鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

30 / 38
VS時鬼 其の弐

 普通漫画だったら話のタイミングに合わせてやってくるのに、榎先輩が先生を呼んでくるわと、一度道場を退室するという、現実的な当たり前のことが起きた。……そこは空気を読んでほしかったな。

 

 しばし待ち、道場へと榎先輩と共にやってきた何度も見たことがある老人。白髪と皺はあるが、常に道場で鍛えていることが服の上からでも見て取れる鋼の肉体を老人。榎先輩の祖父。この神社の神主であり、この道場の師範代。

 

 先輩のおじいちゃんは年を感じさせない強き眼光を俺達に向けられて、胡坐をかいていた俺達はその迫力に圧されて姿勢を正しては、正座して、いや、立ち上がる。

 

「ウチの道場の師範代で、私のおじいちゃんよ」

「初めまして、お邪魔してます。……夜名津我一です」

「雨崎千寿です」

 

 俺達は慌てて挨拶をすると、その強き眼力を大きく見開かせては喝っ! と放つような骨に響く声量で言い放つ。

 

「声が小さい!!」

「……初めまして! お邪魔してます! 夜名津我一です!」

「雨崎千寿です!!」

 

 声を張り上げてもう一度挨拶をし直す俺達。目を瞑り、うんうん、と頷いては俺の方へと視線を向けて言ってくる。

 

「そっちの坊主は良し、そっちの辛気臭い方はもっと腹から声出さんかい!!」

「初めまして!! お邪魔してます!! 夜名津我一です!!」

「まだまだ出さんかい!!」

「……(帰っていいかい?)」

 

 体育会系のノリの声出しに若干イラついてきたような夜名津から不穏なオーラを漂わせる。頑張れ、キレるな。

 

 過去、吉成君から体育祭の声出しの際に一悶着を起こしては、現在それで変な因縁で戦った形跡を持つ夜名津だ。またあるとは思わないけど、少し不安を覚えながら、再び張り上げる夜名津を見守る。

 

 ……合計六回目くらいで終わった。無表情で分かりにくい夜名津だが不機嫌さが増しているのが伝わってくる。

 

 榎祖父の方は腕組んで深々と頷きながら、大方の話は設楽から聞いておる、と前置きを言い、少し残念そうな調子で語り始める。

 

「うむ、吉成が亡くなったことは非常に残念だ。奴は武としての才能こそあったが、武道者として心がまだまだ未熟。奴は武の外でもつまらんことで熱くなることがよくあった。己が才能を奢り、力に溺れた。このままでは大海を知らずの蛙と同じだと思い、上京することを快く後押ししたが、結果はこのざま。何と嘆かわしい」

「(よしなり? 誰だろう? なんかいきなり知らない人の名前出されても……)」

 

 吉成君の死んだことを師として悔やみ、同時に情けないといった複雑そうな調子で語る。その言葉に俺は少し顔を顰めて、祖父の隣立つ榎先輩も些細なレベルだが、眉が動いた。

 

 だが、と榎祖父は一度区切っては俺達をそれぞれ品定めするように目を細めて見比べる。

 

「吉成に変わり、設楽の婚約者と名乗り上げようと言うならば、まずワシを認めさせてみろ!」

「え、全然いりませんけど」

 

 お手本のような「孫はやらん!」の発言に反射的かつさっきの声出しに相当苛立ったんだろう、普段は黙る処をあっさりと口を滑らした夜名津。その発言にムム! と眉を顰めてはガンを飛ばすように夜名津へと視線を合わせ、低い声で告げる。

 

「小僧、うちの孫に魅力がないというのか!」

「………普通に美人の方じゃないですか?(好みじゃないけど)」

「お前にやらん!」

「あ、はい」

「イランというのか!」

「師範代、いい加減にしてください!」

 

 まるでショートコントのようなやり取りを交わす二人に先輩は話が進まないと仲裁に入る。

 

 ……ああ、孫が可愛いがるタイプのおじいちゃんか……。

 

 何度か会ったことあるけど、こんな風に露骨に榎先輩を可愛がっている場面は見たことなかったから知らなかった。というか、吉成君が榎先輩の元婚約者に選ばれた理由ってこのおじいちゃんの決め事か。

 

 過去、中学の時から広まっていた噂。その真実は今更ながら明かされた。……個人的にショックみたいな、恋心のようなものはない。むしろ、ああ、やっぱりそうだったんだ、と納得の方が来た。

 

 むしろショックを受けたのは榎先輩だろう。婚約者だった吉成君が亡くなってしまったこと。そして、あの時は血鬼が肉体を奪っていたとはいえ、とどめを刺したのは先輩自身。その心中は俺には想像ができない。

 

 ……いや、とどめ刺したの俺だったわ。吉成君の意識があった状態で最後まで追い詰めたとどめを刺そうとしたのはキレた夜名津だったが。先輩は血鬼の憑依を引き離したから肉体部分は先輩か? などと細かい部分は気にしてしまった。

 

 彼女を見る。「ワシはお前の事を思って!」と口にする孫バカの祖父に呆れた様子、いつもとあまり変わらない調子でやれやれと話を戻す。

 

「いい我一君、君は《力道》取得のために祖父と闘ってもらうわ」

「はぁ、分かりました」

「おじいちゃんは霊能力者でもないけど、強いから殺す気でいいわ。というか最悪殺……オッホン、何でもないわ。少なくとも《力道》を習得するためなら持ってこいの強さよ」

「……? あ、はい」

「………え?」

 

 聞き間違いか? 今この人、霊能力者でも何でもないって言ったけど。

 

 夜名津は面倒くさそうに流したけど当然俺と同じ疑問は抱いたはず。

 

 聞き間違えだよな、と思って榎先輩へと視線を向けるのだが、それを阻むようにしておじいちゃんが俺の前へと立ち塞がるようにして眉間に険しく寄せて何かを思い出すようにして訊ねてくる。

 

「お主は樹海の所の孫か? 雨崎樹海の」

「? ええ、はい、そうですけど」

「フン、……お主は設楽の婚約者とは絶対に認めん!」

「あ、はぁ~…」

 

 明らかに夜名津とは別のニュウアンスで先輩への婚姻を拒絶された。夜名津とは一緒っていうのはアレだが、まあ、別にいいんだけど。

 

 明らかにウチのじいちゃんを意識したような言動だけど、じいちゃんと何かあったのか?

 

 その事を突っ込んで訊ねようとするが、本人はフン! と身体を背けて絶対にこっちを見ない、という鋼の意思を感じる背中を向けられた。

 

 話は出来そうにない、と諦めていると、じゃあ、と夜名津の会話が終わったのか榎先輩が俺の方へと来る。

 

「私と雨崎君は外で活動よ。こっちもただ事件が起きるのを待っているわけにいかない」

「あ、はい」

 

 夜名津は祖父に押し付けて、俺とは外で事件について調べる旨を伝えられてそのまま出ていこうとすると、そのやり取りが耳に入ったおじいちゃんが声を上げて振り返ってくる。

 

「な~にぃいい!!? でえとか!? いかんぞ、特に樹海の孫となんぞ、ワシは許さん!! どうしてもでえとに行きたくばこのワシを倒していけ!!」

「無視していいから」

「せつらぁああああああ!!!」

 

 愛しの孫から拒絶されたことに崩れ落ちる、榎家道場の師範代。

 

 大丈夫かな、と思っていると、いいから、とダメージを受けている祖父を無視して外へと出ようとする先輩。

 

 落ち込んでいる祖父に夜名津が近づくと、ポツポツと言葉を零す。

 

「昔はな、おじいちゃん大好きって言ってくれるおじいちゃん子でな、だが最近は一緒にお風呂にも入ってくれんのじゃ」

「当たり前だと思います。もし、今でも一緒に入っているようなら、パパ活で生計を立てている徳永さんを思い出して、僕は彼女から距離を置きます」

「ぱぱ喝? なんじゃ、そりゃあ?」

「……ざっくり簡単に言えば、今時の風俗とか美人局です」

「なん……じゃ、と! 設楽が淫らな目に遭うというのか!! ならん、ならんぞ!!」

 

 

「―――二人とも」

 

 

 ゾッとする圧の声色。まるで野生動物が危険察知したかのようにして、二人は反応して、こちらへと怯えたように視線を向ける。近くにいる俺ですら二人の気持ちが痛いほど分かってしまう。

 

 声を放った彼女、榎先輩は声の圧とは違い、笑顔を浮かべていたがその心の中は笑っているようには全く見えない恐ろしいものを感じさせた。

 

 彼女は静かに告げてくる。

 

「我一君は変なことを教えないでくれるかしら? おじいちゃんも変な妄言を垂れ流すのやめてくれる?」

「「すいません(すまん)」」

 

 放たれる圧のある注意に二人は頭を下げて謝罪してくる。

 

 行きましょう、と言われてビクビクしながらも有無を言わずに俺も後を追うことにする。助けを求めるように、同時に恨みがましく二人へと視線を向けて「あんたたちのせいだからな」と送った。

 

 ……久しぶりに見たわ、先輩がキレたところ。

 

 中学時代、バレー部でたまに見せた、静かな圧を放って相手に有無を言わせない先輩の怒り。性格の悪い奴が下手に怒鳴ったり、暴力で訴えてくるよりも何倍も怖いそれ。本能的にこちらに非があることを認めさせる。

 

 静かなる怒りを放つ人ほど、怒らせてはいけない。

 

 鎮静するのも早く、話しかけてもいいわよ、と背中で語ってくるのを読み取り、この後のどうするのかについて訊いてみることにする。

 

「どこに行くんですか?」

 

 夜名津達を放っておいて俺達はこの儀式の調査することまでは分かるが、具体的に何をするのか不明なため説明を求める。榎先輩はこちらを振り向かずに、行きば決まっているわと思わせる真っ直ぐと迷いの足取りのまま告げる。

 

「病院よ。らっちゃんのお見舞いと私の祖母、榎法知に会いに行くわ」

 

 

 × × ×

 

 

 宍原総合病院。この町に存在する大きな病院。……ちなみに、この病院の横にある小さな薬局がウチの母親の職場だったりする。薬剤師なんだ、ウチの母親。

 

「昔、子供の頃病院と薬局の区別がちゃんとついていなくて、友達に『あっちがオレのお母さんが働いている病院』って言ってたな」

「可愛いじゃない」

「今だから笑い話にできますけど、子供の頃だと友達とか親に病院と薬局の違いを指摘されて、恥ずかしさでたまんなかったですけどね」

 

 昔の失敗談を話しながら病院に到着しては受付で入院している切利さんと先輩のおばあさんに会いに来たことを伝え、切利さんの病室を教えて貰う。先輩のおばあさんの方は先輩が定期的に来ているそうだから特に話されなかった。

 

 一先ず、切利さんの方の病室へと向かう。

 

「あ、らっちゃんと……えーと……あ、千寿だ。こんにちは」

 病室に入ると、だらんとした調子で人形遊びをしていた切利さんが俺達の存在に気づき笑顔になって、そう挨拶をしてくる。

「……りっちゃん。……ええ、お見舞いに来たの。大丈夫?」

 

 先輩は切利さんの姿に一瞬だけ悲し気な顔になるけど、すぐに優し気な調子で返す。切利さんは大きく頷いて返す。

 

「うん、私元気だよ。もうたいいんしていいのに、なのに、せんせいがせーみつけんさだって。私もはやくらっちゃんやちひろといっしょにがんばりたいのに。ねえ。私がわるいやつらをやっつけるんだ」

 

 自分は元気なのに、入院していることがおかしいと不満そうな子供っぽく面を膨らませては、早く外で遊びたいというような調子で寂しそうに言ってくる。その言葉を受けて、また榎先輩は反応したがその感情を抑えつけてはただ優しく「そうなの」と微笑む。

 

「…………」

 

 ……やはり今の彼女から先日の事件を聞き出すのは無理かもしれない。

 

 彼女の状態を見て、俺は「先輩」と一声を上げて目で訴える。先輩もそれは分かっているのか、ええ、と頷きながらも考え込むように黙祷しては、それでも、と思ったのか、それを口にする。

 

「りっちゃん、昨日の事なんだけど、我一―――」

 

 

「―――我一!?」

 

 

 これまで子供のように楽し気にしていた切利さんがまるで雷にでも打たれたかのように大きな声を上げて反応する。その瞳は明るさと楽しさといったものは消えて、強く険しく憎しみや憎悪といった感情が溢れ返ったような酷い形相を浮かべている。

 

 

 が、

 

「我一!!! がのいちがのいちがのいちがのちがのいちがのいちがのいちがのいちがのいちがのいちがのいちがのいちがのいちがのいちがのいちがのちがのいちがのいちがのいちがのいちがのいち、がのいち!!!」

 

「死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ!!あんなやつ死んじゃえ!!」

 

「あはははハハッは!! 死んだんだ! アイツ!! 私が殺したんだ、あは、ざまあみろ!!」

 

「私がやったんだ!! 悪いヤツだから殺してやったんだ!! あははははは!! これで、ようやく世界は平和になるんだ! やった! あははははははははは!!」

 

 

 歓喜したように笑い声をあげ、感情が高ぶるがままに振う彼女に対して、今に泣き出しそうな声で榎先輩は彼女を強く、強く、抱きしめる。

 

「もう、いい!! もういいの! りっちゃん!! ごめん、ごめんね!! ごめんね、……辛いこと思い出させて! もういいから!」

「らっちゃん。私、私ね。世界で一番悪いヤツぶっ殺したの! 悪党の中の悪党をぶっ殺したの。これでね、皆幸せになるの。あんなやつ」

「………っ!! ………………そ、だね。……………頑張ったね、りっちゃん」

「? なんで泣いているの? 笑おうよ。がのいちが死んだんだよ。これで皆幸せになるよ? 世界は平和だよ。もう、誰も泣かなくていいんだよ? なんで泣くの?」

 

 もはや頷く事しかできない先輩は辛そうに肯定を繰り返す。傍から見ている俺ですら同じ気持ちだ。抱きしめられている切利さんはなぜ涙を零すのか全く理解できない子供のように呟くのだ。

 

 まるで自分が間違っているみたい、だと言わんばかりに。

 

 ―――切利さんは壊れた。

 

 精神が子供返りしたかのように、幼い精神となってしまった。

 

 ただ一つ、『我一』。つまり、夜名津の存在を示唆するものに対してだけはこんな風に強い拒絶反応を起こして攻撃的な言動をするのだ。

 

 昨日の鏡鬼との戦いの後、夜名津達と合流したら、何の傷もなく気を失っていた夜名津と切利さんが倒れていた。目を覚ますと夜名津はなんで自分が生きているのか、と不思議そうにしており、切利さんは今の調子のように子供返りした調子でいて、夜名津の存在を見るとこのように激しい怒りやら殺したとの歓喜したように発狂する。

 

 夜名津から訊ねてみても道場のように『何も分からない』とのこと。問い詰めようとしたが、ただその時の夜名津の顔は傷ついたような、あるいは何か諦めたような遠い顔していた。

 

 絶望というよりか、切ってはいけないもの切ってしまったことに偲んでいるかのような切なそうなもので、夜名津の雰囲気に圧されて俺も先輩もそれ以上は踏み込めなかった。

 

 アイツと彼女に過去、どんな因縁があったのか定かではないけど、あの戦いにおいて、二人は決定的な決別のようなものをしたんだということだけは理解できた。

 

 その結果、夜名津は生きていて、切利さんは発狂した。

 

 第三者視線で結果のみ伝えられた、全く意味が分からない状況だけど、俺と先輩はそれで納得せられず得なかったのだ。二人の間の因縁は二人の中でしか解決できない溝でしかなかった。

 

 褒めて褒めて、と言わんばかりに夜名津を倒したことを無邪気な子供のように言い続ける。

 

 切利さんが落ち着くまでずっと辛そうに頷いて先輩はそのまま彼女が、子供が夜寝付くようになるまで抱きしめ続けて、俺達は病室を後にした。

 

「……一日経てば戻っているかもしれない、って甘いことを考えていたわ」

「……………はい」

 

 相変わらずこちらを振り向いて表情を見せることなく告げる先輩。

 

 言葉にこそ甘い考え、というけど相当希望を持っていたんだろう。昨夜の切利さんを見た先輩は相当ショックを受けていた様子だった。一日経てば精神が安定して元通り、と思っていたんだろう。

 

 同い年の親戚同士で、あだ名で呼び合うくらいに仲が良さそうだったし。稽古つけてもらった身としても相当強いことは分かった。この儀式の解決にも素人の協力者である俺や夜名津よりもかなり頼りになる存在だったんだろう。

 

 だけど、ああなってしまった以上もはや彼女をこの事件に関わらせるにはいかない。いかないが……。

 

 この件は先輩の精神に大きく響いたんだろう。

 

「……先輩、俺頑張ります。切利さんの分まで」

 

 今の俺にそういって彼女を支える事しかできなかった。切利さんとは実力は劣るが幸い、俺には天鬼がいる。アイツのチカラを借りれば素人の俺だって強くなって戦える。鏡鬼との戦いのように先輩の役にだって立てるはず。

 

 落ち込みながらもそれを隠そうとする先輩へと勇気づけようとそう告げるが、こちらへと振り向くことなく優しい声で頷く。

 

「…………ええ、ありがとう。だけど無理はしないで」

 

 頷きながらもその返答は遠ざけるものだった。

 

「でも」

「あなたまで無理をする必要はないわ。今でも十分助かっている。それだけで十分なのよ」

「…………」

 

 踏み込もうとしても彼女からは拒絶の意を崩さなかった。従姉妹を失ったショックで元から強かった責任感がますます強くなったのだろう。これ以上身近な人を傷つけないように、と気を張ってしまっている。

 

 これ以上言葉を投げても彼女を余計に意固地にさせるだけと思い、俺は口を閉じるしかできなかった。

 

 無言のまま別の病室に到着する。先輩がノックをして「入りな」と皺はあるが、貫禄のある圧を持った老婆の声が返ってくる。

 

 失礼します、と入室する先輩の後に続き、挨拶をして部屋へと入る。

 

 切利さんと同じ個室の病室で、ベットの上に上半身だけ起こした態勢。その姿勢は年齢の割に真っ直ぐとした正しい佇い。顔や身体の皺と皮から年齢らしい老いた弱った肉体だが、こちらへと向けてくる鋭い眼光はまだまだ現役と言わんばかり力強さを感じさせるもの。

 

 榎先輩の祖母で、霊能力の師匠である、榎法知さん。

 

「なんだい、設楽。彼氏の紹介かい? にしてはなんて顔してんだい。女の品格は笑顔だよ、そんなぶっさいくな顔して入ればいい男は逃げていくよ」

「違います。彼は協力者の雨崎千寿君。今起きている事件について協力してもらっています」

「ふ~ん(……この子がアヤツの孫かね)」

 

 どうでも良さそうな調子で頷きながら俺へと細く見定めるように視線を向けて来られる。「どうも初めまして、雨崎千寿です」と挨拶する。

 

 内心ではおじいちゃんと同じで新たな婚約者目当てかと思ったが、圧のある視線にそんなことを考えているようには伝わってこなかった。すぐさま先輩へと視線を戻して問う。

 

「で、何の用だい? こんな死期が近い老いぼれを相手するほど、時期当主様は暇じゃあないんだろう」

「大事なお話があります」

 

 榎先輩は改めて姿勢を正して、真剣な表情で大事な話だと告げる。孫の真摯な思いが伝わったのか、それを受け止めるようにして身体をこちらへと向けて「話してみな」と目だけ語る。

 

「ご存じの通り、現在、この町では鬼獄呪魔と呼ばれる儀式が行われています。昨夜、鏡鬼と名乗る敵と戦闘に遭い、排除しました。その際に敵側の狙いは鬼の王の復活、この儀式はそのためのものということが判明しました」

「で?」

「……。儀式においては虞魂を収集して鬼の王を喚び出すという儀式であると同時に、この儀式自体なくても鬼の王自体単身で顕現する、とも情報を聞き出しました」

「そうかい。……で、アタシに何が訊きたいのさ」

 

 面倒くさいと言わんばかりの態度で結論を急かさせる。貫禄のある声色と冷たげな態度は必要以上の緊張感を働かせて傍から見ているこっちの方が、体がくすんでしまう。

 

 子供の頃に教師に説教される際に、事情を話せと言われて事情を話していると静かな圧に折れて泣きながら謝ってしまったことを思い出す。苦手なんだよな、この空気。

 

「……私の実力だけではこの事件を収めるのは難しいと判断し、恥ずかしながら助力を願いに参りました。榎家当主としてどうかお力を、この若輩者にお力をお貸しください」

 

 頭を下げる榎先輩。もしこの場が座した場所ならば土下座してもおかしくないほどの勢いだった。慌てて俺も合わせて頭を下げる。

 

 頭を上げな、と言われて俺達は頭を上げると、法知さんは面倒くさそうな顔をして、肩が凝ったと言わんばかりにコキコキと首を鳴らしては軽く自分で揉んでいる。

 

 不穏な態度に、そして次に出てきたものは予想通りのものだった。

 

「時期当主ともあろうものがこんな隠居のババアを使おうなんて……もう少し年寄りの身体を労わりな。自分達で何とかしな」

「だけど! りっちゃんは! ……叶切利はこの事態を収めようとやってきて、儀式の被害に遭い精神が幼児退行したんです! それだけじゃない! 私の通う学校でも多くの犠牲、死者がでました。これ以上の犠牲者を出さないためにお願いです、力を貸してください!!」

 

 もう一度頭を下げる。状況は切羽詰まっている。鬼の王の復活に、それによって行われる多大な犠牲。現状で俺達の学校は多くの被害を出してしまった。

 

 だけど、俺達が取れる対策は皆無に等しく、基本的に後手後手に回ってしまう。そして、今回仲間である切利さんを失う結果になってしまった。

 

「……切利。アイツもまだまだだね」

「おばあちゃん!」

「うっさいね、アータは。そんなガミガミ言わなくてもちゃんと聞こえているよ。身体はともかく、耳はまだ遠くなってないよ」

 

 うるさそうに小指で耳を穿り回し、耳は正常だよ、とアピールをする。明らかに汚い、女性がする動作ではないのだが、法知さんの強気の性格と年配者として雰囲気によってやけにカッコいい姿に見て取れる。

 

 なら、と祖母のあしらうような態度に嚙みつく様に言い返そうとするが、その前に視線を冷たくこちらへと向けてきて言い放つ。

 

「あんたがどう言おうと、アタシャはここから動かない。どうしてもこの老体が鞭打って働く時は。設楽、アンタが死んだ時だけだよ」

「…………!」

 

 自分が動くのは自身が死んだ時だけ。

 

 そう冷酷にも突き放す言葉に榎先輩は言葉を積もらせる。協力を要請にしておいて、まさか実の祖母から拒絶させるなんて、普通考えない自体だ。

 

 けれど、先輩は奮い立たせるようにして無理矢理に捻り出す。

 

「ならせめて、ここからでいいので、指示を出してください。それに私達が動きます。おばあちゃんが仕切ってくれないと事態はまだ悪化する可能性が」

「それじゃあ、何か会った時にすぐに動けないだろうに。いいかい、アタシャはここから動けない。これは大前提。アンタ達が外で動いて、アタシの所に情報を持ってくる。アタシが考えて指示を出す。それでアンタ達が動く。この間にアンタの言う『犠牲』がどれだけ出ると思ってんだい? 現場は自分達の判断でキビキビ動きな。そっちの方が効率いいだろうに」

「それだけでは足りない。今回のことでよく分かりました。私にはまだ実力がない。私では知識や判断がどうしても鈍ってしまう。現場判断ではちゃんと動きますし、今は連絡手段がスマホや私の式神でも十分早い。これなら」

「ここは病院だよ。電話は禁止だし、病院自体霊的干渉の危険性を計り、術の多様は基本的に禁止とされている。昔教えたろう」

 

 悔しそうに噛みしめて自身のチカラのなさを認めながらも、祖母へと頭を下げて協力を仰ぐが、姿勢を崩さず法知さんは常識的な理由で断る。ここが病院でも別の理由で断っただろうことは雰囲気で伝わる。

 

 実力がない、と卑下にしているが正直先輩は頑張っているし、この事態を冷静に対処しようとちゃんと動いている。素人の俺なんかでは絶対にできないことをキリキリとこなしている。

 

 それこそ、中学から見て来た頼りになる仕事ができる先輩の像があったんだけど、やっぱりこれまで心労にとって精神面も一杯いっぱいだったんだろう。そんな先輩が唯一頼りにしていた祖母からは、協力をできない、とこの扱い。

 

 普段は冷静に努め、怒りも冷静な圧で黙らせる先輩だが、そんな影はなく、子供のように今に泣き出しそうな取り乱した調子で祖母へと告げる。

 

「………どうして助けてくれないの!」

 

 これまで立場から礼儀正しく振る舞っていた姿はなく、今の彼女は祖母へと縋る孫娘の姿へとなっていた。

 

 向けられてくる助けを縋る、今にも泣き出したそうな潤んだ幼子のような瞳に、法知さんは目を落としては情けないと言わんばかりの様子で静かに言葉を返してくる。

 

「助けないんじゃない。助けられないし、助ける必要もない。設楽、これはアンタに対する試練さ。時期当主として務めを果たせるかどうかの。術は教えた。知識も与えた。榎家の役割も明かした。後は実績さ。今アンタ自身が口にしただろ? 『実力がない』って。なら付けな。これはいい機会だと思って勉強しな」

「な!?」

 

 あまりにも突き放した言動と厳しい言い草にずっと控えていた俺も流石に驚愕して突っ込む。

 

「ちょっと待ってください! それはあんまりなんじゃあ。今の町の状況が分かっているんなら、協力してくれても!」

「黙りな、樹海の孫。これはアタシら、防人の榎家の問題。部外者なら下がってな」

 

 一目で人を怯ませてしまう程の眼光の圧に屈してしまいそうになるが、引き下がるわけにいかない。街の皆の平和のためにも、ここまで頑張ってきた先輩が『実力がない』なんてあるはずがない! そんな侮辱を、間違った判断を下しているのを黙って見過ごせない。

 

 歯を食いしばって噛みつく!

 

「この儀式を終結させたら当主の座を受け渡す。分かったら、とっと―――」

「俺の問題でもあります! 俺だってこの町の住人で、人が死ぬ儀式の参加者です! 先輩は最初、俺を巻き込まれた被害者だってちゃんと防人として保護してくれました。それに、ここまで戦いだって先輩のチカラがなかったもっと被害が出ていたはずです! 実力がないとか実戦で付けろとかそんな風に言わずに協力をしてください! お願いします!!」

 

 必死になって頭を下げる。なんならこの場で土下座だってしてやる勢いだ。隣で先輩が「ちょ、雨崎君!」と叫ぶ声が聞こえるがそれを無視して、もう一度声を張り上げて、「お願いします!」と大声を上げる。

 

 そして、

 

「うっさいね、ここは病院だよ、隣の人に迷惑だよ。……頭を上げな、坊主」

 

 言われた通り、頭を上げると、面倒くさそうに耳に来たかのように耳をほじっては、視線を合った俺の瞳を見極める様に細い目を向けては、やれやれと嘆息する。

 

「設楽、その愚直な(バカな良い)男に免じて一つだけヒントをやろう。……虞魂ってのは、人の恐れ。負の魂のチカラそのものさ。龍脈っていうのはこの大地そのもののチカラ。星そのものだ。虞魂を集める意味と、龍脈を使う意味、その違いは何さ?」

 

「それは……質と量の問題」

「阿呆。そんなんでよく、時期当主、この大地を護る防人の一家の『榎』の名を名乗れたもんだね」

 

 咄嗟の質問に頭が付いて行けなかった先輩がそれでも返答するが、違うとあっさりと否定される。そのことに言い淀んでしまい、頭の中で答えを探そうと考え込むが、答えが出る前にビシィ、と告げられる。

 

「虞魂がなんなのか、龍脈がなんなのか、今一度、そのない頭で考えてみな、アタシから言えることはそれだけだね。この儀式は自分で解決しな。それができなきゃあ、当主の座を降りて榎家は終わり。この地は仏霊会の方に管理を任せる。いいかい?」

「………はい。心してこの事件を時期当主としてこの儀式を終結させるように努力します」

 

 悔やんだ表情で何か言おうと出かかった言葉を飲み込んで、先輩はそう告げて頭を下げる。

 

 こうして、榎法知さんとの対談は終わった。協力の要請をしに来たはずが、断れたのだ。もう一度、なんとかならないかと頼もうとするが、それは榎先輩に止められて、俺達は外へと出る。

 

 そのまま病院のエントランスまで移動してきて、売店で飲み物を購入して待合の席に座って一服する。

 

「……なんというか、随分と冷たいというか他人行儀というか、礼儀正しいけど距離感がある感じですね」

 

 祖母とのやり取りを引きずっている先輩は少し冷えた空気感を醸し出しており、それをどうにかしようと無理矢理話題を振ってみる。二人のやり取りに少し気になったこともあったし。

 

 感想として冷たく厳しいってこともあったけど、それ以上に会話ややり取り自体が祖母と孫のように感じられなかった。

 

 そうね、と先輩は力なく笑って頷く。

 

「……傍から見ればそう思うかもね。あの硬苦しいやり取りは言ってみれば、一種の試練みたいなものよ。私が時期当主としてやっていけるかどうかの。礼儀作法の練習。これでも家柄的には重要な役所だから、社交の場としてやっていけるかどうかの。正式に継ぐまでは少し堅苦しいやり取りで会話するようにしているの」

 

 でも、ダメね。肝心な所で本音が出ちゃった。

 

 と、恥ずべきことを悔いているように、だけど、俺にはそれを悟られないように誤魔化すようにして笑うのだ。

 

『どうして助けてくれないの!』

 

 あの一言はきっと言ってはならない言葉だったんだろう。榎先輩が今言った、『立場』的な意味合いで。

 

 俺からしたら助けを求めているのに、力を貸してくれない意地悪な人にしか見えなかった。だけど、同時に……。

 

「祖母は何か気付いているわね」

「ええ」

 

 俺と同じことを思ったのか、先輩は確信といった調子で呟き、俺も頷く。あのばあさんの言い回しはこの儀式に何かしら知っているようなものだった。

 

 頑なに動こうとしなかったのは、その口で告げた『助ける必要がない』だった。裏を返すと、先輩の実力でも十分対処できることだと分かっているようなもの。

 

 あのばあさんがどれだけこの儀式について、あの病室越しで把握しているのか。実力者だからそれとなく察していて、あの言動なのか。

 

 確かに、榎先輩にとっては実力を信頼されていることは喜ばしいことなのかもしれないが、実際人が死ぬ、人の命が掛かっているこの儀式に、孫を鍛えるために手を貸さないっていう道理は納得がいかない。

 

 顔や態度にこそ出さないが、先輩もそこらへんの焦りから思考や判断に何かしらの見落としがあるんだろう。

 

 そして、それに繋がるのがあのヒント。

 

「虞魂と龍脈がどういうものか、考えろって言ってましたけど、具体的にどう違うんですか? 先輩自身もその辺のこと自体は何か怪しいって感じに言ってましたけど」

 

 ヒントこそ与えられたが、そのヒント自体もう既に持っているようなものだ。先輩自体も怪しんではいたが、それが何なのか、掴めずにいる様子だった。

 

 ばあさんから直々のヒントは先輩の直感は的を射ていることを証明されたから「後はそこから理詰めて解明していければ何となるんじゃあ」と「ヒントを貰いましたし、考えてみましょう」と声を明るくして先輩へと元気づけて、気持ちを切り換えさせようと告げる。

 

 ずっと考え込んでいたような先輩は難しい顔をしており、やがてハッキリしたようにこちらへと真剣な眼差しで言ってくる。

 

「雨崎君、協力して貰っといてなんだけど、君はここで下りて頂戴」

「え?」

「いえ、あなただけじゃない。戻ったら我一君にも伝えるわ。君達はこの事件は降りてもらうわ」

「え? いや! なんで!?」

 

 唐突な解雇通知を告げられて困惑する。が、先輩はそれに取り付く島なんてない調子で淡々と告げてくる。

 

「元々一般人であるあなた達を巻き込んでしまったことが間違いだったわ。儀式の参加者、戦えること、そういった部分が判断の甘さが出た。りっちゃんがいい例だわ。祖母からも呆れられても仕方ない。私が、……私一人で何とかしないと!」

 

 思いつめたような、全てを一人で背負い込む覚悟決めたような強い瞳を宿した榎先輩。だが、それは勇気と履き違えた無謀者のように俺には感じた。

 

 間違った方向に走り出しかねない先輩を止めようと口を開く。

 

「そんなこと……、俺だって、この儀式の参加者だ! 無関係じゃないって何度も言っているじゃないですか! そんな、一人で無理しようなんて」

「……私のチカラじゃあ、一人では何もできない、ってあなたは言うのね」

「!? ち、違います、そういうわけじゃあ!」

 

 いつもの先輩とは考えられない、表情を暗くした弱きと嫌味で皮肉気な言葉が来たことに驚き、一瞬だけ声を詰まらせたが否定する。

 

 先輩の口からこんなことが出るなんて……。よっぽど、先ほどの祖母とのやり取りが堪えたのか。

 

 先輩はこちらを一度見ては、肩を落とすように目を閉じて体を背けた。

 

「……ごめんなさい。少し意地悪な言い方だった。もう今日は解散しましょう。……私自身少し頭を冷やす必要があるわ。祖母から言われたことも私なりに考えて、調べてみるから」

 そう言って、疲れ切ったOLのような態度で、無理矢理この話を切り、この場では解散ということになった。先輩の後ろ姿はいつに増して小さく、弱々しい年相応の少女のもののように思えた。

 

 

 × × ×

 

 

「ったく、そういう意味じゃないだよ。設楽、お前は頭はいいが、そのせいで頭が固い。何度も教えたはずなんだがね。使えるもんは全部使ってなんぼだろうが。アタシと違って才能のさの字もないチカラが弱いアンタには、味方を作るってこと覚えな。そんなんだからアタシが敵だということも気づけない。学びな、甘さと人を頼ることの違いを。人生ってのは人一人では生きていけないけど、同時に誰かと生きていくだけじゃあダメなことを、何がいいのか、何が駄目なのか、その目で、その身で経験して糧にしな」

 

 

「…………ったく、あのバカ女め」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。