そして時間は戻り、現在。
榎師範は赤黒く血の塊でできたような怪しげな四季の光の輝きを放つ刀を握る少年こと廻志岐……へと向かい合う。
第一印象としては……奇妙な雰囲気だと感じ取れた。
目の前にいる高校生、孫娘や愛弟子と大差ない年齢の子供のはずが、こうやって立ち会ってみれば幾度の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の強者を感じさせる風格、体幹のブレなく、全くの隙もない立ち姿。そして何人ものの人間を殺戮してきただろうという血の匂い。
印象としてブレる。まるで、中と外が違うもののように感じられた。
同時に、対面している際に感じる奇妙な感覚。同じ人間という種でありながら、どこか浮世離れしたような人間の種として上位の存在のようなものを感じてしまう。
これと近い感覚は生涯ライバルと認定し、先に逝ってしまったあの存在だけだ。
「………血統者か。気に入らんのう」
小さくぼやく。
その一言を開始と受け取ったのか、廻志岐は一瞬で接近しては一刀を振う。大抵の人間ならば反応できずにその一撃によって絶命しただろう一振り。少なくとも先ほどの夜名津我一はこれによって瀕死に至った。
だが、
「ふん!」
体を最低限の動きで捻ってその太刀を躱しては、その捻りを利用したカウンターの拳を放ってみせる。
ブゥン! とまるでハンマーでも大振りしたかのような剛腕の正拳突き。タイミングとして完璧に捉えたものだった。当たれば間違いなく頭を砕けてしまうに違いない重い一撃。
廻志岐は刀を素早く切り返しては、その剛拳へ合わせて鋼で滑らせては切り落とそうとする。
「!」
こちらも合わせて拳の軌道を変えて鋼とかち合せてきた。
肉体を容易く切り裂ける鋼の刃に対して長年鍛え上げてきた腕でだ。
ゴン!!
響き渡ったのは甲高い音。肉体と刃の交えたモノとは思えない、鈍重の鋼同士がぶつかり合った時のそれ。
廻志岐はそれに気づく。刀を抑えている榎師範の腕が赤き闘気のようなものが纏っていることを。
確かめるべく、刀を切り上げては榎師範へと打ち込んでいく。襲い掛かってくる刃に恐れなく、飛んでくる刃に冷静に対処して捌く。
一瞬にして幾つもの攻防を交じり合わせては互いに一旦距離を置き、互いに睨み合う。
実際に交わし合ったことで互いの力量を改めて計り直す。互いに本気ではなく、底はまだ知れない。
「赤。……
赤き闘気を纏った榎師範の姿を見て、やはりか、と納得したように呟く。
色識。一流の武道者が更にその道を鍛え上げ、やがて至った者のみ身に着けることができる闘気の技術。
生を見抜く緑、流を察する青、芯を捉える赤。三色の闘気を以って神羅万象を通す。
赤き闘気の特性による肉体の硬化する作用によって、刃を防いでみせたのだ。
「何の真似じゃ?」
突然、廻志岐は刀を収めて札へ戻す。そのことに眉間に皺を寄せる。纏っていた赤き闘気も薄くなるが、解くことはない。
「気にとめるな、ただの確認だ。現代の武道者の技がどうなっておるのか、ついでにこの身体がどうなっておるか、試させてもらおう」
「なめおってからに」
挑発めいた一言に、悪態を吐くがそれには乗らない。そこが知れない実力、そして相手が血統者であることに榎師範は警戒心と戦闘態勢は容易く崩すことはない。
軽口は消えて互いが静かに放つ圧に空気が弛緩する。
空を強く照らす真夏の日輪が川をキラキラと光り反射させる。
セミの鳴き声と川のせせらぎがこの場の音を奏でる。二人の静かに燃え上がらせている闘争心を表すように。
やがて、……川から一匹の魚が水面を飛んでいた虫を喰らうために跳んだ。
その水が跳ねた音を合図に開始に再びぶつかり合う。今度は互いに肉体同士で。
どちらがあの魚のように喰らう側かと、自分の方が強者だと証明するために彼らは拳を交わし合う。
響き渡る拳の音はただの乾いた音ではなく、豪風が吹き荒れるが如く強く重く、迅い。振る、というよりも大砲を放った破壊力で同時に折るや斬るかのような鋭さを秘めている。
一撃一撃が殴打の衝撃のものでなく、割るといった破壊の威力。それを互いに難なく躱し、突き、流し、打ち込む。
傍から見ている常人では彼らの動きは目でその速さに追いきれない。少なくとも、夜名津我一や榎設楽は彼らの攻防が繰り返されているということは分かるが、何がどうなっているのかまでは分からない。あまりに流れの速さのやり取りに高位の技術のやり取りをしているように見える。
だが、一つ一つの技はそう派手なものではない。基礎基本の誰もが最初に習う技であり、型。何も特別なものはない。榎師範に至っては色識すら解除して通常の状態でいる。
ただ、彼らの放つ一撃一撃は何年ものの間研鑽を積んできたもの。最適化された動きに最高位の威力を放てる、高位のパフォーマンスに至るのだ。
これが至ったもの同士の力量である。
廻志岐の攻撃を躱すと同時にできた、針に糸を通すような小さな小さな隙。そこに狙いを済ませて頭へと容赦ない蹴りを放つ。ギリギリで受け止められた。
「良き足技だ。武の基本は足にあるべき、か。……現代はこうなのか」
「先程から年配者に向けて言葉が上過ぎるぞ、小僧」
「実際こちらが上だ。武道も重ねてきた年季もな。若輩者」
「ほざけ」
挑発、牽制し合い、互い短い攻防を繰り返しては再び距離を取る。
……大方の実力は計れた。
純粋な武術の技量ならば榎師範の方が上である。
廻志岐は己が肉体のこともあるが、それに関しては深くは問わない。ただの自分の肉体と現代の人間の強さの上位はどの程度かようやく正確に計れたことが十分な成果だった。
「大体わかった、最大の賛辞を以って我が愛刀の陰打ち〝巡頭〟にて死期を巡らせてやろう」
「ぬかしおるわ。結局得物を使わなければワシに勝てないと踏んだ腰抜けじゃろうが」
「そう、取っても構わん。むしろガッカリした。こちらに抜かせることが最大の賛辞だという事を知らん、礼儀を知らぬ若輩者だとわな」
「ワシが知っとるお前さんの同じ血統者は一度もワシに向けて刃を向けたことはなかったがな。(……腹立たしいことに)」
「取るに足らん相手だっただけだろう。どれソイツの名前を教え、貴様を殺した後逢いに行く故」
榎師範の言葉に返しながらも反応する。現代の血統者の存在について。果たしてアレらは現代ではどうなっているのか。聞いた話ならば時代の流れ故にだいぶ血は薄れたと聞くが。
「もう死んどるわ」
榎師範の一言に廻志岐は表情に出さずにそうか、と零した。
彼がその一言にどう思ったのかは不明。
彼の心情など考えることも慮ることもなく、榎師範は鼻で笑うように続けて言ってくる。
「というか、貴様このワシを倒せると本気で思っとるのか? 武器を持った程度でイキるなよ、小僧」
怒を含んだ高圧的な声であり、先ほど以上にも敵対心を強く現れ出る。並みの相手ならば放たれた圧に身震いし、身を竦めた瞬間に狩られていただろう。だが、
「貴様こそ、戦場に出たことなかろう、若輩者」
その威圧に変わらない調子で、むしろこの程度ならば何度も味わってきたと大したことではないと涼し気に言葉を返すのだ。
彼らは再び動き出す。
必殺の間合いを取っては四季を思わせる刃を振るい、それを迎撃の姿勢で構える。
榎師範には組み伏せる自信があった。
自身の研鑽してきた格闘技と色識の組み合わせならば刃を持つ相手だろう、銃火器相手だろうと、例えそれが雨崎樹海や妻である榎法知と同じ異能のチカラを持った者だろうと純粋な近接戦ではこちら上手であると。
奢った油断はない。戦闘における緊張感と同時に高ぶる肉体。それに惑わせることなく冷静に己を律する明鏡止水の心を以って、その刃を受け止め、カウンターの一撃を放つ。
廻志岐の握る四季を思わせる刃が一色の色が強まる。鋼の色が赤と黄土色が混じった、まるで秋の紅葉を思わせるそれに成る。
「秋之型〝秋飢〟」
その一刀が放たれる。虫喰われた紅葉が風で吹き荒れるかのような軌跡が榎師範へと迫る。
赤き色識を以ってその刃を受け止めようとする。
纏った闘気は鋼のキレ味も受け止め、霊感を持たない榎師範でも零体も触れることができる。特殊な異能のチカラも在っても赤で無効化される。
「!?」
最速一振りに対して最小の動きで右腕の甲で受け流そうと触れた瞬間、纏っていた色識が掻き消される。まるで蝋燭の火が吹いた風で消されるような、いや、どちらかというと植物の水分が急速に抜かれて朽ち果てるような感覚。
「(色識が剥されたじゃと?)」
刹那の間に驚くものの、束の間の選択の思考が榎師範に分けられる。
このまま腕で払うか、それとも一度下がるか。
刀の腹に触れているこのまま払うことは十分可能だが、……異質な何か、違和感を覚えた。本能は今すぐ逃げろと強く訴えかけられた。
結局、下した判断は早かった。回避の考えをねじ伏せて当初の予定通り、払ってカウンターを放つ。
刀を逸らされたことで体重を崩しかける廻志岐……とはならない。
武道者の基本は足。自分がそう口にしたように踏み込む足で体重を受け止めて崩すことなく放たれるカウンターに反応する。片手でその一撃を受け止めてみせる。
「!」
咄嗟に蹴りを放ち廻志岐から距離を取ろうとする。その蹴りも防がれたが、威力によって距離を引き離すことに成功した。
榎師範は自身の右腕を確認すると、目にした自身の腕に驚愕する。
その腕はミイラとなっていた。
皮は黒くカピカピと乾き、鍛えられていた筋肉は衰え、流れる血や水分が抜かれ、骨の形が分かるほどの状態。まるで枯れた枝のごとく今にも朽ち果てそうな状態の腕。
齢五十を超えた老体であるが道場の師範として日々心身共に鍛えてきた自慢の肉体。まだまだ若者達にも負けんと豪語し、実際に一部の異能者を除いて、彼と対等な者はあまり存在しない。
そんな彼の鍛え上げられてきた腕がミイラ化としているのだ。額に汗を薄っすらと浮かび上がる。務めて冷静に問う。
「……これが貴様の異能のチカラか」
「元からそうだっただろう、良い歳をした若輩者よ」
「口が減らんのう、小僧」
ミイラ化とした腕を見せながらチカラのことを問うが、つれずに元々そんな腕だったとニヤリと笑って煽り返してはそれに悪態を吐く。
相変わらずのやり取り。けれど榎師範の内心は穏やかではない。
色識を無効化させた。榎師範が持つ異能者相手に唯一のチカラを無効化し、自身の強みである肉弾戦へと昇華できる手段が失ったのだ。
基本、通常の人間では異能者には対抗できない。特に血統者相手だと。
現状において榎師範は大きな不利を強いられた。
ミイラ化した片腕。身体の部位を一部失ったことでバランスを崩したことは戦闘において大きなアドバンテージとなる。更にミイラ化に伴ってか体力がだいぶ消費させられた。
そして異能者と対抗できる攻撃手段である色識を封じられた。
敗色濃厚である。
「だから戦場を知らんというのだ。赤は纏えても《紅式》まで至れん。貴様程度の武道者は我が生きていた時代に幾らでも屍と化したぞ」
どう手を打つべきか、と思考を回す榎師範。その心を読んだかのように廻志岐は淡々と告げてくる、実戦を知らぬ未熟者、と。
これまで言い返してきた榎師範だが自身の判断ミスによって陥った現状に何も言えずに苦虫を噛み潰したような表情で睨むことしかできない。
その表情を見て、フッ、とつまらなさそうというにはあまりに無機質。興味を失せたといった感情の方が近いだろう、鼻で笑うように四季を思わせる刀を構える。
「夏之型〝夏焔〟」
四季思わせる色合いは変わり、夏の雲一つない青空を思わせる蒼へと染まった炎が燃え上がる。その蒼き炎は見ているだけ全てを焼き尽くすことが可能だと想像できる。
静かに蒼炎を纏った鋼が榎師範へと向けられる。
「次の一太刀で貴様に死期が巡る」
「やってみ、死んのは貴様だ、若造」
再び赤き闘気をその身に宿して拳を構える。
深く考えることはやめた。どうせ自分に出来ることは
チラリ、と一瞬だけ背後へと視線を向ける。向けられた先にはいたのは難しそうに不安そうな顔を浮かべている愛孫とこの戦いに対して眉を顰めている最近弟子入りした彼。
全く、なんて顔をしとると呆れながらも振り返らずに彼女へと口にする。
「設楽よ、大好きなじぃじの姿、その目に焼き付けておれ」
ついでにバカ弟子、見稽古じゃ、師匠の型をちゃんと視て学べ。と二人へと年長者としての言葉をかけては改めて向き直る。
「よいか、若輩者」
「こい、人生の厳しさを教えたる。小僧」
最後まで変わらない交わし合いながらも、どこか二人の表情は少しだけ愉し気なものだった。
が、それもすぐに消えて二人の間の空気が弛緩する。互いの闘志がせめぎ合っているかの如く静かに重く、冷たく、何よりも熱い気迫がぶつかり合う。
次の一撃を以ってこの戦いは終わる。
―――――――――――、
交差する赤き拳と蒼炎の刃。
互いの一撃がぶつかり合い、そして…………、
蒼炎が拳を焼き切った。
大地へとボドっと地面へ左腕。これにて榎師範の先にミイラ化した右腕と共に彼は両手を失った。
「―――ふんんんんんん!!!」
気迫の入った一拍を吐き出しては回し蹴りにて切り捨てたことで油断しているだろう廻志岐の首を狩りとろうとする。両手を失っても最後まで勝ち取ろうという執念は彼の性格か、あるいは武道者としての意地だったのか。
だが。
「―――見事だ。この腕、そして貴様の血潮を貰い受けるぞ」
そう口にすると刀を構え直して榎師範を一刀両断した。
吹き上がる大量の血飛沫はまるで勝利を祝すように華麗に舞い散って、廻志岐の肉体へと、四季を思わせる刀へとその血はまるで纏うように浴びる。
地面へと倒れ伏せる祖父の姿を見た彼女は目を大きく見開いては叫ぶ。
「おじいちゃん!!!」
榎師範、死亡。
× × ×
先輩のおじいちゃんが敗北した。
先輩の絶叫が上げる。目に血走って怒りと悲しみの形相で今にも飛び出して祖父の所、あるいは廻志岐君(仮)の首を撥ねようと駆け出しそうな勢いだったが、それを必死に抑えた。
「…………っ」
ギリギリで彼女は冷静だった。……いや、違う。どちらかというそれは怯えや恐怖といった感情。怒りや悲しみよりも廻志岐君(仮)が放つ強烈な殺気が彼女の戦意を削いだのだ。
それは僕も同じ。いや元からあんまり戦意がない僕だが、そういうの関係なく、実際に斬られてやられ、傍から見ていた戦闘技量の高さ、そして純粋に彼が放つ殺気は大抵の人間は彼に対して本能的に敗北と死のイメージを植え付けられる。
……どうする、どうする!?
逃げる? おじいさんを置いて? おじいさんはまだ無事か? 生きているのか? 生きているなら先輩の回復が効くのか? 間に合うのか? その間僕が彼に対して時間稼ぐことができるか?
―――無理。
答えは秒すらかからずに出た。おじいさんはもう……そして、僕と先輩だけでは彼に勝てる方法がない。
今の戦いを見ていたから実感させられた。異能のチカラが云々は関係なく、単純な身体能力で勝てない。純粋なスペックさがあり過ぎる。
異能のチカラを使った戦いよりも、武器を使わずに単純な肉体戦を見たからの結論だ。動きが全く見えなかったし、単純な殴り合いじゃあどうやっても防ぐこともできない。こちらが当てることなんて不可能に近い。
どうあがいても勝ち目がない。
僕は両手を上げて、先輩よりも先に前へと出る。先輩は反応するが、それを無視して僕は彼へと告げる。
「参った。僕らの負けだ。見逃してください」
「なっ!? ちょ、君!!」
「黙っててください」
当然の反論しようとする先輩を黙るようにして口にして、相手にはせず廻志岐君(仮)の方へともう一歩前へと出る。
廻志岐君(仮)は浴びるように受けた返り血がまるで繊維を創り出して衣服、肉体の一部になっていく。衣服、肉体だけでもなく刀の方にも何らか作用していっている。
……あれだ、スパイダーマンの敵の、あの、名前忘れたけど、黒い偽物っぽいヤツを思わせる。
廻志岐君(仮)はこちらへと静かに目を向ける。その視線はどうでもよさそうな、何をしてこようと関係ないと告げてきているそれだった。彼の沈黙に緊張感に重みが増すが食いしばって歯向かう。いや、歯向かいはしない。声を発する。
「僕は鬼が倒されたし、こちらは大将であるおじいさんがやられた。もう僕らは戦う理由がない。君に、いや、あなたと戦っても何も意味がない、無意味だ。それはあなたも同じはずだ。だから見逃してください」
「っ! ちょっと我一君!!」
「いいから黙っててください! こっちの勝ち筋ないんですから、今はおじいさんの方が重要なんです!」
後ろから抗議の声を上がるがそれをねじ伏せるように告げる。彼が僕と先輩を放っておいて去るなんてご都合のいい展開なんて僕の人生にあるはずがない。
結局自分で何とかしないとならないのだけど、……正直もう取れる手段は命乞いくらいしかなかった。
彼はこちらへと口を開くことはなく、ただじっとこちらへと刺すような視線を向けてくる。沈黙は重く向き合っているだけこちらの気が削がれてしまう。
正直、こっちのさり気ない嘘に気付いたか、と不安感をあおられるが、それを察せられないよう僕は普段から言われる不愛想だとか無表情で対抗して頑張って乗り切ろうと冷静に努めて進める。
「それでももし斬り殺すっていうんなら僕だけにして、せめて彼女だけ見逃してくれませんか?」
「!? 我一君何を言っているの!」
「あ、ちょっと待っててください。……あの、先輩、ちょっといいですか?」
流石にこれは無視できないかと思った僕は一旦廻志岐君(仮)に断りを入れてから先輩の方へと振り返って少し移動しては………。
「な、―――っ!?」
思いっきり腹部へとぶん殴った。うっ、と呻き声で両手で腹部を押さえる先輩に「なにを」とそんなことを口走ろうとしたのだろう、「な」と言葉が出ると同じタイミングで、両手で作ったハンマーで腹部を押さえたよって反射的にしゃがみ込んだ姿勢でできた無防備の後頭部が丸出しの状態になる。その部分目掛けて殴って彼女を沈める。
「……よし、気絶したな」
気絶したのを確認して呟く。
傍から見たらどう見たってサイコパスの行動。心優しきの意味を辞書で探せば『夜名津我一』と同義語と評されるこの僕が女性に対してこんな行動をとるなんて……暗黒時代の中学時代に担任のクソババアを机ごと蹴り飛ばしたくらいしか思い当たりがないな。
さて、いつものくだらない戯言を考えられるくらいに緊張感が解きほぐれた所で改めて彼と向き直る。
一部始終を見ていたはずなのに彼は微動だにせず、涼し気に笑う。雨崎君辺りっていうか大抵の人間なら信じられない奴を見て突っ込んでくる所だが、彼は意図を理解しているように告げてくる。
「それほどまでにその娘が大切か」
「まあ、はい、そうですね」
貴重な回復役兼霊能力関連の知識を持つである彼女だ。鬼獄呪魔の儀式を解体だとか解決するにはどう考えたって彼女のチカラが必要。ここで失うのは痛手でしかない。
反対に僕は霊能力の才ないっぽいし、肉体戦も今の戦いが最高レベルなら素直に付いて行けないと悟った。そして何よりも一番のモチベーションたる『僕が産まれた事なかったにする』という目的も、手段である時鬼も消えた以上特に思い残すことはない。
あえて上げるならこの事件をモデルに執筆するっていうことがあったけど、………………………………………………………………まあ、ライター(笑)が途中で挫折して筆を折ってエタるって普通の事だから、まあいいか。
後のことは雨崎君と楓先輩に任せれば大丈夫だろう。この廻志岐君(仮)にどう攻略するか分からないが二人なら協力してこの事件を解決することができるだろうし、僕がいても足手まといだろう。
そして今僕が最後にできることは楓先輩を生き延びらせること。
廻志岐君(仮)が少し考えるようにして問うてくる。
「師の仇を討つ気ないのか?」
「師匠云々はともかく、残された孫娘を護るのが筋を通したことにはなるんじゃあないかな」
解答としてはこれがおそらく正解だろう。どういうわけか、この廻志岐君(仮)は闘いやら礼儀やらに赴く、侍魂やら武士道精神のようなものを感じる。
おじいさんのことは師とか思ったことは一度もないし、彼の門弟になった気もない。誘われてもキッパリと断った。というか会ってまだ一日程度殴り合った仲だから正直良いイメージの印象はない。それでも中学のサッカー部の顧問の先生よりかは月とスッポンくらいの差でマシだと思っている。
それに比べると、仇を取れるなら取ろうくらいの気概はある。もし、これがサッカー部の顧問の先生が同じ目に遭ったら……、あ、駄目だ。罪悪感湧くし、おそらく顧問の先生と同列の下劣な人間と同じレベルになりたくないって気持ちで同じ選択する。
もし、あのクソババアだったらどうだろう? ………あ、駄目だ、泣きながら、心を痛めながら、吐き気を催しながら、血反吐を吐いても同じ選択する。理由は顧問の先生と一緒であり、それ以上の気持ちで、僕自身が『クソババアと同列の下劣なカスの醜悪さの煮詰まった人間』になりたくないから。
内心でクソババアの事を思い出したことで体調がかなり悪くなっていると、こちらを真意を見抜こうとしているのか、彼はジッと睨んできてはやがて肩を竦めて告げてくる。
「まあ、よい。何も言わなけばこのまま去ろうかと思ったが、血潮がくれるというならば貰い受けよう。遮那羅刹王國禍瑞鬼を相手取るにはこの身体ではまだ至らなすぎる」
しゃな、え、何? なんて言った? っていうか、え、黙っていたらもしかして帰ってくれたの?
なんでごくたまに訪れる都合のいい展開を僕は自分で棒に振るんだろう。自分でババを引く天才か何か?
「あの、何もしないで帰ってくれるならそれに越したことないんですが」
「もう遅い。男子たるもの一度吐いた唾を戻そうとするな。師への筋を通すのだろう」
「師匠じゃあないんで全然いいです」
そんななろう小説の煽り文句タイトルの付け方のように言われても僕は全力で拒否する。僕はなろう系のあらすじ長文タイトルはネタで使うことあっても基本的に嫌いなんだ。『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』とか『俺の妹がこんなに可愛いはずがない』系の一文系タイトルなら許せるタイプのオタクなんだ。
「ならばその娘を斬り殺す」
「分かりました。僕が斬り殺されます。さあ、どうぞ!」
完璧な理論武装に完敗した僕は彼に斬られることを決めた。流石に人質に取られるとこちらも大人しく従うしかない。
刀を構える廻志岐君(仮)。一刀両断で決めるつもりらしい。
「ちゃんと約束守ってください」
「よかろう、先の若輩者のこともある。その娘だけは助けてやる」
そう告げて彼は鋼を奔らせて、一閃を放つ。おじいさんを倒したミイラ化させる技でも蒼炎を纏ったものでもない。ただの刀を振るうだけの当たり障りない技。基本動作。
だが、その刃速く、鋭く、重々しく、例え僕が振ってもこうは成らないだろうと思わせる研鑽を続けてきた達人の技。
避けられないし、避ける気もなくその刃を喰ら―――
―――雨之太刀接続剣技〝癒す雨〟から〝沫く雨〟
瞬間、僕と廻志岐君(仮)の剣の間に水が……いや、雨の飛沫が上がった。
まるで雨の日に出来た水たまりに猛スピードで飛ばす車によって飛ばされた飛沫の如く、僕らの間に壁となって遮断する。
◆ちょっとした補足
『貴重な回復役兼霊能力関連の知識を持つである彼女だ』
と夜名津我一は作中にありましたが、ぶっちゃっけ回復役っていうけど主要人物であるメイン三人、雨崎千寿、夜名津我一、榎設楽の三名全員回復術持ってますね。確かに回復は貴重ではありますが、全員使えるから別にね。
ちなみに
・雨崎千寿・・・他者の傷を癒せる。ただし自分は癒せない(クレイジーダイヤモンドかな)
・夜名津我一・・・自身の傷のみを癒せる。ほぼ死亡確定の傷も無意識化に回復発動させて動ける(ポルナレフかよ)
・榎設楽・・・自分も他者も癒せる。毒や呪いも解呪できる(……ジョジョで例えようとしたけど、いい奴が思いつかない。ゴールドエクスペリエンスは少し違う気がする)
って感じですね
◆設定
・識色の担い手・・・本作に登場する、武道を極めたものが至れる領域。『赤』『青』『緑』の三色の闘気が存在し、それぞれに特性が存在する。以下の通り。
緑・・・生命の発を捉える識色。
青・・・流動するものを捉える識色。
赤・・・個体として捉える識色。
分かんない人はワンピースの覇気くらいに考えてください