速い。
恐ろしく、速い。
しかも、重い。
凶風が、頬を掠める。
じくじくと、背中を虫が這い回る。
雨とは別に、嫌な汗で濡れているのが分かる。
粘着性を持ったその汗は、濡れた服とは別に、動きを鈍らせ、雨とは別に、視界を狭め、泥とは別に、足元を滑らせる。
このドールは、一体、何物なのか。
いや、ナニモノなのか。
今までのキャンサーとは、全くの別物のように感じる。
背後に回られた。
凶風が、来る。
ダメだ。
当たる。
ユッキーの援護。
助かる。
ほんの少しだが、軌道がずれる。
服が、纏わりつく。
服に邪魔されながらも、何とか上体を反らし、凶風を躱す。
ユッキーに感謝だ。
通り過ぎたドールに、めぐみんが一撃を入れる。
余りの硬さに、セラフが弾かれる。
ドールは、大口を開けて、めぐみんを襲う。
すかさず、いっちーのセラフが光り、ドールを誘い込む。
標的をいっちーに向けたドールの背後に、カレンちゃんが斬り込む。
当たった筈だが、ドールはそのままの勢いで、いっちーに突っ込む。
いっちーの顔が、歪む。
先程のスキルで、セラフの耐久性も上がる筈だが、それでも効くようだ。
カレンちゃんに続き、自分も斬り込む。
まるで、大型のキャンサーを相手にしているようだ。
左へ避け、迎撃の体勢を整える。
そういえば。
ドールが、飛び込んでくる。
自分も、ドールへと突っ込む。
ななみんが、言ってたっけ?
下手すれば、大型並の強さって。
ドールの下へ滑り込みながら、一撃を加える。
的が小さいし。
後ろへ、跳ぶ。
硬いし。
斬る。
重いし。
払う。
厄介だな。
つかさっちの援護。
お風呂、入りたい。
カレンちゃんの一撃。
こいつ、強いな。
いっちーの受け。
あ、いい詞出来そう。
斬る。
なんで、余計なこと考えてんだろ。
跳ぶ。
跳ぶ。
ユッキー援護。
あの実、食えるかな。
めぐみん払う。
あ、バッタ。
斬る。
腹、空ったな。
跳ぶ。
斬る。
受ける。
め払。
ユ援。
つ援。
斬。
疲れた。
跳。
殴。
蒼井。
跳。
大丈夫かな。
払。
援。
跳。
襲。
なんか。
撃。
寒いのに。
突。
誘。
受。
熱いな。
撃。
打。
…
…
…
やべ。
雨音がしている筈なのに、全く聞こえない。
自分の鼓動だけが、頭の中で鳴り響く。
どれだけ息を吸っても、酸素が行き渡らない。
声を出そうにも、肺がそれを許してくれない。
連携も何も、あったものではない。
ただ漫然と、個々に攻撃しているだけである。
じわじわと、体力を削られていく。
反面、ドールは、憎らしい程に元気に動き回っている。
討伐しようにも硬く、逃げようにも敏捷く、時間を稼ごうにも重い。
あと、どの位もつだろうか?
救援は、まだだろうか?
デフレクタの残量は?
本当に救援は、来るのか?
解析は、進んでいるのか?
もしかして、撤退したのか?
見捨てられた?
悲観的な思いが、頭を満たす。
踏み入れてしまった、底無し沼。
爪先からゆっくりと沈み、一人では抜け出せなくなり、足掻けば更に沈み、差し出された手を掴めば、相手も一緒に沈んでいく。
何もかもを飲み込む底無し沼が、大口を開けて目の前に迫る。
(やべ)
「二以奈の美しさの如く!」
月歌の背面から、数発の火の玉が飛ぶ。
火の玉は、口の中に命中し、勢いをそのまま、吹き飛ばされる。
「助かったよ、いっちー」
「…かりしてください」
「え?」
「しっかりしてください!」
「いっちー」
強い目に圧されて、月歌が怯む。
「私は、私は皆さんのお陰で、妹達に花嫁姿を見せることが出来ました。真似事だったとしても、二以奈達に祝福して貰って、本当に嬉しかったです」
「いっちー…」
「そんな幸せを教えてくれた皆さんが、諦めてどうするんです!」
「…」
「私は、諦めません。妹達の幸せを見届けるまで、絶対に諦めません」
「…」
「それに、皆さんも一緒に、見届けて欲しいんです」
「いっちー」
「茅森さんも、皆さんも、もう大島家の一員ですから」
一千子は、にっこりと笑う。
「…へへ、じゃあ、帰ったら、もっかい式挙げないとな」
「何言ってんだか。あたしは、さっさと風呂入りてえよ」
「本妻VS愛人ね」
「戦闘中くらい、イチャイチャすんなや」
「ばっ、違げえし!」
「そんなことは、どーでも良いわ!さっさと殺るぞぉ!」
「それじゃ…仕切り直しといこうか!」
「はい!」「ええ!」「よっしゃ!」「おう!」「ひひ!」
一千子の檄で、本来の自分達を取り戻す。
不思議な事に、たったそれだけの事で、身体が軽くなった気がする。
肺は酸素を取り込み、オーバーヒートしていた心臓は落ち着いた鼓動を響かせ、血中の酸素は手足に熱を生じさせ、逆に脳を程好く冷まし、冷静さを取り戻させる。
ふと気付くと、ドールが襲ってくる気配がない。
目を向けると、よろよろと立ち上がっている。
「なあ、あいつダメージ喰らってへんか?」
逢川の言葉に、和泉はすぐに周囲のデフレクタ反応を確認する。
「確かに…ヤツのデフレクタが減ってる?」
「さっきの大島さんの一撃かしら?」
「よし!いろいろ試してみようぜ!」
「ひゃーひゃっひゃっ!一番殺りぃー!」
「ちょっと、カレンちゃん!」
東城の制止を無視し、カレンが跳ぶ。
「切り刻ぁむ、切り刻ぁむ、切り刻ぁーむ!」
慌てて、東城と和泉が援護する。
カレンのセラフが振り下ろされ、ぎんっ、と高い音と共に弾かれる。
跳び退き、カレンはセラフを確認する。
ひゅ
と、一振し、近くの草を刈り、またセラフをじっと見る。
「どうしたんだよ、カレンちゃん」
「…手応えがおかしい」
「どういうこと?」
「弾かれはしたが、吸い付く感じがした。…なかなか、殺りがいのある相手じゃのお!」
そう言うと、じわりと笑う。
そんなカレンに、ドールが襲い掛かる。
先程よりは遅いものの、ダメージを受けているとは思えない動きをする。
「どないなってん!」
逢川の一撃。
速度が、上がる。
「またジリ貧じゃない!」
東城の射撃。
硬度が、増す。
「おい!避けろ!」
和泉の援護。
破壊力が、増す。
いつの間に回復したのか、先程と同じ程の動きを見せる。
和泉の目の前に、大口を開けたドールが迫る。
次の瞬間、銃声が鳴り、ドールが吹き飛ぶ。
「待たせたな」
「いちご!」
「全くもって興味深い」
「ひぐみん!」
「ヴァウウ!」
「ビャッコも!」
「皆さん、大丈夫ですか!」
暖かい光に包まれ、月歌達のデフレクタが回復する。
「おタマさん!蒼井は!?」
「だいぶ安定したからな。今は、柊木が見てくれてる。充分休ませて貰ったから、あたしらも参加するぜ」
「助かる!」
「あと、蒼井から伝言だ。攻撃を当てるな、攻撃に当たるな、だとよ」
「どういうことだ?」
「やはりか」
「カレンちゃん?」
「ヤツを斬った後、回復したような動きだった。恐らく、攻撃を吸収したのだろう」
「なるほど、なるほど、やはり興味深い…普通に当てても、ヤツにダメージは食らわせられないってことか。おい、茅森」
「どしたの?」
「ヤツを見ろ」
樋口の言葉に、ドールに目を向けると、ダメージを負っているようだ。
「水瀬姉の一撃で、ダメージを与えられたようだ。恐らく、口の中なら、ダメージが通る」
「なるほど!」
「ヤツが間抜けに口を開くまで、当たるな、当てるな」
「合点承知!」
「お、おい、月歌!」
「自分、正気か!?」
「なんで?」
「んなもん、無理に決まってるやろ!」
「無理とかじゃないんだ。やらなきゃいけないんだ」
月歌の目に、圧される。
何をすべきかを自覚した者だけが、発する圧力。
「月歌…」
「…」
「…解った。水瀬、東城は、あたしと援護。樋口、ヤツの分析に集中しろ」
「おう!」
「了解!」
「任せろ」
「月歌、カレンちゃん、ビャッコは、ヤツの気を引いてくれ!攻撃は、極力当てるな!」
「あいよ」
「ひひ!」
「ヴァウ!」
「國見は、デフレクタを確認しつつ回復!大島は、ヤツが口を開いたら、引き付けてくれ!逢川!大島に向かって来たら、ヤツの動きを止めろ!」
「はい!」
「了解です!」
「しゃーない、やったるわ!」
「…ユッキー」
「なんだ?」
「ありがとう」
「うちの隊長の、無茶振りに応えただけだ。帰ったら、メシおごれよ?」
「刀削麺でいい?」
「…だったら、早いとこ帰んねえとな」
二人は、顔を見合わせて、にっと笑う。
「それじゃ、反撃開始ぃ!」
先日、作業中に「鬼灯の冷徹」のマウスパッドを使ってる人を見かけて、羨ましかった夢枕悪です。
出禁のモグラを読み返しましたが、江口先生は、自分と同年代だと思いました。(じじゃまる!ぴっころ!ぽ~ろり~♪)
キャンサーの能力、「あっ、やっぱりな」と思った方、その通りです。
発想脆弱の筆者ですので、大半の方々が予想通りだと思います。
もう少し、発想力が欲しいです。
ただ、実装されて、スコアタボスとかで出てきたら、絶対イヤな能力だなと思ってます。
さて、乾燥してきて、鼻喉への負担が厳しくなってきました。
アラフォー喘息持ち喫煙者の筆者は、しんどくなる一方です。
皆様、どうかご自愛ください。