鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

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VS鏡鬼 其の肆

 翌日、午前中はいつものように個別で修行し、午後からは夜名津の知り合いの子の友達の親が仕鬼祇使いである可能性があり、夜名津が実際に会ってみて話を聞き、対処しようって話になった。

 

 会うのは午後四時頃。俺達は学校が休校になっているが世間では普通に平日で学校だ。

 

 待ち合わせの場所は夜名津が住む隣町の清涼町。場所は廃墟の工業跡地か。子供の隠れた遊び場にもなっていそうな場所で、実際その通りなんだと夜名津が言っていた。

 

 そしてやってきたのは二人の小学生の子供。

 

 一人は可愛らしい少女。ツインテールの髪型をしており、女の子らしいオシャレな格好をして一目で可愛い娘だと分かるが、その表情は笑顔であるもののその瞳は疲れ果てたように死んだようなどこか遠くを見ている。相当精神が病んでいることが伝わってくる。

 

 この子が被害になっている子……ちづりちゃんだったか。なんてひどい顔をしているんだ。

 

 なんでもユーチューブの配信で父親の台本で学校だか教育だかに文句を垂れ流す配信をしては批判を受け、学校ではいじめに遭っているだとか。しかも家ではキレた父親に暴力も受けていると酷い目に遭っているらしい。

 

 話は聞いていたが、想像以上に惨い目に遭っていることが一目で伝わってきた。

 

 そして、もう一人は……夜名津の弟?

 

 一目で感想はそれだ。顔は似ていないのにどことなく似ている。一見すると普通のどこにでもいるただの少年なのに、夜名津のように無表情でも不愛想でもないのに、子供らしい笑顔をふるまうのに、その瞳はどこか虚無を秘めているような目をしている。

 

「来たよ、がのいちにいちゃん」

 

 少年の方が明るい声で夜名津へと声をかけてくる。一瞬だけ俺や榎先輩へと視線を送ったが特に気にした様子もなく夜名津へと戻す。夜名津も頷いては少女の方へと視線を移して、目線が合うように屈みこむ。

 

「初めまして、僕は夜名津我一」

「……夜名津? 慎愛ちゃんの」

「そうだよ、お兄ちゃん。慎愛と仲良くしてもらっているならありがとうね」

「別に、そんなに仲良く、ないけど……」

 

 小声で否定のような言葉が聞こえてきた。どうやら夜名津の妹との関係性はあまり良好ではないらしい。二人とも可愛い娘なのに。

 

 辛辣な言葉に「そっか」と夜名津はいつものどうでも良さそうな調子で頷きながら、本題へと話を移していく。

 

「君の事は色々聞いているけど、とりあえずまず幾つか聞きたいことがある。答えたくない質問なら別に答えなくていい」

「……はい」

「君はユーチューバーをやっているそうだね」

「はい」

「それは君がやりたくて始めたのかい?」

「………はい、その、……友達に自慢したくて」

「じゃあ」

「あ、あの」

 

 ゆっくりと緊張ほぐしながら徐々に詳細な情報を抜きとろうとしていた夜名津だが、我慢の限界って言わんばかりの調子でちづりちゃんの方からドキドキと震えた瞳で訴えるように言ってくる。

 

「本当にパパとママを殺してくれるんですか?」

 

 少女の放たれた言葉に一瞬だけ空気が止まった。

 

 正面切っていたあの夜名津も、背後に立っていた俺や榎先輩、切利さんの誰かが息を呑む音が耳に聞こえてくるくらいに。

 

「…………違うよ」

 

 だけど、すぐに夜名津はいつも調子で、いや、いつもよりも優し気な調子でキッパリと否定した。そのあと、絶無だったか? どことなく夜名津に似た少年に対して夜名津は一目見て言う。

 

「ぜっくん後で話がある」

「はーい」

 

 意味が分かっているのかないのか、反応に困る返事をする。こういう所はやはり弟分もあってか夜名津に似ている。

 

 ぜっくんから視線を変えて、改めてちづりの方へと向き直っては彼女の瞳とぶつけ合う夜名津。その視線に珍しく一切逸らさずに少し考えるように間をおいてから答える。

 

「まず、勘違いしないでほしい。僕らはぜっくんから君とご両親の関係性が……あまり良くないから、って聞いたから……まあ、事と次第では児童相談所っていう場所に連絡するべきだと考えて……君の話を聞こうと思ったんだ。君のパパとママを殺すなんてことはできない」

「…………………」

 

 言い分としてはもっともなことだ。子供相手であり、デリケートな話題もあってか夜名津にしては冷静な大人な対応で受け答えをする。だけどその言葉を聞いた時、少女の顔はどうしようもない絶望に突き落とされたようなものだった。

 

 たすけてくれないんだ。

 

 そう語ってくるような諦めた瞳。

 

「なあ、夜名津」

「待って、雨崎君。他の二人も。……分かってる。ああ、分かってるんだ。うん。だからここは……今は待ってくれ。今は彼女との話が大切なんだ」

 

 言おうとした言葉を、こちらを一切振り向かないで夜名津から遮られる。俺だけじゃなく、同じ心情でいながら行動するかどうか迷っている二人にも言い聞かせるようにして停止させる。

 

 ここは自分に任せて欲しい、と。

 

 俺達三人は顔を見合わせてからどうするか、アイコンタクトで送り合い、一先ず夜名津に任せることにした。元々夜名津が受けた相談であり、夜名津自身がまず自分が話を通してみる、と珍しくやる気になっていた。ここは任せてもいいんだろう。

 

 どうしても、って場合の時は口を挟もうと俺と榎先輩は頷き合って、切利さんも渋々といった調子で納得する。

 

 俺達が密かにやり取りし合っている中でも、夜名津はこちらの事を一切振り向かないで勝手に話を進める。

 

「ちゃんと話そうか。大丈夫。僕は君をちゃんと向き合うつもりできた」

 

 優しい声色で話す夜名津に少女は戸惑った様子で助けを求めるように絶無の方へと投げかける。

 

「信じていいよ。兄ちゃんは変な人だけど、悪い人じゃないよ、じゃなきゃおれ相談しないし、お前を連れてこない」

 

 そんな信頼されている友達の言葉を真に受けたのか、覚悟を決めたように

 

「じゃあ、回りくどいことはなしにしてハッキリと聞いてしまうけど。……君は実の両親に暴力は受けているのかい?」

「…………はい。パパに殴られました」

「そう」

「…………パパに蹴られました」

「……うん」

「…………パパにぶたれました」

「…………痛かったね」

「…………パパに引っ張られました」

「…………うん。ママの方は何も」

「ママは何もしてくれません。助けてくれません」

「うん」

「ママは私が可愛くないとみてくれません」

 

 ―――体に痣ができればお化粧してくれるけど、顔に傷が入ると『ブザイク』って笑って何もしてくれない。

 ―――ママは私がパパに暴力を振っても一度も見てくれません。助けてくれません。

 ―――学校で『いやなことはちゃんといやだっていうんだ』っていうからパパにいやだって言ったら何度も蹴られた。

 ―――パパの台本を間違えると口にわさびを入れられた。

 ―――ママに泣きつくと涙と鼻水で服が汚れるって言われた。

 ―――ママもパパに殴られるのが嫌だから泣きつくなって言われた。

 ―――学校でチャンネルの事でからかわれる。

 ―――隣のおばあちゃんから冷たい目で見られた。

 ―――パパのお友達だっていう人たちに変なことをされた。

 

 パパから、ママは、学校の友達は、先生から、近所の人達は、パパの友達から。

 

 少女から放たれる真実はこちらが予想していたものよりも何倍も悲惨なもので、俺達全員それを聞いて重い沈黙するしかなかった。

 

 語ってくる少女のその瞳は、その声は、その身体は、その心は、もう壊れる寸前……いや、もう壊れてしまっていると言っていいほどに追い詰められていた。。

 

 …………もう―――、

 

 

「もういい!! もういいだろ、我一!!」

 

 

 声に出したのは俺ではなかった。切利さんだった。俺が声に出すよりかも先に切利さんから待ったの声が掛かった。

 

 俺達と共に一歩後ろへと控えていたのをぐいぐいと切利さんはまるで押し寄せる人の波を『どけ』と一声を放って威風堂々と行進していくかの如く、夜名津とちづりちゃんの間を割いて、ちづりちゃんを強く抱きしめては夜名津へと睨む。

 

「こんな幼気な娘に対して乱暴された記憶を思い出させて何になる! これじゃあただ辱めているだけじゃないか! その子の親と一緒だ、彼女は明らかに虐待を受けている! 許されることじゃない、その親は然るべき所で罰せられるべきだ!」

 

 怒声は夜名津に対してであり、同時にその親に対しての怒りを込めたものだった。

 

「ああ。すいません。君もごめんね。辛いことを言わせてしまって」

 

 冷静ではあるが、ハッと気づかされたように取り繕った言い回しで彼女にやめるように告げる。いつものように聞き入れる姿勢で思考に没頭していたのだろうが、今回はそれが完全に裏目に出てしまった。

 

 夜名津としては詳細のことを知りたかっただけかもしれないが、内容が内容のあまり、話す幼い少女としては打ち明ける心の闇は自身の心に何度も刃物を刺しているような自傷行為に等しい行為。

 

 悩みを打ち明ける勇気というが、同時にそれは自身に勇気を強いなければならないほどの心は追い詰められているという裏付けだ。

 

 親から虐待を受けている幼子、話に聞く限りこれまで周囲に味方という味方がいなかった現状でようやく表れた自分を助けてくれる存在に、自分がどういう目に遭っているのか言葉にする。確かにそれは凄く重要なことであり、救い出すには必要なこと。

 

 だけど、それはこちら側の事情であり、ちづりちゃんの心情からすれば早く助けて欲しいのに、わざわざ無理矢理に自分に起きた嫌なこと思い出させて、自分の首を絞めていることにならないか?

 

 そこまで思考を回してはふと気づく。

 

 夜名津がそれに気づいていない? あのコンプレックスの塊の夜名津が?

 

 こんな俺でも少し離れた第三者の視点だからこそ今の分析できたけど、逆の立場で今の夜名津のように正面切って質疑応答、彼女が放ってくる負の感情を直視すればここまで冷静に判断ができるかどうか言われればハッキリ言ってできない。

 

 彼女の感情に充てられる。充てられて切利さんのように彼女の心を救うことだけ感情が先走る。

 

 だけど、夜名津はそうじゃない。感情に充てられて伝染されるより冷静に問題を解決する方へと頭を回す。

 

 他人の事はどうでもいい、冷たい人間であるが、同時に弱い人間には誰よりも共感するのがコイツだ。

 

 なのに、夜名津がこの娘の闇の深さに充てられて動揺するなんてあり得るのか?

 

 ただ黙って話を聞いて解決を優先して目の前で傷ついている子供を無視する? あの夜名津が?

 

「私が助ける!」

 

 違和感を覚えていると、切利さんがちづりちゃんを強く抱きしめては決意した瞳で宣言する。

 

 そのまま立ち上がっては智頭利ちゃんの手を引き、真っ直ぐどこかへと向かおうとする。慌てて夜名津が止めに入った。

 

「待ってください、切利ちゃん」

「何を待つ必要がある!? 目の前に助けを求める娘がいる。傷ついた娘がいる。泣いている娘がいる! それを助けず、手を伸ばさずに一体何とするんだ!」

「そうなんですけど……」

 

 止めようとするも振り返って放ってくる圧に押されて言葉に詰まる。

 

 怯んだ様子を見て、一気に畳みかけてくる。

 

「虐めっ子のお前には昔から弱いヤツの他の者の気持ちなぞ、一切理解できないんだろう! 昔のこと忘れて良い奴になった振りはやめろ、心底見苦しい!!!」

「……!」

 

 その一言が大きな軋轢が産まれた。相変わらず無表情の夜名津ではあるが、その表情はとても傷ついたようなものに俺に見えた。

 

 やはり何か変だ。

 

 切利さんの登場からずっと夜名津は変だった。

 

 夜名津がこれくらいの口で押し負ける。いつもならどうでもいい相手ならコレくらい流すか、重要なら事柄なら言い負かすか、どちらかするはずが、今回は完全に痛い所を突かれたみたいな反応。

 

 一体、昔この二人の間に何があった?

 

 切利さんが言うように夜名津が子供の頃は虐めっ子だったっていう話は(実は前にちょろっと話の流れで夜名津も実際口にして話半分くらいに)聞いているが、それでも今の切利さんと夜名津の関係性が上手く見えない。

 

 今までの情報で夜名津は虐めっ子、切利さんはいじめられっ子で夜名津に深い恨みを持っていてもおかしくなく、夜名津も夜名津で普段ならともかく、俺も知らない過去の人間関係(夜名津の中学の知り合いとか)は殺意にも似た何かで怒りを覚えているらしいため扱いは雑だが、切利さんに関してはだけは何かと低姿勢なのは。

 

 まるでホリミヤの初期設定ガバガバな堀さんと仙石君くらいに意味不明な力関係だ。

 

 そんなことを考えている内に切利さんはちづりちゃんを連れて先へと進んでいく。榎先輩がその後を追い、現実に戻った俺も、と動こうとするが、榎先輩から「あなたはそっちをお願い」と夜名津の方を任せられる。

 

 見れば夜名津は無表情ながらもどことなく放心している様子。

 

「おい、大丈夫か?」

「ん、ああ。うん。大丈夫」

 

 いつもの適当さが全くない。心配かけさせまいと振る舞っている感じがある。やっぱりおかしい。

 

「どうしたんだよ、いつものお前らしくないぞ」

いつもの(・・・・)、ねえ~。昔の対応と今の対応の乖離で少しね」

「虐めっ子だったとかそういうのか? 根暗なお前が逆に虐められそうなヤツなのにな」

「まあ、今でこそ振り返ってみたら虐めっ子って話だけど、あの頃の僕は友達と遊んでいる感覚だったし、おふざけの延長上だって思っていたから」

「無自覚な虐めっ子の考え方じゃねえか」

 

 実際のところボッチで根暗なヤツではあるが、学校では夜名津は虐められっ子ではない。

 

 クラスの連中が良い奴ってこともあるが、どことなく虐めたらやり返してくるタイプの人間感がある。あの、『大人しいヤツが一番キレるとヤベー奴』の理論。

 

 まあ、吉成君のように体育祭でやる気のない態度に指導として殴られることはあるが。

 

 そんな感じにいつもの調子が回復しつつある、夜名津はふぅーと嘆息を吐く。一応フォローの言葉をかけておく。

 

「切利さんと何かあったのかは知らないけど、お前がやりにくいんなら、昔の調子で話すか、あるいは今のお前を突き通すくらいの勢いでやれば。いつものように我を貫けよ」

 

 励ますというよりかは背中を押してやるつもりで言ってみる。すると肩を竦めて返してきた。

 

「逆だよ。ぶっちゃけると、僕の中では切利ちゃんとは何もなかったよ。だから困っているんだ」

「逆? 何もなかったって……いや、あの対応でそれはないだろう」

 

 あれだけ露骨に敵意を振り回している相手に過去何もなかったっていうには無理がある。相当、虐めっ子時代に虐められていたという一生消えない傷を付けられたと言わんばかりの怨念を持っている。

 

 それをなかったっていうには無理だろ。いや、ある意味切利さんの言う、虐めっ子らしい、『昔のことだろ、いい加減に忘れろよ』的な昔の過ちをヘラヘラ態度で流す輩の証明にも捉えることができる。

 

 ……やはりコイツが一方的に悪いのでは?

 

 などと憶測から冗談でそんな結論の答えが導きながらも注意だけはしておく。

 

「よくわかんねえけど、聞いている分にはお前が悪いっぽいからちゃんと謝っとけ」

「いや、謝った上でアレなんだけど」

 

 そういえばそうか。昨日謝ってはいたのか。いやでもアレを謝ったって言えるか? 若干、煽っている感があったけど。謝った本人には誠心誠意の謝罪の言葉だが、受けた本人には神経を逆撫でするタイプの。

 

 そういうところがコイツの致命的な部分なんだよな。普段はあれこれ頭が回るのに、自分関係のコミュニケーションになると途端におかしくなる。

 

 どういったもんか、と考えていると夜名津としては話としてはもう終わりだ、と話を切って、ずっとこっちを見て様子を疑っていたぜっくんへと近寄る。

 

「ごめんね、ぜっくん。君の友達を傷つけるだけで」

「いいよ、がのいちにいちゃんは何かしてくれようとしてくれたんだ。学校の先生よりか頼りになるよ」

「学校の先生よりか、か。……嬉しいけど複雑だ。まだ何もできてない」

 

 ぜっくんの言葉に身に染みたように受け入れては、何もできていないことを自覚する。そうだ、まだ俺達は何もしていない。

 

 ちづりちゃんの家族の問題にしろ、ちづりちゃんの家にいる鬼にしろ、そして仕鬼祇使いにしろ、何一つ問題が解決していない。

 

「じゃあ、さっさと追うぞ。まずは切利さんの説得。拗れるかもしれないからお前は黙って、俺と榎先輩が何とかするから」

 

 もう切利さんと夜名津は、少なくとも今回のこの問題が終わるまでは接触を控えた方がいい。終わった後にゆっくりと話し合う場所を設けた方が賢明なのかもしれない。

 

 口にすると、夜名津も頷きながら呟く。

 

「ああ。僕の直感、いや劣等感が正しいなら、彼女は相当危ない」

「だからそういってんじゃん。でなきゃあ、オレががのいちにいちゃんに相談するわけないじゃん。アイツが一番ヤバいんだって」

 

 それに対して、ぜっくんは何を今更という調子で返して俺もそれに呆れながら頷いた。

 

 

 この時の俺は二人の会話の本当の意味に気づかなかった。

 どういう意味を込めて言っていたのか。

 そしてそれを知る機会はなかった。

 

 

× × ×

 

 

 先を行く二人。叶切利と竹馬ちづりは手を繋いで速足で道を行く。叶切利の怒鳴り声を上げそうな怒りを放つ表情と、竹馬ちづりの今に泣き出しそうな強張った表情の姿を傍から見たら、厳しい姉と問題を起こして強制帰宅で連行されている姉妹の図に見えた。

 

 実際のところは違うが。

 

 二人が向かっているのは夜名津我一が提案した児童相談所ではなく、竹馬ちづりが暮らしている家、つまりは竹馬家に向かっていた。

 

 叶切利は竹馬夫妻に対して正面切って『ちづりへのDVをやめるように』と主張しようというのだ。彼女は子供の頃から悪いことをした人物には正面からぶつかるという手段を選んでいる。それが同い年であろうと、年上であろうと、あるいは教師や親といった相手に対してもだ。

 

 正々堂々、真っ向勝負。不正や卑怯を許さない。委員長資質で正義の味方思考が強い彼女はそのやり方でこれまでやってきた。

 

 お堅い叶切利であるが、人類が皆、別にルールが絶対遵守で、完全完璧の規律のある規則正しさの人間である必要がある、といったような融通が利かないわけではない。理由があり、納得すれば目を瞑ることだってする。

 

 あくまでも善悪の定義において明らかに悪に片寄るような行為がひどく許せないのである。

 

 秩序を乱し、周囲の人間に迷惑をかけ、悪性で社会を毒すような明白な悪の存在が彼女にとって非常腹立たしい存在なのだ。

 

 そう、子供の頃の、夜名津我一のような存在だけは許せない。

 

(帰ってきて再会した。多少マシになったと思ったが、性根はそこまで変わっていない)

 

 あの時、竹馬ちづりに対して優しい言葉をかけていれば、あるいは竹馬ちづりに「それ以上は言わなくていい」と一声があれば叶切利は夜名津我一に対して、過去のことは一先ず流して、夜名津我一の存在を改めることができただろう。

 

 だが、それをしなかった。

 

 ただ黙って聞いていた。まるで『自分には一切関係ないことを話しているな』と態度でこの娘の悲痛の叫びを無視していた。

 

 叶切利にはそう思えてならない。

 

 もしかしたら、切利が言わなくてもその後に言っていたかもしれない。あるいは過去のことがあって叶切利だけがそういう風に捉えてしまって、夜名津我一自身は彼女の言葉に痛く傷ついていたかもしれない。

 

 だけど、叶切利には夜名津我一は『悪』という存在で認識してしまっているためにそれ以外の視方で視ることはできない。

 

 どれだけ善行を積もうと、どれだけ変わった所を見ても、彼女の中では『最悪の存在』でしかない。

 

 そして、その認識は…………。

 

「お姉ちゃんはパパとママを……どうにかしてくれるの?」

「ああ、もちろんだ。お姉ちゃんを信じろ!」

 

 ずっと黙っていたちづりがか細い不安そうな声で訊ねられ、叶切利は力強く返答する。弱っている心に安堵させるために。

 

 その言葉に少女は影ながら笑みを浮かべた。

 

 救われたような安心に満ちたホッとしたような笑み。

 

 ―――そして、同時に邪悪さが含まれた笑みを浮かべた。

 

 その笑みに叶切利は気付かない。少女の方へと顔を向けずに正面を、あるいは彼女自身が決めた進むべき道というそれに向かって歩んでいく。

 

 竹馬家はもう近い。雨崎千寿や榎設楽が住む地区と違って、この地区の家々は一軒一軒が遠く離れており人気は少ない。周囲には道路を真ん中に畑山と海岸沿いの道が続いていく。

 

「あ~あ、今日もレベル上がんねえな。どうすれば上がんだか」

 

 すると、田舎特有のよく分からない場所に配置された自動販売機の前に一人の特徴的な可愛らしい声、所謂アニメ声がぼやいた。

 

 猫耳系のフードを深くかぶった少女。黒色の袖のないパーカーにショートパンツに太ももまで布く長いソックス。背丈からして中学生くらいの少女。

 

 彼女は叶切利達の接近に気づかずにぼやいたようで、自販機で購入したファンタを拾い上げて、ゴクゴクと飲みながら振り返ると、叶切利達と目が合う。

 

「(あ、やっべ、聞こえてた)」

 

 恥ズ、と小声で顔を真っ赤にしながら顔を逸らす少女を見て、叶切利は見なかったことにしてやろうと、これまで頭に血が上っていたはずが少女の微笑ましい姿を見て少しだけ怒りの溜飲が下がった。

 

 急いでこの場を去るのが彼女の為だろう、と考えて先ほどとは違う理由にて速足で駆けようとしたら。

 

「ん、まあいいや。消せば同じことだし、今日はこの二人で終わらそ」

 

 消せば、の言葉を耳に入り動かそうとした足が止まる。竹馬ちづりを少女から遠ざけて護るように立ち、敵意を込めた瞳で少女へと睨みつける。

 

「何者だ、お前」

 

 今に飛び掛かって殺しにかからんばかりの殺気を放つ叶切利。それに対して少女は。

 

「……ひぃ、そんな怖い顔すんなよ~! なんでみんなしてそんな目で見るんだよ~!!」

「…………」

 

 心底ビビっていた。大粒の涙を込み上げた涙目で、下手するとチビッてしまっているのではないか、と思えてしまうほどの怯えっぷり。

 

 ………気のせいか。

 

 まさか少し放った殺気だけでここまでビクつくとはまるで小動物をイジメているような心苦しさがある。後ろで「お姉ちゃん?」と不思議そうに訊ねてくる竹馬ちづりのこともあって居心地が悪い。

 

「すまない、勘違いだったようだ」

 

 と一言謝ってこの場を去ろうとする。

 

「《時鬼受肉》、《歴視回覧》」

 

 振り返った瞬間にそう可愛いらしい声でワードを唱えると、背後の彼女に纏わりつくような霊力の流れを感じ取り、また少女の方へと身体を方向転換させる。

 

 フードから垣間出る曲を描く一本角が生え、隠れていた彼女の瞳が現れる。まるで和風時計を思わせる漢数字の並んだ時計のような瞳。

 

 それと目が合ってしまった。

 

 その針が逆回転して回る。まるで時間を遡るようにして。

 

 途端に、叶切利の脳内の記憶の奔流が溢れ出してくる、過去の記憶。

 

 夢現な状態に陥っては上下左右の方向が分からずに地に足着かない感覚のあまりその場に膝つく。頭が割れるようにして記憶が溢れてくる。

 

 高校の記憶。学校生活を送る日常と血統者として戦う血を帯びた日常の裏表の日々。

 

 中学の記憶。こちらも同じ普通の日常生活を送り、そしてまだ修行時代だった日々。

 

 小学校の記憶。知らない土地にやってきて修行が始まった日々と、そして引っ越す前の日々。

 

 幼き日の記憶。引っ越す前の当たり前の日常。

 

 夜名津我一との記憶。

 

「~~~~~!!!!」

 

 蘇った記憶に、激しく痛みを頭に、声にならない悲痛の叫びをあげて、地面に蹲る。

 

「お、おねえちゃん!」

 

 急遽知人が苦しみ倒れたことに驚き、戸惑った声を上げる竹馬ちづりは心配そうに駆け寄る。が、返答はない。頭を押さえて頭痛に苦しんでいる様子。

 

 その姿を眺めていた鬼と化した少女はムッとした感じの表情で冷たく言い放つ。

 

「同情するよ、お姉さん。夜名津ってヤツにイジメられたこと。……? 言うほどイジメか、コレ? どっちかというと……まあいいや」

 

 最初は冷たくだが、徐々に不思議そうなニュウアンスを含まれた疑問形。彼女の瞳は視た相手の記憶を視ることができる。

 

 そして、叶切利の過去に対しての感想はどうでもいいだった。

 

 突如として信頼していた人を失った竹馬ちづりはどうしていいのか分からず、右往左往として動けずにいる。逃げ出したいが身体が動けない。

 

 自分よりも強い存在があっさりとやられた存在に自分が逃げ切れるのかどうかわからずに戸惑っている。

 

 すると、彼女もまた瞳が合ってしまった。

 

「《歴視回覧》」

 

 少女はあっけなく、竹馬ちづリにも同じ技をかけられては脳内に映し出される幾つもの傷だらけの記憶を強制的に思い出される。

 

 竹馬ちづりは泣き叫んで叶切利と同じようにその場に倒れ込んでしまった。

 

 竹馬のちづりの記憶を閲覧した少女は顰め面を浮かべる。

 

「あ~、サイアク。当たりっぽいけど……嫌なもん観た。うわぁ~、サイアク、帰ろっと」

 

 少女はぼやいてはどこかへと去っていく。

 

 残された二人は脳内に焼き付いたトラウマに苦しんでいた。

 

 忘れたいのに忘れられない、深い傷の記憶を。

 

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