鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

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VS死鬼 其の伍

 ―――雨之太刀接続剣技〝癒す雨〟から〝沫く雨〟

 

 

 瞬間、僕と廻志岐君(仮)の剣の間に水が……いや、雨の飛沫が上がった。

 

 まるで雨の日に出来た水たまりに猛スピードで飛ばす車によって飛ばされた飛沫の如く、僕らの間に壁となって遮断する。

 

 いや、それよりも先に放たれたおじいさんや先輩へと恵みの雨のようなやすらぎの雨が降り注がれて、その延長戦で僕達を遮る護りの壁が奔った。

 

「(これは雨之太刀……!)」

 

 割って入って防がれたことに驚いたのか、廻志岐君(仮)は今までない表情になる。

 

 それは驚愕と動揺が奔ったもの表していた。

 

 彼は一度距離を取り、技を放った存在へと目を向ける。僕もそれに合わせてその技を放った存在である、僕が良く知る人物へと視線を向ける。

 

 青みのある黒髪、その手握られているのは雨を思わせる青き鋼の刃。柄近くの鋼の腹の部分に『天ノ命』と刻まれている。

 

 その正体は雨崎千寿。

 

 雨崎君はこちらを見ては慌てた調子で告げてくる。

 

「夜名津、大丈夫か? 先輩もおじいさんも。……っていうか廻志岐!? お前生きていたのか!? なんで夜名津を斬ろうとした!?」

 

 雨崎君はあっちこっちに視線を送っては混乱したような調子であれこれと忙しなく訊ねてくる。さてどこから答えたものかと普段なら適当なノリで呑気に答えている所だが、流石にそうはいかない。

 

 わりと本気で絶体絶命のピンチである状態なのは変わらない。

 

「雨崎君」

「ああ、わかってる。なんで俺がここに来たかというと、なんか可愛い声をした女の子が、お前が襲われているどうの言われて走ってきたんだけど、……なんでお前可愛い女の子の知り合い多いの?」

「黙れ、ロリコン。マジで今ヤバい状態だから」

 

 僕が言おうとした事を察したように全く的外れなことを言ってきた。

 

 ああ、有音ちゃんが雨崎君見つけて呼んでくれたって所か。というか、彼女にしてもちづりちゃんにしても性格とか抱えている問題がアレな娘だから、といつものように語り口が開きかけるが、話が逸れるので反論はなしだ。

 

「雨崎君、敵は廻志岐君かっこ仮だ」

「かっこ仮って。そんなガールフレンドみたく言われてもな。……いやアイツ本当に廻志岐か? 確かに見た目ちょっと違うっぽいけど」

 

 何となく雰囲気とかもだいぶ違う、と詳細な事はともかく目に見える大まか情報は判明している部分で納得しかけていた。数秒前あれこれ訊ねてきた人間でも冷静さを取り戻せば分かることは分かる。

 

 僕らがそんなやり取りを続けている対面に彼の方はというと。

 

「……雨之太刀。(……長寿郎……?)……いや、貴様が……唯曇の子孫か」

 

 彼が何やら重々しく呟いては雨崎君へと厳しい視線を向けていた。

 

 これまでとは明らかに違う、僕と立ち会った時は虫くらいにどうでもいい存在で、おじいさんは物珍しさと興味ありげな調子。だが、雨崎君へと向ける視線は敵意に近く同時に何やら気にかけているような視線だった。

 

「ねえ、君、廻志岐君になんかした?」

「…………あ~、この間、吉成君に操られた時に助けられなかった」

「よし、誰? 操られた? 詳しくは知らないけど、つまりはだ。君が酷い事をしたってことだね」

「お前、……緊急時っぽいから省くからいいけど、まあ、俺のせいだ、悪かったな! 廻志岐あん時は。でも―――うおっと!?」

 

 雨崎君が廻志岐君(仮)に何やら謝辞の言葉を告げようとするが、そのまえに不意打ちの一閃が飛んでくる。それに反応して雨崎君は刃で受け止めた。

 

 ……正直に言う。やっぱり僕の目ではギリギリで追えるかどうか絶妙なラインであり絶対に身体まで付いて行けない。そして、これよりも速いレベルのおじいちゃんと戦ったのが最高ラインは目すら追えないレベルの代物だ。

 

「唯曇の子孫よ、現代その血が如何がなものか、みせてみろ!」

「は!? 何を言って……っ!?」

 

 廻志岐君の意味の分からない言動に困惑して言い返そうとするも、聞く耳を持たずに刀を二撃、三撃を放ってくる。雨崎君はそれを対応する。

 

 火花散り合う激しい鍔迫り合い、というにはあまりにも一方が速く、鋭く、重い、剣戟。

 

 相手側の攻めの姿勢に何とか捌いての防戦一方の雨崎君はまだ状況を呑み込めきれてないこともあってか、剣に迷いのようなもの感じられる。人の良い彼だからこそ、知人の廻志岐君らしき存在にイマイチ本気に踏み込めきれない様子が見て取れる。

 

 そして、本気になれない彼とは違う意味で廻志岐君の方もだいぶチカラを落としている。

 

 異能のチカラを使わないこともあるが、最初の一刀辺り僕の目でもギリギリで追える辺り、おじいさんの時とは幾分か実力を落としていることが判る。いや、おじいさんの時のように実力を見極めて一気にチカラを発動するかもしれない。

 

 なら、異能のチカラでやられてしまったおじいさんの二の舞にならないように情報を与えないと。

 

「ソイツの能力は老化させてミイラ化させる能力、炎を使う。……いや多分熱を使う系だと思う。絶対にたぶん、必ずおそらく、自信ないけど断言する」

「どっちだよ!」

「熱調整だ。熱で肉体の水分とかを蒸発させてミイラ化。純粋な熱で焼き斬るの二つ。君、水系の能力あったよね? 炎に対して水っていうポケモン脳は駄目だよ。水蒸気爆発に注意で」

「注意って……あっぐ!?」

「雨崎君!」

 

 雨崎君は廻志岐君(仮)の猛攻に耐え切れず、川の方へとぶっ飛ばされた。まるでただでさえ捌くのに精一杯の攻撃を受けている最中に隣からぐだぐだの余計な情報を与えられたことの突っ込みで集中力が切れてぶっ飛ばされたようだ。

 

 …………雨崎君、一体何をやっているんだ! 相手は廻志岐君の見た目した別の何かなんだ! いつもみたいなノリで突っ込んでいる暇はないんだぞ!!

 

 内心で自分の事を棚に上げていると、ぶっば! と水面から顔を出す雨崎君。どうやら無事のようだ。

 

 そうだな、やっぱり戦闘中に隣でごちゃごちゃ指示厨みたいなこと言うのは、この戦いにおいては集中力を欠くだけの邪魔な行為でしかない。後一言だけ告げて、僕は先輩とおじいさんを安全な場所へと移動させて、読者のための実況解説に集中することにしよう。

 

「あと純粋に剣術とか近接戦も物凄く強いから気を付けて」

「能力云々以前に先に言え!!」

「いや、結構対応してたし(僕でも対応できなかったのに、雨崎君はお喋りしながらでもできた? あのマラソンで僕よりも遅い雨崎君が? これが遊戯王のチカラってやつか。……名前遊戯王だっけ?)」

 

 彼のレベルが上がっていることに驚きつつも、とりあえず出せるだけの情報は出した。後は!

 

 と、次の行動へと移そうとした時だった。

 

「冬の型〝冬雪〟」

 

 彼の四季を思わせる刀の色が変わり、白銀の色合いへと変わり、粉雪のような白さと霰のような透明色の強い水色が刃に纏う。

 

 一目でこのひりつくような夏の暑さを忘れてさせ、極寒の世界を連想させる寒さ、そしてこの世界に白い以外何も存在せんとばかりの恐ろしい主張してくるような、二重の意味での悪寒を感じさせる雰囲気を放つ。

 

 

 ―――……不味い、アレは不味いヤツだ!!

 

 

 先に二つの太刀の能力を見たからこそわかる。アレは、あの二つ同等のチカラを秘めていて、その出力の方向性は逆。僕の予想通り彼の能力の正体は―――!

 

 

 彼がその白銀の凍剣を振った瞬間、この一帯は氷の世界へと姿を変えた。

 

 

× × ×

 

 

 季節は初夏。太陽が照りつく眩しくも焼くような暑い日々。俺達の住む地域は夏の暑さや台風の被害が多い西日本地域。冬に雪が降る事は稀で積もる事なんて滅多にない地域。

 

 七月の頭だから夏が本格化していけば更に暑さが強まっていく。のだが、

 

「がががががが、う~~~~~」

 

 歯をガタガタさせて小さく濁った呻き声が思わず漏れてしまう。吐く息が真っ白もの。川から上がってずぶ濡れの衣服に氷結がこびりついている。……寒い。

 

 世界は先程まであった夏の橋下の河川敷の風景が一変して、真っ白な雪景色へと変わり果てた。

 

 川も凍り漬いては、向こう側の岸にさえ歩いて、いや滑って渡れるくらいに、……一目で表面だけでなく、底の方までキッチリと地場が固まってしまっていることが分かる。

 

 周辺の草木も凍りつき、耳障りだった蝉の鳴き声も消えた。まるで、元々この純白の雪の世界に生命は初めから何もなかったというような不可思議な感覚に陥らせる。

 

 この世界にいるだけで意識というよりも魂が遠くなり、身体の感覚が消えていく。

 

 孤独死、という言葉が頭の中に過ぎる。世界はまるで最初から自分しかいなかったような感覚。生き甲斐はなく、生きる意味を見出せず、生に実感も何も持てない。

 

 死であり、虚無というもの―――、

 

 へっくしゅん!! とその響きにハッとさせられ、魂が、意識が連れ戻される。

 

「ら、らいじょぶか、ほあつ?」

「……さっぶ、……ああ、ふぃみが、ふぁすふぇへふえはのはい?」

 

 互いに寒さで震えた調子の声色。「大丈夫か?」「君が助けてくれたのか」の言葉のやり取り。

 

 夜名津の言葉にああ、と頷く。

 

 奴が太刀を切り替えては何やら攻撃を放とうとした不穏な雰囲気を放った瞬間、本能的に危険なものだと察した俺は急いで川から飛び上がって、同じく悟っていた夜名津が近くにいた榎先輩を庇おうとする。

 

 俺はそれを見て、少し離れた先輩のおじいさんを回収して、夜名津達の場所まで移動して、雨之太刀《沫く雨》、風之太刀《旋風陣》からの重之太刀《防風雨護》で迫りくる吹雪のような、雪崩のような攻撃を何とか防いだ。

 

 だが、完全に防ぎきれなかった。身体にこびりつく冷気が俺の体温を奪い、身体能力を低下させて感覚を失わせてくる。ちょっと集中力を切らすとまた、さっきみたく死や虚無というものに魂が引っ張られる。

 

 …………熱が欲しい!

 

 このままだと冗談抜き凍え死ぬ。なんとかこびりついた氷を溶かして、身体がちゃんと動かせるようにならないと、そうするにはどうするべきか考えていると、ふと切利さんに言われた事を思い出し、物は試しとやってみる。

 

 深く息を吸い込んで、全身に酸素が回っていくこと意識する。そこから血液の流れを意識しては〝血縢〟の存在を認識する。それを更に全身へと巡らせる。

 

 すると徐々に〝血縢〟の全身へと巡っていたことで冷えついた身体に熱が帯びて体温が上がっていく。

 

《血功循環》。

 

 切利さんから話と修行で教えられた、血統者の基礎の技術。《血縢》を全身に巡らせる。ただそれだけ。ただそれだけだが、これによって身体能力が大幅に向上し、また自然回復力なども上がるのだ。

 

 これによって体温が上がって、寒さで凍えていた身体の感覚が戻り、問題なく動けるようになる。

 

「夜名津、先輩とおじいさんは?」

「先輩は大丈夫、気絶しているだけ。おじいさんに関してはもう死んでいる」

 

 夜名津の言葉は寒さに震えながらもいつもとあまり変わらない声色。だけどその最後の言葉はあまりにも無慈悲な現実で、この寒さとは別の意味で冷たいものだった。

 

「雨崎君、どうする? 僕は逃げの一手だけど……正直無理だ。彼から逃げられる自信はない」

 

 何とも言えないショックを受けている俺とは打って変わって夜名津はいつもと変わらない調子で現実の問題を投げかけてくる。コイツのこういう所は本当に空気が読めなくて、同時に助かるものだった。

 

 落ち込んでいた気分を切り換えて、少し考えてから答えを出す。

 

「俺が時間を稼ぐ。先輩を連れていけ。どういうわけかアイツは俺をご指名のようだからな」

 

 真っ直ぐと正面を見据える。白銀の世界の中心に存在する一人の男の存在。

 

 ただならぬ殺気を放っては一寸たりとこちらから視線を一切外さない。眼力から伝わってくる、「逃がさない」「ここで仕留める」といったような敵意と狩人のような強い眼光を俺へと向けてくる。

 

 夜名津の言う通り逃げられないだろう。だが、俺が囮になれば先輩を連れて夜名津達は逃げられるはず。

 

 俺と同じことを考えていたのか、少し迷いつつも夜名津は頷いた。

 

「分かった。……あんまりこう言うこと言いたくないけど、雨崎君、―――殺す気でやれ」

 

 夜名津はハッキリと告げてくる。殺す気でやれ、と。その一言にゾッと身体に怖気が迸る。それに噛みしめてはいつも調子の軽口を叩く。

 

「お前いつも死ねとか愚痴吐いて呪ってじゃん」

「それとこれとは別。ナルトのキラビーに対する水月理論だ。殺す気でやってとようやく倒せるくらいだ。それくらいに実力が違う」

 

 夜名津も俺と似た感情を抱いているのか。いつも調子で返してくるが、多少の緊張感伝わってくる。

 

「雨崎君、アレは廻志岐君じゃない。少なくとも僕らが知っているクラスメートじゃない」

「……ああ」

 

 これまでを振り返って少しのやり取りだったが、明らかにアレは廻志岐じゃない。見た目姿形外見は廻志岐のそれだ。毎日顔を合わせていたから見間違えようもないし、双子だとかの話は聞いたことないし、そんなご都合展開のようなものがあるとは思えない。

 

 ……おそらく中身が違う。《完全受肉》ってヤツか? これまで二度、鬼が肉体を奪った術をみた。そのことに思うことはあっても、もう今更驚かない。

 

 だけど気になる事が一つある。……アイツ、角を生やしてないんだよな。

 

 吉成君の血鬼や竹馬ちづりちゃんの母親の花南だったか? の鏡鬼の時も受肉の際に角を生やしていたが、目の前の廻志岐の姿をした存在は角が生えていない。……削ったのか?

 

「(おそらく能力発動の根本は熱操作系……雨崎君と同じ能力で違う方向性での出力、ということか?)」

「行ってくる。お前も先輩連れて早く……」

「ちょっと待って、彼の能力についてなんだけど」

 

 色々と疑問に思うこともあったが結局は戦うしか道はないと思って覚悟も決まり、逃がすための時間を稼ぐために出ようとすると、夜名津から呼び止められる。能力について、と言われてハッと思い出して突っ込む。

 

「能力って、そういえば何がアイツの能力は炎だ、普通に氷属性の攻撃してきたぞ!」

「いや、だから熱操作だって。まあ、冷やすこともできたのは知らんかったけど、……うん、ごめんなさい」

 

 と反論しつつも指摘されて痛かったのか後半は弱々しくなっては謝罪の言葉を口にする。

 

「おそらく君の能力の同系統の別種の能力。四季に合わせた気温変化? え、ちょっと待って?」

「俺と同じで、四季に合わせた気温変化?」

 

 夜名津が能力について解説を始めようとするが、何か引っかかったのか、途中で言葉止める。手を首の後ろへと回して軽く揉みながら考えている。

 

「なんだ、どうしたんだ?」

「いや、分かんない。……彼が使った技が、夏之型や冬之型ってあるんだけど、この二つは分かる。単純に強力な炎と氷属性の攻撃だと思ってくれ」

「ああ」

 

 冬之型についてはこの一面の白銀の景色と化した技だから知っている。夏之型は先輩のおじいさんを焼き切っただろう炎の攻撃。だから夜名津から説明は分かる。だが、夜名津はいつも無表情に眉間に皺を寄せては何か引っかかったように考えている。

 

「秋之型……アレはなんだ?」

「? なんだ?」

「おじいさんの腕をミイラ化させた技だ。秋の気温でどうしてミイラ化させられる? 夏だろ? 炎と被るから分けただけ? それとも別の意味があるのか?」

 

 夜名津が独り言のようにして思案している。

 

 確かにおかしな話だ。夜名津の言う通り、熱操作だとか気温操作だか出来るような能力を持っている、それを季節になぞった技としているなら、秋でミイラ化させる能力というなら変といえば確かに変だ。

 

「……夜名津、ここで話していてもしゃーね。お前は先輩を連れて早くいけ。あっちもそろそろ痺れ切らすぞ」

 

 考えても仕方ないと思ったのと、こちら一切視線を逸らさない相手の方もそろそろ我慢の限界のように思える。早く夜名津に逃げるように告げる。

 

「ああ、少なくとも秋之型はミイラ化の能力には絶対に触れるな。あとおそらくだけど『春之型』ってヤツもあるはずだ。それがどういう能力か分からないけど、それ見たらおそらく彼の能力が分かるはずだ」

「分かった。炎とミイラ化と氷、あとなんかだな」

「頑張って! 僕は楓先輩達連れて逃げるから」

「楓じゃあねえ、榎先輩だ!」

 

 そんなやり取りをしつつ夜名津は先輩とおじいさんを担いでこの場から離れる。アイツのことだから死んだおじいさんを置いて行くかと思ったが、意外なことに運んで行った。

 

 アイツ、普段他人に対して容赦なく冷たい奴なのに、変なところで律儀というか真面目っていうか……まあ、いっか。

 

 気を取り直して歩みを進めて廻志岐らしい人物改めて向き直る。

 

「(あの者は相当な切れ者のようだ。瞬時の判断といい、こちらのチカラの性質を見抜いたといい、我らの時代にもあのような者が欲しかったものだ、少なくとも親方様を誑かしたあんな女狐よりか)」

 

 横目で夜名津の方へと視線を向けてはやがてこちらへと視線を向ける。

 

「お前、廻志岐、じゃあないんだな。少なくとも俺達の知っている廻志岐青春じゃあ」

 

 一応確認のために廻志岐青春ではないか、と訊ねるがそれを聞いた廻志岐らしい人物は軽蔑した目のままフッと鼻で笑った。

 

「嘆かわしい我が子孫も、お館様直々から託された『アマカミ』の名を勅命するように、と言われた唯曇の子孫にしてもこの体たらく。現代が泰平の世らしいが、人にしろ、我らが血継にしろ随分と衰えたものだ」

「?」

「もうよい、遮那羅刹王國禍瑞鬼を打倒し後、貴様らに代わり我、自らがシンへと至ろう。幸い、我が子孫の器は適しておる」

「何の話だ?」

 

 一方的に語られる何やら重要そうな話だが、何一つとして伝わってこない。ただ話の流れとか雰囲気で分かったことはコイツの中身は廻志岐の……祖先? 先祖? みたいなものか?

 

 霊能力とかあるわけだから、甦りだとかイタコ術、だっけか? そういうので甦った的なものだろうか? あるいは悪霊が取り憑いたみたいな。……そういう鬼の能力か?

 

 あと、最初からずっと言っている《唯曇》って俺ん家の祖先がそういう苗字だったって、切利さんが言っていた。天気を操る能力、雨崎家の血統者としての元の苗字は《唯曇》って。

 

 あん時は特に気にしなかったけど、ウチの一族なんかあるのか?

 

 全く自分の家について知らない俺に対して、心底幻滅して呆れ果て、不快なものを見るような目になった廻志岐……の先祖。

 

「本当に何も知らないのだな。唯曇の子孫よ。循環がようやくできる程度で成形もできず、鬼に頼ることでしか刀も作れないとは」

「……わりと最近、知ったもんで」

 

 ここ数日で知ったばかりの血統者とかいう異能の一族の話と、自分の能力に何やら事情通の人間あれらこれらと幻滅や説教されてもこっちは困るっていうか。

 

「というか、俺は『あめざき』だ。『ただくも』でも『あまかみ』じゃねえ」

 

 唯曇に関してはいいが、昔の苗字というかご先祖様の名前っていうのは分かる。だけど俺は雨崎だ。何十年前の人物かは知らないがここまで……現代の雨崎の性になる前に途中で嫁入りか何かで苗字が変わったんだろう。親戚にも『唯曇』なんて苗字の名前の人なんて知らないし。

 

 だいぶ遠縁の家系なんだろう。と一人でそんなことを考えていたら、廻志岐の先祖さん(もう面倒くさいから廻志岐でいっか)……はこれまでずっと俺へと向けてきた敵意や軽蔑にした瞳がぽかんとした真顔になる。

 

 信じられないもの聞いたと言わんばかりの顔だった。

 

「……貴様、今何と言った?」

「だから『雨崎』だって。雨に崎で『雨崎』。『唯曇』でも『アマカミ』でもねえ」

 

 なんだよ。その某恋愛ゲームみたいな名字は。廻志岐がどこの誰に俺の名前を聞いたのか知らないが、ちゃんと訂正しおこ、

 

 ―――途端に、廻志岐の殺気が跳ね上がっては、俺へと向けていた瞳が虚無のものへと据わる。もうこれ以上話すことはないと無言の圧で告げてくる。

 

 今までに比べられない程の怖気が奔って、反射的に後ろへと身を引いてしまった。寒気に包まれた未だ肌寒いのに、額には嫌な汗が浮かび上がってくる。

 

「もうよい。その鬼と、その身に流れる血。頂くぞ」

 

 そう冷たく言い放っては四季を思わせる刀を構える。

 

「っ!」

 

 来る、と思った瞬間、数十メートルあったはずの距離を、しかも氷漬いて足がもたれ、滑るほどに不安定な地面であるはずなのに、瞬きでもしている間に瞬間移動したように接近される。

 

 振り放たれる一撃もまた速く、重い代物。咄嗟の判断で防御しようと天ノ命で前に防ごうとしたが、ガギィンとまるで鬼が振う金棒の如く剛力の一撃。コレに近いものはあの時の、初めて戦った大青鬼。アレと同等かそれ以上。

 

 ―――雨之太刀。

 

 空色の色合いだった天ノ命にくすんだ青色へと変わり、刃に雨が纏わりつく。そしてこれは剣技ではなく、太刀としての性質。

 

 これまで風之太刀を使ったら風の力で刀が素早くなり、空を翔けられるような効果が得られる。

 

 そして雨之太刀の性質は太刀の耐久が上がるのと相手への身体能力の低下だ。雨水による行動の制限とでも言えばいいのか。

 

 いくら風で速さを上げてもおそらく互角かそれ以上のスピードを以て対処される可能性がある。なら、剣を交えながら一先ずこれでデバフかけて差を埋めてから風で斬るか逃げる。それしかコイツに勝てる方法がない。

 

 戦略を考えて雨之太刀で金棒の如く打ち込まれてくる攻撃を受け止める。

 

 ぶつかり合う四季の鋼と雨色の鋼。飛び散るのは火花というよりも四季事に飛び散る雨飛沫のようなもの。

 

 ヤツの剣は荒々しく激しく、けれどどこか精細な美しさがある。

 

 春は別れるように寂しく、夏は日輪のように熱く、秋は枯れるように儚げで、冬は雪原のように冷たい。

 

 日本は四季の彩りの美しさが有名だ、移り変わり流れていく景色の形。

 

 春の色彩の花びら、夏の澄んだ青い海、秋の鮮やかな紅葉、冬の純白の雪原。

 

 ヤツの剣を合わせる度に脳裏に浮かび上がる。

 

 巡廻する季節の流れ。巡り廻る春、夏、秋、冬の季節は一巡して再び訪れる、サイクル。

 

 振り上げられた刀が下ろされる。上から冬の雪崩の勢いに雨之太刀で打ち消しきれず後退する。

 

 体制を立て直そうとするがそんな暇を与えんとばかりに春の突風の如く接近しては夏の陽射しのような焼ける一閃を放ち、秋の枝葉のように静かに回り込まれて、冬の冷気の如く冷たき刃を放つ。

 

 四季の循環の如く長けた美しくも強き剣術に対してこちらは受けの一方だ。

 

 もし戦闘の最中ではなく、傍から見ていたらその美しさに目を奪われていたに違いない。

 

 だが、彼の魅せる四季の光景は何も単純に美しさによって感動に心が打たれるような代物ではない。

 

「クソ!」

 

 襲い掛かる凶刃に身を躱して距離を取ろうしてもどこまで追いかけてくる。打ち返そうとして刃を振うも当たり負けをしてピンチを招く結果になってしまった。

 

 ―――雨之太刀〝断つ雨〟

 

 雨を纏った青き刀身で何とか押し返そうとするが、これでようやく踏みとどまり、互角の威力となる。

 

 基本的に雨の一刀を振うだけの技だが、解除せずにキープしてヤツの刃に対応しようとする。キン! と白銀の世界に鳴り響く鋼の音。飛び散るのは相も変わらず、四季の色彩に彩られた雨粒。

 

 こちらは剣技であり、あちらは技ではない。ただの剣術。刀を振るっているだけのそれ。

 

 以前、切利さんと立ち合ったことがある。その時ですら切利さんは俺の攻撃を躱すか、受け流すような剣術としての技量の良さをみせてきた。

 

 だが、コイツは違う。正面から打ち勝つほどの力があり、同時に即座に攻撃へと転じられる技量もある。そして荒々しく見えて太刀筋に一切のブレがないのだ。

 

 おそらくコレが最高峰の剣士、いや侍や武士としての実力なのだと肌で自覚し、痛感させられる。

 

 ―――血統者としての完成形。

 

 ゾゾゾ!!

 

 全身が毛立つ感覚に襲われる。真剣での斬り合いによる極限の緊張感によって強張った肉体は徐々に倦怠感が強く、滲み出る汗が止まらない。

 

 思い返してみるとこうやって実際にやり取りをするのは初めてだった。

 

 血鬼の時は無我夢中で、がむしゃらで、学校の皆や吉成君のこともあって頭に血が上っていたし。

 

 切利さんの時は真剣だったけど、それ以上に練習試合とかそういうのもあって緊張とかあったけど、ちゃんと振えた。

 

 鏡鬼の時は……不意で一発喰らったけどまあ特に苦戦せずに殴れた。

 

 他にも何故か溢れてきた鬼達と戦った時もあったけど、アレは榎先輩や切利さんもいたし、難なく倒すことできた。

 

 だから、初めてだ―――こうやって刀をかち合わせるのは。

 

 命のやり取りするのは。

 

 実力がかけ離れた格上の相手と闘うのは。

 

 その事に気付き、ゾッと怖気が奔った。

 

 四季を思わせる凶刃に避け切れずに髪が斬れ、頬を掠めた。一筋の血が流れる。生温かくて水のようでいてどこかドロッとした感覚。口開きの根本に滴っては少量でありながら口の中に鉄の味が広がる。

 

 それを拭う暇もなく、隙を作らせる気もなく更に襲い掛かってくる。

 

「っ!!」

 

 怯みそうになるのを噛みしめて天ノ命を振う! 雨を纏った青き刀身は四季の鋼へと打ち負けそうになる。

 

 ―――……………怖い。

 

 一撃一撃が速くて重くて怖くてならない。

 

 あの刃は簡単に肌を切る。容易く肉を裂く。安易に神経を斬る。容赦なく骨を断つ。

 

 ……今更ながら、自分が命のやり取りをしているのだと自覚させられた。

 

 慣れた時が一番怖いという話がある。慣れたことで気が緩んでしまうから。

 

 別にこれまで戦いの経験から慢心や油断といったものを覚えたわけじゃない。コイツの強さは感じ取っていたし、最初の剣戟で勝てると思えなかったし、簡単に逃げられるとも思っていない。

 

 せめて夜名津達が逃げられる時間を稼げれば、とそんな思いで立ち向かったのだが、……甘かった。

 

 …………正直に本音を零すと心底後悔している。

 

 鍔迫り合いに押し負けて凍った川へと飛ばされる。勢いのまま二転三転と跳ねてからようやく止まる。すぐに起き上がらないとまた凶刃が襲い掛かってくるとあちらこちら痛む身体に鞭打って無理上がり起こし上げる。

 

 上から来た。照り付けるように降り注ぐ夏の陽射しの如く一閃で振り下ろされる。ここから受けるの無理と判断して風之太刀で切り換えてすぐに逃げる。

 

 バキバキバキバキ!!!!!

 

 響き渡る音が迸る。

 

 川は割れて、その衝撃は川全体に伝わって砕氷が飛び散る。川だけ留まらず、川岸に積もった雪氷も振動によって舞い上がって、吹き荒れる雪景色。人を呑み込んだ雪崩の時のそれだった。

 

「……っ!!(嘘だろ、おい!!!)」

 

 怖い!!!

 

 怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 

 これまでの戦いとは全く異なる。本当に怖い。襲い掛かる刃が人を殺すそれ。物を破壊尽くすそれの威力。

 

 雨之太刀でデバフ掛ける策だったけど、そんなものは殆ど焼石に水というか、この場合は氷山に水滴とでもいえばいいのか。全く意味をなさないもの。

 

 一息つく間もすぐさま距離を詰められて、鍔迫り合い、いや一方的に打ち込まれる。

 

 打ち込まれる度に感じるのは、恐怖と苦しみ、痛み、飢え、悲しみ、辛み、畏れ、震え、軋み、身が縮こまり、心臓が跳ねて、緊張感に心を縛られ、脳に最悪が過る。

 

 未だに飛び散る季節の彩るような雨の火花は美しいものであり、残酷なものを映している。

 

 ようやく理解する。

 

 ……ヤツの剣は四季の美しさだけではない、奴の剣は四季における終わりを直感させられるのだ。

 

 春に蝕まれるように、夏に焼かれるように、秋に朽ちるように、冬に凍りつくように。

 

 ―――死。

 

「!!?」

 

 まただ、また死という概念に魂が惹かれてしまう。

 

 ただ真剣での斬り合いと今までにない、強敵の存在に死を自覚するとは別に、死に魂が惹かれてしまう。

 

 コイツとの立ち合いは純粋な恐怖からくる死への自覚だが、この四季の鋼から覘かせるそれは死そのものに惹かれ、引き込まれる何か。

 

 …………例えるならば天寿を全うしてもう思い残すこともなく後は静かに永遠の眠りを待つ、受け入れの姿勢になってしまうというべきか。

 

 なんだ、それはどういうことだ、この感覚は。夜名津じゃああるまいし、それともアイツと付き合いのせいで俺の頭まで自殺意識を埋め込まれているのか?

 

 もちろんそんなはずがない。アイツの自殺願望にはほとほと呆れてしまっているし、アイツが死んだら馬鹿野郎って怒りながら泣く自信がある。

 

 何より俺自身、俺が死ぬこと自体絶対嫌だ。千寿の名は千年長寿からだぞ。長生きするぞ、俺は!

 

 だから、考えられることは……もしかして、コイツの刀は、太刀は!?

 

「お前の能力は………死を魂に刻み込む能力……?」

「…………」

 

 ヤツの動きが止まる。眉が微弱に反応する。その様子にやはり、と予想が当たっていたことに少しだけニヤつく。ここまでも圧倒させられたことで恐怖に侵された精神面も一つの強みで少しだけ回復する。

 

 傍から聞けば「だからなんだ」的な無意味に思える「そんなもので回復するわけないだろ」と突っ込みを入れられるかもしれないが、こんな風にでも思ってないとやっていられない。誰だって恐怖やショックのあまりに変なテンションに上がってしまうことがあるだろう。俺は今その状態だ。

 

 だけど何とか変なテンションで上がってしまったことでアドレナリンがドバドバと活性化した脳で推理することができた奴の能力を冷静な口調を以って言い当ててみせる。

 

「お前の能力は死を相手に意識させて、死の恐怖を強く植え付けて、魂を死へと近づける能力? そんな感じの精神汚染? それがお前の能力か」

 

 風之太刀や雨之太刀の効果でバフとデバフの効果があるように、奴の刀にも同じように何かしら効果があるはずだ。それがあの刀を打ち合った者に対して死の恐怖を強く植え付ける、そんな能力!

 

 能力について語るとやがて長らく閉じていた口をようやく開く。

 

「少し違うとだけ言っておこう。雨之太刀の効果が打ち消されていることでようやく気付いたか。あの知恵者ならもっと早く気づけただろうな」

 

 …………え? 雨之太刀効いてなかったの? どおりでコイツの動きが弱まる気配がなかったはずだ。

 

 知恵者って…………夜名津のことか? 確かにアイツなら俺が外したコイツの能力の真髄を見抜きそうではあるが。なんだ、他に何か秘密があるのか?

 

「なら正解は?」

「敵に手の内を晒す愚か者がどこにいる」

 

 軽いノリの勢いで話してくれると思ったら冷たくあしらわれて、刀を構え直しては斬りかかってくる。

 

 それが到達する前にこちらも方針を切り換える。雨之太刀の効果が効かないなら全力の剣技で勝負するしかねえ!

 

 青き刀身は振っては天から落とすような上段の一振りを繰り出す。

 

 

 ―――雨之太刀〝沈む雨〟

 

 

 瞬間、この場に土砂降りの雨が撃ち放たれる。重々しく荒々しい降り注がれる大粒の雨はそれだけ視界を奪い、その身を強く打ち付けられては肉体に制限を設けられる。人間、いや生物の誰しもが嵐の激しい雨の中を動き回ることは困難。

 

 奴の動きが一瞬だけ止まり、そして…………

 

「フン!!」

 

 たったの一振りで沈む雨を打ち出すために創り出した雲を切り裂いたのだ。

 

 モーセの海割りの如く、雲を一刀両断してみせた―――それはこちらの狙い通りだ!

 

 奴の一振りの間に背後を取る。誰も凍った川を割る奴が〝沈む雨〟で動きを止められるとは思ってない。壊されるのは最初っから想定したからこそ、風之太刀に切り替えてこうやって一瞬の隙が付けるチャンスを作れた。

 

 ヤツは完全に俺を見失った!

 

 ―――『雨崎君、―――殺す気でやれ』『殺す気でやってとようやく倒せるくらいだ』

 

 夜名津の言う通りだ。コイツはマジで殺す気でやらねえとこっちが死ぬ!!

 

 背後から心臓の位置へと狙い定めて、一瞬の鈍りそうになる震える手は刀を力一杯握りしめることで無理矢理押さえて、必殺を放つ。

 

 

 ―――風之太刀〝疾風迅〟!!

 

 

 風を纏った緑色の刀身が奴の背後、奴の心臓の位置目掛けて直進する。

 

「―――情けない」

 

 そして、天ノ命が折れた。

 

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