仮面ライダーデュオル/アーリー 仮面ライダーゼルプス   作:春風れっさー

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03 変貌せし世界/最高最善最優の滅亡作戦

 元旦。新たな年を祝う喜ばしい筈のその日から、惑星アインの状況は一変した。

 

『レイマ、西方防衛戦に強化個体が出現した! 出撃できるか』

「いかなきゃまずいんだろ。なら行くさ」

『……すまん!』

 

 降魔からの通信を切り、医務室のベッドからレイマは身を起こした。服を脱いだ上半身には包帯が巻かれている。

 

「いっつつ……」

 

 痛みに顔を顰めながら、それでもレイマは外へ向かう歩みを止めない。ディアハンターの水色のジャケットを羽織り、飛び出すように駆け足で出撃していく。

 

 彼専用のバイク、シングルストライカーを駆り参上したのは荒廃した集落を部隊とした戦場だった。怒号と銃声が鳴り響く中、レイマはバリゲートの裏に籠もっていた隊員を見つけ近づく。

 

「レイマさん!」

「状況は?」

 

 レイマの姿を認めると、量産型Zストレートをディアハンターの隊員はホッとしたような表情となった。レイマは非常時故それを無視し、現状を確認する。

 

「あ、はい。現在我々H班はガゼルガルーの群体を相手に防衛線を張っていましたが、突如として現われた強化個体に乱入され被害甚大。怪我人も多数出てしまいました。このままでは半時間も持たず突破されてしまいます……!」

「そうか、分かった。俺が行く」

「お願いします!」

 

 頭を下げる隊員を後ろにレイマはバリゲートの外に出る。すると、集落を闊歩していた異形共の目が一斉にコチラを向いた。

 それらのほとんどはかつてレイマが相手したホーンズの変身態、ガゼルガルーだった。しかし決戦の時に向けられたような突き刺す敵意は感じない。あるのは昆虫めいた、無機質な殺意だけだ。

 

「ったく、見飽きたって言ったのにな」

 

 腰にゼルプスドライバーを装填し、レイマは愚痴を呟く。

 そしてトリガーを引いた。

 

【ソリテュード! スタンドアップ!】

「変身」

【ズィードウルフ! CRY! CRY! LET’S CRY!】

 

 光が弾け、レイマの肉体は浅葱色の装甲に覆われる。狼面を被り双眸を閃かせたゼルプスは、ガゼルガルーの群れへと躍りかかった。

 

『ゼルプス、開演(アクション)! 俺はここにいる!』

 

 惹き付けるように叫んだゼルプスは、ガゼルガルーの内一体へ拳を振るう。それをガゼルガルーは盾で受け止めた。

 

『チッ!』

 

 ガゼルガルーの固有能力、生体武器精製。それはホーンズではない大量のガゼルガルーも持っている能力だ。故にレイヨウの兵士たちは、各々が役割ごとに分担された武器を所有していた。

 盾に受け止められ動きを止めたゼルプスへ、横から別のガゼルガルーによる槍が突き出される。

 

『しゃらくせぇ!』

 

 それをゼルプスは躱し、カウンターの蹴撃で応戦した。強かな一撃を喰らい、吹き飛んで壁に叩きつけられるガゼルガルー。

 動かなくなったガゼルガルーは、静かに塩の塊へと崩れ落ちた。

 

『まとめて掛かって来やがれ!』

 

 ゼルプスの啖呵に応えるかの如く、ガゼルガルーは攻勢を強めていった。ゼルプスこそ最大の脅威を知っているのか、次第に他の戦場にいたガゼルガルーまで集まってくる。その悉くを、ゼルプスは打ちのめしていった。

 

『お前らなんざ、ホーンズには及ばねぇんだよ!』

 

 盾を上からZストレートで叩き切り、次のガゼルガルーを更に切り捨てる。もはや作業の如く手慣れた動きだ。

 かつての強敵であったガゼルガルー。だが今のゼルプスからすれば弱敵だ。それは中身が手練れのホーンズではないからと、もう一つ。

 このくらいは楽に捌けないと、話にならないからだ。

 

『っ! 来たか』

 

 軽快にガゼルガルーたちを殲滅していたゼルプスを、特大のプレッシャーが襲う。その源はガゼルガルーの隙間から歩み出してきた、巨大な肉体を持つネガガルーだった。

 ボクサーグローブのような甲殻を持ったその名を、ゼルプスは知っていた。

 

『クラブガルー……!』

 

 それはかつて倒した敵、クラブガルーだった。だが前に倒した個体と比べると、巨大だ。見上げる程に大きなクラブガルーは周囲のガゼルガルーと同様感情を持っていない。だが纏う空気は明らかに異質だった。

 クラブガルーが拳を振り上げる。それを見たゼルプスは一目散にその場から飛び退いた。前は紙一重で悠々と躱していたが、そんな余裕はないという風に。

 その理由はすぐに判明する。重い一撃が大地に叩きつけられたその瞬間、激しいショックウェーブが発生した。

 

「うわああああっ!!」

 

 充分離れたところにいた筈の隊員から悲鳴が上がる。ショックウェーブは大規模な破壊をもたらしていた。周囲の建物を倒壊させ、固く組まれたバリゲートさえも吹き飛ばす。大地にはクレーターが刻まれ、まるで隕石が落ちた跡のようだった。

 回避し体勢を立て直したゼルプスはそれを見て歯噛みする。

 

『強化個体! クラブガルーでさえここまで強化されるのかよ……』

 

 大量発生するようになってからのネガガルーには、時折通常よりも遥かに強力な個体が混じるようになっていた。同系統の他の個体よりも巨大で力強く、並みの隊員たちでは歯が立たない新型のネガガルー。ディアハンターは奴らを強化個体と呼称していた。

 強化個体とぶつかれば甚大な被害は必至。故に未だに最高戦力であるゼルプスが対処するしかない。

 

『骨が折れるぜ……』

 

 ゼルプスは強化クラブガルーから一定の距離を取り隙を窺う。強化クラブガルーの動きは緩慢だったが、その装甲や膂力を考えれば迂闊には攻め込めない。もっと大きな、特大の隙が必要だ。

 躱す。躱す。だが時間はゼルプスの不利に働く。身体を灼く熱と焦げ臭い匂いに、ゼルプスは仮面の下で顔を顰めた。

 

『チッ……』

 

 ライオットサーキットによる副作用。このままでは熱に炙られ、先に力尽きてしまう。

 一か八か無理攻めしてみるか。そう算用を付け始めたゼルプスは、飛来する何かを目撃した。それは煙の尾を引いて飛ぶ、ロケット弾だった。

 弾頭はクラブガルーの頭部に命中し、その頭を大きく揺らした。甲殻は射抜けなかったが体勢は崩れた。充分な隙だ。

 

『幕を降ろすぜ!』

【LAST SPURT! READY!!】

 

 ドライバーのトリガーを引き、ジャンプして大きく飛び上がるゼルプス。白炎を纏い、狼は巨大蝦蛄を蹴りつける。

 

『ズィードブレイク!!』

 

 凄まじい衝撃。蹴り足を叩き込まれたクラブガルーはゆっくりとその巨体を傾かせ……そして爆発し、塩の塊となった。

 それを見て周囲のまだ残っていたガゼルガルーたちも撤退していく。だがその姿は慌ててということもなく、機械的で隙が無い。

 

「もっと減らして起きたかったが……」

 

 追撃は不可能。そう見てレイマは変身を解除する。そして背後を振り返った。

 

「降魔、助かったぜ」

「あぁ、間に合ってよかった」

 

 そこにいたのは金属の筒を担いだ降魔だった。先程のロケット弾は降魔による援護だった。

 

「担当の戦線は大丈夫なのか?」

「あぁ、キッチリ片付けたよ。だから救援に駆けつけたんだが……酷いな、こりゃ」

 

 強化クラブガルーの猛威、そしてそれ以前の破壊によって集落は壊滅状態にあった。廃屋だらけで、人が住むことはまずできない。再建すら怪しかった。

 

「どこも似たようなものさ」

 

 かつては人の営みがあった場所の変わり果てた光景。だがそれを見たレイマの胸に去来する悲しみは、その風景だけで感じる何倍にも至っていた。

 今では国中が、ほぼこの有様だからだ。

 

 人類は、ネガガルーに負けかけていた。

 世界中で大量発生したネガガルー。今まで極東と一地域でしか確認されていなかった怪人が、世界に向けて牙を剥いた。それも数え切れない程の軍勢で。

 もちろん、世界中の軍隊は応戦した。それはある程度の効果を発揮する。ネガガルーは強靱な肉体を持つが現代兵器の効果が皆無という訳でもなく、強力な軍隊を持つ国ならば善戦はできた。

 しかしそれも僅かな時間に過ぎなかった。ネガガルーは数を減らしても波濤の如く押し寄せる。次第に圧倒的物量に押され、各地の軍隊は飲み込まれるように瓦解した。多くの国も崩壊し、今では機能している政府の方が少ない。

 そんな中で今だに組織だった抵抗を続けられている数少ない内の一つ。それこそがディアハンターだった。

 

 

 ※

 

 

 ゲートを潜り、レイマは拠点となる防衛都市へと帰還した。見上げる程の巨大な壁に覆われた街は、まだ活気づいている。だが人々の纏う衣服はボロボロなものが目立ち、何もかもが足りていないことを窺わせた。

 人々の囁く噂話も、悲観的な物が多い。

 

「お隣のディアハンターに参加したっていう息子さん、負傷したんですって」

「あの城壁もいつまで持つか……」

 

 レイマはそれを忸怩たる思いで聞き流し、大通りを進む。その進路をとある一団が横切った。

 夕日が差す街中を賑やかに歩くのは子どもたちと、彼らに囲まれた一人の女性だった。

 

「ねぇお姉ちゃん、また遊びたいよー」

「そうだよ、まだいいでしょ?」

「駄目よみんな、もう帰る時間だもの。その代わり、今日はお肉を使ったシチューを作って上げるから」

 

 渋っていた少年少女は、女性のその言葉で打って変わって目を輝かせた。

 

「お肉!? やったー!」

「久しぶりだね、早く帰ろう!?」

「ふふっ……」

 

 あまりに元気な、そして現金な子どもたちに女性は柔らかな笑みを零す。そんな女性にレイマは声を掛けた。

 

「ミナギ」

「! レイマ!」

 

 名を呼ばれた女性の表情はぱぁっと華やぐ。子どもたちを引き連れていたのはミナギだった。

 子どもたちに断りを入れて先に帰らせ、ミナギはレイマへと駆け寄る。

 

「レイマ、おかえり! 大丈夫? どこも怪我してない?」

「平気だよ。ほら、二本足で立って歩ける。今じゃそれだけで贅沢だろ」

「……うん、そうだね」

 

 戯けて言うレイマの黒いジョーク。かつてのミナギなら怒るなりなんなりして窘めたが、今はそれもしない。それが確かにその通りであると、認めてしまっているからだ。

 夕暮れの街中を、二人は影法師を作りながら並んで歩いた。

 

「相変わらず面倒見がいいな。そして子ども好きだ」

「えへへ、そうでしょ。みんな可愛いからね!」

 

 レイマに褒められミナギは満足げに笑った。そして目線を正面に戻し、夕方の寒気を堪えるかのように肩に掛けた物を胸元へ引き寄せた。

 

「今は私にできることをしたいからね」

 

 彼女が今羽織っているのはディアハンターの制服ではなく煤けた襤褸のストールだった。それを見てレイマは溜息をつく。

 

「よくやるよ、身寄りの無い子どもたちを引き取るなんて」

「このくらいはね。他に私ができることもないし。お金とか地位とか、全部無駄になっちゃったから」

 

 ミナギは今、ディアハンターとしての活動をしていない。かといって、歌手に専念している訳でもなかった。

 極東の地、その唯一に近い人類の生存圏である防衛都市。他と比べればまだ秩序や生活レベルを保っているが、それでも非生産的な職業が許されるような余裕はない。ただ一つの例外は防衛隊であるディアハンターだ。

 しかしミナギがディアハンターにいてもできることは限られる。だから、出た。そうして親をネガガルーに殺され行き場を失った子どもたちを引き取り、孤児院を始めたのだ。彼女なりに自分ができることを考えた結果だった。

 

「意外と楽しいよ。レイマも偶には会いに来てあげて。タスクとノゾミも喜ぶよ」

「あー、あのマセガキどもか。ま、暇ができたらな」

 

 あまり表舞台に出ずに活動していたディアハンターも今や子どもたちの英雄だ。憧れの視線と纏わり付かれた記憶を思いだしたレイマはヒラヒラと手を振って保留する。

 しばらく黙って連れ立つ。空には紫色が混ざり始めていた。明かりを付けていく街並みと少なくなっていく人々。それを眺めながら、レイマとミナギは無言の時間を共有した。

 十字路に立ったところで、二人は立ち止まる。

 

「送っていくか? 治安は悪いだろ」

「ううん、大丈夫。明るい内にパパッと行っちゃうから。それにレイマほどじゃないけど、私だって逞しいんだよ」

 

 腕を捲り力こぶを見せてみるミナギだが、そこには白く華奢な腕があるだけだ。

 滑稽そうにレイマは苦笑する。

 

「どこがだよ。……気をつけろよ」

「うん。……レイマもね」

 

 言って二人は別れる。去り際、ミナギは小さく手を振った。

 

「また明日」

「……ああ」

 

 何でも無い言葉。だが、それがどれほど貴重になってしまったことか。

 

 ネガガルーの侵攻開始から半年。

 人類の数は四分の一を切っていた。

 

 

 ※

 

 

「ここしばらくのネガガルーによる作戦行動からして、次の目標はここじゃと考えられる」

 

 ディアハンター基地、その作戦立案所。中央に置かれたテーブルに踏み台を使って乗り出したエフレイヤは指示棒で地図の一角を指し示した。そこには平地が広がっている。

 一見は何も無さそうな土地。だが降魔はそれを見て唸った。

 

「穀倉地帯か……」

「うむ。ここを落とされると食糧事情が厳しいこととなる。あるいは、いや……」

 

 エフレイヤは言葉を続けようとして濁した。その先は降魔も、隣にいるレイマも想像がつく。

 飢餓。飯を食わねば人は生きていけない。武士は食わねど高楊枝というが、兵糧攻めで崩壊した例など数え切れないだけある。もし穀倉地帯が制圧されるようなことがあれば、防衛都市は食糧の不足によって壊滅することになるだろう。備蓄があるのですぐにということはないが、食材が採れる土地が無ければ先細りするだけだ。

 

「だがそこの重要性は俺たちも重々承知している。既に分厚い防衛線が引かれている筈だが?」

 

 降魔が疑問を口にした。人類の生存に食糧は絶対必要。故に防衛都市に見劣りしない戦力を揃えている筈だった。Zストレートは元より、機動戦力として量産したシングルストライカーも配備されている。並みのネガガルーなら充分、強化ネガガルーとて上手くやれば討伐可能な戦力だ。

 しかしエフレイヤの難しい顔は晴れない。

 

「これは勘によるところが大きいのじゃが……足りぬ気がする。嫌な予感がするのじゃ」

「おいおい……勘弁してくれ」

 

 降魔は額に手を当て空を仰いだ。勘という不確かな根拠に呆れている訳ではない。むしろ逆で、明晰な頭脳を駆使して叩き出したエフレイヤの勘はよく当たるのだ。だから降魔の嘆きはその『嫌な予感がする』という言葉がまず間違いなく的中しているであろうことを憂いてのものだった。

 

「特に気になるのは最近あった監視班からの報告じゃ」

「監視班? ネガガルーの動向を見張っている奴らからどんな報告があったんだ?」

 

 レイマは首を傾げた。監視班といえばその名の通りネガガルーの支配地域を監視している班だ。偵察部隊の中から選りすぐられた隊員で構成されたその班はネガガルーの様子に変化があればすぐに報告することが任務だった。だがネガガルーの行動は基本的にルーティンで、機械的だ。戦力の移動などの情報があるだけで部隊は大助かりするのでその任務の重要性は疑う必要もないが、エフレイヤが気に掛けるほどの変化があったとも思えなかった。監視班の報告書は、レイマと降魔も目を通している。

 

「うむ……ネガガルーの一部が自爆を繰り返しているとの報告を見たのじゃ」

「……? それがおかしいとも思えないが。奴らの個体に外れがあるのは、今に始まったことじゃないだろう」

 

 叛転陣を破壊したにも関わらずどこからか機械的に量産されてくるネガガルー。そのメカニズムは未だに解明できていないが、分かっていることはいくつかある。

 一つは強化ネガガルーが現われる確率は低いこと。そして同程度の確率で『外れ』が混ざることだった。

 強化型とは真逆で、個としてあまりにも弱すぎる個体。そういった存在が実在しており、しかも耐久力が低すぎるからか普通の銃弾でも倒せることをディアハンターの全員が把握していた。

 ネガガルーにとっても失敗作なのか、出撃させる前に自爆させることがあるのはレイマと降魔も既に知っていたことだ。

 

「確かにのう。じゃが……」

 

 それでもエフレイヤの顔は晴れない。

 

「その頻度が上がっておることが気に掛かる。何かがおかしい。奴らの量産体制に不備が発生したとかならば、福音なのじゃが……」

「……一応、胸に留めておく」

 

 考えすぎだと笑い飛ばせない。だが今考えても答えは出そうにない。だから気には掛けておく旨をレイマは伝えた。

 エフレイヤもそれ以上のことは何も話せないのか、話を戻した。

 

「そういう訳じゃから穀倉地帯の増援として降魔の率いる一隊と、レイマを出す」

「都市の防衛は?」

「志願兵で補填する。経験が浅い点は数と配置でカバーするのじゃ」

 

 エフレイヤとしても苦肉の策なのだろう。疲れた瞳の下には隈が広がっていた。夜通し方策を考えていた証拠だ。

 誰も彼も限界が近く、それでも止まる訳にはいかない。レイマは頷いた。

 

「分かった、行かせてもらう。降魔、頼んだぞ」

「あぁ」

 

 レイマの突き出した拳に降魔も合わせる。今では降魔もディアハンターの戦闘隊長として世界有数の英雄だ。これ以上の戦力はない。よくも、悪くも。

 

「では頼んだぞ、ディアハンターの(つわもの)たちよ」

「「了解」」

 

 敬礼して退出する二人をエフレイヤは見送る。そして背後にいて、一言も発さず手元のPCを睨んでいたコクウを呼んだ。

 

「もしものことがあれば、コクウよ」

「あぁ、分かっておる」

「うむ……あって欲しくは、無いがのぅ」

 

 冷や汗を流し、エフレイヤは二人が去った扉を見つめる。

 彼女の明晰な頭脳は、この先の展望を描いていた。

 あるいは、絶望の未来を。

 

 

 ※

 

 

 レイマと降魔率いる部隊はシングルストライカーを駆り、その日のうちに穀倉地帯へと移動していた。

 農業に適した広い平地。見渡す限りの稲穂を見てレイマは呟いた。

 

「だだっ広いな……」

「だな。守るのには苦労しそうだ」

 

 護衛対象は広く大きく、しかも防衛設備などはない。防衛側にとっては苦しいシチュエーションだ。一応、畑の周りを囲うようにバリケードは建てているが……。

 レイマがどうしたものかと悩んでいると、通信機が鳴り響いた。降魔は耳を宛て、血相を変える。

 

「……! レイマ、南だ!」

「来たか。戦略を立てる時間すら貰えないとは」

 

 しかし文句を言っている暇すら惜しい。二人と率いる部隊は報告のあった南方へと即座に向かった。

 

 辿り着いたときには既に戦端が開かれていた。

 だが……。

 

「? 楽勝だな?」

 

 確かにガゼルガルーの大群が押し寄せている。だが現地の隊員たちによるZストレートの掃射で対処できていた。銃弾を前に次々倒れ、ネガガルーたちは塩の塊へと化していく。

 降魔もレイマと同じ意見だ。

 

「拍子抜けだな。これが司令の危惧した事態か?」

「そんな訳がないとは思うが……一応陽動を警戒しておこう」

 

 そう言ってレイマは現地部隊へ警戒を強めるよう通信を繋ぐ。すぐに応答はあった。

 

「こちらゼルプス。他の方面に機影はないか? 魔力レーダーの反応は?」

『こちらコントロール。他の方角に反応は……いや……』

「やはりあったか」

 

 オペレーターの反応にレイマは唸った。ネガガルーたちは無機質無秩序に見えるが計画的な軍事行動も行える。一部に小部隊による奇襲を仕掛け、本隊は別確度から襲撃。単純だが効果のある作戦だ。やりかねない。

 しかしオペレーターの声には別種の焦りが乗っていた。

 

『いえ、別部隊はありません。ありませんが、これは……数が……』

「数? ネガガルーが多いのは、今に始まったことではないが」

 

 年が明けたあの瞬間を思えば、一方面に仕掛ける軍団などは驚くほどのことではない。

 

『違います。多い、とかそういうレベルではありません! 犇めいている……うじゃうじゃと!』

「何だと?」

「レイマ!」

 

 訝しんだレイマの横で、双眼鏡を覗き込んだ降魔が指を差す。そちらを見る。現地部隊が応戦している光景。やはり銃弾はガゼルガルーを射貫き、的確に葬っている。だが降魔が指し示しているのは、更にその向こうだった。

 平地を区切る、山間の道。だが。

 

「? 道が塞がっていないか?」

 

 地図上では確かに道がある筈だ。だが見たところ、無い。山があるだけだ。

 疑問符を浮かべるレイマであったが、双眼鏡で見ていた降魔はいち早くその理由に気付いていた。

 

「違う、違うぞレイマ……あれは、山じゃない」

 

 気付いてしまった。

 

「何?」

「見てみろ……」

 

 降魔に渡された双眼鏡を、レイマも覗き込む。山を見る。山が、動いた。

 

「……何、だと」

 

 山では無かった。その大きさから思い込んでいただけで、違った。その表面は無数の人型が集まってできていたのだ。うぞうぞと蠢き、蟲の塊が如くたかっている。冬場の石を捲ったかのような悍ましさ。

 山だと思っていたのは、ガゼルガルーの集合体だった。

 

「馬鹿な……なんて、数だ」

「まずいぞ、レイマ! あれじゃ突破される!」

 

 降魔の言う通りだった。銃弾が通っても、あの数。手が追いつかない。

 

「くそっ!」

【ソリテュード! スタンドアップ!】

「変身!」

【ズィードウルフ! CRY! CRY! LET’S CRY!】

 

 レイマはゼルプスへと変身し駆け出した。背後で降魔たちの部隊も展開する。だが動きを合わせている暇は無い。今は一刻も早く、一体でも多く、ガゼルガルーを減らさなければ。

 

『っ、らああぁぁっ!!』

 

 跳躍して山に取り付き、手を突っこむ。呆れるほどに軽い手応えでガゼルガルーの一体は引き剥がされた。そのまま力を籠めると、あっさりとガゼルガルーは塩の塊へと還った。握りこぶしの中から白い粒がサラサラと零れ落ちる。

 

『脆い? 好都合……!』

 

 そのままゼルプスは何度も手を突き入れガゼルガルーを減らしていく。胸の中心を穿ち、頭を握り潰し塩に還していった。それは作業じみてもいた。

 銃撃も開始された。ゼルプスを避けるようにしてガゼルガルーを狙う援護射撃は降魔の部隊による物だ。塩に還っていくペースを見て、ゼルプスは仮面の下で安堵の息を吐いた。

 

『よし、このペースなら間に合う!』

 

 山が塩へと崩れていくスピードは早い。このままならギリギリ、畑に届く前に殲滅できる。余裕はないから、作業の手を止めることはできないが。

 エフレイヤが予見していたのはこのことだったのか。ガゼルガルーを屠る手を動かしながらゼルプスは思う。確かに現地部隊だけでは間に合わなかった。英断と言える。

 だが自分たちが間に合ったのなら……!

 

『あっ……』

 

 その時通信機から響いたのは、先程対応したオペレーターの吐息だった。

 

『どうした?』

『あぁ、あぁぁ……』

『おい?』

 

 不明瞭な内容にゼルプスが応答を促しても、オペレーターは内容の無い声を漏らすだけだった。いや、無くは無い。そこには感情が込められていた。

 絶望という名の。

 

『一体どうし……』

『レイマ! 前だ!』

 

 割り込んだ通信は降魔からの物だ。ゼルプスは前を見る。当然ガゼルガルーの山だ。おそらく、降魔が言っているのはこれではない。

 山の斜面を登り、レイマは頂上に立った。そしてそこに広がる景色を見て、声を零す。

 

『……なんだ、これは』

 

 呆然とした声音。そして先程オペレーターがレーダーで見てしまった物を理解する。

 山。ゼルプスが立つ、ガゼルガルーの山。

 それが、三つ(・・)。連なるように近づいて来ていた。

 

『嘘だろう? なんだってこんな数』

『駄目だ、レイマ……これじゃ間に合わない!』

『っ、とにかくこの山を対処する!』

 

 降魔の声で我に返ったゼルプスは、とにかく自分がいる山をどうにかすることにした。どの道この山が辿り着けば、穀倉地帯はお終いだ。

 だが即座にという訳にはいかなかった。そもそも、この山ですらギリギリという目算だったのだ。それが更に三つとなれば。

 ゼルプスは必死にガゼルガルーを屠り続けた。ライオットサーキットで両手を潰しかねない勢いで動かし続け、だがガゼルガルーは一向に減らない。

 そして目撃した。

 山の一つが防衛戦を乗り越え、穀倉地帯へ雪崩れ込むのを。

 

『あぁ……』

 

 その諦観がかった通信も、オペレーターの物だったかは分からない。誰もが同じ心境だったからだ。

 山が崩れ、そこでようやくガゼルガルーは人型らしい動きは開始した。畑の上を走り、散らばっていく。銃弾がいくつかその背を撃ち抜き塩に還していく。だがそれとはまったく関係の無いところでも、ガゼルガルーは塩になった。

 

『なんだ、何をしている?』

 

 攻撃も何もされていない。だというのに、ガゼルガルーは勝手に塩になっていく。自爆だ。攻撃するでもなく畑の中を走っては、塩になるを繰り返している。ディアハンターたちとしては、排除する手間が省けて大助かりだが……?

 

『……いや、違う。違うぞ、レイマ』

『降魔?』

 

 だが訝しむゼルプスとは違い、通信機越しの降魔は戦慄していた。そして凍り付いた声で言う。

 

『塩だ。ガゼルガルーの狙いは……畑に塩を振りまくことなんだ』

『何? ……塩害か!!』

 

 そこでゼルプスも理解した。ガゼルガルーは自爆している。それは何かの不具合であったりなどはしない。それこそが、目的なのだ。

 作物を育てるのに、塩を使わないということはない。だが誰もが嫌遠する。それは何故か。

 過度の塩分は、植物を枯らすからだ。

 

『しまった、アイツらの狙いは……恒久的に畑を使い物にならなくさせることか!』

 

 しかも畑に染み込んだ塩分は簡単には抜けない。その土地その物が駄目になってしまう。何年も作物がまともに実らない、死の土地。

 それを作ることが、ガゼルガルーたちの目的。

 

『兵糧攻め……奴らは完全に、俺たちを根絶やしにするつもりなのか! ……クソッ!』

 

 理解して、なお絶望だった。

 何せやはり、止める手段は無い。数が圧倒的すぎる。

 そして畑に通してしまった時点でディアハンター側は敗北だ。畑の中でガゼルガルーを排除しても、塩はばらまかれてしまう。倒そうが倒すまいが、結果は同じなのだ。

 もう既に――現状で、詰んでいる。

 

『畜生……!』

 

 ゼルプスに出来ることは手を動かすこと。ガゼルガルーを畑に到達する前に一体でも多く倒すこと。

 だが更にゼルプスの耳へ報告が届く。

 

『や、山……更に六つ出現……』

『ぐぅっ……!』

 

 もはや、どうしようもない。

 ゼルプスは判断を下した。

 

『撤退だ……』

『だが、レイマ!』

『無理だ、もう守れない。このまま人員まで全滅する前に退却する! それしかない!』

『くっ……了解した!』

 

 降魔は苦しげな声で了承した。気持ちは分かる。ゼルプスの脳裏にも防衛都市の住民が浮かんでいる。中でも、ミナギと孤児院の子どもたち。ここを捨てれば、彼女たちを飢えさせることになる。もちろん、自分たちも。

 だが死ぬまで守ったところで、結局は……。

 

『それは少し、つまらないな』

 

 一人残ったゼルプスが歯噛みしたその瞬間、知らぬ声が上から振ってきた。

 

『私としては絶望の中戦い続け、無意味に散っていく様を見たかったのだが……まぁ、退き時を見誤らないだけの知恵はまだ残っているということか』

『!? 誰だ!』

 

 バッと顔を上げたゼルプスが目撃したのは、ガゼルガルーとはまた違う人型の異形だった。

 行儀良く整っているという印象さえ受ける、提督の如きデザイン。軍服めいた白と黒の装甲に身を包んだ怪人は、宙空に立ちながらカイゼル髭を撫でていた。

 ネガガルーと戦ってきたゼルプスには分かる。コイツは、まったく別の怪物だと。

 怪人は誰何の声を受けて言う。

 

『確かに、初めまして。私はコンキスタメタロー。栄えある魔人教団の末席。だが……』

 

 異形の表情。しかし片眼鏡のレンズの下には、確かな嗜虐が浮かんでいた。

 

『君たちからすれば、この事態を引き起こした異界よりの侵略者といったところかな』

『!! ――お前がッ!!』

 

 それを聞いたゼルプスは即座にライオットサーキットを励起。宙に浮かぶコンキスタメタロー目掛けて跳躍した。

 

『お前がッ、世界をこんな風に!!』

 

 Zストレートを抜き放つ。一閃。だがその刃は異形の首を刎ねることなく火花と共に弾かれる。コンキスタメタローは腰に佩いていたサーベルを抜き、その刃を鈍く閃かせていた。

 

『フフフ。その通り。私の仕業だ。私がネガガルーたちに複製する力を与えた』

 

 ゆっくりと降下し、コンキスタメタローは地上に降り立つ。異形の侵略者は片手でサーベルを弄びながら言葉を続けた。

 

『この作戦を立案したのも私。全ての軍事行動を指揮先導しているのも私』

『このッ……!』

 

 正体不明。だが確実に敵。倒すことに躊躇う理由はない。

 

『世界を滅ぼそうとしているのも、私だ』

 

 しかし今にも飛びかかろうとしていたゼルプスは、その言葉でピタリと動きを止めた。

 

『……世界を、滅ぼすだと?』

『ん? フフフッ! クハハハッ!! まさか、まだこれが普通の侵略行為だと!? ネガガルーが復讐し、自分たちの支配する世の中を作り出そうとする、つまり世界征服か何かだと!? クハハッ、違うに決まっているだろう!!』

 

 額に手を当て、コンキスタメタローは哄笑した。人の顔ではないというのに、肩を震わせるその仕草はひどく愉快げにしていることを如実に伝えてくる。

 

『ハハハ……ふぅ。……そんなまともな思考をしている奴らは、すぐに塩に還したよ。残っているのは世界を滅ぼしてもいい程の暴力衝動を抱えた奴か、奴隷根性で逆らえないような情けのない奴だけさ』

『!! ……じゃあ、本当に』

『ああ。……この世界を終わらせようとしているのだよ、私は』

 

 それは現実味のない言葉だった。

 世界の終わり。それをまともに考え受け止める人間はまずいない。いたならば、狂っている。

 確かに人類は追い込まれている。存亡の危機だ。しかし世界までもが滅びると思ったことは無かった。だがこのメタローとかいう異形から感じる圧。そして実際に人類が滅びかけている現状。ネガガルーの全てを掌握しているのならば、その暴力をそのまま世界全てに差し向けることなど造作も無い。

 まさか、本当に。

 

『私はこの世界を滅ぼす、破壊神だ』

 

 コンキスタメタローは、何一つ衒うことなくそう告げた。

 嘘でも何でも無い。実際のこの怪人は、世界を滅ぼしに来たのだ。

 絶対の事実として。

 

『く……おおおぉぉっ!!』

 

 気圧されたゼルプスは雄叫びを上げて己を奮い立たせる。そしてライオットサーキットで白い軌跡を描きながら、再びコンキスタメタローへ斬りかかった。

 コンキスタメタローは片手のサーベルで応戦した。刃と刃が噛み合い、鍔迫り合いをする。

 ゼルプスは間近で吠えた。

 

『だが! つまりはお前を倒せば!』

『確かに、ネガガルーを指揮できる者も複製できる者もいなくなる』

 

 コンキスタメタローは事実を認めた。自分こそがこの侵略の要。斃れればネガガルーの複製は止まり、人類はいつか持ち直せるだろう。

 

『しかし』

 

 グッと片手に力を籠める。それだけでゼルプスのZストレートは押し返され始める。こちらは両手で握っているというのに。

 

『グッ……!』

『それをするにはあまりに非力だな?』

 

 曲げられた鉄が弾けるように、甲高い剣音を立てて両者は飛び退いた。血を払うようにサーベルで空を裂くコンキスタメタローは悠然と構えている。一方でゼルプスは、既に肩で息をしていた。ガゼルガルーの山を屠った疲労が重くのし掛かっているのだ。

 

『この程度か』

 

 肩を上下させるゼルプスを見てコンキスタメタローは鼻白んだように肩を竦めた。

 

『ま……流石に疲れてはいよう。それでは万全とは言い難いな。遊ぶにしてもこれでは、あまりにもつまらない。……こちらも今日は顔見せ程度にお邪魔しただけだ。なので今日はここで店仕舞いとしよう』

『待て!』

 

 ゼルプスは追い縋る。だが伸ばした手が黒白の装甲を掴むより早く、コンキスタメタローはその姿を消した。霧のような物が身体を覆うと、まるで初めからそこにいなかったかのように消え去ってしまう。

 

『どこまで君たちが抗えるか、ポップコーンでも片手に見物するとしよう! クハハハハ……!』

 

 最後に嘲笑だけを虚しく響かせ、コンキスタメタローは完全に消えた。

 何も無い空間に伸ばされ空を切った手をゼルプスは悔しげに握り締める。

 

『畜生……』

『レイマ、こちらはもう安全地帯まで退いた。お前も早く!』

『……分かった、今行く!』

 

 ここにいては、大量のガゼルガルーたちに飲み込まれる。

 コンキスタメタローの立っていた場所を睨み付け、ゼルプスは撤退した部隊を追った。

 

 

 ※

 

 

 一行は戦闘の手を止め、離脱した。降魔の部隊も防衛部隊も。全員が脱出を始めたのを確認したゼルプスは殿を務めながら撤退していく。ガゼルガルーたちは脇目も振らず、穀倉地帯を侵略した。

 

 充分に離れた丘の上で、ディアハンターたちは広い畑が侵略されていく様を見下ろしていた。

 

「……あぁ」

 

 変身を解除したレイマはその光景を見て溜息を漏らした。誰もが同じようについている。意味のある言葉をしゃべる者は、いない。

 稲穂が、野菜が、白い粉末に塗れていく光景。中には既に水分を搾り取られ枯れていく物もあった。アレを見て、収穫が出来るとは誰も思わない。

 あの土地は、死んだのだ。

 

 ピピッと背後で音が鳴ったのを見て、レイマは振り返った。そこにはモニターと向き合っている隊員がいる。ガゼルガルーの振りまく塩、その解析を任せた隊員だった。

 隊員の表情は絶望に染まっていた。

 

「レイマさん、降魔隊長……」

「どんな結果でもいい。報告しろ」

「はい……塩の中に毒物が含まれています。成分は農薬に近い。人体にも有害ですが……特に植物は……」

「そうか……」

 

 つまり僅かな希望も許されないということだ。

 レイマは降魔に問う。

 

「急にあれだけの数が出たのは、何故だと思う」

「アイツらは弱かった。出る前に司令が言っていたことを思い出せ。稀に出る、弱小個体のネガガルー……」

「ソイツらが増えているという偵察部隊の報告か。……そうか、つまり」

「弱いなら、安かろう。だから弱さの代わりに大量に生産が可能で、その結果が」

「アレ、か」

 

 理解しても、もう遅い。

 穀倉地帯は既に静かになっていた。ガゼルガルーは自爆して全滅。追撃も無い。つまり、仕事は終えたということ。

 死の大地を見下ろしながら降魔は続けた。

 

「つまり、奴らはこれがどこでもできる手段を手に入れた」

「食糧が全滅する。いや……」

「植物も、だな。森林も草原も駄目になる。荒野と砂漠だけの世界が訪れるぞ」

 

 それが意味するところは、つまり。

 コンキスタメタローの言葉を思いだし、馬鹿げていると思いつつもレイマは口にした。

 

「世界の終わりか」

 

 それを笑い飛ばせる者は、どこにもいなかった。

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