鬼獄呪魔と仕鬼祇使い(ばか)ども   作:三概井那多

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VS血鬼 其の参

 飛び出てきた夜名津の姿を捉えた俺は慌てて体の方向を転回してアイツがいる方へと疾走する。

 

 地面に転がり横に伏せる存在まで駆け寄って慌てて抱き起してみる。小さく呻く声、とうっすらと開かれる瞼は白目ながらも意識を保とうしている様子だ。

 

「おい! 夜名津、大丈夫か! おい!!」

『ってえぇ~~、な、おい!』

 

 返ってきたのは夜名津の声ではなかった。声がした方に目を向けると夜名津の近くに転がっているこちらもボロボロの状態の小鬼、我鬼だった。我鬼は身体の痛む箇所を堪えるようにして起き上がりこちらを睨んでくる。

 

「おい、お前! 何があった! 夜名津は誰にやられたんだ!?」

『ソイツ、ほんと使えねえナ。オレを助けにくるのが遅いんだヨ』

 

 返ってきたのは酷くイラついた悪態だった。どうやら我鬼がやられているところを夜名津が助けに入り、それでやられたようだ。

 

「何が在ったか知らんがそんな文句を言うなよ、夜名津だってこんな状態なんだぞ!」

 

 我鬼の悪態に窘めるが、馬の耳に念仏と言った調子で、ハッと鼻で笑って俺の言葉を無視する。

 

 態度こそムカついたが、我鬼の身体も夜名津に負けず劣らずの酷い有様だ。

 

 夜名津といい、二人をここまでの状態まで追い詰めるとは余程激しいバトルを繰り広げたのだと分かる。

 

「おい、誰がこんなことをしたんだ!? 学校を、皆をゾンビみたくしたのもソイツの仕業なんだろ? 教えろそいつは今どこに―――」

 

 敵は一体何者でどこにいるんだ、と問い詰めていると背後から声が来る。

 

「なんだよなんだよ、千寿じゃねえか、久しぶりだな!」

「!? 吉成君!」

 

 振り返った先にいたのは血のような赤い角が生えた強面、髪は金髪に染められていて後ろの方を刈り上げた髪型。服装も派手な柄をした上着とお揃いの半ズボンの恰好の男性。去年卒業して地方の大学に行ったはずの知人、吉成君だった。

 

 予想外の相手と対面したことに困惑する俺に、横で我鬼が呟く。

 

『おい、ニンゲン、アイツの事知ってんのカ?』

「知ってるも何も、小中高の先輩だよ」

 

 吉成君は住んでいる地区が同じこともあって、小中から高校まで一緒だった。二学年上で空手の推薦を貰い今年の春に地方の大学に進んだはずなんだが、なぜ高校にいるんだ?

 

 それにあの頭、金髪に染め……いやこっちはどうでもいい。気が動転し過ぎて現実から目を逸らそうとしてしまった。違う、頭は頭でも額だ、額に生えたあの鬼のような赤い角だ。なぜ先輩が鬼の角を生やしているんだ?

 

 まさか鬼に取り憑かれているのか!?

 

 あり得ない話じゃない。鬼が先輩を母体として取り憑いて、他の生徒をゾンビのようにして操っているなんてことその可能性は高い。

 

『関係ねえ、アイツはオレをイジメた! なぁ、仇を取ってボコボコにしてくれヨ、その刀でアイツの肢体をバラバラにし―――てえ!?』

 

 横で馴れ馴れしく恥も外見もないみっともない事をねだってくる我鬼は吉成先輩が指先から放った真っ赤な血の銃弾に受ける。吉成先輩は心底不愉快そうな顔を我鬼に向けて言い放つ。

 

「黙れ、雑魚」

『ひぃいいい!!』

 

 我鬼は夜名津を盾にするようにして身を隠して、小声で俺に『アイツをやっつけろ~』と言ってくる。それを聞いて何とも言いようのない顔になる。コイツ……。

 

 我鬼の事は無視して、吉成先輩と顔を見合わせる。吉成先輩は屈託ない調子でありながら冷静に確認するように言ってくる。

 

「おい、千寿一応聞くぞ、お前そいつらの仲間か?」

「……ええ、まあ」

 

 どう答えるか迷ったものの素直に頷いておくことにする。この状況で今の夜名津を見捨てることはできない。吉成先輩はふ~んと目を細めて、夜名津と俺を見て、最後に俺の手に持つ天之命へと視線を向けて訊ねてくる。

 

「っつ~ことは何か? その刀、お前の武器……鬼か何かか?」

「ええ。……もしかして吉成君が仕鬼祇使い!?」

「見りゃあ分かんだろう、この角がアクセサリーか何か見えんのか? ああん?」

 

 自慢気に自身の額の角を見せびらかしてくる。なんてこった、操られているわけじゃなく鬼そのものを使役しているのか? 体内に宿らせるタイプってヤツか?

 

 これまでの仕鬼祇使いは、夜名津はそのまま鬼を出せるタイプ、俺の鬼は刀といった武器になるタイプ、そして吉成君が体内に宿らせるタイプ。この三種のタイプに分かれていることになるのか?

 

「この結界も、学校の皆がゾンビみたくなっているのも吉成君が?」

「あん? 決まってんだろ、クソ共を支配してやってんだよ」

「なんでそんなことを!?」

「うっせええな。別にいいだろうが、そんなどうでもいいこと」

 

 鬱陶しそうな調子で俺の質問を遮る。キレた時の圧に押されそうになるが、そこはグッと堪えて言い返す。

 

「どうでもいいって、吉成君、アンタ何をしたかわかっているのか!?」

 

 この状況を、学校全体を巻き込んだ騒動を起こしておいて『そんなことをどうでもいい』だと切り捨てていいはずがない!

 

 俺は吉成君へと強い視線を向けてそう訴える。

 

 確かに吉成君は粗暴が目立つ、暴力的な一面が強い人だったけど、それでも筋だけはちゃんと通して。超えてはいけない一線だけはちゃんと見切りをつけて踏み越えない人だった。そのはずなのに、なぜこんなことをする?

 

 吉成君はそんな人ではない、という懇願、学校の皆を苦しめた、という事実に怒りが混じった感情に何とも言えない表情になりながらも訴えかける。

 

 すると吉成君は俺の話を無視してこう提案してきた。

 

「おい、千寿、お前、俺の仲間になれ」

「え?」

 

 放たれた一言はまさかの提案、俺に仲間となれ、と言ってきたのだ。言われた直後は全く意味が分からず混乱する。俺の困惑顔を見て取れたのか、吉成君は楽しそうに言ってくる。

 

「見りゃあ、お前強そうな刀持っているし、それに昔からお前の事は気に入っていたんだ、いいヤツだったからな。可愛い弟みたいなもんだと。二人でこのゲーム乗り切ろうぜ」

 

 ここを落したのは拠点するためだ、とこの鬼獄呪魔のために仕方なくこの学校を支配したのだと言ってくる。

 

「なら、学校の皆を元通りにしてくれ、俺が仲間になれば他の人間はどうでもいいだろ? 戦力としては十分だ。拠点ももっと他の場所に変えよう」

 

 言い返したことはあったが、でも躱される可能性があったから、一先ずはこの状況を何とかしようと考え、刺激しないようと思って頷く。俺が吉成君の仲間になることで学校の事態に収束が付くのならお安い御用だ。

 

 少し考えるように間をおいてから吉成君は返してくる。

 

「分かった。なら折衷案だ、ここは拠点として使うが、人間は元に戻してやるよ」

 

 一先ず人間自体は元に戻してはくれるようだが、拠点として機能はこのままだということ。少し考える、否定するのは簡単だ。『拠点も変えるべきだ』とその一言を放つだけならば、だが吉成君の性格を考えてそれ言い放ったら『だったら話はなしだ』と打ち切られる可能性だってある。

 

 考えた結果、仕方なく俺はその条件で呑むことにした。

 

「なら、早く皆を元通りにしてくれ」

「まあ待て。まず俺の仲間になった証を見せてくれ」

 

 皆を解放するのを急かす俺に吉成君は慌てるな、と諫めては、仲間になったという証を要求してくる。一体どんな要求してくる気だ、と警戒する。

 

「まずはソイツを殺せ」

 

 それは夜名津を殺せとの指示だった。

 

「なっ、……そんなの無理だ! 夜名津も見逃してくれ」

「駄目だ、いくらお前の頼みでも聞けねえな。いいか、ソイツは敵だぞ、このゲームにおける敵。仲間なら俺の敵を殺してくれるよな、千寿」

 

 吐き捨てるようにして断っては、ねっとりとした粘着質のある声色で俺へ投げてかけてくる。吉成君と組むならば鬼獄呪魔において夜名津は敵になる。当然のことだ。

 

「待ってくれ! コイツは……友達なんだ!」

 

 友達を殺すなんてことは俺にはできない。いや、例え、相手が夜名津じゃなくても学校の皆やそれ以外の人だって俺に殺すなんて大それたことはできない。

 

「こいつだけじゃない! 敵とか関係なく、他の皆も、……俺にとっては大切な人達なんだ! 鬼なら倒す! でも人間を殺すとか言わないでくれ!」

 

 強い瞳を以って、絶対に夜名津や他の皆を殺させないという意思を込めて吉成君に伝える。いや、それは俺だけではない吉成君自身にも人を殺すなんて度が超えたことはしてほしくないし、代わりにやってくれなんて言葉を言って欲しくなんかなかった。

 

 しばしの間俺達は見つめ合い、意志の強さを推し量ろうとする。

 

 やがて、吉成君ははぁ~、と脱力するため息を吐き出しながら頭を掻きむしって、しょうがねえな、と一声を漏らす。

 

「まあ、お前は昔からいいヤツだったからな。誰も傷つけたくねえってことな」

 

 仕方がないと渋々といった調子で俺の誠意が伝わり、折れる時の反応をみせる吉成君の様子を見て、「吉成君……!」と弾んだ声を漏らす。

 

 吉成君もフッと鼻で笑うようして笑顔で返してくる。

 

「敵だから死んどけ、クソ真面目君」

 

 パチン! と指鳴らした。

 

 瞬間、背後から何かが来るのを感じて咄嗟にその場から飛んで回避して身を護る。見れば男子生徒一人が背後から俺をタックルして抑えることを狙っていたのかように飛び出して地面に転がっていた。

 

 いや、男子生徒だけじゃない。男子生徒を始めとしてぞろぞろと人間が溢れてくる。周囲には何人もの生徒……教師や用務員おじさんと学園にいる人間の多くが俺達を中心に囲むようにして集結してきたのだ。

 

 ……現状、うちの学校は全校生徒が五百弱だったはず。パッと見と時間帯から考えて三百人から四百人ほどか? そしてその全てがゾンビとなって吉成君の操り人形なのだ。

 

 集まったゾンビ達に待ったをかけて、そして俺へともう一度だけ訊ねてくる。

 

「最後通告ってヤツだ。千寿、ソイツ殺せば相棒として迎え入れてやる」

 

 その言葉に対して俺は………―――ゆっくりと静かに天之命を吉成君へと向けた。

 

「それが返事か」

 

 冷たい目で呟いた瞬間、やれ! の一言と共に指を振ってゾンビども俺達へと襲い掛からせる。

 

 前後左右、四方八方、と襲い掛かってくるゾンビの群れは、まるで海にぽつりと浮かんだ足場程度の小島に全方位からくる怒涛の荒波の如く。

 

 その押し寄せる圧の勢いに身体がギョッとして怯むが、すぐさま気持ちを宥める。吉成君に向けていた刀の刃の方を上へ、背を下への逆刃の形を取る。

 

 相手を傷つけずに無力化する方法、……みねうちを狙うしかない。

 

 まずは風で襲ってくるゾンビ達を殺さない程度に……できれば怪我させない程度にフッ飛ばして無力化させる。その後に吉成君と一騎打ちの状態に持ち込んで、何とか無力化させてこの結界や皆を元に戻す。

 

 シンプルな流れの図を描いて、俺は向かってくる彼らに風の太刀をお見舞いさせるべく、振り、 ―――風の太刀《旋風じ―――、

 

『おい、大変だニンゲン! オレが消えかかっているゾ!!』

「は!?」

 

 放とうとしていた一撃を泣き叫ぶような鬼気とした我鬼の言葉によって止められた。

 

 クッソ、こんなクソ忙しい時に、と思って視線だけ向けてみると確かに我鬼の姿が闇に溶けていくかのように肉体が少しずつ崩れている状態。昨日見た鬼達と同じような状態になっていた。

 

 何事だ、と驚くのも束の間、我鬼は泣き叫ぶようにして言ってくる。

 

『オレがこの状態で消えかかっているってことはがのいちが死にかけているってことだゾ! 早く助けロ!!』

「バカ、それを早く言え!」

 

 俺は慌てて、振ろうとして刀を止めて踵を返すようにして夜名津と我鬼の方へと駆ける。急いでぐったりとした普段から生きているのか死んでいるのか分からない友人を担ぎ上げ、お米様抱っこの状態にする。

 

 担ぐ際に我鬼も俺の頭へと飛び乗ってくる。

 

「しっかりつかまれよ」

『うっせえ、もうそこに来てんだヨ、早く逃げロ、バーカ』

 

 ……コイツ、置き去りにしてやろうか!

 

 身勝手な言動にわりと本気でキレかけたが、夜名津の相棒ってこともあり、その殺意は堪える。迫ったゾンビ達、手が触れられるかどうかのギリギリのタイミングで俺は飛んだ。

 

 高く高く、高く! 昨日公園で飛んでみせたよりもより高く飛翔してみせる。

 

 風の太刀の効果によって、通常ではあり得ない跳躍をみせては昨日俺達三人が集まって話した図書館横のテラスへと到達する。

 

 夜名津をゆっくりと降ろす。『消エル! 消エル! ふっざけんナ! おい、目を覚ませ、がのいち!!』と叫ぶ我鬼を黙れ、とだけ告げて、天之命をくすんだ水色の刀身《雨の太刀》へと切り替える。

 

《〝癒す雨〟》

 

 恵みの雨のように降り注ぐ水が夜名津の傷を癒していく。やがて、完全に傷が癒えて、呻き声漏らして眩しそうに眼を開ける。

 

「……あめ、ざきくん?」

「起きたか? 大丈夫か?」

『おい、見ろヨ、オレの身体が元通りダゼ! できるなら最初からやれよナ、ニンゲン、いひひ』

「おい、コイツここから突き落としていいか?」

 

 ムカつく態度に本音がでた。我鬼がシャー、と威嚇する猫のように俺と対立する図を横に目を舞い、頭痛に耐えるようにこめかみを抑えている夜名津に対して、大丈夫か? ともう一度訊ねる。

 

 ああ、うん……ちょっと待って、と力なく答えて、はぁ~~~、と脱力する息を吐く。

 

 傷は癒えたが、血が抜けたショックからか表情は青い。一命が取り留めたが、元気になったわけではないことが伝わってくる。

 

「夜名津、お前はここで待ってろ」

 

 俺はそれだけを告げて、振り返って再び天之命を風の太刀へと切り替える。下へともう一度降りて、吉成君の暴走を止め、皆を助ける!

 

 テラスから降りようとした瞬間。

 

「ぐぇへ!?」

「あい、待った待った。テンション高いままで無闇矢鱈に突っ込んでいかない」

 

 首根っこ掴まれて行く手を阻まれた。わりと喉仏の良いところに当たったことで呼吸困難に陥る。激しく咳き込み、何とか落ち着いた所で、涙目で睨みつけるとふらふらとした状態ながらごめん、と謝ってくる。

 

「でも、まずは情報共有」

「ごほ、ごほ! いや、そんなことしている暇はねえだろ、すぐに襲ってくるぞ」

 

 事態は一刻も争う事態だ。もう大半の生徒が吉成君の操り人形となっている。放っておけばどうなるか分からないし、それにこのまま何もしないで時間が経てばゾンビ共がこの場に襲ってくる。どちらにしろ、こちらから打って出るしかない。

 

 そう簡潔に言うと、夜名津は青い顔で辛そうにこう返してきた。

 

「落ち着け、僕が人質に取られたどうする? 真っ先に君の敗北濃厚だぞ。今の僕は逃げることはおろか、動く事さえ難しいぞ」

 

 ……コイツ、自分を人質に取りやがった!? 敵ではなく、俺に対して!!

 

 ド正論で突っ込まれて思わず顔を顰めて黙ってしまう俺を傍らにふぅー、と大きな深呼吸を数度繰り返してはようやく安定を取り戻したのか、まだ本調子ではなさそうだが、比較的いつもの状態で言ってくる。

 

「あ~、たぶん大丈夫大丈夫。僕の考えが正しければ情報共有程度の時間は稼げるよ」

「???」

 

 それは自分の体調なのか、それとも俺に対してなのか、よく分からない調子で言葉を漏らしては、とりあえずこっちと夜名津は図書室へと場所を移動しようとする。少し戸惑ったが、大人しく従うことにする。

 

 俺達は図書館の中に入る。中は冷房が効いており、だいぶ涼しいものだった。冷えた空気とともに図書館の特有の本のインクと紙の匂いが鼻に香ってくる。

 

 夜名津はそのままカウンター室に入る。俺は何かあるのか? と思いカウンター室の前で少し待つと夜名津が振り返って、少し黙って考えるような確認したようなよく分からない表情を浮かべながら「何してんの、早くこっちに来て」と言われて慌ててカウンター室内に入る。

 

 初めて入る、カウンター室内は図書館にある本とは古書といった古いタイプの本が多く本棚に飾れていた。

 

 カウンター室のさらに奥にある部屋に夜名津は入っていく。そこは倉庫のようでカウンター室以上のカビ臭さのある古本の匂いが漂ってくる。小さな冷蔵庫と電子レンジにテーブルも置かれて秘密のお茶会部屋のような場所だ。

 

 俺がその中に入ると、夜名津はドアを閉めて鍵を閉める。

 

「よし、これで時間を稼げるよ」

「あ? いや、そこの鍵を閉めたくらいで余裕過ぎるだろう、お前……」

 

 あっさりと鍵を閉めたくらいで余裕の態度を取る夜名津を見て呆れる。どう考えたって次のページであっさりとやられる漫画のフラグにしか思えない。

 

「ここってさ、普段図書委員でもめったに入らないんだよ、入るとしたら僕と司書の先生だけってレベルくらいに」

「? だから何だよ、こんなところ隠し部屋ってわけじゃないからすぐに見つかるだろ?」

「あのゾンビ、思考が落ちているっぽいんだよね。たぶん、絶対隠れているだろう場所に隠れていても普段は入らない場所なら探さないレベルに頭がやられているっぽい。その証拠に僕がかくれんぼした時にすぐ隣の部屋……先生達の会議室っぽい所に隠れたんだけど、彼らその部屋一回も入ってこなかったんだよね。入ってくれば多分僕死んでいただろうし」

「……!」

 

 俺と合流する前の夜名津自身が調べ上げたことか、ゾンビの法則性について見出していた。

 

「ってことはこの部屋はカギ閉めている状態でも十分安全ってことか?」

「司書の先生か、あの操っているイカつい人が来ない限りは多分大丈夫じゃない?」

「多分かよ」

「近くに通りかかって僕らの話声が聞こえたらそりゃあバレるでしょう。部屋自体は秘密の部屋扱いじゃないんだから。どっちかというと視界外の部屋とかの見逃しやすい状態なんだから」

 

 そう言いながら夜名津は部屋の隅に置いてある小型の冷蔵庫を勝手に開いて食べ物を幾つか出してはその次に隣の戸棚からも食料を取り出し、テーブルの上へと置いてそれを口の中へと次々と頬張っていく。

 

「っておい! 何勝手に食ってんだよ、そんなことしていいのかよ!」

 

 無法者に注意する。『今は緊急時だから』とそんな返しが来るかと思ったが、返ってきた返事は「これ勝手に食っていいヤツだから」と図書委員の権限なのか、この部屋のものは勝手に食っていいらしい。

 

「ちょっと待って。今、ルパン並みに急いで血を作るから」

「カリオストロのあのシーンかよ。そんなんで血作ってくれんのか?」

 

 いきなり食べ始めた理由はどうやら血液を作るためのようだった。

 

 とても血を作ってくれるようなメニューでなさそうだが、基本クッキー類にシュークリーム、煎餅、オレンジジュース、缶コーヒーを次々に吞み込んでいく「ふぁいふぉりふぁふぁし(無いよりかまし)」と告げてくる。

 

 ついでにこっそりと夜名津の目を盗んで我鬼も食べようと手を伸ばして、夜名津に叩かれていた。そのことでぶつくさと文句を言うが、夜名津は聞く耳持たずに平らげる。

 

 ふぅー、と満腹感を覚えたのか、食事を済ませてはこちらへと振り返ってきていつもの調子で言ってくる。

 

「とりあえず僕の方から情報出すよ」

 

 

× × ×

 

 

 榎設楽の家は通う学園の裏側に位置しており、榎神社の横に家に住んでいる。

 

 基本的に模範的規則正しい優等生で通っている榎設楽であるが、家が学校から十分もしない程度距離であることもあって、わりと朝はズボラな方であり予冷ギリギリの登校をしている。

 

 故に、学校の異変に気付くのを遅れたのはそのせいでもある。

 

「結界……内部を閉じて、外部からの侵入を許す仕掛けのタイプ」

 

 学校に敷かれた真っ赤な血のような結界は榎設楽が普段使う、人払いの結界《境界》とは異なる結界の術式であることは一目でわかった。同時にこの結界のタイプが危険な代物だとすぐに認識しては慌てて境界を張る。

 

「『囲め囲め、我が在るは現世と隠世の狭間。生なるものは光へ還れ、邪なるものは闇へと還れ、《境界》!』」

 

 異界となった学校に迷い込む人を入り込ませないよう、真っ赤な結界を包むようにして人払いの結界《境界》を張る。これによって学校には誰も近づくことはないだろう。……時間帯から殆どの生徒と教師が登校済みという点を除いては。

 

 そのことは重々承知しているが、榎設楽は自身の生活態度の怠慢さに憤りを覚える。だが、この反省は後だ、と切り替える。

 

 二次被害は一先ず食い止めた、次はどう手を打つべきか、と考える。

 

 基本的に結界術を解くことは術者に解かせることか、あるいは結界を敷くために必要な道具がある場合はそれを破壊、あるいは結界の構造を理解してそこから破壊することだ。

 

 前者の場合、術者に解かせることは実質結界内に入り、術者を打倒することを意味する。榎設楽としては望む所ではあるが、結界内部の事情(中へと招くタイプの何らかの仕掛け)が不明なために迂闊に踏み入れることは危険だと考える。

 

 ならば考えられる手段としては後者の外側から結界を解く事を先に取る。

 

「《喚道・榎の精ノキ》」

 

 唱えては榎設楽の前に方陣が敷かれてそこが光り輝き、そこから召喚される一体の木の妖精を思わせる存在が現れる。

 

 苔を思わせる長い緑の髪は伸びきって額から木の枝の角を生やして分けておっとりとした瞳が垣間見れる。体長は三十センチほどで農村の着物ように葉っぱでその身を纏った精霊。それは榎設楽の契約を交わした識神だ。

 

『セツラ、なぁ~に?』

 

 召喚された精霊はゆったりとした欠伸を思わせる口調で訊ねてくる。対して榎設楽は切迫した声で言う。

 

「ノキ、この結界外側からでも壊せる?」

 

 ノキと呼ばれた召喚された精霊はボーっとした瞳を結界へと目を向けてはゆったりとした口調で言ってくる。

 

『できるよぉ~? でも少し時間がかかるね。三十分くらいかな? あ~、でも急いだほうがいいよね』

 

 結界を見詰めて可能だというが、後半は少し困った調子な不穏を思わせる小言を漏らす、一体どういう意味なのか、と目だけ問いかけるとあっさりしたどういう意味なのかを答えてくる。

 

『これ、普通の人間の血を触媒に霊力に変換しているから、中の人間達血を吸い上げられて最後には死んじゃうね』

「!! ノキ、急いで! 三十分と言わず十分でやるわよ!」

 

 識神から結界の効果を聞き、自分が想像よりも急を要する事態にある事を知って慌てて識神に解くように命令を急かす。が、精霊は笑顔で悪気なく告げてくる。

 

『無理だよ、どう頑張ってもセツラじゃあ、ボクを使っても三十分かかるから』

「っ!」

 

 その言葉が胸に強く突き刺さる。

 

 榎設楽程度の実力では、この結界を解くには時間がかかり過ぎると。

 

 実のところ榎設楽は術者として、霊能力者としては実力的に下の方の実力だ。

 

 基本的に霊能力というのは生まれついての先天的な才能か、死の体験などを得ることで目覚める後天的な才能による。

 

 榎設楽はこの土地の管理する防人家であるために元より生まれついて霊感を持ち得たが、残念ながら術者としての才覚は恵まれなかった。巫女として本格的な修行に入ったのはここ五年の間に実力は付けていたが、残念ながら他の術者と比べれば劣る存在である。

 

 その事実は痛いほど身に染みている榎設楽だが、

 

「そんなことは関係ないわ。早く結界をすぐにでも解く、死人なんて一人も出させるものですか!」

 

 だからと言って現状で最大善の努力をしない理由にはならない。

 

 いや、分かっているからこそ自身の出来る能力を最大限活かせることについて考えて力を伸ばして、手を伸ばす。それが榎設楽として防人の巫女として在り方。

 

 主人の迷いのない強い瞳を見ては喜んだ声を上げる。

 

『は~い、了解。じゃあ急いで解こうか』

 

 そう結界の解除に取りかかろうとした所で一本電話が入ってきた。その相手は雨崎千寿からだった。

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