鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

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VS鏡鬼 其の玖

 子供の頃、物凄い悪い奴がいた。

 どうしようもない悪い奴がいた。

 自分の事しか考えていない、周囲に迷惑をかける奴がいた。

 大っ嫌いだった。

 心の底から嫌いだった。

 友達も嫌っていた。

 先生も嫌っていた。

 皆、アイツのことが嫌いだった。

 

 アイツは間違えなく悪だった。

 

 アイツの存在が許せず当時、芽生え始めていた私の正義感がアイツをこらしめようと事ある度に突っかかっていた。

 

 最初は注意して口で利かないならば、実力行使で抑えつけようと考えていた。当時運動ならば男子にも負けない、後々血統者として働くために下地として武道を習っていたから自信はあった。

 

 大丈夫、勝てると。ヤツを泣かしてやれると。

 

 正義は必ず勝つという言葉を信じて。

 

 ―――その結果、敗北した。

 

 叩かれた、押された、殴られた、蹴られた、踏み潰された、泣かされた、痛めつけられた、傷つけられた、一方的にいたぶられて、私の心に強い恐怖を植え付けられた。

 

 何もできない、弱い自分に絶望した……。

 

 周囲から女の子だから仕方ないと言われた。―――ふざけるな、アイツは私より年下だ。

 

 同い年の男でも運動ではタメを張れていた。口だって、頭だって、総合的な部分は全部私の方が上だ。

 

 なのに負けた。自分よりか年下の力も、口も、賢さも低いはずの男の子に。

 

 ふざけるな、冗談じゃない、こんな奴に私が負けたら正義が弱いことになる。正義が間違っていることになる!

 

 そんなの……絶対に許されることではない!!

 

 ……ああ、本当に大っ嫌いだ。

 

 子供の時、アレはいつか絶対に倒すべき悪だと心に決めて、何度も挑んだその度に敗北を味わされた。

 

 引っ越して、血統者としてチカラが覚醒して、チカラの使い方を覚え、子供の喧嘩じゃあすませられない実戦を、修羅場を潜り抜けて、強くなった。

 

 そして現在。

 

 私にとって悪の原点にして頂点とした相手、夜名津我一が一刀によって斬られて地面に倒れ伏せている姿を視ながらこう言われずにいられない。

 

 

「―――だれだ、おまえ」

 

 

 お前は誰だ、と。お前みたいな弱い奴は知らない、と。私はそう思えてならない。

 

 倒れたそれは答えない。ただ小さく弱々しい息を繰り返しては今にも死に絶えそうとしている。

 

 その姿は私の記憶の中のイメージと合致しない。

 

 過去と現在の記憶が混ぜ繰りかえっては激しい頭痛を覚える。

 

 気持ち悪い、吐き気がする、ありえない、なんだコレ、意味が分からない。

 

 全身に走る寒気に身を抱いて、嗚咽に似た胸焼けの衝動は大病を患った時の苦しさに似ている。初めて人を切り殺した時のショックを思い出した。

 

 煮えくり返ってくる吐瀉物感のような衝動が奔る。胃の中に詰め込んでいるすべてを吐き出すかのようにこう叫ばずにいられなかった。

 

 ―――が!!

 

「我一はこんなに弱くない! 私に一撃入れられたくらいで倒れないし、素直に負けを認めない! 泣かないし、やり返さないなんてことはない! こんなにあっさり死なない!―――絶対に、ない!!!」

 

 私にとってこの世の悪で出来たそれは、絶対にこの程度じゃあ倒れないし、死んだりはしない。すぐに攻撃されたことに怒りで湧き上がって私へと殺しにかかってくる。そうだ! その通りだ! その時こそが本番だ!

 

 自分の中で綺麗に整理させて絶対に有り得る予想を立てていく。あの、我一のことだ、今は不意打ちの機会を狙って息を潜めているに違いない。油断したところに必ず一撃を放ってくる。

 

「ハハハ。お前の考えていることなんて見え見えだ! そんなつまらない芝居をしてないで早く起き上がって私と闘え! 昔のように勝つためにお前がどれだけ卑怯卑劣な手を使ってきても私が全て切り伏せて、お前を切り殺してやる! さあ、来い!」

 

 私は刀を構える。いつ起き上がってきてもいいようにヤツの姿を視界にとらえる。―――奴は動かない。今にも死にそうだ。

 

「どうした、いつまでそんな演技をしているつもりだ! 笑わせるな、お前のお決まりのパターンには飽き飽きした。昔はどうであれ、今は私の方が強い! いや昔も私の方が強かった! それを今みせてやる、さあ、こい!!」

 

 私は奴に対して挑発する。短期でキレやすいヤツならばここまで言われれば顔を真っ赤にして不機嫌な形相で殴りかかってくる。そうだ、いつもそうだった。だが、昔のように簡単にはいかないぞ。お前が来た瞬間に私の《罰蔵》の刃がお前を襲う! 何が襲い掛かってきもいいように感覚を研ぎ澄ませる。―――今にも死にそうなヤツの弱々しくなっていく呼吸音が耳には入る。

 

 ビリっと頭痛にも似た、頭の中の記憶の写真にひびが入ったような音がする。

 

 まるでこの記憶が間違っているかのような…………いや、どちらかというともうこれは必要ないと言わんばかりに朽ち果てていくかのように。古きものはいつか自然に壊れていくかのように。

 

 ―――違う、そんなはずがない。こんなもの、……嘘だ、私は絶対に認めない。認めない!

 

 ビリビリとひび割れが広がっていく感覚。その片頭痛を振り払うように声を上げて、アドレナリンを増幅させた興奮で無視する。

 

「いい加減にしろ、我一!! お前はこの程度で死ぬ男ではないだろう!!」

 

 喉が張り裂けそうになるほどの怒声を放つ。もはやいい加減我慢がならん、いつまでも私を騙し通せると思って立ち上がろうとしない態度に腹立たしくてならない。

 

 本来なら卑怯や不意打ち、無防備な相手に対して攻撃といった卑劣な方法を取ることなどしない私でも、ここまでコケにされるとこちらとしてもそう取らず得ない。

 

 その首を撥ねてやろうと動こうとした時だった。

 

「………切利、ちゃん。…………ごめん、ね」

「! ………何がだ?」

 

 ようやく我一が口を開いた。

 

 相変わらず寝転がったままで嘗めた態度を取っているが、出てきたのが謝罪の言葉だったので、本の少しの興味でその継の葉だけは聞いてやろうという私なりの奴に対する最後の情だった。

 

 我一は相変わらずわざとらしい今にも死にそうな苦しそうな調子の息遣いで、呼吸を整える真似事をしては口を開く。全く、演技だけは一端である。

 

「………子供の頃、…………自分と、周りと………ずれ、て、はぁはぁ………いる! ことが!…………分かって、なかったんだ。…………ほんと、に………そう、なんだ」

 

 息絶え絶えと気味の悪い変なアクセントで発声しながら、この前と同じように語ってくる。

 

 ―――聞く意味がない、殺そう。

 

 発声もそうだが、内容は殺意を込めるには十分な代物。駆り立てる激情に冷静に努めながら私は夜名津へと近づいていく。

 

「だからイライラして、………迫ってくる君に、はぁ……はぁ……思わず八つ当たりした。………本当にごめん!」

 

 何やら謝罪したようだが、それが虚言だと私は知っている。コイツ以上に、私を侮辱し尽くす存在はいないと断言してもいい。

 

 私はハッキリと告げてやった。

 

「いい加減にしろ、そんな戯言誰が信じるか! お前は悪なんだ。悪の言うこと成すこと全てが嘘と虚言と偽りで出来ている。そんなものに私はもう二度と騙されん! お前は夜名津我一なんだ。夜名津我一はな、絶対に人に謝らないし、許しを請わない。己の非を認めない絶対悪の存在だ」

 

 ハッキリと告げた言葉を聞いた我一はとても悲しそうな瞳で私を見てくる。

 

 なんだ、その面は、まるで被害者みたいな顔をして。この十全なる加害者のド悪党が!

 

 目を瞑って一筋の涙を流したような我一はやがて覚悟したようにして目を閉じたまま告げてくる。

 

「分かった。なら……ちゃ、んと、…………き、みと! はぁはぁ………向き合った、……ふぇで………ハッキリと言わせて、……もらう」

 

 大きく息を吸い込んだ夜名津は私の方を視たくない、と言わんばかりに顔を背けては冷たい目のままハッキリと言ってくる。

 

「君のつまらない正義感の天秤で僕に対して絶対悪判定はいい加減頭にくる。負けた時の言い訳ごちゃごちゃ言ってないで黙れよ、ヒステリー女。イライラして殺したくなる」

 

 全身の毛が、怖気が奔るほどに向けて来られた殺意は懐かしいもの。

 

 邪魔だから、うざいから、面倒くさいから、腹立つから、ムカつくから、そういった負の感情をまとまったような悪意そのものと言っていい殺意。

 

 ああ、嗚呼、嗚呼! ようやく、……ようやく! ―――心の底から本音を吐いた。

 

「そうだ、そうだ、そうだ、夜名津はそんな風に悪い奴だ!」

 

 私はようやくヤツが本気になってくれたことに心底歓喜した。嘘偽りを取りやめて、本心をようやくみせてきたのだ。

 

 子供の頃から変わらない悪として資質のそれを。

 

「覚悟しろ! お前の悪行はここまでだ!!」

 

 上段の構えを取り、全身の血を隅々まで循環させては剣へと血意を練り上げ込める。

 

 私の能力、叶家の血統者として能力は〝初志叶〟という、ある目標や標的に対して特効を持たせるというもの。雨崎のように天気を操るような派手さも応用性といった面で見劣りするものであるが、一芸必殺にして、一点突破型としての火力は十分。

 

 そして私自身の標的は『悪』。つまりは『悪に対する特効』にして、さらにはその基準となった我一自身に関しては無敵にして最高火力を誇るといって過言ではない。

 

 我一は私の一撃受けて立たんとばかりに起き上がる。ゆっくりと、生まれた小鹿のような今に転び落ちそうになりながらも血を垂らしながらも起き上がる。

 

 普通の相手ならば致命傷によって死にかけのような光景だが相手はあの我一だ。これも何もかも仕掛けに違いない。油断ならず、また、どんな仕掛けだろうと切り伏せてみせる。

 

 来い、と目で語ってくる夜名津へとその一刀を放つ。

 

「一刀両断、《悪切断》!!!」

 

 必殺の一刀。悪を切り伏せる最高の一振り。過去、私が繰り出してきた中で最高にして最大の威力を誇った痛恨の一撃。受け入れれば悪は絶対に両断する最強の技。

 

 我一は目を瞑ってまるで慈愛に溢れる菩薩のような懐の広さでその一撃を受けたのだ。

 

 まるでこれは自分が受け入れて当たり前の罰だと言わんばかりに。

 

 我一は私の一撃で両断された。

 

 我一は大地に倒れ行く。

 

 愛刀が斬った際に付いた我一の血を吸い上げていく。血統者の武器、血器は己が斬ったものの血を浴びて精錬されていく刀。血で作り上げ、強化される代物。

 

 これだけの血、しかも最大の障害として想定した夜名津の血ならば強化されるのは相当なものに練り上がるだろう。

 

 

 ―――ビリリ、

 

 

「………勝っ、たのか……?」

 

 己が血器のチカラが上がっていくのを感じながらも目の前の光景にイマイチ現実性がなく、ただただ茫然とするしかない。数分前となんら変わらない。これではただの繰り返しのように思えた。

 だが。

 

 我一から向けられた殺意は昔のそれ、昔と何一つとして変わらない……そうだ、ああ、結局のところアイツは何一つ変わらない、悪人―――本当にそうか?

 

 

 ―――ビリリ、ビシィ、ビリリ!!

 

 

 ―――………思い、返してみれば……………今に始まったものではないのかもしれない。ここ数日の記憶。我一自身と共に過ごした時間は短くもあったが、それでも昔と違う―――そんなことはない! アイツは卑怯卑劣で下劣な輩で、それは今も昔も変わらない!

 

 さっきだって、ずっと私を騙そうと死んだふりをしてその身を回復させるなり、やり過ごそうと卑怯な手段を使って―――本当に死にそうだった。演技とは思えないほどに衰弱して、弱っていた。

 

 霊能力者といっても我一は未熟どころか霊能力のれの字すら分かってないレベルの初心者。らっちゃんみたいに様々なことができるわけでも、千寿のように異能を秘めていたわけでもない。ただの人間。そんな相手には私は―――アイツが普通の人間なら悪人はこの世に一人も存在しない。アイツは何かしらの能力があるから脅威なのでなく、夜名津我一だからこそ危険な存在なんだ。

 

 

 ―――ビシィ、ビシィ、ビシィ、ビリリリ!!

 

 

 記憶と現在が、悪を憎む正義感と人を思う情が、頭を割らんばかりに大きく揺れて動く。

 

 たまらず両手で抱えてその場に蹲る。

 

 頭が割れる、身体が重い、吐き気がする、上下左右の方向感覚がなくなる、深い闇の底へと沈んでいく感覚を覚える。

 

「なんで……私の心は、こんなに痛いの?」

 

 

 ―――バリィン!

 

 

 過去に刻まれた写真(トラウマ)が完全に崩壊した。

 

 長年募りに募っていた悪の存在を完全に成敗したはずなのに、心は全く以って、気が晴れることはなかった。

 

 

 × × ×

 

 

 良心が痛んだのは彼女が善良だったからだろう。

 

 彼女にとっては夜名津我一の存在は沁みだろう。

 

 過去にできた沁み。傷ではなく、沁み。

 

 傷は治っても、沁みはこびりついたまま消えることなく、永遠と残っていく、そんな沁み。

 

 血統者として生きてきた己が定めた制約は『悪を倒すこと』だ。そしてその基準が夜名津我一の存在である。

 

 悪の基準が夜名津我一である以上、彼を倒すことが叶切利にとっては大きな意味を持つ。だがそれは、叶切利が望み、想像していたような『完全悪』と言ってもいい存在だった場合。

 

 異能の話だけ言えば、叶切利は現在夜名津我一を殺したことで完全に次のステージに上がった。

 

 だが、それはあくまでもチカラだけの話。精神面がそれに追いつかない。

 

 叶切利が想像していた以上に夜名津我一は『完全悪』ではなかった。

 

 別に驚く話ではなかった。彼女にとって夜名津我一は過去の虚像しか見ていない。そしてその虚像は、過去の記憶というものは脚色される。思い出深いものはより強いものへと変えてしまうのはよくあることだ。それは忘れないために、あるいは忘れられないようにするために。

 

 だからこそ、再会した際に知っている像との差に彼女は苦しんだ。長年悪だと思っていた存在が実は改心していたなぞ、彼女の中で信じ難い事実だったからだ。

 

 一度は彼の事を認めようと、今の彼の成長を受け入れようとしていた。過去は過去、今は今、人は成長するものだと、あの我一でさえ改心するんだと、受け止めようとしていた。

 

 だけどそれはもう既に無理だった。彼女の異能《初志叶》は一度定めればブレることのない代物。もしこれが、他の人間ならば、……例えば過去に対戦した悪人達が改心して慈善活動をしていたということならば彼女の異能()は譲渡し、許しただろう。

 

 だが、相手は異能の基準として絶対悪の夜名津我一。完全な芯であるためその甘さがズレることはなかった。

 

 そして竹馬ちづりが助けを求めて懇願する姿をみて、子供の頃に夜名津我一がイジメていた相手から助けを求める姿と重なってしまった。そして、それを黙って見ていた夜名津我一―――本当ならば彼女の事情を慮って思考を巡らせていただけだが叶切利にはそうと思えなかった―――が許せなかった。

 

 血統者。血で戦う誇り高き武士(もののふ)。その血を以って定めた運命は逆らうことはできない。

 

 叶切利と夜名津我一が和解することはその血を定めた以上土台無理な話だったのだ。

 

 だからこそ、夜名津我一もついに諦めた。

 

 コイツに何を言っても無駄だ。ならコイツの望んでいる形で幕を引こうとした。と、刃を二度も受けて絶命したのだ。

 

 そして、残されたのが目的を達成して、同時に目標を失った少女は、自分の血で定めた制約を解除されて冷静さとともに新たなチカラを得た彼女は、深く深く苦しんだ。

 

 自分はもしや、無実の人間を殺してしまったのではないかと?

 

 ―――…………あ、

 

「あああああああああ~~~~~!!!!!」

 

 絶叫が響き渡る。彼女は良心の呵責に負けて精神が崩壊したように地面へと倒れ伏せたのだ。

 

 

 × × ×

 

 

 一台の車が通過できたのは、戦いが終えたことで人払いの術、血戦陣が解けたことか。その車はどこにでもありそうな青いミニバン。ミニバンは二人の少年少女が倒れているのを発見しては車を一時停止しては中から運転手が出てくる。

 

 三十代ほどの眼鏡の男性。冷たくとともに聡明さを感じさせる瞳と顔立ち、普段は仕事着として白衣を纏っているが、今はクールビズの制服の姿をしている。

 

「こいつが、我鬼と契約者か」

 

 彼は二人の元に駆け寄って重症である少年の方を診る。いや、診た所で変わらない、袈裟で両断された肉体はどうしたところで普通の医療ならばもう助からない致命傷。

 

 そう、普通の医療ならば助からないのだ。

 

 彼は後部座席の少女へと話しかける。

 

「時間の担い手ならばこの程度の傷を巻き戻しはできないのか?」

「できない」

 

 断言したのは、猫耳系のフードを深くかぶった少女。黒色の袖のないパーカーにショートパンツに太ももまで布く長いソックス。背丈からして中学生。叶切利と竹馬ちづりに術をかけた張本人だった。

 

 スマホ画面で何やらゲームしながら彼女は続ける。

 

「時鬼の話だと私の霊力は少ないらしいから、精々誰かの過去を覗き見てトラウマを思い出させる程度。その時の負の感情を暴走させるくらいのチカラしかない」

 

 彼女の鬼、時鬼とその鬼術《歴視回覧》は過去の記憶を掘り起こしては暴走させる能力。人間誰しも昔の恥ずかしい記憶を思い出して身悶えや羞恥のあまり物に当たるといった出来事があるだろう。それがかなりの激情状態で起こるものと考えていい。

 

 たったそれだけの能力しか持ち合わせていない。『時鬼』などと大層な名前と能力を思わせる存在だが、使える霊力が無ければできることなどほとんどない。

 

 時鬼にしろ、鏡鬼にしろ。

 

 大技を披露するならば血鬼のように周囲から血を集め、霊力に変化できるチカラを持っていれば話は別だろう。

 

 おそらく、例外なのは現状血統者である、雨崎千寿だけだろう。

 

 当てが外れ、男はもう一度夜名津我一へと視線を送る。医師として救える命ならば救う、同時に目的のために少しでも仕鬼祇使いを生かそうと考えたが、救えなければもはや用はないと切り捨てる。

 

「こんな奴でも《死鬼》の糧程度にはなるかと思ったが、まあいい」

 

 叶切利の方へと移ろうとした瞬間、ミニバンから別の少女の声が来る。

 

「なら、私が直しますよ」

 

 そう告げてきたのは言乍りりだった。

 

 車から飛び出ては男と並ぶように夜名津我一の元へと駆け寄る。

 

「いいのか? お前は……」

「この人、センパイのお友達なんです。ただでさえ、吉成君が死んでメンタルアレなのに、友達死んじゃったら壊れちゃうかもしれない。それはりりが望むことじゃないから」

「………そうか」

 

 ならば何も言うまいと彼女に夜名津我一を任せて、その場から離れて、叶切利の方へと向かう。

 

 言乍りりは夜名津我一の傷口にそっと触れては額から白い角を生やしては静かに懐かしむようにして告げる。

 

「鬼術《現偽》」

 

 両断されたはずの夜名津我一の傷が一瞬にして元通りになる。傷を癒す治癒のチカラというよりもそれはまるで先ほどまでの傷が現実にはなかった、偽りだったように。真っ新なら状態へと直したのだ。

 

 息を吹き返しては深く眠る夜名津我一。蘇生できたことに安堵したような顔を浮かべてはそっと優しい、本来の彼女であろう顔を浮かべては小さく告げる。

 

「……どうかあの人を助けてあげてください」

 

 それは彼女の残滓の言葉だっただろう。

 

 それだけ告げると彼女は見終わった男と合わせて、ミニバンへと戻ってその場を去る。

 

 




◆設定について
・叶切利
武器・《罰蔵(ばつぐら)》。シンプルな刀。

能力・《初志叶》・・・その能力は、自分定めた目標や夢など叶えるためのチカラ。ようは努力するチカラやそれが『可能』になるチカラ、願いを『叶える』チカラと言ってもいい。
 その際叶切利が願ったことは『悪を倒すこと』であり、その基準が『夜名津我一』となった。彼女の中で『夜名津我一』は非常に危険な人間であり、悪の中悪、大悪党であるため、他のどんな人間の悪行も『夜名津我一の存在』に関しては全てランクダウンするのだ。

 それでできた一振りの必殺の剣技『悪切断』。
 分かりやすく言うと彼女能力は『悪特効の一撃必殺』であり、『夜名津我一特効の最強必殺技』である。

 もっとも、これを以ってしても夜名津我一を真の意味では勝てません。
 なぜなら、彼女の精神に子供の頃に刻まれた『夜名津我一に勝てない』というトラウマが深く刻み込まれているが故に心の中で『夜名津我一に勝てない』という気持ちがあるからです。
 
 願いを叶える能力であり、それを『可能』にすることができるチカラが故に、自分を信じるチカラを持てなかった精神性が夜名津我一を退場させることができなかったのです。


× × ×


Q,『叶切利は仲間にできなかったんですか?』

A,できます。ただし、その場合……血鬼戦の古郡吉成の際にも説明しましたが、この作品は幾つかの√が私の頭の中で大雑把に存在するのですが、この√ではできません。

 彼女を仲間にする方法はゲームで言う所の『夜名津我一が仲間にいない状態』です。

 この√は『夜名津我一』を仲間の状態の√というゲームで言う所のクリア後、周回で√解放でイケるものみたいなものです。
 そうつまり、一週目の√とかだと、夜名津我一は血鬼戦で死亡確定です。あるいは仲間にならない、みたいな?



Q,『夜名津我一は叶切利のことどう思っていますか? 過去好きだったのではと雨崎千寿が予想していましたが』

A,好きか嫌いかでいえば、別に好きじゃないし、嫌いというか、面倒くさい人だなって感じです。ただ、昔のいじめっ子時代を色々と恥じて悔いているので、叶切利だけじゃなく昔の大半の人間に対して『やり過ぎて悪かったな』って反省しています。
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