鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

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VS血鬼 其の弐

「……なんだ、これ?」

 

 青鬼と一戦を終えた翌日、俺は多少の疲労感が残るものの学校へと出向いた。

 

 あのまま気を失った俺は榎先輩に家まで送られて、まるで泥のように朝まで家で眠っていた。傍らには榎先輩のメモと思われる、『起きたら連絡して』との連絡先が書き残されていた。

 

 それで一応連絡を取ってみたが、榎先輩は連絡が通じず、一先ず留守番電話に『体調は無事』だということと『昨日と一緒で学校のテラスで会いましょう』と残して学校に出向いた。……何気に留守番電話って初めて使った。

 

 そんなわけで学校にやってきたんだが、向かっている最中に見えてきた学校は薄っすらと赤い壁のようなもので囲まれていることに気づいた。

 

 学校の敷地まで接近してみて、赤い壁が目の錯覚でも何でもないことが発覚する。

 

「……結界、か? これ?」

 

 昨日の今日で、また空間を操る鬼が来て学校を襲っているとか言わないよな? と疑問に思いながらも赤い壁へと触れてみようとすると。

 

「!? うおっと!! ……え? 入れるのか、これ」

 

 気軽に触れようとしたら指先はあっさりと赤い壁はスッとすり抜けて、慌てて引っ込める。恐る恐るともう一度手で赤い壁をつつくように確かめてみる。

 

 壁の感触はなく、水のような分かりやすい水面の抵抗感もない。言うならば壁というよりも敷居……目に見える境界線のようなものか? 昨日の先輩の人払いの結界と同じものか?

 

 いや、でもあれは被害を出さないために敵を内側で閉じ込めて、外側の人を遠ざける的なものだった。だけど目の前にこの結界は中への侵入を拒んでいる感じはしない。

 

 だとするなら、昨日の緑鬼のように地獄から鬼を呼び出している系の何かか。

 

 もしかして、またあの青鬼のような鬼達がうじゃうじゃ召喚されて、学校中が阿鼻叫喚の地獄の窯のようになっていたりするのか。

 

 そんな事を想像してゾッとする。昨日の件もあり、やけに鮮明な図が頭に過った。

 

「……とりあえず、先輩にもう一度連絡してみるか」

 

 俺では判断がつかない、と考えてスマホを取り出してもう一度連絡してみようと今朝方かけた履歴からかけ直してみようとすると、学校の敷地内に動く影が視界の隅に映るのに反応した。

 

 ……陸上部の練習か何か?

 

 スマホに耳に当てながらなんとなくそれを見る。

 

(……鬼ごっこ? じゃないよな)

 

 向けた視線の先には数名の人間。逃げるようにして走っている数名の集団とそれを追いかける集団。追いかける集団の方が人数が多い。まるで鬼が増えるタイプのゾンビ鬼のような構図だとそんな感想を覚える。

 

 視界に過った時は陸上部の朝練か何かと思ったが、よく見れば違う。全員制服姿だし、それになんか傍からその集団の緊迫感のようなものが伝わってくる。

 

 そう、あれはまるで……。

 

「た、助けてくれ!!」

 

 

 ―――ゾンビ映画のゾンビに襲われ、それから逃げている図だ。

 

 

「って、おいおい、マジかよ! 嫌な予感当たってしまったじゃねえか!」

 

 スマホの連絡を切り、乗ってきた自転車を慌てて停める。

 

 助けを求める声は俺に向けられたものではない。追われているために誰でもいいから助けを求めたものだ。

 

「こっちだ! こっち!!」

 

 赤い結界に合わせるようにして敷地を敷く学校の柵(逆か、敷地の柵に合わせて結界が貼られているのか)をガシャガシャ、と強く叩いて揺らしながらこちらへと、学校の外へと来るように大声を出して呼びかける。

 

 音に気づき、追われていた生徒達がこちらへと走ってくる。と別の方向に逃げる一団が。

 

「おい! なんでそっちに逃げんだよ! こっちだよ、こっち!!」

 

 叫んで呼び止めるものの俺の言葉を無視して逃げている。

 

 聞こえていないわけじゃない。明らかに一度俺を見てからこちらへと走っていく姿を捉えてから反対の方へと……まるでこちらを囮にでもするかのような行動だった。

 

 なんだ。俺が敵だとでも勘違いしたのか?

 

「おい! 俺はおかしくないぞ! 早くこっちにこい!」

 

 誤解を解くために叫ぶが、彼らはそれでもやってこない。一体全体な―――、

 

「―――あ!! おい!!!」

 

 別方向に逃げた奴らの先には別の追手組が待ち受けていた。驚き、慌てて急転回して戻ろうとするも後ろから迫ってきたものと対面する形になる。挟まれた形となり、

 

 助けて、がっ、嫌だ、誰か! 誰か!!

 

 そう叫んでいる彼らの声が耳に入る。

 

 遠目だが本当にゾンビが生者を捕食しているシーンにしか見えない。

 

 実際はどうなっているのか分からないが、それでも赤い液体……血のようなものが飛沫を上げているように思えた。

 

 何とも言えない感情がせり上がりながらもそれを抑えつけて、今向かってきている連中を助けることに専念する。

 

 向かっている連中は振り返らずに真っ直ぐとやってきて俺に「助けてくれ!」と救いを求めてくる。

 

「柵を超えろ」

「わ、分かった!」

「ちょ、スカート!」

「そんなこと言っている暇じゃないだろ!」

「よし、俺が踏み台になるから乗り越えていけ!」

「ちょっ! 見る気満々なのやめてよ!」

 

 そう言って、柵を超えて逃げようとする男子生徒とスカートを気にする女子生徒……貝塚だ。貝塚と男子との地味に余裕のある会話が飛ぶ。

 

 だが、もうそこまで迫ってきている連中の存在を示すと、早くしろ、もうすぐそこまで来ているぞ、あ~もうわかったわよ! と急かされ、腹をくくり、男を踏み台に柵を超えようとする。俺は貝塚が気にしているスカートの事を考えて距離を取る。

 

 男子を踏み台にして柵を超えようと柵の頭を掴もうと手を伸ばすが、赤い壁がそれを阻んだ。

 

「え? え? え!? ナニコレナニコレ!?」

「おい、どうしたんだ! 早くしろ!」

「分かんない! 壁が、見えない壁みたいなものがあって超えられない!」

 

 結界の効果か!

 

 学校の、結界の外にいた俺が手を伸ばした時は壁の感触も拒絶されることもなかったが、内にいる貝塚達にはこの壁の効果が発揮されている。内に入ることはできても、外に出ることはできない。この手の能力のお決まりのパターンだった。

 

 もしかしてさっきの奴らは学校の外に出れないことを知っていた?

 

 俺の声を聞きながらさっき別の方向に逃げた連中のあの反応から見て、そう考えていいだろう。

 

 貝塚が赤い壁をドンドンと叩いて騒いでいる。その様子を見て冗談ではないと思ったのか、他の男子も柵の隙間から手を伸ばそうとして赤い壁に拒絶され、貝塚の言う通りに出れないことを確認する。

 

 ……こいつらには赤い壁自体は見えないのか?

 

 見えない壁と口にしているのに赤い壁自体は認識ができていない様子。だが、そんなこと今はどうでもいい!

 

 どうするどうする? どうするべきだ?

 

「おい、雨崎!」

 

 どうやって彼らを外へと出そうか、と考えている間に男子生徒の方から俺へと声を掛けられる。同じクラスの廻志岐だ。廻志岐は切羽詰まった表情でありながらも真剣な眼差しで訴えてくる。

 

「先生でも警察でも何でもいい、なんか学校中の奴らがゾンビパニックみたくなっている! 正気の失った奴らが襲ってくるんだ、引っ搔いたり、噛みついたり、だから―――」

「おい、来るぞ!」

 

 男子生徒の一人が直前まで迫った奴らの存在を教える。見れば真っ赤に充血した虚ろな瞳と、大小あれど体のどこかに傷つけられたことで血を吹き出した、まさに『ゾンビ』と表していい人間達がいた。

 

 ゾンビ達は生徒教師関係なくそこにいった。

 

「頼んだぞ!」

 

 俺に最後の願いを託すようにして仲間達と共にこの場から逃げ出そうとする。

 

「早く降りろ!」「ま、待って!」と踏み台にしていた男子から催促され、慌てた貝塚はバランスを崩して地面へと転び落ちた。

 

「早く立て、逃げるぞ!」声を掛けつつ一目散に逃げる男子。貝塚も起き上がろうとするもまるで産まれたての小鹿のように足を小刻みに震えて何度も転ぶのだ。恐怖で足がくすんでしまっている。

 

 涙目に怯えた表情を浮かべる彼女と目が合う。

 

「ね、君! たすけ―――」

「おい、バカ!」

 

 貝塚を助けようとして戻ってきた、廻志岐が手を伸ばして彼女を起き上がらせようとする。

 

 ―――捕まった。

 

 貝塚を助けようとして廻志岐は迫っていたゾンビ連中に捕まって二人は泣き叫ぶ。

 いや、二人だけではない。先に逃げた連中も別の方向から来たゾンビ達に捕まり、命乞いの声を上げている。

 

 ―――助けて! ―――やめて、許して! ―――ママ、ママ!! ―――ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! ―――離せゴラ、っておい、やめろ殺すぞ! ああああああ~~~!!!

 

 目の前の光景が阿鼻叫喚の地獄へと変わる。抗い、逃げようとする彼らだが、数の多さには無駄な抵抗でしかない。

 

 ゾンビは爪で皮を剝ぐように、牙で肉をむさぼるように、拳で壊すように、踏んで砕くようにして彼らに襲い掛かっていく。

 

 ―――や、

 

「やめろおおおおおおお!!!」

 

 見るに堪えない光景に俺は雄叫びを上げながら、御札を取り出して天鬼・天之命を顕現させる。

 

 空色の刀身は風が渦巻く緑色の鋼へと変わり、《風之太刀》の効果を使い、柵を超え彼らを助けるために襲い掛かるゾンビをぶっ飛ばそうと、刀を―――

 

 

 ―――それらはヒトだぞ。

 

 

「っ!?」

 

 刀から伝わる天鬼の言葉に、振り上げた天之命を慌てて止める。そのまま急転回して奴らから一旦距離を取る。

 

「人? 人って? 人なのか、ゾンビじゃなくて生きているのか!?」

 

 天鬼からそうだ、と短く返答がくる。

 

 刀からどっと重さが来るのを感じる。

 

 ゾンビではなく、生きた人である事実が俺の精神に圧し掛かる。

 

 鬼なら昨日と同じように斬りかかりに行けた。倒せばいいだけの話だったからだ。

 

 彼らが本当にゾンビならば今の勢い任せのように斬りかかれた。後で罪悪感や抵抗を覚えるかもしれないが、目の前の人が助けられるから。

 

 だけど、生きた人ならば斬れない。

 

 俺は殺人鬼ではないのだから。

 

 人としての境界線の思考が走り、一時的に止まってしまう。

 

 俺の脳がフリーズしていても世界は動き続ける。襲われた彼らは相変わらず、傷つき、絶叫が響き渡る。それによって現実に引き戻されるがもう時既に遅し。

 

 捕まった彼らは充血した虚ろな瞳をしたゾンビになってしまっていた。

 

 ゾンビ達が全員俺へと視線を集める。

 

 次はお前の番だ、と言わんばかりに。

 

「……クッソ!!」

 

 風之太刀のチカラを使い、疾風が吹き荒れるかのように疾駆してこの場から離脱する。

 

「ゾンビじゃないってことは皆何かに操られているってことだよな!」

 

 彼らがゾンビではなく、普通に生きている人というならば操られていることになる。

 

 死んでいないなら上等だ、これを起こした鬼を見つけ出してぶっ倒して、元通りにしてやる!

 

 そう、心の中で誓いを立てた時だった。

 

 バリィーン!!

 

 校舎内から窓が割れ、何か大きな影が飛び出てくるのを視界に入る。

 

 きらめくガラスの破片と真っ赤な血の塊のような球、そしてそれをまともに喰らって飛んでいる、身に覚えのある一人の男子生徒の姿が目に映る。

 

「夜名津!」

 

 

 × × ×

 

 

 夢を見た。悪夢()を観た。()を視た。

 

 いつも見る夢だ。

 

 夢から覚める。悪夢()から醒める。()から冷める。

 

 いつも通りに、現実へと還る。

 

 そして、覚醒した夜名津我一は『おはよう』と零すようにつぶやくのだ。

 

「……ぶち殺してやる」

 

 目を覚ますと見知らぬ床と、見知らぬ血が傍にあった。

 

 普段の寝起きよりもボーっとする頭ながら、眠る前に何かがあったのか思い出そうとして、記憶が蘇って、床にほんのりと温かみのある鉄の匂いを嗅ぐわせるモノの正体が自身の血であることだと自覚する。

 

 上半身と腕に力を込めて、ゆっくりと起き上がろうとするも途中で頭が真っ白くなってしまう感覚に襲われ、力が抜けてしまい、無残にも再び地面へと倒れ伏せてしまった。

 

(あ~、クッソ。……血が足んない。体中が痛い。頭がぼやける。……もう、このまま死ぬかな)

 

 受けたダメージの大きさと出血量によって自身の肉体がすこぶるバッドコンディションであること自覚して、それによって野垂れ()ぬ選択肢が彼の中で浮上……いや、最有力候補として上げた。

 

 心残りなのは、こんな風にじわじわと弱まっていく死に方が嫌だった。どうせなら寝ている間に死んでしまっていた方がまだよかったとすら思う。

 

 この際贅沢言わず、人は死に際を選べるものではない、との言葉を思い出して、黙ってこれを受け入れよう、と夜名津我一は死を受け入れることにした。

 

 この男の目的は死ぬこと。一番いいのが、安らかに苦しまずに死ねることである。

 

 普通の人間の精神では考えられない、壊れてしまった変人は鬼獄呪魔において自身の掲げた目的を達成しようとしていた。

 

『いひひ、いい恰好だナ、がのいち』

 

 目的の達成まで、血の欠乏に生じる激しい頭痛に耐え、じっくりじわじわと遠のく意識、真っ黒な闇が迫る恐怖の苦しんでいる最中にそれは現れた。

 

 会議室の外庭側の窓を割って現れたその声の主。小さな肉体は、腹にだらしないたるみと同時に手足はやせ細った不健全さを表す肉体を薄汚いボロキレを身に纏った小鬼。

 

 夜名津我一の仕鬼祇、我鬼だった。

 

 我鬼は自身の主が瀕死の状態でありながらも心配はせずに、逆にうれしそうな喜ばしい邪悪な笑みを浮かべて接近してくる。

 

 そして、そのまま主人の頭を踏みつけた。

 

『いい恰好だな、おい! いひひ、がのいち』

「…………」

 

 もう一度同じセリフを繰り返す。夜名津我一は何も言わない。

 

 ぺしぺし、と何度も踏みつける我鬼。ボロボロで反撃もできないことに良いことに調子に乗り、よだれを垂らしながらいたぶりたくて仕方ない、うずうずとした楽し気な調子でいる。

 

 それを見た、夜名津我一は思っていた。

 

(さっきのおっさんと同レベルだな。いや、さっきのおっさんがこいつと同レベルなのか)

 

 古郡吉成の行動のレベルが我鬼と同程度のものだと。

 

 良い大人が、子供がする悪意のあるいたずらレベルと同じことをやっているのを傍から見ては何となく人となりとして冷めた反応をし、引いてしまうことは稀にあることだ。

 

 ……なぜこの男は、死にかけの状態でそんな冷静な憐憫の判断を下せるのだろうか? まだ余裕を残しているのか、それとも無駄を省いた、残って働く思考が故にそれにしか割けないのか。

 

「あ~~~、さしてエ、さしてエ、とどめをさしてエ、なあ、がのいち。お前の息の根ヲ!」

 

 見下し、絶対強者が弱者の生殺与奪の権利を握っていることを開かしては、相手が怯える姿を楽しもうという嗜虐心が我鬼に駆り立てている。

 

 だが、黙って見つめるしかない夜名津我一の姿。その無反応さにかすかに苛立ちを覚えるが、それは心なしの抵抗か何かだと思い、ならばもっと恐怖を煽ってやると言わんばかりに言動を大きくする。

 

 思いっきり頭を蹴り飛ばした。

 

 小さな呻きを零れ、その反応に満足いったのか、これこれ、と舌なめずりをする。

 

『いひひ、勘違いすんなヨ、がのいち。オレはべつにお前がニクいとか、キライだとかのバカみたいな理由でコロすんじゃない。オレ、ただヨワいやつや。オレより強いと思ってイキッていたニンゲンをコロすのが好きなだけだ! ひひひひひ!!!』

 

 声を大にして告げてくる。

 

 夜名津我一という個人だからではなく人間という種が、

 自身よりも劣っている弱者という存在が、

 その逆の優れている強者が転落という事実が、

 

 我鬼にとっては壊して、殺し、嘲笑い、晒すだけの値にする理由になるのだ。

 

 彼は鬼である。

 

 それも人間の尊厳を踏みにじる類の悪鬼。

 

「だけど、だ~け~ど!! オレはお前を殺さない!」

 

 我慢する。堪える。限界水位まで耐えるのだ。

 

 今か、今か、と待ち兼ねている目の前にある御馳走に待っている我慢が切れそうな犬の如く我鬼は耐えるのだ。

 

 本来なら鬼として性質上、また我鬼自身の性格上、弱まっている人間を前にいたぶりもせず何もしないなぞ、拷問に近しい行為であり、ありえないことである。

 

 だが、よだれを垂らして、飛び出るほどに目をギラギラさせて、狂いそうになる肉体を抱きしめて耐える。それは。

 

『今、お前を殺せばオレは鬼の王になれない! だから殺さない』

 

 自身の目的のために果たすために夜名津我一を殺さない。

 

 鬼獄呪魔のルール、契約者が死ねば失格。仕鬼祇は強制的に地獄へと戻される。

 

 これがもし、夜名津我一以外の弱まっている人間だったら、彼は何の迷いもなく、性質上、性格上、本能がままに襲い、殺していただろう。

 

『オレにチューセイをチカえ! がのいち!』

 

 踏みつけたまま傲慢不遜の態度で、下手するとこのまま足にキスをしろ、と言い出しかねない勢いだった。

 

『いひひひ!! さあ、懇願しろ! 命乞いをしろ! 『不肖、よなつがのいちは我鬼様のチカラをかしていただきたく、さすればわたくしはあなたさまの言うことなすこと全てを忠実に果たす犬となります。わんわん』とそう言え! そうすれば、オレのチカラ《逆――』

 

「い、……や……べ、別に! ……はぁ…はぁ…しん、でも…………けど」

 

『……あ!?』

 

 弱々しく息切れながら、時に強く発言しながらも、クラクラとする頭を振り絞って、強い眼光を以って拒絶の意を表す。

 

 お前に忠誠を誓うなんてまっぴらごめんだ、と吐き捨てる意味ではなく。

 

 もう死ぬんだから傍らでごちゃごちゃ言うな、殺すぞ、との殺意だった。

 

 睨み合う、一人と一匹。

 

 室内の空気の温度がどっと下がるような感覚に襲われる。

 

『あ~~~、そうだったわ。お前そういうやつだったわ』

 

 先に切り出したのは我鬼の方だった。侮蔑と諦めの含まれた見切りをつけたような視線。

 

 彼は鬼だ。人間をいたぶり、殺すのが好きな悪逆非道の悪鬼。

 

 命を持った存在に興味はあっても、死にゆく壊れた人形には興味はない。

 

 先ほどとは違う沈黙が……何とも言えない冷めた空気が室内を絞め、―――それを打ち破るかのようにバーン! と破裂したかのようにドアが蹴破れた。

 

「こんなところに隠れてやがったのか」

 

 悪態を吐くように、嘲笑うように登場した夜名津我一をこの状態まで追い詰めたチンピラの存在、古郡吉成だった。

 

「灯台下暗しってヤツか。チッ、アイツら本当、使えねえーな、こんな安い手に引っ掛かりやがって」

 

 夜名津我一が隣に隠れていた事実に操った生徒に対して文句を吐く、相変わらず自身の能力性質に気づいていないうっかりドジっ子属性。

 

 そしてなぜこの場所が今頃になってバレたのか。

 

 答えは単純。古郡吉成もずっと隣の校長室でふんぞり返って眠りこけていては先ほどの我鬼の大声に目を覚ましてやってきたのだ。

 

『ひっ!』

 

 古郡吉成の登場に、その派手なチンピラ風情の見た目に怯んだ我鬼は夜名津我一を置いて一目散に逃げようと、自身が侵入してきたガラスの割れた窓へと走る我鬼。

 

 その様子を見て反応し、先回りしては我鬼の進行方向に立ち塞ぐ。

 

「あい、お疲れさん!」

『んぎゃ!?』

 

 空手で鍛え上げられた強烈な蹴りが我鬼の顔面に直撃する。二転三転と地面に転がり悲鳴を上げながら痛みによって転げまわる。

 

『ぎゃああああ! 痛い痛い痛い痛い!! 』

 

「なんだなんだ、クソガキ、こんな弱ちぃのがお前の相棒かよ、アハハハ!! マジかよ、同情するぜ! 外れを引いたな!!」

 

 我鬼の痛がる様子に拍子抜けたしたかのような面を晒し、すぐさま爆笑する。我鬼のあまりの弱さに対してギャグレベルの代物だと。

 

『やめて、やめて、やめて!』

「あははは、マジで鬼かよ、コイツ! 俺の鬼と比べて弱すぎろ! ほら、ほら、ほら!」

『あ~~~~!!』

「はははははは!!!」

 

 痛がり、泣きじゃくっている姿を見て、下卑た嗤いのまま何度も何度も踏みつけて、痛がる反応を見ては愉快そうにし、時に煽り、時にフェイントを仕掛けていたぶるのだ。

 

 その光景を傍から見ていた夜名津我一は。

 

(……同レベルだ)

 

 因果応報といえばいいのか、と夜名津我一は目の前の光景が数秒前まで自分に起きていた状態がそっくりそのまま我鬼に返ってきていることに驚く。

 

『助けて、助けて! がのいち!!』

 

 我鬼は助けを懇願してきた。

 

『さっきは悪かったよ! オレが悪かった! だから助けてくれよぉ~、がのいち!!』

「…………」

 

 あまりにも惨めで身勝手な妄言、自身が先程まで夜名津我一に一体何をしていたのか。表情にこそ出さないが内心では呆れ果てた思いでいっぱいだろう。

 

 だけど我鬼にとっては必死の懇願だ。

 

 自身には命の危機にこの鬼は本心で踏みにじっていた夜名津へと助けを求めているのだ。

 

 そして最悪なことにこの鬼は終わってしまえば、何事もなかったように振る舞う。いやそれどころか、逆に『何でもっと早く助けなかったのか』と責め立てる。

 

 その未来が夜名津我一には見えている。普通に考えて助けるに値しない。

 

 だが。

『ひぃい。助けて、がのいち! たすけ、ぎぃいいい!!』

「あははは、ほらほら、どうした? 助けてやれよ、がのいちくんよぉ! でないと、お前の相棒マジで死んじまう、ぞ!」

 

 助けを連呼する我鬼を何度も何度も踏みつぶして蹴りを入れ、愉快そうに嗤う古郡吉成は夜名津我一へも煽ってくる。

 

「……め、…………い」

「あ、いいこと思いついた」

 

 止めようと口を開くけど夜名津の言葉は想像以上に声が出なかった。掠れた搾りカスのような声は古郡吉成にも我鬼にも届かなかった。もう一度発しようとするが、その前に古郡吉成の方が何やらロクでもないことを思い付く。

 

 踏みつけるのを一旦やめて、下卑たニヤケ面のまま腰を下ろしてボロ雑巾の我鬼へと目を合わせる。

 

「おい、助けてやろうか?」

『! はい、助けてください!』

 

 助かる道を提示され藁にでも縋るように下手の態度になる。靴を嘗めろ、と言われたら即実行しかねない勢いだった。

 

 その様子を見て古郡吉成は、馬鹿め、と心の中で嗤う。

 

 彼は我鬼を元より助ける気はない。この提案はお遊びでしかない。

 

 そしてその条件を提示する。

 

「じゃあ、お前の手でこのクソを殺せ」

 

 指差した方向にいたのは勿論、死に体の夜名津我一だ。彼は我鬼に対して自身の主人を殺せというのだ。我鬼はその条件に固まった。

 

「おいおい、何でもするって言っただろ? 別に難しいことじゃない。どんなクソみたいなやつでも人間を殺すと俺でも心が痛む。けど、こいつはこのきごくなんとかってヤツの参加者、つまりは敵だ。敵が生きていたらオチオチ心配して眠れない。だからお前の手で殺してくれ」

 

 な、と煽る。

 

 何でもする、とは我鬼は言っていなかったがそこは無視するとしよう。このドジっ子は人の言った言葉を一々正確に記憶することが苦手なのだろう。

 

 対して我鬼は見上げて固まった表情をやがて、いひひといつも気色の悪い笑みを浮かべる。覚悟は決まったと一目見て分かる表情に古郡吉成は同じくいい笑顔で返―――、

 

 ペッ、と古郡吉成の頬に生暖かい汚い唾が飛んできた。

 

 飛ばした犯人は隠しようもない我鬼本人だった。我鬼は古郡吉成に対して心底残念そうな、バカを見るような下卑た嗤いを零しながら告げてくる。

 

『いひひ。ソイツ、殺したらオレが消えんだろうガ。もう少し、頭使エ、バーカ』

 

 我鬼は自身が良ければ後はどうでもいい存在だ。

 

 夜名津我一が死のうとどうでもいい。殺すことにだって抵抗がない。けれど仕鬼祇契約がある以上、夜名津我一を殺すことはない。それは自身が消失することに繋がってくるからだ。

 

 だからこそ、古郡吉成から出された提案は口に出た時点でナンセンス。頭に脳みそを母親の子宮に置き忘れてきた哀れなゴミとしか思えなかった。

 

 絶体絶命のピンチの立ち位置でいながらもこの相手を見下した思考でいるのは些か異常であるが、そうではない。我鬼という鬼の性質がそういう存在だから。

 

 自分が弱っている時に助けを乞う癖に、助け方や示し出された条件が自分にとって不都合ならば何の迷いもなく相手側が悪いと責め立て、最後に嘲笑う。天邪鬼の性質。

 

 古郡吉成の表情は死んでいた。今起こった状況に頭が働いていない。頬に伝わる生暖かい汚らしいものと耳に入る自身へと向けられた侮辱する言葉。

 

 やがて理解して、目の前のゴミに対して湧き上がる怒りの感情のままに、

 

「死―――!」

 

 蹴り出そうとした脚は掴まれて止められた。何だと思って振り返ってみると、いつの間にか接近していた夜名津我一は膝づいた状態で古郡吉成の蹴り出そうとしていた足を捕まえて止めていたのだ。

 

 息絶え絶えの状態で夜名津我一は口を開く。

 

「もうやめませんか、ソイツイジメるの」

 

 ……少しだけズレた的外れな台詞。確かに虐めているが、それ以上に今古郡吉成が激怒しているのは我鬼の横柄な態度があったからこそのこの怒りだった。

 

 実はこの男、今の唾のことも、啖呵を切った事も理解していない。

 

 意識朦朧としながら、ただ我鬼から助けを求められたから『面倒くさいけど、助けなきゃな』くらいの気分で気力を振り絞って我鬼を蹴り出そうとした足を止めたのだ。

 

 故に夜名津我一は今の一件を認識してなかったのだ。身体を動かして止めることばかり集中していて、他のことを何も考えてなかったのだ。

 

「正直、ソイツが死のうとどうなろうとどうでもいいんですよ……」

「は?」

 

 放たれた言葉は理解しがたい台詞だった。だったら、助けずに大人しく転がって死んでろ、と即座に言い返そうとしたが、古郡吉成は夜名津我一と目が合わせた瞬間、ゾッと背筋に怖気が走って口に出かけた言葉が消える。

 

 どんよりとした深淵を感じさせる真っ黒な瞳。

 

 死の底に、地獄の奥に潜んでいるような深い闇だと思わせるそれ。殺意や敵意の類じゃない。表すならば……そう、虚無だ。

 

 全てのモノを無へと還してしまいそうなそれに形容しがたい恐怖を覚えたのだ。

 

 でも、と夜名津我一は続ける。

 

「誰かが傷ついているのを黙ってみていると、何もできない自分に罪悪感を覚える」

 

 ―――だからいつも見て見ぬふりをしてやり過ごす。

 

 そうハッキリと告げてくる。

 

 夜名津我一は自己中心的であり、マイペースで、自分ルールで生きている男。自分さえよければあとはどうでもいい、世界が滅ぼうと、誰が死のうとどうでもいい、個人主義者である。

 

 我鬼が死のう、と。

 古郡吉成が雨崎千寿に倒されよう、と。

 自身が死ぬことになろう、と。

 

 心底どうでもいい。

 

「無視して過ごそうとするけど、僕の存在に気づいて、目を見て、名前を呼んで『助けて』と声を出されば助けずにいられない」

 

 夜名津我一は悲しそうな何かを悔やんでいるように目をして心底辛そうにして告げてくる。

 

 全ての事はどうでもいい彼だが、そんな彼にもこの場面で自身に課した、絶対に犯してはいけないルールが残念なことに適応させられ、故に我鬼を守るべくこうやって動くこととなったのだ。

 

 それは自分を護ることだ。

 

 ここで挙げる『護る』は肉体的意味合いではなく、精神的な代物。

 

 自身の心を護るのみ力を発揮する。

 

 故に、

 

「だって名前を呼ばれて助けを求められたら、どんなに自分が役立たずでも……『やらなければいけない』という意思が芽生えてくる。使命感が起き上がってくる。それが命令だろうと、本気の懇願だろうと、相手が嫌いなヤツでも、どうでもいいヤツでも。……『助けなきゃ』っていう当たり前の良心が働くんだ」

 

 ここで泣きじゃくるほどに激しく『助けを求めた存在』を見捨てたという事実に耐えられない。それに生じる罪悪感に苛まれることだけは絶対にしたくない。

 

 ルールを破り、自分自身の首を絞めることだけは許されない。

 

 死んでも許されないことだ。

 

 悲しいほどに、哀れなほどに、彼はどこまでも、他人の事がどうでもよく、自分さえよければいい人間だった。

 

「だから、もうやめてください。コイツを傷つけるのを。……僕を殺したいならさっさと殺していいですから」

 

 だから我鬼を助けるのだ。

 

 自分の心を罪悪感から護るために。

 

 自分の事をしか考えていない、その点において夜名津我一と我鬼は互いに別の意味を胸に置きながらも同一として重要としている。

 

 彼らがこの鬼獄呪魔において、パートナーで成り得て、この鬼獄呪魔で最も通じ合っているパートナーシップを築き上げているのだ。

 

 夜名津我一の主張を黙って聞き、捕まれていた足の力を抜いて地面へと置かせて蹴る体制を解く古郡吉成は、何とも言えないような表情となって頬や後ろ髪を掻く。

 

 まるで気が削がれたというように、この場を去るようにして足を出入口の方へと向けて―――我鬼を通過したところで振り返って我鬼を夜名津我一のいる方向へと蹴とばした。

 

「んじゃあ、死ねよ。カッコいい正義の味方君よ」

 

 まともな感性のチンピラはその理解しがたい理屈で生きる変人共の心情を知らず、嘲笑うようにして古郡吉成の片手に集結真っ赤な血の塊の玉を生み出す。

 

「〝放血玉〟」

 

 放たれた血の玉は夜名津我一と我鬼共々直撃して、屋外へと飛び出たのだ。

 

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