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ルヴル視点→クレア視点
焚き火が立てる、パチパチとした音が森の中で響いていた。
陰影を作りその脇に座るのは怪しげな男だった。
黒い帽子に、黒いサングラス。
見るからに怪しげな風貌の男の名前を、ルヴルという。組織に所属する黒服の一人である。
その手には紙が握られており、焚き火の脇に腰掛けながら紙を開いて内容に眼を通していた。
これまでに、何が起こったのかを『客観的』に記した内容だった。
「──エマニュエル率いる覚醒者を『戦火の大陸』に送り込んだ結果報告。ならびにその間隙を付いた組織の一部の独断専行による、聖都襲撃事件」
聖都襲撃時に戦果を挙げた戦士の名を、ルヴルは読み上げる。
「『微笑のテレサ』。単独で覚醒者100名余りの全てを、首を跳ね飛ばして惨殺。その後に急ぎ帰還したエマニュエル率いる覚醒者との激戦の末に痛み分ける。──こいつの方がよほどの化け物だな。……まったく、困ったものだ」
そう言いながら、ルヴルの口角には笑みが浮かんでいる。
制御されていた覚醒者の大半が既に亡き者になっていることに対する笑みだった。エマニュエルも既に動ける状態ではないという話も聞く。となれば、あと排除しなければならないのは『使徒』と呼ばれる残党たち。
「どれもこれも、一癖二癖のある化け物ばかりだが」
聖都から使徒たちは動かない。
動ける状態ではないエマニュエルを守るため、頑として静寂を保っている。
組織としては、その間に本拠地を守るだけの戦力を育む予定だった。
最大戦力を聖都に差し向けても、組織の心臓部を破壊されないだけの準備を整えれば聖都討伐が本格的に始まるだろう。覚醒者の制御に必要な、エマニュエルという神輿を奪うために。
「まぁ『使徒』どもが黙ってやられる訳もない。そう上手くいくとも思えんが、『大陸』に戦力を送る余裕はなくなっただろう。……ここからだな」
黒服でありながら、その言葉が意味するのは組織に反する思惑だった。
ルヴルは組織を潰すという明確な目標を持っていた。
何故なら、彼の本来の立場は『アサラカム』を擁する、組織の所属する国家に対立する側の人間であるからであった。工作員としてこの場にいるに過ぎない。
故に、その真意を隠すように、ルヴルは軽薄な笑みを表情に貼り付ける。
組織の自滅によって覚醒者の研究が途絶されることを願い、煽動し続けるために。
「──テレサ」
「なんだ?」
「ここって、何の場所?」
「ふっ。そうだな、私が生まれた場所、かな」
「ええ?」
見渡すのは森の中だった。
森の広場の只中に、まるで墓標のように石が建ててある。
焼けた家屋の跡も見て取れるが、いま形として残るのは墓石だけだった。
そんな光景とテレサの返事を見て聞いて、幼い顔に驚きを浮かべるのは『クレア』と呼ばれる少女だった。その身は寸鉄すら帯びておらず、身綺麗な格好をしていることもあって、森の中には似つかわしくない清潔感と、そして年相応のあどけなさを感じさせた。
「くっく。ほら、行くぞ。用はもう済んだ」
「あ、うん」
クレアは振り返って、墓標を見る。
あのテレサが手ずから綺麗に布で拭い、花束を添えてあるその墓石を。
「誰のお墓なの?」
「んー、そうだな。お前がもう少し大人になったら話してやるよ」
「じゅうぶん大人だよ!」
「ははっ、ガキンチョが何言ってんだ」
むっとしながら見上げれば、優しげに微笑んだテレサが手を伸ばして、クレアの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「わっわっ!」
「ほら。こんなに小さい」
「むぅ!」
「怒るな、怒るな」
穏やかな日常がそこにはあった。
微笑むテレサの表情に影はない。幸せそうな笑みを湛えている。
以前までのテレサは氷のような伶俐さを持っていた。
まるで泣いているかのような、そんな余裕のなかった表情はいまや見る影もない。思い詰めて張り詰めていた緊張の糸は緩やかな曲線を描いており、以前までのテレサと今ではまるで印象が違った。
その契機となったのが、その傍らであどけない笑顔をみせる少女にある事など疑いようもない。
──そして二人は去っていく。
後に残るのは墓石ばかりだ。比較的新しい石材には名は記されておらず、十字架の印だけが、刻まれている。
元ナンバー3
『黒眼』の二つ名を持った者の、十字架の印が、丁寧に掃除されて花を添えられた墓標に刻まれている。
クレアは知る由もなかったが、この墓石の印と、テレサの組み合わせは、見るものが見れば目を疑う光景だった。
何故ならその印の持ち主こそ、かつて聖都で壮絶な戦いを繰り広げ、テレサが最も深い手傷を負わせ、聖都で眠りにつく最強の者の印であったのだから。
そんな相手の墓を見舞う。
疑問しか生まれないであろう状況に、口を挟む者は残念ながらこの場には居ない。
誰が言うこともない。
だが、テレサだけが知ることを言えば。
──その印は、今も昔も、テレサが心から大切に想う者の印だった。
客観的な意見は、当事者からすれば誤っていることも多い。