──男の戦士時代。
以前あったのが、それだ。
まだ女の方が半人半妖に向いていると判明していなかった頃に造られた初代の戦士たち。
彼らはみな男性だった。
「──エマニュエルも、その時に造られた戦士。いわゆる男の戦士だ」
場所は変わって、そう呟いたのは黒服の男。組織の人間だった。
男からの言葉を受けて、半ば呆然としながら反芻するのは銀髪の女戦士。
「男戦士……ですか」
──少し、特徴的ではあるが。
艶やかな髪を背中に垂らす姿は他の戦士たちと変わりないが、特異なことに、その瞼は『縫い付けられて』いる。
風貌が美しいだけに、その眉を顰めざるを得ない所業が際立っていた。
「そうだ。かつての時代の遺物だな」
「ですが、エマニュエルは妖力解放をしていました。何故、覚醒しないのですか?」
当然の疑問に対して、黒服は鼻で笑って返した。
「さぁな。奴のことが大好きなダーエならば知っているかもしれんが、私は知らんし興味もない。……まぁ心当たりくらいならあるが」
「……それは」
「くっく、別に大した話ではない。気にするな」
そう言われて、納得できる程度の話ならば良かったが、エマニュエルという極めて特殊な戦士の話は瞼を縫った戦士としても非常に気になった。
だが、知りたがりは早死にする。
故に戦士は口をつぐんだ。
幸せなどない戦士としての生だとしても、死にたくはなかった。
「──それで? 奴はどこにいった」
「はい。リフルを見逃した後から、気配が消えました」
「ふん。組織から逃げられると思っているのか?」
エマニュエルとリフルが激突した地点から山二つを隔てた場所。
そんな限りない遠方から組織の者はエマニュエルを捉えていた。
感知機としての役割を期待されて、そして果たしたのは組織の者に付き従う、瞼を縫われた半人半妖の女戦士である。
「わかりません……。もしかすれば妖力を消す薬を持っているのかもしれません」
「ふん。アレか、奴が手に入れていても不思議はないか」
忌々しげに黒服はつぶやいた。
「エマニュエルめ……。何を考えている?」
その時だった。
高まる凄まじい気配に、戦士の総身が泡立つ。
思わず驚きの声が漏れた。
「──えっ」
「……なんだ?」
怪訝な顔で問われながら、いや。問われずとも言わずには居れない事態が起きていた。
「よ、妖力が凄まじい勢いで高まっていきます……。エマニュエル……です」
一瞬の静寂。
次いで黒服は焦りを滲ませて呟いた。
「──まさか。覚醒するつもりか?そのためにリフルを見逃した?」
緊迫した展開に空気がひりつく。
指令として望まれていた事ではある。しかし、アレが覚醒すればどれほどの怪物が生まれることになるのか。
それ故の焦りの声に、戸惑い混じりの返答をする。
「い、いえ。覚醒は、していません」
「……ちっ、本当に何を考えているのか、分からん奴だ……」
だが、話は終わらない。
──
ジロリと、暗い淵から見返すように光る黒眼の気配を感じる。慌てて振り返る戦士の視界には何も映らない。何の変哲もない森が広がっているだけだった。
背筋に恐怖が走る。
もう実力を隠すつもりのない、圧倒的な強者に睨まれた。
その事実を前に心が竦み上がるのを感じる。喘ぐように吐露せざるを得ない。
黒服を見る戦士の眼差しには、明らかな恐怖が滲んでいた。
「で、ですが……」
「まだ何かあるのか?」
「こちらの場所を、特定されました……」
──深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。
その言葉を体現したかの如く、エマニュエルは観測者の位置を特定した。
状況を察して黒服の男に戦慄が走る。
「……それが、目的か。こちらの目を潰すつもりという訳か。妖力を抑える薬は?」
「持っていません」
「チッ。急ぎ移動するが、お前は別ルートで帰還しろ。可能な限り妖力を隠蔽して戻れ、いいな」
薬無しで妖力の隠蔽など不可能。
それは実質の死刑宣告だった。
だが、拒否権はない。
瞼を縫われた女戦士──ナンバー13の、二つ名すら持たぬ戦士アザレアは、頷く他なかった。
──死にたくなければ拒否すればいい。
だが、事がここに至っても組織に刃向かう勇気などなかった。流されるままに特殊な改造すら受け入れた戦士に、そんな持ち合わせがある訳がなかった。
恐怖に震えながら重たい足を動かす。
運良く逃げ切れればという淡い期待だけを胸に。
そして。
──現在の組織の目を排除すべく脈動する『