鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

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VS血鬼 其の捌

「なら、お前自身をぶった斬って……!」

 

 完全に斬る覚悟を決めて血鬼へと向かおうとした時だった。力を込めたはずの身体の力が抜けたように足がもたつき、そのまま地面へと倒れる。呼吸が乱れて、同時に締め付けられるような変な頭痛も覚える。

 あれ、なんで? ……なんかされたのか!?

 

 苦しみに耐えながら顔を上げる。

 

「あん? どうした?」

 

 血鬼の仕業ではない。血鬼も俺が何故突然倒れたのかよく分かっていない困惑した様子だ。ならなんで? この俺の身体の異変は一体?

 

「!」

 

 いや違う、これは血鬼から何からされたわけじゃないなら……これは俺自身のスタミナの限界か!?

 

 昨夜のことを思い出す。確かに昨日もあの大青鬼との闘いの後にこんな風に力が抜けて、呼吸が乱れて締め付けられる頭痛を覚えてそのまま気絶した。あの時と同じ。俺の身体が限界を知らせている。

 

 そう思い込んだ、これまでの流れを思い出す。最初に夜名津の傷を癒して、次に雨と風の重之太刀、香久山先生の治療に、血鬼相手に雨と風を繰り出した。それだけじゃない、移動や回避手段も常に風之太刀による補正が付いていた。

 

 消費がデカいのは移動時の風や攻撃の技よりも、治療のための雨やゾンビから引き離す際に放った重之太刀の技だ。特に重之太刀! あれがだいぶ体力が削られた。

 

 これまで流れを思い出して消耗していたことに気づくとどっと疲労が押し寄せてくる、視界も二重三重とブレて瞼が重くなってきている。意識が遠のいていく。

 

 ……ふざけんな、俺の身体……! 根性見せろよ! 中学時代にあんだけバレー部で絞られただろうが!

 

 自分に叱咤し、気合を入れて起き上がろうとする。と目の前に一つの影が現れる。他の誰でもない血鬼だった。

 

「どうやら体力切れか。そりゃああんだけ大技バンバン出しゃー、疲れるよな」

 

 体力配分は大事だぜ、血が回るからな、キキキと身をしゃがみ込み俺へと目線を合わせて愉快そうに嗤う。

 

 その不愉快な嗤いに睨みつけると、両肩を捕まられて無理矢理起き上がらされる。そして、気味の悪いほどに大きく口角を吊り上がっては鋭利な牙と表現がよく似合う犬歯を輝かせる。

 

「仲間としては断られたが、代わりに眷属として使ってやる。キキキ、ぱんぱいやらしく、首筋から血を吸う形でな」

「や、めろ……!」

 

 ヴァンパイアの如く首から血を吸い上げようとする。それから逃れようと必死に抵抗するが、弱った俺の力で敵わずにヤツの牙が俺へと襲い掛かってくる。

 

 がぶっ。

 

「~~~~~~~~!!!!!」

 

 声にならない悲鳴。

 

 牙は肌を突き破り、肉を引き裂き、動脈へと達する。

 

 首元に伝わる二つの牙はまるでストローで吸い上げるように血を吸い上げる。スーッ、と熱が引いていく感覚は意識を闇へと誘われるもの。思考が遠のいていて、締め付けられる頭痛が響くのに、不思議と楽になっていくようなフワフワとした気持ちに襲われる。

 

 抗う力が完全に無くなって意識を沈みかけていたその時だった。

 

「お、おえええええええ~~~~~!!!」

 

 突如として血鬼が俺を手放しては俺の血を吐き出したのだ。俺は地面に転げ落ちて血鬼はその場で蹲って、嗚咽を漏らして何度も何度も血を吐き出していた。

 

 ゴヘ、ゴヘ! と苦しそうな嗚咽が吐く度に大きくなる。まるで喉に劇薬が詰まったような激しい拒絶っぷりだった。

 

「……てめえ、そういうことか……! 血統者!!」

 

 けっとう、しゃ? なんだそれ。

 

 ここにきて発せられたよく分からない単語に疑問が抱いたけど、そんなことはどうでもいいと切り捨てる。

 

 真っ赤な瞳で恨みがましそうに睨みつけてくる血鬼だが、その身体は悶えて苦しそうにしている。まるで毒でも飲まれされたかの反応だった。

 

 通常時だったなら「俺の血が不味いみたいな反応やめろ!」と一言突っ込みを入れている所だったが、そんな余裕もなく、刀をヤツへと突き刺すようにして構える。ふらふらの足を無理矢理立たせる。

 

 なんだか知らねえが、今が最後のチャンスだ。コレが俺の出せる、最後の一撃! 喰らいやがれ!

《風之太刀〝疾風迅〟》

 

 高原を疾風が翔けるような一迅の風の如き、高速の突き。

 

 もはやロクに歩くこともできない俺には風で押してもらう、この技しか繰り出せない。

 

 真っ直ぐ、一直線に、ヤツの心臓を目掛けて突き進む。血鬼も俺の攻撃を繰り出したことに反応して避けようとするが再び吐血して動きが止まる。

 

 ズサッ、と確かな感触が俺に伝わる。肉を貫き、骨を割いて、内臓を破った。……例えるなら消しゴムのような弾力のある壁を破った感覚だった。

 

 心臓を狙ったつもりが、吐血の際の反動で狙いが少しずれたが、確実に臓器を……肺を貫いたことが伝わってくる。

 

 血鬼は口から血を漏らして、俺を睨みつけてくる。その感情は怒りか、喜びか、憎悪か、歓喜か、よく分からない相も変わらずニヤついた邪悪な笑み。

 

 刀から伝ってくる熱い赤いものが俺の手に少しずつ滴り流れてくる。

 

 ―――ドクン!

 

「!!?」

 

 突如、心臓が大きく跳ね上がった。

 

 なんだ、これ? いや、この感覚には覚えがある、あれは……。

 

「オラ!」

 

 気合を入れた声を上げて血鬼は掌底が放ってくる。無防備だった俺は顔面に直絶して地面に転がる。痛む顔を片手で抑えつつヤツの姿を捉える。

 

 突き刺されたままの天之命を雑に抜き捨てる。

 

 ピシャ、と勢いよく噴き出す血を眺めながら唱える。

 

「……《鬼術〝血巡〟》!」

 

 体外へと吹き出したはずの血は逆再生の如く、体内へと戻っていく。それだけじゃない。足りなかった分も補強するためか、流動する血も同じように取り込んでいき、最後には傷口は血が固まって傷を塞いでみせたのだ。

 

「キキキ、なかなか。この技見ると、み~んな、その顔するんだよな~、キキキ。俺様は血鬼。血を操る鬼。南蛮生まれのぱんぱいやさ」

 

 改めて自分の存在を知らしめてくる。俺は血鬼。ヴァンパイアだ、と。

 

「じゃあ、血を止めればいいだけだね」

「あぐ!????」

 

 名乗りを上げた血鬼の背後から一つの黒い影がどうでも良さそうな調子で吐いては血鬼の首をタオルで絞めてくる。

 

 苦しそうな声を漏らしては、必死に抗って首のタオルを掴んで抜け出そうとする。だが、締まりの決まりが厳しいのか、抵抗よりも苦しみ悶えている面の方が強い。

 

 完全に落とせると思われた時だった。背後にいた奴は流動する血にぶっ飛ばされる。

 

 拘束は解けて、噎せて呼吸を整えては絞め殺そうとしたヤツへと叫ぶ。

 

「不気味なにぃちゃんさぁ! ホントなんなん? お前。一番こえぇよ。背後から絞め殺すって。昔()った忍者すら火遁で燃やしてくる程度だったぞ!」

 

 絞殺しようとした相手、夜名津は痛みに堪えながら立ち上がって返す。

 

「……え、そっちの方が怖くない?」

「火遁なら血で圧し潰せば消せるから。締め技の方が弱点なんだよ俺様。キキキ」

 

 なるほど、とどうでも良さそうに返答する夜名津。

 

 夜名津、無事だったのか。友人が生きていたことに安堵を覚える。

 

 バシャ、と血で濡れたタオルを、皺を伸ばすために振って肩にかけて血鬼に対して問いかける。

 

「一応聞いていたけど、……あなたは、……君って鬼であっているんだよね? 中の人と外の人の人格が入れ替わった的な」

「あ~、そうだぜ。血鬼だ、改めてよろしくな、不気味なにぃちゃん。そっちは」

「……夜名津我一です(まあ、別に入れ替わったとしても元々知り合いとかじゃないし、どっちが主人格とか言われても。どうでもいいけど)」

 

 二人のやり取りを見つつ、俺も立ち上がり、地面に捨てられた天之命を拾い上げて、夜名津の傍へと駆け寄る。

 

 不思議だ、さっきまで体力の限界で意識が失いかけていたのに、どうしてか知らないが今は少しだけ体力が回復している。さっきの心臓の跳ね上がりが、何か関係しているのか?

 

 自分の体の変化に疑問に思いつつも、それを後回しにして今は夜名津へと駆け寄る。どちらにしろ、体力自体は限界、剣技もあと一発か、二発目も打てるかどうか分からない状態だ。今は夜名津と協力して切り抜けるしかない!

 

「夜名津!」

「…………」

 

 首だけ振り向いた夜名津はなぜか不機嫌そうな顔された気がした。まあいつもムッとした無表情の奴だし、それに俺と同じように体力の消費が激しいんだろう。

 

 血鬼へと警戒するように向かい合うようにしながら夜名津の横へと並ぶ。

 

「で、どうする? こっちももう体力は限界だぞ。あと一発か二発くらいだ」

「よしじゃあ、もう諦めて投降しようぜ。勝ってこないし。僕の命やるから学校の皆を見逃してもらおう」

「それはなしだ、お前を殺した後で殺すに決まってんだろうが。勝つ方法を考えてくれ!」

「だったら僕の方に駆け寄らず、僕がやったみたく不意打ちでもかましてよ」

「…………ごめん」

 

 さっきの不機嫌そうな顔の理由はそれか!

 

 夜名津としては俺が不意打ちを決めて欲しかったのだが、俺はそれに気づかずにとりあえず夜名津と合流してどうするかの作戦会議しようとして接近が完全に痣となったわけだ。本当にごめん!

 

 心の中で必死に謝っていると、血鬼が大きく噴き出したように笑いだす。

 

「キキキ!! お前ら、さては愉しい奴らだな! 体力限界も近い癖に余裕じゃあねえか」

「(余裕じゃないからキレてんだよ)」

 

 ボソッ、と隣にいた俺にしか聞こえない声量で悪態を吐く。ごめんって!!

 

 心の中でもう一度だけ謝罪の言葉を口にすると、再び、ゾゾッ、と大量の流動する血が出現しては血鬼へとまるで羽衣を纏うようにして俺達の方を向いて叫ぶ。

 

「んじゃ、そろそろこの血祭も御開きの時間だ。血を熱く、奮えて、高ぶらせろ! 最終血戦だ!!」

 

 最後の戦いだ、宣言して仕掛けてくる。

 

 飛んでくる雨のように散弾する血の玉。これまでは液体だったのを今度は凝固された代物。俺達は分断するようにして左右にそれぞれ飛んで躱す。

 

「やっぱり迂闊に水は使えねえよな!」

 

 俺が体力の限界に近く迂闊に剣技を放てないと知ってか、これまで封じていた血を固めて模った攻撃を繰り出してくる。血の液体じゃあ柔軟性や広範囲だが、威力自体はそこまで脅威じゃなかった。

 

 だけど、血を固めた状態での攻撃はそれなりに威力が出るみたいだ。これまでは雨の水の脅威があったから液体操作で何とかしていたが、俺が剣技をできないと知ると好転へと回ってくる。

 

 まるで止まない雨のようにして散弾は飛んでくる。折角二手に分かれたというのに、流動体は半分に別れては俺達それぞれを狙い定めて血の雨を降らしてくる。

 

 もう風之太刀の補正で高速移動することも余計な体力を消費してしまう。ここからは自力の足で走らなければならないが、……コレはキツイ!

 

 元々が体力切れ、間近な俺達。風を使おうと、自力で走ろうと息が上がり、スピードが下がるのは早い。ならばどこかに隠れようかと考えるが、元々学校のグラウンド。隠れる場所は少なく、あるとすれば校舎内に入ること。できればそれはしたくない。ヤツに距離すことでこれ以上時間をかけたくない。

 

 短期決戦の必殺の一撃。それで勝負を決めたいが……どうする!? どうすれば……!

 

「雨崎君、狙うのはさっき貫いたところだよ、傷口の塊を溶かせばまた血が吹き出るってさ。アイツ、今自分で自白したぞ」

「!!?」

「(あの不気味なにぃちゃんホント厄介だな。普通今のでそこに気づくか? いや、揚げ足を取っただけか。なるほど、あの我鬼の相棒ってだけはあるな)」

 

 え、今の会話ってそうなるのか? と疑問に抱いたが、だが、頷ける部分もある。あいつは血が水に弱いことをよく理解している。だからこれまで固体としてじゃなくて、液体を使ってきたんだ。

 

 

 癒す雨のように傷口を完全に治しているわけじゃなく、血で無理矢理凝固させて傷口を塞いでいるならそこに付け入る隙自体は確かにある!

 

 

「(殺すべきはチヒロだ、不気味なにぃちゃんは確かに厄介だが、攻撃手段がねえ。巫力も完全受肉したまだ人間に近い俺様には半減される。なら天敵である水の攻撃を放つチヒロを先に殺してしまえば攻撃手段ねえ不気味なにぃちゃんは後で殺せる)」

 

 

 まずは一番厄介なのはアイツの流動する血の塊、あれをもう一度風で木っ端微塵に吹き飛ばして、攻撃手段を無くからすぐさま雨之太刀に切り替えて、傷口を狙う。

 

 

「(攻撃する際にまず〝血禍万祭〟を吹っ飛ばしてくるだろ。上等、そこを狙って凝固させた血の槍〝喰血刺〟でド玉ブチ貫いてやる!)」

 

 

 俺は単純だが攻略の手順を導き出す。ヤツも夜名津に言われたことで警戒したのか散弾で俺達を牽制しつつ距離を取りつつも、一部をもう一度羽衣のようにして自身に纏わせる。

 

 

 予想通り、雨之太刀を警戒しての防御策。俺の刀の水の量ではあの血を完全に溶かしきることはできないことは分かっている。反対に増量に回される。

 

 ―――この散弾が尽きたら勝負だ!

 

 

「(こいつを撃ち終わったら、お前の最後だ!)」

 

 

 そして血の散弾が撃ち終わる。

 

 瞬間、俺は足の矛先を血鬼へと駆ける。奴は一部を操作して螺旋状に巻いた血の放出する攻撃を繰り出してくる。何とか横に沿って躱して一気にゼロ距離にまで接近する。後ろへと隠すようにして刀は緑の刀身に移り変わり、風を纏わせる。

 

 風之太刀に変わっていないことに気付いていないのか、雨が来るのだと血鬼は大量の血を前へと防御を取る。

 

《風之太刀〝旋風―――》

 

「雨崎君後ろだ、避けろ!」

 

 夜名津から言葉に反応して後ろを見る。すると背後には真っ赤な……いや真っ黒な血の塊で出来た槍が迫ってくる。飛ばした血が戻ってきたのだ。

 

「《鬼術〝喰血刺〟》」

 

 血鬼の言葉に耳に木霊する。風の力で無理矢理回避しようとする。

 

「ああああああ!!!」

 

 無理だった。血の槍は右肩を完全に貫いた。天之命を地面に落として地面に膝をついて蹲る。

 

 肩に激痛が走る。メキメキと筋肉が割れるような痛み。突き刺したままだからあふれ出ることはないが、それでも滴り流れ落ちてくる血は確かなもの。

 

 そして、最悪なことに一つでは終わらない。蹲って動けない俺に小さなナイフ状ものを幾つも放ってくる。

 

「あああああぁぁぁぁ~~!!!」

「ほんとは刺した相手の血を吸いつくす技なんだが、お前さんの血は毒だからな。吸わずに刺すだけでしておく。残念だわ、お前を仲間にできないの」

 

 じゃ、先に地獄に行ってこい、ととどめの一撃をと血の槍を作り出してはそれを刺そうとして、パシィーン! 小気味のいい音が響く。

 

 夜名津だった。夜名津がタオルで血鬼を引っ張叩いたのだ。

 

 だが、血鬼は大したダメージを貰った様子はなく、ただ叩かれて頬を赤くしながらも細い目で肩を竦める。

 

「またその布か。好きだねえ、お前さん。おろ?」

「ン!!!」

 

 タオルを捨てて血鬼の視界を奪う。そしてそのまま気迫を込めてどっ腹目掛けて渾身の拳を放った。一度は吉成君を沈めた拳。よく分からないが、夜名津は何らかの方法で……多分榎先輩と同じ力を使って自身の身体能力を上げている。そのこと血鬼が一番理解して最大の警戒心を以って最初に二人を沈めたのだ。

 

 吉成君を沈めた強力な一撃が入る。

 

 だが。

 

「やっぱりな。巫力が……練れてねえぞ!」

「っ!!」

 

 全く通じてなかった。そしてお返しとばかりに夜名津へと正拳突きを放ってくる。取られても元は吉成君の身体。空手で鍛えられた強靭な肉体から放たれる拳は、夜名津の胴体をえぐるようにぶっ飛ばす。

 

 オハッ、と唾液を吐き出しては地面に転がる。

 

「……マジかよ」

 

 血鬼は信じられないものを見るような目でそう零した。

 

 夜名津は立ち上がったのだ。

 

 ふらふらとした生まれたての小鹿のような足取りながら、打たれた腹部を抑えて苦悶の表情を浮かべ、ふぅー、ふぅー、と荒い息を漏らしながらもヤツは立ち上がる。

 

 今にも倒れてしまいそうな態勢ありながら、今にも飛び出して襲い掛かろうとする獣の目をしていた。

 

「(今ので沈まないってマジでイカれてんな、コイツ。今の力道使ってなかっただろ)」

「………………が」

「あ?」

 

 ―――この、馬鹿野郎が! どうしてお前はそう、……壊れてんだよ。

 

 地面を掴むようにして拳を握りしめる。身体に力を入れて起き上がろうとする。ぶしゅーぶしゅーと穴だらけの背中を血が漏れ出す音を鳴らせながら、響くような痛みに耐えて俺も起き上がろうとする。

 

 ざけんじゃねーぞ、夜名津!! 何、俺を助けようとして死にそうになってやがる!!

 

 俺が今突き動かしているのは、湧き上がってくる感情は……怒りだった!

 

 夜名津に対してではなく、情けない俺自身に対して。

 

 散々死ぬなって忠告しておきながら、アイツは今自分の身を引き換えに俺を助けようとしてやがる。ふざんけんじゃねえぞ、俺! 散々上からモノを言っておきながら、実はその結果が俺のせいでした、なんてことはさせねえ! ああ、そんなことは絶対にさせねえ!!

 

 夜名津ならこの感情のことを罪悪感というかもしれないが、違う。

 

 これは………単純に友達を助けたい、というありふれた思いだ。

 

 だから、俺は立てる! まだ、闘える!!

 

 大地に立った俺は血鬼に対してもう一度、刃を向ける。絶対にお前を倒すという決意を宿した瞳を向ける。

 

 血鬼は俺も立ち上がったことに驚いた様子だったが、すぐに喜んだ楽しそうな顔をする。

 

「キキキ、流石ニンゲン共だ。その鋼の精神だけは俺達鬼よりも醜い」

 

 これまでの狂気に満ちた『悦んだ愉しそうな』顔ではなく、『喜んだ楽しそうな』顔のように思えた。

 

「鬼術〝―――」

「いいえ、あなたの負けよ。吉成君。いえ、血鬼」

「!?」

 

 血鬼の背後から凛としたような声が聞こえる。放とうとした術を一旦停止してすぐさま振り返る。俺も霞んだ視界では血鬼しか捉えていなかったから、その人の存在に気づくのが遅れた。

 

 夜名津と一緒に倒れていたはずの榎先輩だった。

 

「ノキ」

『は~い、設楽』

 

 榎先輩の傍らになんか妖精だか精霊のような見た目をした姿の何かが眠そうな声で応答しては何やら術式の紋章を浮かび上がらせて榎先輩はそれをスライド操作するようにして血鬼の地面へ這わせる。

 

 血鬼は怯えたようにその場から飛び出して逃げようとするが、動きを封じられたようにその場から動けない。焦った表情からでも分かる相当危機的な状況。

 

 榎先輩は静かに無慈悲な事を言い放つように告げる。

 

「《払道・解離》」

 

 唱えた瞬間、地面に敷かれた紋章が上がっていき、徐々に吉成君の身体から血鬼が引き離されていく。

 

 浮かび上がってくる血鬼の肉体はどことなく黒や緑も含んでいたが真っ赤な大鬼をした姿。吸血鬼かどうか聞かれば、そこまで吸血鬼のイメージというもの感じられないものだった。

 

『く―――っそぉおおおおーーーーー!!! やってくれやがったな、霊道師が!!! 完全受肉した俺様を引き剥がしやがってえええ!!』

 

 引き離された血鬼は悔しそうに苦しそうに叫ぶ。肉体はピリピリとしたマヒしたかのように動けずにいる。そして肉体が上手く出来上がっていないようにスッー闇へと溶けていく。その姿だけは朝日を浴びた吸血鬼が灰になっていく姿のように思えた。

 

 昨日の鬼達と一緒だ。肉体が闇に溶けていくのは。

 

『(くっそ、ヨシナリが死んだから仕鬼祇として契約が切れた! 肉体がないまま現界する維持(こと)ができねえ!)チックショー!! お前を殺すぞ、女!!』

 

 最後の抵抗とばかりに榎先輩へと血を走らせる。先輩も迎え撃とうと構えを取るが、途端にバランスを崩して地面に片膝をつく。

 

 限界だった。榎先輩もやはり血鬼にもらった一撃が響いていたのか、苦悶の表情を浮かべている。

 

 飛ばされた血が先輩に迫る。よろけたことで明らかに対抗する術を放つのに一歩遅れたタイミング。

 

『代わりにお前の肉体を頂くぞ!』

 

 確信したように血鬼が吠えた瞬間、夜名津が間に入って榎先輩は掻っ攫う。放たれた血は狙いが外れて通り過ぎいく。

 

『~~~のぉ野郎! ~~っとうにぃー!』

「雨崎君!」

 

 血鬼の悲痛な苛立ち悔しそうな叫び、それを無視して顔を上げた夜名津が俺へと叫ぶ。

 

 分かっている!

 

 最後の最後まで、コイツは!

 

 俺は刀身を光り輝く黄色へと切り替える。ビリビリと響く電流が鋼へと奔り出す。電気を帯びた刃を前へと向けて血鬼へと一直線に飛ぶ。

 

《雷之太刀〝雷突〟》

 

 雷を帯びた刃が血鬼の肉体を貫く。

 

 貫かれた肉体を爆ぜるように雷が奔流する。血鬼の苦渋の声が響く。雷の強さで動く事もままならぬ、やがて身は消えて亡くなった。

 

 

× × ×

 

 2017年6月28日(水)

 猫野浜学園総数542名(全生徒、全教員、その他関係者)

 負傷者385名(生徒382名、教員3名)

 死者86名(生徒52名、教員27名、事務職員6名、卒業生1名)

 これによって一時的に猫野浜学園は学園閉鎖となった。

 

× × ×

 

 

「まずは一鬼落ちた」

 

 静かでありながらも圧のある声がその広くも薄暗くも薬品のような独特な匂いが香る部屋に響く。

 

 その部屋に四人の人間が集まっていた。

 

 最初に発した、精悍な顔立ちをした老人、木戸諦政がその貫禄付いた圧のある声で続ける。

 

「落ちたのは血鬼だ」

「落としたのは誰だい?」

 

 皺を寄せていながらもこちらも負けない年を感じさせない勝気のある声の老婆、榎法知から訊ね返される。

 

 フッと愉し気な悪戯を含むような声で答える。

 

「夜名津我一という少年と、君の孫、榎設楽、そして雨崎樹海の孫、雨崎千寿の三名だ」

「アイツの孫ねぇ」

 

 自身の孫のことなど一切興味を抱かずに、因縁のある雨崎樹海の孫である雨崎千寿のみ興味ぶかそうに呟く。

 

 あの爺は想定外の本物化け物だったが、その血統を継いだ孫となるとその実力はどうなることやら。少なくとも父親の方の才能は出涸らしだった。だが、この儀式を通じて覚醒したとなると予想が付かない。と彼女は口にする。

 

 過去、とある儀式において共闘……いや、歴代一の天才と言わしめた自身を枷扱いされた存在である人間の孫となると注目を集めてしまう。

 

 だが、榎法知の期待に似た警戒心とは他所に木戸諦政は目を閉じてはその決定を口にする。

 

「やはり、計画通り『廻志岐』を使う。今回の件で彼の死体が手に入った。もしや、と思い今回観察してみたが結局の所樹海の孫は見当外れだった。血鬼相手にあそこまで手こずるとは。樹海ならば一瞬で終わっていた」

 

 最期の方は情けないと言わんばかりに肩竦めて、そしてどこか惜しむように告げる。雨崎千寿の実力では自分たちの計画には使えない、と。

 

 あの規格外の化け物と一緒にするのは酷な話だ、と榎法知は思いつつも自分達の計画のことを考えると確かに、血鬼相手に苦戦するようならば不足だろう。しかも孫である榎設楽もいるのに、三人係で倒したというならばなおさらだ。

 

 二人が雨崎千寿に対して残念がっているとこの二人とは真反対の明るい元気な高い声が上がる。

 

「だから言ったじゃないですか。チヒロセンパイはどこにでもいる普通の人。誰に対しても優しい人ってだけなんですから。この世で一番殺し合いなんて向いてない人なんですから」

 

 少女、言乍りりは当然のことのように言う。その瞳は雨崎千寿へと向けているような無邪気さはなく、どこまでも冷たく鬼のような凶悪な瞳をしている。

 

 彼女はこの中で一番雨崎千寿の存在が近く、知っている存在だ。

 

 木戸諦政が雨崎千寿と遭遇した時に組み込もうと提案した時から一人だけもう反対の声を上げていた。彼にこの計画では使えない、と。

 

 その言葉の意味に秘めた真の想いについて老人達は静かに微笑みながら雨崎千寿についてはこれで良しとする。

 

 話を変え、木戸諦政は榎法知へと話を振る。

 

「法知。君はいいのか? 孫だぞ?」

 

 挑発し嘲笑うように訊ねてくる。自身の孫と敵対とすることは最初から分かっていたことであるが、実際始まってしまってどういう感情を抱いているのか。

 

 対して、榎法知はそんな分かりやすい誘い文句を吐かれたことに大きなため息を吐くように心底呆れ、イラついて応える。

 

「もう防人の務めは引き継がせた。アタシャが教えることは教えた。この程度のことで狼狽えているようじゃあ死んじまった方がマシだよ」

 

 己が孫の実力を信頼しているのか、それとも弟子に対して厳しい課題を与えた師のつもりか。

 

 少なくとも孫に対して深い興味はなく、その他大勢の他人に近い心構えだった。

 

 今まで黙っていた医者らしい白衣の三十代ほどの男、近代市修士(きんだいちしゅうじ)が興味なさげに聞いてくる。

 

「一応、聞いておこう。最初の一人。夜名津我一というのは誰だい?」

 

 それは気になったからではなく、他二人は話題に上がったのに一人だけ上がらなかったからとりあえず、という意味でしかなかった。

 

「知らん」

「知らないねぇ」

「さぁ? チヒロセンパイの友達っぽいけど。詳しくは知らないです」

 

 三者から同じ答えが返ってきた。

 

 そんな人物知らない、と。

 

 その答えを聞き、彼も興味を失くしながらも呟く。

 

「不穏分子か、あるいはただの巻き込まれただけの運の悪い人間か」

 

 少なくともこの中で一番脅威はないのだろうと考える。

 

「では、引き続き儀式を続けよう。鬼の王をこの地に喚び出すこの地を地獄に変えることになっても」

 

 そう木戸諦政は〆るのだ。

 

 彼らの目的は鬼の王を呼び出すことなのだ。

 

 

 × × ×

 

 

 夢を見た。

 子供の頃に近所であった七夕祭の日ことだ。

 その日、俺は□□□□と一緒に行った。そう、そうだ、□□□□と一緒に。

 □□□□が風邪を引いたから七夕祭りに行けなかったから、だからそれで七夕祭りに行ったんだ。

 ????

 ……ああ、そうだ。祭りには行ったんだ。俺が手を引いて彼女を連れて行ってやったんだ。舞台の劇が見たいって言ったから。

 そこで彦星と織姫の物語の劇を見て、□□□□は感動して、それを口にした。だから俺も笑顔でそれに対して答えたんだ。

 二人で笑い合った約束。

 そして吉成君と会って、一緒に遊ぼうぜ、と呼ばれたからそれに頷いて。

 アイツの手を引いて………引いて、引いて………?

 

 そして、彼女は―――死んだ。

 

 そして、俺は一匹の鬼と出会ったんだ。

 いや、違う、その鬼とはもう出会っていたんだ。

 

 

 朧げな夢の回顧。

 空に舞う、二人の仲を裂いた天の川だけがそれを覚えている。

 




◆作品について
『古郡吉成のキャラについて』

 最初の障害、最初の敵。分かりやすい敵役の像。だけど、雨崎千寿や一部の存在からはアニキ分的な存在。教師側から少々問題児であるけど、とある分野で活躍し、どこか憎めない存在。
 田舎者が都会に行ったら自分が井の中の蛙だったことを認めらずに腐っていく系。
 ぶっちゃっけ、本作では分かりやすい敵役でしたが、作者の中では『悪いヤツだけど悪いヤツじゃない』的なキャラです。

 リアルにも少し粗暴行為が目立つけど、実際に対面してみると単純に短気で勘違いしやすいだけの良い人って感じの人がいますし、ある意味そういう人がリアルに身近にいたんでモデルと、同時にあとなんかのネットニュースか何かで『学生時代迷惑だった卒業生が大学で馴染めずに高校で担任に相談しに行ったら「いや、卒業したら俺とお前は赤の他人だ。俺はお前の存在がずっとストレスで嫌いだった」って言われて帰された』とエピソードか何を見たので、そこを融合合体させました。

 本作では一応、香具山教諭と古郡吉成の関係性は今の話のような不仲ではなく、良好な関係であり、『新天地で挫折して、古巣で甘い汁を啜ろうと考えている』『このままじゃあコイツは自分で自分の才能を腐らせる』といったここは厳しく接した方がいい、との教師の判断でしたが、それが裏目に出た形。

 血鬼と遭遇しなかったら、なんだかんだで立ち直って人生をやり直して、新しく走り始めていたくらいの普通の人間です。血鬼と出会い、夜名津と戦ったのが彼の人生の終わらせることになった最大の不幸です。


 ちなみに古郡吉成は夜名津の名前を最初から最後まで知りませんし、夜名津も名前を覚えるのが苦手なので忘れているほどの互いに実際は無頓着な関係性です。互いに長い人生において振り返った時に『なんかいたな、こんな嫌なヤツ』あるいは『いたっけな、こんな奴』程度。ま、古郡吉成の場合は最期の人物なんですが忘れようがないんですが。生存√の夜名津も生存した状態での仲間入り状態だとマジでこれくらいの『近くに入ればムカつくので、離れて忘れる』が最適解の関係性でしょう。




◆勝手に質問コーナー
Q、『
 2017年6月28日(水)
 猫野浜学園総数542名(全生徒、全教員、その他関係者)
 負傷者385名(生徒382名、教員3名)
 死者86名(生徒52名、教員27名、事務職員6名、卒業生1名)
 これによって一時的に猫野浜学園は学園閉鎖となった

 被害が想像以上に酷い。死者が出ている時点でコレ絶対世間騒がれるだろ』


 ハイ。ぶっちゃっけ話を書くため、キャラとストーリーを動かすために学校生活が邪魔だったから潰しました。
 それこれも全部古郡吉成と血鬼ペアが悪いんだ、アイツらはチカラに溺れて愉しんでいる!!!


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