魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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ファースト・キス

 

一閃。

 

一筋の光が煌めいたかと思うと、次の瞬間にはシトラスを捕えていた大魔獣の足が真っ二つに切断されていた。

 

─グギャァアア……ッ!!

 

大魔獣は激痛に悶え、悲鳴のような鳴き声が地面を震わせる。

 

足が切断されたことによって、掴み上げられていたシトラスは空中に投げ出された。しかし、その身体が地面に叩きつけられるより前に、別の腕が彼女を受け止める。

 

「な……っ、誰ポメ……っ!?」

 

突然現れた第三者に、ポメポメは驚きの声を上げる。

 

紅く長い髪を持った、長身の男性だった。しかしその服装は、この世界のものではない。

 

闇夜のようなローブをまとい、その下には中世の騎士を彷彿とさせるような軍服。高貴さを感じさせつつも、一目で彼が戦いに身を置く者であることがわかる出立ちだった。

 

(天界では見たことない服ポメ……一体どこから……)

 

突然現れた謎の男性に、ポメポメは困惑する。

 

「………、」

 

一方で、男は自身が受け止めた少女に視線を落としていた。

落下する途中で意識を手放してしまったのか、瞳は閉じられて四肢はだらりと垂れている。男はシトラスをビルの壁にそっと寄りかからせると、静かに立ち上がった。

 

「……、」

 

そして、徐に魔獣へと向き直る。

その感情は窺い知れないが、琥珀色の瞳はただ静かに魔獣を見据えていた。

 

─グギャァアア……ッ!!

 

咆哮と共に、魔獣が男に襲い掛かる。しかし男は冷静なまま、大剣を水平に構えて攻撃に備える。そして──

 

「フッ!!」

 

裂帛の気合いと共に、男は剣を振り抜く。四本足だった魔獣の脚が、残り2本になった。

 

─グギャァアア……ッ!!

 

「はぁっ!!」

 

男はさらに踏み込んで、二撃目を放つ。魔獣の脚がまた1本切断された。今度は悲鳴すら上げられず、魔獣は苦悶の声を上げるのみだ。

 

(す、すごいポメ……っ!)

 

たった一人で魔獣を圧倒する男を、ポメポメは驚愕の目で見つめた。

 

その身のこなしは俊敏かつ流麗で、戦場には似つかわしくない、どこか優雅な雰囲気さえ感じさせる。しかし、素人目にも彼がこれまでにこのような戦線を何度も潜り抜けてきたであろうことは、容易に想像出来た。

 

脚を切り刻まれた魔獣は残されたひとつ足でバランスを取ることが出来ず、耳障りな鳴き声を上げながらその場に転倒してもがき苦しんでいる。

 

男はそこにとどめを刺──さずに、魔獣に背を向けるとシトラスの方へと向かう。

 

(な、なんで倒さないポメ……?)

 

あちこちがヒビ入っている道路に膝をつき、身体を揺さぶらないようそっとシトラスを抱き起こす。その仕草に粗雑な様子は一切ない。まるで宝物を扱うかのように丁寧だった。

 

「……ぁ……ぅ……」

 

小さく呻く少女を見て、男の表情が僅かに曇った。

 

身体のあちこちに擦り傷や切り傷が出来、魔装ドレスもボロボロになって所々が破けている。素肌が見えてしまっている箇所もあり、そこからもうっすらと血が滲んでいた。

 

顔にかかった髪と汚れを、男は優しく払い除ける。それから─

 

 

 

 

 

頬に手を添えると、男はそのままシトラスの唇に自分の唇を重ね合わせた。

 

 

 

 

 

(ポメーーーーーーーっ!?!?!????!!!)

 

 

突然目の前で繰り広げられた光景に、ポメポメは心の中で驚愕の声を上げる。

 

見ず知らずの男が、突然魔獣を強襲してシトラスを助けたかと思えば、気絶している彼女にキスをした。

 

まるで自分を童話の中の王子だとでも思っているのではないかと邪推したくなるほど自然な動作で、それでいて男の端正な見た目とシトラスの小柄で愛らしい容姿が相まって、悔しいことにとても様になっていた。

 

(ハッ、もしかしてこれは強制わいせつ……それとも婦女暴行ポメ……!?)

 

ポメポメの脳裏に、覚えている限りの女性に対していかがわしい行いをした場合の犯罪名が浮かぶ。しかしその思考はすぐに打ち消された。

 

男が口付けた途端、シトラスの身体に出来た無数の傷や痣が、みるみるうちに消え、髪や肌の汚れまでもが元通りに治っていく。魔獣に攻撃されてから弱まっていたエナジーの流れも、徐々に正常に戻りつつあった。

 

(もしかして……シトラスにエナジーを分けているポメ……?)

 

今起きている事を見る限り、そうとしか思えなかった。

しかし魔獣と対等に渡り合い、他者のエナジーを回復させる能力を持つ者がただの人間であるはずがない。この男が只者でないことは明白だった。

 

(こいつ……何者ポメ……)

 

方法はさておいて、シトラスを回復してくれたことは事実だ。少なくとも敵意は無いように見える。だけど彼を判断するには、今のポメポメにはわからないことが多すぎた。

 

 

男がようやく唇を離すと、シトラスの魔装に変化が起きた。

 

ボロボロに破れて泥だらけだったドレスが、光と共に元の美しさを取り戻していく。

 

手と足に再びオレンジ色のリボンが巻かれて、グローブとブーツに変化する。シトラスの姿は、変身した直後とほとんど変わらない状態に戻った。

 

 

「ん……っ」

 

シトラスは軽く身じろぎすると、ゆっくりと目を開く。

 

「─あれ、私……」

 

確か鳥型魔獣と戦っていたはずだ。しかし、記憶はそこで途切れている。

 

「もう、大丈夫そうですね」

 

頭上から降ってきた声に顔を上げると、目の前に見知らぬ男性の顔があった。

 

琥珀色の瞳に、紅く長い髪。端正な顔立ちをした彼は、微笑みながらこちらを見ている。二人の視線が、交差した。

 

(この人……、)

 

見たことのない、初めて会う人だった。

それなのに何故か、どこか懐かしい感じがする。

まるでずっと前から知っているような、そんな感覚。

 

「……あなたは、」

 

誰、とシトラスが問おうと口を開きかけた瞬間─

 

─グギャァアアア……ッ!!

 

魔獣の咆哮が響き、 二人は一斉にそちらに視線を向ける。

 

「─さて、」

 

男はシトラスの手を取って、そっと立ち上がらせる。

 

戸惑いながら男を振り返ると、かちりと目が合った。

琥珀色の瞳が、優しく細められる。その眼差しに、なぜか胸が高鳴った。

 

「あ、あの、─」

 

「今の貴方なら、倒せるはずですよ」

 

 

男はシトラスの言葉を遮り、そう告げる。

 

「……え?」

 

シトラスは戸惑ったように聞き返す。だが、男はそれ以上何も言わず、魔獣へと視線を向ける。それに倣って魔獣を見れば─

 

 

その場で身動きが取れずに藻掻く大魔獣。

切断された脚は復元されつつあるものの、未だに思うような身動きが取れないようだ。

 

倒すなら、動きが止まっている今しかない。

 

「シトラスーーーーーっ!!」

 

声のした方を見れば、猫の姿のポメポメとその傍に浮かぶオレンジ色の魔槌。

 

「受け取るポメーーっ!!」

 

ポメポメの叫びと共に、魔槌オレンジ・スプラッシュはまるで意思を持っているかのようにシトラスの手元へ飛んでくる。シトラスは迷わずそれに手を伸ばし、オレンジ・スプラッシュの柄をしっかりと握った。

 

「─あ、」

 

柄を手にした瞬間、オレンジ・スプラッシュが光り輝き、身体に温かな力が漲ってくるのを感じた。

 

「……一緒に、戦ってくれるの?」

 

オレンジ・スプラッシュに語りかけると、それは答えるように輝きを増す。その瞬間、このハンマーはただ魔法を使うための道具ではない、共に戦うパートナーなのだとシトラスは直感した。

 

「ありがとう。─行こう!」

 

ちゅ、と槌の部分の先に口付け、シトラスは勢いよく魔獣に向かって駆け出した。

 

 

 

「はぁああああっ!!」

 

 

 

 

地面を蹴って、飛び上がる。

今までよりもずっと高く、高く。

 

鳥型魔獣は咄嗟に、シトラスにもう一度視線を向けようとしたが、速過ぎて視界に捉えることすら出来なかった。

 

鳥型魔獣の頭上まで高く跳躍したシトラスは、弱点である結晶をめがけてオレンジ・スプラッシュを大きく振りかぶる。

 

 

「『隕石(メテオライト)』!!」

 

 

シトラスの魔法が発動した。

オレンジ・スプラッシュの先端に眩い光が集まる。まるで小さな星のようなその光はどんどん大きくなり、そして─

 

 

「いっけぇえええええ!!!!!」

 

 

まるで隕石のように、シトラスはオレンジ・スプラッシュと共に魔獣の弱点である頭部の結晶に急降下する。

 

 

 

 

─ ドゴォオオオオオオオオンッッ!!!

 

 

 

 

凄まじい衝撃音と同時に、粉々に砕け散った水晶の破片が飛び散り、周囲に降り注ぐ。

膨大な魔力を込められたオレンジ・スプラッシュは─魔獣の結晶を見事粉々に砕いたのだった。

 

 

─……ッ、ギェエエエエエエーーーーッ!!

 

 

魔獣は断末魔のような悲鳴を上げ、そして─オレンジ色の光の中へと還って行った。それを見届けたシトラスは、ふわりと地面に降り立つ。

 

「はぁ、はぁ……っ、」

 

全力疾走した後のように呼吸が乱れていた。落ち着かせようと深呼吸を繰り返すが、なかなか動悸が治まらない。

 

 

(─……倒せたんだ)

 

あの大きな魔獣を、自分の手で。

淀んだ灰色の空が、だんだんと晴れていく。太陽の光が差し込み、世界を橙色に優しく照らしていく。

 

実感は未だに湧かない。しかしこの街に穏やかな夕暮れ時の景色を取り戻したのは、他でもないシトラス自身だった。

 

(そうだ、あの人……)

 

赤い髪の男性に、まだ助けてもらったお礼を言えていない。

シトラスは先ほどまで男性が立っていた場所を振り返るが、

 

「……あれ、」

 

そこに、男の姿はなかった。

 

「おかしいな、さっきまでここにいたのに……」

 

辺りを見回してみるが、何処にも赤い髪の男の姿は見当たらない。あんなに目立つのだからすぐに見つけられるはずなのに、それでもいないということはもう何処かへ行ってしまったのだろうか。

 

(また……、会えるかな)

 

何故だか分からないけれど、もう一度会いたい。シトラスはそう思った。

 

─その時はちゃんとお礼を言って、名前を聞いてみよう。

 

 

 

 

 

「シトラスーーーっ!」

 

向こうからポメポメが名前を呼びながら走ってくるのが見えて、シトラスは我に返る。駆け寄ってきた小さな体を受け止め、腕の中に抱きしめた。

 

「よかったポメ~!心配したポメ~!」

 

「ごめんね、もう大丈夫だよ」

 

そう言ってポメポメの頭を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細める。その様子を見ていると、自然と笑みがこぼれてきた。

 

「ポメポメ、キルシェは?」

 

シトラスは、意識を失っているキルシェの方へ視線を向ける。キルシェを覆っていた防壁は、時間の経過からか薄らいで今にも消えそうだった。しかし、しっかりとその役目を果たしてくれたようだ。

 

「魔獣を倒したから、エナジーの減少はもう止まっているポメ。あとは自然に目が覚めると思うポメけど……」

 

シトラスは未だに目を覚さないキルシェを見て、不安そうな表情を浮かべる。このまま目が覚めなかったらどうしよう、と考えてしまう。しかし、今は信じて待つしかないだろう。そう思った矢先だった。

 

「う、ん……」

 

「……っ!キルシェ!」

 

身じろぎをしたキルシェにシトラスは弾かれたように駆け寄り、体を抱き起こす。

 

「キルシェ、大丈夫?」

 

「……シト、ラス?」

 

キルシェはぼんやりとした様子でシトラスの顔を見上げる。やがてその眼は徐々に見開かれて、光を宿した。

 

それを見た途端、張り詰めて緊張していた心が一気に緩んで、視界が滲みだす。

 

「─よかっ、た……キルシェ、よかったよぉ……っ……」

 

顔をくしゃくしゃにさせながら、シトラスはキルシェに覆い被さるように抱きついた。

 

「わ、ちょ、ちょっと!」

 

突然のことに動揺しながらも、キルシェは優しくシトラスの背中をさする。ぽんぽん、としゃくり上げる背中を優しく叩いて落ち着かせようとするが、逆効果だったようだ。

 

「うぅっ、……キルシェぇ……っ……」

 

それが引き金になったようにシトラスの目には更に涙が溢れ、キルシェを抱きしめる腕に力が込められる。

 

「いだだだだだだ! ま、待って!キルシェちゃん怪我してるから、お手柔らかに!!」

 

「あ、ご、ごめん!」

 

悲鳴のような声を上げたキルシェにシトラスはハッとして、慌てて身体を離す。それから二人は顔を合わせると、どちらからともなく笑い出した。

 

「友情ポメ……」

 

そんな二人の様子を見つめていたポメポメは、胸がじーんと熱くなるのを感じていた。

 

(あれ、でも何か大事なことを忘れてるような気がするポメ……)

 

「ところでシトラス、

 

 

 

 

 

……その格好どうしたの?」

 

 

 

「へ?──あ、」

 

キルシェに指摘され、シトラスは自分の格好を確認する。

 

 

フリルとリボンがたっぷりの魔装ドレスに、グローブとショートブーツ。脇に置かれた、オレンジ型のハンマー。

 

シトラスはまだ─変身したままだった。

 

 

「わぁああぁあああ!? え、えっとこれは、その……!!」

 

「すっごいかわいいし似合ってるじゃん!シトラスってあんまりオシャレ興味なさそうだけど、こういう服も似合うんじゃないかなーって思っていたんだよね!!」

 

「やっ、その、えっと、ちがくて……!!」

 

何と言えば良いのかわからず慌てふためくシトラス。しかし、ポメポメはキルシェの元へと歩み寄ると、

 

「『眠って(ソメイル)』」

 

呪文を唱えながらキルシェの手にポン、と前足を置いた。

 

「はにゃ……?……ふにゃ……すぴー……」

 

くてん、と全身の力が抜けたキルシェはシトラスの腕の中ですやすやと寝息を立て始めた。

 

「ポメポメ……?」

 

「安心するポメ。魔法で眠ってもらっただけポメ」

 

ただ眠っただけだと聞き、安堵の表情を浮かべるシトラス。

ポメポメは真剣な目で、真っ直ぐに彼女を見つめた。

 

「シトラス、キルシェには今日見たことを忘れてもらった方がいいポメ。魔獣との戦いに、関係ない人を巻き込むのは良くないポメ」

 

「う、うん……そうだね……」

 

ポメポメの言葉に、シトラスは頷く。

 

もし自分が魔法少女であのような魔獣と戦っていると知ったら、キルシェは間違いなく心配するし、自分から関わろうとしてくるだろう。そんなことになれば、必然的にキルシェを危険に晒すことになる。それだけは何としても避けなければならない。

 

「『癒やせ(ゲリール)』」

 

シトラスはオレンジ・スプラッシュを手に持って、呪文を詠唱する。オレンジ・スプラッシュから流れ出たオレンジ色の淡い光がキルシェの傷を優しく包み込み、治癒していく。

 

「『忘れて(ウブリエ)』」

 

続けてそう唱えて、キルシェの額に手をかざす。これできっと、キルシェが次に目を覚ました時には怪我をしてから変身したシトラスの姿を見るまでの記憶は消えていることだろう。

 

「これで一件落着ポメ!もう元の姿に戻って大丈夫ポメ!」

 

「うん、でもその前に……」

 

シトラスは先ほどまで魔獣と激闘を繰り広げていた道の真ん中まで歩み出る。

 

変身してオレンジ・スプラッシュを手にしてから、自分がやりたいことを思い浮かべるとそれを実現するための魔法の呪文が自然と頭に浮かんできた。

 

そしてこの呪文は─戦いが終わったら必ず唱えると決めていた。

 

「『元に戻れ(ルトゥルネ)』」

 

魔槌の柄を地面に突き立てると、そこからオレンジ色の光が街の壊れた建物や道路、そして倒れてしまった人々を包み込んでいく。

 

「ポメ………、」

 

ポメポメはその光景を見て思わず言葉を漏らす。そして光が収束すると、辺り一帯は元の綺麗な街並みに戻っていた。

 

「よし、これでみんな─元通りだね」

 

シトラスは今度は自分のブローチに手を翳す。

 

すると、纏っていた魔装ドレスはオレンジ色のリボンに戻って解け、シトラスの身体を離れながらブローチの中に吸い込まれていく。

 

それから淡い光が彼女の身体を包み込み、それが霧散すると─元の聖フローラ学園の制服に身を包んだシトラスがそこに立っていた。

 

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