仮面ライダーデュオル/アーリー 仮面ライダーゼルプス   作:春風れっさー

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06 最後の歌/俺たちはここにいた

 戦端を切った二つの軍勢はほとんど真正面からぶつかり合った。

 片や旅立つ希望を守るべく決死の戦いを挑む残留者たち。

 片や全ての人類を効率的に滅ぼすべく複製された異形たち。

 両者は互いの存在意義を賭けて、凄惨な闘争の幕を開けた。

 

 ディアハンターたちのZストレートとガゼルガルーの生体武器が克ち合う。武器の質ではディアハンター側が勝ったが、しかし数はガゼルガルーたちの方が多い。一瞬だけ拮抗するも、すぐに数の差に呑まれて押し込まれてしまう。

 勢いをつけた異形の軍勢。その横っ腹に、突っこむ者たちがいた。

 

『突撃!』

「おおおぉぉ!!」

「潰せ、潰せぇ!!」

 

 ゼルプス率いる、シングルストライカーを駆る騎兵隊だ。エンジン音を響かせネガガルーの軍勢に突っこんだ騎兵隊は、手にしたZストレートでガゼルガルーたちを片っ端から撫で切りにしていく。中でも先頭のゼルプスの戦いぶりは凄まじい。

 

『ハァッ!』

 

 人類側の装甲兵よりも余程固いガゼルガルーたちを、ジンジャーマンクッキーの如く破砕していくゼルプス。Zストレートが閃く度に首や手足が舞い、唸る拳脚が風穴を開けていく。正に獅子奮迅。

 その背中に副官として状況把握に努める降魔が声をかける。

 

「レイマ、このまま抜けて反転し、再度突撃をかけるぞ!」

『応!』

 

 士気を上げる名目上騎兵隊はゼルプスが率いていることになっているが、実際の運用は降魔がしている。今日に至るまでディアハンターの戦闘隊長を務めてきた経歴は伊達では無い。的確に指示を出し、戦場を縦横無尽に駆け巡る。

 そうして首級を挙げていたゼルプスに通信が入る。

 

『こちら管制室! ポイントEに強化型ネガガルーが出現。増援をお願いします!』

『了解!』

 

 耳に届くオペレーターの声。ディアハンター本部に置かれた管制室からの司令だ。つまりはそこに陣取り全体の指揮を執る総司令官、エフレイヤの指示である。

 エフレイヤの指揮は的確で、防衛戦が食い破られそうになれば適時増援を投入し持ちこたえていた。その増援としてもっとも活躍したのが機動力のあるゼルプスたちだった。

 怒濤の戦果を挙げる騎兵隊。しかしやはり、無理をすればそれだけ被害が出る。

 

「ぐあああぁぁぁっ!!」

『しまった!』

 

 騎兵隊の一人がガゼルガルーの捨て身の攻撃を受け、シングルストライカーから落車する。落ちたのはディアハンターで古くから一緒に戦い続けてきた古参兵だった。

 

『待ってろ、今助け……』

「いえ、行ってください!!」

 

 ターンをかけようとするゼルプスに落ちた兵士は叫ぶ。

 

「みんなの希望を、必ず守り切ってください!」

 

 言葉少なにそう言い残し、兵士はピンを引き抜いた。腰に括り付けられた爆弾が一斉に起爆し、数体のガゼルガルーを巻き込んで紅蓮の炎に包まれた。

 自爆。

 

『ッ! ……あぁ、絶対に守る!』

 

 ゼルプスは前に向き直り、爆炎を背に駆け抜ける。

 そうして、死戦は加速していった。

 

 

 ※

 

 

『クハッ、粘るな。流石は仮面ライダーといったところか』

 

 戦闘の推移を遥か後方から見守る姿あり。

 この戦争を引き起こした元凶、コンキスタメタローであった。

 丘の上から荒野でぶつかり合う両軍を見下ろしながら、カイゼル髭めいた顔面を撫でる。

 

『やれやれ。勝ち目は無いというのにご苦労なことだ』

 

 人類が一箇所に集まっているのは知っていた。何か企んでいることも。だからこそ敢えてそれを待ち、一網打尽にすべくネガガルー全軍による攻撃を仕掛けた。

 その数は、人類戦力の数百倍。地形によって一度に参戦できる戦力に限りはあれど、勝機などある筈も無かった。

 しかし、

 

『……妙だな、流石に士気がありすぎる』

 

 だというのに、人類は諦めていなかった。

 決して勝てない、それは分かっている筈。それができるならとっくにやっている。

 

『何かあるのか』

 

 コンキスタメタローは人類が防衛都市に集結する行為に、てっきり反攻作戦か何かを準備しているのだと思っていた。だからこそその全てを叩き潰すこの大軍勢。

 しかし勝ち目の無い戦にこうも全力なのは、何故か。

 

『勝つことが目的では無い……? 戦略目標が違う、防衛……いや』

 

 コンキスタメタローは防衛都市の方へ目をやる。壁に囲まれた街、中央にはディアハンターの本部。

 街の様子にコンキスタメタローは違和感を覚えた。それが何なのかを探り、すぐに思い至る。

 

『残った人類の姿が?』

 

 街には人っ子一人いなかった。明確にはいないワケでは無いが、前線兵士の支援要員だけで非戦闘員の姿が欠片も無い。全親類が集結している筈なのに。

 

『避難……どこに? いや、まさか』

 

 コンキスタメタローは目を瞠った。正確に言えば機械めいて目を明滅させた。あり得ないものを見ているかのように。

 

『世界からの脱出か! 馬鹿な、人類が我々魔人教団のような技術を持ち合わせているのか……!?』

 

 世界間移動。それはメタローの専売特許であり、まさかこの世界の人類がそんな高等技術を備えているとは思いもしなかった。傲慢というのは酷だろう。それだけの技術力の差があるからこそ、今の現状があるのだから。

 

『まずいな。どれだけの完成度かは分からないが、逃亡を許す可能性がでてきたか』

 

 落ち着かない様子で佩いたサーベルの鍔を鳴らし、コンキスタメタローは思案する。

 魔人教団の目的は世界征服であり、つまりこの惑星アインの滅亡だ。それが成れば後は……というワケにもいかない。討ち漏らしがあれば後々の禍根となる。現にレジスタンスという煩わしい存在も勢いをつけつつあった。

 

『どのみちこの戦力差なら間に合うだろうが……仕方ない、念のため奴を投入するか』

 

 しかし奴らが何を企んでいようと、結局はネガガルーの方が優勢だ。何もせずとも奴らが本懐を遂げられない可能性は高かった。それでも万が一に備え、コンキスタメタローは奥の手の投入を決意する。

 だが、更に念には念を入れて。

 億が一にも備える。

 

『――聞こえますか、我が同胞。否――』

 

 精神同期という手段で世界を越えて声をかける。

 

『――我らが、ハイメタロー』

 

 眼下の戦場は、更に激化していた。

 

 

 ※

 

 

「ぐあっ!」

『降魔!』

 

 戦闘開始から数時間。騎兵隊は既に存在しなかった。

 正確に言うならば、シングルストライカーを捨てて地に足を着け戦っていた。

 破壊され、部隊として運用するだけの台数を揃えることが難しくなったからだ。

 

「大丈夫だ、行け!」

『くっ、分かった』

 

 頭から血を流しながら降魔はゼルプスへと叫ぶ。防衛線に合流した元騎兵隊は、そこでも死に物狂いで戦い続けていた。

 飛び出したゼルプスはZストレートを振るいガゼルガルーを塩の塊へと変えていく。続くように兵士たちも切り込んだ。

 

「グオオオォォッ!」

「ガアアァァッッ!!」

 

 苦痛に耐える雄叫びを上げてZストレートを突き込む兵士たち。怪我の痛みを堪えているワケでは無い。量産型のドライバー。ライオットサーキットがもたらす灼けるような痛みに耐えているのだ。

 緊急回避用と渡されたそれは、もうとっくのとうに攻撃用に転じられていた。

 

 激突しあう両軍。もう最前線は滅茶苦茶な有様だった。どこも部隊の体を為していない。圧倒的な物量を身を挺すように受け止めている。人類は更に苦境に追い込まれていた。

 開戦当初よりもネガガルーたちの圧が強まっているのを見てゼルプスは仮面の下で歯噛みする。

 

『クソッ、メタローの奴め、気付いたか!』

 

 ネガガルーたちもなりふりを構っていない。この性急さは、残った兵士が守る物、脱出船シークアンサーの存在に気付いたということだろう。

 だとするなら、ここからより厳しくなる。

 ゼルプスは気を引き締めた。

 

 その直後、轟音が鳴り響く。

 音のした方を見上げると、そこには睥睨する巨躯があった。

 

『レオガルー……奴まで強化型に!』

 

 兵士たちの一団を容易く吹き飛ばしたのは雄々しき鬣を持つレオガルー、その強化個体だった。ご丁寧に捕食能力による強化は既に終えているのか、数々のネガガルー由来のパーツがその身を更なる異形へと変貌させていた。

 三面、六腕、数え切れないほどの角から放電しながら、強化型レオガルーは防衛線を蹂躙していた。

 

『クソッ!』

「行け、レイマ!」

『……分かった!』

 

 降魔の声に頷き、ゼルプスはレオガルーへと向かう。ゼルプスの抜けた穴は大きく、降魔たちは苦戦を強いられるだろう。しかしアレを止めない選択肢は無かった。

 故にゼルプスは一瞬の躊躇だけで降魔たちにその場を任せ、レオガルーへと吶喊していく。

 

『ゴオオオオォォォ……!』

『……王者として君臨していたお前が、良いように使われちまいやがって』

 

 威容はともかく、その有様はかつてのレオガルー、グラトニーとはかけ離れている。

 奴ならば、尖兵として使われることを良しとしなかった筈なのに。

 

『ギャガァァァァッ!!!』

『楽にしてやる!』

 

 六つの瞳が自分をロックオンした瞬間、ゼルプスはライオットサーキットを励起させ跳躍した。灼ける脚。しかし痛覚はとっくの昔に麻痺していた。

 勢いのまま、その胸元へ深く切り込むゼルプス。胸板を抉り、人間であれば即死というほど大きな傷を刻み込む。だが巨体はそれを物ともしていなかった。

 

『くっ、これでくたばらねぇのかよ!』

『グオオォォッ!!』

 

 六腕での反撃。その腕の先にはそれぞれネガガルーの部位や武器が備わっている。鋏、槍、毒針。どれも一発当たるだけで致命傷となるだろう。

 

『やらせる、かッ!』

 

 ゼルプスは自分に叩き込まれるそれを身を捻って躱し、更に足場にして跳躍。ゴム鞠めいて跳ね上がると、今度はレオガルーの顔面に向かった。

 鬣に囲まれた鋭い双眸。その眼前に舞い上がり、ゼルプスはドライバーの引き金を引いた。

 

【LAST SPURT! READY!!】

 

『ライダー! 焔刀十文字斬り!!』

 

 白い炎を纏って加速したZストレートで、素早く二連撃。熱を伴った刃はレオガルーの顔面を×の字に切り裂く。

 

『ガッ……!』

 

 いくら強化型でも、顔をやられれば。

 レオガルーはゆっくりと倒れ伏し……そして塩の塊へと還った。

 

『……ふぅ』

 

 着地したゼルプスは流石に一息をつく。強敵だった。かつてなら、勝てなかったかもしれない。だが今は、それで立ち止まっている暇すら無いのだ。

 

『! もう新手か……』

 

 消耗したゼルプスを討たんとガゼルガルーの集団が躍り込んでくる。だがレオガルー程の脅威では無い。ゼルプスはZストレートを構え、迎撃する。

 刃を閃かせ、片端から切り捨てていく。

 この場でもっとも下の雑兵だ。苦戦などあり得ないし、していたら切りが無い。一刻も早く片付けて、降魔たちの元へ戻らねば。

 

『お前たちにかかずらっている暇なんて無いんだよッ!』

 

 大物を仕留めた直後の疲労。仲間の元へ早く戻らなければならない焦燥。

 狙うには、絶好の機会(チャンス)だった。

 

『――だったら、死ねよ』

 

 ゾブリ。

 肉に埋まる、嫌な感触。

 

『――あ?』

 

 それが自分の身体の裡から聞こえたことに、ゼルプスは呆然とした声を上げる。

 見下ろすと、装甲の隙間、自分の腹から――血塗られた刃が飛び出していた。

 

『な……』

『キヒヒッ』

 

 その耳元。背後から、憎悪に歪んだ嗤い声が聞こえた。

 振り返るまでも無い。その声を、ゼルプスは知っていた。

 

『ホーン、ズ……! 生きて、いたのか……!』

『あァ、そうだよゼルプスゥ……! この瞬間を、ずっと待ってたんだゼ……!』

 

 振り返りざまに一閃。しかし飛び退かれ、Zストレートの刃は届くことなく空振る。そして刃の抜けた腹から、夥しい量の血が溢れた。

 

『ゴフッ……』

『キィーヒャッヒャァッ!! いーいザマだなァ、ゼルプスゥゥッ!!!』

 

 そこにいたのはやはり、生体武器を握ったガゼルガルーだった。その姿は他のガゼルガルーと瓜二つ。ホーンズはそれを利用し、雑兵に紛れ奇襲を仕掛けたのだ。

 不意を打たれたゼルプスは、アンブッシュを許してしまった。

 

『グ……』

 

 麻痺した筈の痛覚がズキズキと痛む。つまりはそれだけの深手。命に関わる……いや、恐らくは。

 遂に負ってしまった。決定的な傷を。

 

『ゲヒャッヒャッヒャァッ!! 遂に、遂にやりましたよ俺はァ!! 見ていてくれたか、カシラァッ!!!』

 

 憚ることなく高らかに嗤うホーンズ。その声音に、最早正気は含まれていなかった。

 

「レイマァッ!!」

 

 異常を悟った降魔たちが無理を押して駆けつける。そして状況を悟り、ガゼルガルーへと一斉射撃を開始した。

 

「ゼルプス!」

「レイマさんを守れ!」

 

 引き金を絞り、銃弾を放つ。前のガゼルガルーならば、これで蜂の巣となっていただろう弾幕。

 だが、ガゼルガルーはそれを弾いた。

 

「なっ」

 

 それどころか、見る見る内に姿が変貌していく。身体は盛り上がり、あちこちから生体武器が剣山めいて突き出す。憎悪に澱んだ青白い瞳だけは変わらなかったが、それ以外は全て変形する。

 そこにいたのは、最早ガゼルガルーでは無かった。顎門、鉤爪、靱尾。ヤマアラシの如き鱗を持つ、御伽の怪物。

 言うならば、ドラゴンガルー。

 あらゆる物を擲ち捨て去った、復讐鬼。同胞も世界すらも差し出した果ての姿。全ては、復讐を遂げるためだけに。

 

『ギヒヒッ、なんだァ、遊んで欲しいのかヨ?』

 

 ヒュン、と風を切る音。

 気付いた瞬間には、尾が突き刺さって兵士の一人が死んでいた。

 

「なっ……」

『だったら簡単に壊れるンじゃねェぞ、ディアハンタァァァッ!!』

 

 ネガガルーの組織を壊滅させたディアハンターたちも、ドラゴンガルーにとっては復讐の対象。

 吠え狂い、降魔たちへと異形が躍りかかっていく。爪が、牙が、背中の角が振るわれる度、紙くずのように切り裂かれ、兵士たちが死んでいく。

 知己が、共に戦った戦友が、死んでいく。

 

『グッ……クソッ』

 

 起き上がろうとする。だが力が入らない。まるで自分の身体が大きな重石になってしまったかのようで、ゼルプスにできるのは藻掻くことだけだった。

 

『こんな、ところで……』

「レイマッ!」

 

 ドラゴンガルーと戦友たちの死戦へ手を伸ばすゼルプスへ、呼び声が届く。

 それはよく知った声だった。

 

『なっ、ミナギ……』

「だいじょう、っ!」

 

 そこにいたのは救急箱を抱えたミナギだった。彼女はゼルプスの腹の穴を見つけると息を呑んだが、すぐに処置を開始した。

 変身を解除させ、治療に当たる。

 

「なんで、こんなところに」

「……後方拠点まで、ネガガルーが雪崩れ込んできたの」

「っ、もう、か」

 

 とにかく腹の穴を塞ぎ、鎮痛剤を打つ。根本的な治療にはならないし、もうそれには遅い。死ぬまでの時間を長引かせることしかできない程の傷。

 

「医療班のみんなが送り出してくれたの。ゼルプスを助けろって。だから、来た」

「そう、か」

 

 鎮痛剤が効き、痛みが和らぐ。だがミナギが三本目のアンプルを取り出すのを見て、止めた。

 

「それは、いい」

「……でも」

「眠るワケには、いかないから」

 

 三本目を打てば鎮痛剤が効きすぎて眠ってしまう。そうなればそのまま安らかに逝けるだろうが、レイマはそれを良しとしなかった。

 地獄のような痛みでも、最後まで。

 

「でも、動けるようになるまでは……」

「……クソッ」

 

 それでも即座に復帰とはいかない。その間は、ゼルプスは不在となる。

 その穴はあまりにも大きかった。

 

 

 ※

 

 

「……敵に侵入を許したじゃと?」

 

 司令室で、エフレイヤは敵侵入の報告を聞いた。

 

「はい。最終防衛線が抜かれ、ディアハンター本部まで敵が侵入しました。現在は職員を惨殺しながらこちらへ向かってきています」

「そうか。戦力に余裕が無い所為で、護衛などはおらんからな」

「如何なさいますか」

 

 エフレイヤは横目で司令室を眺めた。そこでは今もオペレーターたちが決死に前線の兵士たちを支えている。

 

「ポイントNに敵増援出現! 警戒を!」

「第15小隊沈黙! 17小隊も応答ありません!」

「補給班はデポを形成、後はその場で死守してください!」

 

 ゼルプスが行動不能となったことで、前線は一気に崩壊した。最早戦略も何も無い。だからオペレーターたちももう場当たり的な指示しかできないが、それでも彼らがいなくなれば前線は壊滅する。

 逆に言えば、ここまで至ってしまえば全域の司令官は一段価値が落ちる。

 エフレイヤは冷静にそう分析し……席の傍らに置いていたZストレートを手に取った。

 

「では、時間稼ぎにいこうかの」

「司令?」

「これでも年頃の少女なのじゃ。偶にはチャンバラごっこに興じてもよかろう?」

 

 そう言って悪戯げに笑うエフレイヤに、伝令も破顔した。

 

「では私も童心に返りましょうか。……お供します」

「うむ。……征こうか」

 

 刀を佩き、エフレイヤは手の空いた数人を伴って司令室を後にする。

 その顔は明日に向かうかのように晴れやかだった。

 

 

 ※

 

 

「博士、もう隔壁保ちません!」

「うむ……そうか」

 

 地下ドック。古代技術の発掘場。

 シークアンサーへと避難民が乗り込んだ場所で、コクウたち技術者はバリケードを張って抵抗していた。

 しかしそれももう保たないらしい。

 

「来たか」

 

 隔壁を破り、ガゼルガルーが躍り込んでくる。人の命を容易く刈り取る生体武器を抱えながら、しかし彼らは呆然と上を見上げた。

 コクウはニヤリと笑った。

 

「大方、広大な地下空間を発見しここに船があると睨んだのだろう。だが、残念だったな」

 

 そこには、何も無かった。シークアンサーも、何も。

 

「異世界を航行できる船だ。短距離であれば、転移も可能なのだよ。ま……それにも時間稼ぎが必要だったワケだが」

 

 この場には既にシークアンサーは無い。つまりこの防衛都市の死戦そのものが、囮。

 残った人類全てを賭けた、盛大な陽動であった。

 

「今頃は別の場所で発射準備を整えているよ」

 

 それを理解したガゼルガルーたちが殺気立つ。

 

「……!」

「お、操り人形たちにも怒りの感情はあるのか。時間があれば、それも調べてみたかったものだな」

 

 生体武器を突きつけられる技術者たち。しかし彼らの表情に焦りは無かった。

 それどころか悟りを開いたかのように凪いでいる。

 

「ま、そう邪険にするんじゃない」

 

 コクウはおもむろにスイッチを取り出した。

 

「どうせお前たちはここで死ぬのだから」

 

 そのスイッチはコードでどこかへと繋がっていた。壁に、天井に、広く多く所狭しに取り付けられた四角い物体……爆弾へと。

 

「……!?」

「さらばだ、ミナギにレイマよ。願わくば、残り少なくとも幸せな人生を過ごせよ」

 

 そう最後に呟いて、コクウはスイッチを押した。

 

 

 ※

 

 

 レイマの眼前で、ドラゴンガルーと降魔たちの決着が付こうとしていた。

 

『ハハハァアハハァッ!! やっぱりテメェらじゃ相手にならなかったなァ!!!』

 

 生体武器が変化したドラゴンガルーの爪が、棘が、尾が。ディアハンターたちを貫きその身体をトロフィーのように飾っていく。さながらはやにえめいたその有様は、見ていることしかできないミナギを絶望させるのに十分な光景だった。

 

「降魔、さん……!」

 

 その中の一人が、降魔だった。

 鋭い爪に腹部を貫かれ、止め処なく血を流している。

 文字通り手中にある男を見つめ、ドラゴンガルーは濁った瞳でニタリと笑った。

 

『ヒハハハ……憶えてるぜェ、隊長さんよォ。よくもまァ、人間の身でここまでこれたモンだァ』

「ごふっ……」

 

 口から血の塊が飛び出す。致命傷だ。目の輝きが急速にくすんでいく。

 それでもなお、死化粧に塗れた顔でドラゴンガルーと同じように降魔は笑った。

 

「へっ……分かって、ねぇな……」

『アァ?』

「人間だから……ここまでこれたんじゃねぇか……!」

 

 そして震える手で、量産型ドライバーの引き金を引く。何度も、何度も。

 呼応して降魔の全身に白いラインが走る。それは肌を焼き、泡立たせながら白熱化していく。光を強めるそれはまるで電球、いや小さな太陽のようだ。

 何をするつもりなのか、ドラゴンガルーは悟った。

 

『テメェ、自爆するつもりか!』

「そこまで上等でもねぇよ……!」

『チッ!』

 

 ドラゴンガルーは素早く爪を払って振り落とそうとする。が、落ちない。それよりも早く、降魔が爪を囲うようにZストレートで自分の身体を貫いたからだ。知恵の輪めいてこんがらがったことで、降魔は振り落とされない。

 このままでは、ドラゴンガルーの腕は融解することになるだろう。

 

『自分の命と引き換えに、腕を……!』

「腕だけじゃ、ねぇさ」

『何……!!』

 

 そしてドラゴンガルーは気付いた。白熱化しているのは降魔だけではない。背中の棘に、尾の先に、貫かれて死に体であるハズのディアハンターたちもまた、白く輝いていた。

 それだけではない。降魔たちに気を取られている隙に、また別のディアハンターがドラゴンガルーの身体に取り付く。そして降魔に倣って自分の身体をZストレートで昆虫の標本の如く縫い止め、量産型ドライバーを暴走させた。

 

「アンタだけにかっこいい真似はさせられねぇぜ……」

「お供しますよ、隊長……!」

 

 激しい苦痛に表情を歪めながら、なお笑う隊員たち。そこに後悔は見受けられない。

 

『馬鹿な、テメェら如きに……!』

 

 ここに至り、ドラゴンガルーも命運を悟った。これはミツバチの蜂球だ。スズメバチを打倒す弱者の戦法。

 今自分を囲う熱量は、強化された身体と言えど到底耐えうるものでは無かった。

 

「付き合ってもらうぜ、地獄までな」

『オレの復讐ガ、こんな、こんなトコロでェェェェェェ!!!』

 

 叫ぶドラゴンガルー。その姿に溜飲が下がったのか、降魔は薄く笑った。

 その後、レイマの方を一度振り返る。

 

「先に逝ってるぜ」

「……ああ」

 

 そして降魔たちは融解し、その熱量はドラゴンガルーの限界を超えた。

 

『カ……カシラァァァァァァァァーーーッ!!!!』

 

 断末魔の後、執念のドラゴンガルーは爆発した。塩の塊となった竜は、ゆっくりと崩れ落ちる。

 跡には溶け残った何かが落ちるだけだった。

 凄絶な最期に、ミナギは息を呑む。

 

「そんな、降魔さん……」

「……ミナギ、もういい」

「でも、レイマ」

 

 戦友を見送って身を起こすレイマをミナギは止めようとする。止血はしたが、まだ動けるような状態では無い。

 だが、レイマは首を横に振った。

 

「お客さんだ」

「え……」

「親玉がわざわざ、ご足労に来てくれたらしい」

 

 レイマは一点を見ていた。ネガガルーの軍勢の一角。集団が潮が引くように割れていく。

 現われたのは、全ての元凶。コンキスタメタローだった。

 

『驚いたよ』

「俺らがここまで抵抗したことか? それともドラゴンガルーがアッサリやられちまったことか?」

『両方さ』

 

 コンキスタメタローはまるで溜息を吐くかの如くやれやれと首を振った。

 

『折角強化したというのに、まさか雑魚共にやられてしまうとはな。これでは強化にかけたコストがパァだ、奥の手が聞いて呆れる。まぁここで私が仮面ライダーを倒せば、帳尻は合うか』

 

 肩を竦めるコンキスタメタロー。レイマはミナギを庇うように立ち塞がり、ドライバーに手をかけた。

 

「二つ、訂正がある」

『ん?』

「一つ、アイツらは雑魚じゃ無い。そして、二つ」

 

 息は荒く、血の気は薄い。それでも瞳に怯えは無く、レイマはトリガーを引く。

 

「倒されるのは俺じゃ無い。お前だ!」

【ソリテュード! スタンドアップ!】

「変身!」

 

 青白い炎が燃え上がり、傷だらけの戦士の身体を包む。

 

【ズィードウルフ! CRY! CRY! LET’S CRY!】

『はぁぁぁぁっ!!』

 

 そしてそれが晴れた瞬間、浅葱の鎧を身に纏ったゼルプスはコンキスタメタローへと躍りかかった。Zストレートを閃かせる孤狼に、コンキスタメタローは佩いたサーベルを引き抜いて迎撃する。

 

『ふっ、その予言はどうかね』

 

 ぶつかり合った刃が噛み合い、火花を散らした。ゼルプスが攻め、コンキスタメタローが受け流す。

 片や激情の剣。人類の命を、その志を全て背負った、激しく燃える剣。

 片や冷徹の剣。人類の命を掃いて捨てるゴミとしか思っていない、どこまでも冷たい剣。

 対照的な両者は何度もぶつかり合って、凄烈な剣戟が繰り広げられる。

 

『オォッ!!』

『フッ……』

『グッ!?』

 

 斬り合いを先んじたのはコンキスタメタローだった。果敢に攻めかかるゼルプスの打ち込みを弯曲した刀身を使って受け流し、滑らせるような刃で切り裂いた。胴を傷つけられ、ゼルプスは痛みに呻いて膝を突く。

 そこはホーンズの不意打ちで負傷した大傷だった。傷に響き、痛みが更に増す。明らかに狙った、コンキスタメタローの一撃。

 

『グ……あぁっ……!』

『その傷ではもう長く無いだろう。だというのに、何故抗う』

 

 コンキスタメタローは心底理解が及ばないという風に首を傾げた。

 

『もう世界の滅びは確定している。例えお前たちの抵抗によって残り僅かな人類の脱出が叶ったとしても、お前が生き残れるワケではない。お前はここで死ぬ。それなのに、何故必死になって戦う』

 

 コンキスタメタローはそれが理解不能だった。ここでどんなに頑張ったところで死ぬことは変わらないのだ。生存が叶わないとなれば、疾く諦めるべきだ。己の死を受け入れることに労力を割けばいい。それなのに、何故、こうまでして戦うのか。

 

『分からねぇか、分からねぇよな……!』

 

 刀を杖にゼルプスは立ち上がる。その複眼には、未だに衰えない戦意が宿っていた。

 

『それが仮面ライダーだ!!』

『……分からないな、まったく』

 

 自分たち魔人教団に幾度も無く楯突いてきた戦士、仮面ライダー。その行動原理も、しぶとさも、何もかもが理解不能。

 最早理解する必要も無いと切り捨てた。コンキスタメタローはサーベルを左手に持ち替え、空いた手をマントの中に入れる。

 

『これ以上は時間の無駄だな。もう終わりにしよう。魔人教団の末席として、ここまで縺れ込んだ責任は取らせてもらう』

 

 そしてマントの中からズルリと引き抜かれたのは、古めかしいマスケット銃だった。

 

『ッ!』

『死ね』

 

 弾かれる引き金。向けられた銃口に辛うじて反応したゼルプスは身体を反らし、直撃は回避した。

 肩甲で受け、しかし衝撃で身体が揺さぶられる。当然ながら、見た目通りの骨董品では無い。

 

『クソッ!』

 

 反撃に銃モードへ変形させたZストレートを見舞う。マスケット銃ならば単発のハズ。装填の隙がある……と考えたゼルプスだが、その予想は裏切られた。

 翻ったマントの中。そこから五本もの銃口が狙いを定めていた。

 

『グッ!?』

『救いようがない程の阿呆だな』

 

 砲火。避けきれずゼルプスは被弾する。

 

『がはっ』

『どうやって私がネガガルー共を量産したと思っている。それがこの力だよ』

 

 腕に嵌められた黄金の鎖が光り、手にしたマスケットを複製する。そのまま増やされたマスケットは宙空に固定され、戦列を作り上げた。

 

『私は一人で軍隊を作れる、ということだ』

『がぁっ……!』

 

 再びの砲火。最早避けるという次元では無かった。躱す隙間も無い銃火に浅葱色の装甲は傷ついていく。

 銃が火を吹いたその直後にはまた補充されている。絶え間ない銃弾の嵐。

 

『ぐ……あぁっ!!』

 

 選択肢は、一つだけ。

 被弾覚悟で、突き進む。

 

『フン、予測可能でありきたりな行動だ』

 

 真正面から銃弾を受けながら近づいてくるゼルプスに対し、コンキスタメタローはまたマントに手を入れる。

 次に取り出したのは、とてもマントの中に収まっていたとは思えない――大砲。

 

『その矮小な脳味噌ごと吹き飛べ!』

 

 マスケットとは比べものにならない発砲音。

 叩き込まれる砲弾を前に、ゼルプスは――今更、避けるようなことはしない。

 

『ハァアァァァッ!!』

『何!?』

 

 直進し、拳を前に。白い炎が揺らめき、拳は砲弾を粉々に打ち砕いた。

 力尽くの打破。予想外のそれに一瞬だけ硬直した隙に、ゼルプスはコンキスタメタローに肉迫することに成功した。

 再び剣モードへと戻したZストレートを閃かせる。

 

『ぜやぁっ!!』

『グッ!?』

 

 今度は、入った。

 白黒の装甲を刃は深々と抉る。

 

『この……劣等種がァッ!!』

『ぐはっ!!』

 

 自分に刃を刺し込むゼルプスに、コンキスタメタローはサーベルを複製し、逆にその身体に突き立てた。

 

『ぎ……ぐ、ぁ……!』

『退、けぇ!』

 

 何本もの鋭い刃が突き刺さり、ゼルプスはコンキスタメタローから力尽くで引き剥がされる。

 

『ハァ、ハァ……クソ、ここまで無様な……だが』

 

 コンキスタメタローも無傷ではない。その胴体には斜めに走る無惨な傷が刻まれていた。

 しかし、どう考えてもゼルプスの方が遥かに重傷だった。

 

『ぐ……は、ぁ……』

 

 サーベルはアンダースーツを突き破り、その肉を貫いた。筋肉も、神経も、内臓も。

 それまで負っていた傷も深い。もうゼルプスは息も絶え絶えだった。

 

 立っているのもやっとというゼルプスの姿を見て、コンキスタメタローは溜飲を下げる。

 

『フン……所詮は人間。ここまでだな』

 

 持ち直したコンキスタメタローは、再びマスケットを複製する。そしてそれを一斉に向け、狙いを定めた。

 

(クソ……身体が動かねぇ)

 

 もう躱す力もゼルプスには残されていなかった。それどころか、指先一本すら動かない。

 

(だが、もう……いいかな?)

 

 それは深手や失血の以上に、気力が尽きかけていることが理由であった。

 痛み、そしてもう十分時間を稼いだだろうという安堵。

 そして、それ以上に。

 

『武中司令官、侵入したガゼルガルーの軍団と刺し違えました……!』

『地下発掘現場崩落……! 深奥博士と連絡が取れません!!』

『みなさん、どうか……ぐあっ』

 

 大切な人たちの訃報、そして通信途絶。

 オペレーターのいる司令室は最重要部。そこにまでネガガルーが侵入したということは。

 

(エフレイヤ、博士、みんな……)

 

 共に戦った同志たちは死に絶えた。

 脱出船の出発まではもうすぐだ。ここでコンキスタメタローを釘付けにした以上、もう間に合わない。なら、作戦は達成だ。

 もう守るべきものは、ない。

 

(なら、もう……いいだろ?)

 

 無色の空を見上げ、ゼルプスは完全に静止した。

 

『……やっとだな?』

 

 それを疑りながらも、しかしコンキスタメタローは油断しない。

 

『ではご苦労だった、人類の希望。ここが終点だ』

 

 複製した無数のマスケットで、狙う。鼠一匹逃さない包囲網で葬る。

 

『死ね』

 

 引き金を弾く、その瞬間だった。

 

「――誰よりも 願った日々がありました」

 

 澄み渡った声が響いた。

 

『――!』

『何?』

 

 涼風の如く胸を透くその歌声を、レイマは誰よりも知っていた。

 

「春の穏やかな陽射し 夏の騒がしい記憶

 秋の密やかなお話し 冬のよく響く、みんなの笑い声」

 

 それはレイマの遥か後方。二人の決闘を見守っているハズの、ミナギの歌声だった。

 まるでステージの上にいるように凜と立ったミナギは、届けようと喉を震わせている。

 

「どれも あなたが守ってくれたものでした」

 

 ただ、一人に。

 

「ただ隣にいてくれるだけでよかった

 けれど変わっていくあなたも好きだった

 

 苦しくて泣いた夜もありました

 それでもあなたと一緒に歩める世界が好きでした」

 

 それは、一歩一歩、噛み締めるようにゆっくりと歩く歌だった。

 

「あなたと生きる 未来が大好きだったから」

 

 それでも、未来を目指して進む歌だった。

 

「どうか安らかに だけど諦めないで

 あなたの守ったものは こんなにも尊いものだから

 

 どうか穏やかに だけど負けないで

 あなたの進んだ道程(みち)は こんなにも素晴らしいのだから」

 

『ぐ……お……』

 

 一歩、踏み出す。

 

『馬鹿な……もう動けないハズ……!』

『お、おおおぉ!!』

 

 白い古傷を白熱化させ、傷口を焼き潰しながら一歩、一歩。

 もう理屈は全部、関係なかった。

 

「狼よ 私の狼よ

 傷つき 迷い それでも走った狼よ

 

 あなたの望むままに生きてください

 あなたの選ぶままに生きてください

 

 だって私は、あなたが――」

 

 戦う理由は、まだあったから。

 

「――好きだから」

『があぁぁぁあああああぁぁぁーーーっ!!!』

 

 駆け出す。ただ一人でも、守るべきものを守るために。

 もう死に体であるハズのゼルプスが動けるとは思わず、コンキスタメタローは意表を突かれる。

 

『な、は――』

『ああ゛ぁあああ゛あ゛ぁぁぁぁーー!!』

『グガッ!?』

 

 顔面に右拳。ストレートを叩きつけ、吹っ飛ばす。

 錐もみ回転する勢いで飛んでいったコンキスタメタローは数度地面にバウンドし、砂に塗れて起き上がった。

 

『馬鹿な、どこにそんな力が……』

『おおおおぉぉぉーー!!』

 

 吠えながら間髪入れず飛びかかる。押し倒し、マウントポジションを取って、殴りつけた。

 

『ああ゛ぁっ!! はあ゛ぁっ!!』

『グ、ガフッ』

 

 何度も、何度も。

 もう、武器も技もなかった。

 ライオットサーキットの出力だけで身体を動かす。焼き尽くしながら。

 

『があ゛あ゛ああぁぁぁぁぁーーーっ!!!!』

 

 ただ、餓狼のように。

 

『ガッ、グッ……調子に、乗るなァ!!』

『ぐぶっ』

 

 コンキスタメタローの反撃の一撃は、あっさりとゼルプスの身体を浮かせて引き剥がした。起き上がった両者は離れて、向かい合う。

 

『うう゛ぅぅぅ……』

『ハァ、ハァ……まさか人間如きが、ここまでやるとは。もう私も勘弁ならん』

 

 コンキスタメタローは天へと手を翳す。すると周囲のネガガルーたちが塵となりながら、コンキスタメタローの上空へと集結していった。

 全てのネガガルーたちがほどけながら、渦となって集まっていく。

 

『ネガガルー共に使っていた力を全て、一点に集中する……この私の、最強の攻撃だァ!!』

 

 生み出されたのは、帆船だった。

 古めかしい、黄金が散りばめられた、しかし禍々しき威容を持つ軍船。

 それが上空に浮かび――そして、その舳先をゼルプスへと向けていた。

 

『死に絶えろ、仮面ライダァーッ!!!』

 

 コンキスタメタローの手に連動し、ゼルプス目掛けて落下するように進む最終軍船。

 押し潰さんと迫るそれを前に、ゼルプスは極めて平静にトリガーを引いた。

 やることは、最初から決まっている。

 

【LAST SPURT! READY!!】

 

『――当たり前だろ』

 

 白い炎が燃え盛る。噴き出て溢れて、花吹雪の如く舞い上がる。

 最後/最期の必殺技。

 

『幕を、降ろすぜ!!』

 

 踏み込み、飛び上がる。

 最終軍船は衝突寸前。だが構うことはない。衝角と真正面からぶつかり合う。

 

『おおお……!』

 

 敵は巨大な質量。人類を追い詰めた尖兵、その集合体。まさしく世界を滅ぼす力。

 だが、関係ない。

 

『おおおぉ……!』

 

 拮抗する。いや、違う。

 全てを砕かんと迫る黄金の衝角に、亀裂が奔った。

 

『そんな、ことが……!』

『うおおおぉぉぉぉぉーーーっ!!!』

 

 そして、破壊する。世界を破壊する力を、破壊する。

 黄金の船は砕かれ、瓦礫となって降り注ぐ。コンキスタメタローの最終奥義は真っ向から受け止められ、負けた。

 白い炎となったゼルプスはそれでも止まらない。そもそも、船など障害でしかない。

 目指すは最初から、ただ一つ。

 仇敵。

 

『そんなことがぁーーー!!!』

『――ズィィィイィドッ、ブレエェェェェーーーク!!!!』

 

 流星。

 砂煙を上げてゼルプスは着地し、白い炎も消えていく。

 その背後には、胴部が消し飛んだコンキスタメタローが残されていた。

 

『こんな……嘘だ……』

『テメェの……やってきたことを悔いろとも言わねぇ……』

 

 溜まった物を吐き出すように、告げる。

 

『ただ、滅びろ』

『――申し訳、ありまッ』

 

 閃光が瞬く。

 轟音を上げ、爆発。世界最後にしてはささやかすぎる花火と共に、コンキスタメタローは完全に滅び去った。

 

 戦いは、終わった。少なくとも、ネガガルーとの絶滅戦争は。

 

「……レイマ」

『――ミナギ』

 

 線香の残り香のように煙を上げるゼルプスへミナギが近づいていこうとした、瞬間だった。

 

 遠くで、音が響く。

 見上げれば、空へと飛んでいくシークアンサーの船体があった。

 

「……征くんだね」

『あぁ……俺たちの希望が』

 

 シークアンサーは二人が見守る中で宙空に光の穴を開け、その中に消えていった。

 その先に、何が待っているかは分からない。

 奇跡か、あるいは絶望か。

 どちらにせよ、この滅ぶ世界に残る二人には見届けられないことだ。

 だから、ただ祈った。

 どうかその前途に、幸多きことを。

 

 

 

 希望は、飛び去った。

 後に残されたのは、滅び去った世界。

 何も無い、残された二人以外は。

 

「……レイマ、あのねっ」

 

 ミナギが何か言おうとした、瞬間だった。

 

「ほーぅ、すごいじゃないか」

 

 二人以外に誰もいないハズの世界に、それ以外の声。

 

「っ!?」

「アイツは目にかけてやっていた奴なんだが……まさか倒しちまうとは」

 

 妙に艶のあるテノールボイス。声の先にいたのは、スキンヘッドでスーツを着た男だった。

 精悍に整った顔に浮かんだ双眸は、鋭い。

 

『誰、だ……』

 

 残された力でゼルプスはミナギを庇うように一歩踏み出す。

 男は名乗った。

 

「俺の名はクルージーン。魔人教団のハイメタローにして死奏剣。そうだな……分かりやすく言うと、さっき死んだ奴の上司だ。将棋の駒で言うところの飛車角といったところか。奴はまぁ……悪くはなかったが、精々が桂馬だな」

「……なっ」

 

 サラリと語った言葉は、にわかには信じがたいことだった。

 世界を滅ぼした邪悪、コンキスタメタロー。それが、ただの尖兵。

 ならば、世界には――どれだけの巨悪が存在するのか。

 そんなミナギの戦慄を余所に、クルージーンを名乗った男は無音となった戦場を見渡す。

 

「見事だよ。よくぞこの戦力比を覆した。これが映画ならば俺は、ブラボー、ブラボーと言って拍手喝采していただろう。そしてそのままハッピーエンドで終わる……これが、映画なら」

 

 次の瞬間、クルージーンは底知れぬ威迫を滲ませた。その威圧感に、ゼルプスは仮面の下で冷や汗を流す。

 

『っ!』

「しかし残念ながら……これは映画でもないし、俺たちは役者じゃない。現実で……敵同士だ」

 

 纏う空気感、何気ない佇まいだけでゼルプスは感じ取った。今まで敵対してきた奴らの比ではない。別格。

 万全の状態であっても、恐らくは――。

 

『……ハッ、決まってる』

 

 それでもゼルプスは、一歩を踏み出した。

 

「! レイマ……」

『ここまでやって、逃げるワケねぇだろうが』

 

 見つめるミナギから視線を逸らし、ゼルプスはクルージーンと向かい合う。

 

『何せ俺は、仮面ライダーだからな』

「ふっ……そうだ、その通りだ。お前たちはいつだってそうだ。誰か一人でも守るべき物がいれば、決して逃げることはない……ならば、俺も」

 

 クルージーンの姿が変わる。禍々しき怪人へと。

 

『……本気でお前を仕留めよう』

 

 例えるならサソリの怪人だった。赤い身体を鋼の如き漆黒の外骨格で包み、鋭利な先端を持つ尾と開いた鋏のような手甲を持ち合わせている。しかし特徴的なのはそれだけ。戦う機能だけを追求したかのように、無駄な装飾はまったく存在しなかった。

 佇まいも、姿形も、一切隙がない。

 冷徹な戦闘の鬼が、そこにいた。

 

『………』

 

 ゼルプスは構える。Zストレートはどこかに失われてしまったので、素手でのファイティングポーズだ。

 怪人態となったクルージーンも鋏の手甲を前に出す。

 静寂。張り詰めていく二人の間を、虚しい風が吹き抜ける。

 

『……感謝する』

『ほう?』

 

 唐突に、ゼルプスは口を開いた。

 

『これから自分を殺す相手に感謝か。珍しいことだな』

『アンタ程の力なら、死に体の俺を殺すことなんてワケないだろ。それこそ、スーツを汚すことすらなく片付けられる』

『かもしれんな』

『なら、変身した理由は――敬意だろ』

 

 ゼルプスの構えにはもう力が入っていなかった。気力のみで身体を動かし、立っているのもやっと。

 

『だったら、ありがとうぐらいは言うさ。例え敵でもな』

 

 それでも戦うことを止めない戦士に、クルージーンは小さく笑みを零した。

 

『まったく仮面ライダーという輩は……』

『さぁ――』

 

 ゼルプスは大きく息を吸い込む。正真正銘、惑星アイン最後の戦い、その火蓋を切る為に。

 

『ゼルプス、開演(アクション)。俺たちは――ここにいた!!』

 

 両者は地を蹴った。

 

 そして――決着は一瞬だった。

 

『――カハッ』

『……よくやった』

 

 ゼルプスの全力を籠めた拳は鋼の外骨格で受け止められ、逆にクルージーンの鋏は浅葱の装甲を深く穿った。

 それでも、まだ……動こうとするゼルプスに、クルージーンはスイッチを入れるように拳を握り込む。

 サソリの鋏。その間から、パイルバンカーの如く刃が飛び出す。

 杭剣は容赦無く胸の中心を貫通した。心臓を貫かれ血を噴き出し、今度こそゼルプスは崩れ落ちる。

 

『……ここまでの傷を負って、なおも戦おうとする戦士は他に見たことがない。確かにお前には、敬意を表する価値がある』

 

 そう言ってクルージーンは、倒れたゼルプスに向かって弯曲した刃を持つ短剣を引き抜いた。

 

『言い残すことはあるか』

『……何も、ねぇよ。もう、全部言った』

 

 ひゅーひゅーと最後の息を吐くゼルプスに――刃を振り下ろす。

 本当に小さな音と共にドライバーは砕かれ、ゼルプスは――美輪レイマは、息を引き取った。

 

 

 

「……レイマ」

 

 ゼルプスの鎧が光と消えていくのを見て、ミナギはそっとレイマに近づいた。

 まだ温かい身体は、傷だらけだった。全身を穿たれ、しかしその傷を焼いて無理矢理塞いだ――無惨な身体。

 だがその遺体を、ミナギは醜いものだとは少しも思わなかった。

 

「お疲れ様」

 

 頭を膝の上に乗せ、安らかに目を閉じた顔にそっと指を這わせる。

 温かさが失せていくその感触を、噛み締めるように。

 

「――これで、この世界にはお前さん一人だ」

 

 怪人態を解除したクルージーンが呟くように告げる。

 

「世界を脱出する手段はもうない。飢えを満たす物もない。俺が何もしなくても、お前は死ぬだろう」

「……そうね」

「その男と同様に、介錯してやろうか」

 

 クルージーンは鋭い目を細め、二つ並べた指を突き出す。ただの人間であるミナギなら、それで十分だろう。

 もう希望もない世界。愛すべき者もいない。

 それでもミナギは、首を横に振った。

 

「いらない。例えあと少しでも……レイマが守ってくれた、命だから」

「……そうかい。じゃあな」

 

 クルージーンは踵を返し、この世界から去って行った。

 

 残されたのは、ミナギただ一人。

 

「……ね、レイマ」

 

 冷たくなっていく恋人に、語りかける。

 

「さっき言いかけたこと、言うね。私……幸せだったよ」

 

 もう開かれることのない瞼の上に、雫が落ちる。

 

「レイマと一緒にいられて、こうして最期を迎えられて……本当に、幸せだから」

 

「だから、気にしないで」

 

「ありがとう。……大好きだよ」

 

 愛しい人に最後のキスを落とし――ミナギも、また目を瞑った。

 

 

 

 ※

 

 

 

 それから、どれほどの時が経ったのだろう。

 無色の空。命はなく、乾いた風だけが通り抜けるその世界に、一人の来訪者があった。

 

 大きな帽子。エキゾチックな衣装に身を包んだ、褐色肌の女。

 魔術師、クー・ミドラーシュ。

 世界を旅する魔女だった。

 

「……この世界も、魔人教団の手に掛かったのですね」

 

 滅び去った虚しい情景を見渡して、クーは溜息をつく。

 世界を滅ぼす魔人教団に対抗するレジスタンスに属する彼女は手製のアーティファクトを使い、世界を巡って共に戦ってくれる仮面ライダーを探していた。

 しかし、こうして空振りすることも多かった。

 

「生存者は……居そうにありませんね。なんて、酷いことを……」

 

 無惨な光景を見て、一刻も早くライダーを見つけ魔人教団を倒すという決意を新たにするクー。

 しかし歩いている途中で、何か気付いたように立ち止まった。

 

「これは」

 

 それは一組の遺体だった。

 全てが死に絶えたことで腐敗することすらせず、隣り合うように肩を寄せ合う男女。

 大きな瓦礫にもたれ掛かるその二人は、まるで眠っているように安らかな表情だった。

 

 クーはその二人にも目を留めたが、より興味を惹かれたのは女性の隣に刻まれた文章だった。

 文字は掠れていたが、辛うじて読める物だった。しかし残された力で書かれたからか、字体は安定していない。

 しかしだからこそ、多くのものが伝わってきた。

 

 

 この世界をみて、どう思いましたか?

 悲しかったですか? 苦しかったですか?

 怒りをおぼえましたか? 胸がつらくなりましたか?

 

 けれど決して、背負うべき重荷だとおもわないでください

 私たちは、ダレかの重りじゃありません

 せいいっぱい生きて 希望をたくそうとしました

 

 ここでたたかった たいせつな人がいました

 だから わたしたちはおしまいでいいんです

 これをみた、あなたへねがうこと は ひとつ だけ

 

 

 忘れないで

 私たちは、ここにいた

 

 

「………」

 

 碑文のようなそれを最後まで見終えたクーは、二人の遺体に頭を下げて歩き出す。

 

「必ず、必ず……魔人教団を、止めてみせます」

 

 決意を新たにし、クーは次の世界へ姿を消した。

 

 

 

 この戦いは、無為であったのかもしれない。

 確かに生き残り飛び去った人類はいるが、それらが無事にいずこかの世界へ辿り着く可能性は高くはない。時空の中で姿を消す、あるいは魔人教団に補足されて沈められる。十分にあり得る話で、命懸けで送り出した決死隊の労力も儚き泡と消えるかもしれなかった。

 そうなれば惑星アインの結末は、ただ滅び去っただけと刻まれるだけになる。

 勇気も、覚悟も、愛も。全ては無に帰す。

 

 それでも、真に無意味なワケではない。

 例え始まることすらない、無数のゼロであっても、そこには確かに存在したのだ。

 1へと辿り着く為の、戦いの日々。

 希望が花開くまでの、犠牲の数々。

 それらは積み重なり、可能性は――いずれ、無限へと羽ばたく。

 

 

 

 これは、物語が始まる前にあった筈の、無数の0の物語。

 そして、∞へと繋がる物語。

 戦士は眠りについた。しかし孤狼の意志は、いつか――無貌の戦士へ受け継がれるだろう。

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