葉を叩く雨の音や、蒼井達の声が、遠く感じる
自分の声すらも、他人事のようだ
自分の心音と、荒い呼吸だけが、妙に耳に響く
雨が鬱陶しい
右へ跳び、撃つ。
足が滑り、予想以上に、右へ逸れる。
本当に鬱陶しい
柊木が何か叫んでいるが、頭が理解してくれない
踏ん張らず、そのまま身体を滑らす。
自分が留まろうとした場所を、大口を開けたドールが通り過ぎていく。
ドールは、先にあった木に齧り付いている。
樋口が援護しつつ、柊木が斬り込む。
自分が、何か叫んだ
多分、「避けろ!」だと思う
紅い高出力のエネルギーが、放たれる。
あれは、ヤバい
大きくはないが、レッドクリムゾン並みの高出力だ
柊木は、無事だろうか?
良かった
蒼井が逸らしてくれたようだ
ほんの少しだけ隙が見え、ビャッコが爪を振る。
振る。
振る。
振る。
…
ビャッコのセラフが、輝く。
デフレクタを攻撃力に変換し、渾身の一撃を振るう。
が、効いてないようだ。
やっぱり、あの時、退くべきだったんだな
ビャッコが跳ぶ。
あの頃の自分達なら、すぐに退いていただろう
退き易いよう、援護する。
最初の頃は、よくしくじって逃げたしな
段々、分かるようになってきた
死相ってのかな?
今なら殺れる、とか、まだ殺れない、とか
ああ、クソ
外した
それが分かってきて、成功率も上がったんだよな
ちょこまか動きやがって
ホッパーみてぇだな
跳ぶ。
撃つ。
勘、鈍ったか?
…違うな
撃つ。
撃つ。
すももは、着いたかな?
斬る。
払う。
撃つ。
撃つ。
薙ぐ。
すももには悪いが、違うんだよな
まあ、あいつも、そう思ってたんだろうが
本当は、蒼井、逃がしたかったんだよな
でもなぁ
はっきり言われたしな
跳ぶ。
「一番、デフレクタが残ってますから」って
逆らえなかったな
本当、言うようになったよ
…うん
成長したよ
流石、あたしらの隊長だ
打つ。
撃つ。
その後も、良かったぜ
ああ、すももは、聞けてなかったな
撃。
何て言ったと思う?
斬。
払。
「みんなで、生きて帰りましょう」だぜ?
あの蒼井がだぜ?
本当に、隊長になったなって思ったよ
跳。
避。
打。
でもよ
噛。
撃。
跳。
跳。
ヤバいんだよな
払。
コイツには、見えねえのによ
撃。
払。
避。
斬。
全員の顔によ
跳。
斬。
斬。
払。
撃。
撃。
撃。
斬。
打。
噛。
…見えちまってんだよ
光。
最初から分かっていた。
普通のキャンサーでは、ないと。
最初に気付いたのは、ビャッコだった。
気配のする方を睨み、今まで見たことないような、最大限の威嚇。
濡れているのは、雨のせいだと思いたかった。
寒さを感じるのは、雨のせいだと思いたかった。
しかし、確実に違う要因だと分かっていた。
それが近付くにつれ、嫌な汗が噴き出し、ねっとりと寒気が絡み付く。
退くべきだと分かっていても、足が泥と一体化したように動かなかった。
ゆっくり、ゆっくりと近付くそれに、神経を磨り減らされた。
万年にも感じる数瞬が終わり、それが草むらから姿を現した。
それは、ドールだった。
何の変哲もないドール。
その姿を見て、ほんの少しだけ気を緩めた。
その瞬間、ドールは襲い掛かり、いちごと樋口とビャッコのデフレクタの半分以上が、消費された。
蒼井は、恐怖した。
その攻撃力の高さにではなく、そのドールは、大きな口を開け、デフレクタを喰ったように見えた。
明らかに、今まで相手にしたことのない相手。
ドールは、追撃しようと、俊敏に左右に跳びながら近付いてきた。
その動きは、ドール種のそれではなく、ホッパー種の動きだ。
蒼井は、セラフを飛ばし、ドールを弾き飛ばす。
セラフが戻る反動は、いつもよりも強く感じた。
質量の差で何とか弾き飛ばしたものの、相当に硬い。
すぐに、すももに指示を出した。
逃げろ、と。
出来れば、自分だけが残りたかったが、恐らく、全員が反対するのが分かっていた。
それに、自分と同じ思いは、させたくなかった。
全員が全員、後悔するだろう。
ふとした瞬間に、今日、この日を思い出し、自分を責める。
誰かが手を差し伸べても、その手を拒否してしまう。
自分の殻に閉じ籠り、遮断してしまう。
何気ないことでも、他人と距離を置いてしまう。
そうやって、自分は、どれ程の時間を無駄にしたことか。
だから、みんなには、そんな思いをさせたくない。
もちろん、すももにも。
「みんなで、生きて帰りましょう!」
そう、強く笑った。
自分を、立ち上がらせてくれた彼女の様に。
「だな」
「ヴァウウ」
「当たり前だ。研究したいことは、山程ある」
「大丈夫です。生きてなくても、ちゃんと帰れますから」
「バーカ。『生きて』帰るんだよ。隊長命令だろ」
そうやって、みんなで笑った。
気のせいかも知れないが、ほんの少し力が湧いた。
「来るぞ!」
近付いてくる気配がする。
すぐに、蒼井がセラフを掲げた。
「蒼井は、ここです!」
セラフが、強く蒼く光った。
誘われるように、大口を開け、ドールが跳んでくる。
「今です!」
咆哮と共に、ビャッコが突っ込み、ドールを突き飛ばす。
飛ばされたドールを、いちごと樋口が、銃撃する。
着地しようとしたドールを、柊木が斬り付ける。
柊木に反撃しようとすると、蒼井のセラフがまた光り、ドールを誘い込む。
31Bの基本戦略だが、段々と、自分達が押されていった。
雨に視界を遮られ、濡れた服は動きを鈍らせ、ぬかるんだ土は足元から体力を奪っていき、雨水が体温を下げていく。
常よりも、疲労の蓄積度は高い。
しかし、違和感があった。
ドールとの戦力差が、予想より大きくなっていた。
未知の生物とはいえ、体力に限界がある筈である。
しかし、ドールの動きは俊敏さを増し、攻撃は重くなり、手応えは硬くなっているように感じた。
限界を超え、なんとか気持ちで動いている蒼井達と、力の差が増していくスピードが異常だった。
まさか…
蒼井が、何かに気付いた瞬間、紅い光が見えた。
咄嗟に前に出、セラフを展開させる。
高エネルギーが放出され、セラフで受け止める。
セラフ単体では持たず、デフレクタをセラフに注ぐ。
残り少ないデフレクタは、すぐに枯渇する。
それでも、放出はやまない。
「…まだ…まだです!」
「やめろ!蒼井!」
口の中に、鉄の味が広がる。
気付かないうちに、鼻血が出ていたようだ。
頭の血管が、切れそうになる。
血液が沸騰し、全身から噴き出しそうだ。
寒いはずなのに、ものすごく熱い。
なのに、震えが止まらない。
心臓がうるさい。
自分の鼓動しか聞こえない。
「もういい!やめろ!」
誰かが叫んでいる。
大丈夫。
みなさんは、あたしが守りますから。
だから、いちごさん。
安心してください。
もう、泣かないでください。
死んでも、絶対に守りますから。
だから。
先に、謝っておきます。
みんなで帰るって、約束したのに。
帰ったらキャッチボールするって、約束したのに。
みんなで、お風呂入るって、約束したのに。
約束、守れなくて、ごめんなさい。
だけど。
絶対に、みなさんの事は。
守ります。
「蒼井ーーーーーーーーーーーー!」
次の瞬間、銃撃が鳴り、ドールが噴き飛ばされる。
それと共に、エネルギーの放出が止む。
とっくに限界を超えていた蒼井が、倒れそうになる。
「蒼…」
いちごが近付く前に、スーツ姿の人影に、優しく抱き抱えられている。
「彼~女。何してんの?」
「…る…か…さん」
蒼井は、力強い笑顔に、微笑みを返す。
「自分の手柄みてえに、登場すんな。撃ったのは、あたしと東城だからな」
「ええとこ取りか!」
「ひぃーひゃひゃひゃ!殺っちゃう、殺っちゃう、殺らせてぇー」
「ひぃ!」
「ぜぇ、ぜぇ…みなさん、歩くの速いです…」
「おタマさん、疲れてるとこ悪いんだけど、アレ、頼むよ」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…ふう…では、みなさん!秘伝の濃厚ヒール、ご堪能ください!!」
國見がセラフを地面に突き刺すと、セラフを中心に、暖かく輝く。
デフレクタが回復し、身体が軽くなる。
「おお」
いちご達が、感嘆の声を上げる。
「話しには聞いてたが、コイツ凄えな」
「「えっへん」」
「いや、なんで、オメーまでドヤ顔なんだよ。凄いのは、國見だろ」
「てへぺりんこ」
「やってねえで、蒼井の心配しろ」
「そうだ!蒼井は!」
蒼井は、月歌の腕の中で、静かに寝息を立てている。
いちごは、ほっと胸を撫で下ろす。
デフレクタが回復し、身体補助機能も復活したようだ。
ぎりぎりの所で、間に合った。
「良かった…」
「いちご、蒼井のこと頼んだ。念のため、おタマさんもよろしく」
「待て、茅森!そんな事したら、五人になっちまうぞ!あたしらはいいから、六人でやれ!」
「大丈夫だって。いっちーもいるから、ちゃんと六人編成だって」
確かに、色々と急展開過ぎて気付いてなかったが、黒いスーツの中に、一人、純白のウエディングドレスがいる。
「そうか、なら頼…ウエディングドレスー!」
「どうしたんだよ、急に大声出して」
「いやいや、ウエディングドレスって何だよ!ていうか、今気付いたが、おめえらもスーツじゃねえか!そんなんで、戦えんのかよ!」
「そんな騒がなくたって、大丈夫だよ。マリーのお墨付きだぜ?」
「いやいやいやいや!なんだよ、その佐月への信頼度!」
「ちゃあんと、トランスポート使えたんだから、大丈夫だって」
「それを先に言え!…てか、え?デフレクタ発生すんの?マジ?いいな、それ。あたしも欲しいなあ」
「うーん…その辺は、運営さん次第だしなあ」
「何だよ、運営って。そいつらに頼めばいいのか?」
「あとは、ユーザーさん達かな?」
「おい、月歌。何の話ししてんだよ。そろそろ来るぞ」
「オッケー、ユッキー。じゃ、いちご、また後で」
「よおし!帰ったら、そいつらに直談判してやる!茅森!おめえも、付き合えよ!」
「…一体、何の話ししてんだよ」
「おとなのじじょーってヤツ?」
「何だよ、それ…。まあ、気い抜くんじゃねえぞ」
「分かってるさ。さあ、戦闘開始ィ!」
本日、7時前に部屋を出て、10分後にもう1枚着て出れば良かったと後悔した夢枕悪です。
自分の住んでる地域は、日中の日差しがキツいので、いつも服装に迷います。
やっとバトルも始まって、出てきたキャンサーの力も少しずつ分かってきました。
貧弱発想の筆者なので、某錬金術マンガの綴命の錬金術師ようなことは言いません。(言ってみたいけど)
梅雨時期の話を、いつまで引っ張んねんと、思われるかも知れませんが、もう少しお付き合いください。
それでは、皆様、風邪をひかないよう、暖かいオデンや鍋をつつきながら、ビールと共に楽しんで頂ければ幸いです。