惑星クソデカ あるいはウルトラ美少女にしてスーパー技術者、そしてエリート正社員・シーリーの墜落   作:五十貝ボタン

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5,百葉箱

 街についてからの顛末は、ひと言で語りきることはできない。

 

 自動車整備ができる施設を脅してトレーラーを整備した。ヘビーフットの生命を支える操縦席の複雑な機構にシーリーは舌を巻いたが、ちょっとした改良を施して車内のにおいが少しはマシになるように改善した。

 

 その整備場に襲撃があった。どこで情報が漏れたのやら、クソデカに君臨する闇の組織、『プロミス』の構成員がシーリーを追ってきたのだ。五億エンバンの商材に、彼らは食いついた。『ナンバー12(トゥエルブ)』と名乗るエージェントは執拗にシーリーを追跡し、これに怒りを覚えたシーリーはナンバー12の身柄を拘束、脳神経を通じて組織のネットワークにクラッキングを仕掛け、『プロミス』の構成員全員の頭蓋を爆発させた。威風堂々たる勝利である。

 

 感染型幹線道路は大企業病だ。大陸と大陸の主要な土地を繋ぐ道路が工事なしで作られていく。だがルーカサイトはこの道路を食い尽くしてしまう。百葉箱への道はこれによってすでに失われていたため、再度発症させる必要があった。シーリーはこの大陸の道路を復活させるため、道素神(どうそしん)と呼ばれる存在を召喚した。マイクロワームホルを通じて現れた神はこの地に疫病をもたらし、再び幹線道路を発症させた。

 

 百葉箱の周囲には野生化したリヴァイアサンロボットが群生していた。だが、これは大した問題にはならなかった。シーリーにとっては旧型のマシーンであり、クラッキングを仕掛けることは造作もなかった。シーリーはプログラムを改造して水中専用に書き換えた。陸上では呼吸ができないことに絶望したロボットたちは自らシャットダウンした。もともと呼吸をしていなかったことには気づかなかったらしい。

 

 こうして、シーリーは目的地である、第一の『百葉箱』へ辿り着いたのだった。

 

 

 

 

 リヴァイアサン社の惑星環境観測設備、通称『百葉箱(インストゥルメント)』は、白い、大きな立方体に似た見た目をしている。見た目は大理石によく似ているが、半永久的に腐食されない特殊素材、『ヤワラカクナイ』で作られている。

 大陸の情報を様々な感知器(センサー)で読み取り、定期的にその情報を送信する仕組みである。

 

「ようやく……ようやく辿り着いた!」

 ここまでの苦労を思うと、シーリーの目に涙がにじんだ。

 くもったメガネを拭って、しみじみと白い表面を撫でた。

 

『でも、八千年間誰も入れなかった施設だぜ。どうやって入るんだ?」

 ここまでの旅をともにしてきたヘビーフットも、トレーラーの中から百葉箱を見上げていた。

「私は正社員なんだから、これぐらい余裕だって」

 シーリーが懐から取りだしたのは……リヴァイアサン社の社員証だ!

 ピッ、という読み取り音のあと、建物のなめらかな表面に切れ目が浮かび、左右にスライドして扉が開いた。

 

「機能は死んでないみたいね」

 八千年間こもり続けてきた空気はなぜかスモークを炊いたように白く濁っていた。もうもうと立ちこめる煙が外に漏れ出す。シーリーはその煙が消えるまでじっと見守っていた。

 やがて、煙が晴れていくと、そこには……

 何もなかった。

 

「これは……」

 広大な立方体の、向かいの壁が見えていた。入口から反対側の壁まで、遮るものは何もない。

『百葉箱ってのは、空虚(がらんどう)なのか?』

「そんなわけない。中はセンサーごとの区画が詰まってるはず。それぞれが複雑な影響を与え合って機能する設計なんだから」

 そこまで言って、シーリーははっと目を見開いた。

 

「そうか。わかった。百葉箱が機能を停止した理由」

 怒りに拳が震えていた。

「MBCだ」

『MBC?』

「空間が発症する大企業病、空白結合区画(マージブランクセル)だ!」

 怒りのあまりシーリーは施設内に踏み込んだ。本来なら存在するはずの区画が消滅している。

 

「本来ならセンサーや通信装置があるはずの区画(セル)を、通路が結合して上書きしてるんだ。なんてこった(オーマイキャピタル)!」

 何もない施設の中心でシーリーは立ち止まった。そして、特殊なプログラムを走らせて、メガネに重力の屈折を感知させた。結合された空間のひずみは重力場を変化させるのである。

 空間のひずみは一点に集約されていた。シーリーはそこへツバを吐いた。

 

「ここまできて、セル結合の相手とはね」

 空間と空間の間のわずかな隙間にナノマシンをすべりこませ、結合を解除。何もなかった空間に、とつぜん機械と配線だらけの区画が現れた。

 中央管理室(コントロールルーム)だ。

 

「他の区画も取り戻さないと。ああもう、インタフェースが古いったらない」

 キーボードを操作して、施設全体の様子を確かめる。結合が解除できるところから手当たり次第に解除する。だが、妨害システム(ファイアウォール)が起動し、シーリーの操作を拒絶しようとする。

「古すぎて私のIDが通用しないのか。外部と途絶してるせいで。ったく、強引に突破するしかない」

 いくつもの表示装置(ディスプレイ)に表示される情報を頭の中で統合し、ファイアウォールが閉じきる前に接続を確保する。財閥謹製のシステムは八千年前のものでも強力で、突破してもすぐにまたシステムから弾きだそうとしてくる。

 

「大昔のセキュリティに負けるかぁ!」

 一方だけでは間に合わない。二つの入力装置を並べて、左手で改修、右手で突破の操作。左右の手が別々の目的のために動き、複雑なコマンドを入力していく。同時に二つの処理を並行して行う技術は、限られた時間内に最高のパフォーマンスを発揮するために身につけたものだ。

 ぐるぐると目玉はディスプレイの間を行き来する。表示される情報のすべてを読み取る時間はない。単語の断片から全体を想像し、すぐさま対応する。

 微細なコードまで理解していては反応が遅すぎる。ましてや二つ、同時に行わなければいけないのだ。

 

 シーリーが空間をさえぎる重力波に干渉するたび、ひとつの区画が現れる。結合された空白が本来の機能を取り戻していく。

 積み木崩しを逆再生しているみたいだった。結合された区画がひとつ現れるたび、シーリーがいる中央演算室も施設のなかを動き回っていた。右に、左に、時には上下に。すべての機能を通路に上書きされてしまったこの巨大装置に、シーリーは哀れみを感じていた。

 

 どういうわけか、結合を解除するたびにファイアウォールは厚さを増し、苛烈にシーリーを排除しようとしてくる。このままでは、結合を解除しきる前に接続を切られてしまう。

「欠陥を正されたら困るとでも言いたげに!」

 左右の手だけでは入力が追いつかない。シーリーはその場でタップダンスを踊るように足で床を叩いた。接地位置と角度で入力しているのだ。その動作で入力のサポートを行うプログラムを組み上げていく。

 

(熱でぼーっとしてきた)

 汗だくになり、頭から湯気が立ちのぼる。手足の運動よりもさらに大量のエネルギーを脳が使っているのだ。

 

 はじまりはこの脳だった。

 シーリーの脳の処理能力は群を抜いていた。天才だけが集められたリヴァイアサン社の最高学府でも、さらに飛び抜けていた。立て続けに革新的なプログラムを作った。目玉が飛び出すほどの報酬と引き換えに正社員となり、生活時間のほぼ全てを業務改善と新規プログラムの開発に捧げた。

 宇宙船の広汎な高度処理を実現するプログラムにより、乗員がひとりいれば恒星間航行が可能になった。そして、彼女自身がその実証者のひとりになった。

 

(しっかりしろ。今はこれを解かなきゃ)

 あまりに過酷な処理を脳に強いたせいで、過去の記憶と現在の風景が入り交じっている。

「経験もないくせに、調子に乗って」

 後ろから誰かの声が聞こえた。記憶の中の声だ。上級(シニア)星系技術者《スターエンジニア》に抜擢された時、さらに上積みされた報酬と引き換えにどれだけの恨みを買ったのだろう。

 

「君が改修したプログラムも、誰かの仕事だったんだ。それを無為にして」

「他の星のことをデータでしかわかってないんだろ? 旅行なんて行く暇なかったもんな」

「お化粧したら?」

 次々に過去の記憶が脳裏によぎる。止まりそうになる手を必死に動かし続けた。

 

 セキュリティが、シーリーのアクセスを拒絶しようとする。

 進もうとする足を掴まれたかのように、操作が停止した。

 シーリーはたった一呼吸分、動きを止めた。

「私なら……できる!」

 サポートブログラムをセキュリティに押しつけて、ほんのわずかなアクセス権限から再び侵入する。今まで組んだプログラムの大半が無駄になった。

(でも、これで! まだ終わりじゃない!)

 

 妨害。侵入(ハック)。妨害。侵入。妨害。侵入。侵入。侵入。

 侵入!

 

「余計なことを思い出してる容量(メモリ)があるなら、もっと速くできるはずでしょ!」

 メガネのレンズにサポートの実行コマンドを表示させ、視界も二重にする。視界を現在でいっぱいにする。過去の記憶が遠くへ消え去り、変わりにすべての作業を統合する冷静さが生まれてきた。

 一般的な技術者の十倍の速度の入力を三つ。それをさらに監督。効率(パフォーマンス)は飛躍的に高まった。

 四重(クアッドプル)思考ぐらいできなければ、スターシステムエンジニアは務まらない。

 接続、解除、セキュリティからの防御。自動化できる部分はサポートに回す。

 

 ついに、セキュリティの処理速度はシーリーに追いつけなくなった。いまや、彼女の足を掴もうとしていた見えない手はその影にも触れることができない。

 いまや、彼女は百葉箱のシステムを完全に解析していた。今まで触れたことがない機器のはたらきを新たに学ぶことさえできた。結合された中でも、センサーは働き続け、この大陸の八千年の歴史を蓄積し続けていることが分かった。

(やってきたことを、ムダにさせてたまるか)

 

 ひとつ、またひとつと区画が結合から解き放たれていく。

 はじめは万を超える区画が、すべて通路と結合していた。さいしょの千区画を解放するまでに四時間かかった。その次の千区画には、六時間。

 だが、シーリーはシステムを掌握してからはあっという間だった。

 結合区画が五千を下回る頃には、もはや彼女は見ているだけでよかった。

 最後の千区画を解放するのにかかった時間は、1秒にも満たなかった。

 

 リヴァイアサン社のセキュリティとシーリーの格闘は、十二時間に及んだ。本来なら高温に耐えきれず脳が熱変性を起こすはずだが、シーリーの体に仕組まれたナノマシンがそれを防いでいた。

 

「滅びろ、セル結合!」

 MBCを引き起こす原因を特定し、修正(アップデート)するコマンドを実行すると同時に、シーリーは背中から床に倒れこんだ。管理室には熱がこもっていたが、八時間前に結合解除された冷却装置がはたらいていた。おかげでシーリーの血液はまだ沸騰していなかった。

 百葉箱全体が微振動とともにうなりを挙げる。機能が取り戻されたのだ。

 

『やったのか!』

 ヘビーフットの通信に答える余裕もない。意識が混濁していくなかでシーリーが考えたのは、帰社のことだけだった。

(これをあと七〇六回繰り返して、軌道上の宇宙船に戻る。そうすれば、私はエリートに戻れるんだ)

 汗だくの体がもどかしい。空調が正常に働ければ、そのうち冷却されるはずだ。

 

『たいしたやつだ。八千年、止まっていた時間を動かしたのか』

 ヘビーフットはトレーラーの中から百葉箱を見ていた。

 白い施設全体が、光を放っていた。八千年にわたって保留されていた情報送信が、いままさに回復したのだ。

 白い施設の天井部がパカッと開き、レーザーアンテナが現れた。それは真上へ向いて、宇宙の彼方のどこかにある受信機へ向けて、大量の観測データを発信した。

 八千年分の情報は極太の光線(ビーム)となってまっすぐに立ちのぼっていった。

 

『そういえば』

 ヘビーフットはふとつぶやいた。

『シーリーのやつ、宇宙船が位置を追跡してるって言ってたな』

 この時……シーリーにとっては不運なことに、まさに彼女の宇宙船(シップ)は衛星軌道上で彼女の真上にあった。つまり、百葉箱の真上である。

 通常の八千倍の出力で送信された観測情報が宇宙船を貫いた。光線は燃料タンクを直撃し、誘爆を引き起こした。

 

 宇宙船の大爆発は、はるか大陸の端からも観測できたという。

 

 

 

 

 回復したシーリーは悲嘆に暮れていた。

「宇宙船までなくなったら、どうやって帰れば……」

 空の彼方を見上げる。三つの恒星がすべて大地を照らしていた。

 

『技術者なんだろ? 作ればいいじゃねえか』

「宇宙船は機密と特許の集合体なの。勝手に作ったら、どれだけの契約違反金と特許料を請求されるか!」

『そういう問題なのか?』

「帰ってエリート街道(コース)に乗らなきゃいけないのに。なんとか合法的にリヴァイアサン社に迎えに来させないと」

 爪を噛みながらつぶやく。運命というものがあるのなら、ツバを何度吐きかけても足りない気分だった。

 

『まだ仕事が残ってるんだろ? クソデカ流なら、残りをやりながら考える』

「計画なしで実行なんてやったことない」

『慣れることだな』

「あーもう! やってやる、クソデカ流で!」

 トレーラーの荷台に乗り込み、一路、次の大陸を目指す。残る百葉箱は七〇六カ所だ。

 

「その前に汗を流せるところに行きたい。新しい服も買わなきゃいけないし」

『なあ、いつの間にか俺のことを自由に使えるアシだと思ってるみたいだけど、働いたぶんの見返りはあるのか?』

 ヘビーフットの問いに、シーリーは積み荷のひとつを開けた。凶悪に黒光りする機関銃が入っている。

「答えを聞きたい?」

『発進するから物騒なものはしまってくれ』

 トレーラーが走り出す。長い長い旅路のはじまりだ。

 

 シーリーは墜落(ついらく)した。今や、彼女は全てを失ったが、ひきかえにひとつの教訓を得ていた。

 暴力は力だということである。

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