いただいた、not石化の話。
多分そのうちら後半?かく。
その日、全人類は石化するはずであった。
緑の光に飲まれて、宇宙に行った飛行士達のみを残し人類は石化する、はずであったのだ。
それが左藤茉莉の知っていた未来。
確実に起こるであろう、未来でもあった。
「なん、で……」
だというのにその光は一向に襲ってくる事はなく、本来ならば失敗に終わるはずの大木大樹の告白は成功し、茉莉の瞳には嬉し泣きをする男の姿が映り込む。
告白された小川杠もまた嬉しそうに笑い、何処からともなく祝福する口笛まで聞こえてくるではないか。
「──っ、」
よかったと、本来ならば言えるものなのだろう。
誰も知らないとはいえ、3700年という年月を誰も彼もが石化して過ごす事はないのだから。
それは"良いこと"なのである。
「あ、あぁっ」
茉莉はがくりと膝の力が抜け、そのまま廊下に座り込んだ。
石化しなければ死の恐怖に怯えることもなく、正史を変える心配もない。
しかし石化が起こらないのならばここが茉莉の知っている世界と似た別の場所、パラレルワールドだと思えば納得はできる。
「──テメェ、こんなところで何してんだ?」
「……あ、ははっ」
訂正。
納得なんてできやしなかった。
十年だ。
それがあの日から茉莉が捧げてきた時間であり、全てを投げ捨てた結果が今なのだから。
親に泣きながらやめてほしいと懇願されてもなお学び続けた生きるための知恵。
何度も死にかけ傷つきボロボロになった体。
社会的不適合者の烙印を押され差別された学生生活。
愚か者と見下され匙を投げられた現状。
そして何より、大好きだった幼馴染を切り捨てたというのに。
「あ、はは、は、あ、あ"ぁぁぁぁあああぁぁああっ」
何もないことが幸せだというのに、みんなはそれで良かったというのに。
「っおい、どうしたっ?!」
『なんで"私"には何も残っていないのだろう』
叫んで叫んで叫んで泣いて。
悔いたまま茉莉は意識を飛ばした。
石化しない未来があればいいななんて望んだことはあったのに、それを目の前にした時に感じたのは絶望。
全ての行いが無駄になった喪失感。
誰も悪くない。
それを選択したのは自分だと理解しておきながら、何も残っていない自分に絶望しかできなかったのだ。
そして、暗転。
「おいっ、おまっ──、茉莉!」
千空は数年ぶりに幼馴染の名前を呼んで倒れ込んだ茉莉の体を持ち上げる。
元からしゃがみ込んでいた為倒れても頭は打っていないのは分かりきったことだが、呼吸もちゃんとしているのに手はやけに冷たい。
一体何が彼女にあったのかと推測してみても、何故茉莉があんなにも取り乱したかは不明だった。
窓の外には大樹と杠がいたが、まさかそれを見ていただけであそこまで取り乱して泣き叫ぶとは思えない。
他に原因があるだろう。
普段ならば無表情に近い顔つきだというのに、先ほどはそれは恐ろしい何かを見たかのように、瞳の奥底に深い絶望と困惑が見てとれた。
「おいっ──、くそっ、俺じゃどうにもなんねぇ!大樹!お取り込み中悪ぃが手を貸してくれ!茉莉が倒れた!」
外に向けて千空が大声で叫ぶと大樹と杠はその言葉に驚き、すぐさまその場へと駆けつける。流石に茉莉を背負えない千空に変わり大樹が彼女を背負い、荷物を杠が運んだ。千空は保険室に走り込み状況を知らせ、そのまま大樹に背負われてやってきた茉莉をベッドに寝かしつけたのである。その後彼女を心配そうに眺める二人に先に帰れと指示を出し、千空は一人保護者の到着を待った。
そして久々に顔を合わせた茉莉の母親に会釈し、何が起こったのか伝えると背中を向けてその場を後にする。お礼を言う声が聞こえたが、千空は何一つしていないのだからと答えることはできなかったのである。
「──クソッ」
千空にとって茉莉はもはやどうでも良い少女でしかなかったはずだった。
いつからか分からないがその存在を無視され、声すら聞かなくなった幼馴染。今更気にする必要なんてないと理性は告げている。
だと言うのに本能は関われと、後悔するぞと突き動かそうとする。
合理的に考えれば茉莉と関わるのは無駄なことだと、長年の経験から理解できていた。
なのに何故今更そんなこと考える必要があるのだと考えて……。
「──っ」
脳裏に浮かんだ茉莉の泣き顔に、プツリと何かが切れた音がした。
直様会いに行こうとすれば千空は茉莉に会うことは可能であった。幼少から住む場所が変わっていない両家は未だお隣だし、徒歩3秒も掛からない距離にある。
だと言うのに千空が茉莉に会いに行ったのはそれから三日後。何故ならば彼女が学校を休んでいたからだと言える。
学校で話せばいいと思っていたが茉莉が学校に来る気配はなく、そのせいでただそこにいる時間が無駄に思えた。なら仕方ないと担任から彼女に渡す書類を受け取り、それを理由にして家まで足を運んだのである。
「──千空くん、いらっしゃい」
「どぅも、茉莉、いるか?」
「……どうぞ。私買い物行ってきちゃうから、あの子をよろしくね?」
若い男女を二人きりにするな、と怒る者はそこにはいない。
千空も茉莉の母も気にしてやしないし、もっと言うならば茉莉の両親は千空の態度を気にした試しもない。大人と話す態度ではないと叱られそうなものだが、互いに見知った相手ゆえに気を使うことはないのである。
バタンと後方でドアが閉まる音を聞きながら数年ぶりに左藤家に足を踏み入れ、記憶を頼りに茉莉の部屋へと足を運ぶ。鍵などないそこを開ければ年頃の女の子の部屋とは思えないほどがらんとした、ベッドと机、本棚だけがある寂しい部屋に変わっていた。
昔大量に置いてあったぬいぐるみはどこに消えたのかと思いつつも視線をベッドに向けると、そこには丸まった布団だけがある。
「──オイ」
「……」
「おいコラ、無視してんじゃねぇぞ」
「……なぁ、に」
「プリント持ってきたやったんだから、顔くらい見せろ」
「…………」
「茉莉」
ピクンと布団が揺れる。
そしてモゾモゾと茉莉は泣き腫らしたであろうその顔を千空に見せた。
目は充血し瞼は腫れて上がっているのに、薄黒い隈がはっきりと見て取れる。
ろくに寝てねぇんだろうな。なんて思いながらも近づき、新たに流れ始めた涙を親指で拭った。
「──何があった」
「っ──」
ぎゅっと閉ざされた唇からは血が滲む。
「言った方が楽になることもあんだよ。そんなに俺は信用ならねぇか?」
「──そう、じゃない」
「なら言って見ろ、最後までちゃんときいてやっから」
「──っ、」
ボロボロと涙をこぼしながら、ズビズビと鼻を啜りながら、時々吃りながら茉莉は語る。
怖い世界を見ていたのだと。そこでは簡単に死ぬから、死なないようにしてきたのだと。でもその全てが無駄で、もうどう生きていけばいいのか分からないのだと。
千空であってもなくとも、簡単にそんな話を信じることなんてできやしないだろう。しかしながらその怯える瞳に、茉莉が嘘をついているわけでないと理解はする。
茉莉は昔から怖がりだったから、知らないことに対して抱く恐怖は人の数倍はあるだろうと察することはできたからだ。
話を聞くに、幼い千空が『宇宙に行く』と宣言したあの日が茉莉のいう恐ろしい世界の始まりで、多分彼女がこうなった要因の一つは自分が望んでいようとなかろうと石神千空という少年にもあって。
自分のせいで、なんて思わないが、少なくともその時から茉莉が一人でどうしようもなく途方もない恐怖に耐えてきたのは理解できてしまったのである。
「んなら、さっさと俺に言っちまえばよかっただろ」
「しんじ、らんないっ、じゃん」
「そりゃなぁ、非現実的だかんな」
「っ──」
「でも、一緒に悩んでやることはできた」
「せんくっ、やりたいこと、あんのにっ」
「まぁ、テメェが泣くならそっちが優先だわ。それに未知の科学なんて唆るじゃねぇか」
「そそ、らないっ!こわい、もんっ」
「てめぇはな。──にしても、その現象。本当に起こらないって決まったのか?記憶違い、もしくは茉莉、テメェが知ってるから年がずれた可能性はねぇんだな?」
「っ!?」
うっかりそんなもしもの話をして仕舞えば茉莉は目を見開いて驚き、そしてベッドから抜け出すと本棚から分厚い図鑑を1冊取り出した。そして──。
「っなにしやがる!?」
「記憶、消さなきゃ!バタフライ、エフェクト、おこるかもっ」
ブンっと力いっぱい千空の頭目掛けて振り下ろしたのである。
間一髪で避けた千空は鈍器でぶん殴るほどの事かと声を荒げ、茉莉もそりゃ殴る事案だよと叫んだ。
「だって、未来変わっちゃったら、せんくー、死ぬかもしれない、じゃんっ!」
「そうだとしてもテメェには関係ねぇだろ!?」
「あるもん!せんくーは、生きてないとヤダァ!死なないでよぉ、ズビ、なんでそゆことゆーの、はなれた意味、ないじゃんっ」
「あ"?」
「せんくー、優しいから、私のこと、見捨てないでしょっ!ヒゥっ、何もできないっ、ゴミムシな、人間でもっ、せんくー、助けようとしちゃうでしょ!だから、役ただずは、いなくなろうとおもったのにぃっ!頑張って、離れたのにぃい!」
「──嫌だから、離れたんじゃなかったのか?」
「違うもんっ、大好き、だから、迷惑、ズビ、かけないように、離れたんだもん、ばぁかぁ、ばぁぁあかぁ」
瞬間、理解した。
茉莉は何一つ変わっていなかったのだと。
死ぬのが怖くて、弱く何もできない自分のせいで千空に迷惑をかけるのが怖くて離れた。
たとえ最初に自分の命を優先したとしても、次に千空のことを考えるあたり昔となんら変わらない。
「──馬鹿は、テメェだろうが」
「しん、らつ!」
「なんでそんな言葉知ってんだよ」
「しんらつっ!」
グズグズと泣く茉莉の頭を撫で、千空は穏やかに笑い、その笑顔を見た茉莉は一旦泣き止むと、ぐっと唇を噛んでまたほろほろと涙をこぼす。
千空は喉を鳴らして笑いながら涙を拭い、次に頬を摘んでもしもの時はと言葉を紡いだ。
「茉莉、テメェの知る世界になっちまった時はテメェが俺を助けろ。ヒョロガリ一人じゃ何もできやしねぇけど、サバイバル極めたオメェが一緒ならなんとかなんだろ。その代わり俺がテメェを助けてやる、絶対にな」
「でもっ」
「でもじゃねぇ。そばに居るって約束してやっから、安心して"今"を生きろ。それに万が一が起こってもいつも隣にいりゃ、テメェを探す手間もなくなるだろ?怖ぇなら全部終わるまで隠しておいてやっから」
「──ほんとに?」
「嘘ついてどうすんだ馬鹿」
「……ばかですし」
「肯定すんなや」
ガシガシと頭を撫でて笑って、茉莉は鼻を啜る。先ほどまでの暗い表情とは違い、ほんの僅かだが目には光が戻った。
翌る日から千空は毎朝嫌がる茉莉を迎えに行き拘束し、学校まで無理やり連れて行くこととなるのだがそれが話題になることとなる。
何せ学校一の問題児と言ってもいい石神千空が、大人しそうな女生徒を引きずってくるのだから。
なんとなく仲良くなったのだと理解しているのは幼馴染カップルだけで他の人間は何も知らず、クラスメイトなんかは勝手に席替えをされており机の並びまでも隣になっていることに驚きもした。理由を聞けば授業の補足しつつ教えるからと真顔で答えられ、その説明が先生よりもわかりやすく皆が聞き耳を立てるようになるまで数日も掛からなかったのは愚問である。
それでも気になるものは二人の関係はと問いただし、その度に困った顔で幼馴染だと言い切る茉莉とひたすら無の表情を見せる千空の姿が目撃されることとなった。
「茉莉、テメェ部活に入ってねぇよな?」
「うん、まぁ」
「じゃあこれ、さっさと書いて提出しとけ」
手渡されたのはすでに『科学部』と記入された入部届。茉莉は首を傾げてみるが『勉強を教えるなら側にいたほうが合理的』と言われてしまえば頷くことしかできず、それでいいのか左藤と誰かが口にしようものならギロリとガーネットの瞳に口を挟むなと制止をかけられる。
いかんせん茉莉は運動神経は悪くなく体力もあるものだから運動部は狙っていたのだが、悲しくもある意味獰猛な番犬ができてしまったのだから誘うことすら不可能となったワケである。
あの日から一月も経てば茉莉の思考は落ち着きはじめ、この世界と知っている世界は異なっているのではと考える余裕もできてきた。
石化しなかったのが何よりその説を濃厚にさせているのだが、それ以外にもその説を後押しするものがある。
それは茉莉の知る石神千空という少年が、ほんの僅かだが違っているような気がするせいである。
彼女の見ていた世界の石神千空は情が深く、マンパワー大好きな男の子。だが色恋沙汰に関しては基本ノータッチで、合理的かどうかで決めるタイプの人間だったはず。故に幼馴染だった茉莉がこんな状態になったとしても、その現象確かめようぜ!くらいの興味しか持たれない自信があった。
しかしながらいつも茉莉の手を引いてくれる石神千空は甲斐甲斐しく彼女を気にかけて、茉莉の目が潤むと人の目から隠すようにその身を抱き寄せて頭を撫でる。大丈夫だ、側にいると声をかけて、茉莉が落ち着くまで実験の手すら止めることもあるほどに彼女に対してのみ優しい。
一度クラスのギャルにスパダリかよ!と突っ込まれていたが、真顔で『そうだが文句あんのか』と喧嘩腰に返したのには驚いて変な声が上がったものだ。
それ以降周りからは付き合っていると誤解されるし、茉莉が否定しても千空が肯定するので埒があかない。
恋愛沙汰に興味ないはずではと疑問を口に出してみれば、興味はないがしないわけではないと茉莉には理解できない返答が返ってきたのである。
「茉莉、明日デカブツたちと出かけっから準備しとけよ」
「……ロケット?」
「ちげぇ、プラネタリウム見に行くぞ。アイツら二人で行きゃあいいのに、ご丁寧に俺らの分もチケット用意してやがったからな」
「なる、ほど?」
「基本レジャー施設なんてアレから行ってねぇんだろ?いい機会でもあっからな」
「ゴメンナサイ」
条件反射で謝罪を述べれば千空は茉莉の頭を撫で、別に責めてるわけではないという。
以前の茉莉であったのならばプラネタリウムなんてものに行く時間すら取らなかったであろう。だから彼女が無駄だと捨ててきたものを改めて体感するのはいいことなのだと、千空は笑った。
翌日、茉莉は千空に言われた通りに出かける準備を終わらせたのだが、そこで母からアウト判定を喰らった。
何せ茉莉が持っている服は動きやすさを重視していて、ほぼジャージ。
スポーティなものでもなく、汚れても破れても問題ないであろうジャージ。そんなものでお出かけ?許しません。とにっこり笑った母を恐ろしく感じた。
ビクつきながらオシャレ着なんて持ってないと口に出せば、母は一旦父を呼びコソコソと内緒話をはじめ、そして頷き合って財布をあけた。
「持っていきなさい」
「千空くんに選んでもらうといいわ。一緒にいるお友達でもオッケー!」
手渡されたのは諭吉10枚。高校生のお小遣いとしてはあり得ない額である。
こんなにいらないとガクブルしていれば迎えにきたであろう千空が後ろにいて、そして両親の頼みに頷いていた。
「俺らが好きなの選んでもいいんだな?」
「お願いするわ、この子、まともな服持ってないからたくさん買っちゃって?あ、靴もね?余裕があればコスメなんかも……、足りるかしら?」
「もう少し多めにもたすか?ちょっとATM行ってくるから待ってなさい」
「い、いらないよ!」
結局諭吉はさらに5枚増え、全部使ってくるようにと千空は茉莉の両親に頼まれていた。
なぜそこまでするのかとブスくれていると、お前のせいだろうと千空は茉莉の頬を摘む。
「今の今まで、若けぇ娘が欲をおろそかにしてたんだ。親としては"誰か"と出かけるだけで泣いて喜ぶし、茉莉、オメェの両親はようやく娘を可愛がれるわけだ。ククク、精々可愛がられとけ」
「──っそか。そーだね」
一月前までは出かけるといえば祖父母の元で、ボロボロになりながら野山を駆けずり周り、何度病院送りになって心配させただろうか。
それがないというだけであんなにも嬉しそうに笑ってくれたのだから、もっと早く普通の子供になってあげてもよかったのかもしれない。
なんて感傷に浸っていると先に集合場所についていたカップルに迎えられ、そうしてキラキラと目を輝かせた杠に引きずられて茉莉は着せ替え人形となった。
あれもいいこれもいいと選ばれた中から露出の少ないものを手に取り購入。そのままそれに着替え、他のものは袋に詰めてもらった。杠はニコニコと笑って千空たちに手を振り、そのままランジェリーショップへ。
さも当たり前かのようにサイズを測られ選ばれて、ヨレヨレのスポーツブラはゴミ箱に。
可愛らしい下着を可愛らしい紙バックに入れてもらい、男二人が待つところへ戻るとその手にはクレープが用意されていて。
数年スパンで食べてこなかった生クリームの味の濃さに、茉莉は思わず目を見開いた。
「うめぇか?」
「ん!」
「──こっちも食うか?」
「いーの?」
「問題ねぇ」
差し出されたクレープにパクりと噛み付くと、ハチミツの甘さとバターの香りで脳が幸福を感じたのか頬が緩む。生クリームとフルーツがなくてもコレはコレでとモキュモキュと咀嚼していれば、今度は杠がクレープを差し出した。
「私のはプリンが入ってるやつだよ!どうぞ」
「んぐ、じゃあ私のもどうぞ?」
互いに交換こして食べていれば千空は無表情でスマホを構え出すし、大樹に至っては俺のも食べるか!と差し出したところで彼女にやれと責め立てられていた。茉莉は三人が笑いあってるのを眺めて、少しばかりの疎外感を感じてしまう。
ここにいるのにここにいない。
三人だけだった場所に入り込んでしまった違和感。
半歩後ろに下がり俯けば、履き慣れていないミュールが目にはいる。
「──茉莉、行くぞ」
逃げ出したくなったところでタイミングを見計らったように千空は茉莉の手を取り、当たり前のように繋いで歩き出す。
ただそれだけの行動がどうしようもなく嬉しく感じた。
その後は当初の目的であったプラネタリウムを観覧し、それがおわると昼食をとりながら千空の星座講座に耳を傾ける。
茉莉を遊ばせるために連れて行かれたゲームセンターでは千空監修のもとぬいぐるみをとって。四人でプリを撮ろうと杠にたのまれて撮ってみれば、大樹の顔がキラキラしていることに笑い。
締めに茉莉の母から頼まれたコスメなんかも杠と選んで。
とても、充実した一日であった。
「じゃあね!また遊ぼうね!」
「千空、茉莉!気をつけて帰るんだぞ!」
「テメェらもなぁ」
バイバイと手を振って、二人は並んで歩く。
荷物のほとんどは茉莉のものであるが、当たり前のようにその半分を千空が持っていた。
ふと茉莉が足を止め、すびっと鼻を啜る音が聞こえる。
「茉莉」
千空は彼女の名前を呼び片手に荷物を集めると、その手をぎゅっと握った。
「ウチ来るか?」
「……ん」
瞳から涙がこぼれないように必死に耐えている姿を好ましく思いながら急いで帰路につき、バタンと玄関の扉が閉まったことを確認して荷物を廊下に置く。
そして千空は茉莉に向き合って、ただ感情の赴くままに抱きしめた。
「──何が嫌だった」
「いや、じゃない。楽しかったの、すごく。幸せだったの、本当に。……だから、怖くなったっ」
日常が最も簡単に崩れた世界を茉莉は知っている。もう二度と目覚めない人々がいる世界を、茉莉はしっている。
そしてそれがこの世界がそれを回避したのかすら未だわからず、もしかしたらが起こる可能性も否定できやしない。
こんなに幸せな世界を知ってしまったら、私はもう頑張れない。
こんな世界が崩れて無くなってしまったら、もう生きていけない。
杠も大樹も、自分を大切にしてくれる家族を失くす可能性も、茉莉はもう考えたくはなかった。
「ヤダ、やだもんっ。怖いっ、──っう、もぅ。やだぁああ」
「ん」
ヒグヒグと子供じみた泣き方をする茉莉の背中を撫で、千空は彼女が落ち着くのを待った。そして一旦落ち着いたところで自室に向かいベットに寝ころばせ布団をかける。
「今日はちぃっとはしゃぎすぎて疲れちまったんだろ。すこーし寝てから帰れ」
「──ん、千空、ここにいる?」
「あ"ぁ、オメェが起きるまでいてやる。安心しとけ」
「ん」
トントンと背中を叩かれれば茉莉の瞳はトロンと緩み、静かに眠りに落ちていく。
別に彼女はどこでも寝れる体質ではなく、ただ千空がそこにいるだけで安心して寝付くことが出来るのだ。千空でないと、茉莉は瞬時に寝ることはない、絶対に。
千空は茉莉の頬に流れる涙を拭いそしてそっと顔を近づけ、その小さな唇に触れるだけのキスをする。
警戒心のない茉莉に呆れながらも、自身だけが無条件に信用されている事実はなんとも心地よいものだと感じ取った。
「ったく、本当に恋愛脳はすぐバグりやがる」
最初は幼馴染に戻れただけで満足であった。それなのに彼女の口から『幼馴染だ』と発言されるたびに不快な気持ちになっていく。
当たり前のように近くに置いといても、他者がそれを否定するのが許せなくなった。
茉莉を知らない奴らにその努力の結晶とも言える体幹や体力を望まれるのも、はらわたが煮え繰り返るくらい不愉快で苛立つ。
今日でさえ、茉莉に善意でクレープを与えようとする大樹に対して良い感情は抱かなかったほどに。
一を奪えば十が欲しくなり、十を奪えば百が欲しくなる。
千空はすでに、茉莉の全てを欲している。
泣き顔を見るのは自分だけにするために家へ連れてきたし、この先もそれを覆す気はない。両親であろうとも、この特権だけは渡す気はなかった。
「茉莉」
千空は彼女の名前を愛しげに呼ぶ。
「茉莉」
甘い声で、呼ぶ。
「──茉莉、テメェにはわりぃが、逃してやるきはねぇ」
幼い日からあったであろう恋心。
ずっと守りたいと思っていた女の子、いつしか離れてしまった女の子。
それが手元に戻ってきたのならば、もう二度と手放す気なんて千空にはない。
「茉莉」
自覚してしまったのだ、この面倒な恋心を。
失いたくない存在を。
「茉莉」
だから誰がなんて言おうと、世界が変わろうと。
「茉莉」
手放してなんか、やらない。
千空はもう一度、濡れた唇にキスを落とした。
タイトルを上手い具合に訳すと、あー、ソユコトってなります。適度につけたタイトルではないよ!