仮面ライダーデュオル/アーリー 仮面ライダーゼルプス 作:春風れっさー
ディアハンターは大部隊を編制して湾口へと遠征していた。かつては巨大な港だったが、ネガガルーに荒らされた現在は見る影も無い。しかし港その物に用があるわけではなかった。
わざわざ部隊が足を伸ばしたのは北方からの船、極東以外で唯一生き残っていた都市からの避難民を迎える為だった。
避難船最終便の船長がディアハンターに保護されながら語る。
「我々の便が出た後、港が爆発するのが目に入りました。おそらくは後を追わせないようにする為に、残った者たちが自爆したのでしょう。……辿り着いたのは、我々で全員です」
「……そうか」
静かに瞑目したのちエフレイヤは顔を上げる。
「残った全人類はここに集った。もう待つ者はおらん。今ここに、『人類脱出作戦』を開始する!」
その言葉に、その場にいた全員の表情が引き締まる。
人類存亡を賭けた惑星アイン最後の戦闘。その最初の火蓋が切られた瞬間だった。
※
「……これがディアハンターへ最後に支給される、ワシ最後の開発品じゃ」
ディアハンター本部の一室。そこにレイマと降魔を含めた隊員たちが集められ、コクウからの説明を受けていた。
隊員たちの前にあるテーブルには、同じ形状の機械がいくつも並べられている。
その形状に隊員たちは、特にレイマは強い見覚えがあった。自身の持つ、ゼルプスドライバーに酷似しているのだ。ただしその造形は、かなり簡略化されているが。
「これは?」
降魔が代表して問う。コクウは静かに頷いた。
「うむ。それは量産型ゼルプスドライバーじゃ。隊員たちを強化する為、最低限の機能を備えて量産した」
「おお、それがあれば俺たちも……!」
隊員の何人かが目を輝かせる。ゼルプスは今では隊員たちの御旗だ。その姿に憧れ、入隊した者たちも少なくない。
だがコクウの表情は優れなかった。
「……博士?」
「言ったじゃろう、最低限だと。……そのドライバーは、ライオットサーキットを精製する機能しかない」
「ライオットサーキットだけを? それって……!」
レイマは誰よりも早くそれが意味するところを悟った。ライオットサーキット。ゼルプスが超常的な肉体能力を発揮する奥の手であり、諸刃の剣。使用すれば白熱化する線に焼かれ、肉体が爛れる。変身して身体能力が上がった状態でそれなのだ。それすらもないとすれば……。
「そんなの使用すれば数分と持たない! 肉が焼けて骨まで溶けるぞ!」
「うむ。故に、一瞬だけ身体能力を強化する為の装備となるじゃろう。緊急回避用、あるいはやむを得ず近接戦闘に持ち込まれた場合に使用することとなろう」
「それでも拷問的だ!!」
机を叩きレイマは抗議する。ゼルプスを、ライオットサーキットをずっと使い続けてきたレイマにはそれがどれだけ酷なことかがよく理解できた。一瞬とはいえ身体を芯から焼かれるような耐え難い痛みが走る。それを強要することが如何に残酷か。
しかしその隣で降魔は迷うこと無くドライバーを手に取った。
「降魔!?」
「使うに決まってるだろ、そんなの」
驚くレイマへ降魔は歯を見せて笑った。続いて、隊員たちも次々に手に取る。
「どうせ死ぬなら多少痛い思いしたところで変わらねぇッスよ」
「憧れのゼルプスにちょっとでもなれるんだ。だったら使うしかありませんぜ」
「最後くらいスカッと暴れたいからな!」
自らの身体を灼く装備。それを手に取ってなお隊員たちは笑顔だった。
「お前たち……」
「そういうことだ、レイマ」
降魔はレイマへ肩を組む。
「ここにいる全員、お前と同じくらい覚悟が決まってるんだ。だったら、好きにやらせてやれ」
「降魔……」
「……俺含めてな!」
そう言ってニッカリ笑う降魔を見て、レイマも破顔した。そして拳を差し出す。
「ハッ。……自滅すんなよ、相棒」
「おうよ」
突き合わされた拳は、小さな音が鳴った。
※
「ほらみんな、乗って乗って!」
防衛都市の大通り。つい先日まで閑散としていたそこは、今は夥しいまでの人が列を作っていた。興奮と不安が入り混じった人々の列はディアハンター本部へと続いており、果ては地下の移民船シークアンサーの乗り組み口へと繋がっている。この列は、異世界へと旅立つ箱船に乗り込もうとする民衆の列だった。
その中で、ミナギたちは子どもの背を押していた。
「お姉ちゃん、あたしたち、どこ行くの……?」
「おうち、帰れないの?」
不安げに自分を見上げる子どもたちに、ミナギは優しく笑いかける。
「大丈夫よ。ちょっとお引っ越しするだけだから」
「でもぉ……」
それでも気弱な何人かの子どもは泣き出しそうに顔を歪めてしまう。それを見たミナギの背後にいる避難民から微かな怒気が立ち上る。皆、これからの不安に気が立っているのだ。そこを子どもの泣き声で刺激すれば、どうなるものか分かったものではない。
「ええと、心配しないで。いいところだから」
「ぐすっ、例えば……?」
「へ? うーん……どんなところなんだろう」
「ふぇぇ……」
「あぁっ」
ミナギは焦りながら子どもたちを宥めようとする。だが、うまくいかない。
遂に最初に一人目が泣き出しそうになった時。その少女の手の中にぽすっとぬいぐるみが収まった。
「ほら、それやるから泣くな」
「あっ……レイマ兄ちゃん!」
パッと子どもたちの顔が明るくなる。そこにいたのは対策会議を終え、ミナギの様子を見に来たレイマだった。
レイマはサンタのように袋の中に溜め込んできたぬいぐるみを配りながら子どもたちをあやす。
「ほい、ほい。友達だぞ、大事にしろよ」
「レイマ兄ちゃん、これ何……?」
「ヌグルブチャゴホンヅノオオサンショウウオだ。どこのキャラクターだかは知らん」
「あっ、あれか。図鑑で読んだことのある奴」
「えっ実在するのか……!?」
虹色のぬいぐるみを渡して何故か戦慄しているレイマへ、ミナギは声を掛ける。
「レイマ、ありがとね」
「ん、まぁ、お使いだからな。感謝するならエフレイヤにしときな」
礼を言うミナギにレイマは肩を竦める。それを言われるのは自分じゃないと。
「え、じゃあこれエフレイヤちゃんの」
「そうだ。もう自分にはいらないからって、避難民の子どもたちへ配ってこいってさ。だからほら、そこの子も」
そう言ってレイマはミナギの後ろにいた避難民の、その手に繋がる少年へとぬいぐるみを渡した。怯えたように眉根を寄せていた少年の表情が、幾分か柔らかくなる。それを見て親らしき避難民も、苛立たしげだった表情を笑顔に変えて、「よかったな」と少年の頭を撫でた。
良くなった空気を見て、ミナギは頬を緩ませる。
「そっか、エフレイヤちゃんが……」
「ま、確かに、この世界に残しとくよりずっといい」
「残るといいね」
「だな」
子どもたちに運ばれていくぬいぐるみを見て、レイマも目を細める。エフレイヤもレイマも、ミナギも船には乗らない。その選択に後悔は無い。だがその持ち物が乗るならば……その人が生きた証は残る。ほんの、少しでも。
「そうだ、お前の歌も、船のアーカイブに載せたってよ」
「えー? それは、恥ずかしいなぁ」
「いいじゃねぇか。いいもんはいいって話さ。……そういえば」
思いだして、レイマは切り出す。
「お前が作りかけていた歌、結局どうなった?」
「え?」
「あの、年末言っていた」
「あぁ……」
言われてミナギも思い出す。納得いかず何度も何度もリテイクしていた、未完成の歌。年末パーティの途中にネガガルー……コンキスタメタローの攻勢が始まって、それ以来歌の話はうやむやになっていた。
ミナギは、苦笑しながら答えた。
「んー……忙しくって、ね」
「そりゃそうか」
その答えにレイマも納得する。ネガガルーの侵攻が始まって以来、みんな生きるのに手一杯だった。ミナギも例外ではない。むしろ戦うだけだった自分よりも、子どもの面倒を見ていた彼女の方が大変だっただろう……と考え、レイマは疑いもしなかった。
「だが残念だな。最後くらい、お前の歌を聴きたかったんだが」
「お? 単独ライブしちゃう?」
「流石に観客を集めてる暇は無いな……」
それだけの時間は、もう無い。
やがて列はディアハンターの本部へと入り、その地下に向かう。広大な地下シェルター……いや、移民船シークアンサーのドックで、レイマとミナギは列を外れる。
「お姉ちゃん?」
自分たちから離れていくミナギを、子どもの一人が不安げに見上げた。ミナギは少し――列を乱さないためにほんの少しだけ――立ち止まり、子どもたちの手を取った。
「ごめんね、お姉ちゃんにはやることがあるの。だからみんなは……先に、乗ってて」
「でも……」
「みんななら、大丈夫だから。もう簡単には泣かないって、約束したでしょ?」
それはミナギが子どもたちと暮らす中でした約束なのだろう。子どもたちは涙を堪え、頷く。
「……うん」
「じゃ、また……ね」
列を待たせるワケにもいかない。ミナギはそっと手を放し、列から離れる。
子どもたちは最後までミナギを見ていたが、やがて列に押されるようにして、船内へと消えていった。
ミナギはレイマの傍らで、見えなくなってもそれを見つめていた。
「……ウソ、ついたな」
「だね。約束破りは私だ」
「酷い奴だ」
「あ、最初に破ったのはレイマでしょー?」
「それを持ち出すとは本当に酷い奴だ……」
自分が舞台俳優になれなかったことをあげつらわれ、レイマは顔を顰めた。確かに同じ舞台に上がる約束は守れなかったが、それを言うのは少々酷では無いだろうか。
ブスリと黙るレイマにミナギはからからとした笑い声を上げる。
「あははっ、冗談冗談! こうして一緒にいられるんだから、今はもういいよ」
そして照れくさそうにレイマに向かって左手を伸ばす。レイマも憮然とした面持ちはそのままに頬を赤らめ、右手を同じように。
重ね、繋ぐ。お互いの体温を、ぎゅっと握り締めた。
「ね、レイマ」
「なんだ、ミナギ」
「意外と幸せだよね」
「……あぁ、そうだな」
繋いだ手は重なったまま。
二人は自分たちを置いていく箱船を、ただ黙って見ていた。
※
ついにその時が訪れた。
山を越え、海を渡り、各地より集結したネガガルーが防衛都市の周りに布陣し始めた。
あと数刻で、一斉に攻撃を開始するだろう。
「――諸君」
壇上に立ったエフレイヤが集合した戦闘員を前に呼びかける。既に防衛都市に他の人間の姿は無い。全員、シークアンサーの中に乗り込んでいた。
ここにいるのは惑星に残り、希望を守る為に命を捨てた者たちだ。
残った人数は支援要員含めおよそ千人。決死隊としては上等な数だ。もはや全人類の人口からそれだけを捻出するので精一杯であったという背景は置いておいたとしても、四桁に及ぶ人間が志願した。
その全ては惑星アインの人類を残す為に。
「我々は、死ぬ」
エフレイヤは静かに語り出した。
「綺麗事は無しとしよう。我々は捨て駒だ。世界を捨ててでも生き残ろうとする人類の、その旅立ちを無事なものとする為に取り残された哀れな生贄たちだ」
事実を突きつけられ、動揺を顔に浮かべる者もいる。しかし概ねは、それでも揺らがぬ覚悟を双眸に燃やしていた。
「それでも我々は戦う」
レイマと降魔は最前列に立っていた。背後にはディアハンターの戦闘員が並んでいる。ディアハンターはそのほとんどが残ることを志願した。特にネガガルーの侵攻以前に参加していた古参は、全員が残留していた。
「理由は様々だろう。家族を、子どもを、愛する者たちを送り出す為に。人類が世界と終焉を共にするという馬鹿げた運命を変えるべく。中には他にやることが無いから、せめて人様の役に立つかというくらい気楽な者もいるだろうな」
家族を船に乗せてそれを守る為に戦う者もいれば、戦友と拳を突き合せる為だけに残った者もいる。使命感に駆られた者もいれば、生き残っても仕方ないという諦観から居座った者もいた。
「……いずれにせよ、感謝する。これだけの人間が残ってくれたことに」
目を伏せ、エフレイヤは礼を述べる。
支援要員たちもそこにいた。医療班の医者たちに混ざってミナギも壇上を見つめていた。コクウたち整備班たちはシークアンサーの離陸準備を手伝っている為不在だ。最後の瞬間まで仕事に手は抜かないと、呵々と笑う者たちだった。
顔を上げ、エフレイヤは続ける。
「惑星アインの歴史は終わる。諸君たちの名は歴史に刻まれない。色の無いこの空の下、全ては無に帰すことになるかもしれない。だがそれは全てが失われるということなのか」
空はほとんど透明になっていた。澄み切った青色も霞む雲も失われ、刻まれた亀裂と書き損じのような白い背景だけがあった。防衛都市の外には、ただただ廃墟と不毛の土地が広がっているのだろう。終焉の風景。世界が終わる、最後のワンシーン。
「――否だ」
それでもエフレイヤは壇上で断言した。
「確かに我らは命を落とす。だが残せる物は皆無では無い。まだ人類は生き残っている。どうしようもなく生きているのだ。生まれた世界を失おうとも、彼らが繋がるのなら我らの存在は無意味ではない。守り切り我々の希望が飛び立てば、必ず未来へと繋がる。我らの命が、明日を創る」
一度口を閉じ、見渡す。黒地に水色のライン、揃いの上着を陣羽織の如く纏った者たちを。
「だから抗おう。最期まで」
拳を突き上げ誓う。
滅びを共にする者たちへ。
「――ここにいた証を、残す為に!」
「「「オオオオオオオオォォォォォ!!!」」」
歓声。エフレイヤの檄に呼応し、拳を突き上げる者もいた。
もう顧みることは無い。全員が、命尽きるまで戦う。
地を揺らすほどの雄叫びを背にエフレイヤは壇上から降りる。その直前、レイマと目が合った。
(後は任せるのじゃ)
声なき声に、レイマは確かに頷いた。
それからの動きは迅速だった。示し合わせた通りに全員が戦闘配置につく。布陣するのは防衛都市の外。都市の外壁を最終防衛ラインとし、迎え撃つ構えだ。
外には地平線を埋め尽くす程のネガガルーたちが犇めいていた。
「すごい数だな」
「奴らも全戦力だろうからな。今までで一番過酷な戦いになるだろうさ」
レイマと降魔はシングルストライカーに乗り、ゆっくりと近づいてくるネガガルーたちを眺めていた。当然いるのは最前線。量産されたシングルストライカーを駆った騎兵部隊を率い、ネガガルーたちを斬攪するのが役割だ。
レイマの腰にはゼルプスドライバー。降魔の腰にも簡易型のドライバーが取り付けられていた。
並んだ部隊は量産型Zストレートを始めとする様々な武装を装備していた。残されたあらゆる兵器が動員されている。中にはネガガルーには決して有効とは言えない物もあるが、目眩ましくらいにはなるだろうと引っ張り出されていた。
一見は無秩序な、破れかぶれの軍勢。だが瞳に灯す覚悟の炎は、皆同じ。
ディアハンター部隊は射程圏まで近づくのをジッと待つ。遂にネガガルーの軍勢はあと少しのところまで包囲を狭める。
降魔はレイマに声を掛けた。
「お前が火蓋を切れよ」
「俺が?」
「適任だろ」
言われ、渋々とレイマは従った。
「仕方ねぇ」
ドライバーのトリガーを引く。
【ソリテュード! スタンドアップ!】
「変身」
【ズィードウルフ! CRY! CRY! LET’S CRY!】
青白い炎が燃え、レイマの全身を包む。晴れた時、そこにいたのは狼面の戦士。
浅葱の装甲、白い古傷を纏いし騎士は佩いた機械刀を抜き放ち、掲げた。
『ゼルプス、
それは開戦を告げる合図。
並んだ兵士たちは、弾かれたように突撃を開始する。
今ここに、惑星アイン最後の戦いが幕を開いた。