廃墟の最奥。祭壇のような場所にて女王と思われる巨大なフィルフサは不動を貫いていた。
カマキリを思わせる巨大な鎌を時折暇そうにすり合わせ、煌々と輝く赤黒い太陽を見ながら彼女は新天地へ物見に行った眷属の凱旋を今か今かと待っている。
だからであろうか。遠くから女王に拝謁を賜う為に駆ける者達の頭上を悠々と飛び越し、天から降る流星のような速度で蛇のように蛇行する矢の接近に気づくことはなかった。
ただ、気づかなかっただけだ。もし、これが普通の木の矢であれば、人間が蚊に刺されたように一瞬だけ注意を引くか、そもそも気づかなかっただろう。
しかし、この一矢は弓自体に込められた神秘の力や遥か別の場所から『掲示板』という中継器を通じて出力された大地の精霊の力によって強化。それらをひっくるめて大男自体に備わった剛力で撃ち出された特別性だ。
ゆえに──見るからに固そうな女王の外殻を砕きながら矢は内側深くに突き刺さった。
***
ギャアアアアアア
耳をつんざくような女王の叫びがこちらまで聞こえてくる。どこかの部族のように目は良くないのでどこに当たってどのぐらいダメージを負わせたのかは分からないが、俺の肩をぶっ叩く『アレ』のテンションの高さにとりあえず良い一撃を与えられたことを確信する。俺は戦車のドライバーかっての。
続けて第2射の準備を始めるが、女王が居る祭壇辺りで赤い光が瞬いた。
「気を付けて! 攻撃が来る!」
一番初めに気づいたキロさんがボオス兄さんを抱えて少し遠くの岩場に退避し、俺も少し離れたところに建っている未だ原形をとどめた民家の扉を体当たりで突き破りながら身を丸める。すると、数秒後に凄まじい地鳴りや耳が痛くなるような雷鳴が俺達周辺を襲った。
余波によって降り注いできた瓦礫をやり過ごした俺は民家から出ると、キロさんやボオス兄さんも五体満足で岩場から出てくる。3人揃って無事なことを無言で確認しつつも何が起こったのか周囲を探れば、俺達が先ほどまで居た所の地面が赤熱していた。
「これが女王の力だってのかよ」
「高い知能を持っているとは聞いたけど、まさか1発でこちらの存在に気づくなんて」
2人は驚いているけど、俺もその意見に賛成だ。なんだよ、的確に即死級のカウンターを放って来るなんて反則だろうが!
姉ちゃんは……、もうちょっとかかるな。矢も途中から再利用できないほどボロボロになってしまったのを放置してきたのが尾を引いて残り2本。キロさんから聞いた『アレ』を実行に移すのにギリギリだが、今更作っている暇もない。
「キロさん、"アレ"をするから精霊の動きの確認頼みます」
「任せて」
────────────────────
突撃 お前が元凶かPart2 【ライザのアトリエ】スレより
8:ガイア
初弾、有効打。示談装填用意
9:名無し
おうさー
12:名無し
多文誤字だけど、次弾な
15:名無し
>>8
誤字ってる。誤字ってる
16:名無し
>>8
賠償金で何とか……
19:名無し
フィルフサは殲滅じゃ
23:名無し
>>8
何を言っとる、キオ。フィルフサは悪魔じゃ。示談など受け入れんで良い!
24:名無し
待て待て、お前ら。これはスレ乞食するガイアの卑劣な術だ
28:名無し
出るか……! ガイア考案の
31:名無し
ksk
33:名無し
貢物もない所でこれほどのスレ加速を!
37:ガイア
>>28
己でやるのは初めてだが……ってちゃうわ。
41:名無し
>>33
ちゃんと前代は頂いてるぞ。詳しくは前スレな
45:名無し
話に入ってくんなw
46:名無し
ははーん、さてはおめー余裕あんな?
47:名無し
でも、フラムでフラムを召喚するって出来たら後は流れで行けそうなんだがなぁ
48:名無し
ksk
52:名無し
ksk
53:名無し
ぬるぽ
57:名無し
>>47
ローゼフラムをな? 何十個もな?
60:名無し
>>53
ガッ
64:名無し
>>53
ガッ
67:ガイア
一応、カウンターには気を付けながら弓の準備中
>>53
ガッ
71:名無し
だから狙いに集中しろやww
72:名無し
貧者の薔薇かな?
73:名無し
ksk
74:名無し
周囲にも気を配れよー
78:名無し
>>72
なんだっけそれ、なんかの爆弾だったような
81:名無し
あー、たしかにこっちのボスも昆虫っぽいしな。異界がヤバいことになりそうだけど
82:名無し
>>78
ハンター漫画に出てきたトンデモ爆弾。蟻編参照
83:ガイア
ほい、報告ー。精霊集まってるっぽい
87:名無し
お
88:名無し
キタキタ
91:名無し
ここ(矢)に精霊が貯まってきただるるぉ?
95:名無し
来たぜ、ぬるりと
99:名無し
パワー!
101:名無し
精霊マシマシ一丁!
105:名無し
精霊マシマシ、英霊マシ、ゴリラカラメで
109:名無し
矢ぁー!
────────────────────
「キロさん、精霊は!」
「大丈夫! 矢に集まってる!」
キロさんの合図で俺は第2射を射る。出来るならば頭部にでも打ち込みたいが、宝くじに当たるほどの幸運を持ち合わせていないことは自覚しているため、余計な希望は捨てて再びのカウンターに備える。
ガア"ア"ァアァア
恐らく命中。この後はカウンターをやり過ごし次第、最後の矢を放って殴りこもう。そのためにはキロさん達を撤退させねばならない。
「キロさん、この1本で終わりです。だから、攻撃が来ないうちにボオス兄さんを連れて行ってください」
「わかった。ガイア、どうか無事で」
「ガイア、何があっても帰ってこい」
言葉短く俺に激励のような物を送った2人は腐りきった樹木が乱立する森林の奥に向かって走っていく。俺もそろそろ身を隠さなければ蒸発しかねないと思って先ほどキロさん達が隠れていた岩場近くに寄ってみたのだが、何時まで経っても先ほどカウンターを放ってきたような事前行動が見えなかった。
しかし、ここで慌てないのが俺である。『弾が出やしねぇ。ほら』とばかりに遮蔽物から立ち上がった瞬間に攻撃を食らう羽目は御免なので、どっかの軍曹が言う『カバー命』をモットーに遮蔽物からちらっと顔を出しながら様子をうかがうが……。
祭壇辺りに土埃を確認。ってことは姉ちゃん達の対応にこっちまで意識が向いていないのか。
その証拠に姉ちゃん達と女王の戦闘音がこちらまで聞こえてくる。それを耳にしながら俺は最後の矢を番えて準備を始める。
────────────────────
突撃 お前が元凶かPart2 【ライザのアトリエ】スレより
165:ガイア
姉ちゃん達の戦闘始まったから最後のやっちゃうべ
169:名無し
うーい
174:名無し
援護射撃こそ狙撃手の華よ
175:名無し
ksk
179:名無し
やっちゃいなよ、そんな女王なんか
181:名無し
いけー、農家の子ー!
186:名無し
>>174
こいつが……狙撃手?
188:名無し
ksk
191:名無し
>>174
いやー、狙撃手ではないとおもう
193:名無し
>>174
こんなのが狙撃手とか世も末
196:名無し
やだよ、打ち切ったら殴りこんでくる狙撃手なんか
199:名無し
矢を撃ちきったら拳骨メテオしそう
200:ガイア
んじゃ、最後のやっちゃうべ
204:名無し
おい、なんで空に弓構えてんだ?
206:名無し
え、なにすんの?
208:名無し
え、アモーレするん?
212:名無し
冠位返還しそう
214:名無し
誾さんアモーレ(愛してます)5回言うって!?
217:ガイア
いや、真上に撃って誘導したら破壊力増すかなって
218:名無し
>>214
艦隊に大ダメージ与えそうな武器の名前になってそう
220:名無し
>>217
ジャベリンかな?
225:名無し
考えが多目的ミサイルなんよ
229:名無し
ジャベリンはぁ! こう使う!
────────────────────
「英霊さんよ。これが最後の一射だから、全身全霊で頼むわ」
掲示板でレス乞食をしながら呟いた俺の独り言が静けさの中に溶けていく。だが、この弓を持つことで知覚し出した新たな仲間が放つ存在感が何度もやってきたように『任せろ』と言いたげに俺の肩を叩き、ようやく西洋鎧を着込んだ後姿を見せたかと思えば矢に吸い込まれていった。
『アレ』が入ったおかげか、今まで放ってきた物とは違ってぼんやりとした青白い光に包み込まれた矢。キロさんやリラさんの感覚を借りなくても分かる、これはこれまで放ってきた矢の中で最高の威力を発揮するだろう。
そんな確信と共に俺は握っていた弓を真上に構え、矢を『天空』へ放った。
もはや肉眼でとらえきれなくなるまで高く飛翔した矢の後を目線で追うことなく、俺は弓を捨てて駆け出した。『アレ』の宿り先を放り投げるのは忍びないが、帰りに一応回収するつもりなので許して欲しいと届かない謝罪を軽く済ませながら俺は走り続ける。
途中で倒し損ねたと思われるフィルフサが数体ほど向かってくるが、それらにかまけている暇はない。ラッパ銃の火薬代わりに使用していた型落ちのフラムを数本投げつけ、爆発で奴らが怯んだその隙に駆け抜ける。交差の瞬間に肩に攻撃を食らったが、些細なことだ。
走りながら前方の戦いの様子を見た後、チラリと先ほど天空に放って女王に向けて落ちながら威力を上げている矢の軌道を見やる。
こーれーは……ズレる! 『アレ』も頑張っているだろうけど、ちょっと押し込まないといけないな。
先ほどの直接射撃よりも落下による運動エネルギーや誘導限界時間の増加。キロさんからちょっと耳にした『精霊同士の引き合う特性』。そして、『アレ』による誘導。
それらを合わせることでかなり強い衝撃力を乗せたトップアタックによって大ダメージを期待できる攻撃方法なのだが、重ねて使用することで避けられる可能性が大幅に上がるというリスクから最後の1本──この瞬間まで取っておいた秘蔵の攻撃方法だったのだが……。どうやら俺の推測の方が甘かったらしい。
女王の猛攻が激しく、逆に姉ちゃんが押されている。いや、こちらが負けてるわけじゃないな。……なんだろう、着実にダメージを与えているからこそ相手が焦って無茶苦茶に攻撃してくるから姉ちゃん達が距離を取ってその分だけ女王が詰めてくる感じだろうか。姉ちゃん達に目立った傷はないしなぁ。
ともあれ、このまま移動されると誘導で追いきれない。ここは道すがら話を通しておいたリラさんと一気に押し込むしかない。
「リラさん!」
「矢は?」
「あっち側に!」
「分かった。私とガイアだけでやる!」
指を指しながら言葉短く要点だけを伝えた俺にリラさんは頷きながら指示を送ると、先ほどまで距離を取っていた足取りを変える。前方から女王が我武者羅に両手の鎌を振るいながら突っ込んでくるが、その攻撃の尽くを紙一重で躱しながら4本の足の内の1本を甲殻ごと切り刻み、後ろから走ってくる俺に道を譲ってくれた。
「ガイア、交代だ」
「チャージング……GO!」
リラさんの一撃によって女王が大きくバランスを崩す。そんな見るからに絶好のタイミングに俺は籠から棍棒を抜き、変装するような叫び声と共にフルスイング。その衝撃で握り手がへし折れるが、2本目、3本目と続けて殴りつけることで徐々に女王を矢の落下地点近くまで押し出していく。
ただ、大きくバランスを崩したのも束の間。こちらを脅威と感じているのか女王の身体が変態し、威嚇ともとれる叫び声を上げる。
おいおい、良いのかい? こっちはガチで排除しに来てるんだ。今更、威嚇程度で止まるタマじゃねぇんだよ。
異界の太陽と同じぐらい紅い電光のようなエネルギーバチバチと迸らせながら、これまた紅いエネルギーが充填されたような各部を震わせることで自分を大きく見せようとする女王。これが普通の獣ならば効果はあるだろうが、既に覚悟が決まって考える能力が獣と比べて余りあるのが相手だった場合──それは決定的な隙となる。
棒立ち状態の女王に向かってリラさんと共に俺も棍棒を振るう。そんな俺の大立ち回りに臨場感があるのか、スレの勢いがグングン伸びていく。そして、スレの勢いに比例するように精霊が流れ込んでくるのだろう、俺から繰り出される一撃一撃が増していき……。
「そろそろ行くぞぉ!」
事前に作っていた棍棒が残り1本となったが、俺は腰に固定した既に装填済みのラッパ銃を手に取ると駆け出す。女王が苦し紛れに鎌を上から振り下ろしてくるが、俺は鎌の刃の部分に握っていたラッパ銃を叩きつけた。
職人すら槌を投げる硬度を誇るゴルドテリオン製の銃身に俺の膂力が加わった衝撃力は凄まじいようで、王女の鎌の軌道が大きくずれる。もう少し贅沢を言えば刃毀れもして欲しかったが、ラッパ銃の銃身が無事なだけありがたいと思っておこう。
そのまま女王の巨大な足を昇り、赤々と燃えるようなコアのような物を足蹴に登った俺は片手で構えたラッパ銃の銃口を女王の眼前へと向ける。その片手でしっかりとラッパ銃を握る片手間でもう片方の手で背負っていた籠の中を弄るとゴルドテリオン製の弾が詰まった小樽とフラムを取り出し──一息に引き金を引いた。
轟音と共にタルから放り出された数多の小さな弾丸が女王の顔面に殺到する。片手で撃ったために少々上振れるが、それでも硬度としては最高峰の素材から作られたいくつかの球体は女王の顔面に施された甲殻の防御を次々と砕いた。
ただ、まだ矢の誘導を最大限活かしても当たらないという第六感と形容するしかない予感が頭を過ぎる。──が、既に第2撃に必要な物は俺の手の中だ。
「リロード」
素早くラッパ銃の銃身を折って爆発したフラムの残骸と新品のフラムを取り換えた後に銃身を元に戻し、銃口に小樽を装填しなおす。その間、僅か数秒。再装填の工程が少ないのもあるが、歩いている時も反復練習した甲斐があったと思いたい。
そう考える間にも再び女王の足から登った俺は、銃口を先ほどと同じ女王の眼前へ向けると今度はしっかり両手で構えてから引き金を引いた。
「もう1発もってけ」
両手で構えたことで再びばら撒かれた小弾は全て女王の顔面へと殺到する。某海賊漫画の主人公が放つ乱打よろしく、1つ1つの小弾は女王の顔面の甲殻を容易く打ち砕きながら内部の肉を蹂躙。さらにその衝撃力を首のみで受け止めきることが出来ずに女王がその場で大きく仰け反った。
「借りるぞ」
2発目の攻撃が終わって着地した俺の肩にリラさんが足を掛け、そのまま空中へと飛び出した。空中に躍り出た彼女は体を捻じりながら女王の胸元にある紅いコアを蹴り上げることで女王を後ずらせることに成功する。
「我が矢は既に放たれたってね」
小さく呟いた俺の声に呼応するかのように、天空から青白く輝く矢が女王の膨らんだ背中に突き刺さった。一瞬の内に青白い輝きが炎となって女王全体を包み込み、苦悶の声を上げる女王。当然ながら今まで見たことがない現象なので周囲が騒然となるのだが──.
え、なにその現象……怖。
俺本人が一番驚愕していた。
────────────────────
突撃 お前が元凶かPart2 【ライザのアトリエ】スレより
368:名無し
え、なんで燃えてるん?
370:名無し
ひえ、なんだありゃ
371:名無し
小僧、派手にやるじゃねぇか!
376:ガイア
え、なんで燃えてるん? ……こわっ
377:名無し
環境破壊は気持ちいZOY!
380:名無し
>>376
は? 理論分かってなかったん?
383:名無し
>>376
ちょ、待てよ
388:名無し
検証もせずにやった馬鹿が居るらしい
391:ガイア
でも、結果オーライだから。倒せたから
393:名無し
やったんかいのぉ……
396:名無し
倒せたの?
399:名無し
まー、こんだけ燃えてても動かないしな
401:名無し
>>393
禁句を何度も言うカエルはとっとと山に帰ってもろて
406:名無し
くくく、あれだけの大技だ。生きてはおらんだろう
408:名無し
流石にあれを食らって立ち上がる方がおかしいよな!
411:名無し
あれはガイア必殺の大技! 一溜りもないわ!
414:ガイア
お前らマジでやめろよ!
416:名無し
チラチラ後ろ向いてて草ww
419:名無し
へっ、木っ端みじんだぜ
420:名無し
流石の女王と言えどもただでは済むまい
424:名無し
ま、終わったみたいだし良いんじゃね?
────────────────────
掲示板の雰囲気からつい後ろを向いてしまう。こういう時の生存フラグほど厄介な存在がないことは俺自身がよく知っているからだ。
ただ、視線の先には青白い炎の中で黒くなっていく女王の姿。既に燃え尽きた部分があるのか少々サイズ感は異なるが、動かない所を見ると絶命したのだろう。
すると、そんな炎の中から小さな青い光が先ほどまで弓を打ち込んできたところへと戻っていくのが見えた。その光の正体が『アレ』だと直感で頭に過ぎった俺は、帰りにでも回収してやろうと考えていると皆が騒ぎながら走り寄ってきた。
「ガイア、なにやったの!?」
「おいおい、すげぇじゃねぇか!」
「なんで燃えたの? もしかして、遺跡に関係したり?」
なんだろう、この冴えない人間が実力の片鱗を見せたら周囲が盛り上がるような展開。ぶっちゃけた話、どれもこれも俺の技術ではなくてなぜか身に着けてしまった能力だけに自慢しにくいし、説明も出来やしない。
そんな思いの俺が何とか絞り出せた言葉は、『多分弓のおかげ』という短い言葉のみであった。それでも作った姉ちゃんからしてみればあの威力は定義した仕様とは大きく乖離する物らしく、『それだけじゃない』と食い下がってきたが、英霊の魂のことを話すと黙って納得してくれた。
「人知を超えた存在こそが神秘だ。想定外のことも起こるのが当たり前と考えるべきだな」
「そうだね。あー、あたしの力って胸張って言えないのがなんだか引っかかるー!」
自分の髪をワシャワシャさせながら拭いようのない悔しさを発散させる姉ちゃん。髪が抜けても知らねーからな。
そんな和気藹々とした雰囲気であったが、突如としてリラさんが武器を抜いて俺達の真正面に陣取った。俺達がそれに気づいた次の瞬間──。
それが舞い降りてきた。
姿は人型。それも俺と同じぐらい身長で人と断定するならばかなり大きな部類だ。しかし、その外見は異様という他無く、純白の外殻という虫特有の特徴や血液を連想させる赤黒いエネルギーを振りまく翼といった様子から先ほどの女王の近縁種ではないかと俺は呆然と立ち尽くしながら考える。
そう、立ち尽くすだけだ。いくら頭では冷静ぶりながら考えていようとも、肉体の方は未だに竦んで動けなかった。
「えっ」
「なん……」
「は?」
横では姉ちゃん達も微動だに出来ずに佇んでおり、アンペルさんがいち早く立ち直って俺達を守ろうとリラさんの横に立つ。
そんな俺達を尻目にやつは未だ青々とした炎に燃えた女王の亡骸に近づくと、大きく手を振るう。すると周囲に閃雷が生じ、その余波と風圧で炎が鎮火する。
「アンペル、見えるか?」
「あぁ、あの亀裂はガイアの矢じゃない。やつめ、脱皮をして難を逃れたな」
脱皮。昆虫や爬虫類が成長のため古くなった外皮を脱ぎ捨てる行為であるが、まさか隠遁のために使うとは思えなかった俺は内心で『〇せんせーかよ』とツッコむ。……が、この行為によってショックから立ち直れたのは僥倖だった。
再び動けたことでアンペルさんとリラさんの横に並んだ俺が棍棒と装填できていないラッパ銃を構えて女王の今後の動きに注視していると、燃え残りから何かを装備した女王が一足飛びに俺達に向かって襲い掛かってきた。
早い。それも尋常ではない速さだ。迎撃に出たリラさんとアンペルさんも数合程打ち合ったところで良いのを食らってしまい、腹などから大量の出血を流しながら倒れ込む。
だが、倒れた彼らに目をくれることなく女王はラッパ銃を持った俺に視線を向ける。途端、俺の脳裏に自身が唐竹割りで切り伏せられる映像が流れ込んできた。
「あっ……あ”ぁ”ああぁ!」
幻覚によって恐怖に取り込まれそうになるが、脳裏に浮かび上がった父さんに『壁になれるのかい?』と問われた。その言葉に釣られる形で、俺は棍棒とラッパ銃を辛うじて頭の上で交差するように構えることが出来た。
すると、ゴガンという音に重い衝撃が俺の両腕に加わる。眼前には女王の兜を被ったような顔面が俺の方を見ながら低い唸り声を上げていた。完全にロックオンされていると察するのにそう時間はかからなかった。
やれる──やれるとも。俺はまだ死ねないし、この世界で生きていたいんだ。
そして──なによりも──。
「約束した意地があるんだよ、男には!」
思い切り首を仰け反らせながら頭突きをする。額から血が垂れるが、構わずに俺は女王へ襲い掛かった。
棍棒で殴りつけ、ラッパ銃の銃身で叩きつけ、棍棒が砕けたら拳で、蹴りで。もはや武術でいう型とは言い難い、獣のごとく俺は倒れては起き上がって相手へと掴みかかる。
その間にも何とか動けるようになった姉ちゃん達の手でアンペルさんとリラさんの回復が行われていた。
せめてもう少し足止めを──そう思った矢先。俺の腕に装着していた補助器具が戦闘の余波で壊れた。
殴ろうとしていた腕が一瞬痺れる。その一瞬が勝負の分け目となった。
「がっ!」
カウンターとして惚れ惚れするような回し蹴りを食らった俺が吹き飛ばされる。内部の骨がきしむ音を耳に何度か地面をバウンドしながらもなんとか受け身を取るが、視界はグラついて力が出ない。どうやら、血を流しすぎたらしい。
視界の端からレント兄ちゃんが女王に剣を振り被るが、鎧袖一触とばかりに両端が刃となった妙な槍の一閃によって最高品質で調合したはずの剣が折られ、返す刀で地面に転がされてしまう。
あー、ここまでか。回復しようにも目の前のあいつが邪魔だしな。
だけど……、タダでは死なんからな。
レント兄ちゃんが壁になってくれている間に俺は籠から1つのアイテムを取り出している。イバラの抱擁、相手を拘束状態にして素早さも下げる効果のあるこれを自爆覚悟で使えば何とかなるだろう。
レント兄ちゃんが動かなくなったことを確認したらしい女王が俺に近づいてくる。
後5歩……4歩……3歩…………今だ!
最後の力を振り絞り、俺はイバラの抱擁を相手に投げつける。が、どうやら読まれていたらしい。身を捩って躱された後に繰り出された刃が俺がこの世で見る最期の──。