惑星クソデカ あるいはウルトラ美少女にしてスーパー技術者、そしてエリート正社員・シーリーの墜落   作:五十貝ボタン

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2,ハイウェーズ

 時は少しさかのぼる。(注:クソデカでは実際に時間が巻き戻ったとされる事象が確認されているが、この場合は単に前のできごとを後から語っているだけだ)

 シーリーはすでに墜落して捕縛されていたが、この時はまだ乱闘は起きていなかった。

 

「ゲロは収まったか?」

 ぐるぐる巻きにしたシーリーをボンネットに転がしながら、ウォルサーが聞いた。

 地平線の向こうから、反対側の地平線まで続く高架道路。片道十六車線の道の上に、四〇万人の盗賊がひしめいている。

 

「五〇キロメートルも落下してすぐ収まるわけないでしょ」

 口の中のすっぱいものを吐きだして、シーリーは大男をにらみ返した。ちなみにリヴァイアサン社の規格ではヤード・ポンド法は駆逐されている。

 

「生意気に空から降ってきやがって。何者だ?」

「あんたらが撃ち落としたんでしょーが!」

 すぐそばには降下艇(ドロップシップ)の残骸が転がっている。シーリーが宇宙船からの降下に使ったものだが、成層圏への突入直後に誘爆(エクスプローシブ)レーザーの直撃を受けて墜落したのだった。

 

「誰であろうと見かけたものは落として奪う。それが俺たち道路賊(ハイウェーズ)だ」

「クソデカにはびこる武装集団(チンピラグループ)か。まさかいきなり撃ってくるなんて。あーっ、もう、いることは分かってたのに!」

「嘆いても事態は変わらない。苦しい過去を見つめるより、澄んだ瞳で未来を見据えるべきだ」

(なにこいつ気持ち悪ッ)

 いきなり格言じみたことを述べる盗賊への嫌悪感はすでに最大(マキシマム)だったが、四〇万人の荒くれ者に囲まれた状態だ。ロープで縛られて身動きも取れない。

 

「名前はシーリー。リヴァイアサン社の上級(シニア)星系技術者(スターシステムエンジニア)

「スターシステムエンジニアってなんだ?」

 見渡す限りの盗賊たちのあいだからひそひそ話が漏れ聞こえてくる。

「惑星ひとつのシステムをまるごと統轄する階級らしいぞ」

「トーカツってなんだ?」

「それは分からん」

 

 手下のひそひそ話(丸聞こえ)をよそに、ウォルサーの尋問は続く。

「大企業のエリートがなんだってクソデカなんかに来たんだ?」

「来たくて来たわけないでしょ、こんなデタラメな星!」

 

 クソデカの直径は地球のおよそ一万倍(・・・)()()()()()()()()()()()が、大気組成や重力は地球とほぼ同一。発見された当時は宇宙科学の根底をゆるがす大発見と騒がれたが、やがて『宇宙論的例外(見なかったことにする)』という見解が定着し、そのまま学会から黙殺同然の扱いを受けている。

 シーリーがひそかに支持しているのは、ベルゼブブ社系の研究者が発表したさる論文だった。クソデカは『物理法則が異なる別の宇宙』から、なにかの間違いでこの宇宙に現れたのではないかという説を唱えていたのだ。その研究者は後に『別の宇宙』の存在を立証するためクソデカを訪れ、火口に飛び込んだという。なぜ火口に飛び込むと別宇宙を立証できるのかは当人にしか分からない。

 

「リヴァイアサン社が各大陸に建設した、環境観測施設があるでしょ」

「『百葉箱(インストゥルメント)』か? あんなもの、大昔の遺跡だ」

「そう、全七〇七カ所の全てが機能停止に陥ってる。八千年前からね。私の仕事はその原因の調査と修理」

 危機的状況にあっても、シーリーはいくらかの余裕を保っていた。なにしろ彼女は星間財閥(インターステラーザイバツ)の正社員であり、原住民(クソデカン)からすれば文字通り雲の上の存在だ。いくらでも利用価値があることぐらいは、いくら盗賊団でもわかるはずだ。

 

(人質にして、リヴァイアサン社に身代金を要求するつもりでしょ、きっと。でもそれには時間がかかる。私の技術力があれば、その時間でなんとかできる)

 と、高をくくっていたのだ。

 

「八千年間も保留されてたプロジェクトが回ってくるなんて、何かヘマをしたな?」

 ウォルサーは他の連中と比べ、頭が回るようだ。リーダーになるのにはそれなりの理由があるということだろう。

「断じて私のせいじゃない。私の作ったデータを勝手に変更したやつがいて、そのせいで」

改竄(かいざん)されたのか?」

「もっとひどい」

「というと」

 シーリーは憎悪を込めて叫んだ。

「セルを結合されたの! しかも中央揃えで!」

 怒りで頭がいっぱいになった。怒りは縛られている現状よりも、その原因であるセル結合のほうに向いていた。

 

「セル結合って?」と、ひそひそ声。

表計算(エクセル)の話だよ。なんでも、美観のために構造を破壊する行為らしいぜ」

「気を利かせたつもりでデータを台無しにしやがってぇーーーー!」

 火を吐くような表情でシーリーが叫んでいる。あまりの熱気にメガネが曇りつつあった。

 

「落ち着けよ」

 あまりの剣幕にウォルサーがなだめる側にまわっている。

「ようするに、権力闘争に負けて島流しにされたわけだ。落ちこぼれの仲間入りだな」

 テキトーな名目で、星間財閥の社員がクソデカに左遷されることは珍しくない。シーリーは知らなかったが、第四の人種、すなわち拓落失路(まけいぬ)がいたわけだ。

「けど、その頭脳なら高く売れる」

(やっぱりね)

 シーリーの予想は当たっていた。ウォルサーは金に替えるつもりだ。ただしリヴァイアサン社に身代金を要求するのではなく、クソデカのなかで取引をするつもりらしい。

 

「それとも、一生俺たちの故障車を修理させるか?」

 ニヤつきながら、盗賊が縛られた少女を覗き込んだ。

「ペッ」

 シーリーはツバを吐いた。あわだった唾液がウォルサーの頬にべちゃっと張り付く。まだ少し胃液が混じっていたかもしれない。

「整備士資格ぐらい自分で取れ」

「いい度胸してるじゃねえか」

 掌で頬を拭う盗賊の顔には、怒りの余り青筋が浮かんでいた。

 

「おかしら! ヤっちまいますか、この女!」

「やめろ! 傷がつくと価値が下がる! だいいちそういうアレじゃないだろ! ちんちくりんだぞ!」

「誰がちんちくりんだ!」

 ボンネットの上で芋虫のように暴れるシーリーを押さえつけながら、ウォルサーが指を鳴らした。

 

「ビショップ!」

「はい、ここにいます」

 ボロ布をマントのように着込んだ男が進み出てきた。僧正(ビショップ)という名前なのか、それとも盗賊団のなかでそう呼ばれる役職についているのだろう。

「スターエンジニアってのは、売り飛ばしたらいくらになる?」

「相場だと一億エンバンというところです」

 エンバンというのはクソデカで流通している貨幣単位だ。かつて円盤の売り上げ枚数で覇権を競ったことに由来するらしいが、なぜ円盤を売り買いしていたのかは誰も知らない。

 

「四〇万人で山分けしたらひとり……いくらだ?」

「二五〇エンバンです」

「ジュース二本も買えねえじゃねえか」

「人数が多いからでしょ」

人財(ジンザイ)は黙ってろ」

「しかし……」

 ビショップが額のあたりを輝かせた。そこにライトが仕込んであるのだ。

 

「メガネっ娘なら一億二千万です」

「どういう価値観してんのよ、この星の人身売買は」

「それに……そばかすもあります! 相乗効果(シナジー)で二億にはなりますよ」

 高架道路を埋め尽くす盗賊達から、わっと歓声があがった。

「そ、そうか! メガネ・そばかす・発明家……これだけそろえばかなりのコンボだ!」

発明家(インベンター)じゃなくて技術者(エンジニア)なんだけど」

「同じようなものだ!」

 ウォルサーもビショップも、すっかりシーリーを無視して盛り上がっている。

 

「もっと……もっと何かないのか? おい、関西弁になれ」

「なんでやねーん」

「おお! 三億……いや、五億は稼げますよ!」

 どういう根拠で言っているのか分からないが、ビショップの見積もりに盗賊達は大いに沸いた。

 

「メガネ最高! そばかす最高!」

「服装もそれっぽく白衣に着替えさせたらどうだろう?」

「いや、ツナギだろ? その下はランニングシャツで……」

「三つ編みにしたらどうだろう?」

「どんな時でもポニテが至高だぽに」

 盗賊達は口々に嗜好を叫び合う。そんなことで価格が上下するものなのか。

 

「人のことをなんだと思ってんの」

 捕縛された手前、口を挟むことはできない。相変わらず縛られたまま、シーリーは言いたい放題言われていた。

(でも、金を払う連中がいるなら、こいつらよりはまともな組織のはず。今はとにかく、この排気ガスくさい場所から離れたい)

 

「とにかくヘビーフットの車に運んじまおう。髪型や衣装は『プロミス』のところに連れてくまでに考えればいいさ」

「まあ、私はメガネはないほうがいいと思いますけどね」

 パァン!

 ビショップの頭が弾け飛んだ。

 

「えっ!?」

 驚きのあまり、シーリーはボンネットから転げ落ちた。顔から道路に落下し、メガネにヒビが入る。

 

幹線道(かんせんどう)大原則、ひとぉーつ……」

 仲間の頭を撃ち抜いたウォルサーは、ビショップを殺した拳銃を構えたままつぶやいた。

「メガネっ娘のメガネをはずしてはならない」

 空気が一気に冷え込んだ。だが、盗賊たちのなかから、ウォルサーに立ち向かうものがあらわれた。

「よくもビショップを! あいつは馬屋が好きだったのに!」

 

「うるせえ!」

 パンパンパン! パンパンパン! パンパンパンパンパンパンパン!

 十人の反逆者に向けて、ウォルサーは十三回引き金を引いた。射撃の腕は見事なもので、すべての弾がひとりずつの頭を打ち抜いていた。巻き添えで三人死んだことになるが、盗賊たちは引き算が苦手なので誰も気にしなかった。

 

「ウォルサー、よくも!」

「だいたい前からてめえは気に入らなかったんだ!」

「ヨソから来たくせに偉そうに仕切りやがって!」

 だが、ならず者は計算はできなくとも情には厚い。死んだ十三人と仲のよかったものがさらに反抗心を燃やして銃を抜いた。その百人あまりを、ウォルサーと彼の側近がまた殺した。するとまた百人と友達だった盗賊が暴れ出し……

 こうして乱闘がはじまった。

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