CRYMORE   作:風梨

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約3600字



もうひとりの規格外

 

 

 とある街の、とある風景だった。

 そこにあったはずの暖かい人々の生活など既になかった。

 居るのは、膨大な数の妖魔、妖魔、妖魔。ひたすらに集まった妖魔の群ればかり。失われた生活は戻ってこない。彼らを殺せるのはそのために作られた戦士だけなのだから。

 

 そんな妖魔たちを前に、人差し指で一体一体を数えるのは、その妖魔を殺せる銀髪の戦士だった。

 

「──ひーふーみー。はっはー、妖魔が腐るほどいやがるぜ」

 

「ねえ、もう少しマシな数え方できないわけ? 結局数えられてないじゃない。そんなだから、ナンバー4なのよ。ノエルさん」

 

「あ? 聞き捨てならねーな。ナンバー4はてめーだろ、ソフィア」

 

 二人の戦士が睨み合うピリリとした空気が流れる中で、それを隙と見た妖魔たちが二人に踊りかかる。

 それを皮切りに街を埋め尽くす勢いで群がっていた妖魔と、二人の戦士との開戦の火蓋が落とされた。

 

 ──そんな中にあって、肩ほどで切り揃えた銀髪に軽いウェーブの掛かった髪型の女。

 ソフィアが、妖魔を微笑みすら浮かべながら惨殺する最中に狩る口を叩く。

 

「今回の招集って、なんだと思う?」

 

「──はっ、この街の妖魔殲滅。って言いたいとこだが、この程度の妖魔の群れにアタシとお前が必要とも思えねー」

 

「あら、意外と知恵が回るじゃない」

 

「舐めてんのか?」

 

「それで?」

 

 男性的なほど髪を刈り上げた戦士。

 ノエルが、苛立ち混じりの声と共に放った斬撃が妖魔を切り殺して、剣呑な眼差しをソフィアに向ける。

 

「あん?」

 

「それで、なんの要件だと思ってる訳?」

 

「……そりゃ、あれだろーよ。『聖都』じゃねーの?」

 

「ここ、西部だけど」

 

「っせーな! 聖都に行くためのなんかだろって読みだよ!」

 

 曲芸じみた動きで妖魔を狩りながら、男勝りな戦士が吠える姿を、柔和な風貌のソフィアが口角を緩ませる。微笑というにはいささか、嘲笑に近い色を滲ませて微笑んでいた。

 

「大声出さないでよ」

 

「そういうてめーはどう思うんだよ」

 

「私? そうねぇ……」

 

 言いながら、凄まじい膂力で妖魔を切り殺し、力自慢とは思えないほど涼しい顔で首に掛かる髪を手で払った。

 

「『聖都』とは関係ない気がするのよねー。ま、だから何ってわかる訳じゃないけど」

 

「はっ、予想すら立てられねーのかよ」

 

「検討外れのことを言うよりマシでしょ?」

 

「……けっ、脳筋ゴリラが」

 

「あら、曲芸がお好きなお猿さんが何か言ってるわね」

 

「あ? やる気かてめー」

 

「先にふっかけてきたのはあなたでしょ?」

 

「上等だ。てめーには散々イラついてたんだ。実力の差ってやつをわからせて、ここで誰がナンバー3か決着をつけてやろうか」

 

「望むところよ。いい加減あなたとの言い争いにもうんざりしてた頃なの」

 

 周囲の妖魔がまだ残るというのに、その程度は脅威にならないとでも言うように睨み合う両者の間に今にも戦いが始まりそうな殺伐とした空気が醸造される。

 一触即発という緊張感のある空気の中で、果たしてどちらが仕掛けるかという塩梅の空気を切り裂いたのは、残る妖魔を惨殺しつつ現れた新たな人物だった。

 

「──やめとけ」

 

 妖魔を惨殺した血煙の中を進みながら、返り血の一滴も浴びる事なく長い銀髪を揺らせる戦士。

 彼女の指は大剣に触れてすらいないように見える。

 だというのに、彼女に襲いかかった妖魔たちは不可視の刃に切り裂かれたように、宙空で血と臓物を撒き散らした。

 

「仲間うちで争って何になる。指令は、この町の妖魔の殲滅……。違うか?」

 

 有無を言わせぬ雰囲気を作る戦士に、一瞬の無言の後に両者はその人物の名前を呟いた。

 

「イレーネ……」

 

「お久しぶりです。イレーネさん……」

 

 冷然と佇むイレーネに視線を向ける。

 ノエルの眼差しに映るのはその背にしまわれたままの大剣だった。

 

「ち……。高速剣の名は伊達じゃねーな。抜き身すら見えやしねー」

 

「それよりも、返り血ひとつ浴びてないってところが脅威的だわ。ナンバー2の座は揺るぎなしってことね……」

 

 憧憬すら滲ませるソフィアの言葉に、ノエルが噛み付くこともない。

 両者ともに敵わないと自他共に認める相手。不動のナンバー2を維持する戦士に向ける信頼がそこにはあった。

 

 イレーネは称賛の言葉に対して頷きも否定も返さない。

 あるいはそれは、イレーネが己の実力にまだ不足を感じているからかもしれなかったが、言及も指摘もされることなく場は静寂が満ちる。

 

 次の会話の切り口を作ったのはノエルだった。

 

「で。ナンバー2からナンバー4までをこんなところに集めて、組織はなにたくらんでんだ? まさか、この町の妖魔の殲滅だけってわけでもあるまいに」

 

「そうね。こんな町を制圧する程度なら、私たちのうちの一人がいれば十分。覚醒者ってことなら二人ならまだしも、三人も集めるって相当よね」

 

 恐らくは事情を知っているであろうナンバー2に興味の視線を向けるソフィアに応えるように、件のナンバー2、イレーネは静かな表情を保ったままに、驚きの情報を開示した。

 

「組織のナンバー1……。テレサの討伐の指令が下った」

 

 その情報は、二人の戦士から驚愕の表情を引き出すのに十分すぎる衝撃を持っていた。

 

「テ、テレサ……。『あの』微笑のテレサか? 冗談だろ、聖都の覚醒者を100体以上ぶっ殺したって噂の……」

 

「な、なんでまた。聖都の攻略にはテレサが不可欠でしょ? いま、この段階で討伐って……」

 

「人を殺した。組織の掟に例外はない……。粛清の場でも仲間を切り伏せて、そのまま組織を離反した。弁明の余地はない」

 

「けっ、最強の離反ってか。大人しく斬られてろってんだ」

 

「……組織は、何か手を考えてるんですか? あのテレサが離反したとなれば、聖都の『使徒』たちが黙って見ているとも思えませんが……」

 

「さぁな。そんなことまでは私にも知らされていない。──結論を急ぐが、組織のナンバー2からナンバー5までが招集されたわけだ。組織の掟にのっとり、我々が全力でテレサの首を取る」

 

「ナンバー2からナンバー5。なら四人ということよね。するともうひとり招集されてるわけ?」

 

「そういうことだ」

 

「ふーん。ナンバー上位勢の総がかりで、最強を潰すってわけだ。面白そうじゃねーか」

 

 ノエルが男勝りに笑みを口角に走らせ、そして首を傾げた。

 

「……ナンバー5ってだれだっけか?」

 

「本当、お馬鹿ね。普通忘れる? エルダよ」

 

「──いや、もうひとりはエルダじゃない」

 

 イレーネの言葉に、疑念を浮かべたソフィアに向かって告げる。

 

「ここに居ない者は、ナンバー2だ。私は、ナンバー3として今回参加する」

 

 イレーネの降格。

 それが意味する事は、その下に続く二人は順当に繰り下がるということだった。

 

「ど、どういうことだよそりゃ!」

 

「それじゃ私たちは!」

 

「そうだ。それぞれナンバー4とナンバー5ということになる」

 

 絶句の表情を浮かべる二人に構わず、イレーネは言葉を続けた。

 

「ナンバー2は印を受けたなりたてだ。……といっても、もう数年は戦士として活動している奴だが」

 

「はぁ!? なんで、そんな奴が今まで無名だったんだよ!」

 

 当然の疑問を発露するノエルに、イレーネは静かに頷いた。

 

「ああ。本来なら、『聖都』の攻略に向けた隠し球としておきたかったのが、組織としては正直なところなんだろう。──だが、そうも言ってられなくなった」

 

「ちっ、最強様の離反ってかよ」

 

「……そんなに、強いんですか?」

 

「ああ、強い。もしかすれば」

 

 少しだけ、言葉を溜めて──。

 イレーネが言葉を紡ぐ前に、場が動いた。

 

「きゃあっ!」

 

 すてんと、転がるような音がした。

 三者が会話を中断して、声の方向に視線を向けざるを得ないほど間の抜けた声。

 

 そこには、戦士の格好をした女が膝をついていた。

 見るからに弱そうな女だった。妖力はかけらも感じない。怪訝な表情でノエルが呟いた。

 

「なんだあいつ。どんくせー奴だな。まだ仲間がいたのか?」

 

「奴だ」

 

 端的に、イレーネは畏怖すら滲ませる表情で続けた。

 

「奴が、ナンバー2のプリシラだ。──外見に騙されるなよ。奴は……。いや、なんでもない」

 

「そこまで言ってやめないでくださいよ」

 

 半ば呆れ顔のソフィアが文句を言うが、ノエルはそんな言葉すら聞こえていない様子で、ズカズカと転んだナンバー2──プリシラの元に大剣を握りしめながら近づいていく。

 

「おい、てめー。立て!」

 

「えっと、あの?」

 

 困惑を表情に滲ませる、まだあどけなさすら残るプリシラにノエルは額に青筋を立てる。

 

「いいから、立て! そしてアタシと戦え。てめーの実力を確かめてやる! 柔なやり方しやがったら、ナンバー2の座はアタシの──」

 

「──無理ですよ、あなたじゃ」

 

 静寂があった。

 予期しないほど冷徹な声音が、その静寂の根源だった。

 

 急激に変わった気配。

 転んで間抜けを晒していた筈のプリシラに困惑を滲ませるのはノエルの番だった。

 

「……あん?」

 

「私が、ナンバー2になって。それで、ナンバー1にもなるんです。そうしたら、『覚醒者の母』って言われてる人を、捕まえに行ってもいいって言われてるんです」

 

 堰き止められていた感情が溢れ出すように、濁流のような言葉が流れる。

 俯いたまま紡がれる、ナンバー2の言葉には寒気すら感じさせる『ナニカ』があった。

 

「悪ですよ。諸悪の根源です。あの人を私が捕まえれば、きっとみんな褒めてくれます。多くの人が幸せになれるんです。だから、私はナンバー1にずっと、ずっと、ずっと、ずっと。──ずっと、成りたかった」

 

 顔を上げた戦士の表情は、純粋な笑みで彩られていた。

 ──殺意という名の、純粋な笑みで。

 

「微笑のテレサは、私が、殺します」

 

 本来以上に練り上げられた規格外の一人が、必殺の刃となって抜き身を晒そうとしていた。

 

 





明日の更新できないかもしれません。
申し訳ないです。


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