仮面ライダーデュオル/アーリー 仮面ライダーゼルプス 作:春風れっさー
これは∞の途中。1に至るよりも更に前の、0の物語。
無数にあった筈の、ありふれた英雄譚である。
※
その日は全国的な休日だった。
天気は快晴で風は穏やか。ピクニック日和と言って差し支えない気候。たまの休日に家族を連れて遊びに出かける者もいれば、これからの忙しさに備えて食糧の貯蓄に走る者もいるだろう。故に普段から賑わっているビル街はより一層の盛況を見せていた。
親しい人たちと、あるいは自分の好きなように過ごす心地よい時間。そんな賑やかな真昼のビル街を、突然の爆発音が引き裂いた。
地を揺るがすような轟音。舞い上がるコンクリートの粉塵。昼下がりを襲う突然の凶事に、広場で憩いの時を過ごしていた人々は危機を察して叫び逃げ惑う。
破壊を為したのは、一体の怪人であった。
『アヒャ~! 気持ちいぜ……マジ爽快だ。これがネガガルーの力って奴か』
陸の物とも海の物ともつかない怪物がそこにはいた。
つるりとした白い甲殻に身を包み、両腕は特に太く丸い。鎧めいた甲殻や剥き出しの下半身はビッシリと生えた黒い毛が覆い尽くした、蟹やエビなどの甲殻類と哺乳類を混ぜ込んで人型に押し込めたかのような異形異類。ただ顔についた瞳は、どんな動物にも似つかない写真のネガめいた青白く濁った色を湛えていた。
生命の冒涜、いや逆に進化した新たな霊長なのか? どちらとも言えないそんな怪人の目の前にあるビルの壁は、見るも無惨に打ち砕かれていた。トラックが衝突したかのような、いやそれ以上の破壊痕。それを行なったのがこの怪人だとするならば、その脅威は近代戦車に匹敵するだろう。
『ヒッヒヒ。お? 警察の到着か?』
そんな怪人の周りを、市民を守るために駆けつけた警官たちが囲い込む。警官隊は皆真剣な表情だった。命がけの任務であることを知っているからだ。
「動くな! 直ちに武装を解除しろ!」
『武装って言われてもなぁ~。これが今の俺の身体だしぃ~』
鋭く言われても、怪人は玩具のように乱雑な歯並びをニタニタと歪めながら笑みを深くするだけ。むしろリボルバー式の拳銃を向けられるのを見て、濁った瞳を輝かせる。
『お? チャカかよ。ホラ撃ってみろよ~』
銃口を向けられてなお、怪人は余裕を崩さない。むしろ両手を広げて煽ってみせた。
「ひ、ひぃ!」
その様子に恐怖を覚えた警官隊の一人が堪らず発砲した。飛び出した銃弾は怪人の甲殻の隙間、毛皮の部分に命中する。……だがその柔そうに見える部分すら貫き通せず、ひしゃげた弾頭はポロリと地面に落ちた。
その光景を見て恐慌した他の警官隊から更に数発の弾丸が放たれても、怪人は一切の痛痒を見せなかった。
「う、嘘だろ?」
「馬鹿な……拳銃が通じないなんて……」
『ヒッヒヒ! まったく痛くねぇ! 最高だぜこの身体ぁ!!』
慄く警察官たちと昂ぶる怪人。両者の様子を見ればどちらに分があるのかは明白だった。数など、武器など物の役にも立たない。残酷な戦力差。
このまま虐殺が繰り広げられるのか? 否、そうはならない。
怪人の相手は、また同じ業を背負いし超人がするからだ。
「――こちらゼルプス。現着した」
キィッというブレーキ音。息を呑む警察官たちの間で妙に響いたそれを聞き咎め、頭を巡らせる怪人が目撃したのはバイクに跨がった一人の青年が停車するところだった。
『あぁん?』
「敵の姿を確認。……名付けるとしたら? まぁ、シャコ……マンティスクラブじゃないか? ……長いね、了解。なら呼称はクラブガルーってことで」
『んだぁ? テメェ……』
狼のようなフロントカウルを持つバイクに乗ってきたのは、ごく普通の青年に見えた。
黒髪黒瞳。切り詰められた黒髪は余程硬質なのか重力に逆らってツンツンと尖っている。若い顔立ちは整っている方だが印象に残る程ではない。黒地に水色のラインが走ったジャケットを肩に羽織った長身痩躯はステップバーを立て、バイクを降りて怪人へ向け歩き出した。
当然、警官は慌てて止めようとする。
「き、君! 何をしているっ! ここは危険だ、早く去りなさ……」
「あー、大丈夫です。俺、こういう者なんで」
青年は懐から取り出したカードを見せた。それを凝視した警官はハッと驚きに目を瞠る。
「じゃ、じゃあ貴方が……」
「そういうことです」
そして制止することを止め、青年が警官の包囲を掻き分けて怪人と対峙するのをただ見送った。
突如現われた謎の青年を前にして怪人は首を傾げる。
『あ~……? んだテメェ。自殺願望者か?』
「当たらずも遠からずなのが悲しいな。だが、死ぬとしても一つだけ言えることがある」
そう言って青年は、ジャケットから機械を取り出して腰に装着した。
両端から伸びるベルトが機械をしかと固定する。そして青年は一度手を離し、バックルとなった機械の片側に取り付けられた、銃を模したトリガーに指を掛けた。
「それは、今、お前にじゃない」
引き金を引く。
【ソリテュード! スタンドアップ!】
電子音声と共に中央の狼めいたプレートが顎門を開くように持ち上がり、食いちぎるように閉じられる。
「――変身」
【ズィードウルフ! CRY! CRY! LET’S CRY!】
そして爆発するかの如く光が弾けた。まるで超新星の如き輝き。光はやがて青白い炎となり、青年の全身を包んでゆく。
炎が晴れた瞬間、そこにいたのは青年であり青年では無かった。
黒いアンダースーツ、浅葱色の機械甲冑。狼を模した仮面と複眼にも似た赤い双眸。そして歴戦の古傷の如く刻まれた白いラインが淡く輝く。
その戦士の名を、怪人は知っていた。
『……仮面、ライダー』
それは悪と同じ力を持ちながら、正義の徒として戦う者の名。罪なき誰かの為に立ち、颯爽とその危機へ駆けつける騎士の名。
そしてその中の、一人の名。
『――ゼルプス!!』
ゼルプスと呼ばれた仮面ライダーは、仮面の下から闘志を燃やす。
『ゼルプス、
己の存在へ怪人を引き寄せる為に、高らかに言い放つ。
狼面が、鋭く輝いた。
『仮面ライダーがなんだ! オラァ!!』
クラブガルーと呼称された怪人は、先制の一撃を放った。ボクシンググローブのように丸い甲殻に覆われた、両腕のパンチだ。
ゼルプスは下がって躱す。空振ったパンチは勢い余って地面へ叩きつけられる。
その瞬間、コンクリートに巨大な亀裂が奔った。
「なっ!」
大きく動揺する警官たち。それもそうだ。自分たちがしかと踏みしめる大地がそう簡単に割れるはずも無い。日に何千人が歩こうと車が通ろうと、数十年はビクともしない筈なのだ。
それが、飴細工のように砕かれた。そしてそこにいる誰もが理解する。ビルに空いた大穴――それを為したのが、この拳なのだと。
『なるほどな。能力もシャコそのものか。――アンタたちは下がってろ! 市民が万が一にでも来ないよう封鎖しておいてくれ!』
前半は独りごちて、後半は警官隊に告げる。
警官たちは戸惑いつつも頷いて、その場を離れる。命惜しさと市民を守るという使命感。そしてこの場にいても邪魔になるだけだという理解によって。
慌ただしく警官が去って行く中、クラブガルーは路面にめり込んだ拳を剥がし、ゆったりと立ち上がる。
『んだよ。仮面ライダーってのも大したことねぇな』
『ほう? 如何なる帰結でそんな結論になったのか、是非ともご教授願いたいが』
『だってよぉ、俺のパンチを避けたってこたぁ……』
両拳を身体の前で揃えたファイティングポーズを取ってクラブガルーは、先程も浮かべた悪趣味な笑みを浮かべて。
『受けらんねぇ! ってことだろぉが!』
暴風を纏ったパンチを再度繰り出した。真っ直ぐと放たれたそれはゼルプスの機械装甲へ迫り、しかしその直前で止まる。クラブガルーが止めた訳では無い。リーチの限界だ。ゼルプスが一歩下がったが為に、腕が伸びきって届かなかった。
またも空振った事実にクラブガルーは苛立つ。
『チッ!』
『そうだな。確かに爆弾並みの威力はありそうなソイツを喰らえば俺も只じゃ済まねぇ。ヘビー級に殴られたフェザー級みたいに吹っ飛んじまうだろうな。……だが、それも』
タン、タンと。
軽いステップを踏みながらゼルプスは。
『――当たれば、の話だがな』
嘲るような声で、余裕たっぷりに挑発した。
『テメェ!』
クラブガルーはその煽りに怒声を放ち、拳を乱打する。その度に空気は唸り、大風となって広間を荒らす。
だが両の指で数えられない程のパンチが過ぎ去っても、浅葱の装甲には傷一つ付いていなかった。
『どうしたチャンピオン。ノーヒットじゃ判定勝ちにすらならないぜ?』
『この野郎ォ……!』
クラブガルーがパンチを構える。その時、まだゼルプスは動かない。
狙う。まだ動かない。
だが、放った瞬間。既にゼルプスは範囲外へ移動していた。
ただステップを、踏んだだけで。
呼吸の間すら無い、一瞬の回避。
それによってゼルプスは、莫大な運動エネルギーが籠もった一撃をただの風へ帰していた。
『クソ、すばしっこい奴め……!』
『毎回思うがそいつは罵倒じゃなく褒め言葉だよな。……さて、お前の攻勢だけでもつまらんだろう。そろそろこちらのターンだな』
そうゼルプスが告げると、次の瞬間クラブガルーの頭は仰け反った。
『――は?』
不意を突かれた為何が起こったか分からず、間抜けな声を漏らす。
そして揺れる視界の中で次は目撃する。
『フッ!』
ゼルプスが一歩、踏み込む。その瞬間スーツや装甲に刻まれた白いラインが輝く。
そして瞬きの間には、1インチの間合いへと接していた。
ワープではない。光るラインが軌跡を残している。
ただ単純に、ラインが輝く瞬間――目には見えぬほどに、加速していた。
コンクリートの床が割れるほどに、踏み込んでいる。自分のパワーと同じだけの脚力で、跳んでいる。
それを理解して、クラブガルーは。
されど、速すぎて対応出来ない。
『グッ、ガッ、ゲハッ!』
今度はゼルプスによる拳を乱打。
クラブガルーの時と違うのは、その全てが急所へクリーンヒットすることだ。
頭、胸、腹部。スピードの乗った威力充分なパンチが痛打を与える。
『こ、のォ!』
『おっと。惜しい惜しい』
苦し紛れにカウンターを繰り出すクラブガルー。
しかしその瞬間にゼルプスは圏外へ退いていた。
まさに縮地。
驚異的な脚力によって為される攻防一体の瞬発によって、ゼルプスは戦いを完全優位に進めていた。
『さて、茶番を長引かせても益は無いな。そろそろ終わらせるぞ』
やがてゼルプスは息を吐き、大きく距離を取る。しかしクラブガルーはそれを追いかけるようなことはしない。
出来なかった。何故ならゼルプスによる怒濤の攻撃で、既に満身創痍だったからだ。ボクシングの試合ならパンチドランカーを心配する程、打ちのめされてフラフラだった。
だから追いすがることさえ叶わず、ただゼルプスが
『幕を降ろすぜ』
【LAST SPURT! READY!!】
ドライバーのトリガーを再度引き、脚に力を溜めるとゼルプスは大きく空へ跳び上がった。その先端からは白い炎が噴き出ているようにも見える。
空中で身体を捻り、足を突き出した姿勢を取ると、そのまま流星の如く降り注ぐ。
『ズィードブレイク!!』
過たずクラブガルーの胸部へ着弾する跳び蹴り。それだけに留まらず足裏は貫通し、怪人の胴体に大穴を開けて撃ち抜く。
貫通。そして地面を滑るように着地し、振り返らない。
結果は、分かりきっている。
『あ、が、ぎゃああああぁぁぁっ!!!』
醜い断末魔と共にクラブガルーは爆発する。広場に隣接する軒先のいくつかを爆風が揺らしたが、それで怪人のもたらした被害は終焉した。
ゆっくりとゼルプスが立ち上がり振り返れば、そこにあるのは塩の塊となって崩れ落ちるクラブガルーだった存在だ。
それがガラガラと岩のように崩れ落ちるのを見届けて。
『――こちらゼルプス。対象を撃破した』
『そうか。ご苦労じゃったな、レイマ』
ゼルプスは幼い声の労いを受け取った。
※
ネガガルー。
それが現在、極東の地を悩ませる恐るべき怪人の名だった。
惑星アイン――この星にかつて存在した古代民族たち。
彼らの出生は杳として知れない。この世界で生まれたのか、別世界から渡来したのか、そもそもいくつの部族があったのか、その全ては深淵に包まれている。
しかしごく稀に、彼らの築いた遺産が出土することがあった。
それは概ね、人類の発展に寄与した。
古代民族の知恵は現行人類には真似も出来ない程優れていたからだ。
ある時は新発想の建築技術。ある時は難病の克服法。またある時は未知のエネルギーの発見だったりとその種類は様々で、非常に有用だった。この惑星の人類は偉大な先人に学び、幾つもの苦難や危機を乗り越えてきた。
しかしその全てが、善なる目的で使われた訳では無い。
悪意を以て利用された超技術――その一つがネガガルーだった。
その装置――叛転陣へ人間が身を投じると、その肉体組成を組み替えられてしまう。
対象となった人間の脳裏を読み込み、その目的、願望に最適化した肉体へと改造してしまう。その肉体の強度は相当な物で、銃弾は通じず、破壊力は近代兵器を凌駕する。人智を越えた特殊能力すら発現した。
そうして怪物となった彼らは欲望を隠すこともせず悪逆非道を為す。殺人。強盗。暗躍。身勝手な願いのままに犯罪行為を繰り返す。――無理矢理肉体を書き換えられた反動で死体すら残さず、いつか塩の柱へと朽ちるその日まで。
当然、人類社会側も黙ってはいない。
ネガガルーの被害が特に大きい極東を中心とし、対抗組織を発足した。
その名もディアハンター。黒地に水色のジャケットが目印の鎮圧部隊だ。
※
「ん?」
「おつかれさま」
都市の郊外、廃業した運送会社を改造して建てられたディアハンター本部へ帰還した青年――美輪レイマは、扉を潜ると同時に横からペットボトルを渡された。キンキンに冷やされたそれを受け取りつつ、レイマは礼を言う。
「サンキュ、ミナギ」
「ふふ。どういたしまして」
にこやかに笑う女性は、
レイマと同じようにジャケットを羽織った彼女はディアハンターを支援するメンバーの一人だった。
腰まで伸びた長髪はミルクティーめいた金茶に染まり、穏やかな笑みを浮かべる
ミナギは濡れたタオルを渡しながらレイマに問う。
「怪我しなかった? 大丈夫?」
「心配しなくても、そんなヘマしたら真っ先に言うよ」
「嘘。前に骨折した時は黙っていたくせに」
「だからって歌番組の収録をぶっちぎってまで来る必要はなかっただろ……」
ミナギはディアハンターの正式な構成員では無い。あくまで緊急時に支援を約束しただけの非正規構成員、レイマのような実動隊員としての訓練などは受けていない一般人だ。
その本業は歌手であった。しかも国民的な人気を誇る。東の島国において彼女の名を知らぬ人間は極めて少ないと言っていい程だ。戦いとは無縁であるような彼女が鎮圧部隊であるディアハンター本部にいるのは、父がディアハンターの主要幹部であることと、もう一つ。仮面ライダーとして戦っている幼馴染みのレイマが心配だからだ。
今も心配そうにレイマを見つめていた。
「でもレイマが戦ってるのに、私だけ呑気に歌っているなんて……」
「バーロー」
「あうっ」
レイマは額を拭った濡れタオルをミナギの頭の上に乗せ黙らせる。
「お前に歌ってほしいから、俺は戦ってるんだよ……ぶっ!?」
微笑を浮かべてペットボトルを傾け麦茶を口に含むと、レイマは噎せ返った。
「げほっ、げほっ! ……おいミナギ! 麦茶に砂糖入れるなってあれだけ言っただろ!」
「えー? でもそっちの方が疲労回復になるし、喉にもいいらしいよ?」
「あー、甘ぇ。ったく、俺はお前と違って喉は別にどうでもいいんだよ……」
「……そんなこと、ないでしょ」
げっそりとしながら残った麦茶をちびちびと飲むレイマの言葉に、ミナギは少しだけ悲しそうに睫毛を伏せながら呟く。
「私は、またレイマが舞台に立っているところが見たいよ……」
「……ミナギ」
「ねぇ、レイマ。もう、役者には戻らないの?」
零すようにして紡がれたその声音は美しいだけに、切なげな反響を以て響いた。
レイマはそれに――
「……司令官が待ってるから、行くな。麦茶、サンキュ」
答えることはせず、背を向けて奥へと進むことにした。
それを見送るミナギの瞳は、やはり悲しそうな色を湛えていた。
※
「ふふっ。見ておったぞ、この女たらしめ」
「んだよ、趣味悪ぃな」
司令官執務室へ入室したレイマは出会い頭にそう言われ、顔を顰めた。
黒革張りの椅子に深く座り込む
「監視カメラが全室に配置されたこの妾の牙城であんなことをしている方が悪い。いい加減観念して年貢を納めたらどうじゃ?」
「俺もそうしたいのは山々なんだけどな。釣り合わないでしょ」
重厚な執務机。高級そうな調度品。両壁の本棚には専門書がズラリと並んでいる。そしてそれらとあまりにミスマッチな、十歳ほどの童女。腰まで赤毛を伸ばした幼い姿にしかしレイマは違和感を唱えることもなく、当たり前のこととして受け止めていた。
何故なら彼女こそが、このディアハンターの最高司令官、エフレイヤ・武中だからだ。
「釣り合う、釣り合わないは世間が決めることじゃ。当人の間で大事なのは好き合っておるかどうか。そうじゃろう? じゃから早うくっつかんか。見ていてやきもきする」
発言は確かに大人のものだが、紡がれる声はあまりに幼い。女児アニメのテーマソングを歌い出しそうなくらいに愛らしい声音はしかし、正反対に気ぶりジジイのような下世話を焼く。
外見年齢とはあまりにかけ離れた仕草を持つ少女、エフレイヤ。彼女は実際に十歳でありながら、既に並みの大人を遥かに超えた知能を兼ね備えし天才少女だった。
驚異的なスピードで海外の大学を飛び級で卒業。そのあまりに卓越した天才性に国々が持て余していたところ、極東の名門である武中家が養子として引き取った。
そしてその武中家が主導して立ち上げたディアハンターに自ら志願し司令官の座に収まったという、異常な経歴を持つ童女である。だがそこを突いて立つ反対意見は全て実績でねじ伏せてきた、有能な人物なのも確かだった。ネガガルーの被害を極めて極小に抑えているのは、ほとんどが彼女の辣腕によるものだ。
極東の言葉を少し間違った形で憶えてしまっているが、それ以外は極めて優秀な指揮官であった。
「女というのは移ろ気なもの。さっさとせんと誰かに取られてしまうぞ?」
「自分の半分も生きていない糞餓鬼に説教される謂われは無いッスけどねぇー……」
そんな何一つとして普通なところの無い、姿だけは幼気な司令官を前にしてレイマは頭を掻く。外から見れば扱いづらそうなトップでも、既にこの組織に属して長いレイマはすっかり慣れていた。気安い態度で戯れ言を流しながら、改めて問う。
「はぁ……それで、呼び出した理由ってなんだ? レポートなら、後々作成するけど」
まさか色恋弄りの為に呼んだ訳ではないだろうと、言外の圧を籠めて聞く。エフレイヤも、ニヤニヤ笑いを収めて言った。
「うむ。かなり重要な用事じゃ。……ネガガルー共の本拠地が見つかった」
「!!」
確かに重要な要件だと、レイマは目を瞠る。
ネガガルー。奴らが叛転陣という装置を使い怪人へと変異していることはとっくに掴んでいた。しかし肝心の装置が何処にあるのかは一切分かっていなかった。故にこれまでディアハンターは、ネガガルーの被害が発生したら現場へ急行するという、場当たり的な措置しか取れなかった。
しかし今、それが覆ろうとしている。
「本当、か」
「確かじゃ。先日、深奥博士によって発見された、ネガガルー共が纏う未知のエネルギー……仮称、魔力を探知する装置が完成し、その実用がされた。結果……」
エフレイヤは机の上に地図を広げ、その一角に指を突き立てた。
「この地下部に存在する可能性が高いことが分かった」
「可能性……確定じゃないんだな」
「うむ。しかし既にいくつかの組織を秘密裏に巻き込んで範囲を広げておるが、ここ以上の反応はどこにも見られん。ここにある公算はかなり高い。いやほぼ確定と言っていいじゃろう」
その言葉にレイマは頷いた。エフレイヤのことは司令官として信頼している。彼女が言うのなら、そうなのだろうと信じられるくらいには。
「なら、いつ乗り込む」
「焦るでない。まずは入り口を見つけ、偵察が必要じゃ」
「なら俺が……」
「だから焦るでないと言うておる」
地図から顔を上げたエフレイヤは、咎めるような目線を向けた。
「既に隊員たちに命じておる。直接戦闘以外くらいは、仲間たちを信じぬか」
「……そうか。……そうだな」
「おぬしは来たるその日まで身体を休めよ。……あぁ、そうだ」
エフレイヤは真剣な表情から一転、愛らしい顔を下卑に歪めながらヒヒッと笑う。
「ミナギとデートにしゃれ込むというのはどうじゃ? 二人にとってもよいリフレッシュとなるじゃろうて」
「……遠慮しておくよ。話はそれだけだな? じゃ」
優秀な司令官からマセガキへとスイッチが切り替わったことを察したレイマは、話は終わってこれ以上はただのうざ絡みだと判断しその場で踵を返した。それを見てエフレイヤは慌てて立ち上がり、年相応の態度で追い駆ける。
「あ、こら待たぬか! いいから早うくっつけ! そして生まれた子息に妾を『お姉ちゃん』と呼ばせよ!」
「どんだけ勝手に展望を描いてんだよ!」
パタパタと執務室を五月蠅く走り回る二人は、まるで兄妹のようだった。
※
数日後。レイマとディアハンター戦闘員たちは格納庫で出撃準備を整えていた。
偵察部隊員の活躍によって、敵拠点の正確な位置が確定したのだ。叛転陣の存在も、そこへ至る地下通路の順路も記録済みだ。しかし撤退時に敵に気付かれてしまった。逃げ出す気配がない以上、恐らく迎撃する準備は万端だろう。つまりディアハンターが叛転陣を確保するには、守りを固めたネガガルーたちと真正面から戦わなければならない。
総力戦。その文字が誰の頭にも浮かんでいた。
戦闘員たちが真剣な表情で装備の点検をしている中、レイマは目の前の机に座って機械を軽く分解している壮年男性を落ち着きなく見ていた。内部の配線などを剥き出しにされているそれはレイマが変身する際に使用したバックル状の機械、ゼルプスドライバーだった。
「なぁ博士。本当にそれ今やる必要あるのか? 動かなくなったりしないだろうな」
不安げなレイマの問いかけに白衣を着た壮年は顔を上げた。
白い髭を蓄えた、立ち上がれば190cmを越えるであろう偉丈夫。鍛えられた筋肉は白衣の上からでも分かるほどで、着ている服が違えばプロレスラーと見紛うくらいだ。
壮年はレイマをじろりと睨み付け、素っ気なく答えた。
「フン。心配せんでもちゃあんと元に戻すわい。コイツを作ったのは誰だと思っとる。ワシじゃぞ」
「それは分かってるけどさぁ……」
「だったら黙っとらんかい。作業の邪魔じゃ」
そう言って機械に向き直る壮年を見て、あしらわれたレイマは肩を落とした。
壮年の名は深奥コクウ。ゼルプスドライバーを始めとするディアハンターの装備を開発した古代技術の研究家にして、深奥ミナギの父親だ。
未だ全貌が解明されていない古代技術を実用化レベルまで理解し再現する並外れた天才。ディアハンターの武装を初めとする数々の発明に貢献した大人物だ。なのだが、それ以前にミナギを男手一つで育てた父親である。娘と近しい距離で接するレイマを何かと面白く思っていないらしく、こうして冷たい態度を取られることもしばしばあった。
しかし命を賭ける装備の手を抜くことは決してない。故にレイマは信用して待つことにする。
そうして時間を過ごそうとするレイマの肩に、後ろから伸ばされた細く柔らかい手が触れた。
「……ミナギ?」
「レイマ。今時間大丈夫?」
レイマは少し迷い、頷いた。
突如として格納庫へ現われた愛娘に深奥博士も何か言いたそうだったが、作業の手を離せないのかそのまま続けていた。あるいは、レイマと娘の時間を邪魔したくは無かったのかもしれない。気に入らないのは確かだが、応援していない訳でもないのだ。複雑な父親心である。
レイマは振り返り、ミナギと向かい合う。ミナギの瞳は不安げに揺れていた。
「……決戦、なんだよね」
「ああ。そういうことになる」
「今までで、一番危ない?」
「かもな。生きて帰ってこられるかは、コインを投げて裏表を当てるより難しいかもしれない」
レイマはハッキリと頷く。敵の本拠地に直接乗り込んでの戦闘だ。勿論敵は全勢力で抵抗してくるだろう。その中には今まで何度か戦った敵幹部や、首領がいるに違いない。最も激しく、そして最大規模の戦闘になる。危険なのは確実だ。
その言葉を聞いてミナギは睫毛を伏せる。何かを堪えるように息をつき、そして再びレイマと見つめ合う。
「それでも、行くんだね」
「……平和の為だからな。それが俺の、今の仕事だ」
ゼルプスが戦うのは、ネガガルーの脅威から人類を守る為だ。無辜の人々の自由と平和を守護する為にこそ、ゼルプスのシステムは開発された。ならばその変身者であるレイマが決戦に挑むのは至極当然のことだ。
例え、命を落とそうとも。
「……絶対、戻ってきてね」
だが、レイマは。
その不安そうで、しかしその感情を必死に押し込めて自分を送り出そうとするミナギの表情を見ていると。
「……ああ。必ず」
自分が戦う本当の理由を。
少しだけ思い出すのだ。
※
『カチコミじゃあ! グハッ!』
『ヤクザみたいに言うな。こっちは民間だが検挙権がある。抹殺権もな』
都心の地下に作られた広大な空間。そこにネガガルーたちのアジトはあった。まるで中世の城砦の如く複雑な造りのそれは、しかしディアハンター決死の調査によりその全貌を明かされていた。後は叛転陣のある場所まで攻め込むのみ。
矢面に立ったゼルプスはネガガルーの一体を切り捨てながら乗り込んだ。
『しかしいい切れ味だな。流石は深奥博士が今日のために容易した新武器だ』
今し方ネガガルーを塩の塊へと還した刀身を眺め、ゼルプスはそう呟く。彼が手にするのは日本刀に見える刃物だった。しかし峰や柄は機械的であり、それがただの刀ではなく何らかのギミックがあることを仄めかしている。
『ゼルプス! テメェよくも来れたな! 八つ裂きにしてやる!』
『おっと。もう来たか。八つ裂きとは物騒な』
そしてそれはすぐに明かされた。乗り込んできたゼルプスを止めるべく現われたカマキリの鎌を持つネガガルーに対し、ゼルプスは手元の刀を変形させた。
刃を折り畳み、柄を少しずらす。すればそれはまったく別の武器へと変わる。
『だったらこっちは蜂の巣だ』
それは拳銃だった。引き金を引き、刃から銃身となった先端より弾丸を発射する。銃弾はネガガルーの額に突き刺さり、貫通した。
『グペッ!?』
『悪いがそんなこれ見よがしの近接戦に付き合うつもりはないんでね』
そのまま引き金を引いて連射。哀れネガガルーは宣言通りの蜂の巣となって塩に還った。
そしてゼルプスが入り口近くの空間を確保するとディアハンターの隊員たちが雪崩れ込んでくる。その全員がゼルプスと同じ武器を装備していた。
「おうレイマ。新武器は有効のようだな」
『ああ。だが生身では反動に気をつけろよ』
真っ先にゼルプスに続き、気安く話しかけるのはディアハンター戦闘部隊の隊長、
「分かってる。Zストレートを真に使えるのはお前だけさ」
ゼルプスとディアハンターが手にした武器。その銘をZストレートといった。ゼルプス用に深奥博士が開発した決戦用兵器。ネガガルーの硬い皮膚を容易く切断する刀身と貫通する銃弾は古代技術を応用した代物である。ディアハンターの隊員も使えるよう量産したが、真のポテンシャルを引き出せるのはゼルプスのみだ。
『俺が道を切り開く。みんなは後に続いてくれ!』
「おう!」
鬼に金棒を得たゼルプスたちは破竹の勢いでネガガルーの本拠地を攻略していく。かつては苦戦した相手と同型のネガガルーが現われても、今のゼルプスには物の数ではない。隊員たちも連携し、ネガガルーを危なげなく排除していく。
しかしずっと順調でもいられない。
「ゼルプスゥ!」
『おっと。幹部級のお出ましだな』
ゼルプス一行の前に立ち塞がったのは悪趣味な柄のスーツを着込んだ男だった。見るからにチンピラ風の見た目をした男はネガガルーのナンバー2として幾度もゼルプスと対峙してきた男だ。
ネガガルーの№2。逆立った角のような髪からその通り名をホーンズといった。
「いつもいつも邪魔しやがる上についには人様の家に土足で踏み入りやがって! テメェ死んだゾ!? グラアアァァァッ!!」
ホーンズは雄叫びを上げると変身する。
全身が毛皮に覆われ、頭部と腕には螺旋状の鋭い角が生える。ネガガルー共通の濁った瞳で一行を睨み付けるその姿は、ガゼルガルーと呼称されていた。
ガゼルガルーは手の中から頭の角とソックリな槍を生み出して構える。ガゼルガルーの特殊能力である生体武器だ。
『今日がテメェの命日だ。串刺しにしてケバブにしてやろうか!』
『やってみろよ山羊野郎。そのクサくて食えたモンじゃねぇ肉をバラして捨ててやる』
啖呵を切り合い刀と槍が交差する。ガゼルガルーはネガガルーたちの中でも相当の実力者だ。今までは数秒もかからずに切り捨ててきたゼルプスと初めて拮抗する。克ち合い、火花を散らし、戦風を巻き起こす。多くのネガガルーの中で№2をもぎ取った実力は伊達ではない。
だがそれも、すぐに終わった。何度目かの激突で鳴り響く異音。それはガゼルガルーの握る柄から響いた物だった。
『馬鹿な、俺の槍が!?』
自慢の槍をへし折られ、信じられないと驚愕するガゼルガルー。
『お前の顔も見飽きたぜ! 脇役はスッ込んでな!』
『ギャアアアッ!!』
見せた隙を、すかさずゼルプスは切り裂いた。刃が奔り、ネガガルー特有の黒い血が迸る。
『グッ……畜生、覚えてやがれ……!』
胴部を薙がれ深い傷を負ったガゼルガルーは、継戦不能と悟り後退していく。
『待ちやがれ!』
「いや、レイマ! ここは叛転陣を抑える方が先だ!」
『くっ……』
逃げるガゼルガルーを追いかけようとしたゼルプスを降魔が諫める。ネガガルーを作る叛転陣さえ抑えてしまえばもうネガガルーは壊滅だ。本懐を遂げるべく、ゼルプスは追撃を諦め目標を目指した。
そして、指揮官級を倒されたことで統率を失ったネガガルーを蹴散らしながら、ゼルプスたちは目的であった最深部へ辿り着く。
『ここが……!』
そこは赤いライトで照らされた祭壇のような空間だった。パルテノン神殿めいた柱が乱立し、荘厳な空気を漂わせている。
その最奥に、目的の物はあった。
『アレが叛転陣!』
四つの柱と、それに囲まれた四角い台。上には魔法陣らしき物が刻まれ、仄かに妖しい輝きを放っている。それこそがネガガルーを生み出し続けてきた元凶。古代民族によって作られた人体改造装置、叛転陣だった。
『コイツを壊せば!』
「だァが、ソイツは許さねェ」
遂に戦いに終止符を打てると勢いづくゼルプスの、その機先を制するように柱の陰から男が姿を現わした。
ガタイのいい男だった。背は高く、筋骨隆々。肌は日に焼けて黒く染まっており、撫で付けられた髪は金。斑模様の毛皮を羽織ったその大男は、ゼルプス……レイマと因縁浅からぬ仲だった。
『グラトニー!』
「おうよ。俺が出てこねェ訳がねェよなァ。何せ
それもその筈。その男、グラトニーはネガガルーを率いる親玉、頭領であった。今まで何度かゼルプスと衝突し、打ち負かしたことすらあった強敵でもある。
極東に被害を与え続けた怪人たちのトップ。それがゼルプスの前に立つ最後の障害だった。
グラトニーは煙草を吹かせつつ陰鬱に呟く。
「よくもやってくれたな。おかげで子分共はほとんど壊滅状態。頼りにしていた
『ハッ、胸が空くような思いだよ。これまで無辜の人々を殺し回ったお前を苦しめられるとはな。これから介錯するのが勿体ないくらいだ』
「だァが、それだけだ」
グラトニーは吸っていた煙草を吐き捨て、靴で踏み躙って火を消す。そして歯列を剥き出す凶悪な笑顔をゼルプスへ向けた。
「叛転陣さえあればいくらでもやり直せる。子分も、拠点も、俺の力も! どうとでもなる! だからよォ、この勝負!」
グラトニーの姿が変わっていく。筋肉の鎧に覆われた肉体はより巨大に。髪は西洋彫刻のような優美な鬣が逆立ち、顔面は牙剥く凶悪な獅子の面に変じた。
レオガルー。それがグラトニーの怪人態だった。
『ゼルプス。テメェを倒せば後は烏合の衆。俺一人で充分殺し尽くせる。お前を殺して叛転陣を守れば俺の勝ち。死んだら負け。つまり決闘だ。これ以上に分かりやすい勝負もねェよなァ!!?』
『まったくだ。――来い、グラトニー! 決着の時だ!』
『応よ!!』
世界の行方を決める決闘。その火蓋はアッサリと切られた。拳を構えたレオガルーと、Zストレートを閃かせたゼルプスが真正面から激突する。激しくスパークし、弱いライトだけの薄暗い空間を束の間照らし出す。
「レイマ! 俺たちも援護を……ぐわっ!?」
『
ディアハンターの部隊は戦い始めたゼルプスを援護しようとするが、その背後を隠れていたネガガルーの一団に襲われた。残党をかき集めてきたという風情の無秩序なネガガルーたちの対処に追われ、部隊はそちらに釘付けになる。だがネガガルーたちも数は少なく、頭領であるネガガルーの元へ馳せ参じることが出来ない。
ここが天王山の総力戦。しかし二人の戦いは、一対一となった。
『ゼルプスゥ!』
『ぐううっ!』
拳によって刃ごと押し込められ、ゼルプスは苦悶の声を上げた。
Zストレートの切れ味もあってここまで苦戦をほとんどしなかったゼルプスだが、ここで初めて押される。それだけレオガルーは規格外の存在だった。
特に凶悪なのは、その特殊能力だった。
『ハッハァ! これでも喰らえェ!』
レオガルーがそう叫ぶと、彼の背後から巨大な数珠の如き尻尾が持ち上がった。その戦端に鋭く尖った針がついているのを見て、ゼルプスが仮面の下で血相を変える。
『やべっ!』
大きく回避し針を躱すゼルプス。空振った針は床に突き立つ。するとそこから流し込まれた紫の液体が、あっという間に地面を融解してしまった。
『危ねぇ。スコーピオガルーの無機物すら溶かす毒……ゼルプスの装甲じゃ喰らったら一溜まりもない』
『ハッハッハ。確かコイツにやられてお前は死の淵を彷徨ったんだっけなァ。懐かしい話だ。美人にでも看病してもらえたかァ?』
『ああ、おかげさまでな……!』
これがレオガルーの能力。別のネガガルーの能力をコピーする力だった。その条件は……。
『やっぱり喰ってたか! どうりで逃がした後に出てこない訳だ……!』
『ハッハァ! 俺は失敗には人一倍厳しいんでなァ。俺の期待を裏切った奴は餌にしているのさ』
『嘘つけ。有用な能力が欲しいだけだろ!』
『ガハハ、それも嘘じゃねェ!』
レオガルーは捕食した対象の能力をコピーする。即ち喰らった同胞の数だけレオガル-は強くなるのだ。まさしく頂点にのみ許された特権のような力だ。
この力で自身を強化すべく、失敗し続けたネガガルーにレオガルーは厳しい処罰を与えてきた。ゼルプスに敗北し逃げ帰ってきた者たちを捕食吸収し己の力に変えてきたのだ。例外は、片腕たるホーンズのみ。
哄笑するレオガルーは更に蝙蝠の翼を生やし、両腕を蟹の甲殻めいたガントレットで覆い、額から一角獣の角を伸ばした。全て捕食し得た力だ。
『俺は強ェ! ネガガルーは力こそ全てだ! だから全てが許される! 俺が最強だァ!』
『反吐が出る倫理だよ!』
一角より雷が迸る。それを躱しながらゼルプスはレオガルーへ肉迫した。Zストレートを走らせ、レオガルーの胴を薙ごうとする。だがガントレットに受け止められ、叶わない。
『くそ!』
『グハハァ!』
レオガルーは刀身を受け止めたまま蝙蝠の翼を羽ばたかせて僅かに浮き上がり、上からゼルプスを押し潰しにかかる。単純だが強力なプレスによって、ゼルプスの全身は軋みを上げた。
『ぐあああっ……!』
『どうしたこのままペチャンコかァ!?』
『だ、れが……!』
屈しそうになる膝を気合いで堪えるゼルプス。その時、スーツと装甲に刻まれた白いラインが輝いた。
『誰が潰れる、もんかぁぁぁっ!!』
『ヌオォッ!?』
ラインが光った瞬間、ゼルプスは一気に盛り返した。重量挙げのようにレオガルーの巨躯を持ち上げると、そのまま放り投げてしまう。
『クッ、やるじゃねぇか。だが……』
宙へ投げられたレオガルーは翼を広げて滞空することで地面への衝突を免れた。そして羽ばたきながら己を投げ飛ばしたゼルプスを見下ろす。
『ぐ、ううぅぅ……!』
その視線の先にいたゼルプスは呻いていた。反撃した筈だが、むしろダメージを受けている風なのはゼルプスの方だった。息を荒げ、苦しんでいる。
『ソイツがゼルプス、お前の強さに秘密であり弱点でもあるライオットサーキットか』
『はぁ、はぁ……ちぃっ』
ゼルプスのスーツと装甲に走る、古傷のような白いライン。それはゼルプスの身体能力を底上げする切り札的機能の一つ、ライオットサーキットだった。電子回路のようにも見えるそれが輝いた瞬間、ゼルプスの身体能力は爆発的に上昇する。膂力の向上、瞬発力の強化……シンプルだが格闘戦を主体とするゼルプスにとっては強力な機能だ。
しかしその力は、諸刃の剣でもあった。
『パワーと引き換えに、その熱はお前自身を灼く! 力を使えば使うほどテメェは焼け焦げていくんだ。可哀想になァ、消耗品のゼルプスくゥん』
『はぁ、はぁ……黙れよ』
ライオットサーキットの副作用……それは高熱であった。白いラインは身体能力の向上と引き換えに高熱を発する。その熱量は引き出したパワーに応じて熱くなり、スーツの下にあるレイマの生身を焼き焦がす。レオガルーの言う通り、レイマ自身の身体を消耗品として発動する力なのだ。
『選んだのは、引き金を引いたのは……いつだって俺だ!』
言い捨てて、ゼルプスは空中のレオガルーへ向かって跳躍する。片手のZストレートを閃かせ斬りかかるが、交差させたガントレットで防がれた。
だが、それで終わらない。
『おおおぉぉぉっ!!』
『何、グオォッ!?』
ライオットサーキットを励起させ膂力を上げたゼルプスは、そのまま刀身を押し込んですぐ近くの柱へとレオガルーを叩きつけた。
『ガハッ!』
『まだ、だぁっ!』
再びライオットサーキットを光らせ、ゼルプスはレオガルーの身体を蹴った。より柱に押し込まれるレオガルー。だがゼルプスの狙いは、蹴りの反動で跳ね上がること。ゼルプスの身体は、また別の柱に横向きに着地していた。
『はああぁぁぁ……!』
柱に手をつき、指を食い込ませることで固定。ライオットサーキットを光らせながら両脚に力を溜める。そして臨界に達した瞬間に、Zストレートを構えて爆ぜるように跳んだ。
行き先は当然、柱に埋まったレオガルー。
『ぜやああぁっ!!』
『ガアアッ!!』
溜めた跳躍の勢いを乗せた斬撃の威力は絶大。刃は柱ごとレオガルーを切り裂いた。斜めに真っ二つとなり崩れていく柱と、落下するレオガルー。地面に激突するその胴体には斜めに切り裂かれた深い傷が刻まれていた。
『グ……俺様の身体に、これほどの傷をつけるとはなァ。だがその代償は、デカいらしい』
起き上がり己の傷の深さを確かめるレオガルーは驚愕する。兵器を越えるネガガルーの中で最強の名を欲しいままにしていたレオガルーが傷つけられた記憶など、とんとして無い。初めてかもしれない大ダメージだ。
しかしそれを為したゼルプスも、無傷ではなかった。
『ぐああああっ!!』
何かが泡立つような音と、焦げ臭い異臭。膝を突くゼルプスの周囲には、陽炎すら浮かんでいた。ライオットサーキットの力を引き出し過ぎた反動が、レイマの身体を灼いているのだ。
『が、ぐうぅ……』
『ハハハハ! 滑稽だなァ、俺を倒すためには自分を焼き焦がさなきゃならない。人類を救うなんつゥ大層なお題目の為だけに! なァ今からでも遅くはねェ。俺の仲間になれよ』
Zストレートを杖にすることでようやく立ち上がったゼルプスに対し、レオガルーは距離を詰めながら勧誘する。
『叛転陣に飛び込んじまえばそんな痛ェ思いなんざしなくて済むぜェ。それどころか気に入らねェ奴らを好きに黙らせる力が手に入る。そんな窮屈なヒーローごっこよりももっと自由で素敵な力がよォ』
『……確かにな。不自由ばかりだよ、仮面ライダーってのは』
『だろォ? じゃあなっちまえよ、ネガガルーに』
お互いの攻撃が届く間合いに至ってもなお、レオガルーは手を伸ばした。
『俺はテメェを気に入ってんだ。なァ、来いよ。俺たちのところによォ』
『……勘違いしてるみてぇだから言っておく』
『あァ?』
ゼルプスは痛みと熱で震えそうになる身体を押さえつけ、刃を構える。そこに一切の迷いはない。
『俺は自由になりたくて仮面ライダーになったんじゃない。誰かの自由と平和を守りたいから、仮面ライダーになったんだ』
狼面に浮かんだ双眸が鋭く輝く。
『それを捨てて得られる自由なんざ、死んでも御免だ!』
『ハッ! だったら……死んでおけェ!』
交渉は決裂。ゼルプスを見限ったレオガルーは拳を大きく振り上げた。甲殻に包まれた鉄拳がゼルプス目掛け叩き込まれようとする。
『――ゼルプス、
だがゼルプスは次の瞬間には、その間合いの外へ跳んでいた。
『あァ!?』
それをレオガルーが濁った目で追いかけた瞬間には、もうまた別の場所に。踏み込み、駆ける。縮地の連続。まるで夜を裂く流星の如く、白い光は神殿を駆け巡った。
『どうした? 俺はここにいるぞ!』
『クソ、ちょこまかとォ!』
拳やサソリの尻尾、角からの雷による攻撃でレオガルーを捉えようとするが、まったく当たらない。白い光の残像だけがレオガルーに追える精一杯。光に近い速さとなったゼルプスは、焼ける肉の臭いだけを残して駆ける。
『はああああぁぁぁぁっ!!』
充分な加速を得たゼルプスは、その速度を維持したままZストレートでレオガルーを切り裂く。すれ違いざまに、何度も、何度も。レオガルーはまるでカマイタチに襲われたかのように裂傷を増やしていく。
『ガッ! ガハァッ!』
『これが、俺の――覚悟だ!』
そして渾身の一閃。
全てを置き去りにして輝く残光は、レオガルーの逞しい片腕をその後ろの翼ごと切り裂いた。
『グアアアアアッ!!』
『幕を降ろすぜ、グラトニー!!』
ガードを上げる手も、逃げる翼も削いだゼルプスは足を止め、ドライバーの引き金を引いた。
【LAST SPURT! READY!!】
戦いの幕引きを告げる電子音。地を蹴って飛び上がることで白い光が不知火のように舞い散る。
『ズィイィィド、ブレエェェ―――ク!!!』
『グ、ガアアアァアァァァッ!!!』
それは全ての因縁に終止符を打つ、白き流星。
炎を纏う鋭い蹴撃が、レオガルーを光の如く射貫いた。
着地したゼルプスは振り返らずに言う。
『これで終わりだ。お前も……この戦いも』
『ハッ……そうか。つまらねェな、もう終いかよ……』
胸部に巨大な穴を開けたレオガルーは死期を悟り、全身に亀裂を入れながら最期の言葉を吐く。
『まだ喰い足りねェからよォ……続きは地獄で待ってる……ぜ……』
そう言い残しレオガルーは……ゆっくりと傾いで、爆ぜた。
その存在の強大さを示すほどの巨大な爆発。その後に残されたのは、塩と化した混成獅子の遺骸だけだった。
ここに最強のネガガルーは潰えたのだ。
『……馬鹿。流石にお前と同じところへはいかねぇよ。……最下層で暴れてやがれ、この暴食野郎が』
レオガルーが斃れたことを確認して、ゼルプスは膝を突いた。変身も解除される。
「レイマ!」
倒れそうになるレイマへと降魔が駆け寄る。既に肉体は限界で、レイマはもう見上げることがやっとだった。
「ぐ……降魔、他の連中は……?」
「ああ、全員倒した! ここにいたネガガルーは全滅だ! 俺たちの――勝利だ!」
感極まった声音で告げる降魔。今ここで、長きに渡るディアハンターとネガガルーの戦いは終焉したのだ。
脂汗を流しながら、レイマも薄く笑みを浮かべる。
「ようやく、か。……だがまだ、仕事が残ってる」
「叛転陣の破壊だな。それは俺たちに任せて、お前はもう休め」
「いや……見届ける。他でもない、俺がそうしたいんだ」
「……分かった」
固い決意を見せるレイマに折れて、降魔は肩を貸し連れて行く。
叛転陣には幾つもの爆薬がセットされ、今まさに起爆されるところだった。
「――ファイア!」
その掛け声で、スイッチが押される。
古代民族が造り上げた代物でも、無限の耐久力があるとは限らない。四つの柱と台からなる叛転陣は爆発を受けて粉々に砕け散る。ここまで砕かれれば、さしもの古代技術もただのガラクタだ。
これでもうネガガルーが生まれることはない。
ディアハンターは……ゼルプスは、本当に勝利したのだ。
「やったな、レイマ」
「ああ……」
「折角だから勝鬨を上げるか?」
「無茶言うなよ……だけど」
全ての仕事を終えた隊員たちが最大の功労者であるレイマを見つめる。レイマにもう大声で何かを話すだけの気力は残されていなかったが、それでもその視線に応えた。
「……このくらいはな」
俺たちの勝ちだと、拳を突き上げる。
大歓声が、上がった。
※
どこかの遠く。曖昧な場所でのことだ。
透明な炎が、ゆらゆらと揺れていた。
『丁度良い世界が見つかったな』
それは言葉を発しながら、ただただ揺られている。
ゆらゆらと、ゆらゆらと。
『怪人の存在する世界。それも壊滅して絶滅寸前だ……取り込むのは用意。問題は仮面ライダーがいることだが……それも一人ならどうにでもなるか』
炎は野望を語る。
『次の侵攻先はここに決めた。同胞にはよい報告が出来るだろう』
ゆらゆらと、ゆらゆらと。
『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』
悪意の魔人が。
滅びを連れて、やってくる。