なんでこの人、アニメのキャラみたく少しの距離で巻かれたんだろう?
切利ちゃんとちづりちゃんの後を追いながら、先に二人を追っていたはずなのに逃した彼女を見てそんなことを不思議に思いながら走る。
わりと走っている分には彼女の足は遅くない。女の子走りではなく、ちゃんとフォームができている、何かスポーツでもやっていた人の走り方だ。
そんな人がいくら鍛えているとはいえ、一人の少女を連れた切利ちゃんにあっさり撒かれたとは考えられない。おそらくこの人は味方面して最終的には裏切るのではないのか? と一人怪しんでいる僕。
僕らはぜっくんの案内でとりあえずちづりちゃんの家へと急いでいた。
そこに狙い絞った理由としては二つ。
一つは、……まあ、彼女の性格。正義感の真面目な委員長資質の彼女の事だから、真っ向から文句に言いに行ったんだろう。この案には彼女……えーと、名前が思い出せない(せっかく前振りの時に『彼女』って敬称で誤魔化したのに)……雨崎君の中学からの先輩の方も頷いた。
彼女も彼女で確か切利ちゃんと面識があるからその性格はよく理解している。
二つ目は児童相談所がここら辺近くにないし、もしそっちに行ったとしても結局のところ行き着く所はちづりちゃんの家だから、待ち伏せしておいた方がいいだろうって話。
そんなわけで僕らは『ゴールする時は一緒にテープを切ろうね』のマラソン大会の時の仲良し具合に一緒にちづりちゃんの家へと直行する。
まあ実際正直な話、マラソン大会って好きなペースで走りたいから一緒に走りたくないけど。下手に合わせて遅く走ると逆に苦しいから、アレ。
ボッチの僕がそんなことを言ってくれる友達は中学の時はいなかったけど、高校入って、一年の頃、クラス違ったけど雨崎君と仲良くなったのは体育の時で、持久走の時、実際に彼のペースに合わせて走っていたらペースが遅すぎて苦しいのなんのって、逆に僕のペースで走ってもらったら彼は全力疾走ばりに息が上がってしまって『あ、仲良くゴールは無理だな』ってなった。
ちなみに僕は中学の頃はサッカー部に(強制)所属していた。そして彼はバレー部だったらしい。部活的に走り込みの度合いが違ったんだろうな……。
あ、思い出した。彼女、先輩の方もバレー部のはず。雨崎君がそんなことを言っていたような気がする。
ついでに名前も思い出せればよかったんだけど、残念ながら思い出すことができない。なんか、こう、植物とか木っぽい感じの名前だったんだよな。……楓だっけ? ああ、うん、多分楓だ。楓先輩だ。
そんなこんなで道中どうでもいいことを考えていると正面数メートル先に一人の女の子の姿を発見する。
切利ちゃんだ。切利ちゃんは何やら顔を落としてこちらへと身体を向けて立っている。あまりにも不自然なもの。
僕らは切利ちゃんの姿を認識するとそこに合わせてスピードを落とす。一人、楓先輩だけがぜっくんを追い越して切利ちゃんの前へと立つ。
「りっちゃん! よかった。……心配したのよ。勝手に飛び出して……気持ちは分かるけど先走るのは悪い癖よ。……ちづりちゃんは? ちづりちゃんはどこ?」
最初に安堵し、すぐに気を取りなして簡単な説教と一緒にいたはずのちづりちゃんがいないことを訊ねる。けれど切利ちゃんは何も答えない。無言で顔を落したままだ。
りっちゃん……? と切利ちゃんの様子がおかしいことに気づいたのか、目を細めて少し距離を取るように離れる。その間に僕らも楓先輩の所にたどり着く。
すると、僕らがたどり着くと何かに反応するように小さく呟いた。
「…………つ」
「?」
切利ちゃんが何か呟いた。一体何を口にしたのか、聞き取れず僕らは訝しげになる。
だけど、言葉こそ聞き取れなかったが反応を示した切利ちゃんの周囲の空気が震えて、纏う雰囲気が冷たく、けれどそれは次に発する熱が一気に登り上がるための布石のようなもので―――、
「―――夜名津!!」
「っ!!?」
一気に爆発する。
喉を潰すのではないのか、と思わせるほどの大音量を発すると、同時に彼女の手に刀を出現させて僕へと一刀両断の勢いで斬りかかってくる。
反射的に回避運動を取ろうとするが、迅い!
初手の雄叫びが思ったよりも身を竦んでしまい、同時に周囲が三人、三方向に密集してしまったこともあって避ける方向が潰れてしまった。
諦めて受けるか、と思考だけが時間を長く感じられるタキサイキア現象に襲われて、僕は死を受け入れる。
ズッ、と後ろに引っ張られる。雨崎君だ。咄嗟に彼が僕の身体を引いて助けてくれたのだ。
刃はギリギリ紙一重ならぬ、髪の毛一本斬られて躱すことができたが、後ろに引っ張られたことで地面に腰付いてしまう。
「ぅ!」
すぐに立とうとするが、切利ちゃんの方はもう既に次の一撃へのモーションに入っていた。横の水平に切り裂さこうとする鋼が光る。
「《土行之護道・盾壕》!」
今度はタキサイキア現象が発動して諦める思考すら陥ることなく、迫る一閃に魅入っていると隣から何やら呪文の一声が放たれ、途端に僕の目の前に土壁が生えて刃を防ごうとしたがまるでバターでも斬るようにあっさりと切り裂いたのだ。でも僕自身は無事だ。
崩れ落ちる土壁から垣間見える、敵意と殺意に満ちた瞳が僕を見据えていた。
お前を許さない、絶対にお前を殺す、と強い意志を感じさせるもの。
そこから伝わってくる、僕らには一切に和解の道がないということ。
「りっちゃん! 一体何を!」
楓先輩が僕を護るようにして前に立ち、どうしていきなり攻撃を仕掛けてきたのかと問いかける。
「退いてくれ、らっちゃん。私は夜名津を、貴様を殺す!」
「…………なんで?」
いきなりの殺害宣言の困惑……というほど困惑はなかった。彼女の向き出しの感情を込められた瞳を見ればわかる。口に出してしまったのは僕の性格のアホさ加減からだ。
馬鹿、と背後から雨崎君から怒られる声が聞こえるが、それは無視して、切利ちゃんからの返答を待つと、すぐさま答えは出てくる。
「お前が悪だからだ!」
力強く断言する。それ以上の理由は要らないとばかりの強く、絶対的に狂うわけのないたった一つの真実の如く。
「《払道・解離》!」
楓先輩が動く。片手に巫力を込めた掌底が切利ちゃんに向けて放つ。切利ちゃんの腹部に直撃する。
が。
「退け、らっちゃん。邪魔だ」
「!? (通じてない! 私の実力じゃあ無理ってこと? ……いえ、違う! コレは……何かにりっちゃんが取り憑かれているわけではない!)」
腹部に直撃したというのに微動だにせず、ただ静かに怒りを込めた声で退け、と告げてくる。その様子に額に汗を流す。彼女の放つ雰囲気に圧されて楓先輩は怯み一旦距離を放つ。
少しだけ乱れた息使いの緊張感が伝わってくる、間近で受けたであろう恐怖心が伝わってくる。
「……彼女は正気よ、何かに操られているわけじゃない」
「………」
正気の人は僕の事を殺しにかからない。…………いや僕の事キライすぎるから案外あるかしれない。中学の頃とかそれで結構困ったし。
と相変わらず場違いな考えで緊迫する空気の緩和しようと試みようとするが、やっぱり冗談で済ませられない。
切利ちゃんは己の指を噛み切っては血を流しては地面へと五本の指で印するようにして抑えつける。……光景だけ見ればナルトの口寄せの姿勢だ。
「〝血戦陣〟!」
そう唱えると、周囲にプウーと薄い紅い空気が広がって嫌な鉄の味の匂いを漂わせる。それは痛みや生々しさ、恐怖、気持ち悪さ、嫌悪感、そういった負の感情を増幅させるようなもの。もし距離があったならばここら辺に近寄りたくない、と思わせる何かだった。
一体コレは何だ? と疑問符を浮かべる僕に楓先輩が短く答えてくる。
「安心して今のは血統者が使う、人払いの結界みたいなもの」
「コレを使われば一般人はここいらに寄ってこねえ」
楓先輩はともかく、雨崎君からも教えられた。そっか、霊力の操作もまともにできない僕とは違って、彼の修行は順調のようだ。
血戦陣。……人払いの結界。つまりはここら一帯に僕ら以外の人は寄ってこないっていうことか。なるほど、今感じた不快感の正体はそういうことか。
大方血の匂いを発することでの嫌悪感や不快感といったもので生物の本能的にこの場を近寄りたくない、危機察知能力に働きかける、っていったところか。
能力に関して冷静に分析する。
「……オーライだ」
僕はそう返しては起き上がり、転んだ際に着いた土を払って僕を護るようにして前へ立ってくれる楓先輩の前に立つ。
「三人共、先に行って。彼女は僕がやるよ」
僕が戦うことを宣言すると榎先輩は驚いた顔になり、同じ心境なのか背後から雨崎君にも待ったの声がかかる。
「待て、夜名津。今の切利さんは明らかにおかしい! お前一人でやるなんてこと……」
「それよりもちづりちゃんだ。ここにいないってことが気になる」
けれど僕はバッサリと切り捨てて、現状ここにはいないちづりちゃんについて指摘する。そのことにハッとした二人は改めて周囲を見直してみるがちづりちゃんらしき影はここら一帯には見つからない。
「ちづりちゃんはどこ?」
「……知らん! そんなことよりも夜名津! 貴様を殺す」
楓先輩が訊ねるけれど、切利ちゃんは聞く耳を持たずといった調子で言い捨てては再び襲い掛かろうとしてくる。
それを慌てて止める。
「待った。ちゃんと相手してあげるから、ちょっと作戦タイムくらい頂戴よ! もぅ、正義の味方なんだからそれくらい待ってくれたっていいじゃないか。邪魔者がいない状態で僕と一対一でやりたいんでしょ! 別に一時間待ってくれって言っているわけじゃないじゃん! 五分くらい待ってよ、アニメの悪役以下って言われたいの、君は」
「~~~ッ、よぉ~なぁ~つぅ~~!!」
「煽るなよ、お前は」
しまった、テンパったあまりつい本音が出てしまった。僕の悪態にただでさえ敵意向き出しの状態だったのが、さらに怒りを募らせてしまった。そのことに雨崎君は呆れたように突っ込んでくる。
つい、キレている相手に対してキレ返してしまう中学の頃の悪癖が出てしまう。……そういえばこの間の闘いでもそんなことあったっけな。……あったっけ? まあいいや。シナリオ製作にいらない箇所だし。
気を取り直して五分しかない作戦タイムで味方側の説得を試みる。……なんで説得するのが頭に血が上っている相手じゃなくて冷静な味方側なんだ、って突っ込みは無視しよう。
「ぜっくん、雨崎君、楓先輩。三人はちづりちゃんの家の方に行ってくれ。切利ちゃんの相手は彼女の望み通り僕がやるから」
「だけど」
「現状で最もどうでもいいのが、彼女だ」
何か言おうとする雨崎君に対して、僕はハッキリと事実を告げる。
切利ちゃんの暴走については一番どうでもいい案件だ。現状で対処すべきことであるけど人員を割く理由はいらない。僕一人で事足りるならいいことだ。
「いいかい、今回の目的はちづりちゃんについてだ。そこが目的で目標ポイント、ゲームで言う所の勝利条件だ。彼女は鏡鬼を従わせる仕鬼祇使いに繋がっているし、彼女を救うことが最優先。そうだろ?」
ちづりちゃんが一番重要であることを主張すると、ロリコンの雨崎君は何か言いたげだが黙るしかない。楓先輩も複雑そうな表情になりながらも頷く。ぜっくんに至っては分かっているのか分かっていないのか、とりあえず頷いておくか、の様子。いや、君が持ってきた話なんだけど。
ぜっくん、と彼を呼んで真正面になるように向き直る。僕の真面目な空気を察したのか、彼も姿勢を正すようにして受け止める。
「ちづりちゃんは君に頼ったんだ」
「……うん」
「今回の件で彼女の両親に問題がある。学校の方でもそれが伴ってイジメの被害に遭ったようだね。そんな中で君に頼ったんだ」
「うん、だからオレもがのいちにいちゃんに頼った。がのいちにいちゃんなら何とかしてくれるって」
「いや、ここでは君が僕に頼ったことは自体はどうでもいい話だ」
「え?」
僕の否定に首を傾げて不思議そうな顔をするぜっくん。そう、ここでの話は僕が解決のために動いたのは重要ではない。
「これまで彼女には味方はいなかった」
「……………」
「親は勿論、学校の皆も彼女の味方じゃなかったんだ。最近じゃあネットとかの繋がりで友達ができるような世界だけど、でも人間の大半は本当に味方になってくれるのは身近な誰か、触れられるほどに近くの誰かなんだと思う。言いたいこと分かるかい?」
「……うん、分かっている。ゲームのフレンドは友達じゃないってやつだろ」
「……………大雑把に言うとそれだ」
「「いや、違うだろう(でしょ)」」
ぜっくんの答えに、力強く大きく頷く僕らのやり取りに二人が突っ込んでくる。雨崎君から「良いこと言っているんだからしっかりしろ! どうしてお前はそういう中途半端な感じで諦めるんだ」と横からごちゃごちゃ言う彼を無視して僕は続ける。
「いいかい、小中の頃に味方という味方がいなかった僕―――」
「お前に味方がいなかったのはお前の自業自得だ」
「今大事な話をしているんですから口チャックして黙ってて! もう、後一言二言でこの子達を送り終えたらちゃんと相手してあげるからさ! ったく」
「「(どうしよう、律儀に待っているのが普通に面白い)」」
離れて、待ちの態勢で僕らのやり取りを律儀に待っていたはずの切利ちゃんが急に突っ込んできたことに驚きと同時に若干イラついて毒を吐く。その時、チラッと見えた雨崎君と楓先輩の顔が含んだものように見えたが気のせいだろう。
改めて顔をぜっくんに戻して話を戻す。
「話は戻すけど、誰も味方がいない彼女は唯一、君を頼ったんだ。彼女の抱えている問題で君は助ける選択を選んだし、彼女は君を信じて、今日僕らの前まで勇気をもってやってきた。……これは凄いことなんだ。わかるかい?」
「…………なんとなく」
微妙な顔をされた。分かるようで分からないといったようなもの。何かは察してはいるけど、イマイチピーンと来ていないのだろう。小学生だからというよりも背徳絶無だからだろう。
この子には善悪の区別が付けない。それは子供だからではない。そういう人間であり、そういう存在。
人として頭で理解できても、人として心で判断が付かない。
それは自分の中での善悪はなく、社会における一般的な価値観での善悪でしか物事をはかれないということだ。
それは良いことだと言う人もいるかもしれないけど、自分の世界で閉じこもっている僕から言わせれば、自分の中で培って育ってできるはずの善悪感がない人間なんて、それこそ間違った人間だ。
感情においての善悪の判断こそ人間として正しい判断だ。
例えば、人を殺してはいけない、善悪の問答に対して彼はこう答える。
―――なんでわざわざおれにそれを聞くんだろう?
人を殺してはいけないことは当たり前なのに、と分かり切っている理屈を訊ねてくる相手の事が理解できない、と反応を示すだろう。
質問を変えて『大切な人、親や兄弟、友達やガールフレンドといった人が殺してしまった』あるいは『殺した相手は悪い人だった』『仕方がない偶然の事故だった』といったものに変えたとしても彼はこう答える。
―――だからなんでそれをおれに聞くんだろう?
社会的に悪であることは悪だ。正義であることは正義なのだ。そこに自分の感情を入れない。大切な人の犯行だろうと、凶悪犯だろうと、ただの事故だっただろうと、冷徹に正常な判断を以って社会的な善悪の基準で判決を下す。
善悪の判断が付かない彼にとって世界は平等なのだ。
彼の肩を掴み、真っ直ぐと目を合わせて僕は告げる。
ある意味でぜっくんと切利ちゃんは対極の存在だ。善悪の区別ができない少年と、善悪の判断に私情を入れ込む彼女。
まるで合わせ鏡のように左右反転の彼ら。そしてそんな二人から挟まれる形(?)で存在する僕は別の見え方になってしまっている。
片や絶大の信頼を置かれて、片や殺意に向けられ恨まれている。
……本来ならぜっくんからも『悪』だと認識されてもおかしくない存在なのに。
「考えるんだ、いや、考えるんじゃなくて心に問いかけるんだ。君にとって善悪の基準での判断は簡単なのかもしれないけど、それ以上に大事なものがあるはずだから。ちづりちゃんから学べることはきっとあるはずだ! 今回の事件について難しいかもしれないけど自分なりでいい、もう一度振り返って自分の答えってヤツを感じるんだ。わかったかい?」
「ああ、がのいちにいちゃんがそういうならおれ考えるよ」
真っ直ぐと深く頷く彼に対して、僕はデコピンをする。いて、とオデコを抑えるぜっくん。それに対して小さく嘆息する。
おバカ。そこは「分かった」なんだよ。『にいちゃんに言われて』じゃないんだ。
教育って言うのは難しい、と年を重ねた今だから分かるし、教師にまともなヤツがいない……少ないっていう理由がよく分かるようになった今日この頃。
僕はぜっくんから目を離して、二人の方へと視線を向ける。彼らについて話すことは特にない。ただ、一言お願いするだけ。
「雨崎君、楓先輩、ぜっくんとちづりちゃんのこと任せる。任せます」
「ああ、分かったけどよ……」
「ええ責任持って預からせてもらうわ。けど我一君、一つだけ言わせて」
どことなく含み笑いと呆れの混じった表情の雨崎君は歯切れ悪く頷きつつ、楓先輩も少し口角を釣り上げたような目元をピクピクとさせて、怒りを堪えている様子。
なんだろう、愛の告白だろうか? だとするとごめんなさい。顔がギリギリで好みじゃないんです。面食いなので、基本的に平均より高めを基準にしている僕だ。でも、同時に顔の良い人が僕なんかを好きになることは絶対にないということは分かっている。
まあ、いつものようにアホな思考になりつつも、どうせ僕が一人でやることにキレているんだろうな、とその説教なんだろうな、と面倒くさいと思いながら彼女の言葉を待つ。
「私の名前は榎よ、榎設楽。誰よ、楓って」
「………ごめんなさい」
これに関してマジで頭を下げて謝る。ガチで勘違いしていた。道理で隣の雨崎君の表情があんな感じになっていたはずだわ。
ああ、そっか、先輩の名前はえのきせつらっていうらしい。
……エノキか。木じゃなくてキノコの方か。惜しいな。一体誰だよ、楓って。……本渡か? 本渡楓か? ああ、刀使ノ巫女のせいか。あれ、実は一クールしか観てないんだよな。二クール目からは別作品と録画被ってしまって。
「じゃあ、無理すんなよ! お前の事だから何か策はあると思うけど、それでもあぶなくなったらすぐに逃げろ!」
雨崎君が最後に僕へと檄を飛ばして三人は去っていく。
さ~て、僕の命も今日ここで終わるのか。ま、切利ちゃんに殺されるなら別にいいか。
言われたばかりの雨崎君の檄をすぐに忘れて、ありがたいことに素直に待っていてくれていた彼女と対面する。
先ほどの突っ込みも合って、待っていたことで頭が冷え、冷静さを取り戻してくれた……なんてことはなく、逆に待たされたことで怒りが増している様子。
「随分と待たせてしまってごめんね。じゃあそろそろやりますか」
できるだけ刺激しないようにできるだけ人良さそうな調子で告げる。
「お前はそうやって……いつだって、人をおちょくるんだな」
なぜかキレられた。もうこの人の中で僕がどうやっても、どう行動しても、どう言っても、全部裏目として出てしまう。知らない間にオセロでもやっているのかな?
そう思うと中学の頃を思い出す。あの担任のクソババアことを。僕が人類において最低才覚最底辺な存在だと思っているあのクソババアのことを。本当にあの担任キライだったな。
僕の中で目の前の切利さんとあのイカれたババアの姿を重なってしまう。すると不思議なことに温厚で優しい虫も殺さない聖人クラスのメンタルの持ち主の僕でも殺意というものが沸いてくる。
あ、冗談言っていたけど、ガチであのババアを思い出したせいでマジでイラっときた。八つ当たりがてら殺したくなってきた。
「その表情、やはり昔のままだなお前は。その顔、昔よく私に向けて来た反抗的な顔だ」
ババアのせいで少し顰め面をしてしまったせいか、それを見た切利さんはこれまでの怒り表情とは違い、どこか懐かしむような柔らかいもの。
初めて見る彼女の表情。
それは再会してから初めてみせた優し気な表情ではない。僕のポンコツな記憶力でも覚えている限り、彼女が僕にそんな表情を見せてくるのは初めてだった。
僕と対面する彼女はいつだって怒り顔だ。僕が問題児だったから、そして彼女は正義感が溢れる娘だったから。
思い出すように瞼を閉じてはこれまでを振り返っているのだろう、澄んだ優し気な声色で語りかけてくる。
「心底安心したよ、昨日や今のお前の言葉にもしかしたらお前にも人を思う心を芽生えて善人の道を歩み始めた、と。……だけどお前が昔から何も変わっていなかったようで、―――これで安心してお前を切り殺せる」
もはや何も迷いはない、と彼女の覚悟を、気を引き締めて、意気揚々といった感情と刃を僕へと向けてくる。
その姿を見て、その言葉を聞いて、僕は彼女に対して■■■■。■■■■■■。
「血継武家叶家、叶切利! いざ、悪を切断させてもらう!!」
口上を上げて、刀を上段に構え、瞬で数メートルあったはずの距離を一気に詰めよって、一閃を走らせる。
真っ直ぐと一切のブレなどない、これまで何度も振ってきたのだろう、彼女らしい実直さの剣筋。素人目でも分かる、稽古だけじゃなく実践と修羅場を潜り抜けてきたことが肌で伝わってくる剣圧。
彼女の一撃を僕は避けることなく、まともに喰らう。
地面に倒れて意識が遠のく中僕はこう思わずにいられない。
―――君は変わったね、と。
意識の途切れる前に見た彼女の表情は困惑、こんなはずではないと言わんばかり動転し、固まった表情で僕を見ていた。
―――お前は誰だ、と言わんばかりの顔で。