CRYMORE   作:風梨

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約3300字



使徒

 

 

 

 場所は聖堂の中にある一室だった。

『聖者』とやらと呼ばれるようになった私ではあるが、現在はまだ貴賓に近い立場にある。

 とはいえ、おおよそ計画通りに推移していると言って良い。

 

「──既存の聖職者たちとの共生に関しては問題ない。彼らが今まで行なってきたことを肯定しつつ、譲歩を引き出していけば良い。既に人心はこちらで掴んでいるのだから、無碍な対応はされまいよ」

 

「そういうものですか」

 

「そっちの調整は私がやる。アザレアは『使徒』として民衆の象徴になってくれれば良い」

 

 手に持った『紙の束』と本を開いて読むアザレアが難しい顔で唸る。

 今し方、手渡したものだ。内容は前世と今世を含めた様々な知識である。

 

「と仰いますけど、こんな話を聞いてくれるんでしょうか……?」

 

「一部は私が人間時代に効果があると実証済みだ。試せば1、2年で成果が出るだろう」

 

 アザレアに渡した『紙の束』と本には、知りうる限りの生活に役立つ情報が記載されている。

 農業から始まって、薬品の生成方法、組織で探ったこの世界特有の生体技術、果てには計算式から建築法まで、乱雑に知識という知識を書いてある。

 

「よくこんなに調べて、それもまとめられましたね。……すごい分厚さですよ、この本」

 

「ま、今まで纏め続けてきたからな。──それをお前に与える。だから、『使徒』として知識を広めてくれ」

 

「なんでそこまでするんです? 身を隠すなら何もしない方がいいじゃないですか」

 

 心底怪訝に首を傾げるアザレアのいう事は最もだ。

 私も頷きで返す。

 

「組織を潰すだけなら、それでいいんだけどな」

 

「……違うんですか?」

 

「当たり前だ。私を何だと思ってる」

 

 苦笑いを交えて言えば、罰が悪そうにアザレアが頬を掻いた。

 

「──人間時代を、よく思い出すんだが」

 

 私は静かに語った。

 

「確かにひもじくて大変だったが、それでも家族に必要とされる日々は悪くなかった。……日常の有り難み、なんてありきたりなセリフになるが、まぁそういうことだな。そんな日常を送る者たちを増やしたいし、より豊かにしたい。毎朝家族と挨拶して、食事して、普通の生活を送る者たち。そんな彼ら彼女らを育みたい。幸せの水準を引き上げたい。そのために、私は『平穏を創る』。そう決めたんだ」

 

「……色々考えてるんですねぇ」

 

「そうだぞ。だから、それが重要なんだ。頼んだ」

 

 視線を本に向けて、アザレアは頷いた。

 

「それで、エマはどうするんです?」

 

 アザレアに頼むのは私の時間を空けるため。

 答えを予期しているであろうその質問に、ニヤリと笑って見せる。

 

「決まってる。覚醒者をスカウトしにいくのさ」

 

 

 ──覚醒者を支配下に置く。

 それはむろん、戦力として期待したわけだが、それは遥か先を見据えてのこと。

 現時点で意味を求めるのなら、それは『救済』になるだろう。

 

 聖都から足を伸ばして覚醒者を集める行動を開始してすぐに判明したことだが、私の内臓を食らった覚醒者は元の人間性を取り戻す事がわかった。

 美味すぎる事が理由ではないようで、どうやら上位者とでも呼ぶべき私の性質が影響しているらしい。

 幾つかの条件を満たせば『死後』ですら蘇らせ(技術の元となったダーエのやつに感謝しないでもない)、あるいは存命時に膨大な量の食事を取って貰えば人間性の復活が可能であった。

 

 ──覚醒者とは、選択の自由を奪われて、人のために戦うと決めて、半人半妖になった子らの成れの果てだ。

 絶望と共に人ではない存在になってしまった覚醒者たちを、もう一度人として暮らせる状態に戻す。私がやっているのはそういう行動だった。

 

 ひねくれた子も中にはいたが、ほとんどの覚醒者たちは再び人らしい生活を送れることを喜んだ。

 聖都という区切られた空間ではあるが、その中では自由に生活を許した。週に一度は必ず私を食べる必要があったが、それ以外は問題なく日常生活を送る事が出来る。

 

 笑顔を見せる覚醒者たちの姿──、といっても覚醒体になることもないから、見た目も心も人間と変わりない。

 そんな彼女らを眺めるのは達成感があった。

 

 

 聖都に拠点を構えて数十年が経つ。

 その中で『使徒』という立場の者たちを作った。

 いわゆるまとめ役のようなもので、最悪の事態──つまりはこれまでに支配下に置いた、三桁を超える数の覚醒者たちが暴れ始めても独力で『殺さずに』鎮圧できる強者だけにその名を与えた。

 

 自然と、元ナンバー1ばかりになってしまったのは私が嫌う組織らしくて皮肉なことだったが。

 

 

 ──『第一使徒』アザレア

 元ナンバー13で、戦士時代の二つ名はなし。

 

 私が最初に支配下に置いた覚醒者だ。

 最も関係の深い子であるから、戦力としてはもちろん、まとめ役としての仕事も期待して『第一席』に座ってもらっている。

 紫髪紫眼の美女で頭も良い。引っ込み思案な性格ではあるものの、今では聖都で『使徒』としての信仰を一心に集めてくれている。

 

 

 ──『第二使徒』システィーナ

 元ナンバー1で、戦士時代の二つ名は『天啓』

 

 リフルの後任となった子だ。

 天啓の二つ名通りに信仰心の厚い娘で、力はあったが扱いにくいために組織から疎まれていた。

 また勘が凄まじく鋭い。普段はぽやぽやと微笑んでいるが、いざとなれば元ナンバー1の実力を遺憾なく発揮してくれるだろう。

 この子は『死後』に回収して蘇生させた初めての子だ。最初こそ経過を慎重に観察していたが、今では何の問題もなく馴染んでいる。

 金髪金眼の可愛らしい娘である。

 

 ──『第三使徒』リヒティ

 元ナンバー1で、戦士時代の二つ名は『三つ腕』

 

 凄まじい剣技の使い手で、あまりにも手足の如く大剣を操る姿から、大剣が三つ目の腕だといわれるほどだった。

 妖力はさほどでもないのにナンバー1に上り詰めた、ある意味で怪物のような娘だった。

 私の配下に数多いる覚醒者ではあるが、覚醒体にならない時の強さで言えば間違い無く最強。

 この子に勝てる者は居ないだろう。

 茶髪黒眼の特徴のない顔立ちであるが、鋭利な刃物のような視線が特徴的だった。

 武人気質でもある。

 

 ──『第四使徒』ルテーシア

 元ナンバー1で、戦士時代の二つ名は『万有』

 

 全ての能力に秀でたオールラウンダーである。

 何事もそつなく熟してくれる。

 それは戦闘に限らず、人付き合いから研究、商業、聖堂での仕事、あらゆる全てに対して適性を持っている。

 かなり真面目な性格なので、当初は組織に戻ると言って聞かずに苦労したが、今では私に忠誠を誓ってくれている。

 融通が効かないのは変わらずだが。

 緑髪緑目で、メガネとスーツが似合いそうな切れ目の美女だ。

 

 

 ──『第五使徒』クロエ

 元ナンバー1で、戦士時代の二つ名は『重剣』

 

 歴代でも圧倒的な筋力を誇った戦士だった。

 この子の片手が他の戦士の両手に匹敵するほどの筋力を持ち、ひとたび大剣を振れば断ち切れないモノはない。

 そのためか、凄まじい脳筋だ。

 あまり言いたくはないが、おバカだ。

 ただ手のかかる子ほど可愛いとは良く言ったもので私はこの子が好きだ。

 黒髪を肩ほどで切り揃えており、黒目をいつも爛々と輝かせている。

 

 アザレアを除く、元ナンバー1である四名は、原作の中でも特に力を持つ戦士として名前が上がった者たちだった。

 つまり、私の配下に『深淵』が4人いるということだ。さらにその下には百名以上の覚醒者たち。

 その凄まじい戦力の意味が理解できない者はいないだろうが、『使徒』はアザレアしか表には出していない。

 

 ──組織も、恐らくは気付いていないはずだ。

 死に絶えた元ナンバー1たちを蘇生させて覚醒者として匿っている事実は可能な限り秘匿している。

 抑止力として表に出すことも考えたが、それよりも組織に蘇生可能な事実を知られ、今後の素体を処分されてしまう事を避けるための処置だった。

 

 その気配を敏感に感じ取ったのか、あるいは他の理由か。

 状況は少しばかり変化を迎えようとしていた。

 

 場所は聖都にある、密談に使われるような一室。

 隠すこともせず胡乱げな視線を送る私のことなど歯牙にも掛けず、面識のある黒服の男がテーブルを挟んで対面の椅子に腰掛けていた。

 

「──久しいな、エマニュエル。今からでも組織に戻るつもりはないか?」

 

「随分と寛容だな。悪いが、返答は『ありえない』だ」

 

「ふん、だろうな。……よくもまぁ覚醒者ばかりを集めたものだ。組織は蜂の巣を突いたような騒ぎだよ」

 

 フードを深く被り陰気な雰囲気を醸し出す。

 そんな男の名を、オルセと言った。

 

 私が抱える『不安』を、加速するかのような来訪だった。

 

 

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