時間軸
司冷凍保存後、帆船作り前にあったかもしれないお話。
「──こりゃヤバい」
そう呟いた茉莉の瞳からは、ボロリと涙が溢れた。
何が一体どうなって涙が出ているのか分からないが拭っても拭っても溢れてくる涙は止めようがなく、そのせいで朝のルーティンをこなせない。
早く皆の朝食準備を手伝わなければならないのに、それすらままならないだろう。
「どうしよっ」
ズッと鼻を啜り、目を擦る。
それでも涙は止まらない。
止まるまで待とうと思っていた茉莉だったがその考えは甘く、すでに泣き始めて三十分は経過している。
マズイマズイマズイマズイ。
どうにかしなければ、原因を探さなければ。
焦りに焦って更に十数分、このままでは脱水で死ぬ心配もでてきた。
どうしようとまた呟いたその時、茉莉の仮設テントに運良く訪れたのは千空である。
否、茉莉にとっては運悪く、であったが。
「おい茉莉。次のクラフトについてなんだが──、あ"⁉︎」
「あ」
一番見られたくなかった人物に、それを見られたと茉莉は天を仰いだ。
そんなのってないよ神様、と。
「ッテメェどうした、怪我でもしたか、体調不良か?」
「あ、違っ」
「じゃあなんで泣いてやがるっ⁉︎」
千空は躊躇なくテント内に入り込み、そのまま茉莉の顔を両手で固定する。親指で優しく涙を拭うが、その形相は只事ではなく茉莉はピシリと身体を固まらせた。
同時に推しの顔が近い!とも内心叫んでいたが、それはひとまず置いておくとしよう。
「腹が痛ぇとかでもねぇんだな?」
「ウン、朝起きてから、涙、止まらなくてっ。ごめ、仕事、出来ないかも」
「んな事気にしてんじゃねぇ、むしろ仕事すんな。あ"ー、カセキたちには俺から伝え──」
「ダメ!言わないで」
誰にも言わないで。
茉莉は涙をポロポロ流しながら千空へ懇願した。
茉莉としては泣いてる所なんてみっともなくて見せられない。変な気を使われたくはないし、原因が分からない以上いつ涙が止まるかすらわからない。そして何より恥ずかしい。故にぼっちでいさせて欲しかった。
けれども茉莉の心情とは裏腹に千空にその想いは届く事はなく、むしろすでに過剰な程に心配されている。
思い返してみれば千空からすると茉莉が泣くのはおおよそ3700年以上久しくなかった事で、幼少期の親しかった時にしか見ていない。
こんな世界になる前もなってからも涙を見せなかった少女が泣いている、という異常現象を前に合理的スイッチは破壊されていた。
何せ千空が知っている茉莉は従来泣き虫で、蛙が飛び跳ねりゃ泣く石に躓けば泣く、大声が聴こえりゃ泣くといった根っからの小心者。それがいつの間にか泣けなくなっていたと思ったら、今度は本人すら原因不明といって泣いている。
十中八九、ストレスが原因じゃねぇか。
千空はすでに茉莉が考えもつかなかった原因を突き止めていたのだから、そりゃもう焦るわけなのだ。
適応障害、不安障害、うつ病etc。
原因となるものを挙げてみれば、まぁ、思いつくものがチラホラと。
あの小心者からすればこの世界はストレスだらけなのでは?と即座に理解しそして理性もぶっ飛んだ。
「茉莉、テメェは今、神経伝達物質であるセロトニンが減少してる状況に違いねぇ」
「せろとにん?」
「嗚呼そうだ。で、テメェが今一番信頼してる奴は誰だ。連れてきてやる」
「しんらい……?」
ズビッと鼻を啜り涙を拭った茉莉は首を傾げて悩み、そしてなんの躊躇いもなくその名前を告げた。
「千空くん?」
「……あ"ー」
茉莉としては千空が何を考えているのかわからず、とりあえず君を信頼しているよ!との意味で千空の名前を挙げた。
けれど千空からすればこんな世界になってから彼女に無条件に信頼を寄せられていると知るわけで、思考回路はショート寸前。
否、ショートした。
「……そうかよ」
ショートしたままの脳を働かせ、千空はそのまま茉莉を抱きしめる。
元やら信頼できる人間を呼んでハグをさせるのが目的であったのだ、その対象が自分だと思っていなかっただけで。
ピシリと固まった茉莉はほんのり赤くなった耳なんて見る事もなく、そのまま抱きしめられて数秒。互いになんとか冷静さを保つのに徹した。
「まぁアレだ、ハグにはオキシトシンを分泌する効果がある。そいつはセロトニンの働きを高める役割があるっつー話だ。──だから黙って耐えろ」
他に言いようがあるでしょう?千空ちゃん!
きっとその場にゲンがいたのならばそういったに違いないだろう。
けれどここにいるのは合理的主義の科学使いと、彼を推しと仰ぐ少女のみ。
少女に至っては、はわわ。と脳がバグり始めた為、碌なことを考えてない。推しが尊い、推しの過剰摂取とか碌なことしか考えていない。
しばらく抱き合ってから千空は茉莉の顔を覗き込み、流石にすぐには涙は止まらないかと再度壊れた思考回路をぶん回す。
それならばできるだけ側にいて世話をするしかないとどうしてそうなったと問われるような自己完結し、ぐしゃぐしゃと彼女の髪を撫で待ってろと言い残しテントを後にした。
一方残された茉莉は未だ出てくる涙を気にしながらも、一体何が起こっているのだと頭上にハテナを飛ばし続けていた。
「カセキ、クロム。今日俺はそっちに行けそうにねぇ、頼んでいいか」
「なんだよ千空、他にやる事でもあんのかよ」
「クソほど面倒で俺しかできねぇやつがな」
別に、面倒でもなければ他人に任せても良い事案でもある。けれど茉莉が一番信頼しているといったのは千空なわけで。
「杠、大樹。茉莉が今日使い物になんねぇ。アイツが入ってる作業チームに伝えといてくれ」
「何だと⁉︎茉莉に何かあったのか⁉︎」
「伝えとくけど、茉莉ちゃん大丈夫?」
「マ、心配ねぇよ」
茉莉が心配かけたくないといっていたからあえて伝えることはせず、問題ないと言い聞かせ。
「あれぇ、千空ちゃん。どうしたの?」
「あ"?」
「茉莉ちゃんとこ、行くっていってなかったっけ?」
「──ちぃっと問題が発生した。だから、今日はできるだけ茉莉のところに人近づけねぇようにできるか、メンタリスト」
「出来なくはないけど?」
「おありがてぇ、じゃあ任せんぞ。俺もこの後茉莉のとこに籠る」
「──へ⁉︎ドユコト、千空ちゃーん⁉︎」
籠るっていったら籠る。
千空は思考を巡らせ、そしてやらなければならないことのリストを作り出していった。
そして──。
「茉莉、とりあえずテメェは寝ろ」
「ん?」
「寝ろ」
未だにポロポロと涙を流し続ける茉莉を転がして、ついでに自分も横になって。幼児を寝かしつけるように頭と背中を撫で、彼女と夢の中へと誘った。
否、無理にでも寝かせた。
「ったく、こんなんになるならもっと頻繁に泣いとけよ馬鹿茉莉」
そんなことを言っている千空の頬がほんの少しだが緩んでいたことを知る人間はいない。
※※※
オマケ
羽京とコハク。
「あれ、今日は千空こっちにいないんだ?少し聞きたいことがあったのだけど」
「あー、千空なら茉莉のとこだぞ?ゲンがそう言ってたからな!」
「……茉莉のとこ?」
「そうだ!茉莉に何かあると千空は甲斐甲斐しく世話をしだすからな。多分何かあったのだろう」
「──何それ詳しく」
ゲンと大樹・杠。
「茉莉ちゃん、大丈夫かなぁ」
「千空がついてるんだから、きっと大丈夫だろう!」
「そーそー。千空ちゃんって時々茉莉ちゃんに対しては過保護になるのよねぇ」
「……千、空が過保護、だと?」
「ゲンくんゲンくん。私、もっとお話聞きたいなぁ!茉莉ちゃんと千空君はどこまで仲良しになったのかな?」
「え、えぇ⁉︎二人の方が知ってるでしょ?」
『知らない』
千空と茉莉。
「──よぉ、よく寝たか?」
「……ウン」
「腹は減ってねぇか。食いたいもんは」
「あー、うー……」
「今ならお優しい千空さんが何でも作ってやんよ」
「──なんでも、千空君が作るなら、何でも」
「──すぐ持ってきてやる、テントから出んなよ」
「うー」
「アイツ、まだ寝ぼけてんな。涙も止まってねぇし、どんだけストレス溜め込んでやがんだ」
※寝起きの茉莉ちゃんは甘え度UP。ただし推しである千空に対してのみである。
ネタ募集にていただいたものを書かせていただきました。鬱ってないから楽に書ける!