仮面ライダーデュオル/アーリー 仮面ライダーゼルプス   作:春風れっさー

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02 巡る季節に歌を/征服前夜

「もうすっかり暖かいね」

「だな。冬の寒さが嘘のようだ」

 

 淡い色合いの花弁が空に、そして水面に舞い散っていた。二つの青を薄桃は柔らかに彩り、流れる風が時間を動かす。それは春の訪れを祝福する光景。

 川沿いの桜並木を、レイマとミナギは並んで歩いていた。

 四月も半ばを過ぎた日和は暖かく、心地よい。気を抜けば春の陽気に眠って暁を忘れてしまいそうな穏やかさの中で、二人は言葉を交わしていた。

 

「これから地獄だよー? レイマ、暑いの苦手だもんねー」

「そうなんだよなぁ。あの季節がやってくると思うと、この春風も忌々しく思えてくるぜ」

 

 クスクスと笑うミナギと頭を掻くレイマは、今はディアハンターの制服ではなく普段着だ。ミナギは春らしい淡い色合いの花柄ワンピースを、レイマはラフなシャツとスラックスを着ている。その姿は、散歩に出た夫婦――の、ように見えなくもない。

 

「あんまり部屋を冷やし過ぎちゃ駄目だよ?」

「陽射しに言ってくれ」

「ふふっ!」

 

 辟易したようにレイマは言う。ミナギは夏の暑さに溶ける彼を想像して、例年通りだと微笑んだ。

 だがその笑みも、不意に曇る。

 

「……あのさ」

「ん?」

「ディアハンター、まだ続けるんだよね」

 

 穏やかな日常。

 それでもミナギは、レイマの腰に下げた革の鞄に入っているゼルプスドライバーを忘れてはいない。

 

「そりゃそうだ。まだネガガルーが全滅した訳じゃないしな」

 

 叛転陣は破壊されたが、それに連動して全てのネガガルーが死に絶える訳では無い。あくまで叛転陣は人間の組成をネガガルーに変える製造装置。既に変じて世に出てしまったネガガルーを止める術はない。

 だから鎮圧組織ディアハンターの仕事はまだ終わらない。その脅威が確認されれば急いで駆けつけ、撲滅する。ネガガルーの脅威が完全に消える、その時まで。

 

「お前はいいんだぜ。専業歌手に戻っても」

「レイマが辞めないなら、辞めないよ」

 

 レイマも、ミナギも、まだディアハンターを辞めるつもりはなかった。Zストレートの配備によってディアハンターの戦力は向上されたが、それでもゼルプスが最大戦力なことに変わりは無い。その変身者であるレイマはその仕事を他に譲るつもりはなかった。ミナギもまた、そんなレイマを支え続けると決めていた。

 それでもやはりその仕事は叛転陣が破壊される前より少なくはなっている。だからこうして、二人で穏やかに出かけることも増えていた。

 故に会話も、日常の話へ戻ってくる。

 

「でも新曲の歌詞には困ってるんだよね~」

「あぁ、お前は自分で書くもんな」

「そう! ……だからさ、レイマ」

 

 ステップを踏んで前に出たミナギは、クルリとレイマに向かって振り向く。桜吹雪の中で金茶の髪が、踊るように広がった。

 

「何がいいか、一緒に考えてくれない?」

 

 そう小首を傾げるミナギの顔が、あまりにも無防備で。

 一瞬見惚れて、レイマは少し染まった頬を隠すために顔を逸らした。

 

「あ……あぁ。しかし歌詞って言われてもな。俺は素人だし」

「別に難しく考える必要はないよ。レイマに文才ないの知ってるし」

「おい」

「ただこんな感じのがいいな~、とか言ってくれれば、それでインスピレーションが湧くと思うから。だからあんまり考えずテキトーに言ってみて」

「と、言われてもなぁ……」

 

 レイマは考えた。これからのこと。これまでのこと。

 ネガガルーとの決戦は終わった。長きに渡る戦いは、収束しつつある。

 だとすると、次に考えるべきは……。

 

「未来の歌、かな」

「ふぅん、未来かぁ。いいね、希望があって。でもそれはなんで?」

「言われた通りそんな難しい話じゃないさ。ネガガルーの脅威が収まって、これからを考えられる人が沢山出てくるだろう?」

 

 ずっと戦いが続くわけじゃない。戦いはいつか終わり、次の未来がやってくる。ミナギ、エフレイヤ、博士、降魔。ディアハンターの仲間たちもそれぞれの未来を選ぶときが来る。それがいつかは分からないし、どんな道を選ぶのかも分からない。それでもレイマは、何を選んでも喜んで送り出したいと思った。

 

「だったらそんな人たちを、祝福してくれる歌がいい。次の道を模索する人たちを、優しく出迎えてくれるような」

 

 桜舞い散る空を見上げる。冬は終わり、桜と共に春も去り、夏が来て、やがて秋へ移ろっていく。そしてまた同じように冬を経て、また春になる。当たり前の話だ。

 世界が終わらなければ、必ず未来が訪れるのだから。

 

「……その中には、レイマも含まれてる?」

「え? まぁ、そうかもな」

「へぇ……だったら、そうしようか、なっ!」

「うわっ!?」

 

 同じ空を見上げた後、ミナギはレイマの隣に戻ってその腕に抱きついた。間近で香る桜よりも強い香りに、レイマの胸は高鳴ってしまう。

 

「ちょ、お前……いきなりやめろよ……」

「ふぅん? いきなりじゃなかったらいいんだ?」

「そういう問題でもなくてだな……」

「えへへ!」

 

 二人はそれからも、並んで歩いた。

 

 

 ※

 

 

 

「ハァ、ハァ……こんなこと、ある筈がねぇ……!」

 

 暗い、どこかの路地裏。

 壁に凭れた男が腹部を庇うようにして荒い息をついていた。

 

「何かの間違いだ……頭領(カシラ)が……あの人が負けるなんて、そんなことがあり得る訳がねぇ……!」

 

 信じたくない訃報に、男は――グラトニーの片腕であったホーンズは涙を流した。

 

頭領(カシラ)ほど強ぇ奴なんかいねぇ! あの人が死ぬなんて、あっちゃいけねぇことなんだ! クソッ、クソッ! 俺が意地張ってでもついていけば……!」

 

 ホーンズはゼルプスとの戦闘で負傷し一時前線を退いたが、最後までグラトニーと戦うつもりだった。それを無理矢理下がらせたのはグラトニー自身だ。何を思っての行動かは分からない。こんなつまらないところで片腕を消費するのは勿体ないと考えたのか、あるいは最期を悟ってせめて連れ添った相方だけでも逃がしたのか。その真相を知るのは本人だけで、もうこの世にいない。

 

「許せねぇ……許さねぇぞ、ゼルプスゥ……!」

 

 ホーンズも、グラトニーも間違いなく悪人だ。無辜の人間を幾人も殺し、己の欲望のままに振る舞った怪人だ。

 それでもホーンズは、ネガガルーの頂点に立つグラトニーという男を本気で敬愛していた。

 故に湧き上がるドス黒い憎悪のままに、仇であるゼルプスへの恨み言を吐き捨てる。

 

「殺してやる、殺してやる……!」

『――ふむ、よき憎悪だね』

 

 唾棄した言葉。それを拾う者がいた。

 目を見開くホーンズの前に現われたの極彩色の人魂だ。

 

「な、あっ? お、お化け?」

『その面で可愛らしいことを言うな……だが、外れてもいない。しかし強いて言うならば……神かね』

 

 炎は揺れるようにしてしゃべった。

 

『君に救いをもたらそうとやってきたのだよ。……憎いのだろう、仮面ライダーが』

「な、何故それを知って……」

『そんなことはどうでもよかろう。どうなのかね? 復讐したいのか、それとも……このまま怯えて、縮こまって惨めに生きるのか?』

 

 嘲るような声音で囁かれる言葉。それにホーンズは堪らず青筋を浮かべた。

 

「アァ!? んな訳ねぇだろうが! 復讐だ! あのにっくき仮面ライダーを、八つ裂きにしてやる……!」

『フフフ。ならば契約しよう。なぁに、悪いようにはしないとも。神様は、■■(ヒト)を救うものだからね』

 

 昏き底に潜みし敗北者。この世の者では無い侵略者。

 それらが結びつき、全てが始まる。

 

 

 ※

 

 

 祭り囃子と喧噪。生温い夜の風と目に眩しい提灯の明かり。思い出に残るのは、きっと楽しいことばかり。

 夏祭りの季節がやってきた。

 

「おー! これがジャパニーズの祭りであるか! 意外とカラフルであるな!」

「おいコラ、はしゃぎ過ぎんなってさっき言っただろうが」

 

 神社で開かれた祭りの光景を見てピョンピョンと嬉しそうに跳ねているのは、鮮やかな縞模様の浴衣に身を包んだエフレイヤだった。ジャンプする度に赤毛が舞い、着地の度に下駄が鳴る。

 それを呆れた表情で、あるいは微笑ましく見ているのはレイマとミナギだ。

 

「ふふっ、エフレイヤちゃん楽しそう。去年はネガガルーの対応に追われてずっと缶詰だったんだっけ?」

「俺も似たようなもんだけどな。というか、祭り自体が久々だ」

「あ、分かる~。私もプライベートで来たのは久しぶりだもん。大人になるとね」

 

 二人は今日、どうしても夏祭りに行きたいと駄々をこねるエフレイヤの保護者役で同伴していた。ネガガルーが減ったとは言え、まだまだ脅威は健在。司令官であるエフレイヤが外出するのには相応の護衛が必要だった。故に最高戦力であるレイマと、カモフラージュと司令官からの熱い口利きによってミナギが選ばれたのだ。

 

「おー、アレがリンゴ飴という奴だな! 舌が赤くなるというのが本当か試してこよう!」

「聞いてねぇし……そんなに来たいもんかね、浴衣まで着て」

「ふふっ。……ねぇレイマ、私はどう?」

 

 そう言ってミナギは袖を広げて見せる。ミナギもまた夏祭りに相応しく浴衣に身を包んでいた。水色の地に浅葱色が波打って、流水を描いた涼やかで夏らしい柄。髪は結い上げてかんざしを挿している。うなじを惜しげも無く晒した白い首元から目を逸らしながら、レイマは感想を口にした。

 

「あ、あぁ。いいんじゃねぇか。水色なのはディアハンターの色か?」

「え? ……もう、鈍いなぁ」

「えぇ?」

 

 回答が気に入らなかったミナギは唇を尖らせ、エフレイヤを追いかける。

 

「ねーエフレイヤちゃん! レイマったら酷いんだよ!」

「うむ? それは今に始まったことではないだろう。レイマにデリカシーという奴はないからな!」

「好き放題言うじゃねぇか……」

 

 姦しく言い合う二人にレイマは溜息をつく。その肩を後ろからポンと叩く手があった。

 

「ははっ、ウチのエースも女の前には形無しだな」

「降魔。お前が護衛か」

「まぁな。だがそんな堅苦しいもんじゃねぇよ」

 

 レイマの隣に現われたのは甚兵衛姿の降魔だった。いくら最高戦力とは言えレイマ一人だけに司令官の護衛を任せる訳もない。エフレイヤには影ながら守る為の護衛が用意されていた。その一人が降魔であった。

 しかし降魔の言う通り、そこまで格式張った任務でもなかった。

 

「ボディガードできる奴を集めて散らしているが、ほとんどは祭りを自然に楽しむように言ってある。何せ溶け込まないと警戒されるからな……という名目で、本当に遊ばせてる」

「おいおい……」

「別にいいだろ。もうネガガルーの脅威もすっかりなりを潜めたんだから」

 

 肩を竦める降魔。それを呆れた目で見つめるが、その言葉を否定はしなかった。

 かつては毎週のように現われていたネガガルーだが、今の出現率は月に一度を割っていた。もう残存しているネガガルーがほとんど残っていないということなのだろう。

 レイマはそれにどこか不気味さを覚えている。だがほとんどの人間はネガガルーの脅威が去ったものと考えていた。戦闘部隊の隊長である降魔もその一人だ。最も彼の場合は、隊長の責任として最低限の警戒はしている。だが部下にまでその姿勢を強いることはないと考えていた。

 

「今残っているような木っ端の奴輩なら俺たちで充分! だろ?」

「まぁ、な。なんだったら俺もいなくていいんじゃないか?」

「ダメダメダメ。それは司令が怒るから」

 

 これ幸いと離れようとするレイマの首根っこを降魔は掴まえる。レイマとミナギを引き離すとエフレイヤは途端に不機嫌になるのだ。

 

「ぐえっ」

「大人しく今日一日は付き合え」

「おーい、レイマ! 来るのじゃ!」

「ホラご指名だぞ。行け保護者サマ」

「ったく……お前も来い。はいはい、なんだよ」

 

 降魔を連れ立ち、レイマは大声で呼ぶエフレイヤの元へ馳せ参じる。ピョンピョン飛び跳ねるエフレイヤがいたのは一つの屋台だった。暖簾には、射的屋と書いてある。祭りでは定番の店だ。

 

「これ! これをやるのじゃ!」

「射的かぁ……得意じゃないんだよな」

「アレが欲しいのじゃ!」

 

 そう言って指差すのは的となっている景品の一つ。どうやら侍のフィギュアであるようだ。

 

「マジか、もっと女の子らしい物にしろよ。あそこのぬいぐるみとかさ」

「嫌じゃ! 妾はいつかサムライになるのじゃ! 名刀を握り不埒な輩を切っては捨てるのじゃ!」

「なんつー夢だ……戦国時代の子どもか?」

 

 年相応のわがままにレイマはたじろぐ。そしてそのわがままの援護射撃をする者がいた。ミナギである。

 

「レイマ、やって」

「いや、だから得意じゃないって……」

「やって。エフレイヤちゃんの為でしょ。ねー?」

「うむ!」

 

 レイマに対しては有無を言わさぬ冷たい目で見つめ、エフレイヤに対してはにっこりと笑いかける。あまりの対応の違いに隣で見ていた降魔がレイマの脇腹を小突いた。

 

「尻に敷かれてんのか?」

「エフレイヤに甘いんだよ……子どもが好きだから……」

 

 仕方ないと、レイマは代金を払って店主から銃と弾である輪ゴムを三つ受け取る。輪ゴムを装填し狙いを定め、レイマは標的のフィギュア目掛けて撃つ。

 一発目。上に逸れてあらぬ方向へ。

 

「下手くそ!」

「うるさいなぁ、だったらお前がやればいいだろ」

「身長制限で駄目だったのじゃ!」

「チビがよぉ……」

 

 差し込まれる幼い野次に言い返しながら次を撃つ。

 二発目。今度は下の棚に当たって別の景品を倒す。

 

「はい当たり~。ヌグルブチャゴホンヅノオオサンショウウオのぬいぐるみで~す」

「レイマぁ!」

「いや当たっただけマシだろ……ってか何? 何のぬいぐるみって言った? ヌグ……え? それ実在する生き物なの?」

 

 外した結果当たってしまった得体の知れない形状をした生き物のぬいぐるみを受け取る。虹色をしたそれは五本の角が生えたウーパールーパーのお化けみたいな形状をしていた。手触りが冷感素材で、夏場は抱き心地よさそうではある。レイマは微妙な顔になりながらそれをエフレイヤに一応渡し、三発目を構えた。

 仏の顔も三度まで。むくれるエフレイヤの為に……もとい、それを抱きかかえるミナギのジト目をどうにかするべく、レイマは本気になった。

 長く小さく息を吐き、細く目を眇める。意識するのは標的よりも手元。ブレたり狂ったりしないよう、石になったかの如く固める。それでいて必要以上に強ばらないよう肩の力を抜く。

 

「――フッ!」

 

 そして銃口がターゲットを定めた瞬間、引き金を引いた。弾かれて飛び出る輪ゴム。頼りない銃弾は真っ直ぐに宙を舞い――。

 

「……残念、外れ!」

「レイマぁ!」

「痛い痛い痛い! 悪かったって!」

 

 見事に外した。

 今度は他の景品に当たることすらなく、フィギュアの横をスカッと通り抜けて輪ゴムは棚の向こう側へと消えた。三回終了。つまりは失敗。

 ぽかぽかとエフレイヤに叩かれながら、レイマはすごすごとミナギの前に戻ってくる。

 

「あー、すまん。取れなくて」

「……ふふっ、別に怒ってないよ」

 

 てっきり冷たい目のまま叱られると思っていたレイマはその言葉に視線を上げる。視線の先でミナギは柔らかに笑っていた。

 

「さっき欲しかった言葉をくれなかったから、意地悪しちゃっただけ」

 

 悪戯げに微笑むミナギは、少しだけ顔を逸らした。提灯の明かりが彼女の横顔を艶やかに照らす。そして、小さく呟く。

 

「本当は誰の色か、なんて恥ずかしくて言えないよ」

「え?」

「……何でもない! ほら、行こう? もうすぐ花火が上がる時間だよ」

「お、おう」

 

 レイマの手を取り、ミナギは祭りの喧噪の中へ飛び出していく。気怠い夏の暑さ。その中であっても妙に熱い、手と手が触れ合った。

 ヌグルブチャゴホンヅノオオサンショウウオのぬいぐるみを抱えながらエフレイヤは隣の降魔へ言う。

 

「……さっさとくっつけばよいと妾は思うのじゃが、お主はどう思う?」

「同意しますよ。……ってか、護衛対象置いていくんじゃねぇよアイツら」

 

 夏の夜は騒がしく過ぎ去った。

 

 

 ※

 

 

「わ、私は……間違ってなどいない! 私には才能があった、志があった! だというのに受け入れなかったのはアイツらだ! そうだ、おかしいのはこの世界だ!」

『あぁ、その通りだとも。君の頭脳を認めないこの世界こそが不完全なのだ。そんな世界は一度滅びた方が良い。だから私がその力を与えよう』

 

 とある廃屋。薄暗いその部屋に男はいた。見窄らしい身なりで椅子に縛られ、周囲を強面の男たちに囲まれている。しかしそれには目もくれず怯えもせず、ただ狂気的な瞳で宙空を見つめていた。

 

「あぁ、あぁ! 私が、私が世界を!」

『フッ……さあ、我々を受け入れろ――愚かな世界の一欠片』

 

 男が頷くと、その目の前に極彩色の火の玉が現われた。ゆらゆらと揺れる灯火をまるで降臨した御使いの如く狂おしく見つめる男の身体へと、火の玉は入り込む。そしてそのまま精神、肉体を侵食し融合。男をまったく別の存在へと変えていった。

 

『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』

 

 光が収まった彼――否、火の玉だった者は容易くロープを引き千切りながら立ち上がった。

 

『ふむ……まぁ、こんなものか』

 

 シルエットならば人間にも見える。腰にサーベルを佩いた身体は長身だが細身の肉体で、紺と白の制服にも似た装甲に覆われ左肩からは赤いマントを垂らしていた。そして頭部にはいわゆるトリコーンと呼ばれる三角帽子を被り、左目には片眼鏡めいたレンズを、口元にはカイゼル髭を模したマスクを身につけている。その姿を見た者は古い時代の海賊、あるいは海軍の提督を想像するだろう。そしてそれはどちらも間違ってもいない。略奪される側にとっては、どちらも変わりないのだから。

 

『コンキスタメタロー……というところか』

 

 火の玉――異次元からの侵略者メタローは、自分の姿を見て満足そうに名付けた。それは征服者としての意味を込めたもので、今の自分に相応しいものだったからだ。

 

『世界を滅ぼすことを征服と捉えたか。なまじ学があるからこそ暴力という行為にも美学を見いだそうとするものなのだろうね』

「野郎の意思はもう残ってねぇのか?」

 

 廃屋の暗がりから声を掛ける者がいた。歩き出し姿を見せたのはホーンズ。この場にいる男たちを率い、そしてメタローへ縛られた男を用意したのは彼だった。

 コンキスタメタローは見た目にそぐうような芝居がかった仕草で頷く。

 

『あぁ。彼は自分が思っていた程意思が強くなかったようでね。この肉体をイメージしたあとすぐに私の中に消えたよ。この身体は全て私が掌握している』

「まぁ所詮は学者崩れの債務者だ。いい大学を出ていようとそのあと失敗して借金漬けになったような男じゃ、そんなモンだろう。だが今のウチが攫ってこれるような輩じゃ上等な方だ」

『ふむ、確かに悪くない人材だった。彼の持っていた知識自体は実に有用である。要望を果たしてくれて感謝するよ、ホーンズ』

 

 ネガガルーは大抵の悪事に手を染めていた。その中には金貸しも含まれている。ヤミ金に手を染め身持ちを崩した男を一人攫ってくることなどは、大きく縮小した今のネガガルーでも容易いことだった。

 メタローは異世界へ顕現する際、その世界の人間を必要とする。故にホーンズは生贄として男を用意した。それがホーンズとメタローが結んだ契約であった。

 

「さて、契約は果たした。次はお前の番だぜ」

『あぁ、勿論だとも。ただ今少し待ちたまえ。こちらにも準備というものがある……』

 

 暗がりの中でコンキスタメタローは、レンズを妖しく光らせた。

 

 

 ※

 

 

「……あの」

「………」

 

 秋の埠頭。寒々しくなってきた風の中で、二人の釣り人が並んで糸を垂らしていた。

 一人はレイマ。そしてもう一人は深奥コクウ。ゼルプスの開発者にしてミナギの父。

 二人は休暇を使って釣りに来ていた。

 

「……釣れないなー」

「………」

「……はぁ」

 

 話しかけても厳めしい面をして黙ったままのコクウにレイマは溜息をついた。そのままレイマも困ったように口を噤めば、そこはもう風とウミネコの声しかしない静かな空間となる。その中で気まずい思いをしながらレイマは海面をジッと見つめた。

 釣りは元々コクウの趣味だ。研究開発の息抜きに昔からよく出かけては大きな魚を釣って帰ってきたのだとミナギが話していたのをレイマも憶えている。今回はその趣味の時間にレイマが着いてきた形になるのだが……しかし実際に誘ったのはコクウの方だった。ミナギ越しに今日を開けておくように告げられ、ほとんど強制的に連れられてきたのだ。故に今、並んで借りた釣り竿を握っている。

 だというのに、だんまり。コクウは不機嫌そうに黙ったまま何も語ろうとはしない。一体どうすればいいのか、レイマはほとほと困っていた。

 

「あー、秋頃に旬の魚って言うと秋刀魚ってイメージがあるけど、流石にこんなことろじゃ釣れねぇよな。この辺りだとイワシとかが狙い目なんかな。イワシと言えば俺はなめろうとかが好きで――」

「……レイマ」

「は、はい! なんでしょうか!」

 

 突然名を呼ばれてレイマは思わず背筋を正した。口調も敬語となってしまう。

 今まで沈黙を貫いていたコクウは、ようやくその重い口を開いた。そしてゆっくりと時間を掛けながら、次の言葉を紡ぐ。

 

「……娘と……お前は……どうなるつもりなんじゃ」

「む、娘。ミナギと、ですか」

「それ以外がおるか! ワシの一人娘じゃぞ!」

「す、すいません!」

 

 再び落ちる沈黙。機嫌を損ねてしまったかと不安になるレイマ。だがその心配は余所にコクウはしばし間を置いた後、続けた。

 

「娘は、お前を好いておるぞ」

「………」

 

 今度はレイマが押し黙る番だった。しかしそれを気遣う程、コクウは優しくもない。

 

「娘は、ミナギはよい子に育った。高齢出産が祟ってか家内は産んですぐに死に、ワシはミナギを男親一人で育てることになった。研究ばかりであまり構ってやることもできなかったが、それでもミナギは真っ直ぐに、気立てのよい女に成長してくれた。ワシ自慢の一人娘じゃ」

 

 遠い目をして語るコクウの目は寂しさが宿っていた。独り立ちし、自分から離れていく子を見つめる親というのはこういう目をするのだろうかと、レイマは横顔を見つめていた。

 

「ワシもいい歳じゃ。世間にはよく貢献した。……最近は、世紀の発掘となるであろう物も発見した」

「世紀の発掘?」

「守秘義務があるからお前にはまだ言えぬ。時間も掛かるだろうしの。ワシの寿命も長くない、後世に託すことになるじゃろうし、それでよい。もうワシは充分じゃわい。……だからワシが今願うのは、ミナギの幸せだけじゃ」

 

 海面に向けていた目が、レイマへ向けられる。深く強い、父親の瞳。それを真っ直ぐと向けられてレイマはたじろいだ。

 

「だからこそ、お前に問う。レイマ、お前はミナギをどうするつもりなんじゃ」

「俺は……」

 

 今度はレイマの方が顔を背けた。惑う視線を、海面へと滑らせる。

 

「……俺に、アイツの隣に立つ資格なんてない。アイツは夢を叶えて、俺は……夢破れた」

 

 かつて、少女と約束をした少年がいた。

 歌が好きな少女は、いずれ歌手になると誓った。戯曲が好きだった少年は、華々しい舞台に立つことを望んだ。

 いつか少女の歌の元に演じることもあればいいなと、そんな夢を見た。

 しかし現実は残酷だった。夢を持つ者が集う場所では、夢を抱えることは最低限の条件に過ぎなかったのだ。

 才能。努力。家柄に縁。一座に弟子入りした少年であった男には何も無かった。ただただ下っ端として扱き使われては、同期や後輩に追い抜かされていく日々。端役すら与えられないまま時間だけがただ過ぎ去っていく。

 一方で約束をした少女は、どんどんと頭角を現わした。美しい歌声と華やかな容姿で人々を魅了し、今では世界に羽ばたく程の歌手となった。彼女の歌にはそれだけの力があった。必死の努力と、それだけでは片付けられない才能が。

 男は遠い世界へ旅立った彼女を見て、打ちのめされた。自分の現実に、彼女との格差に。そして、約束は果たせないのだと、悟ってしまった。

 そして一座を辞めた。舞台に立ったのは、結局高校演劇部での脇役が最後となった。

 その役も、ヒロインとして歌う彼女を背後から見つめるだけの端役であった。

 

「だからせめて、アイツのことを守ろうと思ってディアハンターに入った。隣に立てないなら体を張って、アイツが気兼ねなく歌えるようにしようと」

 

 男は役者の世界で成り上がれるような物は持っていなかった。だがそれ以外は持っていた。頑健な肉体と、少女の父との縁。組織の重要なポジションについていた彼を頼り、男は世界を守る組織の一員となった。そして仮面ライダーに選ばれたのだ。

 

「だけど……」

「ミナギは、お前のことを忘れていなかった」

「……ああ」

 

 国中から賞賛されても、富と名声の代わりに忙殺されるような生活を送っても、かつて少女だった女は男を忘れてはいなかった。男が危険な役どころについたことを知ると、彼を支えるべく周囲の反対を押し切ってその組織に加入する。男は拒もうとしたが、無理だった。世界的な歌手になれるほど意志の強い彼女は押しも強かった。

 ……女はずっと、幼馴染である男のことが……。

 

「でも、どうすればいいか分からないんだ」

 

 男は、レイマは目を伏せた。

 

「アイツに告白する資格なんて、ない。俺には何もない。けれど突き放すこともできない。アイツを傷つけたくない。だからこんな、どっちつかずな曖昧な関係に浸って……それでいいと、満足している自分がいる」

 

 このディアハンターでの関係に、優越感を覚えている自分をレイマは自覚していた。彼女の平穏を守る為に戦う自分と、それを追いかけて心配してくれる幼馴染。そうまでして想ってくれる唯一の人間であることに、特別な関係に、自分は酔いしれているのかもしれない。レイマはそう思っていた。

 だとすると、ネガガルーとの戦いが続くことを一番望んでいるのは……。

 

「最低だって、分かっている。けれど、俺は……」

 

 それでも前に進むことはできなかった。変わらなければいけないと分かっていても、なお。

 その勇気が、ない。怪物にならば、いくらでも立ち向かえるのに。

 

「馬鹿だよな、俺は」

「……ミナギからの、最近相談を受けることが多いのじゃ」

「相談?」

 

 唐突な話題の転換に顔を上げ問い返す。気にせずにコクウは続けた。

 

「新作の歌詞に難航しているようじゃ」

「ああ……そういえば」

 

 確かにミナギは自分で新しい歌を書いてはいなかった。ここ最近彼女が歌ったのは他アーティストから楽曲提供されたものばかりだ。それも空前のヒットをしたのだが……。

 しかし、レイマと約束した未来の歌。それは未だできていなかった。春先に語らった時から、もう半年は経つのに。

 

「中々上手く書き上がらないらしくての。方々に相談に行っているようじゃ。ワシだけではなく、降魔や、司令のところにも押しかけておるらしい」

「降魔にエフレイヤ? なんでそんな面子……」

 

 歌の相談に行くにしてはあまりにも不適切な人選だった。エフレイヤは演歌しか歌わないし、降魔に至っては音痴だ。

 

「まぁのぅ。おかげで遅々として進まんらしい。じゃが、先にタイトルだけは決まっているようでの」

「タイトル?」

「あぁ」

 

 コクウは、呟くようにして言った。

 

「『Dear Wolf』」

「!!」

「鈍いお前でも、誰のことかくらいは分かるじゃろう」

 

 狼へ送る歌。それが誰を示すのか、流石に察せないほどレイマも疎くはなかった。

 彼女が未来を祝いたい人。ミナギが抱える本当の願い。

 踏み出すべきなのは、誰なのか。

 

「……だけど、俺は」

「釣り合うかどうかは知らんがの」

 

 コクウは再び釣り竿へ視線を戻した。

 

「娘を泣かせたら許さんぞ。父親から言うべきことは、ただそれだけだ」

「………」

 

 その言葉をレイマは重く受け止めた。

 それきり、両者は無言となる。

 結局その日はボウズで終わった。

 

 

 ※

 

 どこかの廃工場。そこにホーンズたちとコンキスタメタローはいた。

 ネガガルーの残党を率いたホーンズはコンキスタメタローに対して懐疑的な眼差しを向けていた。

 

「本当にできるのか? ネガガルーの復興、ゼルプスへの復讐がよ」

『可能だとも』

 

 コンキスタメタローは右腕を開き、閉じ、具合を確かめていた。その手首には黄金の鎖が巻かれている。

 

『リソースを準備するのに手間取ってね。随分と時間が掛かった。まぁ……これから引き起こすことを考えれば微々たるものに過ぎないけれどね』

 

 そう言ってコンキスタメタローは、ホーンズへ手招きをした。

 

『来たまえ』

「……あぁ」

 

 訝しげにしていたホーンズも、表情を真剣な物に変えコンキスタメタローの前へと進み出る。そして目の前に来たホーンズへとコンキスタメタローは手を翳した。

 

『――複製、開始』

 

 黄金の鎖から光が発生する。その光はホーンズの輪郭を写し取ると、その隣に光で人型が形成した。それは明確な輪郭を以て顕現し……。

 

『……上出来だ』

 

 そこにいたのは、レイヨウの特徴を持つ怪人……ガゼルガルーだった。

 男たちからどよめきが上がった。ホーンズも隣へ現われた自分の変身態と同じ姿を持った存在に目を瞠る。

 

「本当に複製が可能なのか……」

『君たちは怪人としては案外単純で雑な構造をしている。本来は使い捨ての兵士や労働力として運用される存在だったのだろうね。寿命もさして長くない……だがそれが今は有用に働いた。複製は難しくない』

 

 叛転陣のように怪人を生み出す兵器はメタロー、魔人教団といえど生半には用意出来ない。しかし元からいる怪人を利用し複製することには長けていた。

 コンキスタメタローは更にガゼルガルーを複製していく。廃工場には、あっという間に数十体のガゼルガルーが並んでいた。

 

『低コストな君らならば、軍隊……いや、国レベルで増やすことが可能だ』

「おぉ……! これならばアイツに復讐できる!」

 

 予想以上の戦果に喜色を浮かべるホーンズ。周りの男たちも勝機が見えて静かに盛り上がっていた。

 グラトニー率いるネガガルーの組織が壊滅してから彼らも手をこまねいていた訳ではない。ディアハンターを討ち元の趨勢を取り戻すべく密かに活動を続けていた。しかしゼルプスだけではなくZストレートを配備されたことで隊員たちも強力になっており、思うように成果を挙げられていない……否、全て事前に潰されていた。

 しかしこれまでだ。ネガガルーの復興、仇敵ゼルプスへの復讐。この戦力ならばそれが成る。

 

「ギヒヒッ……待ってろよ、ゼルプスゥ……!」

 

 瞳に狂気的な光を湛え、ホーンズは歯列を剥き出して笑う。それをコンキスタメタローは、まるで水槽の中で面白い動きをする動物を眺めるかのように見守っていた。

 

 

 ※

 

 

 カウントダウンがゼロとなった瞬間、待ってましたと言わんばかりに破裂音が鳴り響いた。

 

「「ハッピーニューイヤー!!」」

 

 喜びの声と共にクラッカーから紙吹雪が飛び出した。歓声が沸き立ち、周囲には安堵にも似た空気が満ちる。

 ここはディアハンター本部の大ホール。常は重要な集会が開かれる以外は物置になっているそこは、色とりどりの飾り付けがされいくつものテーブルには様々な料理が並べられている。そして多くの職員が集まっていた。今日ここは、年の瀬を祝うカウントダウンパーティーの会場だ。

 

「新年明けましておめでとうなのじゃー!」

「「「おめでとう! 司令!!」」」

 

 代表した童女の声に野太い男たちの声が応えた。司令に対し屈強な部下たちが応じているだけなのだが、何故だかそこはかとない犯罪性を感じさせる。

 

「やれやれ、司令は大人気だな」

「レイマも、明けましておめでとう。今年もよろしくね」

「ああ、おめでとう。よろしくな、ミナギ」

 

 それを少し離れたところで見ていたレイマとミナギも、手にしたグラスをかち合わせて新年を祝う。

 

「無事に今年も迎えられたな」

「それ、レイマが言うと少し洒落にならないよ。でも、うん、本当によかった」

「はは」

 

 苦笑いを浮かべるレイマ。命懸けの戦士が語る無事という言葉は、どうしてもブラックジョークになってしまう時がある。

 

「というかお前、こんなところにいて良いのか? 年の瀬の歌手は忙しいものなんじゃないか?」

「大丈夫、今日のために全部蹴ってきたから!」

「おいおい……」

 

 グラスのシャンメリーを傾けながら二人は会話を交わす。周囲の空気もあって、軽やかだ。

 

「事務所か何かに小言言われないのか?」

「むっちゃ言われるよー。ホントはこのパーティーが開かれるって聞く直前までは、カウントダウンライブで新曲の発表とか企画してたからさー」

「ん、新曲?」

 

 だから、口も滑る。

 自分の放った言葉に気付いたミナギは慌てて手を振った。

 

「わ、わ! 今のなし、なし! 聞かなかったことにして!」

「お、おう」

 

 顔を赤くして忘れるように言うミナギに、レイマは気まずげに返した。その曲についてのことを、レイマはコクウから聞かされて知っていたからだ。

 なのでミナギの要望通り話題を逸らそうかとも思ったが……しかし気にはなっていたので訊いてしまう。

 

「新曲、完成したんだな」

「忘れてって……うーん、でも私的には納得いってないんだよね」

「そうなのか?」

 

 空になったグラスをプラプラと揺らしながら、ミナギは気難しげに唸った。

 

「むー、曲も付けてくれて完成間近なんだけど、肝心の歌が上手くいかなくて……何回もレコーディングやり直してもらってるの」

「……レコーディングって金かかるんじゃないか」

「うん。だからすごいことになってるよ。訊きたい?」

「いや、いい……」

 

 きっと凄まじいことになっているのだろう。単独で動かす金額に関してはここにいる誰よりも天上人なミナギだ。どれだけの額になるのか、レイマは想像だけでお腹いっぱいだった。

 

「わがままばっかりだから、流石にそろそろ決めないと怒られちゃいそうなんだよね。仮決めは終わってるし……それを出すことになるのかなー、やっぱり。でも、うーん」

「何がそんなに気に入らないんだ?」

 

 物珍しげにレイマは問う。歌手として圧倒的な才覚を持つミナギがここまで詰まるのは初めて見たからだ。

 

「気持ちが、ちょっと思うように乗らないんだよねー……」

 

 場の空気に当てられてか、気恥ずかしげにしながらもミナギは素直に吐露した。

 

「気持ち? 歌にか?」

「うん」

「でもいつも、お前の歌はみんなを魅了しているだろう」

 

 純然たる事実だ。ミナギの歌が多くの人を惹き付けるからこそ、彼女は歌姫として慕われている。

 好かれる要素には技術も、生まれ持った声も、そして容姿も含まれているのだろう。だがやはり、心に響くからこそ彼女の歌には価値がある。そんなミナギの歌に何も籠められていないなどとは、今更思わない。

 

「もちろん、いっつも気持ちは籠めてるよ。どんな時だって聴いてくれる人たちへの想いは欠かさない。関わってくれた人たちへの感謝もね。私はいつだって本気。でも……」

「でも?」

「それでも、この歌は特別にしたいから」

 

 レイマはミナギの顔を見た。彼女の頬は、ほんの薄らと赤みが差していた。

 飲んでいる物に、アルコールは含まれていない筈なのに。

 

「……んー! この話はここで終わり! 今日は飲んで食べて騒ごう?」

 

 言ってミナギは、喋りすぎたと話題を打ち切る。レイマも、それ以上続けようとは流石にしない。

 それに丁度、騒がしい奴らも来たところだった。

 

「おうレイマぁぁぁ、飲んでるかぁ?」

「お前は飲み過ぎだ、降魔。大して強くもねぇクセにジャブジャブ飲みやがって」

「あぁ、いいだろうがぁぁぁ……げぷっ」

 

 レイマに肩を組んできたのはべろんべろんに酔った降魔だった。酒臭い息に顔を顰める。無礼講とはいえ酔いすぎだ。部下たちの方がまだ、お行儀がいいというのに。

 

「疲れた! ミナギよ構え!」

「エフレイヤちゃん! よーしよし」

「わふぅ……」

 

 大人たちの相手をして疲弊したエフレイヤはミナギに抱きつき、頬を擦り寄せて甘えた。髪をわしゃわしゃと撫でられ、気持ちよさそうに目を細める。

 その後ろから、ヌッと大柄な影が落ちた。

 

「二人で何を話しておったのだ」

「は、博士……」

「お、お父さん。何でもないよ!」

 

 コチラも少し酒が入っているのか、座った目で二人を睨むコクウがいた。二人は慌てて取り繕う。コクウは決して酒癖が悪い方ではないが、昔から二人の仲に関してだけは絡み酒だ。

 

「なんだぁぁぁ? お前らまだ付き合ってないのかよぉぉぉ」

「お、おい降魔! シィッ、シィッ!」

「付き合うだと!? お前まさかもうCまで行ったんじゃないだろうな!」

「お父さん、それ古すぎ! ってか付き合ってないから、まだ!」

「まだだと!?」

「あ、やば……エフレイヤちゃん、何とかして!」

「この前のクリスマスにプレゼント送りあっておったぞー」

「「エフレイヤ(ちゃん)!!」」

「ぬおおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 秘密にしていたそのことに怒り狂ったコクウは、二人を担ぎ上げ振り回す。悲鳴を上げるレイマとミナギをケラケラと笑う降魔と、次は自分とねだってピョンピョン跳ねるエフレイヤ。不意に騒がしくなった一団を、参加者たちは温かく見守った。

 

 訪れた平和。穏やかな時間。

 いつまでも続けばいいと誰もが思った。

 

「――緊急です!」

 

 それを切り裂いたのは駆け込んできた隊員の急報だった。

 

 その言葉にピンと張り詰め、浮かれていた参加者は真剣な表情に変わる。

 コクウの肩から降りたレイマは頬を張り、ゼルプスドライバーを取り出した。

 

「ネガガルーが出現しました!」

 

 降魔は水を被って酔いを冷まし、エフレイヤは司令官の顔に戻って状況を問う。

 

「数は、出現位置はどこじゃ。魔力探知機で正確に補足できる筈じゃろう」

 

 未知のエネルギー、魔力。ネガガルーが発するそれを探知できるようになったことでディアハンターの探知範囲は格段に広がっていた。今ではネガガルーが暴れる前に怪しげな行動をするだけで、その企みを事前に潰せる。隊員の慌てぶりから今回は唐突に出現し直接的な破壊行為に及んでいるのだろうが、それでも数と位置は正確に割り出せる。だからエフレイヤは問う。

 だが隊員は冷や汗を流し、戦慄していた。

 

「か、数は……」

「どうした、歯切れが悪いぞ?」

「数は、分かりません。位置は判明していますが」

「なんじゃと?」

 

 エフレイヤは驚いて聞き返す。そんなことがあり得るのかと。

 

多すぎるのです(・・・・・・・)

 

 怯えながら、隊員は告げる。

 

「数は、数えきれません! 今なお増大中! 位置はこの国中、いや、世界中です!」

「……なん、だと」

 

 レイマも、ミナギも、エフレイヤも降魔もコクウも目を瞠る。

 その日、新年が訪れた日。惑星アインの世界は、変わった。

 

 移りゆく季節。必ず訪れる次の年。決して変わらない、当たり前である筈の時間。

 だがそれも、世界があるのならという話。

 魔人教団の、コンキスタメタローによる魔の手。異邦の悪意が、惑星アインを包み込みつつあった。

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