「―――情けない」
そして、天ノ命が折れた。
「!!?」
疾風迅が奴の身体へと到達しそうになった所で、奴は悲し気に呟いては向かってくる天ノ命へと弾くように四季の刀を振るってあっさりと折ったのだ。
刀は御札へと戻っていく。御札は折れた刀と同じように真っ二つなっていて、やがてそれは灰のように溶けて消えていく。天鬼がやられたのだ。
俺はもう、刀を、天ノ命を使えない。
一瞬の出来事でありながら、頭は驚くほどにクリアになって現状をよく理解していた。
天鬼を、天ノ命を失ったことでもう戦えないという事実に俺はじっくりと奈落へと落ちていく失意に襲われる。
絶望の言葉が頭の中を支配する。
いや、それだけじゃない。絶望への落下はここから加速する。
ピリ、……プ、シュー、シュウウウウーーー!!
と一拍遅れて肌が裂けて勢いよく鮮血を飛ばす。今の一閃で俺の左肩から胸元近くまでが裂けたのだ。
う、
「あああああああああああああああああああ!!!!!!」
絶叫してその場に蹲る。最初の勢いよく吹き上がった血に痛みが遅れてやってくる。
絶叫を終えると視界が一瞬で点滅して、呼吸が苦しくなる。
ハァハァ、と浅く早い呼吸と繰り返す。傷口を抑えては手にべっとりと生温かくて気持ちの悪い、鉄の味がするものが手のひらいっぱいに広がる。
い、、、―――、
痛い痛い痛い痛い痛い痛い、やばいやばいやばいやばいやばい血が出てる血が出てる血が出てる血が出てる血が出てる血が出てる怖い怖い怖い怖い怖い怖い死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!
途端に恐怖に心が、身体が、魂が、血が、支配される。
先ほどまで、魂が死に惹かれてしまうものだったのが、今は強く死を痛感させられる。
惹かれてしまうのと実際の死ぬ目に遭うとでは全く違う。
頭でも常識でもそんなことは分かっている。分かっていたのにはずのなのに。
だけど、実際に死を体感させられると想像していたものよりもずっともっと深く暗く怖いものだと思い知らされる。
痛みが止まない、涙が溢れる、口の中の涎が垂れ出る、景色がチカチカと点滅する、身体に力が入らない、意識が遠くなっていく。
地面に蹲っていると頭の上に何かが存在するのを感じた。この状況でそれが何なのかは簡単に想像できた。
恐怖に染まる心と血が溢れる痛みに耐えながら顔を上げるとそこには心底不快そうな表情を浮かべた廻志岐がいた。
「……く、くんな!! こ、こっちくんなあ!!!」
怯え切った情けない叫びを上げながらヤツから離れようともがく。が、恐慌によって足が躓き上手く距離を取ることができない。
傍からみたら肉食動物の前に無様な姿を晒しながら、逃げられないのに必死こいて逃亡しようとする哀れな小動物のような光景に映るだろう。
実際に奴にとってはその通りで呆れたように言葉を零す。
「本当に情けない。あの唯曇の、長寿郎の子孫がこんな体たらくとは」
至極残念、と言わんばかりの怒りと呆れが混じった表情。四季を思わせる鋼を振り上げてその一刀を以って俺の命を終わらせようとする。
「今楽にしてやる」
「ひっーーーー!!」
小さな悲鳴を上げ、両手で前に両目を瞑ってその一刀が襲い掛かるのに身体が固まってしまう。恐怖で怯んだ身体は、頭はもはや避けることも考えられずその一刀からくる事実から現実逃避する。
―――ここで死んでしまうのか!
脳内に走馬灯が巡っていく。―――その際ふいに昔の七夕祭りのことを―――、あれ? この記憶って―――あれ? ―――これって何の記憶だっけ???
―――というか、七夕祭りって………あれって確か…………。
ブン!! とまるで四季が切り替わる季節風のような強い圧風が吹き荒らす。
が、それが耳に入ってくることがあっても、俺の身体に何の衝撃も痛みも襲ってこない。恐る恐ると目を開けてみると、そこには奴の姿はない。
なんだ、どうしたんだ? と疑問に思っていると傍らに何か気配を感じてそちらへと見上げてみると、そこには意外な人物がいた。
「…………何をする小娘」
「殺すのは鬼だけで人間は殺さない話では?」
そこにいたのはりりだった。
廻志岐の邪魔をされたことに怒りを含んだ言葉に、緊張とやや怒りを含んだ調子でりりは返す。
さっきまで間近にいた廻志岐との距離は開いており、変わりにりりが俺を護るように立っている。パッと見で廻志岐の場所を変わっていない所からおそらくりりが何らかの方法で俺の場所を移動させて、俺を助けてくれたことが分かるが、……そんなこと今はどうでもいい!
りりの方へと視線を向ける。
「りり!? お、お前なんで―――」
ここに? アイツと知り合いなのか。その言葉は出かかったが止まってしまう。
その先の言葉の問いに返ってくるのは想像できることだからだ。
俺が名前を呼んだことで彼女は辛そうに悲しそうな表情を一瞬だけ曇らせたことでほぼ答えが返ってきたようなものだ。
重々しい空気に支配される中、俺達の心情なぞ知った事かというように廻志岐が言い放ってくる。
「ソヤツは別だ。お館様に申し訳ない。ここで殺しておく」
「……駄目です。センパイは殺させません」
殺気のこもった圧のある声、常人だと怯んでしまうようなそれをりりは耐えて、俺の事を護ると告げるのだ。
そのことに廻志岐はそうか、と頷いては、
「―――ではお主ごと死期を巡らせるか。どうせ、今か後かの違いでしかない」
りりに対しても殺気を放って刀を構える。一人殺すも二人殺すも変わりなく、容易い事だと切って捨てるのだ。
「っ!! りり逃げろ、お前が敵う相手じゃない!!」
せめてりりだけは逃がそうと叫ぶが、りりは答えずに真っ直ぐと廻志岐へと睨みつける。
何が何でも俺を護り通そうとする強い意志を感じさせるそれ。まるで子を護る母のような、優しくも芯のある強さだった。
―――ふざけんな! 動け動け動け動け動け動け、俺の身体!! こんな傷で、痛みで、恐怖で蹲っている場合じゃないぞ!!
恐慌で強張っていた身体を叱咤して無理上がり立ち上がろうとする。斬られた箇所の血が出る。それに伴って痛みが奔って、涙がこぼれる。このまま倒れたい気持ちや逃げ出したい、投げ出したいといった負の感情を必死に耐える。
ふざけんな、雨崎千寿! こんくらいでビビってるんじゃあねえよ、りりが俺を護ろうとして前に出てんだぞ、お前は女の子の尻の後ろに隠れて泣きべそかくだけの赤ん坊じゃねえんだよ! 男なんだぞ! 根性みせろ!!!
そう自分に言い聞かせて起き上がり、彼女の肩を引いて後ろへと下がらせて前へと出る。
「チヒロセンパイ……」
驚きと心配の混じった声が彼女の声から零れる。「ダメ、うごいちゃあ。安静にしてないと!」みたいなことを続きそうになるが、それを遮るよう震え上がる唇を噛み締めてから「サンキュー」と大きく発する。
「サンキュー、お前のおかげで少し回復した。後は任せろ。……勝負だ廻志岐! 俺とお前の勝負だろうが! もしりりに手を出したら承知しねえぞ!!」
そう強く叫ぶ。
瞬間にスーっと頭の血が引く感じがして意識と身体が閉じれそうになるが、強く踏み込んでそれを耐える。
馬鹿野郎、ここで倒れたら全部台無しだろうが! 今俺が倒れたら誰がりりを護るんだよ! 昔約束しただろ。
―――七夕祭り。演劇で行われた織姫と彦星の話。その話を見て感動した彼女はこういった。
―――私、あの白鳥のようになりたい! あの白鳥のように困っている誰かを助けられるような、優しい人になりたい!! 誰かのために生きたい!!
普通の女の子なら織姫に憧れるだろう所を彼女は目を輝かせてそういった。白鳥のように優しい人になりたいと告げた彼女。『誰かのために生きたい』とそう言った彼女。
その時、誓ったんだ『なら君を助けるのは俺だって』『そうすれば誰も困らない』って。
子供の頃にした約束。
ずっと忘れていた約束。
―――その約束を今果たす!!
だから、…………戦え、雨崎千寿!
お前がここで闘わないで何になる!? 恐怖から逃げて、彼女を見捨ててどうする!?
そんなでいいのか、お前は!?
また、りりを―――□□を失うのか!?
―――…………□□?
血が失い過ぎて意識が薄れかかっているのせいなのか、えらく記憶が混濁している。
それを振って、意識を無理矢理覚醒させて真っ直ぐ奴へと見据える。すると奴はどことなく楽し気な喜んだ様子でこちらを見つめていた。
「道化に誑かせながらも死の恐怖に耐え、
四季を思わせる刀を上段に振い、一刀を放つ構えを取る。距離自体はあるが奴の事だ、一瞬で詰め寄って切り捨てるに決まっている。
こちらは避けることはできず、天鬼を失って刀はない。あるのはこのフラフラの死に体の身一つしかない。
―――…………勝てる方法はカウンターの一発KOしかない。
奴が接近し、一刀を放つ瞬間、奴の刃が届く前にこちらの拳を顔面グゥーの一発でノさなければ勝ち目がない。
全身を巡る《血縢》を意識して両目と右手に力を集中させる。
奴の動きを取られるように視力を強化させ、奴の接近から一刀を放つタイミングまで捉えて、繰り出される前にこちらの渾身の右ストレートをお見舞いする。
殆ど賭けでしかないこの勝負だが、勝てる見込みがあるのはそれしかない。
意識を集中させる。
痛みを忘れ、恐怖を忘れ、りりの存在を忘れ、この世の事を忘れ、この世界に俺と奴しかいないかのよう、錯覚するほどに集中する。
感じるのは自分の血の流れと、奴の呼吸や筋肉の動き。どう来るかはハッキリと分かる。
おそらくそれはヤツも同じことだろう。
そして、奴がうご―――、
「―――まあ、待て。廻志岐死屍丸よ。我らの姫が嫌がっておる。刃をおけ」
突如として間に挟まるかのように一人の男が廻志岐の動きを止めたのだ。
「……お主か」「アンタは……」
俺と廻志岐の声が重なる。
その声の主は、最初は家の前で、つい先日にも病院で遭遇した、精悍な顔立ちの老年の男こと木戸諦政だった。
なんでコイツが、こんなところに……うっ!?
途端に眩暈がして、たまらずにその場に膝をついてしまう。集中力が切れた。
木戸が現れたことによって場に水が差されたことで、痛みも恐怖も忘れるほどの全集中が切れて、思い出したように負荷が襲ってきたのだ。
……クッソ、最悪だ!!
気分の悪さがどっと押し寄せてきて、今にも胃の中を全て吐き出して気を失いたいくらいの最悪な気分だった。
これがもし漫画みたく仲間が(ぶっちゃっけ誰もいないが)やってきたことで安心して気絶するような展開ならよかったが、実際に現れたのは敵か味方か分からない所属不明の相手。だけど、雰囲気と話からして敵側であることは確実。
二対一でこっちは死に体の状態だ。完全に詰んだ状態だ。
そして、驚くことに更に俺を追い詰める展開を奴らは持っていた。
何とか意識をしっかりさせて、見据えようとすると先程までは気が付かなかったが、その老体の肩に何やら乗っていることに気付かされる。
そしてそれの正体は……。
「……っ、夜名津、先輩!!」
夜名津と先輩の二人だった。ぐったりと気絶した二人が奴の肩に背負われている状態。全く動く気配がない。
「っ、お前、夜名津と先輩に何をしやがった」
今に殴りかからんばかりの勢いでそう叫ぶと、その答えは別の方から返ってきた。
「安心しろ、医師として断言する。ただ風邪だ。高熱で気を失っただけだ。安静に眠っていれば一日で治る。そうだろ、病理君」
「はい、先生。頑張ってちゃんとそう調節しました。とっても難しかったんですから、今度お食事に奢ってください」
「……まあ、いいだろ」
「いいんですか!? やりました!! 初デートです!!」
「…………」
そうデートに有りつけたことに大いに喜ぶ、清楚というよりも清潔感のある、おそらくは良いとこ育ちのお嬢様だろうと思わせるナース。その喜ぶ姿をみて呆れたような態度の眼鏡をかけた白衣の男。
知らない人物だった。いや、見覚えだけならある。先日榎先輩といった総合病院の内科の先生だ。俺は基本病気にかからないので、病院自体あまり通うことはないが、予防接種で何度か顔を合わせたことはある。
名前は確か……近代市だったか。覚えやすくも変な名前だから憶えている。
彼らがいるのは距離が離れているが河川敷の上の通常道路側だから、自然と上を取っていることになる。
四対一。その上人質も取られている。
もはやどうすることもできない!
絶望に染まる俺はどうしていいのか分からない。
廻志岐が動こうとするが、もう一度木戸から戒められる。
「よせ、血継を完全に途切れさせること自体、貴様の本位ではないだろう。いや、正確にはお館様なる臓芯殿の思惑にはないはずだ」
「…………」
癪に障ったように眉をピクっと動いて殺気を放つ廻志岐だったが、何を思ったのか、その一言が利いたようで刃を収め、刀を御札へと戻していく。
そのことに満足したように木戸はこちらへと視線を移してくる。
「言乍君。もう遊びは終わりだ。彼を自由にしてやれ」
違った。俺ではなく、視線を移したのは俺の後ろにいたりりの方だった。
振り返るとりりは暗い顔をしてはやがて分かっていたことだ、と諦めたような顔して俺の方へとしゃがみ込んで両手を両頬に充てる。
冷たい、まるで死んだような手だった。
「りり、お前……」
口を開く俺だったがその後の言葉が続かない。何を言っていいのか、何を言うべきなのか。
俺の心情を悟ったように一瞬だけ曇りながらも、彼女はいつもの笑顔で今にも『人の為、あなたのため、の言乍りりです』といつものキャッチコピーを言いそうな調子で告げるのだ。
「大丈夫、全部
「? なにをいって、―――!!?」
「鬼術〝嘘憶〟」
「っ!!!?」
瞬間、これまでずっと無理矢理繋いでいた意識の糸がプツンと切れたように俺の意識が遠ざかっていく。
完全に意識が落ちる前の夢現の中、俺はあること思い出す。
昔こんなことがあったような気がする。
そう、あれは―――、
× × ×
七月四日。
昨日までの雲一つない澄んだ青空の晴れ渡った夏日和と打って変わってどしゃ降りの雨だった。
俺は傘を差しながらも土砂降りの道を歩いて行く。ダダダ、と傘を強く打つ雨の調子に家に帰りたくなるのを我慢してなるべく濡れないように進んで行く。
天気予報ではこの雨は午前中だけで昼から晴れると言っていた。
それだったら出掛けるのは午後からにすればよかったと思われるがそうもいかない。なんせ愛する彼女から朝から会いたいという話なのだから。
「って、あれ? りり」
「あ、チヒロセンパイ。おはようございます」
偶然、後輩のりりと出逢った。こんな雨の日にコイツはどうしたんだろうと思っていたら先に聞かれる。
「どうしたんです? こんな雨の日に」
「いや、こっちの台詞だ。……ん、まあこっちは色々とな」
適当に誤魔化そうとすると、「あ~」と何かを気づいたようにニヤついた意味深な声色を漏らしていやらしく笑う。
チッ、気づかれた。
この場を速攻でこの場を去ろうとするが、それは遅し、りりは俺の周囲を囲う様にしてぐるぐると回って無性に腹立つにやけ面をしてからかってくる。
「こんな雨の日にデートですか。羨ましいですね」
「うっせえ」
「あれれ、そんな態度取っていいんですかね? 誰のおかげでくっつくことができたと思っているんですかね?」
「それは、…………言乍りりさんのおかげです」
「フフン、素直でよろしい」
そう満足気に鼻を吹かせるりり。ちょっとムカつくが、コイツのおかげでそうなったわけなので、怒るに怒れない。
そう、俺雨崎千寿に初めての彼女ができたのだ。付き合うきっかけというか、後押して恋のキューピッドってヤツを引き受けたのがりりのおかげだ。
そのせいでコイツは所々で俺をからかってくる。ちょっとムカつくが恩人なので、そう乱暴に扱えずにいい様にされてしまう。コイツが男だったら気兼ねなく「うるせい」って殴っていたのに。
「あ~あ、羨ましいな、私も素敵な人と付き合いたかったな」
と付き合い始めた俺に僻みかあるいはからかいか、そんなことを言ってくる。
……まあ無事に付き合えることになったのはコイツのおかげだし、お返しという意味で俺が知っている中でフリーの良い奴を紹介してやるのも、男として、先輩としていいだろう。
「阿尾松とかどうだ?」
「いや、デブの農家の人はちょっと」
「失礼だな、おい!」
アイツいい奴なんだぞ! 昔家がゲームとか禁止だった俺に内緒でゲーム貸してくれたりとかデブとか弄っても笑って許してくれるし、面白い時はノリが良い感じのネタに走ってくれるくらいにコミュ強なやつなんだぞ。見た目がアレだけど、基本的に良い物件だぞ、アイツ。
確かにオタク趣味の人形遊びは少しドン引くところはあるけど。……デブとオタクと、あと将来が実家の農家継ぐことに目を瞑れば、良い物件だと俺は思うぞ! いや、マジで。
「っていうか、紹介してくるのって孔時先輩なんですね。てっきり、あの根暗の……夜名津?先輩かと」
「いや、アイツ人間としての魅力は阿尾松よりかだいぶ下だし。……アイツはアイツでリアルは声優くらいにしか興味がねえ、その声優も別に好きじゃなくて、演じているキャラが好きな感じの二次元キャラ好きのオタクだし」
アイツはアイツでリアルの女興味ねえからな。一番好きな女性はって聞いたら「パワポケのさら、朱里、チハヤ」とかノータイムで答えるヤツだし。人間だと誰だ、と聞いたら散々悩んだ末に「声優の一之瀬りとさんかな」って俺が全く知らない人を答えてくるし。誰だと聞いたらエロゲーとかASMR系の人だった。調べてみても顔とか分からないので結局演じたキャラ声にしか興味がなかったと思われる。
……調べた所、某同人CGアニメ? ゲーム? の某ミカンの人の声だったので実は俺も聞いたことのある、知っている人だったわ。ああ、あの声ってこの人だったんだってなったわ。原作アニメの方の声優しか知らなかったわ。
「ではでは、この辺で。お二人のお幸せを影ながら祈ってます。人の為、あなたの為の言乍りりでした。ばいばい」
と、いつものキャッチコピーを言い放っては雨の中をさっさと去っていくりり。あ、おい、と呼び止めるものの待たずに彼女は去っていく。
「―――……本当にお幸せに」
土砂降りの雨音がまるで彼女を隠すようにして強く降り注ぐ。
ドドド、ダダダ、バババ、と幾つもの水の音が鳴り響く。それによって聞こえるかどうかわからないが俺は大声で「雨強いから気を付けろよ!」と叫ぶ。
なんとなくだがりりから「センパイも気を付けて」と言われたような気がした。
俺も止まっていた足を動かして先へと進む。学校へと続く道を過ぎて、坂道を越えてようやく到着。
場所は榎神社だ。
境内の下には雨宿りしては今か今かと待ち構えてるようにして一人の人物が立っていた。
彼女は俺の姿をみるや、優しく微笑んだ顔をして傘をさして俺の方までやってくる。
「おはよう千寿君、ごめんなさい、こんな雨の日に……大丈夫だった?」
申し訳なさそうにかつ俺の身体を慮ってくる彼女。
俺の彼女の榎設楽先輩。先日より付き合い出したのだ。
心配そうにする彼女に対して、いえ、大丈夫ですと答える。
「先輩はずっと境内の下で待っていたんですか? だとしたらすいません。もっと早く来れれば先輩が濡れることには」
頭を下げて、この強い雨の中、雨宿りしていたとはいえ待たせていたことを謝罪する。
「いいのよ、そんなことくらい。私なんかより、ここまで来るので雨に濡れたのは君の方なんだから」
と自分の方は大したことじゃなく、ここまでやってきたことで濡れている俺の身体を心配してくる。
と、思ったら途端に俺の方へと視線を合わせてきてはちょっと怒ったような膨れた面をして言ってくる。
「それと、設楽。先輩でも榎先輩でもなくて、設楽って呼んでって言ったじゃない。彼氏なんだから」
そう照れたように甘えたように言ってくる。
先輩は基本的にクール系の人だ。顔は美人系だし、何事もスマートに物事を進めて苦手なものなぞほとんどないと言っていい。人に甘えるどころか頼ることもあまりなく、例え人に頼ったものもどちらかと動かすといった指導者のような感じだ。
堅物かつ非打ち所の完璧な秀才系の彼女が、こんな感じに油断した緩んだ調子甘え、照れた感じのことなんてなく、故に、その破壊力は―――絶大だった。
キュン! と俺の心を撃ち抜かれて、顔が赤くなるのを感じる。
そのことに気付いたのか、少しだけを目を細くしながらも楽しそうに言ってくる。
「返事は?」
「はい」
「はいじゃなくて?」
「………せ、設楽、……さん」
「ん~、ギリギリ合格、かしら」
そうクスクスと楽しそうに笑う、まだ馴れていない名前呼びに俺をからかってくる。
勘弁してくれとドキマギしていると、さあ、と彼女は俺の手を引っ張る。
「じゃあ、早速で悪いけど、道場の方に行きましょう。おじいちゃんが待っているわ」
そう言って道場の方へと引っ張っていく。
そう、今日は先輩の家族に挨拶にきたのだ。
普通は菓子折りを持っていくとか、あるいは高校生の付き合いだけわざわざ交際中の相手の家に挨拶に行くなんてないのだが、先輩……設楽の場合は家が古い家柄からか、神社のこともあってか、この辺をちゃんとしないといけないらしい。
設楽の話だと、両親の方は特に問題はなかったようだが、祖父母、特におじいちゃんの方に問題があったらしく『ちゃんと顔を合わせろ』と言われたらしい。
どうやら雰囲気からして昔ながら『結婚を許されたくば、ワシを倒していけ』的なノリらしい。いや、結婚の話色々と早い。普通に交際は許してほしいが。
吉成君の時もこんな風―――あれ? なんだっけ? どうして吉成君の名前が出てきた?
それに先輩のおじいちゃんって確か―――ああ、そうだ、榎道場の師範で色々な武芸を修めているって話だっけ?
「? どうしたの?」
「いえ何でもないです」
俺が急に止まったことに不思議に思ったのか、設楽は訊ねてくる。俺は首を振って答える。
ふと、頭に色々と過ったものの、別に大したことの無い事だった。
すると何か察したように設楽は楽しそうに言ってくる。
「なに? 緊張しているのかしら? そんなに硬くならないで、でないとおじいちゃんを説得できないわよ。頑張ってね、私の彼氏君」
「……美人の彼女さんのために頑張ります」
そう挑発してくる美人のからかい上手の彼女に対して笑顔で返す。
その返事は結構ツボだったのか、ぶっと噴き出す設楽。俺はそれにひでえ、と突っ込みながら俺達は道場へと歩んでいく。
さて、彼女とこの一夏を謳歌するために頑張りますか。
まずはおじいさんの説得から。先日もあったが、その際『お前に設楽やらん』と真っ正面から言われた。
? 『先日もあった?』
―――あれ? なんか忘れているような気がするが………。
……まあいいか。
今は目の前の幸せだけをちゃんとこの手に掴むことさえできれば、それでいい。
俺は、雨崎千寿は愛しい彼女のために頑張ります。
× × ×
《時鬼》、宮永有音脱落。
《天鬼》、雨崎千寿脱落。
鬼獄呪魔参加者残り四名。
《死鬼》、廻志岐青春(廻志岐死屍丸)。
《我鬼》、夜名津我一(宮永有音が所有中)
《嘘鬼》、言乍りり
《病鬼》、近代市修士
鬼の王が顕現するまで残り二日。
『鬼獄呪魔の仕鬼祇使い(バカ)ども』前半戦は終了。
後半戦へと続く。
× × ×
夏の夜空に浮かぶ、
恋人達を引き裂いた
七月七日の天の川だけが、
ソレを憶えている。
『鬼獄呪魔の仕鬼祇使い(バカ)ども』後半戦
2024年夏頃、投稿予定。
対戦カード(予定)を一部を発表。
・雨崎千尋VS夜名津我一
・榎設楽VS榎法知
・鬼の王VSバカども