CRYMORE   作:風梨

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約2000字



次の目的地

 

 

 

 

「──どうかされたんですか?」

 

 視線を向けた先では不思議そうにアザレアが首を傾げていた。

 興奮に歪めていた表情を、やんわりと微笑に戻す。

 

「色々ね。考えなきゃならんことが多くてな」

 

「そう、ですよね。エマニュエルさんも、組織から目をつけられましたし……」

 

 頷きを返しながら、私が思考するのはこれからのことだった。

 予定通りに進めるなら『あの場所』を目指すところだが、イレギュラーが生まれた以上は今後の予定を精査しなければならないだろう。

 そのためには──。

 

「そうだね。だけど、アザレアのことだよ、考えてるのはね」

 

「私、ですか?」

 

 瞼を瞬かせて、キョトンとした自分の表情を指差すアザレアに頷きを返す。

 

「ああ。さっきも軽く聞いたが、覚醒したわけだ。組織に戻るわけにもいくまい。──これからの予定はあるのか?」

 

「あー、あはは。……あるわけないですよ。適当に、山奥にでも避難しようかなってくらいで」

 

「私と来ないか?」

 

「……えっと?」

 

「お前はもう覚醒してしまった。と、いうことは生きるためには食わねばならん。……むろん、断食して生きることも不可能ではないが相当な覚悟がなければ数ヶ月すら保たんだろう」

 

 異論はないのか、アザレアは静かに私の言葉を聞いていた。

 

「だが、私ならお前に内臓を食わせてやれる。しばらくは、恐らく数ヶ月は不味いままだろうが、今後は味をよくする保証もしよう。どうだ?」

 

「味……はともかく。それは、人を殺したくない私にとってありがたい話ではあります。……でも、なぜ私にそこまでしてくれるんですか? ……私は、覚醒者ですよ」

 

 鎮痛な面持ちで述べるのは、今までの価値観ゆえだろう。

 組織では覚醒者についてこう教えられる。

 ──妖魔を狩る本分を忘れた未熟者。ミイラ取りがミイラになったと。

 

 それ故に強烈な嫌悪を抱くものもいるほど蔑視されている。

 アザレアはそこまで嫌悪を抱いている様子はないが、少なくとも覚醒して良かったと思っていないのは確かだろう。

 

「私は気にしない。まぁ戦士の方が都合は良かったんだが、この際これを活かそう」

 

「は、はぁ」

 

「いまの大陸の情勢は知っているか」

 

「は、はい」

 

 困惑しながらもアザレアは頷いた。

 

 ──現在の大陸は十字状の陸地であり、その形状から大きく5つに区分けされている。

 

 大陸中央部トゥルーズ。

 東部スタフ。

 西部ロートレク。

 北部アルフォンス。

 南部ミュシャ。

 

 各地には貴族と呼ばれる者たちも存在しており、中世的な封権制度で保たれている。

 情勢とはそれらの利権関係などによるものだった。

 

「しかし、貴族が関わってくる話なのですか?」

 

 今後の話を進めようとしているのに、貴族なんてどうでもいい奴らの話をする理由が掴めない。

 アザレアの困惑はそういう意味だろうが、私は笑って首を振った。

 

「違うよ、『そっち』じゃない。──中央部には何がある?」

 

「経済の中心地と、信仰の中心地があります」

 

「そうだ。こんな噂を知ってるか? 中央部は比較的、妖魔の数が少ないってな」

 

「聞いたことはあります。ですが、それに何の関係が──」

 

「なんでだと思う?」

 

 答えは、『組織の真実』に繋がる。

 ジッと見つめるが、アザレアは困ったように眉を寄せるだけだった。

 

「……わかりません」

 

 その回答だけでわかる。

 アザレアは、組織が全ての元凶である、という真実を知らないし、疑問にも思っていないと。

 

「そうか。なら──」

 

 真実を口にするために口を開こうとして、ふと思いとどまった。

 私とアザレアは出会ったばかりだ。仮に話したとしても、信じてもらえる可能性はあまりに少ない。

 十中八九、お互いにとって不幸な結果に終わるだろう。

 

 ……知ることが正しいとは限らない。世の中には知らない方がいいこともある。

 

 ──妖魔の正体が、『組織が造り出した』人造の怪物などという救いようのない真実など、その最たる者だ。

 つまり、全てが仕組まれた事であるのだ。

 私たちが組織から植え付けられた人類守護の存在意義なんてものは、組織が体良く戦士たちを管理するためのお題目に過ぎない。

 

 なにせ、妖魔を狩るための半人半妖を造っている組織が、妖魔そのものを野に放っているのだから。

 とんだマッチポンプもあったものだ。

 

「……どうかされたんですか?」

 

 不思議そうに首を傾げるアザレアに、そんな真実を知る覚悟があるとは思えない。

 戦士たちの大半は己が人類のために貢献している、人々のために戦っていると信じて、それを精神の支柱にしている。いや、そう思うよう洗脳されている。

 

 だから、組織を疑えない。疑ってしまえばアイデンティティが崩れ去るのだから、自然と思考はそんな真実に気づこうとする己を無意識に誘導すらするだろう。

 自分こそが正義だと思うからこそ、忌み嫌われる苦境の中であれ自分を保っていられたのだから。

 

 ──その大前提が崩れ去れば、支柱が消え失せたショックで最悪、そのまま自分を見失いかねない。

 そんなアザレアなど見たくもない。

 

「──ま、私は性格が悪いが、性根までは腐ってないんでね」

 

「は、はぁ……」

 

 急に斜に構えた私を、少し可哀想な子を見る目で見つめてくるアザレアだった。

 

「話を戻すが、私にはお前が必要なんだ。着いてきてほしい」

 

 真っ直ぐに瞳を見つめれば、私の気持ちが伝わるだろう。

 真剣に注ぐ眼差しの先でアザレアは──。

 

「そっ、そんなこと言われても」

 

 ──表情を暗くした。

 

「……私のこと、怖くないんですか?」

 

 不安に濡れた瞳だった。

 覚醒して、尚も人の意識が残っている。たまらなく不安なのだろう。

 想像すればわかる。意識は人のままで、でも、たまらなく人間の内臓が食べたくなる。そんなもの、正気を保つ方が難しい筈だ。むしろ化け物に成り果ててしまった方が楽だったろうに。

 

 ──まだ不明瞭な部分は多い。

 だが、これはキッカケとなった私が責任を取らねばならないことだ。

 

 多少であれ気持ちが晴れればいい。

 そう思いながら、私は口角を上げて軽口を叩いた。

 

「ああ。私より弱いしな」

 

「ぐっ!! それは! そう、ですけどぉ!!」

 

「赤子みたいに、私に縋り付いてたし」

 

「くっ!! そ、そうでしたけどぉ!」

 

「──くっくっく、冗談だよ。お前は可愛いやつだな」

 

「はひっ!?」

 

 くいと、顎を持ち上げて微笑を浮かべながら眼差しを交わす。

 みるみる赤くなっていくアザレアの頬が可愛らしい。

 

 ハッと自分を取り戻したアザレアが私から離れて、キッと鋭く見つめてくる。

 

「あ、あなたは! き、危険すぎます……!!」

 

「うん、よく言われる。色んな意味でな」

 

「まったく!」

 

 フンスと鼻息を荒くしてから、次いで真剣な様子で言葉を紡いだ。

 

「もし、私が人を襲うようになったら。──その時は、殺してくれますか?」

 

「ああ。剣に誓って」

 

 それを聞いて、安堵したようにアザレアの表情が緩んだ。

 

「……それで?どこにいくんですか」

 

「おや、着いてきてくれるのか」

 

「しょ、しょうがなくですよ!」

 

 ぷいと顔を逸らせるアザレアにくすくすと笑いながら、私は頷いた。

 

 ──目的地は、信仰の中心地。

 

 キョトンと私の言葉を聞くアザレアに、ニヤリと笑って告げた。

 

「聖都ラボナだよ」

 

 

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