

その呼吸も体温も、全てが懐かしく思えて、トルバランは思わず腕に力を込めた。

 

腕の中の少女はまだ、目覚める気配すら見せない。だけど、それでも良かった。

 

今はただ、この体温を感じていたかった。




第6話「解け絡まる因果」 完
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