鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

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VS鏡鬼 其の陸

 切利さんの事は夜名津に任せて、俺達はちづりちゃん宅へと急ぐ。

 

 夜名津一人で残すことは不安だったが、アイツの事だからいつものように何かしらの策を思いついて対処すると思うけど、どうも切利さん相手にはアイツいつもの調子を崩している。本人は曰く、『旧友だからどう接していいのか分からない』と言っていたが……実際どういうことなんだろうか?

 

 少し考えてみる。

 

 実はこれまでの夜名津と切利さんを傍から見た経緯からして、夜名津が彼女をイジメていた。ひょっとすると、それはもしかしたら、夜名津は昔切利さんのことが好きだったとか。

 

 これまで何度か頭の内にあった考えだが、夜名津に限ってそんなことは、みたいに流してきたが、でもさっきのやり取りで少し変わった。

 

 先頭を走る彼をみる。

 

 さっきのやり取り、ぜっくんとの会話。

 

 あの話自体は夜名津のいつもの、いつに増しての意味のよく分からん言い回しだったけど、どうやらちづりちゃんはぜっくんとやらのことが好きで、ぜっくんはそれに鈍感だったということなんだろう。そのことを遠回しに指摘していた夜名津。

 

 それはもしや、夜名津自身の体験談か何かか?

 

 例えば、昔夜名津はイジメっ子だった時代、とその被害に遭っていた切利さん。子供の頃の異性に対するイジメっていうのは大抵好意の裏返しだ。つまり昔夜名津は切利さんの事が好きで、イジメていた。それが尾を引いている。

 

 それで再開した今やぜっくんとちづりちゃんの関係性を見て、色々と思うことがあった。

 

 そう考えればさっきの話や夜名津の不調については一応筋を通る。

 

 そんな下世話な事を考えていると、隣で一言零される。

 

「……彼の事がますますわからなくなったわ」

 

 零したのは榎先輩だ。楓先輩ではない、榎先輩。

 

「雨崎君、あの子、我一君は一体なんの? 死にたいって言ったり、彼にはちゃんと今回の事を考えるように言ったり、本当に訳が分からない。霊力の修行だって全然できなかったのに、あの秘めたポンテンシャル……。状況に対して冷静な判断力……一体全体なんなの?」

 

 榎先輩はずっと抱え込んでいた疑問を問いかけるように俺へと視線を向けて訊ねてくる。その瞳は理解できないものを見るような目、目の前に事が信じられないようなそんな目をしていた。

 

「……あの、前から思っていたんですけど、なんでアイツのこと我一って呼んでいるんですか?」

「え?」

 

 質問に全く関係ない質問で返してしまった。当然夜名津に対する疑問に対する物とは違う、別の困惑顔をしてみせる榎先輩。しまった、今少し恋愛脳になってしまったからつい、この人も夜名津の事が好きなのでは? と変な勘繰りが働いてしまった。

 

 いや、ずっと我一って、下の名前で呼んでいるし、付き合いの長い俺でも苗字呼びなのに、性格からしてこの人親しい人くらいにしか名前呼びしないんだよな。切利さんのことも「りっちゃん」なんてあだ名で呼んでいるみたいだし。

 

 会って数日、しかもあの夜名津を相手にそこまで心を開くとは思わない。

 

「あ、すいません。ずっと気になっていたんですけど、話すタイミングがなくて、つい」

 

 話を閉ざそうとするけど、先に榎先輩が答える。

 

「いえ、それはあなたやりっちゃんが言っているから……」

「俺は夜名津って呼んでますけど。切利さんが出会う前から我一って言ってますよね?」

「あれ?」

 

 自分でも分からないというように首をひねる。

 

 まるで俺達が言っているから流れで自分も、みたいな言い方だったけど、俺達はどちらも互いに苗字読みだし、切利さんは幼馴染こともあって互いに下で呼んでいる。だけど、切利さんが来る前から先輩の方は夜名津を名前呼びしていた。

 

 すると結論が出たのか、先輩は思い出したような調子で言ってくる。

 

「あ、アレ、我鬼よ、我鬼。アレが『がのいち、がのいち』といつも叫んでいるから。それで夜名津よりも我一って方が耳に覚えたのね」

「ああ」

 

 アイツのせいか。アイツはずっと『がのいち』言っているし、……あ、俺も俺で榎先輩と話す時は『夜名津』というよりか『アイツ』とか呼んでいることが多いような気がする。そうすると相対的に耳に残ったのが『夜名津』よりか『我一』って名前で覚えてしまったんだろう。

 

 なるほど、と納得すると、ふとどうでもいいことを思い出す。

 

 ……あり? そういえばアイツ最近姿見てないな。最後に姿を見たのって……アレ、もしかして学校の図書館に置きっぱなしなんてことはないだろうな? いや、この間『神社だから出さない』的な事を言っていたっけな。

 

 数日姿を見ていない我鬼の行方を気になりながらもアイツのことなんてどうでもいいかと割り切る。

 

 話を戻そう。えーと、元は一体何の話だったっけ? ……あ、そうだ、夜名津が何者か、って話か。

 

 正直、アイツは変人の一言で片づけるのが一番便利なんだけど。真面目でしっかり者な榎先輩にとって夜名津のような人間を理解できないのも分からないでもない。俺だってよく分からないし。

 

 アイツのことは適当にほどほどな理解でいいですよ、なんて言ってももやもやが残るだけだろうし、………仕方がない。あんまし言いたくないけど俺の感想を告げることにするか。

 

「夜名津って俺にとっては……主人公みたいなもんなんですよね」

「主人公?」

 

 俺の言葉にまた首を傾げる。前方にいるぜっくんも知り合いの兄ちゃんについて話が気になるのか、ピクと反応をみせた気がする。走っているため振り向く事はないが。

 

 予想通りの反応に少し羞恥を覚えつつも俺の胸の内を明かすことにする。

 

「アイツは俺が今まで会った中で一番おかしなヤツなんですよ、いつも何考えているのかよく分からなくて、陰キャのオタクで、自分の世界を籠っているだけのおかしなヤツ」

「主人公?」

 

 さっきとは違うニュウアンスで同じ言葉を吐かれた。その反応に苦笑する。

 

「確かに今の話じゃあそう思いますよね。だけど、付き合ってみて分かることがあるんですよ。いつも冷静で判断して、俺も気づかなかった些細のことも閃きや発想力があって、何かをする時は必ず何かを起こして見せる。いい意味でも悪い意味でも。普段は適当なヤツなのにやる時はやる。……見てて、一緒にいてスゲエおもしれヤツ」

 

 俺がアイツに、夜名津我一を見てきての感想はそれだ。一年の頃は別のクラスでほとんど交流がなく、友達との何気ない会話で時たまに噂程度で上がる隣のクラスのヤバいヤツ。体育とかの合同で存在自体は知っていたけど、ある日何気ないきっかけで交流して、進めていく内にアイツの変人性ってヤツに惹かれていつの間にか友達になっていた。

 

 香久山先生もきっと俺と似た感覚か何か持っていたんだろう。

 

「アイツは自分ってヤツを持っているんですよ、『我一』って名前通りに『我』を以っている。今まで会ったヤツの中でも誰よりも自分の何かを、心に決めた何かで生きてる。そういうのって、現実じゃああんまりいない、漫画やアニメ主人公って感じしませんか?」

 

 アイツに対しての俺の感覚を口にすると榎先輩は口を閉ざしながらも、悩みながらもどこか納得のようなものがいった顔。理解はできないが共感はできる、ってところか。

 

 夜名津ならこういう時『痛いほど共感できて、無痛覚までに理解し合えない』と口にするだろう。

 

 と、ここで意外なところから声が上がる。

 

「主人公って言葉がアレだから、所謂『何かを持ってる』ってヤツと思う」

 

 それは夜名津の弟分であるぜっくんからだ。彼は何考えるかのようにどこか遠くを見るようにして告げてくる。

 

「主人公ね、……。ねえそっちのお兄ちゃん、がのいちにいちゃんはおれにとってヒーロー? みたいなもんだけど、《主人公》じゃないよ」

 

 と、尊敬するお兄ちゃんのことは『ヒーロー』と敬しても『主人公』とは思えないぜっくん。俺としてはアイツを『ヒーロー』って言う方が見当外れって感じだが。

 

「もし《主人公》だったらもっと前に多分、おれが殺していたから」

「「は?」」

 

 意味深に意味の分からないことを言うぜっくん。どう意味だ、と訊ねようとした時「あ!」とぜっくんは前方のそれに気づいた。

 

 見るとそこには二つの影。一つは眼鏡をかけた三十代ほどの男性と地面に泣き伏せている様子の女の子、ちづりちゃんだ。

 

「クソガキが! いつもいつも手間かけさせてやがって!」

「ごめんなさいごめんなさい!」

 

 眼鏡の男性がぶつようにして手を上げては泣きじゃくるちづりさん。恐怖のあまりに完全に委縮してしまってただ謝罪の言葉を何度も繰り返す。ごめんなさい、と。

 

 普通ならここまで怯えきった状態になったならば怒りの矛を収め、切りやめておかしくない。だけど、男の怒りは止まることなく、拳を振り上げる。……不味い!

 

 地面を強く蹴り出して加速する。

 

「いい加減にしろって言ってんだろ、!!??」

 

 バチン! と男の拳に俺の顔に直撃する。

 

 痛っつ~~! コイツ~~!

 

 まともに喰らったことに思わず涙目になるが、同時に明らかに女の子に上げていいレベルの威力じゃない。頬がジンジンするどころか、口の中の歯がぐわんとするというか。顎がズレかけているというか、強烈な衝撃を受けた時に陥る違和感を覚える。

 

 痛みを堪えながら顔を上げると男は驚いた顔をしていて、視線を下に向けるとちづりちゃんもきょとんとした様子で俺を見上げている。 俺は大丈夫大丈夫、と笑顔でちづりちゃんに言い、安心させようとする。

 

「雨崎君、大丈夫!?」

 

「普通の兄ちゃん大丈夫か? ちづりも」

 

 遅れてやってきた榎先輩とぜっくんの二人から心配した声で駆け寄られる。

 

「す、すまない! つい! えーと、そう! 娘の我儘だったばかりに、ついカッとなってしまって手を上げてしまって……すまない!」

 

 遅れながら男から謝罪の言葉がくる。男は本当に申し訳なさそうな表情で大きく取り繕った優しげな声色で俺へと謝罪の言葉を告げてくる。

 

 だが、俺はちゃんと見ていた。

 

 この男が口にする前、明らかに二人が駆け寄ったことで瞬間、心底不快な顔をしたことを。それは過ちの現場を目撃された時の犯人がする苦虫を噛みつぶした、『面倒くせえ』と言わんばかりの顔。ごまかしが効かないことに対する苛立ちの顔だった。

 

 コイツ~~~!

 

「ほら、ちづり、いい加減にしなさい。パパが恥ずかしいだろ、怒って悪かったから。ほら、コンビニでアイスを買ってやるから、な! 仲直りしよ。な! 君達にもお詫びにアイスを贈るからこのことはなしにしてくれ」

 

 男……いや、ちづりちゃんの父親はちづりちゃんに対して、怒り過ぎたことに反省したように泣き止むように咎めては物で釣って仲直り、そして俺達にも口封じのためか、同じようにしてアイスを奢ると言ってくる。

 

 普通だったらこの対処で間違えない。というか、こんな風に対応された否応なしに受け入れてこのことは終わりでいいだろう。だけど今回の件についてはそうはいかない。

 

 榎先輩はちづりちゃんを父親から切り離して護るように抱き寄せて、ぜっくんも前に立ち、痛みに堪えて俺も立ち上がる。

 

 俺達三人の敵意に気づいたのか、笑顔を浮かべたまま眉に一筋の皺を寄せては告げてくる。

 

「なにかな、君達?」

「……あなた、この子を虐待しているんじゃないかしら?」

 

 一拍を置いて、榎先輩がハッキリと告げる。すると男性は一瞬だけ驚き、動揺したように見えたがすぐさま冷静に言い返してくる。

 

「何を言っているんだい? 確かに思わず大声で怒鳴ってしまったが、それだけで虐待なんて言われる筋合いはない。……どうやら君は随分と甘やかされて育ったようだね。ゆとり教育の弊害か。悲しいものだ」

 

「な!?」

 

 途端に視線は冷ややかなものへと変わり、怒りの荒げた声や取り繕った優しさもなく、冷淡にも嫌味の混じった攻撃的な言い草でやれやれと肩を竦めてこちらへと同情する目をしてくる。

 

 言葉というよりも急激な性格の変わりように榎先輩は言いよどんでしまう。がすぐに返そうとする。

 

「ちづりちゃんから……」

「君達、学校は? 私はこれでもちょっとした運動家でね。最近の子供達の教育においてなんたるかを説く仕事をしている。君達には少し難しい話かもしれないが、最近の子供達は礼儀などがなっていない。君達がいい例だ。ちょっと怒鳴っただけでDVやパワハラだと自身を正当化し擁護して、相手への攻撃を強いる。人を思いやるっていうものを教えて貰わなかったのか? 全く持って嘆かわしい」

 

 言い返そうとするも榎先輩の言葉を聞かず、チクチクと嫌味を連続して告げてくる。こういう嫌な感じの奴いるよな。口が上手いっていうよりも、相手にターンを与えないで押し通すっていうタイプ。

 

 下手すると口が上手い奴よりも厄介な相手だ。

 

 言いたいことを言えない腹立たしさから不愉快そうな顔の榎先輩に、その表情を見た男はニヤリと笑ってはズレた眼鏡を挙げて冷やかに告げてくる。

 

「なんだ、その顔は。少し注意されるとすぐに不貞腐れた態度を取る。嘆かわしい。君達、名前と学校はどこかね? 抗議させてもらおう」

「教えられません」

「人を侮蔑しておいてなんだその態度は!!」

 

 耳朶に響く声量。圧を感じさせる迫力。

 

 俺達へとアイスを奢ってやると優しい猫を被った表情をしていた時は全く異なる、怒りや敵意といった感情が入ったもの。

 

 冷静で大人びた榎先輩でもこれには怯んだ。大人と子供、男と女の子の年相応の反応を見せる。いや、榎先輩だけならまだマシだ。この程度なら立ち直れる。バレー部のしごきでこの程度なら慣れている。

 

 問題なのはちづりちゃんだ。

 

 榎先輩に隠れるようにしていたちづりちゃんは震えが加速する。恐怖心が増幅していることが一目でわかる。一層に震え上がる彼女を宥めようと榎先輩は強く抱きしめて、負け時に父親に睨み返す。

 

 向けられた反抗的な目に対して話にならんとの態度で切り捨てる。

 

「もういい、その娘を、ちづりを返せ! これから用があるんだ! ちづりいい加減にしろ、帰って動画を取るぞ」

「………っ!」

「チッ、―――さん」

「は、はい!」

「ちづりちゃん! 行っては駄目よ」

「―――にぃ!」

「ぅ!! ……して! はなして!!」

「ちづりちゃん!」

 

 最初は父親に怯えて榎先輩にしがみついて拒否の意思を見せたちづりちゃんだったが、父親からカウントダウンを唱えられるとまるで操られた人形の如く動き出した。慌てて止めに入る榎先輩だが、カウントダウンが迫るにつれて彼女は追い詰められ、強いられるがままに動き出す。

 

 繋ぎ止めようと掴んだ手を離そうとしない榎先輩は必死に彼女を呼びかける。ちづりちゃんは榎先輩と父親の方を何度も何度も振り直しては迷う。

 

 本当に選びたい選択と強制される選択肢にただ苦しんでいる表情で泣くというよりも、もはや限界で壊れてしまうと言っても過言でない破顔したもの。

 

「いちぃ。……ぜ―――」

「あ、―――!」

 

 父親のカウントダウンがゼロを告げようとした瞬間、もう終わりだ、と言わんばかりの絶望に浸った表情を浮かべた彼女に、父親のカウントダウンを遮るように一声が飛ぶ。

 

「―――ちづり、このおじさんから嫌なことされてるんだろ? 言えよ」

 

 それはぜっくんの一声だった。

 

 ぜっくんは夜名津の死んだ目の無表情さではなく、澄んだ瞳で人を安心させるような、子供らしい無邪気さの混じった顔で、対照的な絶望と涙で崩れたちづりちゃんへと呼び掛ける。

 

「お前がハッキリ言えば助けられるっぽいぞ。おれから見るに、このおじさん、学校の奴らと大差ないぞ。お前をイジメるって点じゃあ。というかそのおじさんが元凶だけどさ」

「おい、ガキ! ……おほん! すまない。それよりも君失礼だぞ!」

 

 ぜっくんの言葉に聞き捨てならないと明らかに本音を溢した父親だが、すぐに平静を取り戻してはそれでも怒りを隠さずにぜっくんへと迫る。

 

「君、ちづりの学校の友達か? ちづりが学校でいじめられているのが私のせいとは見当違いだ。もし私のせいだというならば彼らはユーチューブで活躍しているちづり、そしてサポートしている優秀な私のおかげ。それができないその子達は自分の親であることで、嫉妬して―――」

「ごちゃごちゃ言ってないでさ、ちゃんと現実見なよ、おじさん。おじさんが言っていることはただ自分に都合のいいことだけだって。頭の悪い妄想だって。チャンネルでおじさんの台本って滅茶苦茶な部分が多いよ。だから誰にも届かないし、皆からバカにされているんだよ。大人なのに自分が間違っていることを素直に認めることができないの? それとも間違っていること自体本当に理解していないの?」

「…………」

 

 相手が子供ということもあってか、理性的な大人の対応としてまた口先で何とかしようとご高説を垂れ流そうとするが、ぜっくんはバッサリと切り捨ててはハッキリと父親の駄目な部分を告げる。

 

 これは夜名津の弟分。あのアホの良い所であり、悪い所がしっかりと継承されている。この子の将来が心底心配だ。

 

 男は子供に言い負かされたことで物凄い形相になる。

 

 静かで、放ってくる重い圧はただ「コイツを殺す」と殺気のみが感じさせる代物。

 

 普通の子供ならコレを正面から受ければ何も言えずに黙ってしまうか、あるいは撤回して泣き出して謝るところだろうが、残念ながら夜名津なら、そしてアイツの弟分というならば、こういう時にこそ相手に致命的な亀裂の入る最悪の一言を放つ。

 

「にいちゃんも学校キライだけど、こう言っていたよ。おじさんの台本はそれこそ今言った『友達がいなかった奴の見苦しい嫉妬』ってヤツだよ。おじさんの浅さが透けて見えるだって」

「…………―――お前」

 

 人を殺すと覚悟を決めた表情が俺の方を強く睨んでくる。

 

 って違う違う! ソイツの言っているお兄ちゃん俺じゃない! ここにはいない死んだ目の奴!! 学校嫌いはソイツ!! 俺はアンタのチャンネルのことなんざ知らんし、見てすらいない!

 

 最悪な勘違いされたことにすぐさま否定しようとするも、それはすぐにやめた。

 一人の少女をこんなになるまで絶望させ、泣かせて、壊れる寸前まで追い込んだ存在に何を謝る必要がある?

 

 聞けばコイツはちづりちゃんを使って、自分の言いたいことを代弁させ、批判を受ければストレス発散で殴ることをしているヤツだという、そんなヤツ相手に一々ビビったり細かい所を訂正する必要があるか? ないだろ。

 

 榎先輩、ぜっくん、二人がこれだけ頑張ってちづりちゃんを救おうとしている。ちづりちゃんが今に死にそうな顔で苦しんでいるんだ。いい加減俺も傍観者面して語り部いることはやめよう。

 

 顔を上げて、目の前の敵に対してハッキリと告げてやる。

 

「おっさん、アンタ動画配信で娘を盾にして、あろうことか虐待していたんだろ? 男として恥ずかしいぞ。今すぐちづりちゃんに謝って、今まで行いを悔い改めろよ」

 

 俺も一発かましてやると、とうとう怒りの沸点が限界突破したのか、顔を真っ赤にしては煮えたぎるマグマが破裂するような声で言う。

 

「クソガキ共が、いい加減にしろよ。仲良しこよし、正義の味方面して、俺を悪者か。なあ、おい!」

 

 今に殴りかからんとする勢いの言い放つと、身体の向きをもう一度榎先輩とちづりちゃんの方へと向けて叫ぶ。

 

「おい、ちづり! お前はいい加減さっさとこい! お前がこいつらにおかしなことを吹き込むからこうなったんだろうが! こい!」

 

 ちづりちゃんを無理矢理捕まえようと手を伸ばしてくる。榎先輩が彼女を抱き寄せて、自分の背にして護り、俺も強引に掴もうとする手を身体ごと受け止める。

 

 怒りに任せた突進するかのような物凄い力。だけど普段から鍛えているという身体ではないため、最初の勢いだけで押され気味だったが、何とか俺一人でも受け止めることができた。

 

 切利さんから教えて貰った血統者としての身体能力向上の技術『循環』を使わなくても俺の素の身体能力で十分。

 

 強引に俺を仰け反ろせようとするも力では無理だと思ったのか、再び「ちづり! こい!」と怒声を響かせる。抑えるために抱き着くような姿勢だったため近くで叫ばれて俺の鼓膜が破れるかと思った。

 

「ちづり、お前の一言だ。お前の一言があれば助かる、皆が助けてくれる。お前の一言だ。それを言えばいい。お前がハッキリと言わなきゃあダメなんだ」

 

 背後でぜっくんが彼女へと語りかける。それは背中を押すための言葉、勇気を振り絞らせるための言葉。

 

 他人がただ手を貸して彼女を助けるのでは意味がない。それでは彼女の心が救われない。

 

 確かにここまで彼女を助けるために俺達はここまで動いてきたけど、だけど彼女は父親の前で一度も戸惑いを覚えることはあっても完全な抵抗をみせてはいない。

 

 ちづりちゃんは父親の言いなり……さっきのカウントダウンがいい例だ。

 

 カウントダウンが開始された時のちづりちゃんの動揺は見るに堪えない怯えっぷり。まるで犬だ。よく躾けられた賢い犬ではない。その逆、主人から暴行を受けたことでその身に沁みついた恐怖でビクビクと言うことを聞く奴隷()

 

 彼女の芯には父親の言うことは絶対遵守とでも刻まれているのか。

 

 確かに子は親の言うことを聞かなければいけないけど、そうじゃない。少なくともちづりちゃんとこの男の関係性は親子のそれじゃない。

 

 そうではないことは彼女も十分頭では分かっているのだろう、人としての本能がそう叫んでいるんだろう。だからこそ彼女は助けを求めて、ぜっくんを、俺達に救いを求めた。

 

 俺としてはそれだけで手を貸すには十分な理由だけど、ぜっくんは、……いやおそらく、ぜっくんにそれを教えたあのバカはそれを求める。

 

 だからこそ、その言葉を口にしなければおそらく彼女は先へと進めない。恐怖は恐怖のままで、彼女の心に永遠に取り憑く呪いと化すだろう。

 

 そのことをぜっくんは理解っているのか、彼女にそれを言わせようと必死だ。

 

 そして。

 

「―――お願い、助けて! 」

 

 彼女はそれを口にする。

 

 念願の願いを。

 

 積年の想いを。

 

 ずっと堪えてきたものを声を大にして言うのだ。

 

「もういやなの! ユーチューブで動画投稿して学校の皆からバカにされるのも! イヤなコメント貰ってパパから殴られたり蹴られたりするのも! パパの友達から酷いことされるのも! ママが助けてくれないのも! ……ぜんぶがぜんぶ、いやな!!」

 

 助けて!

 

 彼女は泣き叫ぶ。これまで堪えてきたことを全部が全部、その全てが崩壊してしまって、溢れ返って止まることは知らない。

 

 ずっと求めていた。ずっと叫んでいた。ずっと願っていた。

 

 だけどそれは届かない。届かないと思って諦めていたのかもしれない。助けてくれない現実に絶望していたかもしれない。

 

 彼女はこれまで絶望から救われたい一心で叫ぶのだ。

 

「パパとママを……殺して!!」

「―――てんんめえええーーーー!!! いい加減にしろよ、こんのクソガキ!! ガキならガキらしく親の言うことを聞けえ!!」

 

 ちづりちゃんの言葉を聞き、血管がブチ切れたかのような音を立てて、怒りの絶叫を響かせては俺を押し退けてちづりちゃんへと殴りかかろうとする。

 

 そんなことはさせねえ!

 

「だったら!」

 

 押し出そうとする父親に対して俺は力を込めて引き剥がす。そのまま強く拳を握りしめ、自分の歯が砕けるくらいに食いしばって、感情のままに振りぬく。

 

「子供を傷つけるようなことをすんじゃねええ!!」

 

 男の顔面に拳を叩き込む。

 

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