俺の名前はガイア、心優しい出来る農家の青年である。
え、大男が嘘言うなって? うるせぇ、拳で分からせるぞ。っという冗談はさておき、俺の周囲──厳密にいえば姉ちゃんが使っている錬金術という不可思議な技術が対象なんだけど、それについての悪い噂が村中で流行っているらしい。
曰く、『流れ者の錬金術士が毒を流したせいで湖から魚が居なくなった』と。
曰く、『その原因が魔物にあるというのもその錬金術士が流した嘘』と。
曰く、『先の竜騒動もあの錬金術士が錬金術という怪しい呪いによって操った』と。
曰く、『シュタウト家の畑で巨大クーケンフルーツを盗み食いしている謎の生物が2匹目撃された』と。
あ、最後のは俺とリラさんか。彼女が夜中に見回りしてるのを見かけたから、感謝も込めて少し前に気に入ってた巨大クーケンフルーツを振舞ったんだよね。なんでも初めて食べた割に果汁あたりがなんだか昔に飲んだような懐かしい味がするとかしないとか、不思議なこと言われたけど。
ただ、育ててるのは父さんから分けてもらった俺の畑なのに盗み食い扱いは解せぬ。犯人が分かり次第、その者には制裁として土壌作りの刑に処そう。そうしよう。
まぁ、俺の噂話は良いや。
とにかくとしてアンペルさんが魚が居なくなった原因、それどころかあの竜が暴れた原因にもされるという不祥事の在庫セールのような扱いがされていることが我慢ならなかった。
そんなことを大ニュースのように話してきた漁師の兄ちゃんをぶん殴りそうになったが、父さんが腕を引っ張ってくれたおかげで事なきを得た。あぶねぇあぶねぇ。
「ガイア。私は錬金術のことについてよく分かっていないが、あの人が言っていたことは出来ることなのかい?」
「出来る……といえば出来るとは思う。けど、あちらにはそれをやる利点がない」
片手で鍬を動かして畝を作りつつ、俺はアンペルさん達の目的が遺跡の調査であることを話す。もし、初手で遺跡調査が嘘と言われたら仕方ないのだが、父さんは『真偽は置いておこう』と拝聴の姿勢を取ってくれた。ほんと、良い人だよ。
「遺跡の調査の場合、拠点を構える必要があるよね。それに物資の調達も必要なはずだ。ならば、クーケン島が手ごろな物を一番効率よく入手できる場所だよ? そんなところをわざわざ不幸な目に合わせる?」
「この島はモリッツ氏のような敷地の中に遺跡がある人もいるだろう。そんな人達を含めた我々全員を退去させ、自由に調査をするためでは?」
「それだと時間がかかりすぎるし、魚の一件で諦めるのは漁師の人達だけ。もし俺ならこの土壌も汚染するし、竜にしたって暴れさせるならもうちょっとタイミングとか場所を考えるよ?」
そう。今回の一件や竜の一件は本気でクーケン島を害する気概があるのならば、『手緩い』という他なかった。
本当にやる気はないが、もし……もしだよ!? 色々ヤる気ならまずは武力でブルネン家に押し入って、彼らが保有する水源。もしくは水源に一番近い水路に毒を投げ込むね。
だけど、それは第1工程。第2工程として、畑にも大量の塩を散布する。農作物の出来が良くなるという話も聞くけど、大抵は悪くなるから遠慮なくカルタゴってやれば農作物やそれに付随して畜産は駄目になるだろう。
これで生活基盤はぶっ潰したも同然。後は昼寝しておけば勝手にクーケン島から人は居なくなるよ。
そして竜のことだけど、操れるのならばこのタイミングはかなり遅いと言わざるを得ない。やはり、最善と言えばルベルトさんやクラウディアさんがクーケン島にやってくるタイミングがベストだ。
アリバイのこともリラさんに手順を任せられるならば、彼女が操って野営中や休息中を狙って蹴散らしてやれば良いしね。これで被害を負えば、ルベルトさんも販路どころの話ではない。即時撤退するだろう。
ただ、ここまで言っといてなんだけどクーケン島が遺跡が沢山存在する島ってことをリサーチする必要があるので、どちらの件に関しても知ってからすぐに実行して島民を全て退去させるのは時間的にも不可能なことだと思うんだ。
「そうなると、あの噂は……」
「誰かの流したデマだね。それも悪質な」
人の噂も七十五日っていうけどさ、フットワークが軽い旅ガラスの人だったら即座に移動するのに十分な日数だよ? ……あぁ、だから噂で追い出そうとしたわけか。
俺の脳裏に約1名──いや、『2名 + 1名』の姿が思い浮かんだ。今すぐにでも真実を自白させたいけど──そうなるとこの家が心配だ。農家にとって水は生命線、それが差し押さえられた際の暮らしなどに思い至った俺の感情が見る見るうちにリアル思考によっていき、最終的に『このまま成り行きに任せるかー』とかなり消極的な考えに落ち着いていく。
すると、何かを察したのか父さんが話しかけてきた。
「私は家のためとか言ってガイアは止めない。だが、これだけは覚えて置いて欲しいな」
「なに?」
「自分のやったことに責任を持ちなさい。……というのはその腕と納得したお前の様子でよく分かっているはずだからあえて念は押さない。けど、私達に気を使って行動を起こせずにいるのならばそれは止めて欲しい」
あー、どうやらお見通しだったか。俺が何も言えずに居ると父さんは続けた。
話を纏めると、この一件のせいで村が嫌になったのならどこかに行っても良い。バレンツさんの隊商と懇意にしているし、この際見聞を広める旅に出てみるのも良い。
だけど、絶対再び顔を見せて欲しいのだそうだ。──本当、俺はこの世界に生まれて一番得したのはこの親の元に生まれてきたことだと思うわ。
だけど、その優しさが逆にこの島の一部の人間が醸し出す排他的な雰囲気を強調している。俺はそれが我慢出来なかった。物語の主人公のように『俺が何とかしてやるー!』って思いは毛頭ないが、それでも田舎特有のゆったりとしつつも人が優しい環境こそが田舎の醍醐味だと思うんだよね。……前世では何故かあんなところに行っちゃったけど。多分、そんなことも考えられないぐらい疲れてたんだな。
「父さん、ありがとう。ちょっと行ってくるよ」
「あぁ。理由のない暴力はいけないが、お前も男の子だからな。根拠のある暴力を振るってきなさい」
一介の親がして良いのか疑問が残る声援を受けた俺は一目散に畑を出──ようとしたところで引き返す。忘れ物でもあったのかと首を傾げる父さんに、俺は姉ちゃんのことで一つだけ頼みごとをした。
「父さんは何も言わないと思うけど、母さんが姉ちゃんに何か言うのを防いでほしい」
「ライザに? たしかにミアはよくライザを怒っているが……」
うん、たしかに母さんはよく姉ちゃんに怒っているけどね。多分、今回のお小言は錬金術が対象ではなく錬金術『士』に向けられると思うんだ。
これだけ噂になっていれば、多かれ少なかれ母さんの耳に入っていると思う。そして、自身の娘が錬金術を齧っているのと、その錬金術士に師事していることがイコールで繋がる可能性が大いにある。
そうなったら親としてはその関係をなるべく断つように一言、二言、三言ぐらい物申すのは自明の理であろう。
「子供っていうのは両親に疑われるっていうのが結構傷つくもんなんだよ?」
「ん? やけに熱が入っているようだが、私がお前を疑ったことはないぞ? 畑作業に関しても信頼しているのだが……」
あぁ、つい前世の感覚で言っちまった。悪いことしたなぁ。えぇい、このまま突っ走っちゃえ。
『ともかく』と俺は無理やり空気を変え、父さんと一緒に母さんを探すが……。遅かった、母さんが姉ちゃんと正面から出会ってしまっている。
慌てて駆けだそうとする俺だが、それを父さんはやんわりと止める。曰く、『ガイアもミアのことを信じて欲しい』のだそうだ。
「ライザの錬金術のすごさはちゃんとミアも分かってるんだ。バレンツのお嬢さんとその腕輪のおかげでな」
そう言って俺の左腕に嵌められた補助器具を指差す父さん。現に母さんも、慌てて介入したレント兄ちゃんやタオに引き摺られる姉ちゃんに向かって『精一杯頑張ってきな!』と元気良く送り出し、少々面食らった姉ちゃんがようやく再起動を果たすと元気に『うん!』と返事をして駆け出していく。
てっきり大喧嘩の不和不和タイムが始まるかと思って身構えていた俺に、母さんたちのやり取りを目を細めて眺めていた父さんがポツリと俺に語り掛けた。
「ガイア、たしかに私はお前の言っていたことの真偽は分からない。だが、なるべく正確に物事を把握したい。シュタウト家のために噂の真実を調べてきてくれるか? 顔が広いだろう」
「分かった」
たしかにこのままだと風評被害がこっちに来かねない。父さんの言葉に、俺はこっそり家から出て行った。
***
「ふむふむ。で、その噂はどこから?」
「私はランバー君からかな」
「俺は漁師の奴らから」
「染物屋の準備をしていたら子供たちが騒いでいたぞ」
数十分後。ロミィさんを含めたクーケン島で姉ちゃんに依頼した人たちの縁を頼って噂の出所を探す。漁師はランバーさんから噂を聞いたと聞き、子供たちも漁師の兄ちゃんらが愚痴ってたのを聞いたと素直に教えてくれた。……つまり、ランバーさんが諸悪の根源だ。
────────────────────
農家探偵なう 【ライザのアトリエ】スレより
6:ガイア
色々聞いてみたけど、ランバーさんが犯人だと思うんだ
11:名無し
待て待て、一方的に黒判定は感心しないぞ
まずは占い師のカミングアウトを待ってだな
21:名無し
>>11
そこまで待てるかよ、とっとと吊るすべ
26:名無し
話を早急に進めるのは怪しい。よって>>21が狼
34:ガイア
話進まねぇ! ほんと、おまえら報酬ないと動かねぇな!
【画像】
43:名無し
>>34
だってよガイア、俺達関係ないし。あ、ライザのふとももあざっす
46:名無し
もう問い詰めちゃえば?
56:名無し
んだな、全ての道がランバーに続いちゃってるじゃん。シルクロード通っちゃってるじゃん
66:管理者
【管理者の要請で削除されました】
69:名無し
なんだ、今の
73:名無し
あー、ネタバレしすぎたんだろうな。たまによくあるよ、皆も気をつけな
80:名無し
とりあえず問い詰めてゲロさせるべき。いざとなれ証拠は揃ってるんだし、引き連れて行けばゲロるさ
83:管理者
【管理者の要請で削除されました】
85:管理者
【管理者の要請で削除されました】
────────────────────
ふむ、掲示板もランバーさんやボオスさんが犯人だと示唆してる。こういう時はネタバレしない民度が実にありがたいね。まぁ、たまにネタバレしようとしてるのかBANが目立つけど。
第1弾の調査結果としてランバーさんが噂の出所だということが分かった俺は、答え合わせとしてランバーさんを探し回る。
……居た。お誂え向きというべきか、当然ながら『もう一人』の存在も居る。
「ランバーさん!」
「お、おう? なんだ、ガイア。いきなり叫……お、おい! なんdぐぇっ!」
「安心して良いよ。こっちの腕は動くんだ、このまま高台から突き落としても構わないんだよ? それぐらいの覚悟があって俺は来てるんだ」
「お前っ!」
もう、自分や誰かのせいで姉ちゃんが一歩すらも踏み出せずに燻らせるのは嫌だ。俺はこの『俺が入ってきたライザのアトリエ』を見たいんだ。それ以外──錬金術を放棄するエンディングは到底許容できない。
俺の右腕がランバーさんの胸ぐらを掴み、俺の思いのたけをぶつけながら彼を宙吊りにする。そのまま何度か揺すったところで、一言だけ話した後はずっと黙っていたもう一人──ボオス兄さんに止められるが、ちょうど良い。俺が思う答えを聞いてもらおうか。
「ボオス兄さん、正直に話して? 今回の噂はボオス兄さんが仕組んだことでしょ」
俺が思う答え、それは『この計画の首謀者』はランバーさんのような腰巾着が行うにはかなり無理があるということだ。間違いなく、その後ろにはブルネン家の人間。つまり、ボオス兄さんが居るのだろう。
その推理が当たっているのか、ボオス兄さんは黙って俺の腕から降ろされたランバーさんとどこかへ行ってしまう。
「ボオス兄さん、逃げるってことはこれはブルネン家にとって本当に大事なことではないってことですか?」
「……お前ともう話すことはない」
そう言い残して俺の視界から消えたボオス兄さん。
なんだよ、それ。後ろで物事を動かすブレインを気取っておいて、都合が悪くなったらそれかよ。これじゃ俺……この村に居たくなくなっちまうよ……。
結局、これ以上の言及も出来なくなってしまった俺はせめて捨て台詞でも吐いておこうとブルネン家の屋敷へと向かう。あの人があんな状態で村の中を徘徊するとは思えないからね。
すると、既に先客として姉ちゃんがモリッツさんと言い争っており、彼の口から今回の噂に関しては当事者ではないことが分かった。
(そうなると、ボオス兄さんの単独? なんのために?)
てっきりモリッツさんと共謀しているのかと思っていたが、本当に何も知らないようだ。まぁ、あれでも村のまとめ役なので腹芸されていれば分からないが、俺の中はモリッツさんの様子からボオス兄さんの単独犯説が浮上して首を傾げる。ボオス兄さんがこんなことをする目的が到底思いつかないからだ。
そんなこんなしている間にアンペルさんに対して村会を開くらしく、その召喚状を姉ちゃんが受け取っていた。そして、最後にこの場には居ないボオス兄さんに大声で『村会には出てこい』と叫び、レント兄ちゃん達と一緒に階段を下りる──ところで俺が見つかった。
「あれ、ガイア。あんたもボオスに用?」
「ランバーさんを物理的に締め上げたらゲロってさ。んで、ここに来たら姉ちゃんらとばったり」
嘘は言っていない。『ボオス兄さんにも会った』という情報を意図的に隠しただけだ。もし言ったら姉ちゃんのことだから怒るだろうしね。
そんな俺の説明に納得したのだろうか、姉ちゃんは今後のことを考えるためにアトリエに足を向ける。
対岸に渡るための漕ぎ役はもちろん俺。念のためにアンペルさんから借りた対魔のブローチをレント兄ちゃんに掲げさせながら舟をこぎ出した俺は、この暇な時間で掲示板に意見を募った。
────────────────────
農家探偵なう 【ライザのアトリエ】スレより
275:名無し
やっぱ、村の悪いところが煮詰まってるよな
277:名無し
これでも2や3になったらまともになってるんだけどね
286:名無し
今が最悪ならどうしようもないと思うんだが?
287:ガイア
とりあえず、村会の召喚状をアンペルさんに渡しに行くわよ!
とりあえず、何をしたら良いのか会議!
295:名無し
>>287
傍観
302:名無し
もうモリッツとかボオスに素潜りさせろよ。魚のさの字も無ければ納得するだろ
303:名無し
アンペルさんが出ていったらどうなるん?
312:名無し
>>303
わからん、ネタバレ防ぐために言葉は伏せるがアレを放置する性分ではないからきっとアトリエに篭る
けど、日用品の買い出しのために居て欲しい時に居ない展開とかあると思う
323:名無し
なら、村会でバッキバキにブルネン家sageするのはどうよ
竜の時だってブルネン家の権力さえまともだったらもうちょっと話せてたはずじゃん?
331:名無し
>>323
あー、たしかに。ちょっと権力集中しすぎだよね
339:ガイア
えー、喧嘩売るの? 暴力はいけないよ?
343:名無し
>>339
何言ってんだこの農筋。お前が散々不満を持ってたところを指摘するんだよ
351:名無し
暴力じゃないゾ。にちゃんねる伝統のレスバでマウント取るだけだゾ
358:名無し
権力に胡坐をかいて、相手に指摘される程の隙を見せるのが悪い
361:名無し
>>339
思う存分、先輩──隙っす! って相手のミスを村会という万座の中で指摘してあげればいいんだよ
366:名無し
>>361
他にも、元より飛行機の予約などしておりませんので
または、意外と……兄上も甘いようで……
お好きな方をどうぞ
372:ガイア
>>361 >>366
どれも裏切るやん! やだよ、そんな展開!
けど、たしかに竜退治の件で色々思うところがあるから『村会ぶっ潰し案』でやってみるわ
377:名無し
お、ぶっ潰すのか。なら、アンペルさんも色々考えてるから話し合っておいた方が良いぞ
384:名無し
地頭の良さ的にタオも忘れんなよ
395:名無し
アンペルさんに話し合いは賛成。リラさんは……駄目だな、正面突破のイメージしかない
402:名無し
>>395
そもそも小難しい話に寄って来ないに1票
────────────────────
村会で完膚なきまで叩き潰す……か。
勢いで言っちゃったけど、たしかに今のブルネン家は村長というよりは独裁者だ。今のまま行けば、竜討伐の時のように誰かがその代償を支払う羽目になる。
それに、外部から人を誘致ということは多かれ少なかれ『そういった輩』も入ってくることがあるのに、それを許容せずに悪い噂をわざと流して追い出すのはどうかと思うんだよね。
まぁ、あの人達も金庫爆破したり、美味いからと果樹園占領したりとやりたい放題してるけど、今回に至っては味方である。ここはアンペルさんと共謀……ゲフン、協力してブルネン家の権威とやらをちょっと落とすぐらいの工作をしてみるかな。
そうと決まれば早速アンペルさんに話を聞こう──とするが、村会の召喚状に対して平然とした物言いの彼ら。たしか、騒ぎの原因に仕立て上げられたことも何度か経験済みとか言ってたっけ。
蒼白い顔をしたおじさん、かわいそう。
「本当に原因だったこともあるしな」
アンペルさんの発言の後にリラさんが情報を付け加える。ちょっとまって、それ初耳なんだけど?
蒼白い顔をしたおじさん、残当だわ。村の噂って当たるものなんだなー。勉強になったー。……マジの厄介者扱いに草も生えないんだが?
「村会に出ないのもあることないこと言われそうだ。扉を発見し封印するまでは、素直にあちらのいうことに従っておこう」
「まずは目先の村会だな」
どうやらアンペルさんは村会に参加するようで、そのままトントン拍子で話が進んでいく。……タイミング的にはここかな?
俺は、横で話を聞いていたタオをひっつかみながら話は終わったと背を向けるアンペルさんに声をかけた。
「アンペルさん、村会のことについて少々お時間を頂いても?」
「あぁ、特段何か準備する必要もないからな。だが、なぜタオも?」
「ほんとだよ、なんで僕まで連れてくるのさ」
そう言うなよ、タオ君。君の脳細胞の遣い時なんだよ。
錬金術に集中している姉ちゃんには聞こえないよう、念のために奥のテーブルのところに座った俺達。村会のことということで少々興味を持ったアンペルさんと未だ話が見えてこないタオの視線を受けつつ、俺は集まってもらった経緯を話した。
なんてことはない。ただ、ブルネン家の求心力と権力を少々落とすだけだ。
「なんてことあるよ! ガイアはブルネン家に喧嘩を売るの!?」
「え、なになに!? 何の話?」
バッカ、姉ちゃん食いついちゃったじゃん! タオは後でアトリエ横の畑を耕す刑な!
もはや取り繕うのも不可能なので、俺は大人しくブルネン家の現状を説明した後にほんのちょっぴり権力を削ぎ落すために村会でモリッツさんやボオス兄さんが言うであろうアンペルさん達への言い分に『それは違うよ!』という役目を行うと宣言する。
「おいおい、それって大丈夫なのかよ」
「父さんには説明してるし、納得はしてくれてる。ただ、これは俺も責任を取るとなったらクーケン島には居られないかな」
「なんでガイアがそんなことしなくちゃいけないんだよ」
タオ君、それはそっちのムチムチの姉ちゃんに聞きな。
今まで普通だと思っていた島での暮らしが徐々に悪い方に流れて行っていることに気づいて、それに不満を持っただけ。つまり、姉ちゃんやレント兄ちゃん達と同じ考えなんだよ。
なんてことのないクーケン島の1日を守るために、俺がほんのちょっぴりの一歩を踏み出すだけ。ただ、そこに『前世から生きた大人』だからこそ自身に課した責任が追加されるだけだ。
「と、いうわけで。クラウディアさん、もし俺がクーケン島に居られなくなったら隊商で雇ってください」
「えぇっ! そんな、お父さんに言ってくれないと……」
そんなこと言わないでよ~。たまに不審者と勘違いされるけど、計算も代筆も出来るからさぁ。
料理も出来るんだぜ? あ、報酬は毎日のご飯とお礼の言葉とお小遣いだけで構わないからさ。
「お前さん、何しに全員を集めたんだ」
そんなことを言っていると、呆れたアンペルさんが席を離れようとしたので慌てて俺は本題に入る。
今回、アンペルさんとタオをメインで呼んだのは掲示板の民と一緒に村会で言われるであろう言い分に対するカウンターを用意するためだ。
当然ながら、カメラのないこの世界。毒を入れたという物証もなく、言ってしまえば向こうの言いがかりなのだが、相手には『権力』という強い鎧がある。『でもそれって、あなたの感想ですよね?』や『じゃあ、やったっていう証拠を見せてください。それは何時何分何秒、地球が何週回った時?』のような返しでは呆気なく弾き返されてしまうだろう。
だからこその入念な話し合いだ。俺達はまず、この騒動の発端となった魚の不漁に関する返しを作ることにした。
「アンペルさん、大前提だけど魚を不漁にする毒って本当に作れるの?」
「作れるぞ。最悪、フラムやレヘルンを投げ込んでしまえば済む話だしな」
オッケー、ダイナマイト漁ね。……とりあえずそれは言わないようにしよう!
ならば、魔物が居るという前提──生態系を軸にした『時系列』で迎え撃つのが正当であろう。俺は姉ちゃんやレント兄ちゃんに、アトリエ近くの水辺からそれぞれ魚を場所ごとに記録して持ってくるように頼む。聞かされた当初こそ『何に使うんだ?』と言われたが、俺が急かすとさっそく採集に行ってくれた。
「クラウディアさんは姉ちゃんが漁師の兄ちゃんに依頼された時の様子って見てるよね? 時系列順にまとめてくれない?」
「わ、分かった」
俺は配信をしつつ、あらかじめ掲示板の民と話し合っていた腹案を話す。話としてはこうだ。
まず、湖の生態系を図式込みで説明する。シンシアさんの学校に通っていた人間だったら生態系については学んでいるのは俺やタオの記憶から証明済みだ。
これによって『湖の魔物が食い荒らされている説』を発表する。どうせ、漁師の兄ちゃん達が話半分で聞いてストップをかけてただろうし、この情報を改めて村人全体に発表したらこちらの意見が正しいと思う人間も居るだろう。証拠としてリラさんと話してたあの子に証言を頼むのも良いだろう。
そこで、時系列の話へと移行する。
噂では不漁になった原因というが、どうにも最初に湖に撒くことになった依頼をすっ飛ばしている気がする。つまり、不漁になる前に餌を投下し、それが原因で不漁となったというちぐはぐな話となってしまっているのだ。
『事前に撒いたのだろう!』と言われたらそれまでだが、定義した前提条件を変えるのは少なくともブルネン家側の信頼に些か傷がつく。そして、仮に事前に撒いたというならば初期の言い分を根底から変えたわけなので、証拠がなければただの苦しい言いがかりとなってしまう。
「お前さん、本当にどこでこんなことを学んだ?」
「農業は筋肉もそうですが、頭も大事なんですよ」
「理由になってないよぉ」
タオ君や、そんなツッコミはいらないからさっさと生態系の図式書いてくれない? 君もキーマンなんだよ?
そうしていると、配信で新たなコメントが来る。えーっと、『毒で死んだというなら魚の死骸はどこに行ったのかを突く』? あー、それもあったか。
「あとは毒で死んだ魚の所在ですね。それも組み込みましょう」
「たしかに毒で死んだら物証が残るな。良い手だ」
「こう考えてみると、あっちの言い分ってガタガタだね」
「為したことが正義じゃなくても、時間ってのは流れていくんだよ」
タオ、仕方ないよ。あっちは『追い出す』のが勝利条件なんだ。仮に話が合わないと後で言われても既に追い出した後だ。なにも問題はない、ノープロブレムだ。
「それで? 次は竜か、これこそ私は関係ないのだがな」
「これは単純に証拠攻めで行きます。なにが、どうして、どうなったと理論づけて言えないようならそれまでですよ」
錬金術を齧っていないゆえにブルネン家は『きっと、錬金術が原因のはずだ』と根拠のない言い分を言ってくるはずだ。だって、アンペルさんを攻撃できる手札がそれしかないのだから。
しかし、確証がないからこそブルネン家の発言力という強力なバフを乗っけた言葉は中々無視できない威力を誇っている。
ならば、正面から受け止めて『で? で?』と聞いてやれば良い。『どのように竜を操ったのか』、『操ったという証拠はあるのか』、『それを行うメリットは』。考えうるだけでもこれだけあるし、逐一アンペルさんに『できます?』と言って『出来ない』と言わせれば済む話だ。
「向こうが徒党を組んで仕組んだ村会をするなら、こっちも徒党を組んで証言するまでですよ」
「ふむ、ならば色々準備することが増えそうだな」
そう言って俺は村会までの短い間にアンペルさんとひたすら追求されるであろう事柄についてのシミュレーションとカウンターの準備に励んだ。
ボオス兄さん、勝手に失望するのは自由だけどね。俺も1人の人間なんだ、家族や友人に対して謂われのない風評をまき散らせた報いは受けてもらうよ。