CRYMORE   作:風梨

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約3000字



朱の輝き

 

 

 

「──あら、お久しぶり。ああ、意外とそうでもない? なんだか不思議な気分なの。良く知ってるような気もするし、初対面のような気もするし。とっても不思議な心境よ」

 

 幼い風貌の少女だった。

 崩れた古城の倒れた柱に、プラプラと足を揺らせて腰掛ける少女。

 その眼差しは真っ直ぐに私を射抜いている。食欲に濡れているとも表現出来そうな熱い視線だった。

 

「なら、そのギラついた視線をどうにかしてもらえないか? 私は恥ずかしがり屋なもんでね、そんなに熱く見詰められると居心地が悪いんだ」

 

「ふふ、いやよ。だって、一番不思議なのはね。──あんたが、今まで会った誰よりも美味しそうだって事なんだもの」

 

 妖魔は、そして覚醒者は人の内臓を好んで食らう。

 だが決して同族は喰らわない。何故かといえば不味いからだ。同様に半人半妖も不味い。

 なのに、リフルは私を美味そうと言う。

 

「不思議ね。戦士なんて食えたもんじゃない筈なのに、あんたはとっても美味しそう」

 

「──それは、褒められてると思って良いのかな?」

 

「もちろんよ。あなたを食べたいって、最上級の愛情表現じゃない?」

 

「あいにくと、そんな歪んだ性癖を持った輩と会うのは初めてでね。こんな時どんな反応をすればいいのか、少し困っているよ」

 

「ふふ。笑えば良いと思うわ。両手を広げながら、ね」

 

「それだと内臓が齧りやすいものな。だが、化け物を相手に笑顔と腑を見せるほどの度量は私にはないよ。──なぁ、リフル」

 

「ご挨拶ね。仕方がないでしょう? だって、お腹が空くんですもの。──ねえ、エマニュエル。あなたを食べたいわ」

 

 そう言って、リフルは幼い風貌にゾッとするほど妖艶な笑みを浮かべる。その口元から覗く赤い舌が、ペロリと可愛く唇を舐めた。

 

 そして。

 そんな愛らしい姿からは想像も出来ないほどの悍ましい妖力がリフルから溢れ出る。

 

 昂る戦闘の気配に大剣を抜き放つ。

 覚醒者──。それも『深淵』と呼ばれる最大級の危険人物と私は向かい合った。

 

 

 西のリフル。

 その二つ名は遠くない未来、リフルに付けられる二つ名だ。

 なので、今はまだ別の名で呼ぶべきだろう。

 

 ──『女帝』リフル。

 お姫様のような我儘な性格と幼くして頂点を極めた事から付いた二つ名だが、それ故に彼女は決して自ら覚醒するような性格じゃなかった。

 通り名のようにプライドの高い娘だった。だが目上に対する礼儀正しさも同時に持ち合わせた、可愛らしい娘だった。

 見た目は今もほとんど変わらない。

 だがその身から生じる妖力と、殺意と食欲のこもった乱撃は、初めて目にするものだ。

 

 襲いかかる攻撃を捌きながら、あえて軽口を続ける。

 

「──さっさと済ませるつもりだったんだが。これは少々厳しそうだな」

 

「ふーん。ずいぶんと余裕振るのね? そんなにあたしに食べられたいの?」

 

「……もう少しまともな対話が出来ると思っていたんだけどね。食欲に溺れたか」

 

「ふふふ。どうかしらね、対話がお望みなら、あんたの内臓を食べている間くらいは話してあげる」

 

 未だ幼い少女の姿を保ったままの(本気ではない)リフルから繰り出される、黒髪を硬質で薄っぺらな鞭に変貌させた猛追を捌きながら会話を続ける。

 

「一考の余地くらいはありそうだが、私にも事情があるんだ。そう易々とお前に内臓を食わせてやるわけにはいかなくてね」

 

「あら、一考してくれるの? 嬉しい。お互いのためにも、前向きに考えて答えを出して欲しいわ。なるべく早めにね。暴れる子より、お淑やかな子の方が好みだもの」

 

 こちらを拘束することを望み、手足に巻きつこうとする幾つもの鞭の束を、一息で切り落としつつ笑って見せた。

 

「それは、マグロって言わないか?」

 

「あーあ、いやらしい言葉。でも、そうねぇ。マグロは嫌いかも。……意外と、暴れる子を無理やり押さえつける方が、あたし好みかしら」

 

 ゾワゾワと量を増した鞭の束が騒めいた。

 リフルの頭部が変形し、幼い少女の外観のまま、その質感を硬質で無機質な人形(ドール)染みた黒色の光沢を帯びてゆく。

 

 ──覚醒者。いや、覚醒。

 それは、その名に反して良いものではない。以前にも言ったが堕天に近い。

 

「新しい性癖でも開いてしまったかな?失敗したな」

 

「そうね、残念。対話は失敗よ」

 

 ──覚醒とは良いものではない。

 何故なら、一時の快楽と永続的な強さと引き換えに自我を失うようなものなのだ。

 

 私たち半人半妖は人としての意識を残しているが、精神的な高揚や苦痛などから誘因されて、人を好んで食らう妖魔側に堕ちることがある。

 それが覚醒。不可逆の堕落。

 

 目の前には、覚醒体としての姿を見せるリフルが聳えている。

 今までの少女の姿という質量を無視して、巨大な螺旋状の鞭で円錐形を作り上げて足とし、その頭頂部では平べったい鞭で人の姿を模して、愛らしい少女の姿を形作っている。

 

 うねりうねる螺旋状の平べったい鞭の束が、リフルの全身を形作っているのだ。

 ともすれば前衛的な芸術作品のようにも見えるそれが、リフルの覚醒体。

 モニュメントとして飾れば足繁く通いたくなるくらい良い出来だ。

 

「人を食らう点に目を瞑れば、美しい姿だな」

 

「ふふ、まさか褒めてくれるなんて思わなかったわ。お礼に、じっくりと味わって食べてあげる」

 

「見逃してくれる、とかないのか? それじゃあ褒めただけ損じゃないか」

 

「悪いけど、無理よ。だって、あなたって凄く美味しそうなんだもの」

 

 光沢のある黒色の姿で、それでも妖艶さを感じさせる笑みをリフルが浮かべる。

 私は苦笑いを返すしかない。

 

「やれやれ、人気者は大変だな」

 

「そうねぇ。ぜひ、あなたの心臓を射止めたいわ」

 

「うん。『臓』と入ってなければ、ときめく言葉なんだがな」

 

 冗談のような言葉の応酬とは裏腹に、まさしく命を射止めるべく伸びてくるリフルの攻撃は苛烈さを増していく。

 物量で言えば先ほどの比ではない。

 2本だった手足が数倍、数十倍にもなって襲いかかってくるような感覚だ。

 

(──まぁ、編んだ鞭の数だけ攻撃できるのだから、それも当然か)

 

 言葉の上では飄々と応酬しているが、その実あまり私に余裕はない。

 肌を掠る攻撃の数も増えてきたせいで、身体の各所からの出血が続いている。それも仕方のない部分がある。

 

 いまの私は『黒眼』だ。

 つまり、『色付き』と蔑称で呼ばれる類なのだから。

 

「よく保つわね。『色付き』のくせにナンバー3にまで上り詰めただけはあるって事かしら」

 

「まぁな。妖力の流れを読む技術だけでここまで昇ってきたようなもんだ」

 

「なるほどねぇ。それなら、妖力の高いあたしの攻撃は読みやすいって事ね」

 

「そう言う事、だなっ」

 

 大きく攻撃を弾いて、少し距離を取る。

 退いた私に追撃を入れることもなく、余裕綽々といった表情でリフルが笑う。

 

「でも、『色付き』は使い物にならないからすぐに処分されるんじゃなかったかしら? 記憶違い?」

 

「私は例外でね」

 

 言葉を濁しつつ、薄らと笑みを浮かべる。

 リフルを誘うための、冷笑を。

 

「──まぁ、お前を倒すくらい訳ないさ」

 

 ビキリと額が軋み上がるような、聞こえるはずのない擬音がする。

 当然ながら発生源となったのはリフルの額だった。

 

「……ふぅん。そんなこと言っちゃうの」

 

 肩を震わせて、微かに顔を俯かせるリフルを前にしながら、私は感覚的に周囲を探る。

 

 微かに探知に引っかかるのは、覚醒者? 

 だが、動く気配はない。放置でいいだろう。

 

 注意すべきは組織だ。

 周囲に人間の気配はないから、組織の者が観察している恐れはないだろう。遠方から妖力探知はされているだろうが。

 

 確認を終えて問題ないと判断した私の前で、リフルが顔を上げた。

 その瞳には増した殺意が漲って、なんとしても食ってやるという強い意志を感じさせる。

 

 ゾクゾクとした危機感が背筋を走った。

 直後に溢れた膨大なリフルの妖力と、一挙に速度を増した鞭の数々が襲いかかってくる。凄まじい物量に、捌ききれなかったリフルの鞭が私の防御を抜けて足を絡めとる。

 

 しまった、という表情の私が急速に、そして強引に宙を泳ぎリフルの前に吊るされ、まな板の上の鯉のようにプラプラと空中で揺られた。

 

「──いいザマね」

 

「美人なんでね。どんな時でも映えてしまうんだ」

 

「減らず口を」

 

 逆さまに釣られて揺れる私とリフルの視線が絡み合い、そしてリフルが鼻をひくつかせた。

 

「……美味しそうな匂い。それだけは、認めてあげてもいいわ」

 

 煌めくような、待ちに待ったと言わんばかりの笑顔。すぐさま剥かれた私の腹部を抉じ開ける鞭の先で、血色に輝く私の内臓が艶めいた。

 

 ──そして。

 リフルの顎が、私のハラワタに喰らい付いた。

 

 私の、計画通りに。

 

 

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