ちなみに歌はうまくもないし下手でもない。
「ひっこぬかーれてー、ついーていくー」
あ、また歌ってる。
ペルセウスがアメリカに向かって進む中、掃除中の茉莉は真顔で鼻歌を歌っていた。
聞き耳を立てているのはもちろん耳の良い羽京であったが、今日は先客がいたらしい。茉莉の後をついていくようにスイカがモップをかけつつ、その歌を気にしてるそぶりを見せていた。
羽京はスイカを小声で呼び二人で掃除をしていたのかと聞くとスイカは頷き、そしてお掃除中が一番歌ってるんだよ!と教えてくれた。
「この前は赤ピクミンと青ピクミンの歌を歌ってて、アメリカついたら探してみるんだよ!」
「……そっかぁ」
きっと無意識に歌ってたんだろうな。だからゲームの歌って教えてないのかな?
なんて思いながらスイカに見つかるといいねと笑いかけ、茉莉は相変わらず様々なジャンルの曲を歌うものだと記憶を辿る。
全く知らない団子の子守唄や、先日うっかりお酒を飲んだ時に歌った少し前?に飲み会で流行った曲。そして今日はゲームの歌。羽京の他にも茉莉の鼻歌を聞いたことがある者もいるが、タイトルがわからないものや有名どころまで本当にその選曲は様々である。
羽京はほんの少し暇つぶしを兼ねて、彼女の歌を聞いたことがあるメンバーに声をかけていくことにしたのである。
※※
ゲンの場合。
「え、茉莉ちゃんの鼻歌?んー、そうだねぇあるっちゃあるけどタイトルは知らないんだよねぇ。印象深い歌だったんだだけど。ん?どんな歌かって、えーとねぇ『お兄様の仰せのままにー』とか『はい論破Vサイン!はいはいよくできましたww』ってやつで、絶対あれ兄弟喧嘩の歌だよね。声かけたら歌うのやめちゃって歌ってませんが?って顔するの卑怯だと思うんだよねぇ。羽京ちゃんはどう思う?」
「うーん、聞きたいときは黙ってるのが一番だと思うよ僕は」
「あ、羽京ちゃん。その答えは隠れて聞いてるんでしょう?」
「まぁね」
一人目。タイトル不明。
※※
金狼と銀狼の場合。
「茉莉の歌か?」
「あ、僕聞いたことあるよー!『やりきってないからやりきれなーい!』てヤツ!茉莉ちゃんに聞いたら片手をあげてぴょんぴょん跳ねて歌うっていってたよぉ!」
「俺が聞いたのは『はしゃいで騒いで歌っちゃえ。ガミガミおじさん』がどうのと言ってたが、どんな歌なんだ?」
「あー、うん。日本が誇る文化の歌かなぁ?」
「そーなんだ!」
「うむ、また後で聞いてみるとしよう」
二人目、三人目。アニソン。
※※
ニッキーの場合。
「歌?あぁ茉莉のかい。私が聞いたことがある歌といえば……ふふっ。あぁごめんよついつい思い出して。マグマのやつが仕事をサボっていた時に聞いた曲があってね。えーと『恨んでもいい、生き抜くのよ女ならば。かかってこいや喧嘩上等!』ってね!うっかり二人で歌っちまったよ!まさか茉莉が知ってるとは思わなくて……。え、なんで私が知ってたかって?まぁ、クラスメイトに教えられてたからかな。いつもはリリアンばっか聞いてたんだけどねぇ。そういや羽京、あんた歌が上手いって聞いたんだけど、リリアンの曲歌えたりしないの?」
「──歌えなくはない、けどなぁ」
「じゃあ今度歌ってくれよ!」
四人目、有名どころ。
※※
コハクの場合。
「歌か!たくさん聞かせてもらっているぞ!森のクマさんに、さんぽ。赤とんぼだろう?あとは、そうそう『人間っていいな』だな!アレは一体誰から見て歌った歌なのか永遠の謎だと茉莉は言っていたのだが、羽京はどう思う?」
「うーん、そうだなぁ。人と仲良くなりたい動物達、とおもうかな?」
「──なるほど。だがそれでは肉が食えんぞ?」
「そこはひとまずおいて考えようよコハクちゃん……」
五人目、童謡。
その後もいろんな乗り組み員に声をかけて聞いてみたところ、誰しも一度は聞いたことがある事が判明した。状況としては彼女が何かを集中して行なっている時が多く、無意識に歌っていることが判明。石神村の人間はそれをすでにわかっていたからか、茉莉が何かに集中しだすと聞き耳を立てることもあるそうな。
だがしかし、茉莉に聞いていることがバレると何も歌ってませんよ?という顔をして逃げられるまでがデフォらしいく、茉莉の歌が聴きたけりゃ黙ってそばに居る。が正解らしい。
「って感じなんだけど、千空は割と茉莉の歌聞いてるよね?特に夜に」
「あ"?別に歌えっていやぁ歌ってくれんだろ茉莉センセェはよ」
「そんな簡単な話じゃないんだけどね。ちなみに龍水はまだ鼻歌を聞いたことないみたい」
「……そりゃあんだけ存在感ありゃ茉莉も気づくだろ」
「だよねぇ」
とある日の深夜、羽京と千空はそんな会話をしながらフランソワが淹れてくれたカフェオレを口にする。羽京としては千空がどんな歌を聞いたのか知りたいところだが、作業に集中している彼がこれ以上話してくれることはないだろう。
羽京は最後の一滴までカフェオレを飲み干して帽子を深く被り、見張りの交代の時間だと甲板へと向かう。千空はチラリとその姿を確認し、羽京が見えなくなったところで深々と息を漏らした。
「ったく──」
別に、茉莉が歌うことは珍しくはない。泣かない代わりのストレス発散法と言っても過言ではないし、それを止める気も千空にはない。
ただ一ついうならば、誰にでも隠したい秘密はあるということ。
ラボの片隅にある棚の中、そこには百夜の作ったレコードと、ひっそりと存在しているモノ一つ。それは宝島から本土に戻ったさいに茉莉が夜中に歌っていたものを録音したモノでもある。
哀愁を感じ知るその歌は星の点滅を歌い、モールス信号で愛を唄う。歌を歌うのは寂しくて、目を閉じるのは泣きたいからとまるで茉莉の心の一部を表すその歌詞に、思わず目を閉じて聞き入った。
一度目は録音することは叶わなかったが、ちゃんと対面して気に入ったから録音させろといえば彼女は困惑しながらも仕方ないなと歌を紡いでくれた。
別に誰かに聞かせたいわけでもないし、取っておきたいわけでもない。
ただ気に入ったから録音しそばに置いておくだけ。時折り、疲れた時に聞く用の作業BGM。
「あ"ー、当分、隠しとくかぁ」
誰かに聞かせるために作ったモノではないゆえに、千空はそれの存在をひた隠すのであった。