「どいて! 離して! 今しかチャンスはないのよ!?」
「だとしてもそれは駄目に決まってるだろう?!寝てる姿を撮るなんて、プライバシーの侵害じゃないか!」
「でもねニッキー! 今じゃなきゃ、茉莉の写真は撮れないわ!!」
北米コーン街にて、二度目の人類石化から復活を果たした南の手には真新しいカメラが握られていた。日本から持ってきたカメラはペルセウスに残されたままそのまま朽ちて果て、あまりにも南が嘆くものだからとブロディが新しく作業の記録用としてカメラをプレゼントしたものである。
南はそれを握りしめとある方向を指し、これはチャンスよ!と小声で喚いた。
「わ、私だっていけない事だってわかってる! でも、アレは撮った方がいい! 絶対! ニッキーだって可愛いの好きでしょ⁉︎」
「そりゃ、好きだけど……」
「ならいいじゃない! 撮って、私達だけで保管しておけば!」
可愛いものと称されたのは医務室で寝息を立てる茉莉の姿だ。
もとより彼女が写真嫌いなこともあり、今まで一枚も南が手がけた写真はない。大人しく、辺りを警戒せず寝落ちした茉莉の姿を見るのも珍しいことではあったが、それ以前に茉莉を取り巻く環境そのものが可愛らしいことになっていたのだ。故に南はそれを記録に残しておきたかった。茉莉もまた、ちゃんとここに存在していたと、欲をかけばちゃんと可愛い女の子だった記録をと。
「ぬいぐるみを抱えてる茉莉よ? 白菜に囲まれてる茉莉よ⁉︎それを撮らずに何を撮るの!!」
「うっ──」
ルーナが茉莉に白菜を模ったぬいぐるみをプレゼントしたのは皆の記憶に新しく、それを初めて見た時衝撃が走った。
茉莉は何とも感じてなかったようであるが、どこからどう見てもそれは我らがリーダーのトレードマークに近いソレ。そしてソレを抱きしめ顔を埋める茉莉の破壊力やいなや。
千空がいなくて寂しかったととる者。自分達では力不足であったと嘆く者。
さまざまな思考が重なり合い、積み上げられたのはソレより小さな白菜の山。各々が杠を頼り依頼し、中にはあの時戦闘したはずの軍人や絶対にそんなことをしそうにないマグマでさえも彼女にそれを届けた。
受け取った茉莉は何故に白菜と頭に疑問符を浮かべながらもありがたく頂戴し、ルーナの手によってその白菜達はベッドに敷き詰められたのである。
そしてその真ん中でスヤスヤと眠る茉莉を見て、癒され安堵した者がいるのは間違いなかった。ああ見えても不安だったのだろうと、ようやく彼女が自分達と同じ歳の女性だったのだと理解したのである。
「撮りたいの! 駄目?」
「っう──!」
「駄目に決まってるじゃない!」
うっかり流されそうになるニッキーを引き止めたのは、少し怖い顔をしたルーナだ。
ルーナは日本組とは違い茉莉と接した時間は短い。だがそれでも誰よりも茉莉を知った気でもいた。
「こっそり撮られてたって知ったら、もうここで寝てくれなくなるわ! ようやくぬいぐるみのおかげでベッドにきてくれるようになったのよ? それを邪魔しないで!」
「別に邪魔しようとしてるわけじゃっ!」
「それに茉莉が写真を嫌ってるなら、尚更ダメよ! これ以上のストレスは主治医として許せないんだから!」
駄目絶対、と両手をバッテンにしかかげ、ルーナは真っ正面から南に抗議する。
本音を言えばちゃんと睡眠をとっている茉莉を、ここで偉業を成し遂げた茉莉の写真を撮っておいてほしい。でもそれでまたストレスが溜まり幻肢痛が悪化でもしたらたまったものではない。
「見ちゃダメとはいわないわよ、さすがに。でも、あの子の負担はなくしたいの」
「……わかったわ。無理を言ってごめんなさい」
目を伏せたルーナにそう諭されてしまえば、南はもう反論なんてできやしない。撮らないならばこの目に焼き付けておいておこうと、がっつり茉莉のお昼寝タイムを観察した南とニッキーであった。
「──全く、人の気も知らないで」
茉莉に張り付いてはなれない二人を横目に、ルーナは口を尖らせて不満をもらす。
ルーナは茉莉のことが好きだ。
千空を庇い撃たれた時からずっと、そして世界のためにそれを成し遂げたと聞いた今では尊敬もするほどに好きだった。
けれども茉莉はどんなに辛くても悲しくても泣かなくて、その姿にルーナは泣いた。ルーナにとって茉莉は憧れている女の子でありながら、支えたい友人でもあったのだ。
茉莉は復活後すぐ右手がない状態にも関わらず仕事を探して、できることがなければ自分から掃除の仕事を見つけて。
夜は月明かりを頼りに、左手で文字を書く練習をしている姿をルーナは何度か目撃している。ときには脳がキャパを超えたのか鼻血を出していることもあった。何度か止めやしたが、茉莉は止まることをしらないかのように『大丈夫』と繰り返すだけ。そのせいかルーナが最初に覚えた日本語は『大丈夫』であったのは皮肉なことだろう。
無茶ばかりする茉莉に何かできることがないかと考えた結果、出来上がったのがあのぬいぐるみ。南を含めた仲間達が真似することは予測していなかったが、千空を模したそれは大変役に立っている。いつも一人で隠れて休息をとっていた茉莉が、人目があることを気にせずに訪れて寝るほどには気に入ってはいるのだ。その平穏を脅かす存在などルーナは許しはしない。
「──千空は、何を考えているのかしら?」
時折りくる通信で、千空は茉莉について聞くことはない。あれほど心配していたのに薄情ではないかと思いはするが、人類復活がかかっている状況でたった一人だけを特別視できない。とでも言われたらどうしようと聞くに聞けなかった。
「早く、茉莉には元気になってほしいのに」
そう言ってはいけないのはわかっている。だから口に出すことはない。
ルーナはスピスピと寝息を立てる茉莉の姿を眺めながら、いつか本当の笑顔を見せてもらえたらなと願ったのだ。
余談であるがそれから数年後、千空の隣で朗らかに笑う茉莉を眺めてルーナと南はハンカチを噛み締めることなる。
「ズルい、千空だけ!」
「何で写真はNGなのよ‼︎」