「子供を傷つけるようなことをすんじゃねええ!!」
男の顔面に拳を叩き込む。
自分でも驚くほどに綺麗に決まった一撃は男を地面へと転倒させる。
「あ~~~~~!! いってええええ~~!! 痛いよぉお~!! 血? 血ぃぃいい~~~!!? あ~~! あ~~~~!!! もぉ~~~!! ふざけんなよ、おまえぇえ~~!!」
痛みに悶えながら情けなく泣き叫ぶ父親。まるで初めて殴られたとばかりの調子で、痛くて痛くてたまらないと悲痛な叫びと俺への恨み事を声に漏らす。
その様子は子供だ。喧嘩で負けた小学生のような姿。子供の頃に吉成君と喧嘩して負けた奴の姿を思い出す。
先ほどまで俺達を威圧していた存在が、そして何よりもとても成人男性の姿とは思えなかった。
「え、よわっ。お前のおじさん、俊史みたくなってぞ」
「―――!」
ぜっくんが煽るようなことを呟く。
それが耳に入ったのか、痛みによって悶えていた身体は無理矢理治めるように立ち上がって、フー、ハーと荒い息と肩をわなわなと震わせている。怒りを込めた涙目を俺へと向けてくる。向けられる視線は相当な恨み辛みが伝わってくる。
また何か毒を吐いてくる気か、と構える。
「ち、違う! い、今のは! こ、これは、ぼ、ぼう、暴力。……そう! 暴行罪だ! これはれ、歴とした暴行罪だ!」
「………………」
放たれた言葉は少しだけ驚いた。
内容に関してよりも声色の方に。ダメージが相当響いているのか怯え、震え上がった代物。やはり大の大人っぽさが薄い、子供じみたものだった。
だが、取り繕っていくうちに都合のいい言い分を見つけたようで、頭自体は冷静に冴えてきたような調子。続けざまに榎先輩の方へと指を指す。
「それにそっちの女に関しては名誉棄損! 娘をしつける為に声を上げただけでDV判定しやがって、立派な名誉棄損だ! そっちのチビに関しては誹謗中傷! お前ら未成年だからって許されると思うな! 少年院とまで行かなくても通っている学校を探し当てて、退学に追い込んでやる! ハハハざまーみろ!」
名案とばかりに次々に頭が冴えわっていき、俺達の未来が潰れる事を想像して快感したのか馬鹿にして見下してくる。
……やっぱり、コイツ精神性が幼い。
いや、言っていること自体は正論であり、こちらとしてもその部分を突っ込まれたら痛い。だけど、……なんだこの、一発殴ったら『うわ~ん、チヒロ君が殴った! 先生に言ってやろ~!』と小学生のノリで返されたような感覚は。この何とも言えない胸糞悪さと戸惑ってしまう感は。
「ハッ、怖くて何も言えねえのか! バーカ、もう謝っても許さねえよ! ざまーみろ、クソガキ共」
どちらか言うと一気に情けない小物感が増した方に驚き、戸惑いを覚えて声に出てこなかっただけなんだが。いかん、せっかく早く言い返さないと付け上がってしまう。この手の輩は一度調子付かせると本当に面倒な目にあう。
「ならこっちは児童相談所と警察にこの子が虐待に遭っていたことを話すわ」
言い返す言葉を考えていると、榎先輩から先に言い返す。
さっきは口の勢いで相手のペースに圧されて負けた榎先輩だが、相手が調子を崩した今なら冷静に言い返すことができる。中学でも俺が知る限り、教師相手でも口喧嘩で彼女の理詰めていく言い回しに勝った人間はいない。
「…………っ!」
痛い所突かれたとばかりに顔を歪めては父親も額に汗を浮かべ、目は泳いでは何を言うべきか相当考えている模様。
「暴力、と言いますけど、雨崎君のは襲い掛かるあなたを止めるべくした正当防衛。逆に、ちづりちゃんの身体は化粧で隠れているけど明らかに暴行の後が見受けられます。これを訴えたら困るのはどちらでしょう?」
「っ!!!」
顔が真っ青になる父親。歯を噛みしめて、涙目で右往左往とどうするどうすると、内心の焦りが浮き出てきては次の行動はこの場から逃げると言わんばかりの表情。
……薄々気づいてはいたが、コイツ、口喧嘩は言い返されたら弱いタイプ人間だ。普段嫌味やあれこれやと口八丁に誤魔化して言いくるめる癖に、正論や一つ一つを理詰めしてくる自分よりも頭がいい相手だと途端に何も言えなくなる。
所謂、早口の勢いでマウント取っているだけで中身が空っぽのタイプ。
「もう終わりよ、この子が勇気を出した時点であなたの悪事は終わり」
ビシッと榎先輩のとどめの一言を告げる。
父親は顔を落とす。もはや返す言葉がないのか、失意に落ちたのかと思っていると、小さく何かを呟かれた。
最初は聞き取れなかったがその呟きは繰り返されるもので。握り締められて拳を振わせるのと共鳴するように徐々に大きくなる。
「………ふざけるなふざけるなふざけるな、ふざけるな!!」
あ~~~~!! と絶叫する。自分の思い通りにならないことに苛立つ子供のような絶叫。もはや取り繕うのも考えるのもどうでもいいと言わんばかり臨界突破したように目に血走りを走らせてこちらを睨みつける。
男は乱暴にポケットからスマホを取り出す。
「消せ、鏡鬼。三人くらいお前なら簡単に消せるだろ!!」
何も映し出されていないスマホはその声に反応するように幾度の光を放つ。その眩さに俺達全員目を瞑ってしまう。
『鬼術〝反鏡域〟』
耳に聞こえた。聞き覚えのある『鬼術』というワードを言い放たれる。すると世界がぐわんと歪んだ感覚を覚える。これまで何度か味わってきたものと似たような感覚……確か空間に作用するタイプのアレ。
目を開けるとそこには俺がいた。いや、俺だけじゃない、榎先輩もぜっくんも俺達三人が多くいた。おかしな言い回しだが、実際そうだ。周囲には俺達三人の姿をした存在が多く存在しているのだ。ただ多く存在するわけじゃない、大きいヤツもいれば小さいヤツもいる。体系が幅があるといったおかしな存在もいる。
「!? な、なんだコレ? ―――鏡か!」
声を出して動いた時の反応で正体に気づく。
鏡だ。周囲にある俺達の像は全て映し出された鏡の虚像。まるで遊園地にある鏡の世界のアトラクションの中にでも入ったような感覚。いや、鏡の世界というよりか、所々に生えた氷山みたいな感じの空間だが。
「陣地作成……いえ、領域術!」
「領域術?」
境界、と人払いの結界を張りつつ、榎先輩がこの現象について説明してくれる。
「《間道》、つまり結界術というのは二つ種類があるの。一つはこの前吉成君と血鬼がみせた学園を閉じ込める『結界術』。あれは中を一種の異空間として形成されて、別の場所、世界として一時的に確定させる代物。そしてもう一つが『陣地・領域』と言われる、現実の一部を反映させる術。簡単にいえば、水使いがこの場を海や湖として領土にするといった代物よ」
所謂『水のない場所でここまで水遁を!』ってヤツか。さしずめ、この場合は『鏡のない所でここまで鏡の世界を!』……ってアホなオタクのノリは今はいい。
こうやって鬼を出してきたってことはやはり、この父親は仕鬼祇使い! 今回の敵!
だけど肝心の鬼の姿がどこに見当たらない? 使役者である父親はいつの間にか移動して鏡が生えた所から離れた場所にいるし。
とりあえずこの鏡は迂闊触れない方が―――、
「う、うわ!」
背後からぜっくんの悲鳴が上がる。見ると、ぜっくんの姿をした鏡像がぜっくんへと攻撃仕掛けては、攻撃した方は鏡の中へと戻る。
ぜっくん! と彼の方へと駆け寄ろうとするが、瞬間俺の視界の横で何かが動くのを捉える。反射的に防御の構えを取り、来る一撃をギリギリで防ぐことに成功する。
……なるほどそういうタイプの攻撃手段か。
一瞬のやり取りで攻撃の仕組みを理解する。鏡に映った鏡像が鏡から出てきて、攻撃して瞬時に近くの鏡に戻る。
ヒット&ウェイの単純ながら厄介な戦法。
どう対処するかは後にして、まずはぜっくんとちづりちゃんの二人を外に、いや学校の時みたいに結界の内だから出れないのか? なら護りながら戦うべきか。
俺が迷っている内に榎先輩が動く。
「ぜっくん、きみもこっちに来て、《四行之護道・四方陣!》 二人はここにいて! 雨崎君!」
俺と同じくまず二人の安全を考えた榎先輩はぜっくんとちづりちゃんを護るための結界を張る。これで一先ず二人の安全は保障されて、次に俺の名を呼ぶ。……って!!
「雨崎君、背な―――」
「先輩、ソイツ違う!」
「え? きゃあ!!」
先輩が俺だと思った偽物に攻撃を喰らい、地面へと伏せる。攻撃した俺の偽物は鏡の中へと逃げていく。
「っ!! 《天鬼・天之命》!!」
傷ついた先輩を見て、頭に血が上ってポケットから天鬼の御札を取り出して天之命を顕現させる・空色の刀身を緑色、風之太刀に変えて風を纏わせて、風の力による高速移動で倒れた榎先輩へと駆け寄る。
「先輩、大丈夫ですか!」
「え、ええ。……本物よね?」
「はい!」
不意打ちを喰らった手前俺の事を疑ってくる。それに対して俺は偽物ではないと力強く頷くとそれを信じてくれたのか、榎先輩も頷いては瞬時に俺の肩を掴んでは無理矢理振り向かせる。
「?? 先輩、いきなり何を」
「背中合わせ! 鏡の偽物を間違わないようと鏡から仕掛けて来る際に二人でカバーして対処できるようによ!」
「なるほど」
瞬時にこの鏡が生えた空間で敵がヒット&ウェイの対処案を出してくれる。二人で背中合わせにすることで偽物と区別し、同時に襲いにかかってきてもフォローし合って捌き切れる。単純だけど理にかなったやり方だ。
「なんだ、変な……結界? それに刀? ……! そうか、こいつらも俺達と同じ鬼使いってヤツか? なら、殺せ鏡鬼!」
遠巻きで俺達の様子を見ていた父親は俺達がただの娘の助けで呼ばれた存在だけじゃなく、自分と同じ鬼獄呪魔の参加者と認識したようで自分が従える鬼……鏡鬼?(合ってるよな? 書き方は鏡の鬼だよな?)に指示を出す。
瞬間、俺の偽物が斬りかかってくる。俺はそれを捌いて、榎先輩が霊力の玉で撃って迎撃。喰らって飛んでいった俺の偽物はすぐ近くの鏡へと移動する。
すると別の方向から榎先輩の偽物が現れて似たような対処して、また別の偽物に対処するという攻防が数回続く。
「駄目だ。これじゃあキリがねえ」
「何をやっている鏡鬼! さっさとそんな奴ら殺してしまえ!」
防戦一方の状態に悪態を付く俺と、なかなか始末できていないことに苛立ちを覚える父親の暴言。
偽物を捌くことは可能だ。これだけなら簡単にできる。
なぜなら敵は襲ってくる時必ず一体ずつしか来ない。鏡から現実に飛び出て襲ってくるのはいつだって一体だけ、複数ではこないのだ。
一対二ならばそりゃあ、簡単に対処できる。難しくない。
これが二人や三人。現状の鏡で反射して映っているだけの数だけの複数人で来られたら流石に苦戦を強いられてもおかしくない。
だけど、現状攻撃を仕掛けてくるのは一体だけで、二体目といった複数出してくる気配がない。
それはなぜだ? なんで多く出してこない? 一体だけしかこないという刷り込みで油断を誘っているのか、それとも一体ずつだけで俺達の体力を削って持久戦を狙っているのか。
まさか一体しか出せないなんてことはありえないだろう。吉成君の時だって、学校一つ結界で閉じ込めて、学校の皆を従属させるなんてことしていた。血鬼だってあれだけチカラを秘めていたのに、この相手も同じレベルの事が出来てもおかしくない。
おそらく絶対何か狙いがあるはずだ。
数日前の記憶を呼び起こしては油断せずに警戒心を高めて、敵の狙いを考えていると偽物を対処しながら榎先輩が言ってくる。
「雨崎君、前私が言った、この儀式における鬼の使い方を覚えている?」
榎先輩が俺の偽物をぶちのめしながら訊ねてくる。いきなりの質問に「え? 」と一瞬何を聞かれたのか、分からずに反射的に襲ってくる榎先輩の偽物を足蹴りして、一瞬間を開けてから言われた言葉を思い出して、同時にその言葉の意味を思い出す。
「……確か、五種類の鬼で、色鬼で……青鬼がパワータイプ」
「ごめん、それじゃないわ」
あらら。どうやら違ったようだ。
え、じゃあ他に何があったっけ? と記憶の中をほじくり出してみる。鬼で仕鬼祇使いといえば、俺の天鬼、夜名津の我鬼、そして吉成君の血鬼で……、
「! 俺の剣や夜名津の鬼、そして吉成君の肉体の反映!」
「そう。それのこと」
数日前に俺達が集まって、事件について整理していた時に話されたことを思い出す。その時に榎先輩が仮説として、三種類のタイプに分けられるとか。
「霊力、巫力、呪力の三魂力。術者はこのどれかを抽出することで鬼の役割が違ってくるって話したわよね? 今君が言ったように、君が霊力なら武器に、我一君が巫力なら本体が、吉成君なら肉体に憑依といった感じに」
俺が専門的な部分で細かい記憶を思い出せていない部分を簡潔に教えてくれる。それに俺は頷いて答える。
「ってことは、アイツは……夜名津と同じ?」
「いえ、彼はあなたと同じ武器型よ」
てっきり夜名津と同じように本体が実体を持つパターンだと思ったが、それを否定され、俺と同じで鬼を武器として使っているタイプだと榎先輩は言われて疑問に持つ。
「え? でも……」
「恐らくは武器としてはスマホ。というかスマホのような形をした手鏡ね。さっき鬼を召喚しようとした時スマホを翳したでしょ? アレがあなたと同じように武器形成されたもの」
肝心の武器について問おうとすると予想していたようですぐさま榎先輩は男の持つ、スマホがそれだと言われ驚く。
父親を見ると相変わらず鏡鬼に対して上から命令するだけで自分からは何かをしている様子はない。ずっと叫んでいるせいか少し息の荒さが見える。
……正直、これだけでは判断が付かない。まだ俺のように刀みたいな武器なら分かるんだけど、スマホ状の手鏡って……そんな女の子みたいな。
「そして、鏡という領域内、故に仮の虚像の実態を持つ偽物を操作しているのよ。《間道》の特性の一つが術者に地の利を得ること。言ってみれば空間が自身のホームだから力がより発揮できるってことね」
いまいち納得できずにいる俺とは他所に榎先輩はさらに説明を付け加えてくる。
「そしてもう一つ仮説がある。恐らく霊力型は使用者の霊力だけで出力が制限されている」
「???」
出力に制限されているとはいったいどういうことだろうか?
襲い掛かってくる偽物を蹴り飛ばすと、榎先輩は周囲の警戒しながら俺の疑問は当然かと思ったのか説明してくれる。
「例えば、あなたとその使っている刀の鬼、天鬼だったかしら? 二人組でそれぞれ霊力を持っているここまではいい?」
「はい」
「で、天鬼自身は刀として形を変えることに霊力を集中していて、その力を引き出すために雨崎君が霊力を出力することで、君が使っている剣技を使えている状態。例えるなら懐中電灯のガワが鬼、君が電池で光を発光している状態」
「……ああ、はい」
「で、次に我一君と我鬼。彼らの場合はそれぞれ別に自分達の霊力で働いている」
「? でもアイツって巫力だから」
「ここでは一旦、三力としてじゃなく霊力という……そう、エネルギーで考えて頂戴。あくまでも仮説で例えだから」
特質するべき問題点は俺が疑問の部分として不要なのか、噛み砕いた説明のため、細かい所は省くためにここでは三つの力ではなく、単純なエネルギーとして扱うようにと言われる。
納得しながら榎先輩の偽物を切り伏せては鏡の中に戻っていくのを見届ける。
「君達のペアと違って、彼らは単体のエネルギーでそれぞれ動けるから一と一の状態。そして、吉成君達のペアは憑依することで互いの霊力を足し合わせた状態になっているのだと思うわ」
まとめると、俺の場合は単純に俺がバッテリーとして出力するだけ、俺が一人分の霊力。
夜名津の場合は夜名津と我鬼がそれぞれの個体として持っている、つまりは二人分だ。
そして吉成君の場合は俺と一緒で一人分でありながら、鬼の霊力もプラスされた分の霊力。
そのことを確認すると頷いた榎先輩は自身の偽物を霊力でぶっ飛ばしてはさらに確認してくる。
「ここまで聞いて、何が言いたいのか分かるわね?」
「つまり、―――俺の天之命は実は外れ枠!?」
「最近のネット小説作品特有の明らかに外れじゃないのに外れ扱いにするのやめなさい!」
風、雨、雷の三天候操れる時点で勝ち組の能力じゃない! とクールな外見にそぐわない、実はサンデー派の漫画大好きな先輩から絶妙な突っ込みが飛んでくる。
いや、だってそんな話されたら、燃費の悪いタイプの能力だ、って言われているもんとしか思えない。
俺は自分の偽物を捌いては、すぐさままた襲い掛かってくる俺の偽物を切り伏せながら、あと何があるんだろうか? と考える。
「つまり、分身が増やせないのはあの男自身の霊力自体大した量じゃないってことよ。見なさい、あの男の息が上がっているのがその証拠よ」
「!」
ハッとさせられる。見れば父親は俺達違って戦っているわけでもないのに、疲労している様子。最初は単純に叫び疲れたのかと思っていたが、それは違った。父親は分身で攻撃するのに自分の霊力を使ってヘロヘロになっているのだ。
その現象は俺も前回の血鬼との闘いと切利さんとの修行で痛いほど理解できていた。無闇矢鱈にただ強力だからといって剣技を使っていてはすぐにバテる。血鬼の闘いではそれが致命的になったし、切利さんと修行ではひたすら純粋な剣術の稽古をつけてもらっただけ。
刀身も常に天候属性の太刀ではなく、剣技のない通常の空色の太刀しておくだけでも体力の消費が最小限にできる。
そのおかげで体力配分を覚て、今剣技を使わずに襲ってくる敵を適当にあしらえることができている。
アイツはちょっと前の俺と一緒だ。スタミナに限界があること知らずに、ただ強いチカラ振る舞っているだけのバカ、戦いの素人。
「付け入る隙は全然ある」
「そもそも大してピンチではないわ。最初こそ奇襲で一撃貰ったけど、こんなの簡単に打破できる」
強気に断言する榎先輩の言葉にフッと笑いが込み上げてくる。
「それで具体的にはどうするんですか?」
「別に難しいことじゃないわ。敵が一人しか出てこない、こっちには二人いる。一人がアイツに突っ込んでいってスマホを砕く、その間にもう片方が襲ってくる鏡像の相手を抑える、ただそれだけで王手よ」
最初こそ、混戦と混乱を避けるために背中合わせで互いにフォローし合う形の態勢を取っていたが、敵のレベルは互いに一人ずつでも十分対処可能ということは分かった。なら後は榎先輩の言う通り役割分担すればこの戦いはこれで終わる。
「俺が突っ込むんで、先輩はフォローをお願いします」
「ええ、でも気を付けて。おそらく大丈夫だと思うけど二体目とかが出てくる可能性もなくもないわ」
「はい」
天之命の刀身を再び風之太刀へと切り替える。風の保護による高速移動によって、父親との開いていた距離を速攻で詰め寄ろうと駆ける。
鏡の壁が道を阻むのと同時に視界が混乱する。だが、目指すべき本体は鏡に映らない一人だけ! そこを目指して風の如く疾走する。
俺の狙いに気づいたのか、鏡像の偽物は不意ついて俺の道を阻もうと飛び出してくる。
「《破道・丸》」
背後から放たれる霊力の弾が偽物を打ち落とす。榎先輩の援護射撃によって阻むものはない。俺は後ろを信じてさらに加速させる。
「っひぃ! く、来るな! おい、き、鏡鬼ぃ~~、な、なんとか~~~!!」
しろ、と言い切る前に父親までのゼロ距離まで接近して、怯え震え切っているクソ野郎に向けて―――拳を全力で振りぬく。
まともに受けた父親はぶっ飛び、地面に転がってピクピクと痙攣を起こしている。
拳が決まった瞬間、握っていたスマホの形をした手鏡を手放しては俺の足元近くに落ちる。ガチャ、と鏡面にひびが入った。
天之命でとどめの一撃を鏡へと入れると、強くコツいた程度のはずが鏡は霊力の粒子となって消えていく。同時に背後の生えた鏡の山が次々に消えて去っていった。
榎先輩の予想通り、アレが本体だったみたいだ。
戦いはこれで終わった、のか?
前回に比べて随分と呆気ないというか、肩透かしを食らった気分だ。戦闘自体大したものでなかったことが
「大丈夫だった?」
「ええ、はい。そっちは?」
「私の方も何ともないわ」
互いに無事だったことを確認し合って、ホッと息をつく。
「えーとこの後どうしましょう?」
「一先ずこの男と話を付けましょうか。児童相談所には明日にでも。少なくとも痛みつけたら事でこれまでの事を反省してちづりちゃんについて改めて欲しいわ」
「そうですね。今度ちづりちゃんを泣かしたらもう一度ぶっ飛ばす、的なこと言って脅しときますか……って、あ! 夜名津!」
今後のことに話しては今回の事件について終了ムーブでいると、まだ夜名津と切利さんとの戦いがあったことを思い出す。そういえばあの二人は一体どうなったんだ? 夜名津の事だからボコられている可能性はあるけど、同時にこの間みたくブチ切れて切利さんを殺すなんてことしてないだろうな!?
どちらもあり得そうな可能性を秘めているのか、一刻も早くアイツらの場所に向かった方がいいだろう。
「先輩、とりあえず俺は夜名津達の方に様子見に行ってくるんで、ここを任せていいですか?」
「ええ……いえ、ちょっと待って!」
了承を得て、風之太刀で飛ばしていこうかと思ったら、慌てて待ったをかけられる。なんだと振り返って見ると、榎先輩は考えるように口元のホクロを掻いては倒れている男の方を見ては告げてくる。
「この男、人を操るといったチカラはなかったわよね?」
「? ええ。それが……」
「じゃあ、誰がりっちゃんをあんな風にしたのかしら?」
「!」
ここに来る前、切利さんは様子がおかしかった。夜名津に対する怒りの感情が爆発して殺しにかかる。明らかにこれまでのやり取りや状況を忘れて、ここにきて私情で行動したのだ。
そもそも彼女はなぜこの状況で夜名津に殺しにかかってきたのか?
殺しに来るなら不謹慎ながら俺達と別れる前、ちづりちゃんのことで夜名津との間の出来事の時に襲い掛かってきもおかしくなかった。だけど、そうはならずに一人、ちづりちゃんを連れて先走っていき、合流したらあの有様だ。
明らかに離れている間に何者かに催眠か何かで操つられ、こちらへと仕掛けをさせたのだ。それをする可能性があるのは……。
うっ、う~、と唸り声をあげては気を失っていた父親が目を覚ます。そしてこちらの存在を認識すると、ひぃ、とひどく怯えた様子。無視してヤツに問い詰める。
「おい、お前、俺達が来る前に切利さん……ちづりちゃんの一緒にいたはずの俺達と同い年の女子に何をした!」
「は、……はあ? お、女なんて会ってねえよ! 俺はちづりが泣いて一人で歩いている所をみっともなかったからぶって、家に連れ帰ろうとしていた所にお前らが来たんだ! 他の奴なんて知らねえ! ほ、本当だ、信じてくれ!」
凄んで問い詰めると、さっきまでの勢いは完全に消沈しては怯えきった様子で知らないと言ってくる。その瞳に嘘や偽りといったものを感じられない。本当に知らないようだ。
俺と榎先輩は目を合わせて、なら切利さんをあんな状態にしたのは一体? と疑問が残された。
「そ、それにお、俺は仕鬼祇使いじゃない! ほ、本当だ! 花南……そう、花南! うちの嫁が仕鬼祇使いなんだ、嘘じゃねえ、本当だ! 全部アイツが仕組んだことなんだ、ほ、本当だ! お、俺は何も悪くねえ!!」
「「………」」
俺達が真剣にまだ終わっていない方の事件について考察しているのに、横では言い訳しては自分の罪を他人に擦り付けようとする懲りない小悪党ムーブを噛ますどうしようもないヤツが横で騒がしくする。
コイツ……。
「今更何を言ってやがる、見苦しいぞ! お前はちづりちゃんにこれまでの事をちゃんと謝って、そのあと児童相談所や警察に突き飛ばしてやるから、今は黙ってろ」
「本当だって! お、俺はちづりのことを思って、あえて教育上厳しくしているだけで、虐待なんか一切してない! 本当だ、信じてくれ!」
「……ほんと救えねえな、お前」
もはや呆れてそれしか言えなかった。
「―――きょ~き、じゅにくぅ~」
とりあえずコイツについては放っておいて、切利さんをおかしくした何者かがいることを念を押して、俺はやはり夜名津の所に急ぐことにするべきか、と思い、その旨を榎先輩に伝えようと口を開こうとして、
「ねえ、カナンのダーリンになにしてくれるのかな? かな?」
突如現れた背後の何者から耳元で囁かれた。
ゾッとしてその場から離れて振り替えてみるとそこには一人の光り輝くガラスのような角を生やした女性がいた。パッと見、地雷系と呼ばれる痛いファッションセンスの女性。
その女は笑顔で両手を構えていた霊力で作られた鏡を俺へと向けてくる。
「〝きょ~、こ~、ほっ〟☆」
光り輝く鏡の反射による光の砲弾が俺へと放たれた。咄嗟に防御の姿勢を取ろうとして天之命を水色の刀身へと、
―――雨之太刀《沫く……、間に合わない!
中途半端な形で俺はその砲弾に直撃する。