鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

26 / 38
VS鏡鬼 其の捌

 突如として現れた女性こと、竹馬花南の乱入。不意を突かれた雨崎千寿は鏡を媒介にした霊破衝の一撃を貰い、地面と倒れる。

 

 傍らで起こった出来事、自分を慕ってくれる後輩の名を呼び、今すぐにでも駆け寄りたい衝動をギリギリで榎設楽は殺した。

 

 今動けば雨崎千寿と同じ運命を辿るだろう、とそうしたら一気に形成が崩れることになる。心を殺して冷静かつ非情に徹する。今自分がするべきことは、新たに現れた敵を視ることだ。

 

 視線を竹馬花南へと向けて考える。

 

「(境界の中に入ってきた? つまり、この女は霊能力者? それとも……)」

 

 まず第一に考えることは榎設楽自身が張った、人払いの結界《境界》。その中に侵入してきたこと。この結界は性質上、血鬼の《血界建設》とは違い、外から侵入はできない。また、外へ出ることは術者以外の存在は術者の任意でしか出ることができない。

 

 が、竹馬花南は悠々と中に入ってきた。考えられることは二つ、一つは元々中にいた。もう一つは榎設楽よりも格上の霊媒師類であるため侵入ができたということ。

 

 走る緊張感に汗が零れる。

 

「(見た目は化粧の濃い、地雷系ファッションをしたおばさんにしか見えないのに。もしかして、化粧そのものも何かしらの術式が組み込まれたもの?)」

 

 霊能力の一種に女性は化粧を使った術が存在する。効果は様々だが、大抵は自身の得意とする術を強化させるための目的か、異性を虜にする化粧そのものの本質としての効果のどちらかだ。

 

 勿論、竹馬花南はそんな理由で化粧なぞしない。理由は可愛いからというオシャレが目的だ。ある意味で、霊力を介さないが故に後者の効果しかない。

 

 警戒心を上げて、慎重に敵を見極めようとする榎設楽に対して一人大いに喜ぶものがいた。

 

「ハハハ、バカが! 油断しやがって! 花南、よくやった! やってしまえ! 死ねやクソガキども!!」

「えへへ~。もっとほめて~」

 

 言わずとも竹馬隆二だ。自分を追い詰められた雨崎千寿が倒されたことを大いに喜び、怯え切っていたことも忘れて優勢と見るや心底愉快そうな有様だ。その傍らで嬉しそうに喜んではだらしない顔で賛美を求める。

 

 傍から見てバカップル。そうじゃなくても馬鹿ップル。

 

 榎設楽は二人のやり取りと様子から見てそう判断する。

 

「(その甘さを、その優しさをどうしてちづりちゃんに向けられないの…!)」

 

 心の中で二人のやり取りをみて思わずにいられない。悪感情が混じっているとはいえ、二人の仲の良好さが見て取れたから、娘にその愛情を与えないことが歯がゆくてならない。

 

 残念ながらそれは榎設楽の人間の善性に対する甘さが故にそうみえるだけだ。

 

 彼らは心の底から愛し合ってなどない。

 

 付き合ったのは気が合ったから、結婚したのは子供ができたから流れで、といった若いカップルのよくある馴れ初めの二人。竹馬隆二にとって結婚というのは仕事上や様々な要因としてプラスのイメージがあったため良く、竹馬花南にとって性格はともかく顔が好みだった。

 

 その後の結婚生活は……互いの不満を娘にぶつけることが円満の夫婦生活を送っていた。娘という間に挟めることで互いの悪い部分を視ないで過ごしてきたのだ。

 

 竹馬隆二の暴力面を娘に与えることで自分に被害が来ないように。

 

 竹馬花南の家の事をしないことを娘にさせることで不満を漏らさないようにといった具合に。

 

 そんな関係の二人に対して、今日会ったばかりの社会経験が学生レベルのテレビドラマのようなことが現実に本当にあるなど、世間の裏の事情に明るくない彼女にそこまで見抜くことは酷な話だろう。

 

 怒りと悲しみ、情けなさ、やるせないといった負の複雑な感情を抱えては呑み込んで二人と対面する。

 

「花南、アイツもやれ。俺に意見しやがった。泣いて謝ってももう遅いぞ」

「は~い♡ アハ☆ 怖い顔。そんな顔じゃあ同級生の男から嫌われちゃうゾ☆ カナンが無料エステしてあげる☆」

 

 命令されたことで榎設楽の方へと振り返ると、整ってこそいるが人によってはクールビューティーとも険しいとも取れる表情をただの表情禁の硬い、強面だと嘲笑しては不穏な事を告げてくる。

 

 ―――来る。

 

「〝きょくわんきょ~〟☆」

「《水行之護道〝水鏡〟》!!」

 

 放ってくる術に対して、瞬時にどう対処するべきか、これまで戦いの経験の情報から引き出しては選択する。

 

 竹馬花南の腕で作られた鏡にからの反射による曲を描いた霊破が飛んでくる。対して、榎設楽は水の鏡を造り出してはその攻撃を、まるで水面に何重の波紋が広がるように攻撃を抑えては跳ね返す。

 

「ほへ?」

 

 攻撃がまさか跳ね返ってくるとは一切考えてなかった竹馬花南はアホ丸出しとも言える声を零しては反射された攻撃をまともに喰らってしまう。

 

 ぐわ~んと効果音が流れそうな竹馬花南を中心とした空間がまるでマジックミラーのように湾曲を描いては彼女の顔を歪め始める。

 

 ねじり曲がるように、あるいは伸びるように、膨れ上がるように、顔の形を大きく変えては明らかに成形に失敗した状態ものに落ち着く。

 

「え、え、え~~~!! な、ナニコレ! こんなカナン、全然可愛くない!! しかも痛い、痛~~い!!」

 

 相手の顔面を歪ませるはずが、まさか自身に返ってきたことに驚き、自慢である自身の顔が歪んだことに怒りと悲しみのショック、そして何よりも顔を無理矢理歪められたことによる激痛が走っては顔を抑えてはその場に転がり、涙する。

 

 わりとエグイ術だったことに少々戦慄を覚えつつ、冷静に見極める。

 

「(予想通り、術者ではない。なら、この契約している鬼、鏡鬼の方に何か仕掛けがある!)」

 

 もし竹馬花南が榎設楽以上の術者だった場合この程度の術軽く破って、立場は逆となって、竹馬花南が思い描いていた『澄ました顔の嫌な感じの女を変顔させて腹抱えて笑ってやろう』と思惑通りになっていただろう。

 

 だが、霊道師として実力自体は下の上、良くても中の下程度しか実力がない榎設楽にとって術を跳ね返せないようなら十分に対処できるレベル。

 

 すると《境界》内に侵入できたのはやはり、竹馬花南の実力ではなく、鏡鬼自身の能力に何関係してくると予想ができる。

 

「(考えられるのは鏡と鏡の間での移動。それならば境界として線引きを超えられる。抜け道としての可能性は十分)」

 

 的確に敵から得た情報から分析して、当たり所を見出す。術者としての才能が低いため、知能で補う。相手の情報を、自身の出来る事を、一つ一つ丁寧に精査して活路を見抜くが榎設楽のやり方だ。

 

「カナン! てめぇ~、何してやがる! さっさとソイツブチ殺してこい!」

「だ、だりーん! あのね、いたいの。顔がね、カナンのかわいい顔がね、すごく、すごくいたいの。た、たすけて! たすけてだーりん!! カナンの顔がおかしくなっちゃうの!」

 

 自分を侮辱した榎設楽を酷く怒りと憎しみの感情を抱いている竹馬隆二は自分と同じ目、いやそれ以上の目に遭ってもらわない気が済まなく、竹馬花南に命令をするが、肝心の彼女は歪んだ顔の痛みに、何よりも自身がブサイクである事実に耐え切れず意気消沈している。

 

 涙を零して幼い子供のように助けを求める。

 

 その弱々しい姿に、「あ!?」と竹馬隆二は血管を切れたような音を立てては怒声を吐く。

 

「ふざけんな、バカが! そんなこと俺が知るか! 大体いつもいつもお前は顔顔うるせえんだよ! 家事の一つもしねえ、顔と服のことばっかのクソが! 俺がどんだけイライラしていたと思ってんだぁ、あぁ!?」

「……ひ、ひどい………ひどいよ、なんでそんなひどいこというの?」

「お前が使ええねえからだよ!!」

 

 これまで抱えて来た不満をここにきてぶちまける。これまで家庭での不満は娘に当たり散らしてきたが、娘はおらず、また自分の思い通りに動かずうじうじと弱音を吐く竹馬花南の姿に苛立ちを隠せない。

 

 元々好きか嫌いかで言えば、嫌いだった。本人の言う通り顔が良さと頭の軽さから扱いやすそうだったからだという理由での付き合いだ。そこに愛情など一切ない。

 

「てめえは家の事も仕事のことできねえクズで、俺がいないと生きていけねえくせによ、ちった俺のために身を粉にして働いてみろ、ドブスが!! 分かったらさっさとソイツ殺してこい!」

 

 そう感情のまま、不満をぶちまける怒声を言い切り、それを聞いた竹馬花南は顔を落として肩を震わせている。

 

 ショックのあまり気力が失せて泣いてしまっているのではないかと傍から見ればそう思えるような首の落とし具合。意気消沈したと思われておかしくないし、榎設楽自身もその様子をみて同情して、本当に最低な男、と内心で呟き軽蔑した視線を送っていた。

 

 やがて、震えていた肩は小さな呟きと共に止まる。

 

 

「………………………どぶす? ………ドブス、だぁ~~って、、、このドクサレの口だけニートが!」

 

 

 これまで発していた甘ったるさとふわふわとした声色とは打って違って、まるでドスの入った低い声が響き渡る。

 

 竹馬花南という女は自身にも自覚ある通り、ありとあらゆることに能力が最底辺のレベルだ。勉強、運動、料理、そうじ、裁縫、そういったものは全て苦手であり、周囲からバカにされ生きて来た。そのこと自体本当のことなのでそこまで怒りも覚えなければ傷つくことはない。

 

 ただ一つ。自身の顔のことを『ブス』と評されることだけは我慢ならない。

 

 それが彼女の唯一の逆鱗だった。

 

 可愛いは正義だから。

 

 故に、ブスと敬したダーリンと呼んでいた。本当は単純に可愛さのある言葉使い方だったから使っているだけで別に愛していない。

 

 竹馬隆二対して敵意を込めた瞳と、ドスの入った低い声でお返しとばかりに言い放つ。

 

「テメェーだって、いっつも口バッカのクソじゃねえか。何が『教育』だ、何が『社会性がどうの』だ! 周りから小言言われただけで簡単に悪態吐いて僻むだけのカスが! だけどあっちの方が正しいから何も言えずに家でグチグチと文句と自分の正当化しているだけの負け犬じゃねえか! 動画でガキを盾にしてくだっらねえ台本書いて、感想欄炎上されて、あたしがどんだけ火消しに女の子向け動画上げて清算してやっていると思っていやがる! 『俺がいないといきていけねえ』だ? あたし、ちづり、教団の誰かの庇護がないと何もできないくせに! そうやって裏で操っているふりして、本当は誰かにしてもらわないと何にもできない頭脳系ぶった引きこもりのカスが! 一回でも自分のチカラで何かしてみれば? あ、ゴメンね、何もできないもんね? 自分のいいようにしか話せない口だけのオタク君だもんね? 社会性ないから死ねば?」

「……て、てめえ、黙って言わせておけば!!!」

「ははは、『黙って言わせておけば』? あははは、本当の事言われて何も言い返せないだけじゃん。顔真っ赤かにして草ァ! 涙目でくぁいそw ゴメンね、唯一の口自慢なのにレスパで勝って。ま、元々喋りが上手くない人としか勝ったことしかなかったけどね。ガチで口が上手い人には何も言えないで帰ってビール飲んで正当化しかできないもんね。あはははは」

 

 笑う。嗤う。哂う。

 

 彼女は高らかに笑う。

 彼女は愉しそうに嗤う。

 彼女は人間らしく哂う。

 

 本性を現した、どこにでもいる人間らしい醜悪な姿に『可愛さ』などどこにもないことを知らずに、わらうのだ。

 

 まさかの味方からの笑いものされるとは一切考えてなかった。

 

 これまでの逃げて、避けて、無視して、自己正当化してきた人生で凝り固まってできたプライドがズタズタされたことで怒りと羞恥、恐怖、様々なショックを受けては言う通り、顔真っ赤にして涙目。

 

「うわああああ~~!!」

 

 泣き叫びながら嫁だった存在に対して駆ける。

 

 本気で殴り殺してやろうと動く。

 

 竹馬花南……いや花南が言う。これまで誰かの手を借りて、誰かの庇護下、協力によって生きて来た男が生まれて初めて、誰のチカラも借りずに自分自身のチカラだけで行動を起こし、実行しようとしたのだ。

 

 自分を侮辱したモノを殺すということ形で、実行しようとした。

 

 そしてそれが彼の精神がどこまでも幼稚だったことを証明することになるとは一切理解らずに。

 

 

「―――おい」

 

 

「っ!!」

 

 駆けていた竹馬隆二に間を入るようにして止めに入ったのはボロボロの状態の雨崎千寿だった。

 

 死んだとばかり思っていた雨崎千寿の乱入に驚いて動きを止めてしまう。が、すぐには勢いを殺せない。雨崎千寿はその勢いに合わせるようにして拳を振りかざす。

 

 再び竹馬隆二の顔面に拳が炸裂して地面に崩れたのだ。

 

 竹馬隆二、再起不能。

 

 倒れた姿を見て、花南はさらに嗤い出す。

 

「あははは、ざま! カナンのこと、カナンのこと助けなかったから! カナンの可愛い可愛い顔のことをばかにしたから、天罰喰らったんだ! あははは、バーカ、バーカ、ざまぁ!」

「あなたも同罪、よ!」

「は、ぶっ!!?」

 

 高らかに嗤い声をあげる竹馬花南に対して榎設楽の一撃を以って沈めた。

 

 花南、再起不能。

 

 気を失ったのを見て、はぁ~と肩を竦めて大きく息を吐く。

 

「(はぁ~、これじゃあまるで鏡写しね。互いの醜い内面を写し合っている……合わせ鏡。鏡鬼というのも皮肉なもんね)」

 

 霊道師、霊能者の界隈では鏡とは真実を映し出す、聖なるものとして扱われることが多い。だが、この鏡は互いの醜さを映し合わせてはさらに磨きをかけるような鏡だったのだろう。

 

 そんな虚しい感想を抱きながら「先輩」と雨崎千寿が駆け寄ってくる。

 

「雨崎君、あなた、大丈夫だったのね」

「ちぃっと、動けなかっただけで大丈夫です。先輩の方は?」

「私の方も大丈夫よ。……少し、いえ、だいぶ疲れたけど」

「同じ気持ちです」

 

 体力というよりも精神面の方でどっと疲れがきた。人として堕ちた姿で互いに罵り合う姿は傍から眺めていて気持ちのいいものではなかった。

 

 戦闘の疲労よりも、人間の邪悪な醜さを見てしまったことの心労の方が善良な彼らにとって傷として深いものがあった。怒りよりも憐みと悲しみといったものが強い。

 

 少しの間だけ気を落としながらも、引き締めて榎設楽は雨崎千寿に近づいて傷を癒そうとする。

 

「《癒道・癒》」

 

 雨崎千寿の受けた傷が徐々に回復していく。

 

「(これで私の霊力はもうほとんどない。どっちにしろりっちゃんの所に参戦できないわね)」

 

 雨崎千寿の傷を癒したことで榎設楽は霊力のもうほぼ残っていない。できるとするなら《破道》を二発くらいが撃てるくらい。竹馬ちづり達に貼った結界や境界の維持ももう長らくはない。

 

 雨崎千寿から傷を癒しきったことに礼を言われ、それを受けながらギリギリで勝利を収めたことにホッと息を付いていると、

 

 

「―――あはっ☆ 《完全受肉》!」

 

 

 不穏な言葉と共に霊力が、呪力が舞い上がるのを二人は肌で捉える。

 

 すぐさまそちらの方へと振り返ろうとすると、二人の間を、まるで曇り空から覗かせた太陽の一筋の光が割って入るように通り過ぎる。

 

「「!!?」」

 

 光の速さに近いスピードで間を通り抜けたことを察した二人は振り返った先を慌てて戻すと、視線の先には花南が竹馬隆二に鏡の破片を以ってその首を切り裂いていた。

 

 プシューと音ともの鮮血が勢いよく飛び出す。頸動脈を狙った的確な攻撃は今すぐ止血しても傷を癒してももう既に間に合わないことが一目で分かるほどに美しく血が舞う。

 

 榎設楽と雨崎千寿はその様子を戦慄しながらも各々構える。

 

 傍から見えればさっきの仲間割れの続きでとどめを刺したように思えるが、二人の頭にあることを連想していた。前回の闘いで古郡吉成が血鬼によって肉体が奪われてしまったことを。

 

 まるで陸に上がった魚のようにピクピクと痙攣して動く竹馬隆二。裂いた首から零れ落ちる血を眺めて愉しそうに微笑んでは、やがて血が止まるとこちらへと振り返ってくる。振り返った表情は鏡のチカラの歪ませられたものが治っていた。

 

 正面切って放つ彼女の雰囲気は明らかにこれまでの花南とは違っていたことを二人は感じ取って確信する。

 

 またあの時と同じように彼女の魂を喰われてしまったのだと。

 

 そして、花南だったものは笑顔を振り撒いて言ってくる。

 

 

「きょうきの負けだよ。二人は殺したからこれで手を打ってきょうきを見逃してね☆」

 

 

「「………はあ?」」

 

 全く予想外の言葉に出てきたことに二人は口を揃えて困惑する。

 

 自らの敗北宣言と、殺害の事実が迷惑をかけた詫びとして、そして何よりも自分を見逃してくれ、と提案してくるのだ。

 

 二人は油断させる作戦か何かかと勘繰るが、そんなことは一切ない。鏡鬼の嘘偽りもない本音だった。その理由を明かしてくる。

 

「きょうきはね、契約者の性格をリンクする、鏡写しする鬼なの。だからね、きょうきはカナンの性格写しちゃったから、自分を助けるために、契約者殺しちゃった☆ 」

 

 契約者の花南の性格が自分の身が可愛いからこそ自分の身を護るためならば裏切りに躊躇いがない、という。

 

「本当はね、ダーリンの時も同じように自分を助けようとしたんだけど、ダーリンの場合武器変換だからね、きょうきのように《完全受肉》ができないの☆ うん、二度も戦えば分かる。カナンとダーリン程度じゃあ、君達二人には敵わないってこと。あはっ☆ この二人自分達が実力ないのを自覚があるのかないのか、そのくせ一度下に見た奴らに対して絶対に認めないで自分が強いって思ってるの。考えを改めない性根が腐っている奴らだから。アハハ、この二人ってさ、ニンゲンの愚かさが体現者だよね☆ とってもかわいいよね☆ 鬼はね、ニンゲンのそう言う所大好きなんだ♡」

 

 そう、愉しそうに彼女は全てを語ってくれる。

 

 竹馬隆二や花南では雨崎千寿と榎設楽では敵わない。負け戦だと分かっていなくてそれでも続けようとする愚かな契約者に対して見切りをつけて、自分の身を護るために殺した。そうしてしまったのは元々写し取った花南の性格がそういう性格だから、殺した。

 

「……性格が反映されているなら私達のことを恨んでいる可能性があるわよね」

 

 話が分かった。だからと言ってそう簡単に信頼はできない。

 

 榎設楽は今の話を聞いて冷静に突っ込みを入れる。そのことにう~ん、と可愛らしく悩んだ様子をみせて言ってくる。

 

「そう言われても……あくまでも性格反映だからね。完全完璧の一致ってわけじゃないし……カナンがきょうきの事どうでもいいように、きょうきもカナンのことどうでもよかったって理解でいいんじゃない? 少なくとも、きょうきはこんなところで消えるわけにはいかないし」

「(こんなところ?) 何か目的があるの?」

「うん、虞魂(ぐこん)を集めてるの! 鬼獄呪魔は鬼の王を召還させるのが目的だからね」

「!? (虞魂を集めている!?)」

「鬼の王って、この戦いで決めるものじゃなかったのか?」

 

 鏡鬼の言葉に冷汗を零して戦慄する榎設楽、と同じく話を聞いていた雨崎千寿は我鬼が言っていたことを思い出しながら突っ込んで訊ねる。

 

「はい? 誰がそんなこと言ったの? ソイツ? 天鬼が? あはっ☆ 全然違うし、鬼獄呪魔は仕鬼祇使いが鬼を使って、人々の虞魂を集めて、鬼の王を召還させるための儀式。もっとも虞魂を集めた者が鬼の王への挑戦権を得て、それに達成できたら新たな鬼の王の座と仕鬼祇使いと共に全土を支配できる権利を得る儀式だよ」

 

 鬼の王を決める戦いではなく、鬼の王を顕現させるもの。時期の鬼の王になるためには現状の鬼の王を倒さなければならない。

 

 鬼の王を倒すことが成功すると新たな鬼の王として君臨できる。

 

「……え、仕鬼祇使いは願いを叶えるっていうのは?」

「? 全土を支配できるんだよ、大抵の願いは叶うじゃん。ま、きょうき的には鬼の王を喚び出すこと自体いいけど、鬼の王に成り替わろうと思わない。めんどうちぃーし、第一、絶対に勝てない」

 

 鬼の王の座に興味はない。それは鏡鬼として本音なのか、それとも花南の性格が反映させた上での答えなのか、それが判るのは鏡鬼本人だけだろう。

 

 少なくとも鏡鬼自身は虞魂を集めて、鬼の王をこの世に喚び出すこの儀式に反対ではないということだ。

 

 脅威だと判定する理由としてはそれだけ十分だった。

 

「あ~もう、ダメダメ、ダメだってば! きょうきはもう霊力が足んないし、どっちにしろカナンの身体じゃあ二人にボコボコにされて終わるもん。カナンみたく、きょうきの可愛い顔を変にしたくないし」

 

 ……変顔に関してはとどめの一撃を除けは花南の自業自得的な面が強い。

 

 あくまでも交戦の意思は一切ないということを告げてくる鏡鬼だが、真偽を掴めない二人にとっては、単純に鬼の王の召喚に賛成という点で危険性は高い。

 

 人食いの獣がお前らは食べない、でも他の奴らを食べる、と言われているだけの話なのだから。

 

 今にも襲い掛かってきそうな二人に信じてもらえないことに困っていると少し遠くを見て鏡鬼は思い付く。

 

「あ、ならこうしよう。ちづりにはちゃんと優しい両親を与えてあげるよ」

「「……は?」」

 

 一体何を言って、と二人して口を揃えて訊ねようとした時、鏡鬼は突如として自身と死に絶えた竹馬隆二の隣に体長サイズの巨大な鏡が二つ出現する。

 

 一体何をする気だ、仕掛ける前にやるべきかと動こうとする二人の前に鏡鬼は術を発動させる。

 

「鬼術〝きょーめんはんえい〟」

 

 そして写し取った鏡の中から現れる、竹馬隆二と花南の二人の虚像。それは狙いを澄ましたように一目散に動き出す。また分身系の攻撃か、と判断した二人は迎え撃つべく―――鏡像二体は二人を無視して通り過ぎる。

 

「え?」

「なんだ? あいつら背後を取ろう……そういうことか!?」

 

 通り過ぎた二人を見て、後ろを取るのが目的かと慌てて振り向くがすぐにその意味が理解できた。竹馬ちづりだ。二人は竹馬ちづりを狙って動いていたのだ。

 

「不味い、術がもう解ける」

 

 榎設楽は二人を護るために貼っていた結界を継続のための霊力を回そうとするがもうほぼ術は解け始めていた。

 

 ―――間に合わない!

 

 

「大丈夫、鏡写しだから性格はちゃんと反転させている。元がクソだから今度は良いパパとママになっている、よ☆」

 

 

 鏡鬼から掛かってくる言葉を二人は頭で理解するよりも先にその事実が目にする。

 

 張っていた結界は崩れ落ちては無防備な状態と共に竹馬ちづりの前で二人は到達する。竹馬ちづりはトラウマが蘇り、怯えた表情となり、身体を震わせて、背徳絶無の手を握った。

 

 虚像の二人は竹馬ちづりの前へと立ち、両手を広げて抱き着いたのだ。

 

「ちづり、ちづり! ちづり!! 俺達の可愛い娘は! すまない、パパが悪かった今までの事は全部謝るから! ゆるしておくれ!」

「ちづりちゃん! ちづりちゃん! 世界一可愛いカナンの娘! 大っ嫌いって言ったのは嘘だよ! 本当は大好きだから!」

「―――……え?」

 

 何が起こったのか分からないといった困惑した表情で竹馬ちづりは佇んでいた。一体、この人達は何を言っているんだろう、なんで抱き着いてくるんだろう、なんで涙を流しているんだろう。

 

 ―――そもそもこの人達は……一体誰なんだ?

 

 二人は竹馬ちづりへとこれまで行いの反省と謝罪の言葉を繰り出す。

 

 ……正直、『世界一可愛いカナン』『の娘』と言っている時点でちゃんと性格が反転されていないと思える。いや、むしろ、この女にとって反射しても『自分の顔は可愛い』が変わらない不動のものなのかもしれない。

 

 反転した虚像の二人はただ涙しながら愛している、と繰り返して、これまでのことを悔いては彼女へと許しを請う。

 

 傍から見ていた雨崎千寿と榎設楽は困惑した様子でそれを眺めて、鏡鬼の方へと振り返る。

 

「一体、アレは何!」

「見ての通り、アレは反転したカナンとダーリンだよ。アレなら娘をイジメない、優しくて娘に甘くて愛している理想のパパとママ。ほら、これでいいでしょ? 安心して。この術は永続性。そう簡単に壊れないし、壊さない限りは続くよ」

 

 もう一度親子の姿を見る。傍らから見れば改心した両親とそれに困惑しながらも受け入れようとして娘の姿はまるでドラマの感動のワンシーンのような光景だ。

 

 まるで御伽話の一つだな、と雨崎千寿は思う。

 

 さしずめ、意地悪な両親に虐待を受けていた娘がある日、鏡の魔法使いによって性格が入れ替わって優しい両親となって、めでたしめでたし、といった具合の話だと。

 

 だけどそんなお涙頂戴に流されず、榎設楽は真偽を問い正す。

 

「一体、何が目的でこんなことを!」

「だから見逃して欲しいんだって☆ 」

 

 あくまでも見逃して欲しいということ。そこに嘘偽りはない。

 

 鏡鬼がなぜわざわざ自身を竹馬ちづりへとこんな虚像の親を与えたのか? 答えは簡単だ。

 

 花南という女は人前だと猫を被って、誰から見ても善行だと思われる行動を取れる人間性だからだ。

 

 鏡鬼が話した通り、竹馬隆二と花南と人間は格下相手には最後まで嘗め腐った態度でいるが、格上相手だと下手に出る。

 

 そして、鏡鬼にとって榎設楽、雨崎千寿の二人は格上だと認識している。故に下手に出て命を乞うためなら何でもやるという姿勢だった。

 

 見逃すべきかどうか……、正直、雨崎千寿にとって見逃してやってもいいのではないのか、と思っている。

 

 竹馬ちづりはあんなロクでもない親から打って変わって優しい両親として暮らす。こんな御伽話のような終わり方でも別にいいんじゃないのか、と。勿論、鏡鬼自身に見逃すにあたってこれ以上人を襲わないという誓いが立てられるのが前提だ。

 

 雨崎千寿はそう旨の内を語り出す。

 

「……先輩、人間を襲わない、って約束させれば……ちづりちゃんもあの両親になら預けられるし……コイツを見逃しても」

「そうだそうだ、見逃すべきだ☆」

「駄目よ。雨崎君、気持ちはわかるわ。……だけど」

 

 雨崎千寿の言葉を聞き応援する鏡鬼。だが、榎設楽は鏡鬼を一睨みして即座にそれは否定する。

 

 榎設楽とてその事は考えた。短い間ながらもあの二人の行動と人間性から考えられるに竹馬ちづりがこれまでどのような暮らしをしてきたか、そう想像するのも難くない。

 

 だが、それでも、と逡巡しながら答える。

 

「人はね、どんな形でも親は親で、家族は家族なの。その子にとって替えの利かない大切な繋がり。確かに血の繋がりだけが親子ではないとも思うけど、これは違うわ。こんなもの、……人形遊びと大差ないわ」

 

 結局のところ、今の竹馬ちづりにとってこの光景はまやかしでしかない。これまで非道な環境だからといって、今度はただ優しくただ甘やかすだけ環境になったところでそれは救われたことにはならない。むしろそれが毒になる可能性がある。

 

 娘に対して優しいというが、元が全ての行動を自分の思い通りになるような暴力で訴えて、束縛した環境だ、それが反転したならば今度は娘のことを言うことを自由にさせるだけの教育になる可能性が大いに有り得る。そうした場合竹馬ちづり自身が新たな竹馬隆二、花南となって焼き直しになるだけだ。竹馬ちづりから生まれる子に同じ目に遭う可能性だって零ではない。

 

 そもそも元があの二人の真逆の性格というならば完全な善良というのも疑わしい。花南の言動が良い証拠だ。おそらくはこの術は完璧な反転などできていない。本人の主幹となる部分は反転できないか、あるいは反転する必要がないとタイプの術だってあり得る。

 

 鏡写しの反転。簡単に言えば左右の反転ということになるが、中央の芯たる部分は反転したところであまり変化見当たらないのと同じ。

 

 結局のところ、あの虚像達は自分にとって……竹馬ちづりにとって都合のいい存在でしかないのだ。

 

「別にいいと思うけどな。人形遊びでも。元がクズなんだし、鏡写しのように性格が反転した優しい人の方が幸せになれるのに☆」

 

 鬼は甘ったるい声で苦ではない楽な方へと誘う。厳しい現実よりも優しい夢の中に。辛い過去よりも甘ったるい今の状況へと、人を魔の堕落へと誘う。

 

 だが、榎設楽の誘いをぶった切る。

 

「それは間違っているわ。例え、どんなに子供を虐待して、自分の身が可愛いだけの性根が腐ったクズでも。……人間というのはね、誰にだって罪を認め、反省して、やり直す機会を与えられるべきなの。あんな二人でも生きていれば、改心するためのチャンスはあったはずよ」

 

 榎設楽の考えは神社の巫女というよりも、寺の仏門の考え方に近いだろう。

 

 罪を犯した愚か者は死んだら地獄へと落ちてそこで反省して御心を清める。生きている間でも罪を犯したならば、悔い改めて反省し、清く生きていくべき。榎設楽はそう考えてる。

 

 あの二人は確かにクズだ、自身の子を虐待し、同時に他人を貶めて自分達のことしか、いやそれぞれ自分の事しか考えずに危機に陥ればパートナーであるはずの味方を簡単に切るくらいの救いようのないカスだ。

 

 だが、竹馬ちづりにとっては彼らが両親だ。そこは変わりようがない事実。

 

 反転した善人寄りの偽物を与えた所で解決したことにならない。

 

 ならば、どうしたらよかったのか? 答えは簡単であり、同時に難しいもの。

 

 彼ら自身が自ら行動の行いを省みること。

 

 自己に対する感情を少しでも他者へと向けられれば、他人へと慮ること。せめて目の前にある虚像のようにちづりへの愛情を捧げるようになれば、と榎設楽は思う。

 

 それがどれだけ絵空事か、夢の中の夢のような出来事で、殆ど可能性として残っていない現実だとしても、榎設楽は人間の善性を信じて、生きている間に罪を悔い改める可能性を信じてチャンスを与えるべきだと考える。

 

「そんなことも知らないの? 地獄の鬼」

「あはっ☆ 地獄の鬼だからこそ、あの世で反省すべきだときょうき思うな☆」

 

 一触即発の空気が二人の間で流れる。

 

 何かの合図に両者動き出しかねない緊迫した空気が周囲を支配する。若干置いてぼりの雨崎千寿もその空気に自然と刀を構える。

 

 そして。

 

「―――あ、限界。やっぱ持たなかったか……」

 

 そう呟くと同時に力が抜けたように鏡鬼の身体は崩れ落ちた。

 

 突然の鏡鬼の異変に二人は驚きつつも、様子を窺う。鏡鬼は自身の肉体を確認するように目を右往左往させ、動かそうとしていうのかまるで全身がマヒしたかのように震えさせている。

 

 雨崎千寿は恐る恐ると訊ねてみる。

 

「……どうしたんだ、お前?」

「あははは☆ 霊力が切れちった。いや~、参った参った。流石に限界寸前の癖に、二人分も虚像出せばそりゃもう底がキレるよね☆ 元々カナンの霊力カスなのに」

 

 霊力の底が切れたのだ。

 

 完全受肉。本来仕鬼祇は三力の出力の仕方によって使い方が異なる、特殊な識神術。その内の一つである呪力の出力において鬼を自身の肉体に憑依させるこの術は鬼が宿主の肉体を奪えるリスクが存在する。それが完全受肉。

 

 条件としては宿主の精神が鬼に呑まれるほどに弱まるか、憑依状態での意識不明の状態つまりは気絶や睡眠といった場合可能となる。完全受肉した場合、宿主は死亡する。

 

 完全受肉となった鬼は自身の鬼術と肉体的強化が付与される。解除には血鬼戦の時みたく剥がしの術を使うことか、肉体の破壊つまりは死亡状態、そして霊力が尽きることだ。

 

 鏡鬼は二人への命乞いのためにちづりへと新たな両親を創る術を発動させたことで霊力を尽きたのだ。

 

 どうするべきか、と考える鏡鬼は思いつき言ってくる。

 

「あ、じゃあさじゃあさ、特別に良いこと教えてあげる☆ きょうき達仕鬼祇や仕鬼祇使いを全員倒して、この儀式を止めた所で意味がない。どちらにしろ鬼の王は自力で顕現して、この大地を支配するだけ。鬼獄呪魔の意味はもっと別にある……らしいよ☆」

 

 鏡鬼は冥途の土産とばかりにこの事件に関して重要と思しき情報を与えてくる。

 

 儀式に関係なく、鬼の王は顕現するということ。

 

「……一体どういうこと?」

「さ? 儀式を仕掛けた奴に聞けば?」

 

 それは一体どういう意味なのか、榎設楽は問いただそうとするが、鏡鬼はそれには答えない。ここにきてそんな挑発的な態度を取るのか、とムッとして問い詰めようとするが違った。

 

 途端に鏡鬼は一度落としては顔を落としては歯軋りを立てて、明白な苛立ちを感じさせる。顔を上げるとこれまで友好的な人懐っこい笑みとは違い、険しい形相で恨みがましく見詰めてくる。

 

「……はぁ~、どうしてわっかんないかな? ここまでしてやってんだから、警戒解いて善意できょうきを助けろよ、ニンゲンども!! 霊力が分け与えるってあんだろうが!!」

「「……………」」

 

 花南の人間性は人前でいい顔をするが、追い詰められたら最後の最後で限界を超えて爆発する。

 

 彼女の善行は見返りが来ることが前提で働くのだ。

 

 榎設楽は冷たく言い放つ。

 

「駄目よ、あなたに霊力を与えたことでどうせあなたは虞魂を集めるため、自分の霊力のため、人々を襲うのでしょ? 目に見えている被害の事を考えたら本末転倒じゃない」

「クソがあぁぁぁ~~~!!!」

「《払道・解離》」

 

 こうして、鏡鬼との戦いはこれで終わった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。