「──そこから、色々あったがね。『銀眼』から『黒眼』となったのもその一環でしかない」
リフルは眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべている。
さもありなん。こんなことを言われて『はい、そうですか』と納得できるほうがおかしい。
リフルの困惑が手に取るように理解できる。困惑を齎した私が言うのもなんだが。
「無理に理解する必要はない。私がそう決めたというだけの話だ」
「……そうねぇ。あんたの言う話は胡散臭いし、別の大陸があるっていう根拠もないし、あたしより強いのが居るとも思えないし」
身も蓋も無いことを言ってのけるリフルに苦笑いが溢れる。
「まぁな」
「でも、一個だけわかったことがあるわ。……美味しいだけっていうなら、もう遠慮する必要がないってこと」
ニッコリと微笑むリフルに、もはや躊躇は存在していなかった。
ビキビキと音を立ててリフルの妖力が増大してゆく。
妖魔側に堕ちるということ。
それは、人と決して相容れない存在になるという事である。
私が越えなければならない課題の一つが、いま、最強たる『深淵の者』として具現化しつつあった。
「──あたしが、あんたを飼ってあげるわ。オヤツとしてね」
「結局こうなるか」
苦笑いを返して見せれば、爛々と瞳を輝かせたリフルが覚醒体である鞭の身体をうならせる。
私を食べたことも影響しているのか、凄まじいほどの妖力を漲らせていた。
そう。
覚醒者とは非常に我儘で自分勝手だ。
自分こそが生態系の頂点に立っていると信じ、疑わない。協調性など皆無で自分さえ良ければいいと言って憚らない。だから、覚醒者は群れない。こんな化け物を束ねるなど無理難題が過ぎる。それこそ『食』という根幹を、完璧に支配せねば実現不可能だと断言できるほどだ。
そんな相手に、私が美味しいだけの存在と教えてしまえばリフルのようになるのはむしろ必然とすら言える。
「当然でしょ。こんなに美味しいものを他の奴に分けるなんてありえない。あんたが死ぬまで、ずっと食べ続けてあげるんだから」
「気に入ってもらえて光栄だ。……とはいえ、私を食ったお前が従ってくれないとなると、今後も改良が必要だな。あるいは計画の修正か?」
「もっと美味しくなりたいっていうのは大歓迎だけど、とりあえず、あたしの物になりなさい」
「悪いが、断る」
「できると思う?妖力を捨てて『黒眼』に成り下がった、あんたに。 ──あぁ、美味しそうな匂い。また、お腹空いてきちゃった」
なでなでと自分のお腹を摩るリフルの仕草には色気すらあったが、その行為が意味するのは私を食べたい、という内容だ。そこまで気に入ってもらえたのなら、頑張った甲斐があったと喜べる。だが、失敗したのなら次手を選ばなければならない。
「──まぁ良い機会だ。少し、本気を出そうか」
スイッチを切り替えるように、私は体内に意識を集中させる。
それを隙と見たのか、遊ぶような表情でリフルが鞭をしならせた。
「悪いんだけど。──空腹だって言ったでしょ?」
振り切られる鞭が、私が立っている場所に目掛けて走る。
地面を抉り取る勢いで伸びた攻撃が砂塵を巻き上げた。
それを、私はその場からほとんど動かず、半身を逸らす事で完璧に回避する。
視界を隠すように巻き上がった砂煙の中で、私はワザとらしく嘆息してみせた。
「やれやれ。手癖が悪い子だな」
「隙だらけなんだもの。……ぇ?」
クスクスと笑みを漏らしていたリフルが、唖然と口を開いたまま動きを止めた。
その眼差しは、私の『瞳』に注がれている。
煙が僅かに晴れて、交錯し合う視線の中でリフルが瞼を瞬かせた。
「……は? ──なんで、あんた」
言葉を区切って、自らの正気を確かめるように、リフルは言った。
「──『銀眼』になってるのよ」
砂塵の舞う中から、私はニッと笑みを浮かべて『銀色』の瞳を輝かせた。