CRYMORE   作:風梨

16 / 20
約2000字



交渉

 

 

「──それで、わざわざそんな事を言いに来た訳じゃないだろう? 私もこれで忙しい身でね、なるべく早く要件を済ませてもらいたいんだが」

 

「ふふ、最強の化け物が、今では『聖者』様か……、随分と出世したものだ」

 

 口角を歪めて、半ば試すように言い放つオルセに笑みを返す。

 

「そうか? 格で言えばどっこいどっこいだろう」

 

「相変わらず、口が減らんやつだな」

 

「そんなに褒めるなよ。……言う気がないなら、要件を当ててやろうか」

 

「ほう? ぜひとも気になるな」

 

「まぁ予想を外す方が難しい。──脅しに来たんだろ?」

 

「くくく。人聞きの悪い事を言うな。自主的な協力を仰ぎに来たんだよ」

 

 ニヤリと嗤って見せるオルセではあるが、その顔つきは随分と様変わりしてしまっていた。

 ──数十年という年月は、人間にとっては長すぎた、という事だろう。

 

「昔馴染みの年月を経た顔に僅かながら哀愁を感じんでもないが、私は殊勝な心がけとは無縁な人間でね。お前たちに協力するつもりはない」

 

「組織として、覚醒した者の情報を全てお前に流す事を約束してもか?」

 

 思わずピクリと反応した私に、ニヤリとした笑いが返ってくる。

 

「……引き換えに欲しいのは、覚醒者を制御する方法か」

 

「ご明察だ」

 

 私の内臓が必須であるから、教えたところで私にデメリットはない。組織も恐らくはそれを察している。だからこその提案だろう。もし私が教える情報で、組織が独力で覚醒者を制御できると考えているのならば、私に覚醒者の情報を流す意味がない。

 

 つまり、話はまだ続きがある。

 

「で? 他にも言うことがあるんだろ」

 

「くっくっく、さすがだな。──正直なところ、だいぶ押されていてね。早急に成果が欲しいところだ。──最低でも、お前たちを傭兵として雇いたい」

 

「……」

 

「悪くない話だと思うが」

 

 予想外の提案だった。

 そのせいで返答が遅れる私を、オルセがほくそ笑んで見ている。

 内心で舌打ちしつつ、表面上は平然を装いながら思考を続ける。

 

 傭兵。

 つまりは、『戦火の大陸』の話だ。

 私たち半人半妖の素となっている存在である『アサラカム』

 いわゆる龍族だが、奴らに対抗するべく組織は覚醒者の制御方法を求めている。

 

 故に組織としては、可能なら方法を確立した上で本国に成果を提供したいところであろうが、『成功例』があるなら、ひとまずの成果として示すには十分ということだろう。

 例えそれが、組織から離反した者から提供された『成功例』だとしても。

 

 ……本国の話が出てくるのはもっと先になると油断していたかもしれない。

 いや、油断していた。

 それは認めなくてはならない。

 

 内心で忌々しい思いを滾らせつつも表情には出さない。

 とはいえ、感情を排せばそこから推測されるものもある。

 あえて穏やかに微笑んで見せながら、私は言い放った。

 

「断る」

 

「交渉決裂か」

 

 大して残念な様子も見せずに、オルセは頷いた。

 

「まぁ傭兵の話は置いておこう。覚醒者の情報と、お前が持っている制御方法。この交換はどうだ?」

 

 脳内の海に沈みつつ、私は思考を重ねた。

 正直に言えば、いま組織から干渉を受ける事は避けたい。

 いまの私たちは現状で満足している。これ以上を望むのなら組織を潰すことになるが、それはまだ早い。

 何も起こさず何も起こらず、時間だけが過ぎていくのが望ましい。

 

 だからといって、情報を交換したからといって組織が手を引くとも思えない。

 私の内臓を強く求めて行動を起こされれば本末転倒だ。

 

 微笑みを途絶えさせず、ゆっくりと告げた。

 

「断る」

 

「……お前だけが唯一成功しているのだから、我々もかなりの部分は譲歩するだろう。それだけは覚えておけ」

 

 文句の一つも言わず、オルセがテーブルに手を置いて立ち上がる。

 

「ただ我々も一枚岩ではなくてな、一部の者が『先走る』かもしれん。それも、伝えておこう」

 

 去っていく黒服の背中がドアを潜って月夜の下に消える。

 そのまま、椅子に腰掛けたままの私は両肘をテーブルに着けて大きく息を吐き、次いで胸中に溢れるのは憤怒の残滓だった。

 思い出すだけで腑が煮え繰り返る思いが、汚い言葉となって漏れ出る。

 

「──くそったれが」

 

 傭兵だと? 論外だ。

 

 それは、今では平穏な生活を送る、腹を痛めて育てた子らを戦場に送り込むということだ。

 みな良い子たちばかりだ。私が願えば喜んで戦場に赴くだろう。

 

 ──だからこそ、あの提案には絶対に頷けない。

 その提案を『最低でも』だと。ふざけた奴らだ。

 

 だが、だからといって聖都への襲撃を許容も出来ない。

 去り際の言葉は、その最低限が満たされなければ、襲う用意があると言っているようなものだ。

 

 もしも行われれば迎撃せねばならない。そうなれば、最悪は配下たちに覚醒体として動いてもらう必要が出てくる可能性がある。

 

『使徒』として信仰は集めている。

 だが、もしその正体が化け物だと聖都の者たちに思われてしまえば──。

 

 あまり嬉しくない想像に、私は首を横に振った。

 

「どちらにせよ、判断を早める必要があるか──」

 

 組織を潰す。

 それは、もっと先に行う必要がある。

 これは外せない。どうしても。

 

 だが。

 ──何かを得るには、何かを失う必要がある。

 どこかで聞いたその言葉が、私の中で反芻され続けていた。

 

 

 





次回からさらに時間を飛ばす予定です。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。