魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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剥がれゆく魔法

「っ、きゃぁああああっ!!」

 

魔装ドレスがズタズタに切り裂かれ、白い肌に切り傷が走る。攻撃が止むと同時にシトラスの身体は空中に放り出され、風の勢いのままに地面に叩きつけられた。

 

「か、は……っ、」

 

アスファルトに身体を打ちつけた衝撃で、一瞬息が止まる。

全身がズキズキと痛み、風魔法のダメージを受けた肌はひりひりと焼け付くように熱い。仰向けに倒れたまま、シトラスは起き上がることが出来なかった。

 

「シトラス!!」

 

ポメポメは防壁の中にキルシェを残し、シトラスに駆け寄る。

 

「っ、う……」

 

ポメポメがシトラスの身体を揺すると、彼女は小さく呻き声をあげた。意識はあるようだが、魔装ドレスは所々切り裂かれ、その下の素肌も傷ついているようだった。痛々しいその姿に、ポメポメの表情が歪む。

 

「大丈夫ポメ?すぐに手当てするポメ!」

 

ポメポメの手のひらに黄緑色の光が灯る。 どうやら回復魔法のようだ。ポメポメは光る手のひらを、シトラスの傷付いた身体にかざした。

 

「……ポメポメ、」

 

顔を上げたシトラスは、自身とポメポメの頭上を覆う影に気付き、目を見開いた。

 

─グギャァアア……ッ!!

 

それは、魔獣の脚だった。

 

「っ!ポメポメ、危ない!!」

 

「ポメッ!?」

 

何が起きているかを理解していないポメポメを、シトラスは咄嗟に突き飛ばす。

 

その直後に、

 

─ドガァアッ!!

 

魔獣の脚が、シトラスの倒れてる道路を砕いた。

 

「ポメ……っ!?」

 

尻餅をつくようにして魔獣の脚を避けたポメポメは、唖然とした様子で目の前の光景を見つめる。

 

魔獣の脚が下ろされた場所に土煙が上がり、シトラスがどこに居るのかを把握できない。

 

「シトラス、どこポメ!?」

 

ポメポメはシトラスの名前を叫びながら、必死に周囲を見渡した。

 

─グギャァアア……ッ!!

 

雄叫びのような魔獣の声が響き、視界を覆っていた土煙が晴れる。

 

そしてようやくポメポメの目に飛び込んできたのは─

 

 

 

 

 

 

 

魔獣の趾に掴み上げられ、力なく項垂れるシトラスの姿だった。

 

 

 

 

「シトラス……!!」

 

ポメポメは悲鳴のような声を上げる。

 

捕まったシトラスの身体はボロボロで、切り傷や痣、打撲痕がダメージの深さを物語っている。脚から逃げ出す力も無いのか、手足はぐったりと垂れ下がっていた。

 

「ポメポメ……、」

 

項垂れていたシトラスが僅かに顔を上げ、消え入りそうな声でポメポメの名を呼ぶ。

 

「キルシェを、連れ……て、ここから、逃げ、て……、」

 

「シトラス……っ、シトラスはどうなるポメ!?置いていけないポメ!」

 

「だいじょ、ぶ……だから……、早く……っ、あ゛ぁあああっ!!」

 

魔獣が再び動き出し、シトラスの身体をさらに締めつけながら高く持ち上げていく。骨が軋む嫌な音が響き、シトラスは悲鳴をあげた。

 

「痛……っ、あぁああっ!!」

 

「っ……、シトラスに酷いことするなポメー!!」

 

ポメポメは防壁の中にキルシェを残し、魔獣の足元に向かって駆け出す。そして、落ちていたオレンジ・スプラッシュを拾い上げた。

 

「離せ、離せポメーーーっ!!」

 

 

魔槌はガンッ、と大きな音を立て、魔獣の脚にぶつかる。

 

何度も、何度も。シトラスの身体を解放させようと、ポメポメは魔槌を振り下ろす。しかし何度攻撃しても、オレンジ・スプラッシュからはシトラスが扱った時のような強い衝撃は生じず、ポメポメの持つ魔力にも反応を示さない。

 

「っ、どうしてポメ……っ!どうしたら、どうすれば……っ!」

 

焦る気持ちとは裏腹に、魔法が発動しない現実に涙が滲む。

悔しげに歯を食いしばり、それでも諦めずにポメポメは魔槌を振るい続ける。

 

しかし魔獣がシトラスを離す気配は無く、ただの鈍器同然の魔槌を打ち付け続けたところで、魔獣の脚には傷ひとつ付いていなかった。

 

 

「ポメ……っ!」

 

──グギャァアア……ッ!!

 

魔獣は煩わしそうに鳴き、ポメポメに叩かれていた方の脚を軽く振り上げる。

 

まるで足元に纏わり付いた虫でも払うかのように。魔槌を持ったポメポメの身体は、容易く蹴り飛ばされた。

 

「っ、ポメぇええええっ!!」

 

ポメポメは悲鳴と共に、道路の上を転がっていく。そして、

 

 

─ポンッ。

 

何とも拍子抜けする様な音と同時に、天界人の少女はミントグリーンの体毛を持った小さな猫へと戻った。

 

「ポ、ポメ……っ」

 

全身をくまなく打ち付け、起き上がることも出来ない。ポメポメはぽてっ、と力なくアスファルトに横たわり、弱々しい声を上げた。

 

「ポメポメ……っ!!」

 

猫の姿に戻ってしまったポメポメを目の当たりにし、シトラスの顔から血の気が引く。助けに行くにも、魔獣の脚から逃げ出すことは叶わない。

 

(どうしよう、このままじゃみんな……!)

 

そんなシトラスの焦燥を嘲笑うように、魔獣は再び、己の視線をシトラスに合わせる。そして、その眼は不気味に赤く輝き始めた。

 

「っ、シトラス、こいつの眼を見ちゃダメポメーっ!」

 

ポメポメは叫ぶ。しかし、シトラスは魔獣の眼から目を離すことは出来なかった。まるで主導権を奪われてしまったかのように、身体が言うことを聞かない。

 

魔獣の眼から放たれた赤い光線が、シトラスの身体を貫く。

 

それは──

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ぁあああぁあ゛ぁーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

街の人々を昏倒させた、あの光だった。

 

人々から命の源(エナジー)を奪い、己の糧とするための光線。

身体の中から直接命そのものが削り取られていくような、無理矢理に何かが引きずり出されるような、そんな苦痛にシトラスは身悶える。

 

「あっ、あぅっ、あぁあ……っ!」

 

命を削られるような痛みと共に、体からどんどん力が抜けていく。気を抜けば意識までも刈り取られてしまいそうになる程の脱力感に襲われる。それでもなお、容赦なく奪われ続ける力の流れ(エナジー)。

 

 

─グギャァアア……ッ!!

 

 

シトラスのエナジーを貪る魔獣は、歓喜に打ち震えるように咆哮した。

 

魔法を扱えるシトラスのエナジーは他の人間よりも質が良く、魔獣にとっては極上の餌である。それを根こそぎ奪わんと、魔獣は赤い光線をシトラスに浴びせ続ける。

 

 

「いやぁああぁあーーーーっ!!」

 

 

見開かれた目からは涙の雫がこぼれ落ち、彼女の口からは悲痛な叫びが響く。自分の身体が自分ではない何者かに蹂躙されているような、そんな不快感。シトラスは身を捩り、少しでも抵抗を試みるが、それも虚しく終わるばかりであった。

 

─シュル、

 

シトラスのショートブーツが淡いオレンジ色に光ったかと思うと、そのまま衣擦れの音を立てながらオレンジのリボンに戻る。

 

「……っ!!変身が解けかけてるポメ……!!」

 

ポメポメの言葉と同時に、シトラスはこのリボンが変身している最中に自分に巻き付いてきたものと同じだと気付いた。

 

ブーツを形作っていたそれが再びリボンになったということは─変身が逆回しにされているということ。

 

魔法少女の変身が、保てなくなりかけていた。

 

「や、だ……っ、やめて……っ!!」

 

─グギャァアア……ッ!!

 

魔獣は獲物のエナジーが弱まっていく様を見て歓喜し、さらに光線の威力を上げる。

 

「あぁああ゛ぁあーーーーっ!!」

 

引き絞る様な悲鳴と共に、シトラスの身体から力が抜けていく。

次に解けたのは、グローブだった。

 

「あ、あぁああ……っ!!」

 

グローブはオレンジ色のリボンへと戻って、解ける。ただの布同然となったリボンは、重力に従って地面へと落ちていった。

 

─グギャァアア……ッ!!

 

再び放たれる、禍々しい赤色の光。

これだけしてもまだ飽き足りないのか、魔獣は更にシトラスのエナジーを喰らおうと、光線を浴びせ続ける。

 

(誰か、誰か助けて……っ!)

 

恐怖と焦燥が、彼女の心を追い詰めていく。

 

ついにボロボロになった魔装ドレスまで、鈍い光に包まれ始めた。ドレスまでリボンに戻ってしまったら─完全に変身が解けてしまう。

 

「シトラス……っ!!」

 

ポメポメの悲痛な声が届くも、どうすることも出来ない。

ぼんやりと光を帯びた魔装ドレスが、その輪郭を歪ませながら崩れ始める。

 

─グギャァアア……ッ!!

 

(私、まだ何も出来てない……キルシェのことも、助けられてないのに……っ)

変身が解けてしまったら──もう自分にはこの魔獣を止められない。

 

誰も守ることが、出来ない。

 

 

意識まで朦朧とし始める中、シトラスはただ、悔しさに涙を流すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

─その時だった。

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