雨の中、幾つもの影が動いている。
跳び、跳ね、走り、追いかけ、交差し、離れる。
一つの獣を、幾つもの獣が、じわじわと囲んでいる。
獣がいたぶる様に、機械が己の役割を果たす様に。
意図的に、隙を見せても。
弱った素振りを、見せても。
確実に。
嫌らしく。
粘着質に。
機械的に。
作業的に。
焦れて、口を開けば、斬る。
苛立ち、喰らおうとすれば、打つ。
力を溜めれば、突く。
じりじりと。
じりじりと。
じわじわと。
じわじわと。
小さく。
少しずつ。
ゆっくりと。
削る。
底無し沼の様に。
蜘蛛の糸の様に。
相手が、もがけばもがく程、身動きが取れなくしていく。
残虐に。
加虐に。
悪意に満ちた攻撃。
それでも、嫌な気がしない。
別に、残虐性に取り込まれた訳ではない。
別に、加虐嗜好にのめり込んだ訳ではない。
別に、悪意に飲み込まれた訳ではない
仲間との、繋がりを感じているだけだ。
自分の動きを汲んでくれる仲間がいて、仲間の動きを汲んでいる自分がいる。
訓練が、無駄で無かった達成感がある。
かちりと、歯車が合う爽快感がある。
何よりも、仲間のいる安心感がある。
右へと逸らせば、誰かが弾く。
跳んで避ければ、誰かが受ける。
間断なく、隙間なく、一方的に削り続ける。
ついに、ガラスが弾けたような音と共に、外殻が割れる。
「よっしゃ!」
「一気にいくぜ!」
「ええ!」
「待て!」
一気に攻勢に出ようとする月歌達を、和泉が制する。
「様子が変だ」
外殻を破壊されたドールは、ぶるぶると震えている。
「弱ってるだけとちゃうんか?」
「いや、ヤバい気配がする」
「ワシも同感じゃ。どうもおかしい」
いちごとカレンも同様に、月歌達を制止する。
幾つもの命を奪ってきた殺し屋とサイコキラーの勘は、無下には出来ない。
三人が警戒を強くするのを見、他のメンバーも気を引き締める。
ドールは、まだ震えている。
確かに弱っているようにも見えるが、激しい怒りに震えているようにも見える。
そして、
「な!?」
突如として、己の数倍もの大きさに口を開け、突進してくる。
月歌達は、咄嗟に避けるが、ドールは構わず木々を飲み込む。
森をのたうち回る大蛇の様に、土を削りながら、木々を飲み込んでいく。
何度か月歌達を襲うが、制御仕切れないのか、直線的な動きの為、容易に躱す。
「一体、何なんだよ!」
「分かんねえ!だが、ヤバいのは分かる!」
「気を抜くな!飲み込まれたら、一発だぞ!」
「も、もう無理ぽ!」
「おい、タマあ!諦めたら、そこで試合終了や!」
「ひゃーひゃっひゃ!活きがいいのお!」
何度も躱すうちに、いつの間にか静寂に包まれる。
木が倒れる音や折れる音、土が削れる音が消えている。
自分達の息遣い、雨の落ちる音だけが聞こえる。
つん、と鼻を抜ける匂いがする。
雨の中でも、強く匂ってくる。
恐らく、ドクダミだろう。
躱しているうちに、誰かが踏んだのかも知れない。
ドールの姿は、見えないが、気配は感じる。
まだ、近くにいる筈だ。
背中合わせに円陣を組み、周囲を警戒する。
またも逆転し、狩る側から狩られる側となり、息が詰まりそうになる。
プレッシャーに飲まれないよう、ゆっくり、深く、静かに息を整える。
「グルゥゥ…」
ビャッコが何かに気付き、一点を見つめる。
月歌達もビャッコの様子に気付き、同じ方向を見る。
「来るぞ」
月歌達は、構える、
ドールが、姿を現す。
しかし、ドールは動こうとしない。
数瞬の対峙の後、
ぶるん
と、震える。
さらに、
ぶるん
ぶる
と、震える。
やがて、
めち
と、音を立てながら、腕が伸びる。
めち
めき
と、音を立てながら、脚が伸びる。
「嘘…でしょ…」
東城が、思わず声を上げる。
みち
ごりん
その間も、ドールは変化し続ける。
やがて、人のような、獣のような姿へと変化する。
姿を変えたドールは、感覚を確かめるように、首を回し、手を握り締める。
そして、天を衝かんばかり咆哮。
同時に、目を疑う光景を目にする。
「まさか…」
「おいおい、何の冗談だよ…」
「興味深過ぎるぞ!」
「ヴウゥ…」
ドールの咆哮に呼応し、天に裂け目が出来、棒状の物が出現する。
ドールは、それを手にし、軽く振る。
ひゅ
と、風を切り音がする。
「…セラ…フ?」
「嘘だろ?おい」
「進化どころか、セラフかよ」
穂先はないことから、槍ではない。
ただの棒ではあるが、それがセラフとなれば別である。
月歌達は、それをよく知っている。
初めて持った武器でも、まるで頭の中にインストールされたように、扱いが分かる。
そんな武器を、キャンサーが手にしているのだ。
「来ます!」
一千子の声に、全員が我に返る。
ドールは、映画か何かで見た事のあるように、セラフを回転させている。
発射の準備が出来たように、ぴたり、と月歌達に狙いを定める。
全員に、緊張が走る。
いつ発射されるか、分からない緊張。
どれ程の速度か、分からない緊張。
どれ程の威力か、分からない緊張。
誰に発射されるか、分からない緊張。
身体は固まり、視界は狭まり、嫌な汗が噴き出してくる。
相手の起こりが分からず、最大限の警戒を余儀なくされる。
意識しないと、呼吸が乱れる。
集中しろ。
集中しろ。
月歌達は、自分に言い聞かせる。
集中する余り、セラフの先しか見えなくなる。
その瞬間、狙ったかのように、セラフの先が大きくなる。
ひゅ
と、切り裂き、砕く凶風が襲う。
「ぢいいいいいいい!」
必死に身を沈め、双剣で跳ね上げる。
ドールは、月歌の力に逆らわず、高く跳び、セラフを叩きつけてくる。
泥に塗れながらも、転がり、一撃を免れる。
叩きつけたセラフで、泥と水の飛沫が上がる。
その瞬間を狙い、ビャッコの爪が襲う。
ドールは、またも高く跳ぶ。
跳んだ最高到達点へ、数十、数百の銃弾が飛ぶ。
ドールはセラフを回転させ、銃弾を弾く。
ドールの着地と同時に、カレンのセラフを振るう。
が、ドールのセラフに阻まれ、ぎん、と金属音が鳴る。
カレンは構わず、ドールのセラフに沿わせ、自分のセラフで斬り上げる。
しかし、ドールは手を離し、カレンのセラフを避け、蹴り飛ばし、カレンと距離を取る。
「完全に、回復してやがるぜ…」
「じゃが、吸収はしておらんようじゃぞ」
「そうなの?」
「先程の蹴り、衝撃だけじゃった。力を吸われる感覚は、無かったぞ」
「ほな、さっさと終わらせようや」
「バカ言うな。ヤツを見ろ。ありゃ、棒術だぜ」
「ただの棒だろ?」
「何言ってやがる。棒術ってのは、突く、払う、叩く、おまけに持ち手変えりゃ、どっちでも刃になるんだ。厄介この上ねえ得物だ」
「よく知ってるね」
「昔、ターゲットの護衛にいたんだよ。面倒臭えったらなかっぜ」
「でも…やらないといけません」
決意に満ちた一千子の声。
「だね」
にっと、月歌が笑う。
この声に、何度救われただろう。
草の根を喰らおうとも、泥水を啜ろうとも、何が何でも生き残ってみせるという泥臭さ。
何不自由なく生きてきた自分には無い力強さ。
「まだ、大島家の料理、ご馳走になってないしね」
「ええ、大盤振る舞いします!」
にっと、一千子が笑う。
能登半島地震にて犠牲になられた方々へのご冥福をお祈りすると共に、一刻も早い復旧をお祈り申し上げます。
地元、熊本での震災、水害において、ご助力頂いたご恩返しとして、微量ながら寄付をさせて頂きました。
少しでも、避難生活の楽しみになればと、投稿させて頂きます。
被災された皆様が、心から楽しめる日が、一日でも早く来れるよう、遠く熊本よらお祈り致しております。