仮面ライダーデュオル/アーリー 仮面ライダーゼルプス 作:春風れっさー
それからのディアハンターの戦いは苛烈を極めた。
いや――戦いにすらなっていなかったと言っていいだろう。
弱小個体の犇めくような群れ。それが田畑を襲い、森林を枯らしていく。それを止める手立てを人間たちは持たなかった。津波の如きそれを、銃弾で掻き消すことは到底できなかったからだ。そうして惑星アインの植生は、瞬く間に壊滅的な被害を受けた。命なき荒野は、カーペットに零した墨汁の如くあっという間に、取り返しの付かないほど広がってしまった。
そしてその隙間を縫うようにして、防衛都市への攻撃も続けられた。こちらは通常個体のネガガルーと、強化個体のネガガルーが織り交ぜられた以前通りの群体。しかしどうにか田畑を守るべく人手を割いている状態では、こちらも以前以上の脅威となった。犠牲は増え、兵士たちは疲労を強いられた。
その上、隊員たちの士気低下も無視できない問題だった。何せ食糧を手に入れる宛てがないという、これ以上ない絶望を突きつけられているのだ。お前たちはもう将来飢えるしかないという事実を知って、未来に希望を持てる人間は多くない。そんな絶望に駆られた者たちが嘆き、苛まれ、最後に取る選択肢とは何か。……加害者なき死体を片付ける作業も、日常となり始めていた。
こうして、人類は以前にも増して急激な速度で追い詰められつつあった。
それはコンキスタメタローの計画通りなのだと、ディアハンターの全員が認めざるを得なかった。
防衛都市の中央通りを、一台のバイクが走る。
「……酷い有様だな」
閑散とした風景を見て、シングルストライカーを駆るレイマは独りごちた。
都市の中でも最大の通り。だというのに、そこに人はほとんどいなかった。喧噪は皆無で、唸る風が空虚に耳朶を震わせるだけ。全速力でかっ飛ばしてもぶつかるどころか擦れ違うことすらない。かつてならば多少なりとも、賑わいを見せていたというのに。
「すっかり減っちまった。残った連中も……外に出る気力はないか」
防衛都市の人口は、かつての半分ほどになっていた。
悪化する戦況を知って、志願した幼い者たち。まだ自然が残っている地域があるかもしれないと、周囲の反対を押し切って飛び出していった者たち。そして――先の見えない不安に押し潰され、自死を選んだ者たち。それぞれの要因が、極東最後の集落である防衛都市を痩せ衰えさせていた。
「守る側としては希望を捨てないでくれ……と言いたいが」
レイマはヘルメット越しに空を仰いだ。
「あれを見せられれば、無理もない」
空。今の時間帯なら青空が広がっている筈のそこには――亀裂が奔っていた。
陶器が罅割れてできたような、宙空の黒い亀裂。しかもその周りに広がっている色も青ではなく、色褪せたフィルムの如き白色だ。曇りではないというのに白く濁って……いや、そうですらないのだろう。
失ったのだ。色を。その結果、見た目には白く見えているというだけで。
尋常の自然現象ではあり得ない。まるで――世界という殻が割れ始めているかのような。
そしてそれは、その印象を裏付けるように各地で現われ始めていた。何もない空間に亀裂が奔り、色が失われる。まるでそれが当たり前かのように。どこにでも。
そんな光景を見せつけられれば、世界の終わりという予感を誰もが覚え始めるのは当たり前だ。
「……畜生」
苦い悔しさがレイマの胸を満たした。だがどうすることもできない。都市を襲う通常のネガガルーたちを屠ったところで、やはり自然を襲う弱小個体の群れはどうしようもなかった。弱く、人を襲ったところで子どもにすら返り討ちにされそうな程に脆い奴輩。しかし崩れ落ち塩に還ることが目的だというのなら、倒したところでどうにもならない。ゼルプスの拳は、ただただ無力だった。
世界の崩壊を、止める力がない。
だから溢れかえりそうになる絶望感を、悪態にして吐き出すのが彼にできる精一杯だった。
そして全速力で走らせていたシングルストライカーを、目的地に辿り着いたことで止めた。
そこは防衛都市の中央部。現在のディアハンター本部だ。
「お疲れさん」
「あ、レイマさん。お疲れ様です!」
門番として入り口を固めている隊員を労い、レイマは中へ。ゼルプスとして戦うレイマは全隊員に名が知られている。フリーパスで奥へ奥へ。
やってきたのは、司令官の執務室。いるのは当然、ディアハンターの最高権力者、武中エフレイヤ。
「来たか。丁度良い時間なのじゃ」
うずたかく積まれた書類の山から、背の低い赤髪の頭頂部がひょっこりと顔を出す。執務机の向こうにいるレイマを見ようとうんとこどっこい頑張ってみるが、どうにもならないと悟ると、諦めて席を立ち前に出た。
相変わらずまだ幼い容姿の彼女は、しかし以前より隈の深くなった眼差しでレイマを見上げた。
「レイマよ、久しぶりじゃな。少しやつれたか?」
「それはアンタもだろ」
だが確かに、お互い様だ。レイマは前よりも痩けた頬を撫でた。食糧不安があるのなら、食事を制限するのは当たり前だ。率先してそれを実行した結果、レイマは以前よりも大分痩せていた。
しかしそれには、食事を減らした以上に現在の過酷すぎるシフトにも原因があるのだろう。もう何日も、レイマはまともに寝てはいない。ネガガルーの対処に追われているのだ。今日だって、エフレイヤに呼び出されたから本部に来たのだ。戦線に穴が開くより早く戻らなければならない。
「さっさと呼び出した理由を教えてくれよ。時間が値千金なのはお互い様だろう?」
そしてそれはエフレイヤも同じだ。今となっては、彼女こそが人類の最高指導者でもあった。その小さな双肩に掛かる責任は、重すぎるくらいに重大だ。
「分かっておる。……付いてこい」
そう言って先導し始めたエフレイヤに、言われた通りレイマは黙って付いていく。無用な問答はしない。時間がないと言ったのはレイマなのだから。
そのまま廊下を行き、エレベーターへ。中に入ってエフレイヤは、パスワードを入れるかのように複雑に階層のボタンを押した。
「何してるんだ?」
「こうすることで、秘密にしていた地下階層へと向かうのじゃ」
言うが早いか、エレベーターはゆっくりと降下し始める。身にかかる重力を感じながら、二人はしばらく無言の時を過ごした。
電子パネルはデジタル数字で現在地を示していた。E1。E2。E3。そして――『??』。
「俺にも秘密だった地下階層が?」
「知っているのは妾とコクウ。そして限られたスタッフだけじゃ。降魔も知らんよ」
長く、長く降りる。そして止まり、扉が開く。流れ込んだ空気がどことなく重苦しく感じるのは、気のせいか。
出て、すぐに相当広い空間であることにレイマは気付いた。暗く全容は見えづらいが、それでもなおドームよりも広く、そして高層ビルのように深いことを感じ取れた。これほどまでに広大な閉鎖空間を、レイマは見たことがない。
「ここは……シェルターか?」
「そうとしても利用は可能じゃがな。成り立ちも用途も別じゃ。ここは――
「発掘? うっ」
突如、ライトアップされる。その眩しさに顔を覆ったレイマが次に見たのは、照らされ露わになった……巨体。
「なっ――」
まだ、遠くにある。近づこうとすれば結構な距離を歩くだろう。だというのに、その全てが目に入らないほどに大きい。黒いことは分かるが、それ以外の情報はまるで分からなかった。
根気強く全貌を掴もうとしてみれば、それがどうやら船に似ていることに気付いた。戦艦、あるいは潜水艦、またあるいは――SFで見た、宇宙戦艦。
「これはの、"希望"じゃ」
「き、ぼう?」
圧倒されながら、エフレイヤの呟いた言葉にオウム返しする。
「そうじゃ。最後の、な。――コクウ!」
呼ぶと、近くで作業していたスタッフ――その存在にも、レイマは今気付いた――から、見覚えのある白衣の巨体が歩み出てくる。
深奥コクウ。寡黙な老人がエフレイヤとレイマを見下ろす。
「準備はできておるか?」
「言語は全てインストールした。レイマでも対話は可能だろう」
「そうか。では、頼む」
「ああ」
状況がまだ分からないまま、レイマは何か機械の前に案内された。そこには何か、丸い板が乗っている。
「これは?」
「ただのホログラム発生装置じゃよ。重要なのは……映し出される方じゃ」
コクウがスイッチを入れると、青い光が像を結ぶ。
そこに現われたのは、見たことのない制服を着た少女だった。
「うおっ」
『おはようございます、司令官』
「おはようなのじゃ、
突如現われたミニチュアサイズの少女にレイマは驚いて仰け反る。それを余所に、エフレイヤはホログラムの少女――シークアンサーと挨拶を交わした。
「コイツ、は?」
「彼女はシークアンサー。我々にとっての案内人。あるいは、救世主となる存在じゃ。……シークアンサー、コイツは美輪レイマじゃ」
『初めまして、美輪レイマさま』
半透明の少女は礼儀正しくお辞儀する。
『わたくしは次元間航行船、フォーアンサー級二番艦シークアンサーの管理AIです。この船の中枢その物を管理しほぼ同一の存在と言えますので、そのままシークアンサーとお呼びください』
「次元間……航行、船?」
『はい』
疑問符をつけたレイマの言葉に、シークアンサーはホログラムで手元に二つの球体を作りながら説明した。
『当艦は次元航行能力を保有します。世界と世界、その狭間を航行することで異なる世界を行き来することが可能です』
片方の球体から出た矢印が球体の間を進み、もう一つの球体へと到達する。そしてまた現われた別の球体へと移動した。
「はぁ……大層な船ということか。だが、それがどうしたんだ」
『当艦はこの能力を用い、異世界への入植を目的として建造された移民船です』
「! 移民……まさか」
レイマはエフレイヤを振り返る。信じられないという眼差しを受け止め、エフレイヤは真剣な表情で頷いた。
「うむ。……この船はな、ネガガルー……いや、コンキスタメタローによる侵略が始まる少し前に発見されたのじゃ。古代民族の遺物としての」
惑星アインにはいくつもの古代民族が生息していた遺跡がある。ネガガルーもゼルプスもそれを利用した物だ。そして、この視界に収まらない程に巨大な船も。
「侵略が本格化してからも、コクウに研究は続けさせていた。もしかしたら現状を好転させる新技術が発見されるかもしれんからの。そしてAIの起動に成功し……その全貌を知った妾は、決断を下した」
エフレイヤの表情は重大な決断を既に終えていることを物語っていた。
追い込まれた人類。崩れつつある世界。そして異世界を航行する船。そこから導き出される結論は――。
「まさかと言ったな。そのまさかじゃ。残った人類で、世界を脱出する。このシークアンサーでの」
「この世界を、捨てるってのか……!?」
大きな音が鳴った。レイマが思わず机を叩いた音だった。円盤が揺れ、シークアンサーの像が微かにブレる。
「そうじゃ。もうこの世界は駄目じゃ。それはレイマ、おぬしにも薄々分かっておるじゃろう?」
「だが……!」
「これが、最早唯一の手段なのじゃ」
レイマの怒りに、エフレイヤは冷たい視線で答えた。その眼差しを受けてレイマは押し黙る。視線の中に覚悟を感じたからだ。幾千と思考を重ね、諦めたくなくて思索を続け――その結果、この結論しか出せなかったという、冷えて固まった感情が垣間見えた。
この世界を諦めたくなかったのは、エフレイヤも同じなのだ。しかし、それでもこれしかないと結論づけるしかなかった。
「だ、が……乗り込む人員の選別はどうする! いくらこの船が大きくても、全員は乗れないだろう!? 俺たちが選ぶのか、生き残る人類を」
「レイマ……おぬしは忘れておるな」
エフレイヤは目を伏せ言った。
「もうこの惑星に残った人類は、さほど多くない」
「!!」
「選別するまでもないのじゃ。全員、乗れてしまう」
『当艦は次元弯曲技術によって外観以上の内部空間を確保しております。その内部スペースと司令官エフレイヤによって計算された残り人類総数を照らし合わせた結果――予想される最大人数でも、充分に搭載可能であると言う結論に至りました。食糧プラントの予測回転率もストレス値を鑑みた上で許容範囲内です。最悪の場合はコールドスリープも可能です』
シークアンサーが補足する。
船に乗れる人間の選別。それすらも必要ない。それだけ人類は減ってしまっていた。ノアの箱舟はもう、選ばれし者でなくても乗れてしまう。
「残った全人類に招集を掛ける。そしてこの世界の物を詰め込めるだけ詰め込み……脱出する。これが、我々人類が生き残れる唯一の手段なのじゃ」
「……それしか、ないのか。本当に」
「ない」
断言。
一切の反論を許さないそこ言葉に、レイマも諦める。もう本当に、他に方法はないのだと。
しかし、問うべきことはまだある。
「だが、可能なのか? 技術ではなく、作戦として」
「………」
「全人類を集めて、乗せて、異世界へ飛び立つのにどれだけの時間を要する? 一日やそこらじゃないだろう。それだけの時間――奴らが、見逃すとでも?」
脱出しか手がないとしても、それが実現可能かどうかはまた別の話だ。コンキスタメタロー率いるネガガルーの攻勢。今も続くその脅威を無視することはできない。
そして奴らがこの最後の希望を、みすみす見逃すとは到底思えなかった。
「この船がいくら丈夫でも、無数のネガガルーから攻撃を受けて無事ではいられないだろ」
「その通りじゃ。だから……守るしか、ない」
「守る……」
「そうじゃ」
エフレイヤは、拳を握り込んでいた。指先が白くなるほど、強く。
「志願した者たちを集めて、シークアンサーが飛び立つまで防衛する。じゃが、残った者たちは……」
「……船に、乗れない」
死せる世界に残れば、その者たちは確実に生き残れない。
つまるところは、捨て駒だった。決死隊と言うことすら生温い。ダイバーに深海へ潜らせ、その空気供給管を断つような。それ程の所業。
死ぬ為に戦う兵士たち。
「レイマ……」
名を呼んで見上げてくるエフレイヤの表情は、覚悟を決めていた先と違って酷く不安定だった。眼差しは揺れ、表情は幼い。まるで叱られることが分かっている子どものようだった。
それでも意を決し、口を開く。
「お、おぬしには……おぬし、には」
つっかえ、つっかえ、えずくように言葉を吐き出す。言いたくない。それでも言わなければならない。
「……防衛部隊として、残ってもらいたい」
それが意味するところは、語るまでもない。
死んでほしいと告げているのと同義だった。
「……ま、そうなるか」
しかし言われたレイマは平静だった。予想はしていたからだ。
最高戦力であるゼルプス。それを防衛戦力として用いない訳がない。エフレイヤは先程志願兵と言ったが、ディアハンターの中核部隊はほとんど強制のような物だ。そうしなければ、脱出作戦の成功確率は著しく下がる。
だが、残れば。
レイマは天を見上げ、溜息をつき、そしてエフレイヤへと視線を戻し。
言う。
「いいぜ」
「! ……断っても、誰も責めはっ」
「最高戦力が残らなくてどうするんだよ」
「誰か他の者にドライバーを渡せば!」
「結局俺が一番使い慣れてるんだ。一番大事なところを新米に任せてベテランは休憩? それこそ冗談だろ」
「じゃがっ!!」
もはやエフレイヤの声は泣き咽ぶかのようだった。目尻から溢れたものが頬を伝い流れ落ちる。本当は、頷いてほしくはなかったのだ。
「妾は、レイマに死んでほしくは……!」
「俺も、そうだよ」
しかしレイマにはもう一つ分かっていることがあるのだ。
「でもお前は、残るんだろ。エフレイヤ」
「!! ……ああ、そうじゃ」
目元を拭い、エフレイヤは頷く。
「妾も……指揮官として残る。残念ながら今となっては妾の指揮能力が人類最高峰じゃ。妾なくしては、まともな軍事行動すらも取れん」
「お前こそ、子どもなんだから乗ってほしいけどな」
「必要な比率としては、妾の方がおぬしより上じゃ。客観的な事実としての」
エフレイヤもまた死ぬ気だった。というより、死ななければならない。
いよいよ追い込まれた人類には指揮官すら少ない。一番まともな抵抗戦力がディアハンターだ。であるなら、その司令であるエフレイヤこそが現在の人類最高の指揮官。人類最後の軍事行動には必要不可欠な人材であった。
そこに未来ある子どもだとかの倫理は、介在する余地がない。
「脱出する人類にも指導者が必要だと思うぜ」
「守り切ることができなければ、それも無意味となろう」
議論を交わそうが平行線だ。レイマには、エフレイヤの論を覆す術が存在しない。
だから、納得するしかない。
「だったらお前を置いて、俺だけ生き延びる訳にはいかないだろ」
だから、残る。幼い指導者一人を置いて、おめおめと逃げるなんて恥はかけない。それがレイマの矜持だった。
「……それでも、妾はっ……!」
また涙が溢れ、エフレイヤの視界は滲む。光が滅茶苦茶になって自分が何を見ているのかすらも分からなくなる。床か、天井か。はたまた存在し得ない未来なのか。
その視界が、ふいに黒くなる。温かい感触がエフレイヤの顔を覆った。
「ありがとな」
しゃがみ、抱き止めたレイマの胸元だった。
「嬉しかったよ。頭ではそうするしかないと分かっているのに、それでも、と思ってくれて」
「……ぅ、ぐぅ……!」
「泣けよ。多分これが……最後になるんだろ」
「……うあぁぁぁぁ……」
くぐもった泣き声が、広大な格納庫の中に響く。
それがエフレイヤという少女の、最後に泣いた瞬間となった。
※
それから数日が経った。
レイマはディアハンター本部の上から防衛都市を見下ろしていた。
大規模な魔力レーダーを備え物理的な見張り塔としても機能するディアハンター本部は都市の中で最大の建物であった。だから屋上から見下ろすと、防衛都市のほぼ全てが目に入る。
眼下の防衛都市は慌ただしい活気に満ちていた。明るくなったというよりかは、忙しくて仕方ないという空気だ。人々は急ぐように駆け回り、水面の波紋めいてざわついている。
それもその筈。エフレイヤから、正式に世界脱出計画が発表されたのだから。
「そりゃてんやわんやにもなるよな……」
シークアンサー内部への移住に物資の積み込み。やることは満載で、なるべく急がなければならない。
時間はなかった。刻一刻と広がる空の亀裂が時計の代わりなのだから。
「暇してるのは、俺くらいか」
空に刻まれた亀裂の下でそんな光景を見下ろしながら、レイマは重い息を吐く。忙しそうにする民衆とは違い、レイマはこのところ少し暇が増えた。ディアハンターの防衛範囲が狭まったからだ。
脱出計画の発表によって、防衛都市以外の戦線は全て破棄された。都市のみに戦力を集中させ、船を守る為だ。故に戦線は後退し、守る範囲も少なくなった。なのでレイマの仕事も減った。
しかしそれだけが要因ではない。ネガガルーの攻勢もまた、その頻度を減らしていた。完全になくなった訳ではないのだが、開いた戦線を埋めるでもなく防衛都市の攻撃に集中させるでもなく、戦闘は疎らだった。
その理由を、レイマはどこか察していた。
「……近い、かぁ」
空を仰ぎ呟くのは予感。
ネガガルーは、コンキスタメタローは手をこまねいているのではない。来たるべき日の為に戦力を温存しているのだ。恐らくコンキスタメタローは人類側の動きから作戦を察知し、備えた。世界を脱出する為に人類が一箇所へ集中した時、その全てを一挙に滅ぼすのが狙いだろう。効率的で、確実だ。
今は、台風の前触れのような凪なのだ。
「………」
つまり今は、戦闘員にとって英気を養う時。
存分に休み――そして死する為の時間。
「必ず死ぬ……か」
死ぬということに関して、レイマはぼんやりと受け止めていた。
まず実感がない。誰も死を経験したことがないのだから、それはある意味当たり前だ。死んだ時にどれだけの痛みがあるか? 死んだ後どこに行くのか? 誰も知らない。だから死という事象を真の意味で理解できる者はいない。その輪郭が朧気であっても、仕方のないことではあった。
しかし己という人格を喪失することに関して恐怖というものは少なからずあるものだ。レイマにも、ある。だが不思議と手が震えたりさめざめと泣いたりするようなことはなかった。
「……仮面ライダー」
あるいはその名が力を与えているのか。
仮面ライダー。その名前は古代文明から発掘された文言を翻訳し名付けられた。曰く、人を守る為に戦う戦士。ネガガルーに対抗する為に作られたゼルプスのシステムには相応しい名前だろう。
人を守るべく身を捧げる戦士。そう決意した人間こそが纏うべき鎧。
だが、レイマの出発点はそこではない。
レイマが最初、目指したものは――。
それ以上考えることを止め、レイマは風景を眺める暇つぶしへ戻る。
戻ろうとして、止まった。
「風が気持ちいいね」
背後から、どんな音色よりも澄み切った声が聞こえたのなら。
「ミナギ」
「今、この世界でここ以上に風を感じられる場所なんてないんだろうね。……空にあんな物がなければ、もっと気持ちよかっただろうに」
暴れる長髪を抑えレイマの隣に歩み出てきたのはミナギだった。風を感じ微笑んで、亀裂の空を見て溜息をついている。その肩には相変わらず、風よけにもなりそうにない襤褸のストールを羽織っていた。
浮かべる柔らかな表情に、レイマはあまり視線を合わせずに口を開く。
「こんなところで油売っていていいのかよ。シークアンサーへの移住で孤児院は忙しいんじゃないのか」
「ちょっと休憩したらまた戻るよ。でも他にお世話を任せられる人を見つけたから、結構大丈夫」
「他に?」
確かミナギの孤児院は、ミナギがその細腕一つで賄っていた筈だが。
疑問符を浮かべるレイマに、ミナギは小さく笑みを零しながら言った。
「うん。だってシークアンサーに乗った後は、私、いないから」
「……え?」
「乗らないから」
ミナギが発した言葉を理解できず、レイマはその横顔を凝視する。ミナギは言った時と同じように、平然と続けた。
「私も残るよ。医療班としてね。これでも応急処置とか、多少の心得はあるから――」
「駄目だ!!」
喉から迸った叫び声がミナギの言葉を遮る。レイマは血相を変えて叫ぶ。
「駄目に決まっている! なんでだ!」
「……エフレイヤちゃんが残るって決めた時には、あんまり強く反対しなかったって聞いてるけど?」
「誰から……」
「お父さんから」
確かにあの場には、コクウもいたが。
しかしそうだとしても。
「それはエフレイヤが残らなきゃいけなかったからだ! 唯一無二の役割を負って、そこから逃げることができなかったから、俺もそれ以上言うことを諦めた。だがお前は違うだろ!」
レイマはミナギの細肩を掴み、強引に向き合わせた。「痛っ」とミナギが顔を顰めるのにも、今は気付かない。
「お前が残ったところで、微力にしかならない。意味なんてない!」
残る決死隊の中に、医療班は必要ではあるだろう。例え最後に死ぬと分かっていても、傷が治るかどうかは継戦能力に重く関わってくる。それを承知し、既に数人の人間が手を挙げていた。
だが本職ではないミナギが残る必然性はない。
激情のままにレイマは怒鳴る。
「お前がいたところで邪魔なだけだ! シークアンサーに乗って、さっさと異世界へ――」
「でも」
今度はミナギが遮る番だった。
歌姫のハッキリとした声は有無を言わせず響き渡り、怒声をせき止める。
そして、凜として続けた。
「そこにみんなはいない」
「ッ!」
「エフレイヤちゃんも、降魔さんも、お父さんも――そして、レイマも」
その通りであった。
戦闘部隊長である降魔は計画を聞かされた時、逡巡もなく頷いた。守るべき家族も持たずどうせ戦いの中で朽ち果てると思っていた身、喜んで残らせてもらうと笑顔で。
コクウも残る。古代技術の第一人者としての彼は、シークアンサーに乗ってその制御や解析を担うという道も確かにあった。だが地上に残る者たちにも、彼らの使う武装の整備や修理を行なう人材は必要だ。その最適者こそが、開発者であるコクウだった。老い先短い身に、躊躇いなどないと平静に彼は語った。
そしてエフレイヤも、レイマも。確かに皆、残る者たちだ。死ぬ者たちだ。
「それでも私に、生きろっていうの?」
仄暗い眼差しがレイマを射貫く。
「それは残酷だよ」
「ッ! だがっ……!」
それでも反論をしようと試み、しかしレイマは喉を詰まらせた。
その隙にミナギは畳みかける。
「そもそも、レイマには志願を止める権利なんてないよ。誰にもない。エフレイヤちゃんだって、受理してくれたよ。……酷い顔をしていたけど」
「それは……だが、コクウ博士は、なんて」
「思いのほか静かだったよ。きっと分かってたんだろうね、私の親なんだし。自分までもが残ったら、私も残ることを選ぶって」
その時彼ら彼女らが抱いた感情を、レイマは予測できた。何故なら自分が抱いた感情でもあるのだから。
仕方ないと、無理矢理に納得するしかない。
今も、そうすべきなのだ。支援が増えるに越したことはないのだから。畢竟、文明を維持できる人数さえ船に乗せることができれば、後は防衛に回したっていい。志願制にしているのは甘すぎる対応とすら言ってよかった。それこそが、残された人間としての矜持なのだが。
だから、阻む権利はなかった。ミナギの自暴自棄な覚悟を、否定することがレイマにはできない。それは自分たちが抱いたものであるから。
だけど、
それでも、この手を離せない。
「……駄目だ、ろ」
「どうして?」
元の透明感を取り戻したミナギの瞳は問うていた。何故それでも、自分が残ることを拒絶するのか。あるいは期待も込められていたのかもしれない。
しばし風が鳴るだけの時間が過ぎる。
無音の時を経て、レイマは口を開いた。
「俺が、仮面ライダーになったのは」
ゼルプスとしての自分の原点。何故ゼルプスドライバーを手に取り、命を賭けて戦おうと思ったのか。
ネガガルーの脅威を知ったところで、誰かに任せて素知らぬふりをしたとして誰も咎めない。この世に殺人犯がいたと知っても、警察にならないことを誰も責めたりはしないのが普通だ。
だというのに、何故レイマはゼルプスになったのか。
いくつも理由はある。舞台俳優としての自分から逃げたかったとか、誰かが傷つくのが嫌だったとか。情けない理由も、耳障りのいい言葉も、たくさん。
「……仮面ライダーに、なったのは」
だが、その中で一番大きな理由は。
「お前を、守りたかったからなんだよ……!」
ただ、愛しい人に健やかであってほしかっただけなのだ。
人類の為に戦うヒーロー。だが、彼が初めに見ていたのはたった一人だけだった。
約束を守れないのなら、せめて彼女の為に。
それだけだったのだ。
「……知ってる」
吐き出された本音に、ミナギは微笑んだ。
「だから、辛かったよ」
「ミナギ……」
「だから、一緒にいたいんだよ……最期まで」
細められた瞳から雫がこぼれ落ちた。それは、きっと彼女が堪え続けてきた物だ。
戦いに赴く青年を、死地に向かう幼馴染を。その背中を見つめ続け、身を引き裂かれるような想いに耐え続けてきた女の流した、涙。
その涙を見てレイマは覚悟を決めた。
「ミナギ」
名を呼んで、向き直る。
意識すればずっと近い、彼女の顔がそこにあった。
ミナギは涙目でジッと見上げている。
怯み、躊躇いそうになる己を叱咤し、レイマは息を吸った。
そして、言う。
「……ずっと、好きだった」
告白。
秘めてきた想いを、嘘偽りなく。
「約束をしたあの日から、いやその前から、ずっとそうだった。眩しいくらいに輝くお前のことが好きだった。歌っている時、笑ってる時、むくれてる時。全部の瞬間が愛おしくて仕方なかった。お前の隣に立ちたくて俺は頑張って、でも駄目で……それでも報いたいと思って、今ここにいる」
熱い視線を、ミナギは正面から受け止めた。見つめ合い、真摯な言葉を受け止める。
「だから生きていてほしかった。この世界で誰より、お前が一番特別だから」
「私も、そうだよ」
今度はミナギが答える番だった。
「私も、君のことがずっと好きだった。約束をしたあの日も、その後も」
零すように、一つ一つ。
「甘い物が苦手なところが好き。子どもと本気で喧嘩しちゃうところが好き。悩むときは思い切り悩むけど、決めたら一直線なところが好き。……誰かの為に、一番真剣になれるところが好き。そんな君をずっと隣で眺めて、生きていたかった」
レイマの腕はずっとミナギの肩にあった。ミナギからも、そっと手を伸ばす。
「だからレイマが乗るのなら、私も乗るよ。でも……」
「………」
「違うでしょ?」
胸に添えられた手は、温かい。
「私がどんなに言っても、レイマはもう乗らない。私の為だけだったら、乗ればいい筈なのに」
手から伝わる鼓動は、少し速かった。
「それって、もう私の為だけじゃないってことでしょ?」
大切な人の温もりがそこにはあって。
それでも。
「……あぁ、そうだな」
気付く。
戦う理由は、変わっていたことに。
「俺は……人を守りたい」
一番大切な物だけが大切ならば、ここでミナギを攫って船に飛び込んでしまえばよかった。だけどそれはできない。その為には、指の一本すら動かなかった。
始めの理由はミナギの為。でも今はもう違う。
ネガガルーとの戦い。コンキスタメタローとの戦い。それらはレイマの戦う理由を少しずつ増やしていった。誰かの命を救う為。戦えない人の代わりに戦う為。自由と平和を守る為。
レイマはもう、仮面ライダーゼルプスなのだ。
「だから、行けないんだ」
「うん、知ってた」
ミナギは頷いて、儚く笑った。
そして二人の距離は零になる。
互いの背に手を回し、唇を重ねた。熱い頬を屋上の風が冷やしていく。でもその中までは吹きさらせない。熱い熱い奔流が、キスを通して二人の中を流れていく。
長く、そうしていた。
やがて二人は名残惜しげに身体を離す。頬を朱に染めて、目を逸らしてミナギは言った。
「ファーストだよ」
「俺もだよ」
恥ずかしげにレイマも答える。
「お互い奥手だったな」
「本当にね」
「ははっ」
「ふふっ」
情けなく互いに眉を下げ、それがおかしくて笑う。
そして色の無い空の下で、二人の影はまた一つになった。
戦いが始まる。
最後の希望を、守る為の。