石神千空と左藤茉莉が初めて出会ったのは彼らがまだ言葉もままならない時期であった。
早生まれの千空は二歳になったばかりの幼児で、茉莉は後二ヶ月もすれば三歳になる年の冬。
二人は出会ってしまったのである。
「茉莉ちゃん、こっちは息子の千空だ。よろしくな」
「うー?」
左藤家の隣に引っ越してきた百夜であったが、最初から面識があったわけではない。夜中にベランダから聞こえた子供の泣き声にもしやと思い声をかけ、片親として助けを求めたのが始まりであった。
茉莉の親である二人は百夜が千空を預かった経緯を聞くと力になれるのならばと相談に乗り、そして子供同士を遊ばせるようにもなったのである。
もうすぐ三歳になる茉莉は千空より一回り体が大きく、なんとなくだが言葉も通じ始めており百夜が千空の名前を何度も根気強く教えれば『せんく!』と笑って遊びだした。
千空も千空できょとんと首を傾げながらも茉莉と共におもちゃを振り回して遊ぶ。
百夜は左藤夫婦に何度も礼を言い、夫妻も娘にお友達ができて嬉しそうだと百夜に頭を下げて、そこから両家の関係は深まっていったのだ。
「せんく!せんく!」
「なぁに?」
数ヶ月もすれば茉莉はすっかり百夜に懐き、その息子である千空とも仲良くはなった。ニコニコと笑う茉莉とは逆に少し困ったような顔をする千空であったが、茉莉と関わること自体は嫌でないように思われる。
この頃から何事にも興味を示す千空は絵本の虫となり、茉莉も文字が読めないながらも隣でそれを眺めている時間が増えはじめた。
いつしかそれが当たり前の光景になった頃、二人は仲良く保育園へと通い始めたのだが──。
「いやぁぁぁあ!」
盛大に駄々をこねる茉莉を母親が宥め、それを眺める百夜。彼の腕の中には目をキラキラとさせた息子がいて、いつか自分もこんな風に泣かれるのかもしれないと少しばかり恐怖した。が、千空からしてみれば保育園は未知の世界でそりゃもう毎日が楽しくて仕方がない。故に泣いている茉莉の心情なんてわかるわけもなく、無理矢理百夜の腕の中から抜け出すと茉莉の手を引いて保育園へと急がせた。
そうすると茉莉はグズグズしながらも大人しく千空の後に続き、両家の親は顔を見合わせて笑いあうのが日常にもなった。
千空は三歳になる頃にはカタコトながらに言葉を操り、少しばかりのひらがなまで読めるようになっていた。好奇心とは恐ろしいものだと百夜はあらためて感じ、そしてなおその探究心を消さぬように努めていくこととなる。
「ぴぃやぁぁぁああ!せんく!カエル!」
「あっちいったからへいき」
「ひやぁぁあああ!せんく!ころんだぁ!」
「ん、あしあらうぞ」
「うぐっ、ぴーまんきらい」
「──くってやる」
「ぅぎゃぁぁぁぁああ、かみなりぃ!」
「へそかくせばいいって百夜がいってた」
好奇心旺盛の千空はあっという間に茉莉のボギャブラリーを超え、三歳半にして茉莉の兄のような存在へと変わっていった。保育園の先生も当たり前のように二人をセットに扱い、千空もそれを嫌がったりはしない。
それは茉莉が千空の後をついて回るが、邪魔をすることがないからだといえる。
他の子達が遊具で遊んでいる時に千空が本を読んでいるのならば自分も絵本を持って隣に座り、工作をするのならば同じように工作を。他の子や先生が千空に一緒に外で遊ぼうと誘うことがあっても、茉莉は一切それをすることはない。
何故そうしないのかと問われれば、茉莉はたどたどしくこう答えるのだろう。
千空は優しいから、と。
茉莉が怖がっているカエルを何処かにやってくれるのも千空で、転んで泣いていたら先生に伝えてくれる。誰かの泣き叫ぶ声に思わず驚き身をすくめれば手を繋いでくれて、分からないことを聞けば一緒にその答えを探してくれる。
そんな千空が茉莉は大好きであったのだ。
だから千空のそばは心地よく、千空のやりたい事の邪魔はしたくないし同じこともしたくなる。
それが茉莉の心情だったのである。
正直茉莉は人一倍怖がりでよく泣き、親でさえなんでこの子はこんなに泣きやすいんだろうと頭を悩ませたものだ。そんな小心者で泣き虫な茉莉をバカにすることもなく仲良くしてくれる千空の存在は大きく、左藤夫婦も千空を可愛がるのは必然であったのだろう。
故に百夜が忙しければ左藤家に千空は泊まりにくるし、その逆も然り。
百夜は暇な時間ができた時は率先して子供二人を連れ出して出かけることもあった。
「なんで月は俺の後ついてくるんだ?超絶フェイントかけてもそこに百億%いやがる。茉莉、知ってっか?」
「そこに、いる……?ヒッ!すとーかーってやつだ!逃げなきゃコロされちゃう!」
茉莉が六歳、千空が五歳となってもその関係は続き、百夜はある意味好奇心旺盛の二人の会話を眺め、そして焦ってその会話にまざった。まさか子供同士の会話に不穏な単語が入ってくるとは思っていなかった百夜は茉莉と目を合わせるようにしゃがみこみ、そして力強くその考えを否定した。
「茉莉ちゃん、お月さんはストーカーでもなんでもないからね⁉︎何処でそんな言葉覚えたのかな?」
「て、テレビで、やってた。すとーかーさつじんだって。いつもついてくる人が怖いねって、おかーさん言ってた」
「テレビのニュースかぁ……。あー、お月さんは二人が好きだから着いてくんだよ!」
「あァ?そういうのいらねぇから今。科学のマジ話してんだ。んまぁいいわ、茉莉ー、明日はこれ調べんぞー」
「わかった!百夜おじさん、調べたら教えてあげるね!」
「──おぅ、頼むわ」
相変わらず些細なことで驚き泣き出す茉莉の手を千空が引き、茉莉は千空ならば答えを教えてくれると安堵し笑う。
どんなことにも興味を持って調べ尽くす千空と、どんなものにも恐怖を持ち調べて安心する茉莉。
似て非なる思考を持ちながらも二人は相棒の如く仲が良く、もしかしたらこのまま行き着くところまで行くのではと百夜はこの先の未来を楽しみにしていたのであった。
そうそれは、何があっても崩れることのない関係だと信じて。
何が起こってもやり直せると信じて──。
「千空。おまえなら、きっと──」
その願いを未来へと託した。
※※※
「──!──う!千空!」
「──あ"ぁ、なんだ、クロム?」
「なんだって、珍しく起きんのが遅ぇから起こしにきてやったんじゃねぇかよ!」
「そりゃあおありがてぇ」
「──、なんか、いい夢でも見たんかよ?」
「あ"?」
「ビミョーにテンション高ぇ気がすんだよ」
「……ククク、大正解百億点やんよ」
「マジでか!どんな夢見たんだ?教えろよ!」
「あー、もう忘れたわ」
「嘘だろ絶対!」
「どーだろうなぁ。ホラ、仕事すっぞー」
嫌でも泣き顔を思い出すのは積み上げられた過去があるため。
いつでも思い出すのは、懐かしいあの日の笑顔で。
「──超絶、いい夢だったわ」
※※※
オマケ
「茉莉ちゃん、千空の事、好きか?」
「うん!大好きだよ!百夜おじさんもね、大好きだよ!」
「ハハ、どんなとこが好きか聞いてもいいかな?」
「んとね、いつも手ェ繋いでくるし、分からないとこいっぱい教えてくれるの!あと、あとね!茉莉が泣いても怒らないでくれるの!だから大好き!」
「そっかー!」
「うん!」
茉莉ちゃんが思い出してしまう前の話。