千空さんと凡人さん。番外編   作:燈葱

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前回の最果てペリドットの続きもの
書いてる人間は文系。
理系の話はふわっとながしてね!


行く末ヘマノイト

 

 

 

 

 今が変われば未来も変わる。

 それは茉莉にとって喜ばしいことばかりでなかった。

 

「あ──」

「あ"?何か気になるもんでもあったのか?」

 

 当たり前のように千空の家で過ごすようになり、気がつくと夕ご飯はほぼほぼ毎日一緒に食べて寝る直前までまで側にいる事が多くなった頃。さらに付け加えれば風呂さえもそちらで済ましていることが増え、以前の不仲さなどすでにそこにはなかった頃。

 その日また茉莉の母親が作った晩御飯を食卓に並べ、二人してテレビを見ていた時である。

 茉莉の目に、その人物が写り込んでしまったのは。

 

「──霊長類最強の高校生、ねぇ。知ってんのか?」

「……うん」

 

 千空と目を合わせずに視線をテレビに向けたまま頷き、茉莉はゆっくりとその人物から目を逸らすと小さく息を吐き出した。その瞳からは若干の困惑の色が見られ、千空はどうしたものかと思考をめぐさせる。

 正直言って千空はこの最強の高校生とやらを知らない。自分と真逆の性質を持つ人間に対して興味がないわけではないが、特に格闘家である人間に興味は唆られなかった故に今まで知らずに生きてきた。

 しかしながら茉莉が気にする以上、彼もまた彼女の知る世界に存在していた可能性はなくはない。その考えに若干の苛つきを感じながらも茉莉の不安を解消するためにスマホに手を伸ばしたのである。

 

 その一方茉莉といえば夕食に使った皿を洗い終えると、勉強の続きをといつも通りの行動に出る。そして千空の自室へと足を向け、やり途中だった"中学二年用"のドリルに立ち向かった。何せ茉莉は小学校の頃からろくに勉強などしていない為、手をつけるとすればそこからになるのだ。ありがたいことに千空が実験の合間に勉強を見てくれているので、学校の勉強にもついていけていると言っても過言ではない。ただその授業も基礎的なところが出来ていないと理解できない為、こうして勉強を見てもらってる次第なのだ。

 

「んー?」

 

 わからない。

 何問か読み解いて、それでも解けないものがあれば千空へ視線を向けて助言を求める。が、背後に佇んでいる彼は珍しくスマホの画面に釘付けで首を傾げる茉莉に気づくことはない。

 

「千空?」

「──あ"?あー悪りぃ」

「どったの?」

「──気にしてたろ、コイツ」

 

 そう言ってた手渡されたスマホには獅子王司の記事が載っていた。千空はどうやらそれを読んでいた為、茉莉に反応するのが遅れたのだろう。

 とりあえず何故それをと思いながら茉莉はそれに視線を向け目を通し、眉を顰め口をむすぶ。その些細な変化を見逃さない千空は真面目に机に向かっていた彼女を立たせ、床に置いてあるクッションに座らせると己も座り込み、両足で挟み込んで逃げ出さないように抱き抱えた。

 

「知り合い、じゃねぇよな。ってなるとテメェの知る世界の住人か」

「──ん」

「そこまで気にする奴なのか」

「……まぁ、なんと、いいますか」

 

 千空が茉莉の腰に腕を回し抱きしめようとも今回ばかりは動揺せず、茉莉は顔を顰めながら目の前の記事を夢中で読んでいく。それの行動を面白くないと感じながらも千空は邪魔することはせず、スマホを操作する彼女の手が止まるまでそれを眺めた。

 すると茉莉は獅子王司の略歴に差し掛かっところでコテンと首を傾げ、違うと呟いたのである。

 

「何が違うんだ?」

「──コレ。『妹の獅子王未来の入院費を稼ぐ為格闘技を始める』ってあるけど、こっちに未来ちゃんの写真があって『兄弟仲睦まじい』って──」

「それが違うんか?」

「ウン。誰も知らなかったはずだし、未来ちゃんは幼い頃から脳死状態だったはずだから」

 

 茉莉の知る世界では妹は幼少期に植物状態になっていたし、それを知っているものは関係者以外いなかっただろう。だがこうもネットの記事になっているあたり獅子王司はそれを隠そうとはしていない。むしろ兄妹並んで写っている写真を公表しているのだから、隠す必要などないと考えているのかも知れない。

 何故と首を傾げながらもこの世界の司は幸せなのだと茉莉は安堵の息を漏らし、ゆっくりと体を千空に預ける。気づいていなかったが体に変な力が入っていたらしく、スマホを床に置くと手が震えていた。

 

「──なんか、疲れた」

「……気にしねぇでいいことばっか気にしてっからそうなんだよ。今は関係ねぇんだから、こっちに集中しとけ」

「──そうかも、しれないけれど」

 

 獅子王司は石化しないと幸せになれないかもしれないと、茉莉の脳にはいつもその考えが付き纏っていたのである。

 石化した世界であれば千空の身は危険に晒されるが彼の妹の未来は脳死状態から救われるし、あの兄妹は数千年ぶりに再会を果たすことができたのだ。

 その可能性がないに等しいであろうこの世界では、彼はいまだに仄暗い場所で耐えているのではないかと茉莉は考えていたのである。

 自分が何かできるわけではないが、どうすることもできないが。その可能性がない世界で彼は仲間を作れずずっと、既得権益者を恨んでいるのではと思い込んでいたのである。

 

 しかしながら蓋を開けてみればこの世界の未来は身体が弱くとも元気に生きている。司の写真も顰めっ面ではなく笑っているものが多く、少なくともあの世界よりは幸せなのだとも思えるほどに。

 

「んー、んー」

「無理に考えんな、オメェが悪りぃわけじゃねぇだろ?」

「……うん」

 

 よかったと思えばよかった現象ではあるが本当にここが石化しない分岐しない世界であったとして、そんな都合よく病が治るのだろうか?

 そんなことを考えて茉莉の視線は下を向く。

 なんとなく茉莉の不調を察した千空はその日の勉強を取りやめ、そして彼女の両親に泊まらせると連絡するとベッドに寝転がし寝かしつけた。寝る直前までしかめっ面だった茉莉は深い眠りにつくことでようやく眉間の皺を解く。

 千空は茉莉の頬を人撫ですると、気になる情報を漁るためにタブレットを起動した。

 

 

 最近茉莉は『あったであろう世界』についてよく話す。

 まぁ、千空が話すように仕向けている面もあるがそれでもすんなり話すのは、茉莉が千空を信頼しているからだろう。もしも今後石化が起こってしまった場合、千空は茉莉を助けると誓った。その為にそばにいるとも諭した。だからこそ彼女は千空がそばに居ろと願えば大人しくそれに従うし、当人も恐ろしい世界を回避する為にそばにいる事を選んでいる。

 恐ろしい世界を回避する、それが目的になりつつある茉莉は千空がその話を非現実的だと捉えていることを知っていてもなお、彼に自身が知っている世界を小出しにして話した。

 たとえば全ての始まりはツバメだったとか、石化装置はメデューサと呼ばれていただとか。いつ何処で誰が何をしたかなどは話さないが、状況を組み立てられるくらいの情報はよくこぼしていた。

 そして今回は獅子王司という、初めて己と幼馴染以外の人間に反応を示したのである。

 

「…………"奇跡的に"ねぇ?なんでコイツの妹は助かったんだ?」

 

 茉莉の話が正しければ、司の妹である未来は脳死となっていたはず。茉莉の知る世界とこの世界が全く同じものだとは思わないが、司を讃える記事には"奇跡的"に妹の手術は成功したと書いてある。奇跡なんてそう簡単に起こるものではないのに、石化しないこちら側だけ"奇跡"で治るなんてあまりにも都合が良すぎるのではないだろうか。

 

「ってもなんの病気かは書いてねぇし、調べるのも一苦労しそうだしな──。ま、関わる気もねぇし、茉莉にも会わせる気はねぇからいいか」

 

 会ってしまって、茉莉が何故?と興味を持ってしまうことが何より恐ろしい。

 千空は司の記事を閉じ、寝ている茉莉に視線を向ける。

 守ってやると決めた以上、肉体的にも精神的にも辛い思いをさせる気はさらさら無い。故に切り捨てられるものは切り捨てると千空は決めている。たとえば会ったことないメンタリストであったり生まれてくることがないであろう親戚たちであったり。何処ぞの記者や不仲の金持ち兄弟等々。茉莉はまだ会ってもいない奴らを気にしては居るが、千空からすれば知らない奴らに目を向ける時間があったら今いる身内に時間を割いたほうが合理的なのだ。

 石化した世界だからこそ上手くいった関係だってあるだろうし、そうでない以上同じような関係を抱けるなんて思っちゃいない。

 

「っても、会わなきゃなんねぇ奴はいっけどな」

 

 茉莉は今まで何も発言していないが、テレビに映る百夜の顔を見るとすぐに泣く。言葉が発せられなくなるくらいに泣くのだ。

 その姿から察するに、百夜は茉莉のトラウマになるであろう終わりを迎えたのだろう。

 

「あ"ー、帰ってくんなとは言えねぇし聞きてぇこともあっしな。ま、なんとかするしかねぇか」

 

 多分きっと、百夜に会えば茉莉は泣くだけで済まないかも知れない。でも一生合わせないわけにもいかないだろう。何せ千空はこの時にはすでに彼女は自分のものだと思っていたのだから。

 

 

 

 

 

「ヨォ帰ったぜ千空!約束通り科学の土産をたんまり持って帰ってきてやったぞ!!」

「おーそりゃお有難ぇこってぇ、とりあえずそこ動くなよ」

「え?」

「ちぃーとそこで待ってろ、連れてくる」

 

 約五ヶ月間の長期滞在から地球に帰還した百夜はリハビリも終えて日本にある我が家に帰ってきた。

 年はすでに開けて千空の誕生日も過ぎていたが、己の口から話す宇宙こそ千空にはプレゼントになると百夜は自信を持っていたのだがどうやらそうでもないらしい。玄関でそこで待てと指示されて数分間、何故自宅に入れないのだろうと考えていればリビングの扉が開く。そこから現れたのはもちろん息子である千空と──。

 

「……茉莉、ちゃん?」

「っふぇ、百夜、さんだぁああ」

「あ"ー、やっぱりこうなったか。だからいったろ今日は大人しく家にいろって」

「っやだもん、いきてるの、確認するもんっ」

「んじゃ確認しろ、どう見たってお元気いっぱいだろ?」

「ヒグッ──い"き"て"る"ぅっ!」

 

 ズビズビと鼻を啜りながら泣く茉莉を千空は抱き寄せて頭を撫で、百夜がこれまで見たことのない優しい顔で慰める。

 親子の感動の再会を果たすつもりが一体何を見せつけられているんだと、百夜の脳内に疑問符がとんだ。宇宙に行く前は、否、四年前NASAに行く前は誰がどう見ようと不仲であったはずなのに、今は親から見ても恋人同士の雰囲気すら出ている気もして仲が良くなってよかったなと言えばいいのか、どうしてそうなったのか聞けばいいのか百夜には答えが出せなかった。

 とりあえず家へ入っていいかと問いかければ千空は頷き、茉莉の手を引いて(恋人繋ぎである)リビングに向かう。テーブルの上にはまだ暖かいココアがお揃いのカップで二つ並んでおり、思わず仲良しかよ!と叫んだが百夜は謝る気はない。

 

「ほら、さっさと座れや」

「流石に俺も傷付くぞ千空、もうちょっと喜んでくれよぉ」

「あ"ーハイハイ、喜んでるわ。涙ちょちょぎれるほど喜んでる、茉莉がな」

 

 そう言いながら小指で耳をかき椅子に座り、泣いてる茉莉をそのまま抱えて対面する形で座らせる。

 またしても一体何を見せられているんだと思いながらも、どうして茉莉が泣いているのかと問えば先ほどまでの慈悲深い表情とは打って変わって真顔で千空は答えた。

 

「だから百夜、テメェが生きて帰ってきたことに喜んで泣いてる」

「──茉莉ちゃん!ほんとにいい子に育って!」

「あ"? そのいい子を泣かしてんのは誰だよ。ったくよ……」

「俺は悪くねぇと思うんだが?むしろ息子である千空が泣いてもくれてもいいんだぜ?」

「泣くかよ馬鹿」

「ッヒゥ、百夜さん、おかえり、なさいぃい」

「──あぁ。ただいま茉莉ちゃん」

 

 息子よりも帰還を喜んでくれている茉莉の頭を昔のように撫でようと手を伸ばせば、パシンとそれは弾かれる。もちろん弾いたのは千空で、気安く触るなと咎められてしまう百夜である。

 日本では頭を撫でることがセクハラと言われ始めているが俺と茉莉ちゃんの仲なら大丈夫だろうと言い切ると、千空をそれを断固拒否し慰める役目は俺だけで十分なのだと強い口調で反論した。

 

「──千空、お前」

「んなことより、いつまでこっちに滞在する予定だ?」

「え、あー、あぁ!一週間だな!」

「……長ぇ」

「短いだろっ⁉︎」

 

 何を持って長いと判断したのか理解しきれない百夜は思わず声を荒げ、その声を聞いた茉莉は目を見開いて涙を止める。そしてのそのそと千空の膝から降りると帰ると言い出し玄関へと向かった。

 

「一週間なら、百夜さんといなきゃね。当分、勉強会、お休みね?」

「──悪りぃな」

「平気。百夜さん、またね」

「おぅ、またな茉莉ちゃん」

 

 念の為、隣の家へ入る茉莉を二人で見送ってリビングに戻ると百夜はおずおずと口を開いた。本当ならば宇宙の話をする予定ではあったが、今はそれよりも気になることがありすぎたのである。

 

「千空……」

「あ"?」

「手は出してねぇよな⁉︎」

「突っ込むのはそこかよクソ親父。まだ出してねぇよ!」

「まだっ⁉︎」

「ちぃーと面倒なことになってっから、んな暇ねぇんだわ。少なくとも、あいつの不安を取り除くまではな」

「──不安、か。茉莉ちゃんは今、大丈夫なのか?」

「大丈夫ではねぇよ、ずっと」

 

 百夜が知る茉莉は怖がりで泣き虫で、それなのにいつのまにか泣くことを辞めた少女。親にも大人にも、仲の良い幼馴染にも頼ることができなかった哀れな女の子。いつかきっと救われたらと願ってはいたが、まさか彼女を避けていた息子が自分から動きそれを成すとは思っていなかった。もしかして誰かの助言でもあったのかと思考を巡らすも、子供二人の事情を知ってるものは少ない。

 そう考えればやはり、千空が自主的に考え動いたと推理するのが無難だろう。

 よくやったと誉めたい反面、やりすぎではと注意もしたい。報告はされていないためまだ幼馴染と仮定するがまだ、その距離感ではない。茉莉が嫌がっていない為やめろとは言わないが、もう少し節度を持っていただきたい。

 

「──百夜、一つ聞きてぇんだが」

「なんだ?なんでも聞いてくれてかまわねぇよ、答えられる範囲ならな!」

「そりゃありがてぇ。じゃあ聞くわ」

「おぅ、なんでも聞け!」

 

「────────?」

 

 千空の問いに、百夜は思わず目を見開き息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「百夜さん、もう帰ったの?」

「まぁやることはやったし、一応あれでもNASAの職員だかんな、長居はできねぇだろ」

「そっかぁ」

 

 少し残念そうに俯く茉莉の手を取り、千空はいつも通りに学校へ向かう。今年の二月は通年よりも気温が低く、真新しい手袋を茉莉はつけていた。真新しいのはそれだけではなくコートやスニーカー、最新のスマホもついに茉莉は手に入れている。別に持っていなくても困らないと茉莉は言い張っていたが、お友達の増えた娘にと両親が買い与えたものでもあった。無論、一番初めに茉莉は千空の連絡先を登録したし、その次は杠だ。両親はその後でそれ以降は同級生。大樹は持っていない為自宅の番号を教えてもらい、もしも用事があるときはそちらに連絡をする並びとなっている。

 

「もうすぐ進級だねぇ。私が進級できるのは千空のおかげだよ、ありがとう」

「テメェのやる気があったからだろ。それより理系、選択したんだろうな?」

「一応」

「ならいい」

 

 どちらかと言えば文系を得意としていた茉莉は千空のお願いという名の強制を受け入れ、二年次は理系クラスに進級予定だ。成績も最底辺から平均値まで上がってきており、教員からの評判も上々。問題があるとすれば教師よりも千空の方に教えてもらいたいと声が上がっており、それにより自信をなくすものが増えたくらいだろう。

 

「──千空は、この後はどうするの?」

「それはいつの話だ」

「高校、卒業したら大学は行くでしょ?」

 

 流石に同じとこにはいけないよと茉莉は俯いて小石を蹴り上げた。

 幾ら成績が上がったところで積み上げられてきた知識の差は埋まらない。側に居ると千空は茉莉に約束したが、彼の未来を考えればそれは合理的ではないと理解している。その為に茉莉は離れるならば早めに行動を起こさなければならないだろう。何せ茉莉には資格も何もない。体力はそこそこあるが、それくらいしか持っていない。祖父母のところへ行けば狩猟会メンバーに可愛がってもらった為そっち系の仕事は斡旋してくれるかもしれないが、千空と離れるのは必須条件でもあるわけで。

 ずっとそばにいれないのだと、茉莉は分かっていた。だからまだ時間があるこの時期に、諦める必要があったのだ。

 

「もう、大丈夫だよ。多分あれは私の夢だから、もう一人で平気。千空はやりたいことやった方がいいと思うんだ」

「──んならもう、やりてぇことはやってんだよ。テメェに言われる筋合いはねぇ」

「そ、だよね。ごめん」

 

 するりと、握っていた手が離れる。

 しかし千空はもう一度それを繋ぎ止めた。

 

「勘違いしてんじゃねぇよ。俺がテメェの、茉莉の側に居るって決めたんだ。すぐ泣く馬鹿な女を慰めて依存させまくって、一人で生きてけねぇくらい甘やかすって決めてんだよ、勝手に離れようとしてんじゃねぇ」

「……へ?」

「それでも離れるっつーなら合法的処理すっかんな」

「ごうほうてきなしょり?」

「卒業したらソッコー籍入れる」

「セキイレル?」

 

 セキとはと茉莉が頭を悩ませているとさらに千空は言葉を続けもう両親の許可はとっていると、末長く娘を頼むとお願いされていると心底嬉しそうに笑った。

 茉莉は数十秒その意味を考えて理解して、外気の寒さのせいではなくウチから来る熱い想いで顔を赤くさせたのである。

 

「残念だったな茉莉、とうの昔に外堀は埋められてんだよ」

「な、え、はっ⁉︎」

「ククク、大人しく嫁いどけ。そうすりゃ石化しようがなんだろうと、優先的に助け出してやれっかんな。大人しく旦那様に頼っときゃいい」

「ひぅ!」

 

 ハクハクと茉莉は声にならない空気を吐き出し、ポロリと流れ出した涙を片手で拭う。

 驚きと喜びが混じり合った涙はそう簡単に止まってくれるはずもなく、学校についても茉莉は泣き続けた。

 そのために千空は自宅にいる時と同じように茉莉を慰め、それを見ていたクラスメイトから夫婦の称号を与えられることになるのだがこの時の二人が知る由はない。

 

 

 

 

 

 千空の衝撃的な告白から数ヶ月すぎ、季節は梅雨を迎えた。

 石化が起こらなかったあの日からもうすでに一年経っていたが、ことが起こる様子はない。道端にツバメが落ちていることはないし、緑色の光が地球を包むこともない。

 変わったのは二人の関係性だけである。

 

 梅雨を過ぎれば夏になり、杠と大樹を連れて茉莉達はプールに赴いた。傷だらけの体を気にする茉莉に千空はそれは努力の証なのだから恥じなくて良いと、その傷ごと愛してやると告げて茉莉を失神させたし、それを見守っていた杠の顔も赤く染めてしまう。大樹は何故そうなったか理解してはいないが、皆が幸せそうならそれでよしと笑っていたのが印象深い。

 

 夏が終われば秋になり、科学部員は広末高校文化祭でド派手な実験をしでかして地元民を騒がせた。

 些か教職員にウケは悪かったが在校生と外部者からは絶賛され、来年はここを受けますと張り切る学生もいたものだ。結果的にお咎めなしであったが、主犯である千空はもちろん、何故伴侶である茉莉がそれを止めなかったとこっ酷く仲良く叱られたのである。

 茉莉はまだ伴侶ではないと反抗したものの、"まだ"だろうと高らかに宣言する千空に周りは湧き、ポカスカと千空を叩く茉莉の姿が多くの人々に目撃されてしまった。

 

 

 冬が巡ればコイビトとして初めてのクリスマスが訪れる。千空は茉莉の薬指にプラチナリングをはめ、万が一の時はこれで復活液が量産できるなと告げて茉莉を泣かせた。この頃になると泣いている茉莉を慰めるのと同じくらいに、千空が彼女を泣かせている。その大半は嬉し泣きで、苦しみと悲しみの涙は今後も減っていくだろう。

 

 そうして年を越して迎えた千空の誕生日。最後の最後まで何をプレゼントしたらいいかと考えていた茉莉に、千空はとても簡単なことを願った。

 それは茉莉の両親に正式なお付き合い宣言をさせろ、とのこと。彼らが二人が付き合い始めたことを知っていたとしても、親に挨拶をしているわけではない。茉莉は何故かNASAにいる百夜にテレビ電話で報告させられてはいたが、その逆をさせろと言われたわけで。しかし千空が真面目な顔をしてそんなことを言うのだから、彼女はそれを容認するしかない。

 結果にこやかに笑う両親はいつ結婚するの?なんて茶化してくるようになり、満足気に笑う千空が生み出されたのである。

 

 

 季節は淡々と巡るも春が訪れると茉莉の表情は相変わらず暗くなるもので、夜中にうなされる回数も増える。その度に千空は茉莉を抱きしめて眠るが、そばにいない時は落ち着くまで連絡を取り続けた。

 茉莉にとって千空は安定剤で、それ以上にそばにいなければならないものとなっていたのである。

 

 だというのに、その年のゴールデンウィーク、千空は一人、茉莉を置いてアメリカに旅立った。

 勿論茉莉はその理由を聞かされていたし、ついていくのを拒否された身なのだから寂しくとも大樹と杠に助けられて過ごすこととなる。

 千空が珍しく茉莉を連れて行かなかった理由は単純明快で、千空を呼んだのが百夜ではなくDr.ゼノであったから。

 マッドサイエンティスト気味である彼のまえで茉莉がうっかりあの世界の話をしてしまったら、どんな目で見られるかわからない。そのために千空は茉莉を置いていったのだ。

 茉莉としてはあの世界で千空の命を狙ってきた人たちの元へ行くのは心配ではあったが、百夜がいるから大丈夫だと言われてしまえば信じるしかない。

 茉莉はただただ千空が無事でいられることを月に祈り、千空の帰りを待ったのである。

 

 

「ひっでぇ隈してんじゃねぇか!?ろくに寝てねぇなテメェ」

「せん、くー!」

 

 石神家の玄関でアメリカから帰ってきた千空を迎え入れた茉莉は、当たり前のように千空に抱きついた。少し前までは自分でできない行為であったが寂しさには抗えないらしく、ポロポロと流れる涙をそのままにぎゅっと千空にしがみつくことしかできなかった。

 

「クク、そんなに寂しかったのか?」

「ん」

「じゃあもう、離れらんねぇな」

「ん」

「後一年待っとけ」

「んっ」

 

 抱きつく手にさらに力を込めて、茉莉は千空がそこにいることに安堵する。そうして寂しい気持ちが落ち着くと体を離し、新妻の如くご飯とお風呂、どちらにすると首を傾げたのである。

 千空は内心それに悶えながらも飯と答え、ここ二年で上達した茉莉の手料理を口にする。高校に入った頃はジャンクフードかコンビニ飯ばかり食べていたが、今は左藤家の味に慣れ親しんでしまっている。一週間ばかり異国に行っただけだというのに、茉莉の作った味噌汁が身に染みた。

 

「そういえば、ゼノさんの用事は終わったの?もしかして卒業後はアメリカにって誘われた?」

「まぁ、それもあったけどな」

 

 千空がそう答えれば茉莉の眉は八の字を描き、仕方ないねと呟いた。

 千空はその言葉が悪い意味で使われていると察すると、丁重に断ったと茉莉を安心させる言葉を紡ぐ。

 

「その話は前から断ってんだよ、今更だ。で、だ。茉莉、ゼノんとこに行ってテメェを楽にできる話が出たんだが、聞くか?」

「ん?なぁに?」

 

「至極簡単にいうぞ、世界が石化する心配はもうねぇ」

「……え?」

「もう、もしもなんて考えねぇでいいんだよ」

 

 曰く、NASAだけが知り得る情報を千空が知っていたとか。

 曰く、ゼノ達しか知らない知的物質体の名称を千空が知っていたとか。

 曰く、公にされていない、否、公にできない異なる世界の話を千空が知っていたとか。

 

 曰く、それらによるとこの世界は過去であり分離した世界だとか。

 

「一か八かで百夜にカマかけたんだかな、『月にホワイマンはいたか?』ってな」

「なん、で」

「理論的にはタイムマシーンは作れんだよ。今はまだ作れねぇけどな」

「そうじゃ、なくて」

「テメェの話はつくり話としちゃ出来すぎてる。妄想や空想ならばなんであったことねぇ奴の名前や、お勉強ができねぇ奴が知り得ない科学知識はどっからきやがる? いっそのこと"誰かの記憶"が頭に入っちまったと考える方が無難だ。まぁ、ファンタジーっちゃあファンタジーだが、その可能性は捨て切れねぇ」

「……っ」

「で、だ。ちょこちょこ百夜やゼノにその話を伝えてみりゃ、面白ぇ話が聞けてな。ここだけの話、NASAに知的物質体が保管されてるんだがソレの名前は『メデューサ』もしくは『ホワイマン』。──聞き覚えのある名前じゃねぇか」

「……なんでぇっ」

「ククク、テメェの話にただ唆られた。だから調べた。調べ尽くした。その結果どっかの世界のどっかの科学者が世界を分岐させたことがわかったっつー話だ」

「そんなのっ」

「どっかの科学者には幼馴染がいたらしい。地べたはって、全て投げ出して必死に生きた女が一人」

 

「茉莉、テメェがやってきたことは何一つ無駄じゃなかったんだ。むしろ誇っていいんだよ、テメェのそれは」

 

 千空があまりにも優しい顔で笑うから、茉莉の涙腺は崩壊するしかなかった。

 もう石化の恐怖に怯えることもない。世界が変わったのは自分のせいだとも思わなくていい。

 

 全部が終わった後の世界だから、何も心配することはない。

 

「守ってやるって、いったろ」

「っうん!」

「まぁ、変えたのはどこかの誰かさんだがな」

「それでも、千空が、守ってくれたから!」

 

 だから──。

 

「せんくー、私とっ、生きてくれますかっ?」

「──それ以外選択肢なんてねぇんだよ、元からな」

 

 

 

 茉莉はようやく、この世界で生きられるのだと知った。

 ようやく最愛の人に、めいっぱいの言葉を伝えられる。

 

「千空、大好き」

「んなこと、しってるわ」

 

 

 




補足。
千空さんは人類全てを救うといっているので、未来ちゃんをそのままにはしない。
ならバレねぇように手を加えればいいんだろ?

その結果、手術は成功し脳死には至らない過去のかんせい。
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